38.奥深くに立つモノ
「――な、何てベタなぁああ!!」
俺は必死に足を動かしながら、叫んだ。
直径5mはあろうかという黒い球は、傍目には回転しているようには見えない。恐らく真球に近く、隙間や傷、汚れ等もないのだろう。それでも、断続的に続く低い音と空気を揺るがす振動、そして何より一秒ごとに近付いてくる圧迫感が、動いていることをわかりやすく伝えてくる。
「おいおいおい!! 俺が最後尾じゃねぇか!!」
「この際順番とか関係ないですよ!」
「もう嫌だぁああぁぁああん!!」
「え――。何、何!?」
「姫様、立ち止まってはいけません!!」
救いなのは、俺やリリィの走る速度でも充分逃げられそうなことだった。
勿論全力で走っているが、黒い球との距離は少しずつ離れていく。
「先に行ってるんだ! 何とかしてみる!」
ルースが大声で言って、右端に移動した。
廊下自体は結構な広さがあっても、両脇は1mほどが階段状に盛り上がっている。片隅にしゃがみ込んでも凌ぐことは出来そうもない。
彼女の人差し指に魔力が集まっていることに気付いて、俺は怒鳴り返した。
「おい、何とかって何するつもりだッ!?」
「あの球に魔法をぶつけて、止める!」
ルースは走る速度を抑えて、サラやリリィ、憲兵達を先に行かせる。
「き、気を付けろよ!」
「うわ、何アレ!? でっか!」
今になって状況を確認したらしいリリィがサラに引っ張られていった。
「何で我々だけこんな目にぃいいいッ!!」
「ついて来るって言い出したのは隊長でしょうが!」
「とにかく急げ急げ! 最初に潰されるのは勘弁だ!!」
憲兵達も前のめりになって俺達を追い抜いた。
俺は魔剣士に付き合って、彼女のすぐ後ろに残った。
あっという間に大球は接近し、15m程の距離になった所で俺達は再び速度を上げ、距離を保つ。
「君も先に行けっ! あの大きさだ、威力が大きいのを撃たないと」
つまり、巻き込む可能性がある大技をぶち当てるから避難しておけ、という訳だ。見れば、ルースが描いたのは<舞い散る毬栗>の紋章である。
「アホかッ、地下にいるんだぞッ!! 衝撃で天井が落ちてみろ! 他に道がなかったら生き埋めになるじゃねぇかあ!!」
「グガーッ!!」
「あ」
俺とイクシスの怒号に、ルースは一瞬呆けた表情になった。施設への影響を考えていなかったのは明白だ。
「じゃ、じゃあどうすればいい!? ちょっとした魔法じゃあ止められないぞ。それとも剣の方がいいか?」
「剣でどうにか出来る問題かよッ! その前に防御魔法は!?」
「あ、そうか。確かに、剣だとちょっと不安だし、防御魔法を試してみる価値はある」
あの巨大な球に挑むのに、ちょっと程度の不安なのか。
地下道で爆発魔法を描く前に、防御魔法を使うことを思い付きもしなかったのか。
一度に二つのツッコミが頭の中を駆け巡ったが、どちらを先に口にするか考えているうちに、タイミングを逸してしまった。
その間にも、ルースは紋章を描き終えている。
「<断ち隔てる皿>ッ!!」
俺達と大球の中間に、黒い魔力で構成された円盤が現れる。直径は4m近く。いつか見た時よりもデカい。通路の大部分を覆い隠すような<断ち隔てる皿>は、存在感で言えば、黒い球にも見劣りしていなかった。
大球は、俺達とほとんど同じ、大きさからするとゆっくりに見える速度で、防御魔法に接触する。
その瞬間、黒い円盤と廊下の隙間から、稲光のような青い閃光が走った。
「っ!?」
驚く俺達の前で、<断ち隔てる皿>はあっさり霧散した。
俺の知る限り、<断ち隔てる皿>は相当上位の防御魔法だ。それがこんなに簡単に、まるで紙を破くように突破されるとは。重さと勢い以外の要素が防御魔法を吹き飛ばしたとしか思えない。
俺は腰のバッグを探り、<貫く枯れ葉>弾を一つ取り出した。一度立ち止まり、思いっきり後ろに向かって投げる。
一直線に大球まで届いた<貫く枯れ葉>弾は、触れた瞬間、炎が噴き上がる間もなく焦げた。
「……!」
俺とルースは顔を見合わせ、走る速度を上げる。
防御魔法で勢いが弱まったかに見えた大球は、すでに勢いを取り戻し、こちらに向かって動き出していた。
足止めだと割り切っても、とてもじゃないが効果があるとは言えない。
「に、二重の罠!?」
「多分そうだ。武器や防具の類でどうにか押さえようと考える連中を、確実に仕留める為の仕掛けだと思う」
そんな馬鹿な、とは言えなかった。
この研究所は大炎上時代に建設され、封印されたのも、まだ動乱が残る時代だったからだ。当時は馬鹿みたいに強いヤツが、その辺にゴロゴロいたのである。
ルースがちょっと不安だと思う程度の罠なら、力尽くでどうにかされる可能性がある、と設計者が考えたとしてもおかしくはない。
「やっぱり攻撃魔法を使った方が――」
「それは最後の最後まで取っておけ! あの球の速度がこのままなら、何とか逃げ切れるかもしれない!」
……大球にあんな仕掛けを施すような設計者が、単純に走って逃げられるような罠を作るとは思えないけどな。
俺は不吉な考えをとりあえず呑み込み、右にカーブし続けている坂を全速力で走った。
少しでも距離を稼ぐ必要がある。
先に行った面々もあの大球の迫力に押されたようで、俺とルースがアレやコレややっている間に、相当離れていた。辛うじて、俺が持っているのとは別の松明の灯りが、通路の先にぼんやりと見える。
向こうも本気で走っているし、俺の全力程度ではなかなか追い付けない。
それでも、頑張って走ったことが功を奏して、青い稲妻を帯びた黒い球が見えなくなる程度には離れることが出来た。
「むぅ、追い立てられるのは好きじゃないんだ」
俺にとっては全速力でも、ルースには余裕があり過ぎて焦れてしまうようだ。不機嫌な顔を隠そうともせず、俺に不満をぶつけてくる。
「俺だって好きじゃあ――」
怒鳴り返そうとした所で、ムキムキの背中が見えることに気が付いた。いや、憲兵隊だけじゃない。
先行した全員が立ち止まっていた。
「おい、どうしたぁッ!?」
「道が……、道がないのよ!!」
リリィが金切り声で叫ぶ。
「なッ!?」
驚くことしか出来ない俺の目に、絶望的な光景が飛び込んできた。
リリィ達が立っている場所の二歩先から、断ち切られたように、床が存在しない。
あまりの事実に頭は回っていなくても、足だけは動いていたらしい。俺達もすぐに追い付いてしまう。
息を整える間もなく、俺は言った。
「はっ、反魔術結界は!?」
「ここから張ってあるようだ。腕を差し出した所で、姫様の精霊魔法は消えてしまった……」
呆然と前を見詰めたまま、サラが答えた。
見れば、憲兵達も同じように立ち尽くしている。
リリィだけが興奮状態だ。
「光が弱まったから、慌てて立ち止まったの! そしたら……、床が真ん中から割れるみたいにガコンって……!」
よくよく見ると、ここが坂とカーブの終点だった。
せっかく平らに真っ直ぐになった、その境界線で、スパっと斬り落とされている。壁と同じ石材が地面から数m下がっているが、これが本来は床を構成していたのだろう。ぶら下がった石材の下はただの地面なのか、黒っぽい色である。
松明の光ではどのぐらいの深さかわからない。
僅かな救いは、対岸が見えることだ。
相当な距離――100m程向こうには、おぼろげながら頑丈そうな壁と扉がしっかりと立っている。
低い振動が耳に届いて、俺は我に返った。
ぼんやりと光景を眺めている時間はない。
まずは――。
「サラ! フィリップさん! 防御魔法で少しでも時間を稼いでくれ!! あの球は雷系魔法みたいなバチバチがあるから、無理せず、出来る限りで!」
俺の呼び掛けに、一瞬の間をおいて、女騎士とガリガリが答えた。
「わ――、わかった!」
「あ、わわ、私の実力じゃあ、本当に気休めもいい所ですからね!?」
二人共全力で来た道を戻って行く。
この場に強い防御魔法を展開して待ち構えるよりも、少しでも球に近い所で展開させた方が効果的なことを、わかっているようだ。それだけ頭が回っているのなら、あっちは任せられる。
時間稼ぎを頼んだ以上、俺が根本的な解決策を捻り出さないと。
「僕は行かなくていいのか?」
ルースがどこか不満げな声色で言った。
「あっちはあくまでも時間稼ぎだ。この罠を乗り越える為には、どうしたってお前の手が必要になるだろ」
「時間を稼いだところで何になる! 出来ることなど何も――ウググッ!」
「はーい、隊長サンは黙ってようぜー」
突然興奮し出した隊長を、ムキムキが後ろから羽交い絞めにしつつ、口を塞いだ。
「……」
確かに、飛ぶことも渡ることも不可能だ。
地下にいること、雷系の術式が施されていること等から大球を壊すことも難しい。
残るは逃げることだが、通路は一本しかなく、しかもその道が途切れている。大球はほとんど道を塞ぐ程大きい。
床の両脇は逃げ場をなくす為に盛り上がっているので、隙間は天井近くにしかない。高さは4mから5mといった所だ。この状況で全員があそこへ避難するのは、それこそ無理難題である。
ならば、アプローチを床側に……。
「――や、やっぱり無理ですよ~~っ!!」
「こうなったら何枚も重ねるしかないッ! 泣き言をいう前に手を動かせ、憲兵!!」
カーブの向こうから、か細い悲鳴と戦士らしい鼓舞する声が聞こえてくる。
重苦しい振動は着実に近付いている。
「壊そう」
勝手に自分の口から言葉が出ていたことに驚く。
しかし、これは悪くない方向性だ。道筋が確定したことで、俺の頭は詳細を詰めるべく回り出した。
「何だ、やっぱりあの球を壊すのか?」
ルースはとぼけた表情を見せながらも、そう言った時には大剣を音高く抜いていた。
「いや、壊すのは床だ。両脇に積まれてる石材、アレがなくなれば避けられる」
「そうか! こっちなら大きな魔法も技もいらないんだな!」
「でも、全員分だと余裕を持って3、4mは欲しいだぞ。出来るか?」
球と空間の隙間を埋めるように存在する石段は、高さがおよそ1m半はあり、奥行きもほぼ同じぐらい。
これを4m分どうにかするとなると、硬さは勿論のこと、重量が厄介な問題である。
「やってみる。球を壊すよりは簡単だろう」
「グァーッ!」
頼もしすぎるルースに、イクシスが俺の背中越しに励ます様な声を上げた。
……いつものことだが、頼ってばかりだ。
俺には斬ることも砕くことも運ぶことも出来やしない。自分の非力さが恨めしい。
こちらに頷いて見せた魔剣士は大剣を担ぎ、一足で端に移動した。彼女の目の前には、やけに圧迫感のある石段がある。
「ハァッ!」
ルースは大きく体を捻ってから、倒れこむようにして床ギリギリを真横に薙いだ。
奥行き、高さ共に1m以上ある石段が、ほんの一瞬、微かに浮いた。しかし、ルース程の実力があっても、一撃で吹っ飛ばすまでには至らないらしい。
魔剣士の作業を見守る俺の肩を、隊長が掴んだ。
「ちょ、ちょっと待て! 隅っこで膝を抱えて通り過ぎるのを待つつもりなのか!? 私のこの体でそんなことをしろとッ!?」
「ええ。隊長でも多分大丈夫ですって」
俺は揺さぶられながら、無理矢理口の端を持ち上げて答える。
「多分って何だ! 多分ってぇ~~ッ!!」
「覚悟決めましょうや。命がありゃあ、それだけでめっけモンって状況すよ」
ムキムキが隊長を羽交い絞めにして連れて行く。
そういえば、もう一人の問題児が静かだな。
「お前は怖くないのか?」
リリィはさっきまでのうろたえっぷりが嘘のように、静かになっていた。顔は青く、冷や汗も浮いていながら、胸に両手を当て落ち着こうとしている。
「――い、今は、大丈夫。あたしは一番小柄だしね」
「それだけ言えれば問題ないな。ルースの掃除が終わったら、一番に駆け込めるように準備しておけよ」
俺がリリィの肩に手を乗せた瞬間、廊下の奥からサラの背中が見えた。
同時に、青い閃光も目に入ってくる。
「カインド! これ以上はもうッ!!」
「わ、私はもう……魔力が空です!」
「ルース! どうだッ!?」
ルースはすでに石段を幅2mほど片付けていた。
俺の叫び声に負けない声量で、ルースが答える。
「これで……、四分の三だッ!!」
やや焦りの色が混じった台詞を言いつつ、両手で握った大剣を振り下ろすルース。唸りを上げて走った黒い大剣は、ケーキを切るナイフのように、音もなく石段に埋まった。
「ハァアッ!!」
そのままの姿勢でルースが気合い声を出すと、つい今し方、大剣が石段に作り出した切れ目の右側――およそ50cmぐらいが吹っ飛んだ。
同時にルースの全身から汗が飛び散る。
俺では全身を使っても動かせないような石材が、とんでもない速度で放物線を描きつつ、落とし穴の奥底に消えていった。
どうやら斬り込んだ大剣を使って、石段に振動を与え、弾き飛ばしたらしい。
これで抜け落ちた床から、2m半といったところ。
だが、もう時間がない。
「サラ、フィリップさん! 急いでこっちに!!」
ガリガリはすぐに俺達の傍まで戻ってくるが、サラはこちらへ来る途中立ち止まり、最後の防壁を張った。
ほとんど間髪置かずに大球が姿を現す。最初に見た時よりも若干勢いは弱まっているだろうか。
それでも、俺達全員で止めようとした所で、呆気なく弾き飛ばし轢き殺すだけの速度は保っていた。纏っている雷も一向に弱まる気配がない。
「その端っこに詰めて座ってけ!!」
迫り来る大球から強引に視線を外して、俺は叫んだ。
すでに隊長がいの一番で座り込んでいる。太った体を精一杯縮めて震えていた。
隣のムキムキが、隊長を奥へと押し込み、腰の剣を外す。
次にガリガリが肩を竦めて素早く収まった。
彼らの前に置かれた松明が、不安一色の表情を不気味に浮かび上がらせる。
「サラ、急いで!!」
「私のことはいいですから! 姫様こそお急ぎくだ――!!」
リリィがサラに手を伸ばし、二人の主従は出来たばかりの逃げ場へ駆け込んだ。
女騎士は王女を守るように抱きしめ、大球に背を向ける。
「次は君だ! 早くッ!」
「ああ! ――……えッ!?」
ルースの言葉でリリィの横に辿り着いた俺は、思わず立ち竦んだ。
足りない。
俺が座るのにギリギリの幅しか残っていないのだ。
「おい、ルースッ!?」
「僕は大丈夫だ! それよりイクシスに気を使え、翼が大きくなってるんだから!」
「そんなこと言っても――」
振り返った俺の瞳と、大剣を背中の鞘に収めるルースの瞳が合う。
時間にしたら、一秒も満たない。しかし、確かに通じるものがあった。
ルースは、何も自分を犠牲にしようとしているのではない。双方にとってより安全な手段を取ろうとしているだけだ。
「――ッ!!」
俺は持っていた松明を投げ捨て、代わりに後ろに手を伸ばし、イクシスの首根っこを掴む。
「ぐ、ぐあッ!?」
乱暴といってもいい勢いで、背中に張り付いていた小さなドラゴンを引き剥がした。
今のコイツの翼は、畳んであっても俺達の座高を軽く超えている。
万が一のことを考えて、リリィとサラの膝の上に小さな黒い体を移し、唯一通路に対して平行に退避させた。
「サラ、リリィ! 俺の体を支えてくれッ!!」
僅かに残った隙間に俺が体を捻じ込んだ時には、すぐそこに大球が光っている。
サラの手が俺の二の腕を掴み、リリィが腰に噛り付く。右側――穴とは反対側に体が引っ張られる。
残るはルースだけだ。
俺は背中を屈め、左手を伸ばした。
「~~ッ!!」
巨大な黒い球が、身を寄せ合って座る俺達の目の前を通り過ぎていく。
硬く重い音と、尻が痒くなるような小刻みで強い振動。
球の表面に走る青い雷が思った以上に眩しい。
風が巻き起こり、床に置かれた松明が煽られて燃え上がる。
大球の重量であっさり砕かれた小石が、顔に当たる。
あっという間でありながら、永遠にも似た時が経って――。
一際大きな、鋭い音が響くと、大球が穴の中へと落ちていった。
無意識のうちに、あの巨大な物体が底に激突する瞬間に備えてしまうが、どれだけ待っても轟音どころか物音ひとつしない。
俺が放り出した松明が、真っ黒な染みになっていた。雷系魔法で一瞬のうちに炭化させられた上で、押し潰されたのだ。白い床だけに目立つ。
静かになってからも、長いこと俺達は動くことが出来なかった。
「た、助かった……のか……?」
隊長が感情の籠らない声で呟いた。
誰も、なかなか答えない。
だが、隣に座るリリィの体から少しずつ力が抜けていくのがわかる。
ムキムキとガリガリが口を開いたのは、さらに数十秒は経ってからだった。
「あー……、多分?」
「そ……、そうらしいですね……」
何か気の利いたことを言いたいのに、俺はそれどころではない。
唐突にリリィが叫んだ。
「――あ! ルースは!?」
「え、それはどういう――?」
サラが顔を上げる。
「だって、カインドが座ってる所でギリギリで……。ルースがいないじゃないッ!」
「グアーッ!?」
リリィ達の間に緊張が走った気配がする。ガチャガチャと鎧を着た者が立ち上がる音も聞こえ出した。
俺は食いしばった歯の隙間から漏らす様に、囁いた。
「ルースは……こっちだ……」
「こっちってどっち――……って、ええッ!?」
ようやくリリィも気が付いたようだ。
ルースは俺の左手に掴まり、落とし穴の中に退避していた。
床が落ちる仕掛けの為か、穴は四角に掘られている。焦っていてすぐには気付くことが出来なかったが、大球に接触しない安全な場所は、穴の中に最初からあったのだ。
廊下の端かつ穴の縁に座る俺が、ルースと繋いだ手をそのまま下に伸ばせば、彼女は自然にその安全圏にすっぽりと納まることになる。
「心配をかけたようだな。僕は大丈夫」
穴の中から、ルースが冷静な口調で言った。
想定外の出来事があったとすれば――。
「……腕が、千切れる……。腰が……、捩じ切れ、るぅ……ッ!」
魔剣士が身長に近い大剣を背負っていたことだ。当然、尋常じゃない程、重い。
リリィとサラに支えてもらっているので倒れ込みはしないものの、ルースと大剣の重量は左腕一本にかかり、受け止めきれない負担が肩と腰に圧し掛かっていた。
さらに、俺の腕を掴む彼女の握力はとんでもない強さで、もはや痛いを通り越している。
「あ、すまん」
「んがッ!!」
腕にかかる重さと力が増したと思ったら、ルースが穴の内壁を蹴って飛び出した。勢いを付ける為に体を振ったらしい。
うっかり恰好悪い声を出してしまったじゃないか。
「あ、その。重ねがさね、すまん」
ふわりと床に着地したルースが珍しく言い淀む。一人穴の中で大球をやり過ごしたというのに、普段通り涼しい顔だった。
「いや、まぁ……。全員無事だったからいいんだけどな……」
座り込んだまま腰をさすっている俺の横で、またしても振動が起こった。
「ッ!?」
また罠――!?
ついさっき過ぎ去った筈の恐怖が、速攻で戻ってくる。俺達は慌てて立ち上がり、何があってもすぐに動けるように腰を落とした。
地鳴りのような細かい振動の中、穴の両端に垂れ下がっていた石材が動き始める。
呆然と見守る俺達の前で、白い石材は少しずつ平行に近付き、やがて石材と石材が接触した。
ガコンと良く響く音を立てて、石材は固定されたようだ。床が元通りになったことになる。一度開いた場面を見ていなければ、とてもではないがこの床が落ちるとは思えない。
皆で同時に、大きく息をついた。
「とんでもない技術ですね……」
「ああ。こんなの、見たことも聞いたこともねぇよ。あ、でも、でっけー球が転がってくるのはお伽話でたまに出て来たな」
ガリガリとムキムキが持ち上がった床を見つめて言った。
「流石は我がルークセント! 古い研究所でもこんな仕掛けがあろうとは!」
その仕掛けで殺されそうになった隊長は、何故か誇らしげだった。
「イクシス、ここ通れそうか?」
俺が問い掛けると、イクシスは落とし穴の蓋とも言える床に鼻をつけ、匂いを嗅いだ。自分の身長を遥かに超える尻尾を揺らしつつ、二、三歩進む。
いつでも駆け寄れるように準備はしておいたが、少なくともイクシスの体重では、床が落ちることはなさそうだ。
「グァーッ」
半分も行かないうちに、イクシスがこちらを振り返って鳴いた。こっちに来いということだろう。
「ちゃっちゃと渡ろう。今のうちだ」
俺の台詞に、他の全員が頷いた。異論はないらしい。
俺達は、隠し階段の次にあった部屋での慎重さをかなぐり捨てて、全員で一気に通路を渡った。最初こそ恐る恐る足を踏み出したものの、すぐに早足に、最後には軽く走った程だ。
一分とかからず、直線の廊下を渡り切り、扉の前で立ち止まる。
大きく、威圧感のある扉だった。
俺達の身長を軽く超えている。恐らくは鍛えられた鉄で出来ており、取っ手は二つ。つまり両開きだ。
二枚で一つの場面を描いた浮彫が施されている。これは、蛇が様々な妨害を受けながらも全てを弾き返し、天の太陽を目指している場面だろうか……。
ここまでの重量感と豪華さをもった扉となると、例え宮殿でも、謁見の間ぐらいにしか使われない。
「休憩するつもりは――、ないよな……?」
振り返って尋ねると、リリィは真っ直ぐに俺を見て頷いた。
「ええ。大きなボールに追いかけられながらここまで下りてきて……、ようやく目の前に、いかにもな扉があるんだもの。休む前に中を見てもバチは当たらないわ」
彼女の表情からは、高揚感と好奇心が見てとれた。若干の疲れも見えるが、気力は充分。気が急いているだけだった昨日とは違う。
これなら大丈夫か。
俺は取っ手に手をかけて、押し込んだ。ルースに手伝ってもらい、片側の扉だけを全開にしていく。
ムキムキが、残った松明を部屋の中に差し出した。
「うわぁ……!」
「これは……!」
リリィとサラが驚愕の声を上げる。
松明の淡い光で照らし出されたのは、円形の部屋だ。
研究所内にあった鍛冶場よりも広い。これまで歩いてきた通路と同様、天井から床、壁に至るまで白い石材に覆われている。
そして、その中に目を引く物がもう一つ。
中央にどっしりと構える石の塊。
研究所の外壁や石畳と同じ、透明感のある黒い石で作られた、祭壇にも似た構造物だった。
10月17日初稿