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32.隊長、気概を見せる

「悪いが、行くぞっ!」

 いつの間にか黒い大剣を抜いていたルースが、叫んだ。次の瞬間には、地面を砕くほどの勢いで蹴っている。


「まぁ、見捨てるのも寝覚めが悪いしなぁ……」


 俺が呟くうちに、魔剣士の左手にはすでに<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>が完成されていた。

「全員、頭を下げろっ!!」

 辺り一面に響くような大声に、オーガウルススも憲兵達も、こちらを見る。

「ルースさん!?」

「ああッ、お前!?」

「何でもいいから、助けてくれぇえええ!!」

 三者三様に喚きながらも、言われた通りに全員しゃがみ込んだ。彼らはルースの強さをある程度知ってるのだ。


「<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>ッ!」

 走りながら撃ち出された黒い雷が、今にもムキムキに振り下ろされそうだったオーガウルススの左前足に当たり、弾き飛ばす。

 その辺の魔物なら、この一発で十分に倒せそうな威力にも関わらず、木の幹にも似た前足は少し出血しているだけだ。鱗のように光沢のある外骨格は、魔法にも強いらしい。

「グルォアアアアッ!!」

 口から泡を飛ばしながら、オーガウルススが吠えた。

 今まで二本足で立っていたのが、ゆっくりと倒れ込んでくる。一本一本が短剣じみた牙が並ぶその口が向かうのは――へたり込んで動けない憲兵達だ。

 しかし、その時には、魔物と憲兵達の間にルースが割り込んでいた。

「ハァアアアアッ!!」

 気合い声と共に、黒い大剣が下から斜め上に跳ね上がった。

 重い金属同士が衝突したような鈍い音がする。少なくとも、肉に刃物を当てた音には聞こえない。

 ルースの一撃が、オーガウルススの顎下に命中し、その巨体をかち上げたのだ。

 巨大な熊は、まるで無理に首だけで空を見上げているかのような姿勢になっている。

 ルースが大剣を担ぎ、その柄に左手を添えた。馬鹿みたいに重そうな大剣を、彼女はいつも片手で振り回しているので、両手持ちになったところは初めて見た。


「リャアッ!!」

 大袈裟なほどの腰の捻り、腕の振り。


 斜め上に向かって放ったルースの横薙ぎは、オーガウルススの喉を深々と斬り裂いた。一度体内に消えた黒い刃が、血と一緒に出てくる。

「ガ……!!」

 呻き声なのか血が詰まった音なのか。

 しかし、それも巨体が前のめりに倒れる轟音に掻き消された。

 地面にうつ伏せになったオーガウルススは、少しの間ピクピク動いていたが、それも血だまりが出来るころには完全に止まっていた。

「ふー……」

 ルースが大剣を勢い良く振り、刀身についた血糊を飛ばす。どこか表情が苦い。


 俺はそっとたった今まで戦闘が行われていた現場に近付いて行った。

「はー。やっぱ強いわね。サラはあんな風に倒せる?」

「悔しいですが、私にはとても……」

 リリィとサラの呑気な会話が後ろから聞こえてくる。どこか物陰から見ていたらしい。


 憲兵達はまだ座り込んでいて、ルースが大剣を背中に収める様を茫然と眺めていた。

「大丈夫ですか?」

 俺の問いかけに、ムキムキとガリガリが顔を向ける。

「――よう、また会ったな」

「ああ。やっぱりカインドさんも一緒でしたか。いやー、また助けられちゃいましたねぇ」

 二人とも、別れた時と全く変わっていなかった。もっとも数日しか経っていないので当然ではあるが。

 むき出しである腕の筋肉がはち切れんばかりのムキムキ――ウェイバーと、胸当てだけを付け、剣と一緒に短い杖を腰に差したガリガリ――フィリップ・ゴゥラ。

 二人は立ち上がり、ズボンに付いた汚れを払った。

 太った体に壊滅的に似合っていないマントをつけた隊長は、未だ回復していない様子で、へたり込んだままこちらを見ようともしない。


 ――好都合だ。


 俺は自然に見えるように気を付けながら、左足を踏み出し、右半身を引いた。

「あら、知り合いなの?」

 リリィが声をかけてきた。

 途端にムキムキの表情が変わった。目を見開いて、リリィを見詰める。ガリガリも一瞬眉尻が跳ね上がったものの、慌てて何気ない風を装っている。

 リリィの質問に答えたのは、息も上がっていないルースだった。

「ああ。王都に着くまで、行動を共にして――」


 ルースの台詞に、全員の意識が向いた瞬間。

 俺は体で隠していた右手で魔銃を抜き、隊長の頭に突き付けた。


「!?」

 女性陣が固まる。

「あ、このッ、てめぇ!?」

「いつまでもぼんやりしてるからですよぉ、隊長」

 ムキムキとガリガリはうろたえながらも、それぞれ武器に手をかける。いつでも踏み込める、あるいは、すぐにでも魔法を撃ち出そうというという姿勢である。


「――っはぁ~……、んん? 何だお前ら、せっかく助かったのではないか。そんな怖い顔をして構えたりして――」


 気付いてないんかいっ!

 思わずツッコミそうになったが、人質を取った張本人である俺が言う訳にもいかない。


 代わりにガリガリが説明してくれた。

「隊長、そーっと。あくまでもそーっと後ろを振り向いて下さい」

 言われた通りにゆっくり振り向いた隊長の額に、銃口を向けたまま、俺はにっこり笑った。

「ご理解いただけましたか?」

 ようやく状況を理解したらしい隊長が真っ青になる。

「――ヒッ!? そ、そ、ソーベルズ様、何をなさるのですか……?」

「全くの偶然でこんな所にいるとは思えなかったもので。話を聞かせていただく前に、安全策を講じておこうと考えた次第です。月並みな台詞ですが、憲兵隊の方々に抵抗の意思が見えた瞬間、魔銃を撃ちます。弾倉に入っているのは<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>弾ですから、隊長殿にオーガウルススぐらいの防御力がなければ、体に大きな穴が開くことになるでしょう。まずは……、お立ちいただけますか?」

 敬語を使う隊長に、俺も丁寧に言った。

 俺と魔銃を何度も見比べながら隊長が立ち上がり、銃口は大きな腹に押し当てられることになる。

 ちなみに、弾倉に装填されているのは、六発全部が<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>だ。<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>では角度によっては鎧で弾かれることもあり得るので、より威力の強い<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>だと偽った。完全にブラフである。

 ルースが複雑な顔で俺の傍らに歩み寄り、リリィとサラもおそるおそる近づいてきた。

「ちょっとちょっと、どういうこと?」

 恐れや困惑というより、好奇心丸出しでリリィが言った。サラが剣に手をかけ、王女の前に出つつ答えた。

「彼らは、カインド達をサートレイトから王都近くまで護衛した憲兵達です」

「ああ、一緒に逃亡劇をしたっていう……」

 王宮で招かれた食事の席で、その辺りの冒険のことは話している。


「……とりあえず、ここから離れよう。誰かに見られないとも限らない。とりあえず、お二人が先頭をお願いします。くれぐれも変なことはしないでくださいね」


 俺は隊長に魔銃を突き付けたまま、研究所側の森へと全員を促した。

 ひっくり返った馬車も目立つのはわかっているが、これを片付けるのには時間がかかりそうだ。実際に憲兵が来ている以上、移動を優先させたほうがいい。

 ムキムキとガリガリは、互いに顔を見合わせ視線で会話をするも、やがて武器から手を離した。一つ息を吐いて、森の中に入っていく。

 それを見て隊長が声を荒らげた。

「なっ!? お前ら犯罪者に屈するのか!」

「カインドさんは、いざとなったらあっさり引き金引けるヒトですからねぇ……。ここは従っておくしかありません」

「オーガウルススを秒殺するヤツに、グリフォン部隊の女『咎食み』だぜ。人質取られなくたって手も足も出ねぇんすよ。自殺するつもりなら隊長サン一人でやってくれ」

 両掌を上に向けるガリガリと、もはや頭の上で手を組んでいるムキムキ。冷静にして薄情な部下二人に、隊長はプルプル震え出した。

「ぬぬぬぬ……っ」

 だが、隊長も反抗するつもりはないようで、俺の斜め前をつかず離れず大人しく歩いた。


 それはさておき、犯罪者か……。


 五分ほど歩いて、それほど木が密集していない比較的開けた場所で、俺達は足を止めた。ここなら道からは見えないし、叫んだ所ですぐにヒトが駆け付けることもないだろう。

 少し離れた正面に憲兵二人、俺を中心として女性陣、俺の目の前に青い顔をこちらに向ける隊長。当然、魔銃は彼の脇腹に向けられたままだ。

 ……傍から見たら俺が完全に悪役だな。

 苦笑が漏れるものの、これは俺がやるべきことだ。

 情報が広がる恐れがあるので、憲兵達をここで解放する訳にもいかないし、魔物の多い『帰らずの森』では縛って転がしておく訳にもいかない。


 事情故仕方なくであって、断じてちょっと楽しんでいたりしないですよ?


 まずは情報を得る為、俺は努めて自然に語りかけた。

「――で、何だってこんな危険な場所にいたんですか?」

「お……っ、お尋ね者に説明してやる口はないわい!」

 プイと顔を背ける隊長。言葉使いが出会った頃に戻っている。

「……せっかくウチの従者が助けたのに」

「助けた後でしていることを考えんかっ!! 恩着せがましく言うな!」

「隊長~。貴方も現状を考えたほうがいいですよ~」

 ガリガリが囁いたアドバイスも、隊長には届かなかったようだ。彼は堂々と宣言した。


「王女殿下を誘拐するような輩には、絶対に口は割らんッ!!」


 数秒の沈黙があった。

 ……それって答えじゃないですか……。


「……ぐあ~……」

 イクシスが呆れ果てたような声で鳴いたのとほぼ同時に、俺もため息をついた。

 見れば憲兵二人も頭を抱えている。

「ま、まぁ。予想通りだからいいんだけど。リィフ王女誘拐犯として俺とルースが――それに、多分サラも――手配されてる、と。当然、皆さんは、王女の保護と誘拐犯を捕えるのが目的になりますよね」

 隊長の台詞は、俺の予想を裏付けただけだ。だが、部下二人には精神的なダメージを与えるのに十分だったらしい。

 ガリガリが口を開く。

「……そこがわかってるんだったら、もう隠す必要もないことだけしか残ってないんですが。任務が終わった後、ちょっとばかり王都で羽を伸ばしていたら、王女が何者かに誘拐されたという噂が広がりました。もう王都は大騒ぎですよ。緊急招集がかかって、たまたま王都にいただけの我々も調査探索の任務に駆り出されてしまった訳です」

 魔銃を突き付けられているというのに、元気な隊長が叫んだ。

「貴様らッ、簡単に反逆者に従うなど恥を知れ! 憲兵なら最後まで抵抗する気概を見せんかぁッ!!」

「僕達が刃向ったら、真っ先に殺されるのは隊長ですよ」

「俺らじゃ、不意打ちでもカマさねぇと、何も出来ねぇしな」

 部下二人はもはや諦めているらしい。

「『帰らずの森』にサートレイト隊の方々が来たのは何故です?」

「僕とウェイバーは隊長の命令に従ったまでです」

 俺は無言で、隊長に突き付けている魔銃に力を込め、さらに押し付けた。汗だくの隊長が不貞腐れた様子で顔を背ける。

 抵抗するつもりのようだ。

「じゃあ、まぁ。しょうがないですね」

 ため息交じりにそう言って、俺は撃鉄を起こした。わざと隊長の目に触れるよう、ゆっくり力を込めて。


 かちん、と。

 金属質な音が静かな森に響いた。


「――ひぃぃいいいいっ!」

 憲兵らしく抵抗する気概を見せていた隊長は、腰を抜かし、軟らかい土に座り込んだ。

「……もう一度だけ聞きます。ここに、サートレイト隊の方々が来た経緯を、教えて下さい」

 涙と鼻水を垂らしながら、隊長が捲し立てる。

「か、『帰らずの森』に来たがる隊がなかったのだ! 本当は我々だってこんな場所へは来たくなかった! それなのに――この近くに配備されている隊まで、何だかんだと理由を付けて逃げて……。その上、本部のお偉方に任務を終えても王都にいたことを責められてしまったッ。び、びび、貧乏クジを引かされただけなんだよぉぉぉおおおっ!」

「……隊長ー」

「気概も何もねぇな……」


 ……演技をしてまで引き出した情報が、この程度ですか。


 情けないやら腹立たしいやらで、魔銃を握る右手につい力が入ってしまう。

「カインド、待って」

 見かねたのか、リリィが俺の肩に手を置いた。

「――でっ!?」

 隊長が呻き、部下二人の背筋が伸びる。リリィは村娘の恰好のままだが、憲兵という立場上、彼らは元々王女の顔を知っていたのだろう。

「いや、答えてくれたんで殺すつもりはないけど。まだ」

 俺が言った最後の言葉に、隊長がビクリと反応する。

 リリィは真っ直ぐに俺を見て、ギリギリ俺に届く程度の小声で言った。

「さすがに殺す訳にはいかないでしょ。彼らはただ命じられたことをしているだけなんだし。自分や仲間に直接攻撃してきたとかならまだしも、念の為なんて動機で自分の国民を殺すことは出来ないわ」

「まぁ、ほぼ同感だ」

 俺は隊長に突き付けていた魔銃を横にずらし、撃鉄に親指を添えたまま慎重に引き金を引いた。だが、まだホルスターに収めることはしない。


「――っはぁっ!! はぁ、はぁっ!」

 緊張から解き放たれた隊長が、全力疾走した後のような呼吸に見せる。


「解放したらどう脅したって援軍を呼ぶだろうし、拘束してこの辺に置いていったら間違いなく魔物に食われる。彼らが追い付いて来た以上、村に戻る時間も惜しい。――となると、連れて行くしかないよな」

 俺は全員に聞こえる音量で言った。

 今まで口を出さなかったルースが問いかけてくる。

「いいのか、カインド?」

「お前が助けに行った時点で、こうなる覚悟は出来てたよ」

「……うっ」

 俺の皮肉に、ルースが怯む。

 俺は苦笑した。

「ま、俺だって、数少ないルークセントの知り合いを死なせたくはない。これも成り行きだ、しょうがないさ」

 女性陣を見ると、それぞれ複雑な表情をしていながらも、反論はしてこない。

 リスクはある。だが隊長達は、俺とルースには二日ほど一緒にいた知り合いだし、サラからすれば同僚、リリィにとっては自国民だ。皆ある程度の覚悟はあっても、進んで手を汚すのは嫌だろう。

 魔物と違って、ヒトはこういうところが面倒だな……。

「グァ~ッ」

 肩に前足を乗せたイクシスも頷くような仕草を見せる。


 ムキムキとガリガリが幾らか肩の力を抜いてこちらを窺っていた。隊長もへたり込んだまま、俺を見上げている。

「……という訳で、同行してもらいます。ここは魔物が多いので、いつまでも話していると危険ですし。命を危険に晒したくなければ、大人しくついてきてください」

「…………わかった」

 部下二人に支えてもらいながら、隊長がヨロヨロと立ち上がった。

「背に腹は代えられんからな。ここからどこへ向かうのだ?」

 不貞腐れた顔をしつつ、隊長が質問してくる。一番偉い隊長がこの様子なら、憲兵達を傷付ける必要はないだろう。俺は内心ほっとしながら、それを隠して、答えた。

「北西に少し行った所にある研究所です。とりあえずそこに着けば、魔物に襲われる心配はなくなりますよ」


「……サンシュリックの……ナントカカントカ研究所、か……」

 呟いた隊長が、自然な動作で、マントに隠れていた右手を出した。


 そこに握られていたのは、筒状の物。直径3cm、長さは10cmぐらい。全体が硬そうな薄茶色の紙で覆われている。グリップも引き金もなく、魔銃ではない。

 アレは――、信号弾?

 ようやく事態に気が付いた俺は、隊長を止めようと、慌てて踏み出した。

 しかし一瞬遅く、彼は筒から伸びた紐を引く。

 ……クソッ!!


 固まる俺の目の前で、隊長の握りしめた筒の先から、空に向かって強烈な赤い光が飛び出した。


「っ!?」

「きゃあ!」

「姫様、下がって!!」

 隊長の行動が予想外だったのか、後ろから混乱の声が聞こえた。


 ただただ眩しい光は、魔弾じみた速度で木々の隙間を抜け、空高く上がっていく。本来なら薄暗い森の中が所々赤く照らされる。


 俺達は、茫然と空を見上げていた。


「カインド、あれは!?」

 空の一点に停止しても輝き続ける赤い光点を見上げながら、ルースが叫ぶ。俺は怒鳴り返した。

「光の精霊を封じ込めた筒型信号弾だ!! あの位置で三十秒は光り続ける!!」

「それはちょっとマズくないか?」

「相当マズいわっ!! 消せるか、ルース!?」

「やってみる!」

「グァグァッ!」

 イクシスの声援を受けつつ、ルースが瞬時に<踊る枝葉(エクナズ・テルーブ)>を描き、放った。

 黒い光線が六発、木々の隙間から空に舞い上がる。そのうち三発程が信号弾に当たったらしく、赤い光は切り分けられたように欠け、やがて呆気なく掻き消えた。


「今更消した所で無駄だわいっ! ど、どうだ、一矢報いてやったぞぉおおおおっ!!」

 無理やり作ったような笑顔で、隊長が喚いた。飛び散っているのは汗なのか唾なのか。


 もし隊長が取り出したのが武器で、俺達に向けられたのであれば、こちらも対処出来た筈だ。俺は魔銃を撃てたし、それが無理でもルースが気付いて動けただろう。

 いや、あれは俺が止めなければならなかった。

 俺が隊長の一番近くにいたんだから。

 自分の演技に酔っていたこともあったし、弛緩した空気に油断もしていた。何より隊長に何かが出来るなんて思ってもいなかった。持ち物検査すら思いつきもしなかった。

 総じて、調子に乗り過ぎたのだ。

「おいおい隊長! やるときゃやるじゃねぇか!」

「感心してる場合じゃないですよ! 王女様がどうなってもいいんですかぁっ!?」

 ムキムキとガリガリも大声を出す。

「どう見ても殿下は脅されているようには見えんじゃないか! 普通に小僧に意見してる上に、グリフォンライダーが常に守るように動いておるっ。私が何をしようと殿下に危害が及ぶことはなかろう! それならば、勝てないまでも殿下の居場所をお知らせする――これが私の憲兵魂だぁっ!!」


 かっとなった俺は、大きく開いた隊長の口に、銃口を突っ込んだ。

「ぐもっぷ!?」

「そこまで考えたんなら、この行動が王女の意思だって所まで考えろよ!」

「がもぉ~~ッ!」

 先程までの勢いはどこへやら。隊長は魔銃を咥えたままくぐもった悲鳴を上げた。

「他に信号弾はあるのか!? アンタらもだ、全部今すぐ出せ! さもないと――」

「ぼうはひはへん! ほっへはへんはが!」

 隊長が自分でマントを広げ、何もないというアピールをする。部下二人も凄い勢いで首を振った。


 ああ、もう――クソォ!

 こんな男に、状況を正確に読まれた上で出し抜かれたかと思うと、悔しくて情けなくて涙が出そうだ。許されるなら今すぐベッドに飛び込んで、枕に顔を押し当て、大声で叫びながらジタバタしたい。


 俺の後ろ向きな思考は、サラの声に引き戻された。

「そんなことをしている暇はないぞ、カインド・アスベル・ソーベルズ! 『赤』の信号弾は、ルークセントでは最重要事項のしるしだ。例え村人でも、見かけた者は報告する義務がある。この位置はすでに知られたと思った方がいい。すぐにでも兵士が集まるし、研究所が関連付けられる可能性も十二分にあるわ!」

「こうなったら急ぐしかないってことねッ!!」

「グアーッ!!」

 リリィが俺の手を引き、イクシスも尻尾で俺の後頭部を叩いてくる。

 俺は隊長の口から魔銃を引き抜き、答えた。


「ああもう、わかったよ! 時間との勝負だな、急ごう!!」


 全員が頷いたのを確認し、走り出したところで、後ろから声がかかった。

「わ、私達はどうなるんですかぁ!?」

「わざわざ呼び止めるとはどういうつもりだ、フィリップ!!」

「ここに残される方が危ないんですよ!! さっきの熊がまた出たら誰が倒すんです!?」

「あ」

「マジで先のこと何にも考えてねぇよな、ウチの隊長サンは」

 憲兵達うるさい。


 ただ、無視すると後々面倒なことになりそうだったし、イライラも溜まっていたので、俺は足を進めつつ、体を捻って言い放った。

「勝手にしろッ! もうお前らのことなんか知らん! バーカバーカ!!」

「――子供か」

「ぐあ~」

 先頭を走るサラとフードの中のイクシスが呆れたような声を出す。

「あ……、追いかけて来てるわね……」

 ちらりと後ろを見たリリィの言葉に、俺は足を動かしながら返した。

「ホントにもう、どうでもいいよ。付いて来たって何も出来ないだろ」


 俺達は研究所へと急いだ。と言っても、森の中だ。

 起伏はあるし木の根や下生え等に足を取られるので、早歩きに毛が生えた程度である。馬を置いてきたことと日が出ていることで昨日よりは楽だったが、それでも俺とリリィはすぐに息が上がった。

 どうやら憲兵達もヒーヒー言いながら、何とか置いて行かれないよう、走っているようだ。たまにそれぞれの愚痴が聞こえてくる。


 強引に森の中を進んで、十五分弱。

 ようやく研究所の黒い敷石が見えてくる。ゴールが見えたことで自然と速度が増した。足を取られようが枝が引っ掛かろうが、気にせず走った。

 サラとルースは散歩が終わったかのような顔で、リリィと俺は必死の形相で、木々の間を抜けた。続いて憲兵達も転がり出てくる。


「――ッハァ! ハァッ、ハァッ、ハッ!」


 ここまで来れば、魔物の心配はなくなる。俺は膝に手をついて息を整えた。

 見れば、ルースとサラを除いた面々も同じように息を整えている。隊長に至っては石畳に体を投げ出していた。あの横幅の広い体なら、森の中を走るのは、さぞかしキツかったことだろう。

 それで若干溜飲が下がるのだから、俺もなかなか器が小さい。

「ぐぁ~」

 肩に前足を置き、鼻先を俺の頬に押し付けてくるイクシスを撫でながら、喋れるようになるのを待つ。

 そんな俺達の横で、汗もかいていないルースとサラは話し合っていた。

「――少しは休む時間があると思うか?」

「難しいだろうな。王女殿下誘拐となったら、憲兵だけが動員されてるとも思えない。ルークセント軍が出てくるとなれば、ヒトだけでなく魔獣騎兵が配置されている可能性だってある」


 ……そうか、憲兵に関してはサートレイト隊がいる以上すぐ近くに別の隊がいるとも思えないが、国軍――それも魔獣騎兵が迫ってきているってこともあり得るのか……。

 荒い息を何とか制御しようとしながら、頭の片隅に不安がよぎる。

 まぁ、でも。

 研究所内に魔獣は入ってこれないんだから、そう心配することも――。


 そこまで考えた所で、隊長の声が聞こえた。

「……お、おい。あれは……何だ?」

「あれって何です? というかいつまで寝てるんですか」

「……イイ感じに忘れてもらえてるんだから、俺達だけでも大人しくしてようぜ……」


 ようやく息が整って、俺が顔を上げたその時、肩のイクシスが鋭く鳴いた。

「グァ――――ッ!!」

「!?」

 驚いて腰を落とした俺の横を、ルースが走り抜ける。

 次に、微かに日の光が陰ったことに気が付く。


 事態についていけないまま、思わず空を見上げようとした俺の目に――圧倒的に巨大な、茜色のモノが映った。

8月9日初稿


2015年8月18日 指摘を受けて誤字修正

リリィとサラが呑気な → リリィとサラの

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