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26.綺麗で異常な廃墟

「リリィ、<梟の瞳>を解いてくれ。自分の感覚で見ておきたい」

 俺は呆けた気持ちを振り払って隣のリリィに言った。

 暗視魔法がかかった状態では、色の判別や細かい紋様等がわかりづらい。

 何があるかわからないのだ。どんな小さな違和感も逃したくなかった。

「あ……。え――ええ、わかったわ」

 慌てた様子でリリィが顔を上げた。地味な服装を身に纏った王女は俺の眼前に右手を差し出し、指を鳴らす。

 途端に俺の目にかかっていた<梟の瞳>が解け、薄い光の中にいることを自覚する。俺は弱い光に目を慣らす為、強く瞳を閉じてから、ゆっくりと開けた。

 研究所は、黒く輝く石で出来ていた。


 ……何か、とても嫌な感じがする。

 傍目には美しいと言える建物なのに、だ。


 『帰らずの森』などという名前の森にいても違和感一つ覚えなかった俺の感覚が、魔物にも似た脅威を訴え続けている。

「このまま回れ右して休む訳にはいかないよな、やっぱり……」

 俺の言葉に、全員が頷いた。

「それなら、行こう。中をざっと確認――『巨獣の卵』が見つかればよし、見つからなければ確認したことを基に攻め方を考えることにしよう」

 具体的な言葉で飾っただけの、行き当たりばったりな方針だったが、誰も反対はしなかった。俺達は互いに視線を交わらせ、もう一度頷くと、研究所へと向かった。


 疲れていることを差し引いても、足が重い。

 馬達もあまり研究所へは近付きたくないようで、途中何度も足を止めた。何とか宥めすかして正面入り口へと歩く。

「……何となく予想していた感じとは違うな。僕は、天然の洞窟に手を加えたダンジョンの様な所だと勝手に想像していた……」

 ルースの呟きに、俺は応じた。

「俺はもっとボロッボロの朽ちかけた建物だと思ってた。お互いハズしたな」

「ぐぁっ」


 近づくにつれ少しずつ威圧感が増してくる建物は、やはり、かなり奇妙だった。

 壁を構成しているのは見たこともない石――らしき物。微かに透けたように見える、光沢のある黒い石としか表現のしようがない。それらが、隙間どころか石材と石材の境目すら見れない程、ぴっちりと組み合わされている。

 その上、平らな板を円状に配置しているのではなく、石そのものが弧を描く形に削られている様だ。真上から見てみないと確かなことは言えないが、ひょっとすると真円かもしれない。

 そう思わせるほど丁寧で細かく、気の遠くなるような技術が、この建物から感じられた。


「石材も加工技術も、出来上がった建物も……。全部が全部見たことねぇってどういうことだ……」

 俺は研究所を見上げつつ呟いた。

 イクシスも同じ様に鼻先を上に向け、鼻をピクピク動かしている。

 入口もドアがしっかりと閉まっていて、壊れたり外れたりはしていない。――というか、俺が見た範囲には、破損した個所は一切なかった。

 リリィが横から言った。

「カインドはラチハークのヒトでしょ? あそこはドワーフが多いし、金属と石材のことなら大陸随一じゃないの」

「まぁ、俺だって工房とか鍛冶場に出入りしてた程度で、ちゃんと勉強や修行してた訳じゃないけどさ。……それでもこんな建物は想像のはるか外だぞ……。しかも、相当古いものなんだろ?」

「うん。建てられたのは三百年ぐらい前よね、サラ」

「正確には、三七六年前です」

 王女の曖昧な発言を、サラが補足した。

「そんな昔の――それもずっと放置されてた建物がほとんど無傷で残ってるのか……」

 それだけでも建設技術としては異常だ。

 俺は感心というより、戦慄した。イヤな感じはそういう所から来ているのかもしれない。

 ふと後ろを見ると、ルースも真剣な顔をしていた。普段は落ち着いた物腰を崩さない魔剣士が、戦闘時のような厳しい表情で、研究所を睨んでいる。

「おい……、どうした、ルース?」

「…………いや、何でもない。それより、どうやって入る? 扉は厳重に閉じられているぞ」

 ルースが指し示す通り、研究所の見上げるようなドアは鎖が何往復も行き交い、封印されていた。

 大きな鎖には、壁に打ち付けられた杭が通っているし、見たところ錠前はない。しかも、どうやら鍛えた鉄製らしい。若干錆が浮いていても、そう簡単に壊せそうになかった。

 物は試しと、俺は二つの取っ手を握って渾身の力で引いた。ビクともしない。鎖が小さな音を立てただけだ。

 一応押してもみたが、結果は同じ。

「ダメだ。そもそもコレ、後々開く可能性を切り捨ててるんじゃないのか?」

 俺はため息をついた。鍵があったところでどこに挿し込めばいいかもわからない状況である。

「閉鎖したとは聞いてたけど、ここまで厳重だとは思わなかったわ。……しょうがない、ブチ破りましょう」

 腕を組んだリリィが言った。俺は思わず聞き返してしまう。

「いいのか? 色々壊れるかもしれないぞ」

「王女の判断よ。さ、ルース、お願い」

 リリィの決意は重いようで、はっきりと言い切った。

 確かに唯一の王族の判断だ。国営だったのなら、誰に文句を言われる筋合いでもないだろう。例えそれが、建物そのものが研究対象になるぐらいの価値があろうとも、だ。

「わかった。皆、馬を頼む」

 そう言って進み出るルースから、俺は手綱を受け取り、逆に数歩下がる。リリィとサラも同様に馬を下がらせた。

 ルースは背中に背負った黒い大剣を抜き放ち、大上段に構えた。その姿勢のまま、ゆっくりと息を吸う。


「――行くぞッ!」


 気合声なのか合図なのかわからない一声と共に、ルースがドアに突っ込んだ。

 縦一文字に振り下ろされた大剣は、途中にあった鎖を全て切り裂き、床板にめり込んでいる。斬撃の勢いは凄まじく、巨大なドアが盛大に軋み、木が割れる音がした。

 目を凝らせば、片方の扉は蝶番の部分が壊れ、かすかに傾いていた。

 扉と扉の隙間から、玄関内が見えた。

「……ん?」

 ドアを開くことに成功したのに、剣を振り下ろした体勢でルースが固まったままだった。

「どうした、ルース?」

「むぅ…………。もっと堅固な封印かと思って、力を込めたんだが。あまりにもあっさりと断ち切れたので驚いているところだ」

 やっと大剣を納めたルースが呟いた。

「――時間が立って封印が弱まってたとか?」

「時間経過で弱まる封印なんて意味がないじゃないか」

 ルースはいつまでも納得いかない様子だった。


 いつ魔物が襲ってくるかわからない野外に馬を置いて行く訳にもいかないので、とりあえず馬と一緒に扉の中へ足を踏み入れた。


 ルースが壊した扉は閉めることは不可能だったし、例え壊れていなくても閉ざしてしまうのは気が引けただろう。よって開け放たれた玄関からは少し日が差し込んでいる。しかし、日が昇ったばかりの薄い光では一部が照らされているだけだった。

 馬を引きつつ、サラが言った。

「<梟の瞳>よりも、灯明りの方がいいか?」

「ああ。そっちの方が細かい所も見逃さないと思う」

「わかった……。姫様、お願いします」

 サラは荷馬に乗せた袋から松明を取り出し、頷いたリリィが精霊魔法で火をつける。


「――おお……」

「ぐぁ~っ」

 玄関ホールは広大で、天井が相当高い位置にある。

 さすがにルークセント国宮殿には及ばないが、一般的な建物よりも、城と言った方が規模が近い。

「無駄にデカいな……」

 真っ白な石を敷き詰められた廊下はどこまでも平らで、廃墟という印象からは程遠かった。

 やはり白い漆喰を塗られた壁は、罅が入っていても剥がれ落ちたりはしていない。綺麗なまま、と言って良いほどだった。

 尤も、長い間放置されていたにしては、と付け加える必要はあるだろう。

 埃は堆く積み上がっていたし、虫の死骸やカビが繁殖した跡、ほとんど柳の様に垂れ下った蜘蛛の巣などがチラホラと見える。


「――クチンッ」

 埃に反応したのか、イクシスがクシャミをした。俺は一瞬体を硬くしてしまったが、幸いにも熱線がドラゴンの口から吐き出されることはなかった。


 蕩け切った顔をしてこっちに近付いて来るルースを押し退けて、俺は口を開いた。

「とりあえず、魔物の気配はどうだ?」

 サラは目を瞑り、頭から飛び出た三角の耳をピコピコと動かした。

「大丈夫……だと思う。少なくとも動く物の気配はない」

 ルースとイクシスが反発しない所を見ると、異論はないようだ。

 それなら馬を置いていけるし、しっかり休むことも不可能ではない。嫌な感じを無視出来るなら、最悪泊まったっていいぐらいだ。

 息をついて、俺は壁に背を預けた。

 緊張が解けたことで、疲れと眠気が一気に襲ってくる。しかし、ここまで来たらもう少し情報を得ておきたい。

 頭を振って、わざと少し大きな声で言った。

「サラ、リリィ。ここについて知っていることを、外国人の俺達にもわかるように教えてくれ。探し物に役立つかもしれない」

 階段の手すりに手綱を結んでいたサラとリリィがこちらを振り返った。女騎士は顔を顰め、頭の中の情報を掘り返している様子を見せる。


「そうだな……。このサンシュリック次世代技術研究所は、三七六年前に設立された。当時は動乱の時代で、当然ルークセントも戦火に巻き込まれている。そんな中、戦況を変えうる発明や発見を見つけ出す為に建てられたんだ」

 その頃は、大陸全土が荒れに荒れていた。国家間の戦争も当たり前なら、規格外に強い連中がウロウロしていた時代でもある。『大炎上時代』とも呼ばれる戦乱と英雄と悪党の時代だ。

 気まぐれに流れが変わっただけで国が滅びるような動乱の只中なら、有益な技術の開発は、国家が存続する為にも必要かつ重要なことだっただろう。

 リリィがかすかな怖れを滲ませた口調で言った。

「戦に役立ちそうなものは何でも――魔術の開発、魔物の生体からヘンな形の武器まで――研究したそうよ。費用は当然ルークセント持ちで。あんまり成果はなかったみたいなんだけどね」

「そういった研究の中から生み出されたのが、『巨獣の卵』らしい。だが、この『巨獣の卵』は研究所の閉鎖直前に形になったようで、ほとんど情報が残っていないんだ」

「研究所が閉鎖された理由は?」

 俺の疑問にサラは答えられなかった。

「噂では、研究所自体が創り出した脅威――おそらく『巨獣の卵』――が原因だと言われている。それでも研究所の資料には、明確な理由としては載っていなかった。戦時中であることを差し引いても、国営の施設が閉鎖された記録がしっかり残ってないのはおかしいんだがな」

 確かに国の事業にしてはザルすぎる。


 役人が文章に残さないなんて――いや、もしかしたら意図的に隠されたのか……?


 俺がとりとめもないことを考えていると、それまでイクシスに構っていたルースが、唐突に疑問を口にした。

「……ここが閉鎖――いや、封印されたのはいつのことだ?」

「えーとだな……。大体二百年前のことだと言われている。閉鎖に関わる正確な情報は、年代も原因も経過も、どれだけ調べても出てこなかった」

 サラの言葉に、ルースの顔は引き締まった。初めて研究所を見た時と同様、真剣勝負に挑む直前のような表情だ。

「その間、誰もここには訪れていない筈なんだな?」

「あ、ああ……。少なくとも記録には残っていない」

「そうか……――」

「いつまでも話してたってしょうないわ」

 ルースが呟くのを遮る様にして、リリィは言った。


「早く『巨獣の卵』を探しましょう」

 彼女の顔には疲労がありありと表れていた。慣れない強行軍に加えて、地面に寝るような休息しか出来ない状況は、王女には過酷だろう。勢いに任せて無理が利くのにも限界がある。

 とは言え、諭したところでリリィは引かないのもわかっている。

 俺だって疲れているが、紳士としては弱音を吐くわけにもいかない。

 溜息を押し殺し、荷馬からもう一つの松明を取り出した。サラの持つ松明から火を貰って、口を開く。

「――よし! 魔物がいないんなら、二手に分かれた方が早いな。間取りと、どこにどんな部屋があるか確認するくらいの気持ちで調べて行こう。気になる物を見つけたり、危険を察知したら大声を出してくれ。他に何もいないはずだから、物音がしたら俺でも聞き取れる筈だ」


「わかったわ。あたし達は上に行ってみる。そっちは一階をお願い」

 リリィはそう言うと、返事も聞かずに階段へと向かった。

「――お待ちください、姫様! せめて私の後ろに――」

 サラが慌てて後を追い、二人は階段を上って行った。


「……さてと――」

 俺はもう一度辺りを見回す。

 玄関ホールには、階段の他に三つの選択肢があった。

 建物正面から見て、左右に伸びる廊下と奥へと続く廊下だ。

「――俺達は、まずは左から攻めてみるか」

 一歩進んだところで、俺のマントの端っこをルースが掴んだ。魔剣士の片手に負け、つんのめってしまう。

「待て。僕が先頭の方がいい。イクシスは出来るだけ後ろに注意しておくんだ」

「グアッ!」

 出鼻を挫かれた俺をよそに、イクシスが元気良く返事をした。魔銃を抜きつつ俺は呟いた。

「リリィが別行動となりゃ、俺が真ん中なのなー……」


 周囲を警戒しながら、薄暗い廊下を進む。廊下は横幅が広く、天井までが高かった。絨毯並みに積もった埃の為か足音はほとんど響かない。

 左側には窓が並んでいるが、今は鎧戸でしっかりと閉じられていた。一筋だけ入ってくる光が妙に印象深かった。

 ルースが最初に見えたドアを無造作に開く。いつもと全く変わらない仕草に、こちらが不安を覚えてしまった。

「おい、もうちょっと用心した方が……」

 余計なお世話かもしれないが、俺は言わずにはいられなかった。

 対するルースは普段通り冷静だ。

「気配も嫌な感じもしないし、埃に足跡は見られない、待ち伏せは除外しても大丈夫だろう。まぁ、罠には注意する必要はあるが、その辺りは僕も心得ている。――ここは事務室か?」


 ルースを追いかけて入ってみると、かなり広い部屋だった。

 壁二面を占領する巨大な棚、ドアのすぐ近くから奥へと部屋を二分するように置かれた長い机。その向こうには、大きめのテーブルや作業机、いくつもの椅子が散乱している。

 ルースの言う通り、事務室として使われていた、というのが一番しっくりくる配置だ。

「……紙切れ一枚ない……」

 俺は松明で辺りを照らしながら、呟いた。

 机の上には羽ペンやインク壺、ナイフまで転がっているのに、本来なら事務には付き物の書類が一切ない。棚を確認しても本一冊入っていなかった。

 一応机を乗り越えて、奥の方も見てみる。

 机の下まで覗き込んでみたが、手掛かりになりそうな物は何もなかった。

「慌てて出て行った感はあるのになぁ……」

「ぐぁー」

 椅子が倒れていたり、事務机の並びが乱雑になっていたりと、混乱した様子が見て取れる。しかし、紙の類が一切ない。


 ……どんな状況だと、こんな光景になる?


 俺は自分の疑問を振り払って、言った。

「本来なら、この部屋はしっかりと調べるべきだろうけど。とりあえず、次に行こう」

 ルースとイクシスが頷いた。


 また魔剣士を先頭に廊下を歩き、次のドアを開ける。

 そこは、書庫と思しき部屋だった。広大な空間を、とにかく棚という棚が占領している。

 しかし。

「ここにも本が一冊もないってどういうことだよ……」

 俺の愚痴が空ろな部屋に響いた。本のない書庫など、ただの棚の部屋だ。

「閉鎖する時に本だけは全て持って行ったのか、あるいは処分したのか……」

 そう呟くルースの表情も困惑気味だ。

 高い天井に合わせてか、本棚も背が高い。優に、俺達の身長の倍はある。

 高い場所に手を伸ばす為の木製の脚立がいくつか転がっていた。

「ふーむ。徹底的だ」

 ルースが飛び上がって、棚の上を確認した。着地によって舞い上がった埃がモロに俺とイクシスを直撃する。

「ゲホ。埃がヒドいんだぞ。脚立使え」

「――ク、クプンッ!」

「ああ、すまなかった」

 その気になれば足音一つ立てないルースの体さばきを持ってしても、これだけの量の埃があると影響を及ぼすらしい。

 落ち着くまでハンカチをイクシスの鼻先に押し当てた。

 俺も丈夫そうな脚立を見繕って登ってみたが、当然の様にメモ一枚落ちていない。


 その後、同じ様に四つの部屋を回った。

 倉庫あるいは物置きらしき部屋が二つ、食糧庫、厨房。

 食糧庫は、曰く言い難い惨状で踏み入ることが出来ないという、不意を突くハプニングをもたらした。厨房も酷い有様だったが、勝手に手掛かりはないと決断し、速攻で扉を閉めた。

 ルースもイクシスも文句は言わなかったから、それで良かったのだろう。


 げんなりした気分で廊下に戻ると、次のドアは突き当たりにあった。しかも、両開きで鉄製である。ヘタをすると入口よりも厳重だ。

 先を行くルースがドアノブを回した。ゴギっという嫌な音がする。

「おっ! おい、壊してないだろうな!?」

「グァッ」

「だ、大丈夫だ。……多分……」

 思わず怒鳴ってしまった俺の声に、珍しく慌てた様子で答えるルース。

 しかし、軋みながらも大扉は開いた。何かの欠片がパラパラと降ってくる。

「ここは――」

「鍛冶場だな……」

 これまでの部屋に比べても広い場所だった。

 貧民街なら一区画にも相当する空間だ。

 床は固められた土。奥に大きな炉が五つ。金床や鉄釜がいくつも。さらに鍛冶に使う為の道具がありとあらゆる場所に散乱している。当然のようにそれらには埃が積もっていた。


 ラチハークで育った俺は、鍛冶場なら馴染みがある。

 だが、俺が知っている鍛冶場は鉄の匂いと常に火が入っている炉の熱が籠る、もっと狭苦しい場所だ。そこに、野郎共の汗と怒号、鉄を叩く音が加わる。

 熱く、騒がしく、光が踊る場所、それが鍛冶場だ。

 こんなにだだっ広く寒々しい所は、俺の知っている鍛冶場ではない。


 辺りを眺めているうちに少しずつ嫌な気分が増してきた。似通っているのに決定的に違うのが、神経に触って仕方がない。

「……あまり楽しいとは言えないところだ」

 壁際にいたルースがぽつりと呟くのが聞こえた。

 俺の感想を彼女が代弁したような気がして、思わず振り返ってしまう。

「お前もそう思うのか?」

「ああ、こっちに来てみろ。最後にここを使ってた奴らは、少々常軌を逸していたらしい」

 ルースは、大きな棚の前に立っていた。

 棚は俺達の身長よりも高く、横幅も15mはあった。一面が開け放たれた箱状で、この棚一つでも小さな小屋ぐらいの大きさと言える。


 近づいてみると、大きな金属らしき物が入っていた。


 まず目に付いたのは全面を覆っている酷い錆だ。

 俺の身長ほどの高さで、横の長さも10mを余裕で超える。

 底辺は若干の弧を描き、斜辺はさらに角度のある弧を持っていた。

 サイズさえ無視出来れば動物が持つ爪の形に似ている。


 よくよく見れば、棚の中の空間をたった一つで占領する程の、あまりにも巨大なナイフだった。


 覗き込んだ姿勢のまま、俺は叫んだ。

「何だ、こりゃあッ!?」

 もう少し元気があったなら、より勢い良く突っ込んだことだろう。

 一瞬、どこかに生息する伝説級の魔物が持つ爪や牙、あるいは骨を加工した物かとも思ったが、錆がそれを否定している。

 魔銃のグリップで何度か叩いてみれば、キチンと良く響く音が返ってくる。少なくとも鋳物や削り出しではない。ちゃんと鍛えた鋼の音だ。

 こんな量の鉄を一度に鍛えるだなんて、俺の知る技術や労力では不可能だ。

 ルースが肩を竦めて言う。

「……剣かな? でも、オーガでもこれを振り回せる奴はいないと思う」

 爪に例えれば根元側から三分の一ほどにへこみがあり、そこに肩を入れれば持ち上げることは可能だろう――オーガや体格のいいドワーフなら。ところが、そうまでして持ち上げても振り回すことは出来ない。


 どう見ても武器なのに、攻撃に使えないんじゃ作った意味がない。

 しかも、無意味な物につぎ込まれた技術と労力は異常なレベルなのだ。


 俺の知り合いの親方に見せれば、文句があり過ぎて泡を吹いて倒れるだろう。

「訳がわかんねぇな。こんなモノ作れる技術と材料があったら、ちゃんとした剣が何十振りと作れただろうに。……なんつー無駄遣いだ」

「そう、そこだ。技術と材料、そして情熱は本物以上。しかし、発想と結果が一般人には理解出来ない。僕はこれに良く似た発明品を知っている……」

 ルースは一度言葉を切って、天井を見上げた。


「研究所を見た瞬間に思ったんだ。もしかしたら、ここは――冥王同盟に関係がある場所かもしれない」

4月28日初稿


2015年8月18日 指摘を受けて誤字修正

王女は俺の顔右手を差し出し → 俺の眼前に

違和感一つ覚えなかったなかった俺の → 覚えなかった俺の

誇りは堆く積み上がって → 埃は

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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