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19.メイド来訪

 俺とルースは、グリフォンライダー二人に、昨夜泊まった部屋まで送られた。

 イクシスは眠り込んでしまったので俺が抱えている。

 別にフードに入れても良かったのだが、広場では徹底的に助けられたので、これぐらいのことはしてやろうと思った次第だ。


 この後色々と後処理があるというスロウルム将軍は、ドアの前で言った。

「決闘で使った魔弾は、ウチの隊員にでも届けさせよう。出来れば、あまり外に出ないで、部屋にいてくれると助かる」

「お心遣い感謝します」

 これ以上、彼に面倒をかける訳にもいかない。俺は素直に頭を下げた。

「頭を下げなければならないのはこちらの方だ。最も、感謝ではなく謝罪の為、だがな。ルークセントとして正式に一席設けることになるだろう。その時は、詫びもかねて私の秘蔵の一本を開けるつもりだ」

 スロウルムは俺の肩をポンと叩いた。

 大きな手と確かな重みは、彼が戦士であると同時に大人だということを印象付けられる。

「お酒なら、私もラチハークの物を持って来ています。凄いヤツですから、楽しみにしていて下さい」

「ほぉ、それは楽しみだ」

 俺とスロウルム将軍が話をしていると、三角の耳を落ち着きなく動かしていたサラが、意を決した様に口を開いた。

「いっ、一度しか言わないから、良く聞け」

「ん? 何だよ一体――」


「――あ、ありがとう、だっ!!」


 その声量ときたら、まるで戦うときの気合声だった。衝撃で耳が馬鹿になる。俺は圧倒されて、サラをからかう事も思いつかなかった。

「は、はい」

 突如ニヤニヤし始めたスロウルム将軍と耳を伏せたサラは、敬礼をして廊下を去って行った。


 ドアが閉まった途端、ドッと疲れが襲ってくる。

 俺はイクシスを抱えたまま、ベッドに腰を下ろした。

「で……、お前は、何でそんなに静かなんだ?」


 俺の台詞に、さっさと部屋の奥まで引っ込んでいたルースが振り向いた。広場からここへ来るまでずっと黙り込んでいたのだ。

「……反省中だ」

 呟いた彼女は、普段の自信に満ち溢れたハキハキとした表情ではなく、わかりやすく淀んだ顔をしていた。どうやら落ち込み方まで大げさだったらしい。

「これまでそんなことなかったのに。珍しいな」

 俺の軽口に、ルースは大きなため息をついた。

「……君と会ってからは、反省しなきゃならない様なことはなかっただろう」


 そ、そうかぁ?

 憲兵相手に大立ち回りを演じたことや、知らなかったとは言え救援に来てくれたグリフォンライダーに突っ込んでいったことなんかは、反省すべきことじゃないのか……。

 それは置いておいても、ルースの今日の行動で、それ以上にやらかしたことはないと思うのだが。


 ルースは椅子を引き寄せて、俺の斜め前に座った。

「コーヴィン将軍が君に攻撃してきた時、僕は迎え撃った。無手でも止められる自信があったからだ。しかし、相手の技量はそれを超えてきた。結果として君を危険に晒し、イクシスに無理をさせてしまった」

「コーヴィン将軍が、思ったよりも強かったってだけだろ?」

「……あの場面で僕がするべきことは、君をしゃがませるなり引き摺り倒すなりして、コーヴィンの攻撃から逃がすことだったんだ。自分が攻撃することに囚われて、君の安全を確保することを忘れていた。これは反省しなければならない」

 ルースは拳で額を軽く叩いた。

「俺は無傷だったし、イクシスは疲れてるだけだろ。そこまで思い詰める様じゃ……」

「それは結果論だ。――白状すると、君がコーヴィン弟と闘っている時、僕は守りに寄り過ぎていると思った。あれでは勝てない、と。しかし、例え敵を倒しても仲間を殺される様では、本当の勝利とは言えないじゃないか。君の受けっぷりを否定しておきながら、僕自身戦士としては未熟だと……思い知ったんだ」


 俺は戸惑っていた。

 不真面目な俺からすれば、結果が良ければ大体のことは気にかからない。そういう所に拘るからこそ、あそこまで強くなることが出来るんだろうが、全部を背負い込むのは、それはそれでどうかと思う。

 しかし、ルースより遥かに弱く、助けられてばかりの俺が意見やアドバイスを口にするのも変な話だ。

 言葉を上手く整理することが出来なかった俺は、とりあえず声を出した。

「お前が攻めに囚われてるっていうなら、守りに寄り過ぎの俺とコンビ組めばちょうどイイんじゃないかな」

「……」

 ルースは頬杖をついたまま黙り込んでいる。不真面目な俺の下手な言葉では効かない様だ。俺じゃあ守るにしても、時間稼ぎが精々だしなぁ。


 少し考え、慰めの方針を変えることにする。

「あー……。足も冷えたままだし、汗も掻いたし。風呂に入りたいんだが、沸かしてくれないか、ルース?」

「……女給でも何でも呼べばいいだろ……」

 視線を外して呟くルース。想定の範囲内だ。

 俺は膝のイクシスを撫でながら言った。

「そうか、ならもう少し我慢するかな。風呂に入ってる間は、イクシスを抱っこしてもらおうかと思っていたんだが――」


「すぐ沸かすッ!」

 ルースは瞬時に立ち上がり、残像を残して風呂場へ消えていった。


「落ち込むって言ってもその程度か。心配して損した」

「……ぐ。むぐっ……」

 イクシスが身の危険を感じたのか、体を捩った。


 風呂に入ってしまえば途端にやることがなくなった。

 スロウルム将軍が釘を刺してきたので、王宮内をウロウロする訳にもいかない。部屋を出て、また騒動の火種でも作ったら目も当てられない。

 一度スロウルム将軍の部下が魔弾を届けに来てくれたが、サラでもダインでもなく、ただ<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>を十発ほど渡して帰っていった。

 暇を持て余して初めて、本の類すら持ってきていないことに気付いた。盗賊団に攫われる前は普通に先を急ぐ旅だった。夜だってさっさと寝てしまうので、必要なかったのだ。


 時間があると色々なことが頭をよぎる。

 決闘のこと。コーヴィン兄弟とのいざこざ。王女との会話。そして、イクシスのこと。

 今のところ俺の処遇は宙ぶらりんだ。何かしらの決着をつけなければ王宮から離れることは出来ないだろう。それはつまり、ユミル学院には行けないということだ。

 考えれば考えるほど不安になってくるので、無理矢理思考を断ち切った。

 特技のぼんやりだ。


 イクシスを膝の上に乗せ至福の表情を浮かべるルースを眺めたり、ベッドに横たわって体を休めていると、意外と簡単に時間が過ぎ去った。

 夕飯の時間になるとイクシスも起き出し、ルースの膝から離脱した。小さな翼を動かして、俺のフードまで飛んでくる。


「数時間の温もりよりも、結局名付け親か!?」


 蕩け切った顔から一変、ルースは涙目で俺とイクシスを指差す。

「ぐぁっ」

「だからまだ生後一週間も経ってないんだって」


 昨夜とは違い、夕食は部屋に運び込まれた。

 今朝怒鳴りつけてしまった若い娘も含む、数人の女官によってテーブルに並ばれていく。

 大人しくテーブルについていた俺を、女官全員がチラチラと窺って来る。準備を終えた頃、堪りかねた様に若い女官が口を開いた。

「あ、あのっ! サラ様の為に親衛隊の方々と闘ったというのは本当ですかっ!?」

「こ、こら!」

 この場にいる女官の中では年配の、といっても二十代の女性が嗜めた。

「サラ・ゴーシュさんの為に闘ったとなると語弊があるかな……。でも、彼女が一因となった決闘はしましたよ。それが何か?」

 俺の言葉に、少女は勢い良く頭を下げた。

「ありがとうございますっ!! サラ様は、よく私達を助けてくれるんです!」


 サラの日常は知らなくとも、困っている女官を助ける光景は簡単に想像出来る。

 重い荷物を運ぶ女性にさりげなく手を貸したり、必死すぎる兵士に強引に口説かれている少女を庇ったりしているのかもしれない。

 そんな彼女の為に闘ったという噂が、俺の評判を上げているのだろう。実際には、サラの件は単なる口実で、俺は決闘を避けられない状況まで追い込まれただけなのだが。


 それを説明するのも憚られるので、俺は曖昧に笑ってやり過ごした。

「いい加減にしなさいっ」

 年配の女官は、少女に対して怒りながらも、俺に向けるその視線は少女のものと大して変わりがなかったりする。


 女官が全員でお辞儀をして部屋から出て行くと、ルースが言った。

「変なところで評価が変わるものだ。あの娘は今朝、君に怯えていた筈なのに」

「決闘してみるもんだなー……」

 思わず呟いてしまう俺。

「フフ、イクシスが助けてくれなきゃ、負けるか死ぬかしていた男の台詞とは思えないね。それに何より、評価が上がったと言っても、サラの添え物としての意味合いが強いと思う」

「グァーッ」

「もうちょっと夢見させてくれよ!」

 ルースは、イクシスの癒し効果か、普段の態度に戻っていた。俺としてもコレぐらいの方が話しやすい。


 夕食は昨夜と同様豪華で、品数が多かった。

 色々あった昼間のおかげで、より美味しく頂けるというものだ。

 俺もルースもかなりの量を腹に収めたが、イクシスはさらに凄かった。女官が用意してくれた分をペロリと平らげ、俺の皿を逐一覗いてくるのである。幾つか肉や野菜、パンまでやっても足りないらしい。

「イクシス。僕のでよければ食べるか?」

 テーブルの上にちょこんと座っているイクシスに、ルースがフォークを差し出しながら言った。フォークには、小さな口に入るよう切り分けられたステーキが刺さっている。

「……ッ」

 イクシスが肉に向かって一歩踏み出そうとして――止まった。

 体は肉へ向けたまま振り返り、俺を見つめてくる。ルースまで、凄い目力で俺を睨んでいた。


 俺は数秒考える振りをしてから、イクシスに言ってやった。

「……食いたきゃ食っていいんだぞ、イクシス」

「グァッ」

 イクシスがルースの差し出した肉を頬張った。

「……おおおおぉっ……」

 目を輝かせて、ルースは声を上げた。どうやら歓喜に身を震わせている様だ。

 俺は半ば呆れながら言った。

「そ、そこまで嬉しいのか……」

「今までは、僕からじゃ食べてくれなかったんだ、一歩前進じゃないか! ま、まだまだあるぞイクシス!!」

 ルースがとんでもない速さで肉を細かく切り分け、フォークでイクシスに突き付ける。

「ぐむっ」

「ああああ……。これは危険だ、癖になるかもしれないっ」

「……あんまり無理に詰め込むなよ」

 俺は、夢見心地で変な台詞を繰り返すルースに、一言釘を刺さずにはいられなかった。


 ルースは元から大食いだし、今日は俺も普段以上に食事を詰め込んだ。

 しかし、イクシスが食べた量には敵わない。

 多少腹が膨れているのは愛嬌で済むかもしれないが、その小さな体で腹に収めた量が俺とそう変わらないというのはどういうことだろう。確実に胃袋の許容量を超えていると思うんですけど……。

 食事が終わると、やはりやることがなくなる。

 片付けをする女官はさっきの様に話しかけてくることもなかったし、サラやスロウルム将軍が訪ねてくることもなかった。一緒に風呂に入ろうと、ルースがイクシスに何度も語りかけたりしたものの、イクシスの方は食事ほど興味を示さず、フードの中で満腹感を楽しんでいる様子だった。


 風呂から上がったルースと、昼間の決闘について、状況分析や反省を踏まえて話し合っていたその時、小さなノックの音が響いた。

「失礼します」

 入ってきたのは小柄な女官だった。年齢は俺より一つ二つ下ぐらい。栗色の長い髪を二つのお下げにし、胸元に垂らしている。他の女官と同様、黒を基調としたエプロンドレスを着て、小さなヘッドドレスを付けていた。

 誰の趣味なのかルークセント宮殿の女官達が着ているのは、いわゆるメイド服である。

「お茶はいかがですか?」

「……あ、はい。頂きます」

 小さな違和感に囚われた俺は、上の空で返事をした。

 特に呼びつけなくても、女官や使用人は部屋に訪れる。とは言え、時間帯が少し遅い気がした。

 小柄な女官は自然な態度でお茶を淹れている。前髪で目元がわかりづらいが、小作りな顔立ちは可愛らしい。こういう愛らしい唇と上品な輪郭をどこかで見たような……。

「――どうぞ」

 軽く微笑んだ女官が紅茶を差し出してきた時に、目が合った。その目を見て気付く。


「……お、王女じゃねぇか――――ッ!」

 俺は思わず叫んでいた。


「グァッ!?」

「な、何だカインド、突然!」

 フードの中でイクシスがビクッと体を震わせ、ルースが椅子から腰を浮かせた。

 俺は、とりあえず混乱した頭で言える台詞を口にした。

「いや、だから。この娘王女だってば」

 落ち着いた雰囲気を保ったまま、女官は真っ直ぐに立っている。

 良く見れば、昨日今日と見た王女だった。髪の色が違い、目元が髪で隠されていてすぐには判別出来なかったのだ。背丈が記憶よりも低いのは、履いている靴の高さが違うのだろう。

 俺と同じ様に、少女を観察したルースが呟く。

「――む? おお、確かに」

「そんだけかいっ!? 王族が夜にこんな格好で現れたんだぞ!」

「それってどれぐらい凄いことなんだ?」

「サラがこの格好して訊ねてくるのの五倍は凄いわ!!」

「ほぉ、それは凄いな」

「ぐぁー」


 とぼけた事を言うルースと俺で言い合いをしていると、少女は笑い出した。

「――アハッ、アハハハハッ。ここまで驚いてもらえるなんて、来て良かったわ。プッククク……」

 その笑い方は、普通の街娘が上げるものと何ら変わらない。

 昼間の上品な笑い方が印象に残っているだけに、余計に際立っていた。それでも、あくまで自然で演技をしている様には見えなかった。

 俺はまだ笑い続ける少女に、恐る恐る声をかけた。

「……えーっと、王女様でいいんですよね……?」

 少女は片手を差し出し、ちょっと待ってのジェスチャーで答えた。大きく息を吐き、呼吸を整えてから、居住まいを正す。

「はー……っ。久しぶりに笑ったわ。えっと、すぐに説明はするけど。とりあえず敬語やへりくだった態度は止めて。誰かがたまたま覗き込んだ時に、おかしいと思うかもしれないでしょ」

「は、はぁ……」

 俺は曖昧な相槌を打つしかなかった。

 イクシスが俺の肩に前足を置いて少女に顔を向けた。ルースは未だに事態の大きさを把握していないのか、普通にお茶を飲んでいる。


 女官の格好をした王女は、もう一つ紅茶を用意しながら言った。

「それに、あたしのことは……フルールだとややこしいか……リリィでいいわ。間違っても王女様や殿下なんて呼ばないでね」

「わかりまし――いや、わかった」

 とにかく説明してもらうには向こうの言い分を呑むしかなさそうだ。

 俺が言い直したのを聞いて、王女――リリィが満足げに微笑んだ。

 ルースが椅子を持ってきて、さりげなくテーブルに寄せる。

「話が長くなりそうだからな。どうぞ、リリィ」

「ありがとう。近くで見ると尚更美形ね。アレだけ女官達が騒ぐのもわかるわ」

 リリィが席に着き、ルースも自分の椅子に戻る。丸いテーブルに等間隔で着いている状況だ。

 主導権を取りたくて、俺から話を促す。しかし、実は動悸が速かった。

「――で、とりあえずアンタをどう認識すればいいんだ?」

 これでただの悪ふざけだったら笑い話で済むのになぁ。


 そんな風に思いながらも、俺はどこかで覚悟していた。

 予感といってもいい。

 次の厄介事が舞い込んできたのだ、メイド服を着て。


 少女は自分で淹れた紅茶を一口飲んで、話し始めた。

「そうね、まずはそこから言っておかないと。あたしは、昨夜貴方達と食事をし、昼間出会った王女その人です。証拠が欲しければ、どんなことを話したのか言うけど?」

「や、いい。時間がもったいない。それより、ここに来た理由を簡潔に教えて欲しいね」

 俺の言葉に、リリィはにやりと口の端を上げた。意地が悪い笑みとでも言えばいいのか、話の続きが何か不吉なものであると予告している様である。

「一言で言えればいいんだけど、そうもいかないのよね。王女という立場じゃ出来ない頼み事をする為に来た、と思っておいて」

「王女という立場……」

 嫌な予感はしても、話がどう転がっていくのか想像も出来ない俺は、馬鹿みたいな鸚鵡返しをするので精一杯だ。


「まず始めに、フルールっていう娘が、王宮勤めの女官として、ちゃんと存在していることを知っておいて。リィフ・エイダ・サイ・ルークセント王女と顔立ちから体つきまでそっくりな、栗色の髪の女官がね」

「……ほー……」

 ということは。ついさっき目の前の少女は、自分を王女だと言ったんだから……。

 もう一人、フルールという女官がどこかで王女のフリでもしているのだろうか?


 二人と一匹で、少女の話にじっと耳を傾ける。

 彼女の声色から、軽口を挟めない雰囲気になっていた。

「フルールは貴族の娘で、あたし達は幼馴染といっていい関係だった。小さな頃は、ほとんど一緒に育った様なものよ。良く彼女と服装を交換して遊んでいたわ。髪の色が違ったからすぐにバレたし、そんな遊びで満足出来るのは七、八歳くらいまでだった。その内お互いの立場も理解してきて、表立って遊ぶこともできなくなって。……それでも仲は良かったんだけどね」


「……」

 俺にも覚えがある。子供の頃は身分の違いなど関係なく、友情を育めるものだ。そして、そんな友情の方が長続きしたりする。


「で、二年ぐらい前かな、ある精霊魔法をあたしたちは使えるようになった。二人とも精霊魔法の素養があったから、二人で一緒に宮廷魔術師の先生に魔法を教わってたの。光系の幻惑魔法――」

 ルースが顎に手を当てて、呟いた。

「――<七色の薄布>……」

「そ。物の色を変えられるだけなのに、変に難しいアレよ」

 ルースが言った術名に、俺は聞き覚えがなかった。体系的に魔法を勉強した訳ではない俺は、英雄譚に出てくる、戦闘に使われる様な魔法にばかり知識が偏っているのだ。


「で! ここからが本題。お父様が死んでから、王女としての役割も増えちゃってさ。気晴らしを探していたあたしは、フルールに頼み込んで、昔の遊びをもう一度試してみた。今度は服を変えるだけじゃなく、髪の色も変えて、お互い仕草も真似てね。どっちにも演技の才能があったみたいで、結果は大成功だった。――今考えると、それが間違いだったんだけど。ちょっとした政務なら微笑んでいるだけで良かったし、女官の仕事も先輩の命令に従っていればこなせた。あたし達は調子に乗って、しょっちゅう入れ替わってた」

 目の前の少女は、とんでもないことをさらりと告白し始めた。


 本来なら一笑に付す様な話だろう。余裕があれば、嘘のつき方を一から説明していたかもしれない。しかし、一国の王女が外国人の部屋を女官の格好で訪れている。その事実が、リリィの話を信じざるを得ない効果を生んでいた。


「そして、つい五日前――」

「……っ」

 俺は生唾を飲み込んだ。出来れば外れて欲しい予想が頭の中をを駆け巡る。


「あたしのフリをした――リィフ王女の格好をしたフルールが、攫われてしまったのよ。貴方達に頼みたいのはね、あたしと一緒に本物のフルールを助け出して欲しいってことなの」

 真っ直ぐに俺を見ながら、リィフ王女は言った。


 俺は珍しく相槌一つ打てなかった。

 文字通り、開いた口が塞がらなかったからだ。

11月27日初稿


11月27日誤字修正

ルース涙目で俺とイクシスを→ルースは涙目で

闘ったとなると御幣が→語弊が

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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