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14.王都の騒ぎ

 イクシスの我慢が限界に達したと判断した俺が、小さなドラゴンを保護してやったその時、ドアが音高く鳴った。

「はい」

 先程の反省を活かし、穏やかな声で返事をする。

 入ってきたのは鎧姿のサラと、朝食を運んでくれた若い女官だった。

「おはよう」

「ああ。この娘が入りづらそうにしていたぞ。お前達、何かしたのか?」

 俺達の挨拶に、サラはキツイ視線を返して来た。

 彼女の背に隠れていた女官が、慌てた様子でお辞儀をして、朝食の片付けを始める。

「怖い夢を見たんでね、寝起きが悪かったんだ。さっきちゃんと謝ったぞ」

 サラに向かって何度も頷いてみせる女官。

「ふん、私には謝ってない癖に……」

「あ、そう言えばそうだった。胸とか掴んでゴメンなさい」

「わざわざ思い出させるな!」

「――ッ!」

 俺の台詞に引いたのか、新人女官は焦った様子で片付けを済ませ、そそくさとお辞儀をして部屋を出て行った。

 サラをからかう代償とは言え、少々高くついた気がする。


 当の女騎士は、俺の評判等知ったことではないのか、本のページを捲るように話題を変えた。

「街に――王都クルミアに行くつもりはあるか?」

「ああ、ぜひ行ってみたい。昨日はグリフォンで空から見ただけだったからな」

「王宮に閉じ込められても窮屈で気が滅入るだろう、という王女殿下のご配慮だ。確か補充が必要だと言っていただろう、王都で済ませてしまえばいい。流石にお前達だけで宮殿を出るのを認めるわけにはいかないから、私が同行することになるがな」


 有難く王女の配慮に乗らせてもらうことにして、俺達は王宮を出た。


 俺もルースも普段通りの軽鎧にマント、イクシスは俺のベストについたフードの中だ。

 サラは出会ったときと同じ全身鎧を着込み、腰には剣が下がっている。

 重厚な門を潜り、堀にかかった橋を超えると、緩やかな下り坂が王都の中ほどまで続く。王宮自体が小高い丘の上に建っていることになる。

 手前の方は高い建物が余裕を持って配置され、その向こうに比較的小さな建物が乱立している。

 王宮の玄関から続くこの道が、そのまま南の大通りになるようだ。

 やや高い位置からの王都の街並みや活気は、素晴らしかった。何も空から見なくても、俺にはここからの眺めで十分だった。


 緊急事態には外すことが出来る跳ね橋を超えれば、そこからが都の本番である。

「流石に人が多いな……」

 ルースが感嘆しつつ呟いた。

 石畳で舗装された大通りは、馬車が七、八台が横一列になっても平気な幅がある。とは言え実際にゆっくりと進む馬車は、行きと帰りで二台ずつで四台と、半分ほどしか使っていない。

 それ以外はヒトの群が占領している。

 種族も様々だ。

 人間以外だと、やはりエルフやホビットが目立つ。エルフには浮世離れした雰囲気があるし、ホビットは子供かと思うと顔がおっさんだったりする意外性があるのだ。彼らを見ると、兵士か冒険者風の装いの者が多いが、街娘の服で忙しそうに走るエルフともすれ違った。

 隊長が言っていた様に、一目で獣人とわかる者はほとんどいない。良く見ると耳が尖っていたり、少々毛深い手をしている御仁がいるかな、というぐらいだ。

 サラのような先祖返りは相当珍しいのだろう、その整った容姿と獣耳が相まってかなり目立つ。

 まぁ、獣耳がなくても異常に視線を集めるルースと、ベストのフードに小さなドラゴンを入れた俺が一緒なので、目立っているのは彼女だけではないんだけど。


 先頭をズンズンと歩いて行くサラを追いかけて、大通りを進む。

 大きな料理屋、服飾店、武具屋。やはり王都の中央に近い店は繁盛している大手らしい。

 いくつか覗いてみたい所があったのに、サラは歩調を緩めることなく、どんどん行ってしまう。ヒトが多いので、見失ったら大変だ。ルースはともかく、俺は少し早歩きで付いて行った。

 気付けば結構な距離を歩いていた。丘の上にある筈の王宮はもう見えない。


「ここが魔道具の専門店だ。品揃えで言えばルークセント一番だろう」

 サラが足を止めたのは、大通りから一つ角を曲がって数分歩いた先にあった店の前だった。

 ガラス張りの正面に、やや大型の魔銃が数丁、綺麗に並んでいる。

 子供たちがガラスに顔をくっつける様にして並ぶ光景が微笑ましい。

 店内に入れば、魔銃本体に各種魔弾が整然と陳列されていて、武器というより美術品の様相だ。

「おおー……」

「ぐぁー……」

 ルースやイクシスは物珍しそうに見ているが、ラチハークでこういった店に慣れている俺としては、むしろ懐かしささえ感じてしまう。尤も、俺が通っていた魔道具屋はもっと乱雑でどこに何があるかは掘ってみなきゃわからないような所だった。

 とりあえず昨日までに減った分、<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>が込められた魔弾は買うとして。

 実戦での経験から、もう少し選択肢を広げたいと思っていたのだ。

 値段が三倍ほどの<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>を六発。とは言え、俺の持つ魔銃で撃てるサイズだと、威力はそこまでではない。ほとんど気休めである。

 もっと大型の魔銃なら、もう少しランクの高い魔法や、より魔力を込めて威力の強い魔弾を撃てたりするのだが、流石に旅の途中で買えるような値段ではない。

 魔銃は威力を求めると、大きさと値段が加速度的に増えていくのだ。


「ルース、あんまり何でも触るな」

 手当たり次第に手に取るルースに、俺は声をかけた。

「ふわっ!?」

 驚いたルースが、ちょうど眺めていた魔法爆雷を落としかけるのを、彼女の手ごと押さえ付け、何とか阻止する。

「――っと! 危ねぇなぁ。こんな所で爆発させてみろ、誘爆して店だけじゃ済まない規模になる。悪い意味で王都の歴史に名前が残るぞ」

「そっ、そうなのか」

 食事抜きで一泊の宿泊代にはなる魔法爆雷を二つ。こちらも威力的には、ルースの放つ<舞い散る毬栗(バモベクナッド)>よりもランクの低い<弾ける傘(ベモベッツル)>程度の物だ。陽動になら使えるかもしれない、ぐらいの保険である。

「いらっしゃいませー。魔法爆雷が二つに、38口径<打ち抜く煉瓦(ウォールド・テルーブ)>弾が六発、38口径<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>弾が――」

 金額は全部で、金貨一枚――銀貨十枚ほどになった。

 覚悟はしていても、結構高い。

 俺が財布を探っていると、サラが横から口を出してくる。

「ルークセント軍グリフォン部隊宛で請求してくれ」

 店主も心得た様子で、すぐに証文を取り出し、サラにペンを渡した。

「――いいのか?」

「スロウルム隊長が保障すると言っていただろう。……というか、これは軍としてのメンツの問題だ。憲兵隊に保護されていた者が、敵との交戦で損失を負っていては、面目が立たない。出来うる限りは保障して当然だ」

 証文にサインをしながら、サラは固い口調で言った。

 そういうことなら遠慮せず、奢られるしかない。

 買い終えた品を、すぐに装填出来るよう剣帯から下げたバッグに入れる物と、荷物にする物とに分ける。最後に<貫く枯れ葉(ハサー・テルーブ)>を魔銃に装填し、ようやく弾倉が全て埋まった。

 頼もしい重さを取り戻した魔銃をホルスターに戻し、俺は口を開いた。

「さて、俺の用事は済んだ。ルースは何かあるか?」

「血塗れになったブーツの代わりが欲しかったんだが。昨日部屋にあった、このブーツが貰えるなら、これで十分だ」

 ルースが自分の足を持ち上げ、ぴったりとしたラインの細いブーツを示して答えた。

「もちろん自分のものにして構わない。靴屋に行って、自分で選ぶのも自由だ。当然軍が支払うから、料金の心配はしなくていいんだが……どうする?」

「いや、これでいい。むしろ、昨日まで履いていた物より遥かに上等で、気後れしてしまうな」

 ということは、せっかく王都まで出て来たというのに、もう用事は全て片付いてしまったのか。


 天気は良く、過ごしやすい気温、時間も昼前。このまま帰るのは少し勿体無い。

 店を出ると途端に目的がなくなる。俺はサラに問い掛けた。

「補充を終えたらすぐ王宮に戻れ、なんて命令は受けてないよな?」

「当たり前だ。我々はお前達を軟禁している訳じゃないぞ」

 顔を顰める女騎士とは対照的に、ルースは輝くような笑顔で言った。

「それならもう少し見て回ろう! こんな大きな街は初めてなんだ!」

「ぐーあー!」

 サラの反対もなかったし、俺も王都見物はしたかったので異論はない。


 とは言え、王都クルミアで一番の観光名所は宮殿だ。それ以外にコレといった目玉はなく、他所にはない珍しい点は、ただただヒトが多く店が乱立していることぐらい。

 俺も最初ははしゃいで色々と覗いていたが、数軒も店を冷やかした頃には、ここまでヒトがいるかという大通りの混雑ぶりに、かなり疲れてしまった。

「カインド、君も食べるか?」

 未だ元気が有り余っている様子のルースが、どこからか買ってきたのか、パンに野菜や揚げた肉を挟んだ軽食を差し出して来た。

「どうせなら、どこかで腰を落ち着けて食事にしたいね」

 俺はそう言ってから、パンを一口分千切って、イクシスの口に入れる。

 サラが軽く息をつきながら言った。

「同感だ。私の知っている店で良ければ、そこに行こう」

 いつの間にか、南の大通りも中ほどまで来ていた。この辺りまで来ると、こじんまりとした店が増えてくる。人数もだいぶ落ち着き、ゆったりと歩くことが出来る。


 サラが入っていったのは、そんな場所にある料理屋だった。

 それほど広い訳でもなく、八人ほど座れるカウンターに、テーブルが五つほど。椅子はほぼ埋まり、結構な混雑をしている。

 サラが店内に入った途端、何人かの客が驚いた表情を浮かべ、彼女に声をかけた。顔馴染みらしい。

 普段よりほんの少し柔らかい口調で挨拶するサラを追い掛けて、奥に空いていた小さなテーブルにつくことが出来た。それぞれ剣をテーブルに立てかけ、質素なデザインの椅子に腰を下ろす。

 すぐに、店主と思しき年配の男性が、水を入れたグラスを持って来る。

 テーブルに座ったイクシスをちらりと見たが、特に驚いたり騒いだりはしなかった。やはり魔獣持ちが良く訪れるので、珍しい光景じゃないんだろう。

「男連れとは初めてじゃないかね、サラ嬢。それもこんな美形とは……今週はこの話題で持ち切りになるよ」

「任務上のことです。私的なものじゃありません。とりあえずピザを三人前。あとメニューを下さい」

 笑いをかみ殺すような男性の物言いに、サラは冷静な口調で返した。取り付く島がないとはこのことだ。

 それでも店主は人の良い笑みを浮かべ、カウンターの向こうへと去った。

「なかなか人気者じゃないか、サラ」

「珍しがられてるだけだ。狼獣人でグリフォンライダーだからな」

 どうでもよさげな口調でサラが言った。


 俺の隣に座ったルースが呟く。

「ああ、そうか――『咎食』ベクター・ウルフ・サイフォン……」

 ベクター・サイフォンは狼獣人にして、最初のグリフォンライダーと言われている英雄だ。彼もまた二百年ほど前の人物で、アレイド・アークより少し下の世代になる。アレイドや彼の四人の弟子達よりは知名度が低いが、魔獣に乗る者からは多大なる尊敬を集める、シブめの英雄と言える。当然、魔獣騎兵国家たるルークセントでは人気がある筈だ。

 狼獣人かつグリフォンライダーであるサラは、何かと彼を引き合いに出されることも多いだろう。

「まさか苗字がサイフォンとか言うんじゃないよな?」

 少し意地悪な俺の質問に、サラは大きくため息をついた。

「それももう何十回と言われてる。私の名前はサラ・ゴーシュだし、『咎食』ベクターとの血縁関係は一切ない」


 そんな話をしていると、二十歳くらいの女給が熱そうなピザを抱えて来た。何故か凄い笑顔だ。

「サラ、久しぶり。厨房は彼氏連れだって大騒ぎよ~。今度紹介してね!」

 その台詞に、サラは頭を抱えた。

「だから任務中だと言ってるのに……」

 このまま泳がすのも面白いとは思うが、サラに全部任せるのは少し可愛そうなので、俺は助け舟を出した。

「我々はラチハークからの旅行者です。今回縁があって、サラさんに命を救われまして。そのまま護衛をしてもらっているようなものなんですよ」

「ぐあー」

「まぁ、そうなんですか。あらあら、可愛らしい子ですね~」

 女給はイクシスにも笑顔を向けた。ピザをテーブルに並べ終えた彼女は、一頻り頷き、ルースに顔を寄せて口を開いた。

「この際、どうです? この娘引っ掛けて、お国にお持ち帰っちゃうっていうのは」

「?」

「エイミィ!!」

 ルースがきょとんとした顔で止まり、サラは三角の耳をピンと尖らせて怒鳴った。

「では、ごゆっくり~」

 最後にサラにメニューを渡すと、女給は満足した笑顔を見せて、自分の仕事に戻っていった。何となく、あの女給とサラとの、普段の関係がわかった様な気がする。からかう側とからかわれる側がはっきり分かれているタイプの友人関係だ。

 サラは頭を抱えたまま、顔を伏せ、せっかくの温かい料理に目もくれず、呻っている。

 そして、店内の客の大半は、そんな女騎士を慈しむ目で見守っていた。加えて、極一部の客はもう少し強い、嫉妬交じりの視線をルースに送っていたりする。

 ルースが俺の袖を引いた。

「なぁ、何であの娘は、君じゃなくて僕にあんなことを言ったんだ?」

「お前の方が、サラに釣り合うと思ったんだろ」

「う~ん、確かにカインドじゃあ、サラを抱え上げることは出来ないだろうけど……」

 まだ良く理解していないらしいが、一から説明するのは面倒だ。


 俺はルースの勘違いは放っておくことにして、ピザを食べ始めた。

 シンプルながら熱々で、味付けも好みだった。王宮ではスープでもお茶でも熱すぎるような料理は出て来ないので、これぐらいの温度が恋しかったのだ。

「ぐふぁっ、ぐぁっぐぁっ」

 イクシスと一緒になってハフハフ言いながら、ピザを片付けていく。

「いい加減、回復しろよ、サラ。ピザが冷めるぞ」

「言われなくてもわかってるわよっ!」

 俺の言葉に、サラは顔を上げた。完全に赤面している。

「からかわれるのも、好かれてる証拠だって」

「フンッ、適当な慰めなんかいらない」

 サラは怒涛の勢いでピザを口に詰め込んだ。


 その後は追加注文をしても、特に何か言われることもなく、俺達三人と一匹はゆっくりと食事を堪能することが出来た。

 全員で七人分ぐらいは平らげ、テーブルには皿が高く積まれたぐらいだ。


 そろそろ出ようかという話になり、俺が少し重くなったイクシスをフードに納めた頃、店の入り口が乱暴に開いた。

 入ってきたのは、騎士が二人、従者らしき者が三人だった。先頭の男は、豪奢な鎧に身を包み、その上に非常に高級そうなマントを羽織っている。騎士は二人とも細剣を腰に下げ、従者は身長と同じくらいの槍を持っていた。

「――!」

 彼らの顔を見たサラの表情が苦いものに変わった。

「出よう」

 小さく呟いたサラが剣を帯び、席を立った。

 その態度に引っかかるものを感じつつも、俺とルースは急いで後を追いかける。

 その時、店の中ほどまで進んでいた騎士が、大きな声で言った。

「何だ、臭うかと思えば、グリフォン部隊の紅一点ではないか」


 雑然としていた店内が、彼の言葉に静まり返った。


 サラの足が止まり、ゆっくりと騎士に顔を向ける。彼女は礼儀を欠かない範囲で最低限の敬礼をした。俺に向けるよりも遥かに冷め切った視線を彼に送りながら、言った。

「お久しぶりです。コーヴィン大佐」

「魔獣師団は暇そうでいいな、ゴーシュ。いやぁ、男連れで食事とは恐れ入った」

 嫌味たっぷりの台詞を言いつつ、コーヴィン大佐と呼ばれた騎士が歩み寄って来る。

 店内から非難のざわめきが起こるが、取り巻きの従者の一睨みで静まってしまった。

 コーヴィンということは、あのコーヴィン将軍の血縁者なのだろう。厳つい顔立ちと高圧的な表情は、どこか似ている。よく見れば、耳がわずかに尖っていた。それでも、やはりエルフらしさは耳以外見受けられない。

 彼は、もう一人の騎士と一緒に、いやらしい笑みを浮かべながら、サラを舐める様に見下す。

「やはりあれか。グリフォンと共に生活していると、飼い主も節操がなくなるのか?」

 サラの硬そうな茶髪がざわりと逆立った。

 コーヴィン大佐は気にした様子もなく続ける。

「それとも獣人には元々節操なんてものはなかったかな?」


「ちょっとアンタいい加減に――」

 つい先程楽しそうにサラと会話をしていた女給が、そこまで言って言葉を詰まらせた。従者の一人が槍を彼女に突き付けたのだ。

 コーヴィン大佐のあまりの態度についていけなかった俺は、そこでようやく思い至った。


 ――あ、この展開は、マズイ。


 突然、ボキリ、と奇妙な音がした。

 女給に突き付けられた槍の柄を、ルースが拳で叩き折ったのだ。

 俺の後ろにいた筈の男装の剣士は、いつの間にか、店の中ほどにいる女給のすぐ前で従者を見据えている。

 ああ、やっぱり。ルースの行動原理は、まだいまいち把握出来ていないが、この場面は見過ごすわけにはいかないらしい。

「きっ、貴様、邪魔だてする気か!?」

 槍を折られた従者が叫ぶうちに、残った二人の従者が、今度はルースに槍を突き付けた。

「我々を誰だと――」


「知ったことかッ!!」


 久しぶりに聞く気がする、ルースの大音声だった。

 槍を突き付けられようとも、姿勢は正しく、声に力があった。

「ただ声を上げただけの女性を、武器で脅すような輩が誰であろうかなど、考えたくもない! 品性の欠片もない冗談で悦に入る輩も、同様だ!」

 ルースの両手がかすみ、残った二本の槍も叩き折られる。

 従者達は槍を構えた姿勢のままで、何も出来なかった。

「下品な飼い主共々、この場から立ち去れッ!!」

 店の隅々まで響くその台詞に、次々と賛同の声が上がった。

「そうだそうだ!」

「さっさと帰れ!」

「サラさん侮辱しといてこの店で食事出来ると思うなよ!!」


 それほど広くない店とはいえ、ほぼ満員だった客が全員叫べば、一つの大きなうねりとなる。

 流石に従者達も出入り口に向かって下がり始めた。


「……貴様ら……っ!」

 コーヴィン大佐は顔を真っ赤にして、ルースを睨んでいた。右手が震えながらも、剣の柄を握った。

 再び店内が静まり返る。

 ルースの目が冷たく光った。例え今は剣に触れていなくても、コーヴィン大佐が剣を抜いた瞬間、ルースは黒い大剣で彼を斬るだろう。そう確信させる殺気が、俺にすら感じ取れた。

 幾ら何でも怪我をさせてしまうのはマズイ。


 俺は慌てて、口を挟んだ。

「その剣を抜いたら、お終いですよ」


「……な、何だと!」

 コーヴィン大佐がびくりと体を震わせる。傍らで事態を眺めていた俺のことなど、気にも留めていなかったらしい。赤黒く、目を見開いた顔は、引くほど怖かった。

 内心の怯えを隠して、あくまで冷静な態度で、俺は説得を試みる。

「今ならまだ、槍の取り扱いをしくじっただけ、という言い訳も立ちますが、剣を抜くという行為は誤魔化しようがありません。対してこちらは、未だ無手のままですから」

「……っ」

 剣の柄を握るコーヴィンの右手から、力が抜けたのがわかった。

 それでもまだ離すには至っていない。理屈でわかったところで感情が暴走することもある。怒った頭でもわかるように説明しなければ。

「武器も持たない相手を傷付けたところで、そちらの名誉が著しく傷付くだけ。何よりこの衆目の中です。人の口に戸は立てられません。貴方と貴方の家の名誉を賭けるだけの覚悟がおありですか?」

「……ぐ」

 頭に上った血が、今度は下がってきたのか、コーヴィンの顔色が赤から青へと変わっていく。

「こんな所で抜いた剣が、もし何の関係もない国民に怪我をさせたら、目も当てられないことになってしまいます。名誉を失い、醜聞を集める可能性がある敵地に踏み込む等、とてもとても……。私だったら、戦略的撤退を考えるところですが」

 俺の台詞を後押しする様に、店内の視線が騎士に集中する。

 数秒の間をおいて、コーヴィン大佐が、ゆっくりと右手を下ろした。

「たっ、確かに国民を傷付けるのは私の本意ではない! ここは引いてやろう!」

 見事な捨て台詞を吐いて、彼は身を翻した。

 取り巻きの騎士と従者達が、こちらを窺いながら、後を追う。

「いっ、いい気になるなよ!!」

 何故か俺に向かってそう言うと、コーヴィンと取り巻き達は、傍目には堂々とした態度で、店を出て行った。


 ドアが閉まるのを待っていたかのように、店内に喧騒が戻る。

 客達はルースを囲んで喝采を上げた。その勇気と実力を誉めそやし、肩を叩く。ルースもまんざらではなさそうな顔でそれに答えていた。


「はぁ~~~~」

 俺はと言えば、特に何をしたわけでもないのにどっと疲れ、大きく息を吐いた。

 手近な椅子に腰を下ろし、体の力を抜いた。

「グァー……」

 俺の肩に前足を置いたイクシスが心配そうに覗き込んで来た。

 イクシスの頭を撫でてやりながら、どうしてこうなったのかぼんやりと考える。

 もう一つ視線を感じて顔を上げると、サラがこちらを見ていた。

 今にも泣き出しそうな、それでいて嬉しさや喜びも垣間見える、複雑な表情だった。

「……な、何だってこんな……」

「俺にだってわかんねぇよ」

 搾り出すようなサラの呟きに、俺は苦笑で返すしかなかった。

10月28日初稿

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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