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36.龍騎士の鎧

 結果として、スロウルムとソリソカルはちゃんと生きていた。

 地面に激突する前にルースが彼らの下に飛びこみ、落下の速度を抑え、その間に呼んだサラとガリガリによって白魔法で支えることが出来たのだ。

 どちらも意識は失っていたし吐血までしていたが、サラが調べた所、重大な損傷はないとのこと。衝撃は凄まじかったものの、体に残らず抜けていった――らしい。


 回数よりも強さを重視したイクシスの翼によって、階段を下りるような速度で地面に降り立った俺は、そんな報告を受けた。


 隣でルースがどうだと言わんばかりに胸を張る。

「イバる前に自分の怪我治してくれ。結構色んな所から血が出てるぞ」

「その前に、剣を取りに行かないと。勝つ為とはいえ、酷い扱いをしてしまったからな。臍を曲げていないか心配だ」

 頬や腕に数か所傷を負っているルースは、木々の向こうへと軽い足取りで入って行った。

 戦った相手の怪我の具合を把握するまで、自分の都合は置いておいたのだろう。さらに自分の治療より武器の心配の方が先という生真面目さだ。本当に頭が下がる。


「お前達の方はどうなんだ、カインド? 怪我はないのか? イクシスの方も、その体調の変化とか……」

 気絶した将軍を石畳の上に寝かせていたサラが、こちらを向いて言った。

 ソリソカルも将軍のすぐ傍に横たわっている。

「俺は問題なし。イクシスも大丈夫だよな?」

「グーァッ」

 俺の台詞に、肩に載っているイクシスが元気良く答えた。

 小さなドラゴンの大きな翼と長い尻尾は、戦闘が終わってもそのままだった。王宮でこの姿を見せた時には、一度飛んだ後すぐに元に戻ってしまったので、俺は今回もそうなるだろうと思っていたのだが、いつまで経っても千切れたり消えたり崩れ落ちたりということはなかった。

 畳んでも体よりも大きい翼を、イクシスは持て余しているようだ。特に、ベストのフードに入れないことが気に入らないらしい。

 不満げに俺の肩に体を預け、長いままの尻尾を常に俺の腰に巻き付けている。

「いや、前にグリフォンに乗せた時にはアレだけ怯えていたから。生身でそのまま飛んだのに、怖くはなかったのかな、と……」


 言われて見れば、俺は一つも怖いとは思っていなかった。


 ただ乗るだけのグリフォンとは違い、イクシスがしっかりくっ付いていたからか、それとも場を収めようと必死だったからか。

 相当高い所まで飛び、将軍の攻撃を避ける為に急激な移動までしていたのだ。上空で見た風景と、加速による体が引っ張られるような感覚が蘇ってくる。

 ……今になって鳥肌が立ってきた。

 だが、膝をガクガクさせている余裕はない。


 俺は突っ立っているリリィの隣に立った。

「――で、どうするんだよ、リリィ?」

「……え?」

 ぼんやりとリリィが振り返る。

「将軍の処遇だよ。お前の望み通り、殺さずに押さえたぞ。この後彼をどうするのか決めないと」

「え。えーっと…………」

 呟くリリィはどう見ても頭が回転していない表情をしていた。

「おいおいおい。何も考えてなかったとか言ったらハッ倒すぞッ!?」

「グーアーッ!」

 思わず俺とイクシスは大きな声を上げた。

 リリィの体がビクっと震えて、背筋が伸びた。


「落ち着け、カインド」

 涼やかな声と共に、イクシスが乗っているのとは反対の肩を叩かれる。大剣を回収してきたルースだった。全力の戦闘を終えた後で顔にも傷があるというのに、いつも通りの爽やかさだ。


 最大の功労者にそう言われては、従わない訳にはいかない。

 俺は、愚痴と説教の代わりに思い切りため息を吐いた。イクシスの鬣を撫でて、強引に心を落ち着かせる。

「――もう一回、聞くぞ? お前は……どうしたいんだ?」

 俺が尋ねると、リリィは一瞬怯えた顔をした。それでも、俺が深呼吸をしている間に考えを纏めていたらしく、おずおずと意見を口にする。

「えーっと、その……。トマスとちゃんと話をしたいです。それに……、出来れば『巨獣の卵』探しにも協力してもらいたい……です」

「わかった。それならまずは――」

「そんなの無理だとか、ただの我儘だって怒らないの?」

 殊勝な態度はあっという間にどこかに行って、リリィが目を丸くした。

「今更この程度の我儘で怒ったりはしないよ。<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>から助け出した時に怒鳴ったのは、重要な情報の公開を怠ったことについてだ。その辺わかってないんだったら……、イチから説教してやるけど?」

 全くヒトを何だと思ってるんだか。

 ここまで連れて来たことがそもそもリリィの我儘じゃないか。イチイチ腹を立てていたら、まず身が持っていない。

 だが、スロウルム将軍とフルールの関係を黙っていたことについては、まだ腹の中が燻っている。説明してほしいというのなら、力尽くで静めた怒りを持って、ネチネチと責めてやるのもやぶさかではない。

 両手を胸の前で開いて、リリィが呟いた。

「いや、あの、よぉくわかったので……」

 俺は一つ息をついて、辺りを見渡す。

「それは、まぁ、とりあえず置いておくか。時間もないしな。まずは、スロウルム将軍をロープか何かで拘束して……」


「それには及ばない」


 唐突に、下から声が聞こえた。

 まるで弛緩した空気を引きしめるようなその声は、横たわったスロウルム将軍が発したものだった。


 様子を見ていたサラとルースが、それぞれ武器に手を伸ばし、構えた。

「……殿下をどうこうする気も、お前達に抗おうという気も、もうない。何より、アーガード殿ともう一度戦うには、私もソリソカルもダメージを追い過ぎてしまったよ」

「トマス……」

 体を起こすことすらせず、燃え尽きた表情のスロウルム将軍を見て、リリィが呟きを漏らした。悲しみや憐憫、罪悪感が混じった声色だった。

 ルースとサラが将軍への警戒を解かないまま、俺を窺っている。

「……サラ。将軍の体を起こして、魔力に余裕があるんなら治癒魔術をかけてくれ」

「いいのか?」

 スロウルムの横にしゃがみ込んだサラが尋ねてくる。心情としては一秒でも早く治してやりたいのだろうが、二の足を踏んでいる様子だ。

 俺は肩をすくめて答えた。

「ああ。ただの勘だけどな。お前は反対するか、ルース?」

「いや、僕も将軍の言葉を信じていいと思う」

 そう言って、ルースは柄から手を離した。死力を振り絞った勝負をした者同士、通じるものがあるのかもしれない。


 緊張を解いたサラが手印を形作ってから、スロウルムを起こす。

 支えるのとは逆の手を彼の胸元に当てると、全身が淡い光に包まれた。


 俺は、リリィの背中を肘でつついた。

「ほれ、言いたいことがあるなら今のうちに言っておけ。その為にルースもイクシスも頑張ったんだから」

 早く研究所の中に入ってしまいたい所だが、こればかりは仕方がない。

 リリィに心残りがあっては、集中しきれずに探索に影響を及ぼすかもしれないし。俺達にしたって今後の脅威を量る為に、スロウルムの考えを知っておいた方がいいだろう。

「う、うん……」

 サラに支えられて座っているスロウルムの横に、リリィはペタンと腰を下ろした。


「……伯父さま……。その……、大丈夫?」

「ああ。お前もお怪我がなくて良かった」

 リリィに合わせるように、将軍は敬語ではなく砕けた言葉使いで答えた。王宮で俺達に良く見せた、丁寧ながらどこかヒトを食ったような、黒いユーモアが含まれた物言いだ。

 おそらくこちらが素――王族という役割から外れたリリィへの接し方なのだろう。

「皆が、助けてくれたからね。でも、どうして? あたしを連れ戻すのに、こんな強引な方法を選ぶなんて……」

「ああすることが臣下として正しい行動だと思ったのだ。だが、お前が自分で選んだ仲間は、私よりも強いことが証明された。その上、彼らはお前の甘い願いすらしっかりと叶えている。だから、もう私に出来る役割は残ってはいない。お前をどうこうするつもりがない、というのは、そういう訳さ」


 トマス・スロウルムの台詞を聞いて、俺にはピンと来るものがあった。


 もしかしたら彼は、俺達を試していたのかもしれない。

 将軍は確かに、本気でリリィを連れ戻そうとしていた。こんがらがった状況の中で王女を守る為には、私心を押さえつけ臣下として行動すること、それが最善だと信じたのだ。

 しかし、攫われたのは自分の娘であり、王女は心から彼女の救出を願っている。複雑などという言葉では到底足りない程の心情だったに違いない。

 そんな中で、本気の自分を倒したのなら王女を預けてもいい、とどこかで考えていた――というのは、あながち的外れではないと思う。

 もしそうだとすれば、スロウルムは自分が殺されることも想定していた筈だ。俺達――というよりはリリィの覚悟を促す為に。まぁ、これはルースとイクシスの頑張りでポシャった訳だが。


「――……伯父さま。あたしを連れ戻す気がなくなったってことは、『巨獣の卵』探しを……手伝ってくれるってこと?」

 それほど時間に余裕がないことを察したのか、リリィは本題を突き付けた。

 しかし、将軍は首を横に振る。

「アーガード殿との戦闘で気力を使い切ってしまったのでな。ダメージもあるし、ソリソカルに乗れない状況では役にたつのは難しい。それに、私は一度、お前の意思を無視しているのだ。今更同行しても、いざという時に彼らと噛み合わないこともありえる。やめた方がいい」

 スロウルムの言葉に、リリィは顔を伏せた。


 俺が隣のルースに視線を送ると、それに気付いた彼女は厳しい表情で軽く頷いた。専門家の意見だ、俺などが口を挟む余地はない。

 本音を言えば、戦力は多ければ多い程いいんだが。

 将軍がここに残ることで、研究所内まで誰かが追いかけてくるようなことはないと思って、諦めるしかないか……。


「ソーベルズ卿」

 打算を繰り返している俺に、突然スロウルム将軍が声をかけた。


「あ、はい。何でしょう?」

「ということで、私は殿下を守れないのだ。戦闘を仕掛け、殺すつもりで向かっていった直後に、虫のいい話なんだが……。どうか私の代わりに君達が、殿下を――リリィを守ってやってはくれないだろうか?」

 座っていたスロウルムは、脂汗を掻きながら姿勢を正した。硬い石畳に両膝をつき、手をその上に乗せ、頭を下げる。

 俺は慌てて駆け寄った。

「ちょ!? 頭を上げて下さい! 実際ちゃんと守ってるのは俺じゃなくて、サラやルースの方ですから! 俺になんて――!」

「いや、見た所、君がリーダーだろう。当然全員に頭を下げる心積もりだが、特に君に頼む必要がある……」

「わ、わかりましたから!」

 承知しなければ、頭を下げたまま梃子でも動かない様子のスロウルムを、俺は強引に起こさせた。

 スロウルムが顔を上げる前に一瞬ニヤリと笑った気がするが、気のせいだろう。うん。

「そうか、良かった。では、王女の護衛に付随して、君に受け取ってもらいたい物がある。何、それほど時間はとらせない。サラ、ソリソカルに回してあるベルトを外してくれ」

「た、隊長!? あの、もしかして……」

 何か気付いたらしいサラの言葉を無視して、スロウルムは視線で動くように促す。

 直属の部下である女騎士は、それ以上の言葉を呑み込んで立ち上がる。石畳に倒れ伏しているソリソカルに近付き、何やら作業を始めた。


「ソーベルズ卿。君に、この鎧を受け継いで欲しいのだ。大炎上時代末期よりルークセントに伝わる『龍騎士の鎧』、その下半分だ」


 ……突然何を言ってるんだ、このヒトは?

 スロウルムは震える手で、腰回りの鎧を外し始めた。こちらは演技でも何でもなく、まだ体力が回復していないようだ。

「昔々の、ルークセント内でも最も尊敬を集めるドラゴンライダーが装備していた鎧でな。以来、ルークセントの魔獣騎兵の間で連綿と受け継がれてきた。この『龍騎士の鎧』は、王の第一守護者の証なのだ。胸当て等の上半分は、長い歴史の中で失われてしまったんだが」

 鞍に形を変える機能だけでも珍しい物だとは思っていた。だが、そんな由緒まであるとは。少なくとも外国人が軽々しく手に触れていい品物ではない。

 将軍はそれを俺に渡すとまで言っている……。

 俺は理由を考えることも出来ず、ただ呟いた。

「ど、どうしてそんな価値のある物を……?」

「確かに古い物だし、軍の中には勲章か何かだと思っている輩もいるがな。実際はそう大したことではない。王族を守ってきた者が引退をする時、信用に値する後進へ、願いと期待を込めて譲る……そういう品なのだよ。職人が手に馴染んだ道具を贈るようなものさ。『龍騎士の鎧』なんて名前が付いていながら、グリフォンライダーである私が受け継いでいるのが、その証拠だ」

「……そっ、そう言われましても」

 俺が弱々しい反応しか出来ない間に、スロウルム将軍は『龍騎士の鎧』を外し終えてしまった。


 よく見れば、その腰回りの鎧は年季が入っている。よく手入れされているし、ほつれていたりとか錆が浮いていたりということはないものの、細かい傷や修理の跡が到る所にある。

 全体的な色は、黒に近い深い赤。

 太いベルトに、膝まで届く大きな垂が一つと、太股の中程までの垂が二つ、さらに尻がギリギリ隠れるくらいの板金が一つ。大きな垂は皮か布かで覆われていて構造はわからないが、ベルトを除く全ての部分は、小さな板を連結させて作られているようだ。


 スロウルムが差し出す『龍騎士の鎧』を呆然と見つめていると、輪状に束ねたベルトを持ったサラが彼の隣に立った。

「君も見ていた通り、このベルトについた留め金に『龍騎士の鎧』を接続することが出来る。まぁ、これは今の所使うことはないだろうが。伸縮性が良いのに刃物を通さない逸品だ。腹にでも巻いておけば、それだけで鎧代わりになる」

 スロウルムはそこで言葉を切り、真っ直ぐに俺を見据える。

「――どうだろう? 何も気負うことはない。防御力に優れたただの防具だと思って、受け取ってくれないか?」


 俺はなかなか手が伸ばせなかった。


 そこまで言ってもらえた喜びよりも、俺自身にそんな物を受け取るだけの価値があるのか、という不安の方が先に来る。

 現実的に考えるにしても、防御力に関してはルースが付ける方がいいし、鞍への変形機能で言えばサラが受け継いだ方が役に立つ。

 ただ、トマス・スロウルムの志を無下にも出来ないというのも、本音だ。

「ぐーあー」

 肩に乗っているイクシスが、鳴いた。翼と尾以外小さなドラゴンの顎を撫でてやった時、俺の口から思ったことがそのまま洩れた。


「……もし、いつか、お前が大きくなったら……アレも役に立つよなぁ……」


 気付いた時にはもう遅い。

 将軍は苦笑しているし、サラは何だか睨んでくるし、今まで口を出さなかったルースはしっかり自分の意見を言った。

「君のその、行動を決める上で損得勘定が相当上位を占めている所は、とても貴族出身とは思えないな」

「うっせぃ。――……わかりましたよ! 『龍騎士の鎧』、受け取らせていただきます!」

 俺は苦し紛れに叫んで、スロウルムの手から腰回りの鎧を受け取った。こんな情けない言動をしているのに、何故か将軍は満足げに頷いていた。


 外した剣帯をルースに預け、さらに元々着込んでいた鎧の腰部分だけを外し、『龍騎士の鎧』につけ替える。

 正面の大きな垂は深い赤なので、金属むき出しの胸当てなどとの組み合わせは、見栄えがあまりよろしくない。

 だが、鎧の上に剣帯を巻くと、意外としっくり来た。

 剣や魔銃に手をかけても何の違和感もない。普通、イイ防具は個人の体に合わせて作られるので、譲り受けるにしても、直してもらう必要があることがほとんどである。

 それなのに、ベルトを締めた瞬間、きゅっと体に馴染むような感覚があった。

 出来れば素材や製作者、これまで装備してきたヒトなどの情報を聞いておきたいが、そうのんびりもしていられない。


 騎獣に取り付ける太いベルトは腹に巻いて、俺の準備は完了した。こちらは黒色。うん、見た目のことは忘れよう。

「もういつでも行けるぞ、リリィ。お前寝てるんじゃないだろうな?」

 俺は、スロウルムに同行を断られてからずっと下を向いているリリィに、声をかけた。

「……いくらあたしでもそこまで能天気じゃないわ……。――伯父さま、やっぱりついて来てはくれないのね?」

 沈んだ声色でリリィが呟いた。

「ああ。お前を守る第一の騎士は、ソーベルズ卿に任せたよ。でも、だからこそ言える言葉もある。――自分の信じるままにやってみるといい、リリィ」


 数秒の沈黙があって。


 リリィはゆっくりと顔を上げると、そのまま立ち上がった。スロウルムを見下ろす形で、口を開く。

「…………そう。わかりました。それなら、トマスはここで待っていてください。私の代わりに攫われたフルールは、私が助け出します。必ず『巨獣の卵』を持ち帰りますから、全員で宮殿に帰りましょう。その時は、私達全員を守り導くことを命じます」

 王女としてのリリィの言葉に、スロウルムも震える体で片膝をつく。まだ体力が回復しきっていないのか、ぎこちない動きで首を垂れる。

 臣下の者が主の命令を承る姿勢だ。

「――はい。帰還と王宮での対応はお任せ下さい、殿下」


 その場面は絵になっていた。

 森の奥深くなのにも関わらず、建物の近くだけ切り開かれている為に日の光が差し込んでくる。地面はピカピカになるまで磨き上げられた石畳。そこに鎧姿のシブい男性が片膝をつき、小柄ながら威厳を持った少女が彼を見ている。

 物語では、あまりこういうしつらえたような場面は好きではない俺だが、その場に居合わせるとなると、ちょっとした感動を覚えてしまう。


 自分を誤魔化す為に、強引に視線をずらす。

「――あ」

「ぐぁ?」

 そういえばすっかり忘れていた。たまたま視界に入った憲兵隊のことだ。俺は隊長に向き直って、問い掛けた。

「サートレイト隊の方々はどうします? ここにいるか研究所の中に一緒に行くか。研究所内はどの程度危険かわかりませんし、スロウルム将軍がいればここで魔物に襲われても何とかなると思いますから――」

「勿論、ついていくぞ。将軍閣下がいらっしゃらないのなら、我々が王女殿下をお守りせねばな!」

「ま、ウチの隊長サンならこう言うわな」

「ここまで来ると、残るのも置いていかれた気分になりますしねぇ」

 俺は当然置いていく気満々だったのだが。憲兵隊の面々はやる気があるようだし、せいぜい自己責任でついてきてもらおう。


 将軍を除く全員が立ち上がり、互いに目配せし合う。そろそろ探索を始めなければならない時間だ。

 何だか一仕事終えたような感覚すらあるのに、まだ研究所にも入っていないことに気が付いてげんなりする。


「――では、ソーベルズ卿。殿下を――リリィをよろしく頼む」

 もう一度頭を下げるスロウルムに頷き返してから、俺は全員に届く声で言った。

「じゃあ、行こうぜ。さっさと目的の物を見つけて、ノンプさんの家で御馳走してもらおう」

 自分の台詞通り、さっさと入口に向かう俺の背中に、次々に声が届く。

「もう少し気合いの入る号令を言えないものかしら、カインドは?」

「姫様の仰る通りですが、『行くぞ!』などと言うカインドも想像出来ませんよ」

「何なら私が代わってもいいんだぞ? 号令なら得意だ!」

「いやいやいや。ここは黙っていましょうよ、隊長」

「号令ってのは、その時の気分を喚き散らすことじゃねぇしな」

「ぐーぁー」

 俺は全て無視するつもりだったのに、入口手前で足を止めて振り返った。いつも何かと俺の行動に対する感想を口にするルースの声が聞こえなかったからだ。

 彼女は皆から離れた位置で、一人周囲に視線を走らせていた。

「どうした、ルース?」

「いや、誰かに見られているような気が一瞬したんだが……。むう。怪しい気配はどこにもない」

「イクシスも反応してないぞ」

「ああ、多分勘違いだ。この森は魔力が濃いから、感覚も影響が出てきたのかもしれない」


 何となく小走りで駆け寄って来るルースを待ち、全員で壊れた扉を潜った。

 薄暗く汚れた廊下はそのままなのに、昨日に比べれば嫌な雰囲気が薄れている気がするのだから、きっと事態は良い方向に転がっているんだろう。

10月1日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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