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4.少し早い昼食

 ――ルースに助けを求め、盗賊団のアジトの場所を教えた、料理屋の女性。

 俺はその台詞から、美形で強い戦士と気立てのいい看板娘の、ちょっとしたロマンスを想像した。後々、町を救った英雄を語る時に、彩りを加えるアクセントになるような。


「盗賊団のアジトを知ってるってのも物凄い話だな。俺なら何か裏があるんじゃないかと勘繰るぞ」

「いや、その店にいた全員が口ぐちに肯定したんだ。どうも何度か襲われていて、町民たちで居場所を探ることまでやったらしい」

 何だそりゃ? そんな状況で憲兵は何もしなかったと言うんだろうか。

「僕が食事をしていたら、三人ほど乗り込んで来てな。そいつらを叩きのめしたら、その女性が涙ながらに助けて欲しいと言う。周りにいた者たちも拝むように頼みこんでくる。そんな心からの訴えを退けることなど、僕には出来ない。その後は君も知っての通りだ」

 何という直情かつ待ったナシの一直線。しかし、ルースのそういう性格で助かった身としては、軽口も言えない。

「で、それを報告、か。明日になればさすがに憲兵たちから話が広がると思うが……」

「一刻も早く安心してほしいし、何より、あんなぐうたらした連中に任せておけないっ」


 意気込んで早足になるルースを追いかけて辿り着いたのは、かなり大きな料理屋だった。とはいえ、今は朝食には遅く昼食には早い時間帯で、客はちらほらとしかいない。厨房からは賑やかな声が聞こえてきても、給仕のお嬢さん方はやや手持無沙汰な様子。

 この中に、ルースが言っていた女性がいるのだろうか。

 店員たちは一様にルースから目が離せなくなっている。一番近くにいた赤毛の子などは、腰が抜けてしまったのか床にへたり込んでしまったぐらいだ。


「ああ、アンタ! 無事だったのかい!?」

 しかし、彼に声をかけたのは、孫が十人ぐらいいそうな老婆だったわけだが。


 ばあさんは皺くちゃの顔に驚きと安堵の表情を浮かべ、テーブルを弾き飛ばすように走り寄ってきた。しっかりと彼女を受け止めたルースは優しい笑顔で、頷いた。

「もちろんだ。盗賊団は一人残らず死んだ。憲兵たちと一悶着あったが、今頃確認に出発しているだろう」

「昨日は思わず助けてくれなんて口走っちまって。後でよく考えてみたら、何てことを言っちまったんだろうって後悔するやら心配になるやら……ああ、どこにも怪我はないかい?」

 ばあさんがあと五十年ほど若ければ、非常に絵になったであろう光景だ。それだけに惜しい。もったいない。

「ああ、大丈夫。取り急ぎ報告をしないと、と思い訪ねただけだ」

「クソ憲兵どもに聞かせたいねぇ、その台詞。それで、コチラは? 昨夜は一人でいたようだったけど」

 頬を涙で濡らした老婆は、笑顔になると、俺を見た。完全に添え物扱いだが、事実その通りだ。

「奴らに拉致されていたんだ。何だかんだと道連れになってしまった、といったところか?」

「大変な危機的状況を電光石火で助けてもらいましたよ。貴女が彼に助けを求めなければ、今頃はどんな目にあっていたか……」

 両方を立てる言い方で面倒な説明を省略した。俺の間抜けな醜態をわざわざ話すこともないだろう。

「そう言ってもらえると少し気が楽になるねぇ。アンタたち、時間はあるかい?」

 思わず俺とルースは顔を見合わせた。

「危険な頼みをしちまった分には程遠いかもしれないけど、せめて感謝の気持ちを受け取って欲しいんだよ。好きなだけ食べてっておくれ」

「いや、しかし、そういう訳には……」

「何、昨日アンタがいなかったら、どれだけ被害があったかわからないんだ。これぐらいしか出来ないババァの我儘を聞いておくれ。そっちの人もついでだよ」

 ルースの遠慮をばあさんは満面の笑みで一蹴した。

「ほら、いつまでもサボってないでっ、さっさとこの二人にありったけの料理持ってきな!」

 ばあさんの一喝で、ずっとルースに見惚れていた給仕たちが我に返った。一目散に厨房へ向かっていく。

 ここまでされたら断るわけにもいかない。俺とルースはもう一度顔を見合わせると、どちらともなく苦笑してテーブルについた。


 運ばれてきた料理は種類が豊富で、本当に感謝を示しているのが良くわかった。分厚い牛肉やたくさんの野菜が煮込まれたスープなど、素朴でありながら材料の味を良く引き出している。今までの旅ではそれなりに金をかけていて、当然出される料理も豪華だったが、それが馬鹿らしくなってしまうほど、ここのメシの方が美味い。

「グゥー」

 一通り味を楽しんだ頃、俺のフードで大人しくしていたドラゴンが恨めしそうな鳴き声を上げた。そういえば、昨夜から何も食べさせていない。

 ちょうど別の料理を運んできたばあさんが目を丸くして言った。

「おや、魔獣持ちだったのかい? 人は見かけによらないってのはホントだね」

「……ここで食べさせるわけにはいかないですよねぇ?」

 恐る恐る尋ねると、ばあさんはあっさり首を横に振った。

「いんや、ルークセントでは魔獣持ちはそれほど珍しくないんだ。さすがに大きいのはお断りさせてもらうけど、これぐらいだったら四六時中店ん中で飲み食いしてるよ」

 恐るべし、ルークセント。さすが騎獣部隊を早くから取り入れた国だけある。

 お言葉に甘えて、隣のテーブルにドラゴンを降ろした。目の前の料理から何をやろうか選ぼうとして、コイツが何を食べるのか一切知らないことに気がついた。

「ド、ドラゴンの子供は何を食うんだ?」

「ふーむ。とりあえず色々置いてみて、この子に選ばせてみればいいんじゃないか?」

 んな乱暴な、とは思ったが、結局ルースの提案以上のものは思い浮かばなかったので、肉や野菜、ついでにミルクと水などを小皿に盛り分けて、ドラゴンの鼻先に近づけてみる。


 結果として――、何でも食った。


「か、可愛い……けどっ、どうして僕からは何も食べてくれないんだっ!?」

 いちいち感動するルースが差し出す肉には目もくれず、今は俺が皿についでやったミルクを細い舌で舐めとっていた。コイツは俺たちが皿に取り分けるところをジッと見ていて、俺が用意した物は肉から野菜から物凄い勢いで口に入れていくのに、ルースの方はチラ見するだけで匂いすら嗅ごうとしないのだ。

「やっぱ、俺のこと親だと思ってんのかなぁ……」

「うう、絶対、カインドよりも僕の方が可愛がるのに」

 いや、何故俺を睨む。こんな強い奴にこんなことで恨みを持たれるのは勘弁願いたいんだが。


 そんなこんなで自分たちも食事をしつつ、ドラゴンにも結構な量の食べ物を与えることが出来た。

「あー、食った食った」

「グァー……ケプッ」

「うわ、今ゲップしなかったか!? ああ、何て可愛さだ……」

 昨夜盗賊にねじ込まれたパンから何も食べていなかった俺は、ドラゴン同様腹が減っていた。貴族にあるまじき暴食をしてしまっても仕方がないと思う。ただ、向こうの厚意に甘えすぎかもしれない。

「すみません、ついでの分際で……」

 お茶を淹れてくれるばあさんに頭を下げ、俺とドラゴンの分の支払いを考えながら財布を探った。

「気にしなさんな。どうやらもう友達と言ってもよさそうだしね、アンタにだけ払わせたら、こっちの人も気持ち良く食事できないだろう? ここは諦めておくれよ」

「どうも、ありがとうございます」

「僕からもお礼を。ありがとう、おばあさん」

 二人で頭を下げるとばあさんは顔をしかめた。

「やめとくれ。お礼を言うのはこっちなんだからね。じゃあ、好きなだけゆっくりしていって」

 気風のいいばあさんは逃げるように奥に引っ込んでいった。何となく見送ってから、カップを持ち上げる。

「あそこまで言われちゃあ、もう何も言えないよなぁ……」

「ふふ、ここはお言葉に甘えよう。コラ、逃げるな」

「グァッ!」

 ルースはドラゴンを抱き上げていた。思いっきり嫌がられるのを何とか宥めすかしている。微笑ましいと言えないこともない。どうにか逃げようと体をくねらせるドラゴンに注目しながら彼が言った。

「そういえば。君は、僕とは違って、どこか目的地へ向かって旅をしているんだろう?」

「ああ。フツーは、旅には目的地があるもんだ」

「最終的な目的地はどこなんだ?」

 こちらの皮肉にも気付かずさらりと返してくるルース。そういえば言ってなかったか。

「この国から見ると、北に隣接するユミル学院だ。そこの学院生になる為に、な」

「ほう。アレイド・アークや彼の弟子たちで有名な、あの……」


 ユミル学院。創立から三百年ちょっと経っている由緒正しい戦力育成機関だ。戦士から魔法使いまであらゆる分野に対応できる教師が多数雇われており、海や山、広大な森などを含む多種多様な土地には魔物が多く、実戦にも事欠かない。大抵十五、六歳で入学、約五、六年で卒業するころには立派な戦士や魔法使いになっており、国に帰れば軍の幹部候補生として歓迎される。

 元々は、周辺の国々がたまたま平和な時期に、友好の証として、それぞれの土地や人材を提供し合って、若者の育成をより良いものにしようと始められたらしい。この国――ルークセントも設立に協力した一国だった筈だ。

 ちなみにアレイド・アークは二百年ほど前のとんでもなく有名な大英雄で、彼やその四人の弟子たちはユミル学院の出身だったと言われている。


「しかし、平民上がりの兵士でもないのに、何で一人旅などをしているんだ? 普通なら従者を伴って馬に乗って、といったところだと思うのだが……」

「父親の反対を押し切った形で、ユミルに入るんでね。援助は一切ナシってことになったのさ。自分のヘソクリと母親が出してくれた金で装備を整えたら、従者にまで回らなかったんだ」

 言う必要はないと判断して言わなかったが、元々父上とは折り合いが悪かった。その上、俺が軍を目指すなどと言い出すとは、何代も前から文官として地位を築いてきた血と家を大事にする父上には、我慢ならないことだっただろう。これぐらいの嫌がらせは覚悟の上だった。

 しかし、何とか用意した馬を失うとは思っていなかった。盗賊に捕らわれる前、預けておいたあの馬は今頃どうなっているだろう。

「…………そうか。どこもかしこも、なかなか儘ならないものだな……」

「……ま、俺には合ってるよ。おい、いい加減ドラゴン放してやれ。どうみてもストレス溜まってる」

 テーブル越しにドラゴンの首根っこを掴んで、俺のフードに避難させる。

 ルースの言い回しには引っかかるものを感じたが、俺にはそこまで深入りするつもりも権利もない。彼自身に対しては親しみや恩義を感じていても、俺に出来ることなどたかが知れているし、短ければ今日明日で別れる関係でしかない。

「クゥー」

 そんな自分への後ろめたさを誤魔化す意味合いもあって、ドラゴンに話を持っていったんだが、結果としてはそれが良かったかもしれない。

 この小さな魔物は明らかにほっとした様子で、俺のフードの中で力を抜いた。見た目の可愛らしさについ忘れがちになっても、コイツはあの熱線を吐き出すことが出来るかもしれない魔物だ。暴走しかねない状況からは出来るだけ遠ざけた方がいい。

「ぬぅぅぅ、この敗北感はどこへぶつければ!」

「構いすぎると嫌がるってこともあるんだって。生まれてまだ丸一日も経ってないんだぞ。我慢を覚えるのは、さすがにもうちょっと後だろ」

「グア」

「くそぅ、息までぴったり合わせてっ! 見せつけてるのか君たちはっ!?」

 等と、グダグダ話しているうちに客が増え始めた。そろそろ昼になるのだろう。食事も終わったし、これ以上居座るのも悪い。

「そろそろ出ようぜ」

「む、そうだな」


 料理屋を出ようと俺たちは腰を浮かせた。その時――。

「――憲兵隊だ! 二人連れの旅人を探している!」

「全員顔を良く見せなさいっ」

 乱暴にドアが開いて、二人の憲兵が堂々たる声と態度で踏み込んできた。

 腰を浮かせたままのルースと俺は思わず顔を見合わせた。

「――あれは」

「ああ、俺たちに用があるんだろうな……」

 料理屋の客たちは手を止めて、ドアに顔を向けていた。さっきまでの健全なざわめきは跡形もなくなり、嫌な緊張感が充満していく。

 場の空気が悪くなる前に、俺は憲兵たちの前に進み出た。

「ひょっとして我々にご用ですか?」

「もう一人は――、ああ、そこにいたか。大剣背負った美形に、身なりのいい平凡な男……」

「彼らのようですね。そう、隊長があなた方をお呼びです」

 片方はガタイが良く鎧から見える腕がムッキムキ、もう一人はガリガリで剣とは別に短い杖を腰に差している。二人とも俺やルースより二、三歳年上だろうか。詰め所では見なかった顔だ。

「我らと共に来ていただくことになります。会計を済ませて出てくるように」

「逃げ出そうとか思うんじゃねぇぞ」

 憲兵二人は言うだけ言って出ていく。態度はでかいが、まぁ、どんな街でも憲兵なんてこんなもんだ。緊張が解けた客たちが口々に話し出し、料理屋は元の喧騒を取り戻した。

「ちょっとアンタたち大丈夫かい? 最近の憲兵隊ときたら、イザとなったら何の役にも立ちゃしないってのに態度だけデカくて――」

「あんな口だけの連中、束になってかかってこようが平気だ」

 心配して駆け寄ってくるばあさんに、涼しい表情で頷くルース。チラチラこちらを窺っていた給仕の娘が顔を真っ赤にして溜息をついていた。実際、昨夜も今日も大人数を一人で相手にして傷一つ負っていないのだから、まさに彼は口だけではないのだ。

「いや、悪いことしてるわけでもないですし。事務的なものでしょう。手早く終わらせるに限ります。ごちそうさまでした」

「美味しい食事をありがとう、おばあさん」

 お礼を言って店を出ると、二人の憲兵が偉そうに待っていた。ムキムキが顎で大通りを指し示し、勝手に歩き出す。


「……一つ、言っておくことがある。さっきはばあさんの手前ああ言ったが、どうにもキナ臭い」

 憲兵たちから少し距離をとってついていく道すがら、俺はギリギリ届くぐらいの小声でルースに言った。

「何がだ?」

「後で来てくれ、ぐらいだったのが、わざわざ探し出してまで呼び出すっていうのがな。しかもあの仕事出来なさそうな隊長が、だぞ。もしかしたら何か面倒なことがあるかもしれない」

「ふむ。確かにな。わかった、覚悟だけはしておこう」

 ルースは小声で頷いた。頼もしすぎる。

 わざわざ俺が注意を促す必要はないのかもしれないが、心の準備一つで変わってくることもあるかもしれない。


 詰め所の前には二頭立ての馬車がとまっていた。黒い車体は実用性と、見た目の豪華さとがなかなかのバランスで両立された、品のいいものだった。今のところ御者台には誰も乗っていない。

 二人の憲兵に促されて詰め所に入ると、隊長がどっしり座ったまま顔を上げた。

「ああ、やっと来たか」

 俺たちがいない間に精神を立て直したのか、不遜な態度が復活している。

「先ほど、盗賊たちのアジトが壊滅しているのを確認した。盗賊どもの死体やオルトロスの残骸らしきものがあったという報告も受けている」

 隊長が向かっているテーブルには鳥かごが置かれ、一羽の鳩がじっとこちらを見ていた。この詰め所に帰るよう育てられた伝書鳩か。

 一方、ルースは無表情を装っているが鼻の頭がピクピクしていた。正しいのは自分だったと叫びたいのを我慢しているに違いない。

 小さな紙切れを広げ、隊長は悪びれもせず続けた。

「もちろん財宝の確保も完了している。さて――、何か我々に報告をし忘れた事柄はないかね?」

「ありません。あ、昨夜アジトからここへ来るために、馬を二頭借りましたね。門番に預けてあります」

 考えをまとめるフリをしつつ、答える。

 思い当たる節はドラゴンの子供ぐらいだが……。憲兵がそのあたりの情報を持ってはいないだろう。

「……よかろう。最後に一つ。我々は今回の襲撃と盗賊団の壊滅に関して、直接本部へ報告をしに行くことになったのだ」

「はぁ」

 思わず生返事をしてしまった時には、嫌な予感は確信に変わっていた。

「お前たちにも証人として、王都までついてきてもらいたい」

初稿9月13日


11月22日誤字修正

俺のフードに非難→避難

また誤字とはちょっと違いますがわかりづらい部分を修正

ドラゴンの首→ドラゴンの首根っこ

ご指摘ありがとうございます

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