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17.酷い策

 コーヴィン自身、そして細剣が迫る。

 俺は剣を弾かれ、体の正面がガラ空き。必死に防御体勢を取ろうと足掻くが、自分の体は嫌になるほどゆっくりとしか動かなかった。


 これは……ダメかっ!?


 思わず閉じかけた視界の隅で、小さな影が動いた。

 イクシスだ。

「グァウッ!!」

 俺の肩から飛び出したイクシスが、突き込まれる細剣の先端に噛み付く。小さな体でも相当な勢いだったのか、コーヴィンの細剣は軌道をずらされ、右胸と腕の間、何もない空間を貫いた。衝撃に備えていた俺の全身から冷や汗が湧き出す。

「このっ! 離せぇええっ!!」

 勝負を決める筈だった一撃を外されたコーヴィンは、大声で叫びながら、イクシスに噛み付かれたままの細剣を振るった。

 先端に噛み付いていたイクシスが細剣以上に振り回され――弾かれる様に宙に舞った。

「――イクシスッ!」

 小さな黒い体を視線で追い、叫んでしまう。

 しかし、イクシスは空中で俺をしっかりと見て、大きく鳴いた。

「グアーッ!!」

 まるで心配と叱責を混ぜた様に聞こえるその鳴き声で我に返る。視線をコーヴィンに戻すと、相手は既に次の攻撃に移っていた。また突きだ。

「ぃやぁあああっ!」

「――くぅっ!」

 コーヴィンの叫び声と俺の呻り声が重なる。

 俺は今度こそ体を捻り、コーヴィンの突きをかわした。

 相手の腕が伸びきった所を狙って、剣を合わせるのが精一杯だった。二つの刃がぶつかったが、合わせただけなので軽い音がしただけ。そのまま強引に剣を滑らせ、鍔迫り合いに持ち込み、俺は叫んだ。

「イクシスッ、大丈夫か!?」

「グアッ」

 イクシスが元気に返事を寄越した。


 空中で羽ばたきながら。


 ――と、飛べたんだなお前。

 元々蝙蝠のものに似た翼があるのは知っていた。でも、それはイクシスの体に比べても小さいものだったし、これまで使ったところを見たことがなかったのだ。

 剣に噛み付いた口も歯も無事。地面に落ちることで怪我をする心配もない。

「なら、良しッ。戻って来い!」

「させるかぁっ!!」

 力勝負で押し切ろうと、コーヴィンが交差した細剣により力を込める。

 金属と金属が擦れる嫌な音。

 俺も剣に体重を乗せ何とか堪える。向こうは剣自体が軽く、こちらは剣を握っているのが利き手ではない。条件はそう変わらない筈だが、全く鍛えていない俺がいつまでも持ち堪えるのは厳しそうだ。

 俺はコーヴィンの眼前へ魔銃を突き付けた。

「っ!? またハッタリか、卑怯者めっ!」

 一瞬息を飲んでも、コーヴィンの細剣から力が抜けることはなかった。これだけ牽制に使っていれば慣れてしまってもおかしくはない。

 それなら――。

 俺は、コーヴィンの視線が魔銃から離れないうちに、ゆっくりと引き金にかけた人差し指に力を入れた。目を見開いたコーヴィンが少しずつ動く引き金を見据え、大きく唾を飲み込んだ。

「今更……そんなハッタリなどに……!」

 弾倉が回転し撃鉄が動くのを見て、明らかに怯えだすコーヴィン。例え防御魔法が防いでくれることがわかっていても、銃口から飛び出すモノが怖いことに変わりはない。

 俺はあくまで冷静にじっくり引き金を引いた。

「大体っ、それを撃てばお前が負け――!?」


 がちん、と。撃鉄が落ちた。


「~~~~っ!!」

 コーヴィンが目を瞑った瞬間、俺は剣を滑らせつつ、後ろへ跳んだ。

 俺の魔銃から魔弾は発射されなかった。


 もちろん残弾数を把握した上でのハッタリだ。


 呆けた表情でコーヴィンの目が開くまでに、さらに距離を稼いでおく。

「な……!? 弾切れ?」

「弾切れです」

 呟くコーヴィンに向かって魔銃を構え、引き金を数回引く。がちんがちん、と撃鉄の音がしただけだった。

 これでもう魔銃は使えない。俺は魔銃を腰のホルスターに差し込み、剣を右手に持ち替えた。

 群集から忍び笑いが漏れ、コーヴィン兄弟側の兵士達でさえ苦笑を浮かべているのが見える。

「グーァッ」

 イクシスが小さな翼をパタパタ動かして、俺の頭に乗っかった。微かだが、頼もしい重みに声をかける。

「さっきは助かった。ありがとな」

 トリート・コーヴィンは下を向き、屈辱と激憤を押し殺している。こっちを気にする余裕もないらしい。

 ――今のうちだ。

 俺は出来るだけ口を動かさず、自分でも聞き取れるかどうかの声量でイクシスに呼び掛けた。

「……イクシス、聞こえたら尻尾で俺の肩を叩け……」

 右肩にポンポンと小さな感触。よしよし。

「……酷い作戦を考えた。俺が挑発するから――」

 俺はコーヴィンを見据えながら、ちっぽけな思い付きをイクシスに伝え始めた。



*****

「……っ」

 ルースは奥歯を噛み締めていた。


 頭部から飛び出した耳を小刻みに動かしながら、サラが言った。

「あそこまで怒らせて大丈夫なのか? 勝敗以上に身の危険を心配した方が良さそうな顔色だが……」

 確かにトリート・コーヴィンの怒りは相当なものだろう。兄からの叱責には慣れていても、周囲の人々――特に取り巻きから笑われる、というのは我慢ならないことだったに違いない。

 ゆっくりと顔を上げたコーヴィン大佐からは、怒りを越えて恨みすら読み取れた。


 しかし、ルースの思考は別に向いている。

「命の危険があるぐらいの方が、カインドには向いているかもしれないな」

 サラが驚いた顔をしてルースを見つめた。

「せっかくイクシスが隙を作ってくれたのに、出来たことと言えば鍔迫り合いに持ち込んだ程度。あの場面ならカインドでも一本取れただろうに……」

「い、いやでも……、あれだけ実力差があって、良く頑張ってる方じゃ」

 サラの台詞に、ルースは大きく息を吐いた。

「攻撃を入れなきゃ意味がない。目指すところが回避や時間稼ぎばかりじゃあ、何度凌いだところでいつかは捕まるんだ。もう一歩踏み込むべきだ、うん」

 ルースから見れば、カインドの戦法は受けに寄り過ぎている。今回の決闘には時間切れも増援もないのだ。カインド自身がどうにかしなければ、結果的に待っているのは敗北である。

「カインドには、その攻撃の手段がないんだろう? ヘタな攻撃は結局大きな隙になってしまう。結局負けてしまうじゃないか」

 サラはそう言って視線を決闘を行う二人に移した。

 確かに、かなりの実力差がありながら決定的な一撃は喰らっていないのは、カインドが不用意な攻めに出ていないからだ。

 しかし、やはりルースには歯がゆい戦い方だった。

 戦法の好みや偏りはあって当然にしても、勝つ為の冒険は必ずしなくてはならない。

 頑張っている程度では駄目だ。確実な一撃を与える手段がないのなら、強引にでもその一撃へと繋げる何かが――。


「――コーヴィン大佐が詠唱を始めた……」

 サラの呟きに、ルースは我に返った。

 顔を上げて目を凝らせば、トリート・コーヴィンが小さな声で呪文の詠唱をしている。詠唱の内容までは聞き取れないが、集まる精霊の質からすると、氷系魔法ではないらしい。

 感覚を研ぎ澄ませ見当をつけたルースは言った。

「これは……光系魔法か」

*****



 俺とイクシスの相談が終わった頃、コーヴィンの詠唱も終盤を迎えていた。

「……<光輝の虚像>っ!!」

 コーヴィン大佐が術名を高らかと叫ぶと、彼も含めて周囲の空間が、陽炎の様に揺らめいた。何かがあるのはわかっても、はっきりとは判別出来ない。数秒の後、揺らぎが治まっていくのに合わせて、ヒトの姿が少しずつ見えてくる。

 やがて、コーヴィンが姿を現した。

 三人も。

「ぶ、分身!?」

 野次馬がどよめく中、俺も同じように叫んでいた。

 50cmほどの距離を取っているそれぞれのコーヴィンは、三人が三人とも、残酷さを滲ませる笑顔を見せて笑った。

「ふははっ!! 貴様如きに<光輝の虚像>を使うのも癪だが、さっさと終わらせてやる! 大人しくやられて地面に這い蹲れっ!」

 かなり距離を取っているので、俺の耳ではどのコーヴィンから笑い声が出ているのかはわからなかった。しかし声は一人分だ。実体が三倍になった訳ではないのなら、本体を見極めれば、何とか対応出来る筈。

「行くぞっ外国人!!」

 三人のコーヴィンが同時に一度剣を払い、同時に構えた。

「――グゥゥゥウ――」

 俺の頭に乗ったイクシスが呻り声を上げる。魔法らしき攻撃をする時の呻り声だ。俺は慌てて、小声で言った。

「待て、まだ早いっ! ここは何とか凌ぐから……!」

 イクシスへの制止が終わるか終わらないかのうちに、コーヴィン達は石畳を蹴った。

 少しずつ角度がずれており、三人の軌道が交わるのは、当然俺がいる場所だ。

 俺も相手も危険だが、背に腹は変えられない。俺は魔法爆雷を使うつもりで、腰のバックに左手を入れた。手にガラス球のような感触と、魔弾の硬い感触。


「――!」

 瞬間的に思い付く。


 俺は魔弾を掴めるだけ掴み、迫って来る敵へと投げつけた。

 十発ほどの魔弾は自然にばらけ、三人のコーヴィンに向かって行く。俺は今まで以上に目を凝らし、魔弾の行く末を観察した。

 俺から10mほどの所で魔弾がコーヴィンまで達する。最初に中央のコーヴィンに魔弾がぶつかる――ことはなかった。鎧や服に魔弾が吸い込まれる。次いで俺から見て右のコーヴィン。こちらも魔弾は跳ね返されることもなく、コーヴィンの体に入る。左のコーヴィンには、胸当てへ魔弾が飛び――弾かれた!

「はぁああああっ!!」

 コーヴィン大佐の叫び声と共に、三つの細剣が俺の顔面へと突き込まれるが、中央と右は無視して、左の細剣にのみ集中する。

「……っ!!」

 目を瞑る訳にはいかない。

 右に一歩踏み出し、体を捻る。三本のうち、左のコーヴィンが突き込む細剣だけを必死で避けた。

 顔の真横を敵の攻撃が通過する。中央と右の細剣は、眉間とこめかみに触れたのに、何の感触もない。

 心の底からほっとした。魔法によるまやかしだとわかっていても、顔に攻撃される状況を見せつけられるのは怖い。とは言え、安堵に浸るのは後だ。

「たぁ!!」

 俺は、左から右への横薙ぎのイメージで剣を振るった。俺の剣が二人のコーヴィンの幻影をすり抜けていく。

「――ぐぅお!?」

 コーヴィンが初めて俺の攻撃に対して焦った様子を見せる。伸ばした腕を引き戻し、細剣の鍔で俺の剣を受け止めた。


 火花が散り、<光輝の虚像>によって作られた幻影が消えた。


 またも鍔迫り合いになる。しかし先程と違うのは、俺は利き腕で剣を振り、しかも左手は空いているのだ。両手で柄を握り直し、口を開く。

「ま、魔法で出したお仲間が……っ、消えてしまいましたね!」

「おのれっ、あ、あんな泥臭い……っ、手でえっ!!」

「あ、あんなハリボテっ、泥臭い手で十分ですよっ!」

「貴様ぁっ!!」

 コーヴィンが体ごと詰め寄り、次の瞬間飛び退った。流石に不利な状況での鍔迫り合いは嫌だったらしい。

 一度押された俺が追撃する間も無く、距離を作られる。

 だが、向こうから退いたのは初めてだ。俺は笑みを浮かべた。

「……魔法って言っても大したことないですねぇ」

「な、何だと!」

 俺の台詞にコーヴィンが唾を飛ばした。

 これだけ反応がイイと、つい調子に乗ってしまう。

「だって、兵士見習い一人まともに捕らえられないじゃないですか」

「い……、一度捕まった身で何を言う!!」

「アレ、そうでしたっけ?」

 阿呆の様に聞き返す俺に、コーヴィンはワナワナと体を震わせた。

「……ならっ! 思い出させてやるっ!!」

 芝居がかった仕草で左手を振ったトリート・コーヴィンは、こちらを見据えながら呪文の詠唱を始めた。詠唱から魔法の種類を判別出来るほど精霊魔法には詳しくないが、ついさっき聞いたものと全く同じなら間違うこともない。


 ――氷系魔法だ! これなら……!


「イクシス、頼むぞ。あくまで自然にな」

「グァッ」

 俺はコーヴィンから目を離さないように、扇状に移動した。

 俺と相手の間に、イクシスが爆発系魔法で穿った直径50cmほどの穴があったのだ。途中に障害物があると、マズイ。幸い、呪文を唱えているコーヴィン大佐は、こちらの動きに合わせて移動することはなかった。

 穴は俺から見て右側、ややコーヴィン寄りの位置になる。

 剣を両手で握り締め、俺は腰を落とし、構えた。

 コーヴィンの周りに氷の結晶が現れ始める。

「――<冷氷の錐>! くふふふ……、さっきの三倍は魔力を込めてやったぞ……」

 嫌らしく笑うコーヴィン大佐の言う通り、氷の結晶は、さっきよりも数が多かった。ゆっくりと漂っていながら、まるで発射寸前の矢の様に、獲物を狙う殺気が感じ取れた。

「……同じ手は二度喰いませんよ」

「そこまで言うなら試してやるわ!! 行けぇぇええええっ!!」 

 氷塊が一瞬動きを止め、一斉に俺を目指して飛んで来る。その数は三十を軽く越えている。

 俺は後ろに跳びつつ、叫んだ。

「イクシスッ!!」

「グルァアア――――ッ!!」

 頭のすぐ上でイクシスが叫び、炎の塊が吐き出された。

 俺の拳より少し大きい炎の塊は、一直線にコーヴィンへ向かって行く。速度は<冷氷の錐>に比べると遅い。思ったよりも俺に近い位置で、氷塊の礫と渦巻く炎がぶつかった。

 さっきよりも小さな爆発。魔法爆雷程度だ。それでも爆風と土煙が巻き起こった。


「――ッ!?」

 広がる土煙を貫くように、五発ほどの氷塊が飛び出してくる。

 最初に着弾した氷塊は、退いた俺の足元、次が足の甲、三つ目がブーツの脛に当たった。残りの二つも近くの石畳に当たり、一つの大きな氷を形作っていく。

 足掻く暇もなく、俺の両足は膝から下が完全に凍りに埋まっている状況になった。

「――くそっ! つめてえェ!!」

「ハッハッハッハァーッ!」

 コーヴィンが高らかに笑う。

「同じ手を、さっきよりもしっかりと喰らってしまったな外国人!」



*****

「ああ……、あの馬鹿っ! 挑発しすぎるから……っ」

 サラが呻く様に言った。

 少し晴れてきた土煙の中、氷に動くことを封じられているカインドの背中が見て取れた。

「確かにずいぶんとしっかり喰らったものだ」

 ルースはむしろ感心しつつ呟いた。

 イクシスの精霊魔法で相殺出来ると思い込んでいたのか、カインドはほとんど避けていない。先程は地面に氷の塊が連なるぐらいには逃げていたのに、だ。

 三角の耳を伏せたサラが、ルースに青い顔を向ける。

「両足を封じられたら、コーヴィン大佐の攻撃なんて――」

「避けることも出来ないだろうな。今まで何とか凌いでいたのは、全身を使っていたからだ」


「だから何でそんなに落ち着いてるの!?」

 自分が戦うことには慣れていても、誰かの戦いを見守ることには慣れていないのだろう。サラは戦士にあるまじき狼狽を見せていた。

 何を言っても食って掛かられそうだったので、ルースは簡潔に説明を試みた。

「カインドが諦めていないからだ」

 彼の瞳に諦めの色は見えない。むしろコーヴィンの一挙手一投足を逃すまいと、見開いている。

 例え短い付き合いでも、わかることはある。

 あの目は、やれることは全部やっている目だ。

「そ、そんなこと言ったって、今から何が……!?」


「僕なら氷を砕くところだが――」

 そう言った後で、ルースは気付く。

「あ……、イクシスがいない?」


 いつもカインドから離れようとしないイクシスの姿が見えなかった。

*****



 一頻り笑ったコーヴィンは大きく深呼吸すると、言った。

「――さあ、これで今度こそ……、終わりだぁあああああっ!!」

 台詞の最後を気合声に変え、未だ晴れきってはいない土煙を切り裂き、向かって来る。足元は見えなくても、しっかりと俺に狙いを定めた細剣の先端は、やけに目に付いた。そして、すでに勝利に酔っているコーヴィンの顔も。

 30mほどの距離は数秒で詰められる。


 その間に俺に出来ることは――、イクシスを信じることだけだ。


 目を見開いて、その時を待つ。

「死ねえええええ――」

 あと一歩。

 そこから細剣を突き出せば、地面に縫い付けられた俺に、決定的な一撃を入れられるその位置で。


 コーヴィンはつんのめった。

「――え?」

 足を取られ、バランスを崩し、派手に転ぶ。

 彼が地面に倒れたことで、土煙がいっそう晴れた。

 正面広場が静まり返り、俺以外の全員が呆気に取られたのがわかった。


 コーヴィンは俺のすぐ前に、うつ伏せで体を投げ出していた。何が起こったのか全く理解出来ていない様子で俺を見上げている。

 気の利いた台詞でも言ってやろうかとも思ったが、その間に起き上がられても困る。

 俺は、にやりと口の端を持ち上げるだけにしておいた。コーヴィンからすれば、さぞかしムカつく笑顔に見えることだろう。

 倒れたコーヴィンの足元、ようやく土煙が晴れた石畳の上で、四つの足で踏ん張るイクシスが鳴いた。

「グアッ!!」

 さっさとやってしまえということだろう。

「せいっ!」

 俺は、両手で握った剣を、渾身の力を込めてコーヴィンの脳天へ振り下ろした。腰を落とした状態で足を凍らされたので、体重を乗せるのにそれほど不都合はない。


 パリン、と薄い食器が割れる様な音がして、あっけなく防御結界が砕けた。


「――勝者、カインド・アスベル・ソーベルズ!」

 スロウルム将軍の声が響き、野次馬達から声が上がった。

 しかし、それは俺を褒め称えるものではなく、どちらかと言えば不満の方が色濃いものだった。不満の矛先は俺かコーヴィンか、あるいは両方かも知れない。

 イクシスが石畳を跳ね、俺の体を伝って肩に乗って来た。

「グァーッ」

「お疲れさん」

 勝利の鍵に労いの言葉をかけていると、スロウルム将軍、サラとルースもこちらに来ているのが見えた。

 若干の苦笑交じりだが、皆笑っている。

 格好悪くても誉れにならなくても、ウケてもらえたのなら、俺としては大満足である。

「な……なに、が……」

 まだ地面に倒れたまま呆然としているコーヴィンに、俺は剣を収めながら言う。

「だから、イクシスに足を引っ掛けさせたんですよ」

 それが、俺の酷い策、ちっぽけな思い付きだ。

「そ、そんな子供騙しに……」


 ――子供騙しに負けたアンタが何を言うか。

 俺はその言葉を飲み込んだ。

 コーヴィンにしてみれば、罵倒もツッコミも解説もいらないだろう。決闘が終わったのだからこれ以上怒らせる必要もない。


 代わりに、近付いて来るルースに向かって声を上げた。

「なぁー、ルースー! 足の感覚がなくなってきたんだが、コレ溶かせるか?」

11月16日初稿


2月24日指摘を受けて誤字修正

米神→こめかみ


2013年12月3日指摘を受けて誤字修正

子供騙し負けたアンタが→子供騙しに負けた

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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