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11.国の宝

 上空から見ると、王都クルミアは中心から五つの方向に街が広がっていた。


 それぞれ大きな街道が走っており、北の道はそのままユミル学院にも繋がっている筈だ。

 東側だけが東北と東南に分かれている。東南の道がこれまで馬車で移動して来た道で、俺の祖国ラチハークまで続く。

「……っ」

 俺は圧倒されていた。こんな光景は、空でも飛ばないと見られない。


 ふわり、と急に少し高度が下がった。

「ひぃっ!!」

 途端に恐怖がぶり返し、出来るだけ視界をサラの背中だけにする。

「この光景を見せてもまだ駄目かー! こうなったら、夜の王都を上空から見せる必要があるな!!」

「断固拒否しますッ!」

 俺が将軍の軽口に叫び返している間にも、ぐんぐん高度は下がっていき、地面が近くなっていく。

 目を瞑るのも怖いので、状況が確認出来る程度に、下界を覗いた。


 都のほぼ中央に城があった。

 かなり広大な敷地を堀で囲み、その内に壁が張り巡らされ、いくつかの塔が立っている。

 どうもグリフォンはそこを目指している様だ。

「――ちょ、直接王宮に降りるんですかあああッ!?」

 俺は思わず叫んでいた。王都とは言っても、都の外にある駐屯所なんかに降りると思っていたのだ。

「黙ってなさい! 我々は特別!」

 サラが肘鉄と共に答え、続けるように将軍が言った。

「魔獣師団の中でも、グリフォン部隊は王都守護の役割を担っているんだー! 平時は色々決まりがあるんだがなー! さぁ――、降りるぞ!!」


 ソリソカルが前に出た。茜色のグリフォンを頂点とした三角形の形になる。

 がくん、と一気に高度が下がり、二つの塔が近付いてくる。

「ぅあああああああぁぁぁぁぁッ!?」

 グリフォン達はわざわざ塔の間を通過し、城壁の内側に突入した。

 綺麗に刈り込まれた芝生が、眼前に迫る勢いで視界を占領する。

 俺は思わず、腕により力を込めてサラの腰に噛り付き、激突の衝撃に備えていた。

「~~ッ!!」

 地面にぶつかる一瞬前、グリフォンは大きく翼をはためかせた。

 上からと後ろから、押し付けられる様な不思議な感覚。

 そして、あっけないほど優しく、ソリスは地面に降り立った。

「――……っは~~~~……」

 すぐそこに芝生を確認した時には、俺の体が勝手に大きく息を吐いていた。どのぐらい前から呼吸を忘れていたのかもわからない。

 地面のありがたさを噛み締めていると、サラがやけに静かな声で告げて来た。


「…………もう一度だけ、言います。そこから、手を、離しなさい」


「――あれ?」

 気が付けば、俺の右手が彼女の胸に位置している。当然鎧の上からなので金属の感触しかしないが、それだけに今の今まで気付かなかった。

 そうっと右手から力を抜き、彼女の体から離れる。

 いきなり頬に衝撃。

 俺は、サラの裏拳で、グリフォンから文字通り叩き落された。

「わ、わ、悪かったとは思うけど、何も殴らなくてもいいじゃん!」

「当然の報いよッ! ヒトの胸鷲掴んでおいて、よくも文句が言えたものね!?」

 地面に座り込んで抗議をする俺を、グリフォンの背に座ったままのサラが見下ろす。頭の上から飛び出した三角の耳がピンと立っていた。


「今のは、カインドが悪い」

「ぐーあー」

 すでにグリフォンから降りていたルースと、いつの間にかフードから出ていたドラゴンの子供がため息交じりに声を上げた。多分殴られる前に、自主的に地面に降り立ったのだろう。

 ルースが腕を伸ばすと、ノクティスはわざわざ頭を下げて、撫でやすい体勢になった。嘴を撫でられ、くるくると心地良さそうに鳴いている。

 俺もあっちの方に乗りたかったなぁ。

「災難だったな。だが……裏拳一発だったら儲けモノだったと思うぞ」

 隣に立った将軍が、言った。後半はギリギリ俺に聞こえるぐらいの声量だった。笑いを堪えた表情をしている。

 俺は慌てて足に力を込めようとしたが、萎えてしまって立ち上がれない。

「無理に立とうとすると怪我をする、そのまま少し休むんだ」

「……すみません」

「謝る必要はないさ。グリフォンに限らず、魔獣に初めて乗った者は、大抵そうなる。君の従者みたいなのは、むしろ珍しいぐらいだな」


 俺が休んでいる間に、グリフォン達は帰還した。ダインの乗ったノクティスを先頭にして、入ってきたコースを戻る形で城壁の外へ飛び去って行く。

 王都の東が、グリフォン部隊の基地だそうだ。


 俺の足に感覚が戻ってきたのは、十分近く経ってからだった。ドラゴンの子供をフードに入れ、立ち上がる。

「では行こうか」

 将軍の案内で、王宮正面に向かう。


 グリフォン達が降り立ったのは、王宮全体からすると北側の裏庭、その外れだった。

 城壁に沿った連絡通路を移動し、南側の開放的な庭園に出る。

「ほう、これは……」

 ルースが呟くくらい、庭園は素晴らしかった。広い空間を贅沢に使用し、様々な種類の植物が確認出来る。所々に見える木々はどっしりと根を下ろし、年季どころか風格すら感じさせた。枝から差し込む光はどこか柔らかく、庭園全体に落ち着きすら与えている様だった。

 刈り込まれた常緑樹で作られた仕切りの間を通る。

 草花も豊富だ。一種類を一箇所に植えるのではなく、わりと大雑把に配置されているのに、どこか調和が取れていた。今は特に、春に咲く花々が咲き乱れ、景色だけでなくその香りまで楽しませてくれる。


 小道を抜け、ほぼ真南にある王宮正面に出た。

 巨大な宮殿が視界に飛び込んで来る。

 門から宮殿まで続く、広大な広場には、忙しく歩くヒトたち。

 城壁に比べると、内側は文化的とでも言おうか、かなり装飾重視だ。いくつかの塔が見えるが、その目的は戦や警備ではなく、権威付けだろう。宮殿自体も豪華で威圧的な印象を受ける。

 当然だが空から見るよりも大きく感じられ、俺は圧倒された。将軍に小声で尋ねる。

「――正面から入ってもいいものですかね?」

 さすがにヒトが多い。馬車で隊長が言った通り、背の高いエルフや背の低いホビットもちらほら見えた。

 どうも視線が痛い。

 俺はおのぼりさん丸出しだし、ルースは装備がみすぼらしい割りに美しく、しかも落ち着き払っているので、かなり目立っていた。

「悪事を働いたわけでもなし、コソコソする必要もなかろう」

 俺一人が居心地の悪さを感じているらしい。


 ズンズン進む将軍についてやけに広い階段を上り、宮殿内に入る。

 エントランスは広く、天井が高い。埋まるほどふかふかの絨毯や綺麗な石造りの階段、俺には誰だかわからないデカい肖像画等の贅沢品が目を引く。


 感心していると、慌しい足音が聞こえてきた。

「……――ッ!?」

 兵士達だ、と思った時には、囲まれていた。

 その数、三十人ほど。将軍を先頭にした俺達四人を円形で包囲するには十分過ぎる。

 全員ピカピカの鎧に身を包み、身なりが整えられ、槍やハルバードを装備している。

 正規軍、王宮勤務の衛兵達である。


 彼らが構える武器が狙うのは――、俺とルースだ。


 エントランスにざわめきが起きる。文官や下働きの女性達が、遠巻きからこの捕り物の行く末を追っていた。

 これは……罠か。逃げ出さないよう懐に招き入れ、捕らえる。

 朝からの騒動に、空の旅でいっぱいいっぱいだった俺は可能性すら考えていなかった。助けられ、何だかんだと交流出来たグリフォンライダー達を疑わなかったのだ。

「どういうことだ、これは?」

 ルースが静かな口調で言った。すでに右手は大剣の柄を握っている。

 俺は慌てて将軍を見た。

 今までのくだけた態度も、全て俺達を油断させる為のウソだったのだろうか?

「――私も聞きたいな。どういうことなんだ、コレは?」

 将軍はゆっくりと口を開いた。目の前の衛兵を見据え、その瞳には確かな怒りを含んでいた。少なくとも俺には、彼が演技しているようには思えなかった。

 おそらくは隊長格であろう衛兵が、将軍に怯みながらも武器は下ろさず、答える。

「命令を受けました……! その二人を捕らえろとっ!」

 全員の視線が俺とルースに集まる。

 サラは混乱しているのか、三角形の耳がぺたんと垂れていた。

「その命令は誰から受けた?」

「それは――」


「俺だよ、スロウルム将軍」

 廊下側の死角から、品の良い服に身を包んだ男が現れた。カールした長い金髪に四角い顔。腰には豪奢な拵えの細剣。耳が僅かに尖っているものの、体つきは中肉中背で、顔立ちも合わせると、エルフっぽくない。

「ではお主に聞こうか、コーヴィン将軍。……どういうことなんだ、コレは?」

 コーヴィンはゆったりと歩きながら、こちらを見下しきった表情で、その問いに答えた。

「我がルークセントの国宝を盗んだ犯罪者を捕らえるのは、当然のことだろう。そっちこそ、どういうつもりだ、スロウルム。犯罪者を堂々と宮殿に招き入れるとは」

「我々も命じられた任務を遂行しているに過ぎない」

 スロウルム将軍は冷めた視線で、すぐ傍まで歩いて来たコーヴィンを見据えた。

 互いに敵意を剥き出しにして、二人の将軍が視線を交わした。

 とは言え、俺はそれどころではない。


 国宝を盗んだ犯罪者?

 当然心当たりなんて――。


「その任務を命じたのは?」

「――王女殿下だ」

 混乱する俺に追い討ちをかけるように、さらなる単語。

 しかし、コーヴィンはスロウルム将軍の台詞を鼻で笑った。

「フン、信用ならん」

 例えでまかせだとしても、王女という言葉に対してこの態度は、国と王族に忠誠を誓う軍人としていかがなものだろう。

「王女殿下には、公式の場にて話を伺うとしよう。……その二人を捕らえた後でな!」

 コーヴィンの宣言に反応するように、衛兵達が一歩にじり寄った。兵士の本分は命令を守ること。彼らは盲目的にコーヴィンに従う。そこに交渉の余地や手心はない。

「貴様ッ!!」

 スロウルムがそれまで抑えていた怒りを露にし、サラが俺達の前に出た。彼女の手も腰の剣を掴んでいた。

 ルースまで腰を低くし、背中の大剣を抜こうとする。俺は慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと待て! 何かの間違いだとしても、衛兵を傷付けたら――」

「無抵抗で捕まれって言うのかっ!? こっちに非はないぞ!!」

「でも」


 俺がルースの説得を続けようと一歩動いたその時、首筋に槍が突き付けられた。


「!!」

「抵抗す――」

「グァアアアアッ!」

 衛兵の言葉を遮る怒りを含んだ鳴き声。

 それまでフードの中で大人しくしていたドラゴンの子供だった。

 俺の肩に前足を乗せ、突き付けられた槍をその小さな口で噛み折る。

「――!!」

 衛兵達に緊張が走った。ほぼ全員が一歩下がったほどだ。

「それが……!」

 一歩も動かなかったコーヴィンの目の色が、変わった。まるで極上の女を目の前にしたような、飢えた視線。

 その目を見て、俺は確信した。コーヴィンの目的は俺やルースじゃない、ドラゴンだ。

「グゥゥゥゥゥゥ――」

 呻るというより、呼吸を整えるような鳴き方には、聞き覚えがあった。

 どこからともなく小さな炎が現れ、ドラゴンの口の周りをゆっくりと旋回し始める。

 これは、宿や道での襲撃の時に見せた精霊魔法らしき攻撃だ。

 俺は肩に乗るドラゴンに向かって怒鳴った。

「お前も待てってッ!! 怪我させたら結局罪になる!」

「ゥゥウウウ――」

 炎は一度大きく燃え上がり、次に小さくなった。輝きが増している。勢いが弱まった訳ではなく、凝縮されたと見るのが妥当だ。

「魔獣は問答無用で殺されることだってあるんだぞ!! やめろってば!!」

「ウルァァァ――!」

 どんなに怒鳴っても、ドラゴンは攻撃を止めようとはしない。呻り声は咆哮と言ってもいいほどの勢いに達している。

「アアアアア――!!」


「やめろッ、イクシス!!」


 俺は思わず叫んでいた。

 イクシスというのは、小さな頃、実家で飼っていた犬の名前だ。

 どうしても言うことを聞かない犬を、当時名前を含めて叱っていた。さっきの襲撃の際にチラっと思い出していたからか、体が覚えていたのか、無意識のうちに口を付いて出てしまったのだ。


「ッ!」

 ドラゴンの子供は身を竦め、それに反応する様に炎は霧散した。

 エントランスに沈黙が下りる。

「っは~~~~~~……」

 誰も身じろぎすらしない中、俺は盛大にため息をついた。

 ドラゴンを見ると、首を縮めて、上目遣いで俺を見た。

「ぐぅ~」

 情けない鳴き声。バツが悪そうな表情に見えないこともない。


 ともかく最悪の事態は避けられたかと顔を上げると。

「……?」

 周りにいた全員がドラゴンではなく、俺を見ていた。


「命令を聞いたぞ……」

「完全に支配下に置いている……」

「あれがあの……」

 衛兵だけでなく、遠巻きに騒動を観察していたらしい城勤めの文官達までざわめきだした。

「――な、名前を呼んで、応えた――」

 コーヴィンが信じられないものを見たという表情で呟いた。さっきまでの見下した表情は鳴りをひそめ、汗が噴き出している。

「……っ」

 将軍とサラまでもが、俺を見て言葉を失っていた。

「いつの間に名前なんて付けたんだ、カインド?」

 ルースは衛兵に囲まれていることも忘れた様子で、首を傾げた。

 いやいやいや、それどころじゃないでしょう。


 誰か説明してくれないかなぁ等と思った頃、良く通る声がエントランスに響いた。

「そこまでです。衛兵達は武器を下ろしてください」

 正面にある階段の踊り場に、金髪の少女がいた。華奢で小柄な体にドレスを着込み、豪華なマントを羽織っている。

 傍らには背の高い茶髪の男が控えている。やや薄い頭髪からすると、五十は超えているだろう。こちらも豪華なマントを身に着けていた。将軍達のような武の匂いは一切しないし、どうやら剣一つ帯びていないようだ。

 衛兵達は槍やハルバードを納め、背筋を伸ばした姿勢で俺達の包囲を解いた。さらに壁際に下がると、直立不動になる。


 少女はゆっくりと階段を下りて来た。背の高い男も彼女に続く。

「スロウルム将軍に命令したのは私です。内容は――彼らを保護し、ここへ連れて来ること」

 静かなエントランスに、少女の台詞だけが響く。

「しかし、彼らは――」

「控えなさい、コーヴィン将軍」

 少女に詰め寄ろうとしたコーヴィンを、彼女の後ろに控えた男が一言で止めた。

 タイミングと声色、抑揚が完璧だった。

 痩せた老人一歩手前の割りに、声にも力がある。外見の印象では、周りを威圧する雰囲気等ない筈なのに、やけに怖い。

 コーヴィンは、続く言葉を忘れたかの様に口を動かした後、黙った。

「――殿下」

 将軍とサラが片膝を付き、頭を垂れた。

「任務完了ですね」

 少女は頷きながらそう言うと、俺とルース、そしてドラゴンの子供に視線を移した。


 綺麗よりは可愛らしいの方が賞賛としては似合う容姿だ。俺より年下、と言っても一つか二つほど、十四、五歳だろう。良く見れば、頭の上には小ぶりの王冠が載っている。


「ご挨拶が遅れました。私の名はリィフ・エイダ・サイ・ルークセント――」

 真っ直ぐに俺を見ながら、少女は愛らしい口を開く。

「――ルークセント王国第一にして唯一の王女です」


 一瞬呆けていた俺は、我に返るとすぐに言った。

「私はラチハーク国メイプラ子爵が次男、カインド・アスベル・ソーベルズと申します。これなるは私の従者、ルース・アーガードでございます」

 ルースと共に、出来る限り上品に頭を下げる。

 王女は膝を折って返礼し、俺の肩に乗るドラゴンを見据えた。


「ルークセント王女の名を持って、貴方方を歓迎します。我らが国宝『龍の卵』を保護し、届けてくれた客人として」

 王女の宣言は、普通の声量ながら、エントランス全体に響き渡った。


 けれど、言葉が聞こえても、それを理解出来るかどうかはまた別の話だ。

10月6日初稿


12月10日誤字修正

巨大な宮殿が司会に飛び込んで→視界に

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 2021年8月2日、講談社様より書籍化しました。よろしくお願いします。
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