23.くたくたの出発
サラが大きな木箱を押して、控え室に入って来た。
彼女は普段の鎧姿ではなく、平民の男性が纏うようなズボンとチュニックの上に鎖帷子を着込んでいた。
「すまない、少し遅れた」
木箱が完全に部屋の中に入ると、サラは小さな声で言った。
「それは構わないが。まさかコレで……」
思わず呟いてしまった俺の言葉に、サラが意地の悪い笑顔を返してくる。
「そう。この木箱に入って、それをソリスで運ぶ。王都の隣にあるクルミア基地までな」
木箱はベッドほどの大きさに、1mほどの高さがあった。上部に大きな丸太が、底には車輪が取り付けられている。
確かに俺達三人ぐらいは入りそうだ。
しかし……。
「こんな大荷物を運んだりして怪しまれないのか?」
ルースが木箱を眺めながら呟いた。
「グリフォン部隊は普段からこれを使っている。基地と王宮の間で荷物を移動させる必要は結構あるし、グリフォンは飛行能力を持つ魔獣の中でも力が強い。私の任務の半分は、物資の移動なんだ」
確か、グリフォンは片方の前足だけで馬を鷲掴み出来る。この程度の荷物等朝飯前だろう。
まだ得意げな顔をしたサラは、木箱の蓋を外し、壁に立てかけた。
箱の中には、脱いだばかりと思われる服や使用後のシーツ等の雑貨、逆にピカピカに磨き上げられた剣や鎧も入っていた。
サラが服を取り出し、リリィに渡し始める。
「――汚れ物?」
ルースの疑問に答えたのはリリィだった。彼女は、渡された服を畳みながら、部屋の片隅にある籠の中へ移している。
「そ。軍部のお偉いさんが着るような服は、こっちの女官が洗濯するのよ。で、武器や防具の手入れは基地の鍛冶場でするってわけ。だから、綺麗になった服や整備が必要な武器なんかを、これから基地に持っていくの」
「なるほど」
頷いたルースが剣の類を取り出し始める。
いつの間にか俺以外の全員は、当たり前のようにサラの行動を受け入れていた。
「嫌だ」
唐突に口を付いて出た俺の言葉に、皆がこちらを見た。
彼女達の視線に怯まず、俺はもう一度言った。
「飛ぶのは嫌だ」
一瞬呆けた表情を浮かべたルースは、すぐに困った顔を作って答えた。
「僕もイクシスもいるんだ、危険はない。それに……この中に入れば外は見えないんだ、我慢出来るだろう?」
「ぐぁっ」
「……高いところからの景色が怖いんじゃねぇよ。飛ぶってことそのものが怖いんだよ」
荒くなる俺の口調に、リリィがため息をついた。
「イイ大人が怖がってるって凄んで言わないでよ。今更別の方法で王都から抜け出せる訳がないでしょ」
「怖いんだからしょうがねぇだろがいッ!」
冷静にツッコまれるとこの程度の返ししか出来ない。
相手の方が正しいことを言っているのだから当たり前だ。
「サラ、お前は俺が飛ぶの怖がってたの知ってただろッ!?」
「知っていたが、他に有効な手段が思いつかなかった。ま、長くて二十分もかからない。我慢しろ」
女獣人は真面目な顔でそう言った。しかし俺は、彼女の耳がピクピクと動くのを見逃さなかった。
……コイツ、半分ぐらいは嫌がらせだろコレ……。
俺は物言いを続けようと、大きく息を吸ったのだが。
「我侭を言っている暇はないぞ、カインド」
ルースの声が聞こえたと思った時には、宙を舞っていた。男装の剣士は俺を抱えて、木箱の中に飛び込んだのだ。
「むぐぅっ――!」
用意がいいことに、ルースの細い布を巻きつけた右手が俺の口を塞いでいる。気が付けば、彼女に後ろから抱えられるようにして、木箱の中に座り込んでいた。
「僕が抑えている。さっさと出発しよう」
「むぅ~~ッ!!」
大して力を込めている様子もないのに、ルースの拘束で俺はほとんど動けなくなった。
体を捻る事すら不可能なのだ。唯一自由になる腕で、俺の口を塞ぐ手をどかそうと努力しても、ずらすことも出来なかった。
「ぐぁー」
ルースの腕から首を出したイクシスが鳴いた。諦めろとでも言いたいのだろう。
サラとリリィは、すぐに準備を再開した。
丁寧に畳まれた服やシーツを包んで木箱の隅に積み、ややくたびれた印象の武器や鎧をどんどん放り込む。最後にはサラが足場になり、変装した王女様まで荷物になった。
俺達三人が入ったことで、かなり狭くなっている。
剣帯から下げたままの剣が変に突っ張っていて痛い。
「僕一人だと全身は押さえ切れない。リリィは足の方を頼む」
「了解。いいわサラ、閉めちゃって」
リリィが座り込んだ俺の足に覆いかぶさった。
これでもう俺の体で自由になる部分はない。
「わかりました。ここからは物音を立てないよう、注意してください。特にカインド、暴れるなよ」
――そう思うならこんな作戦立てるなよ!
「むぐ~~ッ」
傍から見たら理不尽であろう俺のツッコミは、ただの呻き声になった。
ルースの力加減は絶妙で、顔を振ろうが捻ろうが、俺の口から手が離れることはなかった。そもそも小指が顎に引っ掛けられていて口を開けることすら出来ないのだから、仕方がない。
生真面目な顔で頷いて、サラは木箱の蓋を閉めた。
完全に真っ暗になる。
隙間から光が漏れてくることもない。思ったよりもしっかりとした作りらしい。
ぎしり、と木箱が揺れ、動き出したのがわかった。
女官の控え室から、勝手口を通って庭に出ているのだろう。ほとんど光も差さない木箱の中からだと、想像するしかない。
「むふぅ~っ!!」
「……落ち着け、カインド。あまり騒ぐようだと気絶させることになるぞ」
俺の耳元でルースが囁いた。いつもと変わらないルースの声が恨めしい。
「……くぅ……」
小さな鳴き声と同時に、頬に少しひんやりとした感触。イクシスがその小さな鼻先を押し付けたらしい。
数秒の移動の後、木箱が止まった。
鼓動が尋常ではない速度になり、冷たい汗が全身から噴き出しているのがわかる。
そしてすぐに、杭を突き立てる様な音と猫科の踏み締めるような音が混じった、グリフォンの足音が聞こえてくる。
「……ッ!」
外に出た以上、どこにヒトの目と耳があるかわかったものではない。サラが言ったように物音一つが命取りになりかねない。ルースの手を全力で掴み、震えないように努力する。
どん、という重い音がして木箱が盛大に軋んだ。おそらく、グリフォンの足が上部に渡された丸太を掴んだ音だ。
「――行くぞ」
木箱の外から、サラの小さな声が微かに届き、次の瞬間には木箱が持ち上げられたのがわかった。
周りを囲む板という板からぎしぎしという絶望的な音が聞こえた。いや、軋みや擦れによる音は続いている。
体全体が下に押し付けられるような感覚に襲われる。
血の気が引いたのを自覚する。
乾いた口中に、喉から何かがせり上がって来る。
「~~~~ッ!!」
俺の悲鳴は、ルースの手によってしっかりと封印されていた。
そこからの記憶は曖昧だ。
おそらくは十数分のことだった筈なのに、数時間はあったとも思えるし、一瞬だった様な気もする。
覚えているのは、揺れとソリスの羽音、そして木箱の軋む音だけ。
とにかく、それはもう怖かったのだ。
おぼろげながら着地には音も衝撃もほとんどなかったと思う。サラがそうするように命じたのか、ソリスが気を使ったのか。
ただただ怯えていた俺は、もう飛んでいないということに気付くまで数分かかった。
底部についた車輪によって木箱は地面を移動しているようだ。
「むふ――――――ッ」
口を塞がれたままなので、俺の安堵のため息は、全て鼻から出て行った。
「――!? やめろ、くすぐったいっ」
全身の拘束が強まったかと思ったら、ルースが耳元で囁いて来る。
余裕が生まれてようやく気が付いたのだが、俺はルースに後ろから抱きしめられ、足にはリリィが覆い被さっているという状況のままだった。
「……」
さっきとは別の意味で汗が滲んできた。
背中に接触しているルースの体温や感触を、まず意識してしまう。
そういえば、ルースが女性だと知ってからこんな風に接触するのは、初めてだ。……多分向こうは何とも思ってないんだろうなぁ。
次いで、膝に当たっているリリィの胸に気付いた。小柄な割りに育っているし、微かに彼女の鼓動も感じ取れた。
「…………」
ルースよりもリリィの方が、いやいやサイズで言うならサラが一番――等と紳士にあるまじき感想を抱いていると、木箱が止まった。
がくんと体が揺れ、それこそ色々と当たってしまう。
空を飛んでいる時とは全く別の、それでも同じぐらいの苦行だ。
そこからどのぐらい待ったのか、やはり感覚が曖昧だ。
俺はただただ変な事を考えないように、思考を停止しようと努めていただけだった。
気が付いた時には、木箱の蓋が外されていた。
蝋燭の仄かな灯りが差し込んで来る。
何故だか助かったという感情が湧き上がった。
「――とりあえずお疲れ様、だ。静かに出てきてくれ」
生真面目なサラの顔さえありがたいものに思えてくる。
「もう叫んだり暴れたりしないな?」
耳元でルースが囁く言葉に頷くと、口を塞いでいた手がゆっくり離れた。
本当なら皮肉か軽口でからかいたい所だが、そんなことを口にしている余裕はない。俺はまだ密着しているルースとリリィに言った。
「迷惑をかけた。もう大丈夫だ」
あっけなく密着状態は解かれた。二人の体温が離れ、少し肌寒さを感じてしまう。
「……ぐぁー……」
イクシスが小さな鳴き声を上げながら、鼻先を俺の頬に押し付けてくる。
「お前も心配してくれてたのか。ありがとな」
「グァッ」
力が入らない足腰に無理をさせて木箱から這い出すと、倉庫らしき場所だった。
そこそこ広い。軍隊でも何かと必要となるスコップや馬具などの道具類が置かれている。
全身が倦怠感でいっぱいだった。まだ出発すらしていないというのに。
凝り固まった体をほぐしたかったが、気を抜ける状況でもない。
「ソリスは?」
背筋をすっきりと伸ばしたルースが、小さな声でサラに言った。
「あのコは自分で帰れる。少し待ってもらったのは、鞍を外す為だ」
闇夜に飛ぶ淡い黄色のグリフォンは非常に絵になったことだろう。出来れば地面から見上げたかった。
俺がそんなことを考えていると、サラが咳払いをした。
全員の視線が女騎士に集まる。
「さて、今のところ上手くいっているが、本番はここからだ。馬は、基地の外……北東側に用意してある。私が先行して合図をするから――」
「その前にサラ。貴女以外はほとんど夜目が利かないのよ」
リリィの指摘を受けて、俺はサラへと顔を向けた。
「灯りナシで行動するつもりか?」
「ああ。私は普段からほとんど灯りを持たない。今夜だけ松明を持っていたら逆に目立ってしまう。それでなくても灯りは人目を引くからな。だから、お前達と姫様には、暗視魔法をかけてもらおうと……」
背中の鞘を動かして納まりのいい場所を探っていたルースが、口を開いた。
「ああ、それならカインドとリリィだけでいい。僕も夜目が利く方だ」
「じゃ、カインドと私ね。サラ、蝋燭を消して」
リリィに頷いてみせてから、サラは蝋燭を吹き消した。
室内は完全に暗闇に包まれ、俺の視界には淡い光の残滓が漂うのみになる。
「――世界を照らす光の子らよ、我らが瞳に力を与えよ――」
リリィがゆっくりと詠唱を始めた。その語りかける様な口調は、精霊魔法の呪文に特有のものだ。命令でありながらどこか願いを含み、聞き分けの悪い子供に言い聞かせる様でもある。
一分ほど聞きほれていると、不意に、俺の眼前に王女の指先が突きつけられた。暗い中でも見えるほどすぐそこだ。
「――ッ」
「動くな」
驚いて身を引こうとする俺をサラが諌めた。
「――す奇跡よ、来たれ――……、<梟の瞳>っ」
リリィの宣言にも似た言葉が聞こえた瞬間、俺の視界が一気に開けた。
突きつけられた指の向こうに、倉庫の内壁が見える。
目隠しを外された時には、こんな気分になるかもしれない。
しかし、色の判別がし辛い。視界は全体的に明るい緑色だった。自分の掌を見ると、濃い緑の中に色が抜けたような手の形があった。どうやら緑色の濃淡が、明るい色と暗い色の違いを表しているらしい。
「見える?」
俺の眼前から指を下ろしつつ、リリィが言った。
「ああ。便利なモノだなぁ、コレは。倉庫の中なら奥まで良く見える」
「成功ね。効果は大体二時間ぐらい。少しずつ見えなくなるから、完全に見えなくなる前にあたしに言うように。それと、強い光が視界に入ると一気に砕けることもあるわ。注意しておいてね」
「わかった」
俺が頷くと、満足げな表情を浮かべたリリィは、もう一度同じ呪文を唱え始めた。
「今のうちに説明しておこう」
サラが俺とルースに顔を向け、口を開く。
「このクルミア基地は、大きな二つの道を挟んで王都の東側にある。お前達が来たラチハークへと続く南東の道と、隣国ハークロウの北側まで伸びる北東の道。我々はこの北東の道を下っていく事になる」
ハークロウはルークセントの東に位置する王国だ。
かなり広い国土を持ち、我が母国ラチハークとも一部国境を接している。
俺の地元メイプラからユミル学院へ行くには、ハークロウ経由のルートも選択肢の一つではある。ただ、このルートはやや遠回りなのと道が険しいのとで時間がかかるのだ。短時間で移動するには、やはりルークセントを突っ切るのが常道なので、手軽にハークロウ側を選ぶ事は出来ない。
頭の中にあった大まかな地図を思い出した俺は、サラに言った。
「確か……その道の先には、『帰らずの森』があるんじゃなかったか……?」
それは、地図の上ですらかなりの範囲を占める、広大な森の通称だった。
「ぐぁー?」
肩口からイクシスが俺の顔を見上げた。鬣と瞳以外はほとんど真っ黒なドラゴンの子供は、今の視界だと深緑の塊に見える。
「そう、我々が目指すのは、『帰らずの森』の中にある研究所だ。そこに『巨獣の卵』が封印されている」
「――術をかけ終わったわ。出発しましょう」
傍から見ると、指先を見つめているような体勢だったリリィが言った。
頷いたサラが宣言する。
「まずは私が先行する。死角を選んで進むから、合図をしたら私がいる地点まで急いで来てくれ。これを何度か繰り返して、まずは基地の外――塀の向こう側へ。そこから塀を伝って北側へと抜けるつもりだ。今の時間帯は巡回の任務はない筈だが、誰かが外を出歩いている可能性はある。急ぎつつ、あくまでも静かに。問題が起こった場合は、なるべく私に対応を任せて欲しい」
それぞれ目を合わせ、俺達は頷き合った。
「……っ」
誰が言い出すでもなく、唇と噛み締めるようにして口を閉じる。ここから出れば、言葉のやり取りをする訳にはいかない。
サラは倉庫の大きな扉をそっと開いた。外を覗き込んでから、音もなく、外に出て行く。その姿はあまりにもしなやかで、まさに野生動物を髣髴とさせた。
次いで俺。倉庫の大きな扉はヒト一人ぶんほどの感覚で開けられ、簡単に外が覗けた。
空を確認すると、今夜は曇り空で星の瞬きは見えなかった。それでも、雲の向こうから降り注ぐ極僅かな月明かりだけで、昼間と変わらない程度には見渡せる。緑一色だけど。
基地というだけあって、広く平坦だ。そして、街中に比べて建物が少ない。イメージとしては王宮の正面広場に近いかもしれない。だが、地面はならされた土だった。
サラは20mほど先の、別の建物の陰にいた。掌を下に向けた手招きをしている。
「――ッ!」
チャンスは逃せない。
俺は、サラの仕草で覚悟を決め、早足で倉庫の外に踏み出した。
すぐ後ろにリリィ、殿にルースも続いた。
腰の剣を左手で押さえ、足音を立てないよう、腰を落としほとんど爪先立って進む。
速度は早足ぐらい。
一歩一歩進むたびに、走り出したい衝動が湧き上がってくる。辺りを窺って足が止まってしまうのも怖いので、二人がついてきている事を信じて、サラだけを見つめて歩いた。
普段なら何でもない距離なのに、女騎士の下に辿り着いた時には、俺の息は上がっていた。
リリィも同じ様に疲れた顔をしている。
ルースの方はいつもの顔で気配を探っている様だった。あくまでも男前である。
「……~~っ」
音を立てずに、大きく息を吐く。
サラが睨んでくるが、俺だって状況はわかっている。静かにしなきゃいけないことを忘れているわけでも、気が抜けたわけでもない。
言葉には出せないので、俺は肩をすくめた。
次は50mほど先にある厩まで。
先程と同じ様にサラが先行、俺達三人が固まって移動するタイミングを計ってもらう。
……ルースはともかく、俺やリリィのようなへっぴり腰だと、見守る方が疲れるかもしれないなぁ。
それでも何とか厩の陰まで辿り着き、四人揃って背中を預ける。
その時、強い光が目に入った。
「――!?」
緑がほとんどを占めていた視界に白が増える。
おそらくは松明だろう。普段は頼りないとさえ感じる事があるその光が、魔法がかかっている今は、目が痛いほどである。
あまり見過ぎると<梟の瞳>が解けると言われたばかりだ。俺は慌てて目を細め、直視しないよう努力した。
「――ぇよ」
「――かぁ? 俺は――」
話し声が聞こえてくる。
俺達は目配せをし合って、全身を緊張させた。自分の動悸が煩い。
他に出歩いている者もいない、静かな夜の基地だ。足音もよく聞こえ、俺にも人数が把握出来た。
男が二人。あまり周囲に注意を払っている様子はない。
「――とか勘弁して欲しいぜ……」
「そうやって面倒臭がってるから、いつまでも王宮警護に採用してもらえないんだよ」
俺達が隠れている厩と彼らとの距離は、30mほど。
昼間なら会話の内容までは聞き取れなかったに違いない。しかし、周りに音がないと、普通の声量が煩いぐらいに耳まで届く。
「ほっとけ。見回りをキチンとやってるかどうかなんて誰が見てるって言うんだ」
「ま、そうだな。それに遠くから見たところで、真面目に仕事してるようにしか見えないだろうし」
「だろ? ここは王宮じゃねぇんだ。お偉いさんがその辺を歩いてるわきゃねぇんだ」
――王女とグリフォンライダーがしっかり耳に入れてますよ。
少しずつ声が近付いて来る状況でも内心で一言添えてしまう自分が、恨めしい。
「大体よ、こんな仕事どうこなそうと変わらないだろうが。兵士の本分は戦えるかどうかだぜ」
「ハハッ、そりゃ最もだが、いざって時にお前が勇敢に戦えるとは思わないね」
「チ、馬鹿にしやがって! 俺が本気出しゃあなぁ、ヒドラだって――」
「――イハイ。ほら、そろそろ口閉じ――」
二人の兵士は最後まで軽口を叩き合いながら、去っていった。
なるべく見ないようにしていた光も少しずつ薄れていく。
緊張を解いて、隣のサラを盗み見ると、えらく不機嫌そうな顔をしていた。三角の耳がびしっと立っている。
尖った犬歯が見えていて、このまま放っておいたら呻り声を上げそうだ。
「……ッ」
女騎士は一度顔を振って、早足で歩いて行った。どう見ても怒っている筈なのに、その動作に荒さはない。
その後は、他人の気配を感じる事もなく、順調に基地の端まで辿り着いた。
3mは高さがある板塀がぐるりと張り巡らされている筈だったのだが――。
サラが指差した先には、ヒト一人が何とか通れそうな裂け目があった。
これじゃあ塀の意味がない。
大丈夫かルークセント軍という呆れた思いと、今はありがたいという感謝の気持ちが同時に浮かび上がる。
サラもまた苦い笑みを見せた。
俺達は複雑な思いを押し殺し、サラを先頭にして、塀の外へ出た。
途端に緊張感から解放される。
「ッは~~~~……」
「っぐぁ~~~っ」
俺とイクシスは今度こそ大きくため息をついた。
そういえばドラゴンの子供は、フードの中でいつも以上に大人しくしていた。イクシスもイクシスなりに緊張していた様だ。俺の肩に前足を乗せ伸びをしている。
「道に出るまで、安心するのは早いぞ。馬は向こうの木陰に繋いである。もう一踏ん張りだ」
サラの言葉に、俺はもう一度ため息をつくしかなかった。
彼女が顎の先で指し示す先には、200m以上先まで木陰など存在しない。
色々な種類の緊張ですでにくたくたの体に鞭を打って、あそこまで歩かなければならない。
そして、そこまで辿り着いてからが、ようやく出発なのである。
ありがたくって笑いがこみ上げてくるほどだった。
3月9日初稿
3月10日指摘を受け誤字修正
俺の肩に前を足を乗せ→前足を乗せ
3月11日指摘を受け誤字修正
自分の動機が煩い。→自分の動悸が
3月12日指摘を受け誤字修正
繋いである。もう一分張りだ→もう一踏ん張りだ