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34.工兵みたいな作業

 常時接続展開。


 発動した後に、魔力を補充出来るのは白魔法だけだ。精霊魔法や黒魔法は、発動時間そのものを伸ばす為に魔力を使い続けることは可能でも、一度撃ち出してしまえばそこでお終いで、手出しは出来ない。

 そんな白魔法でも、魔法との接続を常に保たなければ補充する為の魔力経路が切れてしまう。具体的かつ一般的には、かざした手が魔法と術者を繋ぐ経路だ。だから、大抵の白魔法使いは、発現した魔法に手を向け続けるか、手の先に位置を指定して発動させることで動かしても経路が切れないようにする。

 つまり、今回のような結界は動かず術者が動いている場合は、術者が手を結界の方向に向くように、常に動かし続けなければならないのだ。本来なら。

 しかし、非常に高度な術者は、手をかざさなくとも魔法との接続を保つことが出来るという。

 それが常時接続展開だ。

 どのような習練をすればその技法を修められるのかは、魔法を一つも使えない俺には全くわからない。しかも、覚えた所でさらに条件があり、印を四つほど増やし、常に発動させた魔法の位置を正確に把握していなければならないらしい。

 スロウルムはリリィの周囲を意識し続けているということになる。


 ルース程の使い手と戦いながらそんなことが可能なのか……。


 いや、それよりも問題なのは、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>からリリィを解放する為にはサラの突撃をどれほど繰り返せばいいのか、ということだ。

 一撃入れて罅が入ろうとも、すぐにそれが直ってしまう。

 一撃で砕くだけの攻撃手段がない現状では、スロウルムの意識から<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>がなくなるか、彼の魔力が切れるかしなければ、この状況がずっと続くのだ。

「――さ、サラ。スロウルム将軍の総魔力量(スタミナ)はどのぐらい……?」

 俺がそっと尋ねると、槍を突き立てたままの女騎士が上の空で答えた。

「隊長――トマス・スロウルムの総魔力量(スタミナ)はとても多い、としか言えない……。<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>なら、この突撃槍で一晩攻撃し続けたって、砕くことは無理だろう。隊長は……本気なのよ……」


 となると。

 <天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>にダメージを与え続けるのはあまり期待出来ないやり方だ。

 サラの突撃に俺の魔銃を加えても、残った弾を撃ち尽くしたって壊れない確率の方が高い。将軍の魔力を減らす、という効果はあっても、それでルースの勝ち目がどのぐらい増えるだろうか。体力は勿論、攻撃手段を減らすだけの価値があるだろうか。


 いや、正確な総魔力量(スタミナ)と手持ちの手段が把握出来ていない以上、この計算には答えがない。

 やるかやらないかでしかないじゃないか。


 俺が頭を掻きむしって悩んでいると、大きな音が聞こえた。

「何で、何で隊長はここまで本気になれるんだ!? あんなに姫様に尽くしてたのに!」


 サラが槍を両手で握りながら言った。突撃槍の斜面が魔力障壁に押し付けられている。どうやら、突いたのではなく、激情に任せて振り下ろしたようだ。

 しかし、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>がダメージによって劣化している様子は一切ない。術そのもののレベルが高いのに加え、最初に術者が込めた魔力も相当なものなのだろう。

 将軍ともなれば<大円硝子(サークル・グラス)>数発と魔力補充でヒィヒィ言ってたガリガリとは違うらしい。まぁ、魔法は一つも使えない俺が言えた義理じゃないんだけど。


 そこまで考えた所で、俺は気付いた。


「――サラ、自棄になって体力消耗するな。んなことしても意味がない」

「じゃあ、アンタにはコレを砕く手があるって言うの!?」

 全体重を槍に預け結界を押し破ろうとしながら、こちらを睨んでくるサラ。

 俺は努めて冷静に、グルルと唸ってきそうな女騎士の視線を、真正面から受け止めた。

「一緒に考えようって言ってるんだよ。お前は体動かしながら頭働かせられる程器用じゃないだろ。――フィリップさん、ちょっとこっち来てください!」

 唐突な俺の呼び掛けに、端の方で目立たないようにしていた憲兵隊の三人が飛び上がる。

 何もそこまでビビんなくても、と思ったが、俺が無意識に魔銃を向けていたからだった。

 慌てて銃口を空に向け、再度叫ぶ。

「脅すつもりは今の所ありませんからッ。とりあえずこっちに来るだけでも!」


「ついさっきですよ、思いっきり脅してたの」

「あと、その『今の所』ってのが物凄く怖いんだよなぁ」

「こんなことなら、逃げ出しておいた方が幾らか安全だったかもしれん……」

 グチグチ言いながらも、憲兵達は三人揃って傍まで来てくれた。別に隊長とムキムキは呼んでないのに、仲がイイというか要領が悪いというか。


「フィリップさんも白魔法使いでしたよね。どうにかして彼女を解放したいんですよ、何とか協力してもらえませんか?」

 俺が言うと、憲兵達は互いに顔を見合わせた。

「お前達はお尋ね者ではないか。何だって国に仕える憲兵が協力せねばならんのだ」

 隊長が不満げな表情で呟いた。

「自由を奪われてるこの娘は王女殿下なんですよ。王女に仕えるのか国家に仕えるのか、って話になりますけど、その辺突っ込んでいいんですか?」

 俺の言葉が衝撃だったのか、隊長は半歩下がった。

 効果がある様子なので、口調を変えずにそのまま続ける。

「さっきの信号弾は状況を把握しきれてなかったってことで言い訳出来ても、今はもう大体のことわかってますよね。その上でここで拒否したら、王女殿下の行動を邪魔したって事実だけが残ります。私達が捕えられて、王女共々王宮に帰れたとしても、印象最悪ですよ」

「……ぬぅ」

 隊長の額に一気に汗が噴き出した。


 曖昧な説明は俺達に有利な面を強調してはいるものの、嘘をついている訳ではない。保身に長けた隊長なら、唯一の王族の覚えが悪くなるというのは、避けたい筈だ。


「よく考えて下さい。ここで協力したとして、王女が解放され目的が達成出来た場合は、普通に恩が売れます。覚えはめでたくなるし、恩賞だってあるかもしれない。また、もし王女が王宮に連れ戻された場合でも、王女に協力した貴方方を無碍にはしない筈です。王女は協力してくれた者に罰を与えるなんて許さないでしょう。つまり、リスクはほぼなく、リターンは大きいということです」


 これは、楽観的すぎる予測だ。軍という組織がそんなに甘いとは思えない。

 現に俺達とサラは将軍に死刑宣告を受けている。


「ぬぬぬぬ……」

 唸る隊長を、部下二人とサラが害虫に向けるような視線で見ていた。俺の詭弁はもとより、忠義を損得で考えている隊長に呆れているのだろう。

「よしっ、わかった! 協力しよう! お前達も王女殿下の為、その身を尽くすのだッ!!」

 何の迷いもない、晴れきった顔で隊長は言った。両手をグっと握り、やる気を見せている。


 ――ま、アンタは役に立つとも思えないんですけどね。


 俺は内心の突っ込みを隠して、ガリガリに問い掛けた。

「めでたく許可が出た所でお願いしますよ。王女を解放するにはどうしたらいいのかってことなんですが……」

 一度短くため息をついたガリガリが言う。

「ずっと見てはいましたから、状況は大体わかります。要は、常時接続展開かつ術者の総魔力量(スタミナ)がとんでもないんですよね? それだったら、答えは一つしかありません。結界の許容量を超えるダメージを与えること、これだけです」

 半透明の<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>をあちこち触りながらガリガリが出した答えは、俺の知っている範囲のものだった。器用そうなガリガリなら、何か盲点を突くような奇策でも持っているかと思ってわざわざ呼び寄せたんだが、意味はなかったかもしれない。

 サラの突撃槍以上の攻撃力は俺達にはない。

 となると、全員でタイミングを合わせて集中させるぐらいしか……。いや、それも難しいか。

 俺達の中で攻撃力に期待が出来るのがサラとイクシスしかいない上に、イクシスの魔法だと集中させるという部分で問題があるだろう。下手をするとサラに当たりかねない。

 俺はまだ魔力障壁に手を触れているガリガリに言った。

「何か、こう……、結界の弱い部分とかないですかね?」

「この術は元々、自分を守る為の物ですよ。前後左右どこから攻撃されてもいいようになってるんです。綻びなんてある訳ないじゃないですか」

 確かに、半球状の結界はどこから力が加わろうとも逸らしそうである。


 ……いや、待てよ。攻撃を食らうとなれば、前後左右だけじゃないよな……?


 俺は漠然とした手がかりを逃さないように、目を閉じた。そのまま、思い付いた言葉を口にする。

「こういう結界って、どんな風に張られるものなんですか? 押したりして動かないのは……」

 サラが短く息を吐いたのが聞こえた。続く台詞は、呆れた感情を隠そうともしていない。

「……ハッ。そんなことも知らないのか。結界術の展開は、普通は位置指定で術者が思い描いた場所に発現――」

「いや、それはわかってるって。俺が言いたいのは、結界は接地してる部分でくっ付いてるだけだよなってことだ。半円状に地表まで障壁が張られてたり、地面の下にまで浸食してたりってことはないんじゃないのか?」

 ようやく方向性が定まって目を開ければ、周りの連中全員が困惑した様子で俺を見ていた。

 何言ってんだコイツと声に出さず語っている。その表情のまま、ガリガリが口を開く。

「まぁ、こういう結界はそうですね。でも、それが……」


「樽そのものは硬過ぎて壊せないとしても、違う材質で出来た蓋を壊すことは――出来ませんかね?」


 俺がそう言うと、今度はイクシスまで含めた全員の顎が、カクンと落ちた。



*****

 ――強い。


 <空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>で出来る最も急な旋回をしつつ、ルースは奥歯を噛み締めた。

 先日戦ったサンダーバード乗りとは全く違う。彼らは、やりづらいとは感じても、強いとは思わなかった。例え二人と二頭でも、である。


「クワァア――――――ッ!」

 甲高い喚声を上げ、ソリソカルが魔剣士を迎え撃つ。グリフォンの旋回性はルースよりも上だ。大剣に対して、すでにしっかりと真正面を向いている。

「ハァアアアッ!!」

 ルースは気合いと共に、突っ込んだ。狙いはソリソカルの翼だ。


 彼らを殺さずに止める為には、飛べないようにするしかない。

 初めのうちは、傷付けるにしても打撃技で何とかならないかと思っていたが、そんな生易しい相手ではなかった。

 今のルースは、最悪ソリソカルの翼を斬り飛ばしてでもスロウルムを倒すつもりでいる。


 しかし、思い切り薙いだ黒い大剣は、スロウルムの長い突撃槍に防がれる。

 火花と金属音が盛大に散った。

「くぅっ!」

 衝撃に手首が痺れる。

 グリフォンライダーが振り回す槍は、空中でありながら、まるで鋼鉄で出来た塔のようにどっしりと重かった。

 深追いはせず、ルースは弾かれた勢いに身を任せ、右へと飛んだ。


 茜色のグリフォンが曲者だった。

 空中を踊るように飛び回り、位置取りが絶妙に上手いのだ。

 ルースの大剣が届く前に相手の突撃槍が届く。距離を取って魔法を撃とうにもあっさり避けられる。その隙に突っ込めば、スロウルムが槍で防ぐ。近距離で二撃目を、と思っても、その時にはすでに距離を取られ、槍が繰り出される。

 そんな攻防が続いていた。

 いまいち攻め切れないのは、相手の方が重量があるのに小回りが利くことが原因だ。

 足場のない空中では、ぶつかり合えば軽い方が弾かれる。スロウルムはグリフォンの体重を攻撃や防御に乗せる術を極めていた。

 いくらルースの武器――黒い大剣が重くとも、押し切ることは出来ない。


 リリィから離す為に、空中に誘い込んだつもりのルースだったが、むしろ空中に誘い込まれたのかもしれないと思い始めていた。


「!?」

 頭をかすめた弱気が一瞬の隙を生む。

「――シィッ!!」

 いつの間にか、すぐ後ろまでソリソカルが追い縋っており、スロウルムの槍が突き込まれた。

 将軍はずっと初撃を受けることに徹していたので、ルースにとっては虚を突かれた形だ。

「――くぁ!?」

 慌てて体を捻って、迫り来る先端を大剣の腹で受ける。重い音と衝撃が大剣から腕へ、腕から全身へと伝わり、ルースは後方に吹き飛ばされた。

 だが、グリフォンは距離を取ることを許さず、乗り手はさらなる追撃を加えてくる。

「む!!」

 スロウルムの低い唸り声の間に、三度の衝撃。全てが突きだ。

 一撃一撃が剣の外を狙い、その上しっかり重い。ルースは槍の軌道に剣を合わせるのが精一杯だった。弾くことも逸らすことも出来ない。


 ――連撃で突き破るつもりか!


 相手の狙いを察し、守り切る為に全身に力を入れる。

 その瞬間、面頬を下ろしているにも関わらず、グリフォンライダーが笑う気配がした。

 さらなる突きがルースを襲う。体の中心に向けられた攻撃だ。

 さほど動かすことなく、刃を寝かせた大剣の腹で受け止めた、その瞬間――。


「ラァアアッ!」

 スロウルムが気合い声を吐いた。

 次いで強烈な爆音。


 突撃槍の石突が爆発したのだ。

「――ぐっ、はぶ!!」

 とんでもない力で押し込まれる。支えきれなかった大剣が、胸に激突した。

 殴られたというよりは体当たりを食らったかのような衝撃に、息を全て吐き出してしまう。体を固くしていた為に力を逃がすことも出来なかった。

 口の中に血の味が広がる。

「――ッ!」

 苦痛に顔を歪めたルースは、<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を描き直し後方へ飛んだ。

 しかし、ソリソカルは迫ってくる。体勢を整え直す機会を与えるつもりはないようだ。

「さぁ、どうする!? ルース・アーガード!!」

 スロウルム将軍が高らかに叫んだ。

 息を吸うのにも精一杯のルースは、相槌を打つことすら不可能だった。

*****



 爆発によるモノとしか思えない音が森全体に響き渡った。

「ッ!?」

 思わず体を竦め空を見上げれば、弾き飛ばされるルースの姿が小さく見える。

「……ぐぁ……」

 同じように仰ぎ見ているイクシスが小さく鳴いた。


 しかし、俺は無理矢理視線を外した。今は<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>をどうにかする方が先だ。

 リリィが解放されれば、研究所に逃げ込むことでスロウルムをグリフォンから降ろすことが出来る。

「カインド、行くぞ!」

「ああ。やってくれ」

 サラの台詞に答え、俺は数歩下がった。


 全員を呆れさせた、結界を壊す代わりに石畳を攻撃してやろうという俺の提案だが、ちょっとした議論程度ではそれ以上の手は出てこなかったので、実行に移されることになった。


 まずは、魔銃で<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を撃ち込むことから始めた。

 結界が張られたのが土の上だった場合、<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を何発撃っても大した意味はないだろうが、今、俺達が立っているのは石畳である。狭い間隔で何発も撃ち込めば壊すことが出来ると考えたのだ。

 結果は失敗。

 わざわざ弾を詰め替えて撃った<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>は、あっさり石畳に吸い込まれ、傷付けることすらなかった。普通なら、どんなに硬い石でもちょっとした傷やへこみぐらいは出来る筈だ。それが吸い込まれるということは、特殊な素材で出来ているとしか思えない。

 俺は早々に魔銃をホルスターに仕舞った。

 困ったような焦ったようなリリィの表情と視線が気まずかったのが、やけに印象に残っている。


 失敗に続いて発案された次の手が、サラの突撃槍による突きである。

「シィッ!」

 女騎士は軽く頷いて合図を送ると、長い槍を真っ直ぐ空に向けたまま、石畳を蹴った。

 スロウルムの物よりは短いとは言え、彼女が使っている槍も円錐部分だけで2mはあり、軽く身長を超えている。柄を持っていたら真下には攻撃出来ない。

 獣人の素質か訓練の賜物か7m以上跳び上がったサラは、上空でくるりと槍の先端を地面に向けた。両手で柄を握り、全体重を預けてがっちりと固定する。


「――ィイヤァァァアアアッ!!」


 サラの甲高い咆哮としなやかな体と共に突撃槍が降ってきた。

 重い音がして、俺の足元まで振動が伝わる。

 小石なんかが飛んでこないかと一応身構えていた俺は、体の力を抜いた。

「……おお、今度はちゃんと刺さったぽいな」

 先端を下にした円錐が、黒い石畳に突き刺さっていた。突撃槍の切っ先20cmほどが埋まっている。目を凝らして見れば、石畳にも放射状に罅が走っているようだ。

 聳え立つ突撃槍にしがみ付いたままのサラが言った。

「爆発させてみるか? もっと罅が広がっていくと思うぞ」

 俺はしゃがみ込んで石畳を観察した。


 大体石一枚の大きさは縦3m横1m半ぐらい。刺さった槍から伸びる罅は一番長くて50cm弱。

 だが、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の縁ギリギリに槍が刺さっているのに、罅が結界を超えていない。石畳への衝撃を吸収しているらしい。


 爆発による連撃を行えば、当然抜きにくくなる筈だ。

 そこまでやっても、結界の底面である円形の部分までダメージが通らないのなら、手数と速度を優先させた方がいい気がする。

「いや、今のと同じような突きを、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の周りをぐるりと囲むように突いてくれ。そうだな……、十分割くらいの気持ちで」

 頷いたサラが手を離して飛び降りてくるのを尻目に、俺は憲兵隊に向き直った。

「皆さんは私と一緒に、罅を広げる作業をお願いします。穴と穴を繋ぐように、罅を割れ目まで大きくしましょう。その上で、石畳ごと結界を持ち上げ、直接石畳を壊します」

「しかし乱暴な手ですねぇ。泥臭いというか何というか」

「お姫様を助け出すってのは、こう、もっと派手なものだと……。協力するとは言ったが、私達は工兵ではないぞ」

「まぁ、でも。こんなことでもなきゃ俺達じゃ役に立たねぇわな」

 ムキムキはそう言って、腰の背中側に納められていた短剣を抜いた。一目で支給品とわかる、実用的な物だ。憲兵隊の装備品として決まっていたのか、残った二人も似たような短剣を手に取っている。

 俺も魔銃を抜き、銃身を握った。

「じゃあ、サラ。どんどんやってくれ!」

「わかった!」

 先端に土が付いたままの突撃槍を構えて、サラが叫んだ。



*****

 真後ろへ吹き飛ばされるルースと、それを追って迫るグリフォンライダー。

 さらなる攻撃に備える為、ぶち当てられた大剣をルースが何とか構え直した時には、相手の間合いである。

 たった一本の槍が、何本も一度に突き込まれるかの如く、繰り出される。

「ぐっ!!」

 全てが急所狙いである殺気を纏った攻撃を捌き、弾き、防ぐ。

 後方へと飛んでいる為に、押し込まれることがないのが幸いだが、このままでは決定的な一撃を喰らいかねない。


 焦りが少しずつ全身を蝕む中で、ルースは腕を動かし続けた。


 どれだけ突撃槍の猛襲に耐えていたか。

 唐突にルースの耳に、スロウルムの困惑した声が聞こえた。

「――な、何をしてるんだ、アイツらは!?」

 兜を被っているので表情はわからない。

 だが、兜が向く先には、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の周りに集まるカインド達。おそらく、碌でもないことを考え実行に移しているのだろう。ルースは口の端を上げた。

「させる訳にはいかんぞッ!!」

 これまで並走していたソリソカルが大きく翼を広げ、急停止し、森が開けた研究所の入口近くへと向かい始める。


 ――させる訳にはいかないのは……、こちらも同じだッ!!


 口の中に残った血を吐き出したルースは、<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>に限界まで魔力を込めた。

 だが、グリフォンの方が瞬発力がある。後ろへの勢いがついたルースが、飛行方向を無理矢理変えて、直接追いかけたのでは間に合わない。


 それならば。


 ルースは角度と速度を計算し、近くの木の頂点へと狙いを定めた。先程までの勢いと自由落下をそのまま利用し、速度を上げる。

 足下から落ちるように体を回転させ、さらに足を折り畳む。

「だぁあッ!」

 足の裏に木が触れた瞬間、ルースは闘気を爆発させた。

 鋭角を描いて、スロウルムとソリソカルへと一直線に飛ぶ。

 足場となった木が、反対側に大きく撓って葉を撒き散らした。

 限界まで引き延ばされた感覚の中角度を調整し、一気にグリフォンライダーへと迫る。


「なっ!?」


 再度驚愕の声を上げるスロウルム。

 ルースの突撃が余程予想外だったのか、迎撃しようにも、ソリソカルの動きを御し切ることが出来ていない。今まであれほど人獣一体だった一人と一匹の動きがずれる。


 戦場が空中に移って初めて、大剣の間合いに将軍が入った。


「!」

「タァアッ!!」

 気合いと共に振り下ろされた大剣が、スロウルムの兜を宙に飛ばした。

*****



 サラが跳び上がって槍を真下に突き、出来あがった穴と穴の間を、俺達が四つん這いになって短剣や魔銃でゴツゴツ叩く。魔力には強くても、強度は普通の石材と変わらない黒色の石畳は、少しずつ崩されていった。

 サラが何度突いても罅が結界を超えることはなかったので、手数と速度を優先させる俺の判断は、正解だったと思われる。


 あまりにも地味な――隊長が言うところの工兵のような――作業は、十分程だったろうか。

 一度、グリフォンがこちらを目指してきて肝が冷えたものの、ルースがしっかり抑えてくれた。彼女達はまたも上空へと戦場を移している。


「よし、まずはこんなモンで試してみよう!」

 俺の言葉に、他の面々が顔を上げた。

 ずっと作業を注視していたリリィも、聞こえないながら事態が動くことを察したのだろう、祈るような表情を見せた。

「リリィ、下がれ! さ・が・れ!!」

 身振りを交えて、リリィに<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の端へと寄って貰い準備完了。

 後は単純に体力勝負である。


 手をかける空間を確保する為、念入りに石畳を砕き、短剣をスコップ代わりにして土を掘ることまでした場所に、サラとムキムキを中央にして並んだ。

 出来るだけ力を入れられるよう所謂ウンコ座りでしゃがみ込み、石の裏に手を伸ばす。

 手袋越しにも伝わってくるひんやりとした冷たさと重さが、これからの重労働を予感させた。

 呼吸を整え、視線でタイミングを図る。

 全員が俺を見ていたので、俺が号令をかけるしかない。

「じゃあ、行きますよ。『一、二の、三』の三でお願いします。……いち……、……にの……」

 石畳の厚さは10cmちょっとといったところだ。3m近い直径を持つ石材全体に、小柄とはいえヒト一人が持ち上がるとすると、どれぐらいの重さになるか想像もつかない。


「……さんっ!!」

「ぐあーっ!!」

 イクシスまでタイミングを合わせて鳴いた。

「――ふぅっ!!」

 奥歯を噛み締めて全身に力を込めた。足先から指先まで全てを使って石畳を持ち上げようと、奮闘する。

 しかし、指先にかかる重さは、俺一人では絶対に敵わない相手だと主張してくるのだ。


 それでも、ゆっくりと。

 本当にゆっくりと石畳が浮かび上がってくる。


「ぐぐぐ……ッ!」

「むうぅ……ッ!!」

 誰が唸っているのかもわからないが、重苦しい声が聞こえた。もしかしたら自分の喉から出ているのかもしれない。

 腰から胸元辺りまでを一気に持ち上げ、指先を引っ掛けていたのをぐるりと回し、掌全体で石畳を支える。

「――おらぁぁあああ、ぁああッ!」

「――ィィイイヤァァアアアッ!!」

 ムキムキの太い腕がさらに盛り上がり、サラの髪が逆立つのが視界の隅に映る。

 湿った土がへばりついた石畳の裏側が、少しずつ見えてくる。山の中で嗅ぎ慣れた青臭いような、腐ったような土中の匂い。


 遂に石畳の端が俺の顎に触れた。


「……カインド! お前とその細いのとで、石を……割れっ!! その間は……、私達で支える!」

 顔を真っ赤にしたサラの台詞に、ムキムキが目を見開く。

「――ま!? マジか、ぁ!」

「どっちにしろ、早くしてくれぇ~ッ!!」

 隊長に至っては、すでにその大きな背中で、石を支えていた。

「わかった! 隊長、短剣借りますよ!」

「というか、細いのって――」

 隊長の腰から短剣を拝借した俺と、文句を言うガリガリの二人で、持ち上がった石畳と地面の下へと滑り込んだ。

 ガリガリと一瞬視線を交わして役割を分担すると、身体を反らして俺が左側、ガリガリが右側に短剣を突き立てる。


 <天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の底辺になっている円は、三枚の石畳から構成されていた。


 あまり大きく砕くようなことをすれば、真下にいる俺達が危ない。しゃがんで上を向いているので避けようもないし。まずは左の上側にある比較的小さい石畳を外す為に動き始める。

 俺は隊長からパクった短剣を石に当て、その柄頭に魔銃のグリップを振り上げた。ほんの少し切っ先の位置をずらし、再度グリップを叩き付ける。

 硬い音がして、小さな罅が走った。

 まずは小さな罅で全体に指針を刻み付け、次に罅を大きくしていく。

 いつ倒れてくるかわからない恐怖が頭をよぎるが、作業に集中することで無理矢理忘れることにした。

「は、刃の部分は構わないんだがな! 鍔や柄の細工にはッ、金がかかってるのだ!! 傷付けたら承知せんぞ!」」

「損害は、後々に王女に請求して下さいッ!!」

 俺は、真っ赤な顔をこちらに向ける隊長に怒鳴り返しつつ、苛立ちをぶつけるように思い切り柄頭を叩いてやった。

 軍人が刃先より細工を大事にするとか……。


 急ぎつつ慎重に、という作業は、それこそ石畳を持ち上げるぐらい体力を使った。

 内容自体はさっきとそう変わらないのに、気ばかりが焦る。俺とガリガリは流れる汗を気にする余裕もなく、ゴツゴツと黒い石に挑み続けた。


 やがて、ようやく拳大の穴が開いた。

「よしっ、あとはここから穴を広げていけば――!」

「……カインド!!」

 リリィの金切り声が俺の耳に届いた。どれだけ叫んでいたのか、少し声がかすれている。

「ひ、姫様ぁ!!」

 腕はおろか足が震え出しているサラが、泣きそうな声色で言った。

 多分、重量のうち半分は彼女が支えているのではないだろうか。顔や体つきだけなら、とてもではないが力持ちには見えない。獣人としての体力か、リリィへの思い故にか。

「もう少し我慢してくれ! すぐに出てこれるように――」


「あたしのことはどうでもいいのッ!」


 ……はい?

 思わず、魔銃を振る俺の手が、ピタリと停止した。

「ルースとトマスを止めて!! 二人が争う意味なんてない!」

 事態が動いている今になって、甘いことを言うリリィに腹が立った。俺は作業を再開しながら、怒鳴り返す。

「んなこと出来たら、必死こいてお前を解放しようとはしないってぇの! いいから黙って助けられ――」


「トマスはあたしの伯父で……攫われたフルールの父親なの! ほんとはトマスだって……、フルールを助け出したい筈なのよッ!!」


 柄頭に向けて振るった魔銃のグリップが、俺の指をかすって石畳にぶつかった。

9月7日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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