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33.翼ある追手

 これは――グリフォン!?


 俺が気付くのと同時に重い音が響く。加えて、圧倒的な風圧。

「う、あ!!」

「グア~!」

 情けない声を上げながら、ひっくり返ってしまう。

 何とか手をついて目を凝らせば、大剣が入ったままの鞘を背中で支えるルースと、鳥のモノに似た前足を突き出した茜色のグリフォンが視界に入った。ルースの足下にはリリィが倒れ、グリフォンの爪が大剣の鞘に押し当てられいる。

 敵の奇襲から、ルースがリリィを守ったのだ。

「クワァアアアァァァアアアッ!!」

 鞍を付けた茜色のグリフォンが鳴いた。

「――ちぃぃッ!!」

 グリフォンの背中から舌打ちが聞こえた。

 翼を持つ魔獣には数か所にベルトが回され、鞍があった。当然ヒトが乗っている。乗り手は全身に鎧を着込み、面が下ろされた兜を被っていて顔が見えない。


 だが、鎧のように体に装着された、あの特徴的な鞍は……。


 俺が茫然と見守るなか、グリフォンは優雅とも言える動作で羽ばたいて空へ上がった。

「――く……っ!」

 巨大な爪が離れた途端、ルースが呻く。グリフォンの攻撃を防いだ余波か、足下の石畳が放射状に罅割れている。それでも彼女は大剣を抜いて、向き直った。

 俺も立ち上がり、グリフォンライダーへと注意を移した。


 茜色のグリフォンとその鞍に座った乗り手は、まるで入口を封鎖するかのように、俺達と研究所の間に降りるところだった。

 舞い降りるグリフォン、全身を鎧で固めた騎手。その姿には見覚えがある。

 王都へと続く道、追いかけてくる盗賊達、右肩の痛み――。


 俺の予想を、倒れたままのリリィが決定付けた。

「――トマス!?」

 悲鳴じみた王女の声が森の奥へと響く。

 仕えるべき主に応えるかのように、グリフォンライダーは堂々とした所作で兜を脱いだ。


 出て来たのは、白いものが混じった黒い髪と整えられた口髭を持つ、四十代と思しき男――トマス・スロウルム将軍の顔だった。


 スロウルムの腰回りを守る鎧は変形して、茜色のグリフォン――ソリソカルに取り付けられたベルトと一体化している。

 また、大きいというより長い剣と突撃槍が、獅子に似た腰に柄を前にして括り付けられていた。

「お久しぶりです、殿下。騎上の無礼をお許しください」

「……それは許しましょう。しかし、ソリソカルに乗ったまま、いきなり私に向かってくることは別です。一体何事ですか?」

 リリィの顔は驚愕と戦慄でいっぱいだった。余裕を見せた台詞は、彼女なりの強がりだろう。

 現に、リリィは未だに立ち上がれていないのだ。

「勿論、殿下を傷つけるつもりはありません。ソリソカルは器用ですからね。直前で勢いを殺し、そっと御身を掴む、という作戦でした。手っ取り早く、後々の面倒が少ない、いい手だと思ったのですが。まさか、グリフォンの突撃を止める者がいるとは……。体は大丈夫か、アーガード殿?」

 王宮で俺に話しかける時と同じ、どこかからかうような口調でスロウルムは問いかけた。

 対峙するルースは真剣な表情で答える。

「ダメージはある。だが、戦闘に支障はない」


 グリフォンライダーと魔剣士の視線が交わる。

 二人の体が微かに緊張するのがわかった。


 すぐにでもお互いへと向かって行きそうだ。このままではなし崩しに戦闘になってしまう。

 俺は慌てて立ち上がり、強引に口を挿んだ。

「ど、どうして将軍がこんな所に!?」

 幸いにも、スロウルムは顔をこちらに向けた。視線はルースから外さなかったが、少なくとも問答無用ということではないらしい。

「バタバタしていた上層部がエンバリィ殿のおかげでようやく決断を下してな。今朝になって、グリフォン部隊に命令が出た。王女を捜索、保護し、誘拐犯を捕えよ、と。範囲はルークセント国内全域、誘拐犯は勿論君達だ」

 俺達が宮殿を出たのは、三日前の深夜だ。日が明けてから発覚したとして、すでに丸二日経っている。

 高い機動力を持つグリフォン部隊を今更出すなんて、よっぽどルークセント上層部は混乱していたのだろう。

「でも、ルークセント上層部とやらはリリィをニセモノだと思っている筈だ……」

 ルースが呟いた。

 彼女の口にした王女の愛称に、スロウルム将軍の眉がピクリと動く。

「それが混乱に拍車をかけたのだ。情報を公開するか極秘とするかも決まらないうちに、王都へ噂が流れるような有様でな……。さらに、コーヴィン将軍の件で、軍の一部は伝令すらままならない。グリフォン部隊は奥の手でもあるから、温存されてしまった。私はすぐにでも飛び出したかったんだが……」

「ここがわかったのは何故なんです?」

 話が途切れるのはマズイ。俺は矢継ぎ早に疑問をぶつけた。何とか冷静に話し合う流れに持っていきたい。考える時間が欲しかった。


 スロウルムはグリフォンに跨りながら、腕を組む。元々高い位置から俺達を見下ろしていることも相まって、彼が王様だと言われても納得出来てしまいそうな風格を漂わせている。

 いや、将軍と俺なら猫と鼠の方が合ってるか。


「私は他の役人達と違って、殿下の性格と、君達客人の人柄を知っている。だから考えたのだ、もし殿下がご自分の意思で動いているのなら、と。それなら、ここに訪れる可能性が高いと思った。そこで私自身がこの辺りを担当し、上空で待機していた。信号弾が見えたことで、可能性は確信に変わったよ」

 リリィはスロウルムを信用し、フルールが王女として攫われたその日に事実を打ち明けた。それはつまり、素のリリィを以前から知っていたということになる。

 周りのヒトを巻き込むだけの行動力と意思を持ちながら、どこか甘えが抜け切れていない、大事な部分が人任せだったり考えナシだったりする、物凄く厄介な素の王女様を。

 そこを知っていれば、予測もつくか。

 王女は誘拐されたのではなく、俺達を巻き込んで、城を飛び出した。いくら向う見ずでも城を飛び出す理由なんぞそうはない。親友を取り戻すための品物――『巨獣の卵』。そこまで考えれば、あとは『巨獣の卵』がある場所を見張っていればいい。

 賭けではあっただろうが、分は悪くない。現に将軍は勝っている訳だし。


 勢い良く立ち上がったリリィが、感情を爆発させるかのように、叫んだ。

「……そこまでわかってるなら! そこまでわかってるんなら、もう少しだけ待っててよ!! 本当にあと少しなの! あと少しで『巨獣の卵』は手に入るんだからッ!!」

 将軍は、腕を組んだまま数秒顔を伏せた。

「……その命令を聞くことは出来ません」

「どうしてッ!?」

 リリィのヒステリックな声を受けて、スロウルムは顔を上げる。

 その顔は、恐ろしい程無表情だった。

「――早急に殿下を宮殿に戻し、誘拐犯を捕える。これがルークセントの決定です。そして……殿下がいない以上、私はルークセントの決定に従います」


 宣言しつつ、将軍が緩やかな動作で腕を解いた。

 ――掌が淡く光っている?


「……トマス……、それな――」

 パァンと。

 リリィの言葉を遮って、スロウルムはいきなり両手を打ち合わせた。

「――<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>ッ!!」


「――っ!?」

 初めて聞いた将軍の怒鳴り声と共に、リリィの周囲が半球状の魔力で覆われる。高さは彼女の身長ギリギリ、直径で言うと3m程の半透明の障壁だ。

「リリィ!」

「姫様っ!?」

 駆け寄る俺とサラに向かってリリィが何か叫んでいるようだが、その声は聞こえない。内側から魔力障壁を叩いても、音一つ立たない。

 ちらりとこっちの状況を見たルースが、悔しさを滲ませて呟いた。

「しまった……。片手印か。しかも、ほとんど魔力を感じなかった」

 通常、白魔法を発動する為には両手を使った複雑な手印が必要になる。

 しかし、中級以上の使い手になると、片手あるいは両手それぞれで独立させた印を形作ることで白魔法を使うことが出来るのだ。この技術によって、発動に両手が必要だったり目立ったりと、近接戦闘中に使いづらい白魔法を戦術に組み入れることが出来るようになる。

 片手印は、両手で行う時よりも多くの印を形作らなければならない上、ある程度の器用さと地道な習練が欠かせないので、本職の白魔術師は手を出さないぐらいなのだが。

 良くも悪くも、将軍は白魔法を戦闘技術と割り切っているらしい。

「研究所に逃げ込まれると、ソリソカルではどうにもならないのでな。非礼かつ卑怯ではあるが、殿下の御身は封じさせてもらった」

「……てことは、俺達の質問に答えてくれたのも……」

 俺の視線を物ともせず、スロウルムは合わせたままだった手を開く。

「当然、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の準備に必要だったからだ」


 逐一説明してくれたのは時間を稼ぐ為。

 腕を組んでいたのは印を俺達の目から隠す為。

 やられた。時間稼ぎをしながら相手の目を欺く種を仕込むなんてのは、俺の常套手段じゃないか。自分が引っ掛かるとこれほどカチンと来るとは……。


 グリフォンに跨った将軍が静かに言う。

「さて、君達はどうする? さっきも言ったが、ソーベルズ卿にアーガード殿、それにサラは誘拐犯として指名手配中だぞ。おそらく捕らえられれば死刑は免れまい。だが、邪魔立てしないのであれば、私個人としては見逃してもいいと思っている。国外に逃げ切ることが出来れば、生き残る術もあるかもしれない」


 死刑。

 ある程度覚悟していたとはいっても、国家の重鎮から宣告されると背筋が寒くなる。俺は生唾を呑み込んだ。

 ここで逆らわなかった場合、リリィをスロウルムに預け、俺達三人と一匹でルークセントから逃げ出すことになる。

 将軍はああ言っていたが、ルークセントで手配されれば近隣諸国に脱出した所でのうのうと過ごせる筈もない。当然、ラチハークの実家に帰ることも、ユミルに入学することも不可能だ。

 一方、逆らった場合は、ルークセントの将軍にしてグリフォンライダーであるスロウルムと、正面切ってぶつからなければならない。例えルースと言えども勝つのは難しいだろう。負ければ死刑だ。

 そして、もし仮に彼に勝ち、無理に意思を押し通せたとしても、先行きは不透明である。

 『巨獣の卵』を手に入れられるとも限らないし、攫われたフルールを取り戻せる保障もない。全てが上手くいったとしても、罪が消えるかどうかはわからない。


 それでも。

 俺の足は一歩も下がることはなく、将軍からリリィを守る位置で動かなかった。

 自己犠牲の精神でも、英雄を気取っているのでもない。

 可愛い女の子のお願いぐらい叶えてやりたいやりたいだけだ。……あと、ここで逃げたらお尋ね者は確定かつ覆せない、という打算も少々。

 <天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>の向こうにいるサラも、目の前にいるルースも同様に退く様子は見せない。

「グアアアッ!!」

 俺の肩に前足を乗せたイクシスが、俺達の気持ちを代弁するかのように、鳴いた。


「……そうか。なら、仕方ない」

 スロウルム将軍は一つため息をついて、兜を被った。

「他の者はともかくルース・アーガード……。コーヴィンを無手で倒す君に手加減は出来ない。それでよろしいか?」

 そう問いかけつつも、括り付けられていた突撃槍を掴み、大きく振りまわしてから脇に挟む。ソリソカルもまた前足に体重をかけ、頭を下げた。

 突撃槍は、全体で4m以上はありそうで、確実にサラの物よりも長い。乗っているのがグリフォンでも、先に槍の方が届くだろう。

 ルースは一度大きく息を吐いた。右手で握った大剣をスナップだけで回転させ、音高く掴み直す。見慣れた黒い大剣が、俺の目には一瞬だけ突撃槍のように見えた。

「受けて立とう」


 そんな、何でもない言葉が、勝負開始の合図だった。



*****

 茜色のグリフォンが飛び出すのと、ルースが黒い石畳を蹴るのが同時だった。

 カインドやサラが何か言ったようだが、ルースの意識は急速に目の前の相手に収束していき、他の物が削ぎ落とされていく。

 相手の狙いは、おそらくは突撃による一点突破。

 グリフォンを含めた全ての重さを槍の先端に込めて、ルースを貫く、あるいは弾き飛ばそうという魂胆だ。


 ――まずは止める!


 ここで避けることは出来ない。

 避けるにしろ弾き飛ばされるにしろ、ソリソカルは真っ直ぐにリリィへと向かう。スロウルムにとっては王女奪還のまたとない好機となる。

 ルースは雷進を使ってグリフォンライダーへと迫る。

 圧倒的に足りない重量を速度で補う為だ。同時に、戦場を出来るだけリリィから離そうという狙いもあった。


 グリフォンに比べれば極々小さい魔剣士が、黒い大剣を右下から左上へと薙いだ。


「はぁあああああああっ!!」

「シィッ!!」

 やや高い声と鋭く吐かれた吐息が重なって響く。

 次の瞬間には、大剣と突撃槍がぶつかる。


 ――重い!


 ルースは奥歯を噛み締めた。

 真っ直ぐに突き込まれる槍を横から叩いたのだから、軌道をずらすことは本来そう難しくはない。相手の突撃槍の長さからすれば尚更だ。

 だが、槍の先端はほんの少ししか移動していない。

 このままでは心臓から左肩辺りに突き刺さる。

「――ぁああっ!!」

 残っていた空気を全て使い切るつもりで、ルースは息を吐く。

 恐怖に抗ってさらに一歩踏み込み、槍に接触したままの大剣の下へ体を捻じ込む。大地を支えに、足から腰へ、上半身へと全身の力を伝えていく。


 金属同士が擦れる甲高い音が響き、盛大に火花が散った。


 突撃槍の先端はルースの服を引っ掻いただけだった。

 強引に軌道をずらされたことに加え、ルースが体を反らしたのだ。

「安心するのは早いぞ、ルース・アーガードッ!!」

 スロウルムが高らかに言い放った。

「――ッ!!」

 ルースの視界を、迫り来るソリソカルの嘴が占めていく。硬度は勿論、鋭さも凶器としては十二分だろう。羽毛の茜色よりは濃い、赤銅色の嘴が鈍く光る。

 今度は逆に大剣が槍に抑えられる形となり、体は反り返っている。

 しかし、ルースは焦らなかった。

「無極流無手術――」

 ほとんど地面と平行になるぐらいに体を反らせたまま、左足を引き、さらに腰を捻る。唯一自由だった左手に闘気を集めつつ、腰の横に構えた。

 狙いは――自分を貫こうと迫る凶器そのもの。

 右手を大剣から放し、引く。一瞬前とは逆に腰を捻る。左の掌底を真上へ。それら全てと、叫ぶのを同時に。


「――羅振打!!」


 上半身のすぐ上をグリフォンの嘴が通り過ぎる、その瞬間、真下からルースの左手が下顎に叩き込まれた。

 無理な体勢から繰り出した強引な攻撃だったが、衝撃は凄まじく、グリフォンの首どころか上半身が軽く浮く程だった。

「グ、プワッ!!」

 茜色のグリフォンは曰く言い難い悲鳴を上げながらも、大きく羽ばたき上昇する。

「ソリソカル!」

 空中を移動する間にも、乗り手が慌てた様子で声をかける。研究所の上空まで逃れたグリフォンの嘴には、小さな罅が入っていた。

 大剣を掴み直し、体勢を戻したルースは呟く。

「……やはり野生とは違うな。飛んで衝撃を逃がしたか。せめて嘴ぐらいは壊しておきたいところだったが……」

 それでも戦場が空に移れば、リリィやカインド達を気にせず戦うことが出来る。

 ルースは左手で<空駆ける矢(トギルフ・タサフ)>を描きつつ、後ろに向かって叫んだ。

「カインド、後は頼むぞ!」

「俺達は何とかリリィの拘束を解く! 気を付けろよ!」

「グアー!!」

 カインドとイクシスの声援に頷き、石畳を蹴ろうと腰を屈めた時、もう一つ声がかかった。

 泣きそうな顔をしたサラだった。

「あ、あの! 出来れば隊長もソリソカルも、殺さないで――……」

 女騎士の台詞は尻つぼみになってしまった。

 自分でも言っていることの意味がわかったのだろう。リリィを守り切り、尚且つ向かってくる相手を騎獣騎手共々殺さずに止める。あまりにも都合のいい、青臭い要求だ。

 だが、ルースは口の端を上げ、サラに答える。

「わかった、最大限努力しよう!」

 一瞬呆けたような表情を浮かべたサラは、珍しく眉尻を下げた。

「お……、お願いだ!」

 懇願の言葉に頷くと、ルースは思い切り石畳を蹴る。目指すは20m程上で羽ばたくグリフォンと、その背に跨りこちらを睨む乗り手である。


 ――果たして、殺さない等という条件付きで、どうにかなる相手なのか。


 冷たい自分が心の奥底からそう呟くのが、聞こえた。

*****



 男前な台詞を残してルースは飛び立っていった。


 出来れば見守りたいが、そうもいかない。可能な限り早くリリィを取り囲む魔力障壁を取り除かなければならないのだ。

「リリィ、脇に避けてろ!」

 身振り手振りと一緒に叫んでから、俺は魔銃を抜いた。

 仮に貫通しても捕らわれた彼女を傷付けることがないよう、角度に気を付けながら<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>弾を撃ち込む。

 一発、二発、三発。

 しかし、スロウルムが作り上げた半球状の結界――<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>には揺らぎ一つ発生させることが出来なかった。

「……くそッ!!」

 俺は吐き捨てるのももどかしく思いながら、弾倉から残りの弾を取り出し、代わりに<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>を詰めた。先程以上に注意を払いながら、引き金を引く。

 二発立て続けに撃ち込んでも、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>はビクともしない。

 当てた傍から半透明の障壁に黒い雷が吸い込まれてしまう。


「――グゥゥ」

 肩に乗ったイクシスが<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>を覗き込みながら鳴き始める。

 久しぶりに呼吸を整えるような鳴き方を聞いた俺は慌てて、小さなドラゴンの額に手を置いた。

「いやいや、お前は手出すな。お前の精霊魔法っぽいナニカは威力も狙いもいまいち把握しきれてないんだ、この状況だとちょっと怖い。やるなら最後の最後、奥の手の切り札として、だ」

「ぐぁ~……」


 不満げな鳴き声を上げるイクシスを宥めていると、サラが少し離れた場所で突撃槍を構えているのが目に入る。腰を落とし、柄の一部を脇に挟んで槍を安定させ、バランスを取る為か左手を前に突き出している。

「お、おい! 突っ込むつもりか!? だ、大丈夫な――」

「隊長の結界術は一級品だ。生半可な攻撃では砕けない」

 サラが槍を<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>に向けながら、説明するのも煩わしそうに言い放った。さらに、真っ直ぐリリィを見詰めながら続ける。

「姫様! 行きますっ!!」

 半透明の魔力障壁に包まれたリリィにサラの声は聞こえていないだろう。

 だが、サラを見つめ返して、リリィは頷いた。

 俺は女騎士の視線に気圧されて、三歩ほど下がる。


「ィィィヤァァアアアアアアア――ッ!!」


 戦闘時でもここまで大きな声を出すか、というような声と共に、サラが走った。始めは下がっていた槍の先が障壁に近付くにつれて少しずつ上がり、サラの胸の位置になったところで激突する。

 重いのか高いのかわからない、振動そのものとしか言えない音が響いた。思わず目をつぶってしまう俺。

 そこに、さらなる声と音が加わる。


「――ッハァァァアアアアアアアアアッ!!」

 盛大な爆発音。


 俺が恐る恐る目を開けば、ぶつかった時の姿勢のままのサラと、槍の石突から広がりきった黒い魔力の残滓、そして未だしっかりと展開されている半球状の結界があった。

 ルークセント技術部苦心の作である突撃槍の二重攻撃でも、<天蓋鋼鉄(ドーム・スティール)>を砕くまではいかなかったようだ。しかし半透明の魔力障壁には、接触している突撃槍の先端から、小さな罅が入っている。


 これなら、何度か繰り返せば――。


 俺がそう思った矢先、障壁に走っていた罅がすぅっと消えた。

 まるで汚れを拭き取るかのような呆気なさだった。

「これは……」

 サラの呟きの続きは、俺にも察しが付いた。思いついた単語がつい口を出てしまう。


「……常時接続展開……」

8月24日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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