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2.一つ目の卵

「つまり、盗賊団は少なくとも二手に別れてた、ってことだわな」


 疑わしげだった青年の表情が、一瞬で精悍なものに切り替わった。

「ということは、もう一戦か」

「おいおい、ちょっと待てって。こっちの方が本隊だと思うぞ」

 地理にはあまり詳しくない俺でも、サートレイトは良くわかる。次の目的地だったからだ。スチフマーダよりもはるかに大きな街で、防備もしっかりしている筈だ。そこを襲えるのなら、それだけ人数が多いか、精鋭で固めてあるか、あるいは装備がより良いか。

「こんな所に隠れていたって、すぐに見つかるさ。何より奴らはもうすぐそこだ」

「げ」

 確かに馬の蹄の音は相当大きい。機嫌の良い歌声や怒鳴り声まで聞こえてきた。身を隠すにも気配の消し方など知らない俺がいては、見つかるリスクの方が高い。

 またもや情けないことになってきた。

 青年がランプの火を消した。物置は暗闇に満たされる。彼は声を落として言った。

「君はここに隠れていろ。また捕まりでもしたら、困るからな」

 その言葉には若干の苦笑も含まれていたが、むしろ俺には気遣っているようにも聞こえた。

「出ていくにしても、もうちょっと策を練るとか――」

「残念、時間切れだ」

 俺が止める間もなく、青年はするりとドアを開け、外に出て行った。彼がドアを開けたことによって、盗賊団の気配が俺にも感じ取れる。


 というより。青年がやや開けた道の真ん中に立った頃には、すでに皆々様はご到着なさっていた。


「――っ!」

 ドアの隙間から外を覗き込んだ俺は、息を呑んだ。

 人数など規模は先ほど青年が言っていたので、十分覚悟を決めていた、つもりだった。しかし、三十人以上の人間、十五頭ほどの馬、三台の馬車以外に、巨大なオルトロスがいては、衝撃を受けても仕方がないと思う。

 オルトロスは二つの頭を持つでかい犬だ。背の高さで3m半ほど、頭を持ち上げれば5m近くにもなる。動きは俊敏で、二つの口はヒトなら一撃で噛み千切れる大きさがある。戦闘力の割りに扱いやすいことから、騎獣部隊なんかではちょくちょく見かけられるらしいが。

 このランクの魔獣を盗賊団が飼っているなんて話は聞いたことがない。

「頭ァ! あれ!」

 松明を持った男が大声を張り上げた。一斉に止まる馬と車。半数以上がすでに武器を取り出している。

 青年が、盗賊団の連中からの明かりにぼんやりと照らされる。その顔は無表情だった。

 怯える馬を押しのけるようにしてオルトロスがゆっくりと前に出てきた。その首には首輪が、背には鞍がつけられていた。

「誰だ、貴様」

 鞍に座っている大柄な男が言った。顔つきからすると、こいつがこの盗賊団の首領だろう。ギラギラとした目と、顔やむき出しの腕に走る傷跡が、潜った修羅場の数を示している。

 オルトロスは良く躾けられているのか、一息で飛びかかれる距離でぐるぐると唸り声を上げた。

 俺なら震え上がり小便漏らすこと確実な場面でも、青年はすっきりと背筋を伸ばし、やけに芝居がかった声で堂々と答えた。

「悪党に名乗る義理はない。後ろの仲間共々、己の悪行を悔いながら逝くがいい」

 青年の台詞は、盗賊たちを本気にさせるには充分だった。

「ああっ!?」

「おい、見てみろ! あの生首、ありゃテムズだぜ!」

「それだけじゃねぇ、ブルも、サンチェスも!」

 青年の後ろに広がる現場が目に入ったのか、怒りと苛立ちがざわめきと共に広がっていく。しかし、それでも盗賊たちは武器を構えただけで、動こうとはしなかった。全員が動く前に、オルトロスに乗った男を窺っている。

 マズイ。

 こいつらさっきの奴らよりも統制がとれている。よく見れば、大雑把ながら役割分担もしているらしく、比較的青年に近いほうは剣や斧を持ち、後ろのほうは弓や魔銃で武装していた。

 頭目と思しき男は、呆れた様にため息をつくと、口を開いた。

「――用意」

 近接武器を持った連中が、一斉に左右に散った。動かなかった者はすでに弓を引き絞るか、魔銃を構えている。

 青年は大剣を肩に担ぐようにして真っ直ぐ立ったままだった。

「――ぅてェ!」

 矢が十五条ほど、魔銃による黒魔法が五発ほど、放たれた。

 青年の反応はやはり化け物じみていた。大剣を思い切り地面に叩きつけたのだ。地面が捲り上がり、轟音が響き、大量の土と石の壁がほんのつかの間立ち上がる。

 少し離れていたからか、青年の動きは何とか見えた。

 一部の矢と魔法は即席の壁を突き抜け、交錯するが、すでにその場に青年はいない。彼は、捲り上げた地面を目くらましにして、かなりの距離を飛び退いている。そして、避けたと思ったときには、正面のオルトロスに向かって突っ込んでいた。

 盗賊団にしてみれば、土煙の中から突然大剣が飛んで来たようなものだろう。大した軍事訓練を受けていない奴らなら、この一手で詰みだ。

 しかし、オルトロスは反応した。

「グワゥッ!!」

 青年の横薙ぎをすれすれでかわし、二つある頭で噛み付こうとする。

「ハッ!」

 鋭く笑うように息を吐いた青年は、やはりぎりぎりで二つの顎を避けた。

 それでもオルトロスは追撃した。交互の噛み付きは、息つく暇もない連続攻撃になっている。まるで金属と金属をぶつけるような音が何度も何度も繰り返された。

 オルトロスの背中で振り回されていた頭目は、いつの間にか気持ちを立て直したのか、部下に向かって怒鳴った。

「者共、こいつの足を止めろ! 手段は選ぶな!」

 その台詞に、部下たちは武器を握りなおし、位置を確かめ、攻撃のタイミングを窺い始める。


 そして、俺も我に返った。


 青年がとんでもなく強いのはわかっている。しかし、アジトの中での大立ち回りがあそこまで一方的だったのは、相手が組織としてバラバラだったことや奇襲が成功したことが、大きいかもしれないのだ。そこそこの指導者がいる連携の取れた相手にどこまでやれるのかはわからない。その上、オルトロスまでいる。

 飛び出していって格好良く助ける、なんていうのは論外だが、何人かの注意を俺に向けさせることならできるかもしれない。いや、伏兵の存在を臭わせる程度でも助けにはなるだろう。


 俺はわざと音を立てながら、小屋の奥へ移動した。実際のところ、心臓はバックバクだ。

 ギリギリ物の輪郭がわかる程度の月明かりの中、決定的な音だけは出さないよう注意して歩きつつ、何か武器になるものを探す。出来れば魔銃やクロスボウなど、飛び道具がいい。

 さらに贅沢を言わせてもらえば、魔法爆雷などがあれば派手に場を引っ掻き回せるのだが。精霊魔法や黒魔法を魔力と共に封印した魔法爆雷は、手に収まるぐらいのガラス玉のような外見で、ちょっとした衝撃で封印された魔法が解放されるアイテムだ。対象に向って投げたり、地面に埋めて罠として使ったりする。

 しかし、そんなうまい話が転がっているわけもなく。そもそも武器がありません。俺のように武器を持っている癖に強奪されるような間抜けはそうはいなかったのだろう。

 外の様子を窺う。音や声から判断すると、戦闘はまだ続いているようだ。しかし、こちらに注意が向いている気配はない。


 ふと、棚の一つに目が行った。かすかな月の光を反射した、玉がある。大きさは子供の頭ぐらい。黒い下地に、筆で赤い線を何本かいれたような表面。丸いといえば丸いといった程度で、完全な球体とは言い難い。盗賊団のかなりいい加減な保管の中、これだけは転がり出さないように台座にすっぽりと納められていた。

 何かのアイテムだろうか。もしかしたら役に立つかもしれない。俺は屈み込んでその玉にそっと顔を近づけた。


 カチリ、と。顔を近づけた瞬間、音がした。


 慌てて辺りを見渡すが、何か音を出すような物は見つからない。それに外の様子も、戦闘はまだ続いているようではあるものの、大きな変化は感じられなかった。カチリ。残る可能性は目の前の玉しかない。カチリ。さらに鼓動が速くなるのと同時に、周りの世界が縮まったような感覚。パキパキ――お、音が変わってる――パキン。磨き上げられた石のようだった玉に、天辺から下へ大きな亀裂が走る。

 パグン。

 玉が真ん中から二つに割れた。中に黒っぽい何かが入っていたようだ。

 高い位置にある明かり取りから、より強い光が差してきた。月が雲から出てきたのだろう。

 俺はその光を頼りに、さらに顔を寄せる。


「ク……ァア」

 ソイツが、鳴いた。


 玉――いや卵の中にいたのは、トカゲのようなモノだった。体色は黒で、背中に蝙蝠のような小さな翼、頭にはやはり小さな二本の角が――ってどう見てもドラゴンじゃねぇか!

 小さなドラゴンは伸びをするように体と翼を伸ばした。大きさは子犬ぐらいだろうか。広げても翼は小さい。顔立ちは、一般的なドラゴンのイメージほど面長ではなく、どちらかと言うと哺乳類っぽいか。しかし、その身を覆うのは黒い鱗で、頭のてっぺんから尻尾まで赤い毛らしきものがある。

「……」

 俺は言葉を失っていた。事態がいい方に向かっているのか、酷い方に転がっているのか判断がつかない。この小さな生き物を利用して何ができるか考えるべきなのだろうが、あいにくとコイツがどんなドラゴンの子供なのかもわからないのだ。俺の地元――ラチハーク王国では魔獣を戦力に組み込む方針を未だに拒否し続けている。結果、国内全体で魔獣に対する関心は狩り方のみであって、生態や成長の仕方などは研究調査をしていないと言っていい。そんな国で育った俺に、どれだけの種類があるのかわからない龍種の、それも子供について判断しろというほうが酷だ。

 実際に頭を抱えて唸っている俺を、ドラゴンが見た。目が大きい。ご婦人に喜ばれそうな愛らしさがある。しかし、かすかに開いた口には、やけに鋭い歯が見えた。尻尾をゆっくり振っているので機嫌は良さそうなんだが……。

「クァ、クァ――」

 ドラゴンは奇妙な息遣いで口を開いたり閉じたりし始めた。


「――クチンッ」


 可愛いクシャミが聞こえたのと、俺の左の耳元を赤い光の筋が通り過ぎたのと、俺が、熱ッ!と思ったのが同時だった。

 結果として、俺の命を救ったのは、子ドラゴンのクシャミの角度だった。もしかしたら、顔面にクシャミを吹きかけるのは失礼だと気を使ったのかもしれないが、生まれて一分足らずの生き物にそんな慎みがあったとも思えない。つまりたまたまだったということだろう。


 ドラゴンはクシャミと共に光線だか熱線だかを吐き出したのだ。その赤い光は、俺の顔面左スレスレを通り、小屋の扉を音もなく貫通し、凄まじい振動を巻き起こした。背後から聞こえたのは音というより、圧力だった。実際、俺がいる小屋は地震でもここまではないだろうという強さで揺れる。

 俺は思わずしゃがみ込んだ。

 適当に置かれていたお宝の類は棚と言う棚から落ち、床につまれていたお宝は崩れ、あっちこっちに散らばっていく。ついでにバキバキと木材が割れる音がした。見れば、扉側の壁はほとんど吹き飛んでいる。焦げ臭い熱風が吹き込んできて、息が出来ない。

「あっ、テメ!」

 気付くと、ドラゴンはしゃがみ込んだ俺の膝あたりに避難していた。人懐っこいのか親だと思っているのか、ともかく今のところ俺に危害を加えるつもりはないらしい。

「――っ! アイツは!?」

 思い至って立ち上がると、小屋の外は火の海だった。空気までもが暑いというより、熱い。炎の踊る地面近くには、何か黒っぽいものがたくさんある。ただ、目を凝らしてそれが何か確かめようとは思わなかった。

 動いている人影は見えない。どれだけの爆発だったのか火炎だったのかは不明でも、結果としてこんな場面を見せつけられると、青年が死んだ可能性を考えない訳にはいかなかった。自分でも驚くことだが、俺はショックを受けていた。彼の人柄に好感も持っていたし、その圧倒的な強さに敬意も抱いていた。出来ればもう少し話をして、食事の一つも奢りたかった。

「……」

 へこんでばかりもいられない。さっきの衝撃でガタが来ているだろうし、いつ燃えるとも限らない小屋は危険だ。気合いを入れて外に出る。とりあえずドラゴンの子供も抱きかかえて持ち出してやった。さっきの光線はおそらく事故のようなものだろうし、悪気や敵意もなかった筈だ。コイツが火に強い種類かもわからないし、小屋が倒壊したら下敷きになるかもしれない。


 小屋から抜け出したはいいが、呆然としてしまう。これからどうしよう。火とか消したほうがいいだろうなぁ。井戸から水汲んでコレ消すのどれぐらいかかるかなぁ。つか本格的に森に火が移ったら俺死んじゃうだろうな。馬でも盗んで逃げちゃおうかなぁ……。


「クアー」

 俺の後ろ向きな思考を断ったのは、ドラゴンの鳴き声だった。鼻先を向けている方を見ると、黒いビロードのようなものが綺麗な半球状に渦巻いていた。確かこんな上位結界が黒魔法にあった気がする。俺はまだパチパチいっている炎を避けつつ、慌てて走り寄った。

「――おいっ、生きてるのか!」

「ああ。かなり驚いたが、何とか間に合った」

 青年の声だ。しかも、えらく涼しげ。そしてスルスルと黒魔法の結界術がほどけていく。現れた青年はまたもかすり傷一つ負っていない。小屋の中での俺の気遣いなど、彼には無用だったのだろう。ドラゴンの光線の方がよっぽど危険だったに違いない。

「ふむ。君にも怪我はなかったようだな」

「ああ。耳の端っこに小さい火傷ができたくらいだ。コイツのせいでな」

 青年の前にドラゴンを持ち上げる。途端に青年の顔がフニャッと崩れた。

「ん……? おお? か……可愛い……」

「確かに可愛いかもしれんが、さっきの光線と爆発はコイツのクシャミだぞ」

 俺の皮肉も青年には通じなかったらしい。ドラゴンに指を差し出したり引っ込めたりして遊んでいる。まぁ、あれだけの戦闘力があるなら指を齧り取られることもないだろうが。

 一息ついて辺りを見回すと、炎はほとんど治まっていた。爆発の範囲内にあったものは燃え尽きてしまったのだろうか。チロチロと小さな火もあるにはあるが、これぐらいなら踏み消して回れば十分だ。


 どう行動するにしても、このまま彼とドラゴンに遊び続けられても困る。俺は青年に呼びかけようとしてまだ名前も聞いていないことに思い当った。

「あー、そういえば名前は?」

「ん? この子のか?」

「違う。お前さんの名前だよ」

 デレデレ顔のまま言った青年に思わずツッコんでしまった。それでもボケてるつもりはないのだろう。これまでの会話で冗談が言えるヤツとも思えない。

 俺はさっさと話を進める為に自分から名乗った。

「ああ、俺も名乗ってなかったな。ラチハーク王国メイプラ子爵の子、カインド・アスベル・ソーベルズだ」

 軽く一礼した俺に対し、青年は右の拳で胸あての中央を叩いた。

「僕の名は、ルース――、ルース・アーガード。ただのルース・アーガードだ」

 奇妙な自己紹介をする青年――ルースと、俺はかなり強く握手をし合った。ドラゴンが尻尾を揺らしながら、俺たちの手に鼻を寄せた。



 これが、俺がドラゴンみたいに強い奴とどんな種類かわからないドラゴンとに出会った顛末だ。

初稿9月10日

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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