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22.嫌な遭遇、嫌な音

 リリィは王女としての役割がある為、昼食の時には俺達の部屋に来ることが出来なかった。よってサラと計画を詰め、決まったことをリリィへと伝えてもらうことになる。

 忙しげだったリリィとサラに対して、俺は午後のほとんどを昼寝に充てることが出来た。

 その間、ルースはイクシスとずっと遊んでいたらしい。聞けば、中途半端に短い時間寝るよりは、徹夜をした方がイイとのこと。


 日が落ちてかなり経った頃、ノックの音が響いた。

「すまない、遅くなった」

「用意に手間取っちゃった。でもでも、そこまで急いでる訳じゃないのよねっ?」

 渋い顔のサラと、やはり興奮した様子のリリィだった。

 女騎士は槍と大きな包みを持ち、女官の格好をした王女は食事の載せられたワゴンを押している。

 鎧一式を一まとめに荷造りしていた俺は、顔を上げて答えた。

「ああ、女官が歩いててもおかしくないぐらい、ギリギリの時間まで粘るつもりだ。準備だけじゃなくて、メシ食う時間だってある」

「ぐぁーっ」

「とりあえず確認が先だ。一応それらしいのを見繕ってきたが、サイズが合わなかったら、別の物を用意する必要があるんだぞ」

 イクシスの催促の鳴き声を一蹴して、サラが包みをベッドの上に広げた。中に入っていたのは、衛兵の鎧と何着かの服だった。


 俺がサラに頼んだのがコレだ。

 そう、変装である。

 誰にも見られずに行動するのが不可能なら、見られても印象に残らないようにすればいいのだ。


 俺は衛兵の服を体に合わせてみた。

「おお、バッチリだ。でもどこから持ってきたんだ、こんなの?」

「わりと色んな所に転がってるわよ。ちょっと裏側に回れば、王宮だってゴミゴミした部分があるのよねー」

 手早く食事を用意しながらリリィが言った。

 どこか嬉しそうに語るのは王女としてどうなんだろう。

 とりあえず円錐型の兜を被ってみると、思った以上にピッタリだった。

「うわ、似合うっていうか違和感ないわねぇ」

「確かに……」

 リリィとサラが感心した様子で呟いた。

 部屋にある姿見に視線を移せば、兜を被っただけで衛兵としか見えない俺がいた。

 昔から印象に残りづらい容貌だと言われていたのが、こんな所で役に立つとは。

 自分の特徴のなさに惚れ惚れしていると、突然大きな声が響いた。


「――な、何だコレはッ!?」


 サラが持ってきた服を見ていたルースだった。

 困惑した表情で差し出してきた衣装は――リリィが着ているのと同じメイド服だった。

「カインド、君の差し金かッ!」

 俺にメイド服を突き付けつつ、ルースが怒鳴ってくる。

「いや、俺がサラに頼んだのは、目立たない服装ってだけで……」

 とんでもない濡れ衣だ。幾らなんでも俺には、男装してる女に女の格好させて喜ぶような、複雑な趣味はない。

 顔を真っ赤にしている魔剣士に、ニヤニヤとしか言い様がない笑顔のリリィが言った。

「あたしの案よ。女官達って普段から格好イイ男の子逐一チェックしてるの。貴方ぐらい美形だと衛兵の格好でも誤魔化しきれないのよ。突然現れたあのコ誰ってことになっちゃうから。目立たない様にする為には、完全に顔を隠すか、女の格好をするかしかないってわけ。大丈夫、細身だしカツラも用意したし、絶対似合うわ」

 理屈のある理由を聞いても、ルースは拒否する口実を探していたが、結局リリィもサラも一切取り合わなかった。

 リリィが強引にメイド服をルースに合わせ、サイズを確認する。


「問題がないなら、私はもう行くぞ。くれぐれも注意を怠るなよ」

 何故か俺に向かってサラが言った。

「ああ、ありがとうな」

「礼は首尾良く王都から抜け出した後に聞こう」

 そんな台詞を残して、サラは部屋を出て行った。


 これでルースがメイド服を着るのは確定したことになる。ドアが閉まると同時に、ルースはがっくりと肩を落とした。

 満足げな顔をしたリリィが、顔の前で両手を音高く合わせた。

「さ、こっちは夕食にしましょう。あたしも同席させてもらっていいかしら?」

「あ、ああ。もちろん」

「グァーッ!」


 どんなに上手くいったとしても、しばらく豪勢な食事は口に入れることが出来ないだろう。

 俺としては出来ればゆっくりと味わいたかったのだが。食事中、リリィが衛兵と女官の仕草や決まり事、マナー等を一から説明した為、それどころではない。

 ルースもいつもより食が進んでいなかったし、見るからにテンションが低かった。


 食事が終われば、本格的な準備に移るしかない。俺は、自分の動悸が少しずつ速くなっていくのを、感じていた。

 衛兵の服を着込み、鎧兜を身につける。

 元々着ていた服は荷物の一番上に。

 ルースも、俺が気付いた時にはすでに着替えていた。

「はぁ……、こんな格好をすることになるとはな。カインド、あんまり見るな。どうせ笑おうと思っているんだろう」

「いやー、コレは笑えねぇよ……」

「ぐーぁー」

 俺もイクシスも上の空で返すことしか出来なかった。


 黒を基調にしたワンピースに白いエプロン、スカート丈は太ももぐらいまで。ブーツだけは無骨で実用的なものだが黒い皮なので問題はない。

 シンプルなデザインと色使いが、逆にルースの整いすぎた容姿とスレンダーなスタイルを強調していた。

 カツラ等被らなくても、十二分に似合っている。背が高い美人メイドさんにしか見えない。

 ただその表情は、親に無理矢理渡された分厚い本に向かう子供の様な、心の底から嫌そうなものだったのだが。


「違和感がないどころか、似合いすぎてむしろ目立っちゃうかも……。このままじゃ、すれ違う男達全員がルースに声をかける、なんてことになりかねないわ。ちょっとこっち来て」

 リリィはそう言って、ルースを椅子に座らせた。カツラと櫛、飾り紐等を用意し、ルースのシルバーブロンドの髪をいじり始める。

「うわっ、髪までサラッサラ! 色も綺麗だし透明感あるし、何より真っ直ぐ! 何よこれー何よこれー」

 珍妙な台詞を口にしながら、それでも手早くルースの髪を梳かし、彼女の頭にカツラを被せるリリィ。

「前髪を下ろして……、サイドはこのぐらいのボリュームで、全体的に後ろ側で一まとめにして……っと」

 男には理解しがたい作業を終えた頃には、茶髪の野暮ったい髪型をしたルースが出来上がっていた。切れ長の目元や、すっきりとした顎のラインが髪で隠れていて、一目ではルースだと判別出来ない。

「これでいいわ。ルースにはワゴンを押してもらうから、少し伏し目がちでもそれほど違和感はないでしょ。あまり顔をジロジロ見られないようにね」

「……わかった」

 表情は良く見えなくても、その声色は不満で一杯だった。


 荷物や鎧一式、テーブルクロスに包んだルースの黒い大剣をサービスワゴンに押し込む。流石に大剣は目立つが、壊れた家具とでも思ってもらえるだろう。

 そして、ベストのフードに入ったままのイクシスも、荷物の上に乗せた。

「少しの間の辛抱だからな。目立たないようにじっとしててくれ」

「グァ~……」

 心細そうな声を上げるイクシスの頭を撫でてから、小さなドラゴンをベストで包んだ。

 コイツは普段から状況に合わせてじっとしているし、今は腹も満たされている。大人しくしてくれるハズだ。隠密行動に関しては、イクシスよりもルースの方が心配なぐらいである。

 リリィがわざとワインをこぼしたテーブルクロスでワゴン全体を覆い、俺がやけに飾り気の多い槍を持てば、準備完了。


 それぞれ視線を合わせ一つ頷くと、俺達は号令もなく、そっと部屋を抜け出した。


 まず最初に感じたのは、自分の心臓の煩さだった。

 宮殿の廊下は、薄暗かった。蝋燭や松明が等間隔で灯されてはいるが、明るいのはその周辺だけで、廊下全体を照らすほどの火力はない。

 荷物満載のサービスワゴンを押すルースを先頭に、すぐ後ろには包みを抱えたリリィ、そして数歩下がって槍を持った俺が続く。

 そこそこ遅い時間だというのに、ヒトの動く気配がたくさんある。

 部下の仕事に対する年配の女官の小言、ドアを隔てた向こう側から聞こえてくるグラスとグラスを合わせる音、急いでいるのか間隔の短い足音。姿は見えなくても、多くのヒトが活動しているのがわかった。

「――ッ!」

 角を一つも曲がらないうちに、一人の女官が現れた。水差しを抱え、早足でこちらに向かって来る。


 衛兵らしさを考えれば、顔を伏せることは出来ない。近付く女官が俺達にどんな反応をするのか気になるが、ジロジロ見るのはおかしい。俺の心臓の音が相手に聞こえやしないかと、馬鹿な考えが一瞬頭をよぎった。もし何か声をかけられたらどうするべきか。走って逃げれば追われるだろうし、会話をしても受け答えが自然でなければ不信感をもたれてしまう。やけに時間が長く感じる。女官はやや年嵩だ。ようやく判別出来るようになってきた顔に、不信感はなさそうだが……。


 緊張と意味のない仮定でぐちゃぐちゃになっている俺の横を女官が通る。

 彼女は軽い会釈をして、あっけなく離れていった。

「そう緊張しなくても大丈夫よ。衛兵はゆったり構えてるぐらいの方が自然だから、もっと力を抜きなさい」

 リリィが前を向いたまま、ようやく聞き取れる程度の小声で言った。俺の緊張を背中越しでも感じ取れたのだろう。当人には一切不自然な部分がない。


 何とも胆力が強いお嬢さんで。


 角を曲がり、さらに広い廊下へ。曲がった途端、視界に入る数人の人影。

 腹をくくるしかない。

「……」

 結果から言えば、すれ違うヒト達は全くこちらに注意を払わなかった。リリィたちのお墨付きを貰った変装がそれだけ完璧だったのだろう。

 自信が生まれた俺は、自然に歩き方が衛兵っぽくなっていた。

 背筋を伸ばし、足取りはもったいぶる。やや顎を上げ、視線はほんの少し見下す形で。

 廊下を進むうち、人通りも多くなってきた。エントランス――正面入り口の近くに向かっているわけで、当然その辺りはいくら夜だろうと往来が激しい場所だ。

 中には、仕立てのいい服を着た文官や、ピカピカの鎧を身に着けた軍人もいる。そういったお偉いさんとすれ違う時は、教えられた通り軽く会釈をした。軍人相手の時は特に念入りに頭を下げる。

 何度かそんなことを続けていると、少しずつ衛兵のフリをするのが楽しくなってくる。


 リリィとフルールも、大事になる前は、こんな風に楽しんでいたのだろうか……?


 しかし、扉を開けて出て来た人物を見た瞬間、俺の自信や楽しみは吹き飛んだ。

「ッ!?」

 薄くなった茶色い髪を持つ背の高い男。摂政のエンバリィである。確か――レイゼスト公爵レストファー・エンバリィ。


 初日の夕食を共にした最後の一人が、まさかこのタイミングで!?

 俺は一気に緊張した。

 目の前のリリィも足取りに戸惑いが見える。それでも立ち止まるわけにはいかない。

「――おや、フルール嬢ではないですか」

 エンバリィがリリィに声をかけた。

「あっ……はい。エンバリィ様。何か御用でございますか?」

 リリィは立ち止まり、答えた。

 困ったのは俺だ。

 このまま気にせず歩くのが自然か、立ち止まる方が良いのか。一瞬迷った末、俺は足を止め、壁に背を向けて直立した。会話している二人の間を通るのは、礼儀正しいとは言えないだろう。片方がこれ以上ない程偉いのなら、尚更だった。

 一方、ルースはすれ違う時に会釈をし、そのまま歩いていった。数少ない顔見知りだ、出来るだけ離れたいと思うのも、わかり過ぎるほどわかる。


 俺は早くも立ち止まったことを後悔していた。


「いや、用というほどのものではありません。お仕事は大変ではありませんか?」

 エンバリィは感情を交えない口調で言った。

「もう長いことしていますし、大変という程では……。他にすることがあっても、女官の仕事に支障が出てしまうようなことはありません」

「一昨日、昨日と、予定外の事案があったので混乱していないか心配だったのですが。どうやら、大丈夫なようですね」

「お心遣いありがとうございます」

 リリィの声にはどこか緊張感が漂っていた。


 彼女もエンバリィも現状を示す決定的な言葉を避けていることに、気付く。

 少なくとも表面上は、戯れに声をかけた摂政と、それに答える女官という立場を演じているのだ。


「私としては、貴女は働きすぎではないか、と常々思っているのですよ。早朝から休みもなく、こんな夜遅くまで……。年若い女性には酷な話です」

「……そんなことは――」

「――それに、特に昨日は非常に大きな仕事をこなしていましたね?」

 摂政の声に若干の力がこもった。それだけで威圧感が増す。直接的な力ではなく、権力を振るうことに慣れている偉い文官特有の圧力だった。

 その圧力にリリィが顔を伏せた。

「そ、そうでしょうか……」

「あまり一人で動かれるのは感心しません。周りの者と良く相談した上で、仕事をしてもらわねば――困るということです」

「はい……」


 これは、注意というより命令だ。

 王女のフリをするフルールに、勝手な行動をするな、と言っているのだ。

 昨日の大きな仕事とは、コーヴィン将軍への処分のことだろう。


「誰か一人の行動が、全体の仕事に影響することもあります。それは女官の仕事だろうと、国の仕事だろうと変わりありません。衛兵たちの大騒ぎを見れば一目瞭然でしょう?」

 エンバリィの目が小さく光った気がした。静かな口調で丁寧な言葉遣いなのに、とても怖い。

 実際に面と向かって言われている訳ではない俺の背中にすら、汗が流れる。

「……申し訳ありません。以後注意致します」

 包みを抱えたままのリリィが頭を下げた。

「それがいいでしょう。元々落ち着いた状況とは言い難かった所に加えて、昨日から兵士達の統率すら乱れている有様です。下働きの方々にも何かしらの危害が及ぶことも、ないとは言い切れません」


「はい……。ですが――」

 顔を伏せていたリリィが、ほんの少し反抗の兆しを見せた、その瞬間。


「――ですが?」

 エンバリィの眉が片方跳ね上がった。

 俺は思わず背筋を今まで以上に伸ばしていた。

「自分には関係ないことだと、そう言いたいのですか?」

「い、いえ。決してそのような……」

 摂政の声量が大きくなるのと反比例するように、リリィの声が小さくなる。


 ――この高圧的な話し方。

 どこかで聞いたことがあると思っていたが、ようやく合致した。領主としての父上に似てるんだ。特に、逆らう素振りを見せただけで攻撃性が増す辺りが。しかし、迫力は段違いである。国政を司る者と地方領主の違いなのかもしれない。


 摂政は長く息を吐き、元の無表情に戻った。

「……まぁ、いいでしょう。とにかく、私が言いたいのは……単独行動が周囲の迷惑になる可能性がある、ということです」

「……はい。ご心配をおかけして、申し訳ございません……」

「では、明日に備えてしっかりとお休みなさい。……まだまだ、忙しくなるのはこれからでしょうからね……」

 言いたいことを全て言い終わったのか、どこか満足した様子で、摂政エンバリィは去っていった。


「――フゥ~……ッ!」

 頭を下げていたリリィと俺は、足音が聞こえなくなったのを確認した瞬間、胸に溜まった空気を吐き出した。

 安心したのか、今になって顔から汗が噴き出してくる。

「何か疑われたと思うか?」

 顔を上げた俺は小声で問い掛けた。

「大丈夫。事件前は、女官の格好してる時は存在にすら気付かなかったみたいだけど。王女の誘拐事件から、この格好でも頻繁に話しかけてくるのよ。体調はどうだとか、女官の仕事やめなさいとか……。エンバリィの性格からすると、ただの女官が王女のフリをしてるのが不安なんでしょ」

 リリィはそこで口の端を持ち上げ、付け加えた。

「そうそう、さっきの怯え方は下っ端衛兵ぽかったわよ。クフフ」

 女官の格好をした王女は踵を返し、俺を残して廊下を歩き始める。

「演技じゃなくて、素だよ」

 軽口を返しながらも、俺は気持ちを立て直す必要があった。別に俺が怒られた訳でもないのに、動揺していたのだ。

 目を瞑って何度か呼吸を繰り返してから、リリィの背中を追いかける。


 しかし、せっかく精神を落ち着かせたのに、その後は誰とすれ違うこともなく、控え室まで辿り着いた。


 女官達の控え室はかなり広かった。

 備え付けの蝋燭一本では見渡せないほどだ。ルースが使っていた従者用の部屋よりも確実に広い。といっても、棚やテーブル、積み重ねられたシーツやテーブルクロス等、とにかく物が多く倉庫のような雰囲気だった。

 庭側には、勝手口として使っているのだろうか、両開きの大きなドアがある。

 リリィと一緒に部屋に入り、俺が後ろ手でドアを閉めた瞬間、イクシスが飛び出してきた。

「グァーッ」

「――っと」

 思ったよりも飛び上がったイクシスを眼前で受け止める。

「遅かったから心配したぞ」

 片隅の物陰からルースが出てきた。もうすでに元々の流れ者風の格好に着替え、大剣を背負っていた。詳しい部屋の位置はリリィから教わっていたので、さっさと到着したのだろう。猪突猛進っぷりがこんな所にも出ている。

 テーブルに下ろしたイクシスを撫でながら、俺は言った。

「ちょっと足止め喰らってたんだ。後で説明するよ。サラは?」

「まだみたいだな」

「今のうちに、あたし達も着替えちゃいましょう。ルースは廊下の気配を探ってて」

 リリィの号令に、俺達は頷いた。


 自分の荷物を引っ張り出し、手早く着替える。俺の方は鎧を脱ぐところから始めなければいけないので大変だ。

 気が付けば、リリィも普通に着替えている。俺は慌てて彼女に背を向けた。

 年頃の女性というだけでなく、リリィは王族だ。

 周りにいるのが女性だけならともなく、男の前で着替えるなどということはありえない。俺達に肌を晒す恥ずかしさよりも、フルールを助け出すことの方が重要なのだ。

 俺は紳士なので、後ろを気にせず、自分の着替えに集中した。

「ぐぁ~」

 ベストを羽織ると、即座にイクシスが腕を伝って、フードに入ってくる。剣帯を付けつつ、後ろのリリィに呼びかけた。

「こっちは終わった。そっちは?」

「とっくに着替えたわ」

 リリィは農村の女性が着る様な、地味な色合いの服装になっていた。

 ただ、馬に乗ることを考えてかスカートの下にタイツを穿いているらしく、靴はしっかりとしたブーツだ。二つあったお下げは一つの三つ編みに纏められている。農家の娘にしては綺麗過ぎるが、王族には見えない。

 直接の顔見知りでもなければ、バレる心配はないだろう。

「鎧と槍は適当に隠しておいて。これだけ物があれば、見つかる心配はしなくてもいいでしょう」

 汚いとは言えないまでも、控え室は雑然としている。

 衛兵の鎧は、シーツに包んで棚の奥にでも突っ込んでおけば、人目に触れることはない。槍は棚と壁の間に立てかけておいた。何が何でも隠し通さなければいけない、という訳ではない。このぐらいの誤魔化しで十分だ。


 準備を終え、することがなくなると、急に不安になってくる。

 何も出来ずただ待つだけ、というのは苦手だった。

 当然無駄話をして時間をつぶす事も出来ない。


 沈黙の中、どのくらいの時間が経ったのか。

 やがて、一定のリズムで音がしているのに気が付いた。

「来たな……」

 それまで廊下側のドアに耳をあてていたルースが、俺の隣まで来て呟いた。


 空気を切り裂く様な音は、少しずつ大きくなってくる。


 俺は、その音に聞き覚えがあった。とても嫌な予感がする。

 また背中に汗が滲むのが、わかった。

 リリィが庭側のドアについた鍵を開け、ほんの少し開けた。

「!」

 外を覗いた瞬間、自分の予感が正しかったことを思い知る。


 羽音を立てながら、淡い黄色のグリフォン――ソリスがゆっくりと降りてきたからだ。

1月28日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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