10.細い腰に空
グリフォンは力強い羽ばたきで空を進んでいた。
「おおおおおおお~~~~ぅ!?」
「ぐーあー!」
俺の口が、勝手に叫んだ。
「ええぃ、抱きつくなァ!」
サラと呼ばれた女騎士のグリフォンに乗せられた俺は、鎧をつけながら細い彼女の腰にしがみついていた。
淡い黄色のグリフォンは名前をソリスというそうだ。
すでに上空50mは超えている。
確かな大地は遥か下。
視界の半分を空の青が占めている。
正面からの風は強く、少し揺れるだけで鞍から滑り落ちそうな気がする。全身から力を抜くことが出来ない。
「ちょ、コラ! どこ触ってんの――触ってるんだッ!!」
上昇している時はまだいい。風の関係なのか、たまに短い時間下降することがあって、胃袋が口から出てきそうなその感覚が、怖くて仕方がなかった。
そして、どうやら怯える俺が面白いらしく、ソリスはわざと上へ下へ移動するのだ。
「ハハッ、落ちたら僕が拾いに行くよ。そう怖がらなくてもいい!」
隣の暗褐色のグリフォンからルースが呼び掛けてくる。こちらのグリフォンはノクティス。ソリスに比べるとずっと落ち着いている。騎手はダインと呼ばれた騎士だが、兜を脱いだところを見ていないので、種族や年齢はわからない。鎧を着けた体つきからすると男性だろう。
ルースは自分で飛べるくせに、何だかはしゃいでいた。
思わず怒鳴り返してしまう。
「落ちそうだから怖いんじゃねぇよ! この状況がすでに怖いんだよッ!!」
「わかったから――いい加減――そこから手をどけなさいッ!!」
金属製の篭手をつけたサラの肘が、何度背中に落とされても、この腕をほどく訳にはいかない。
「サラ、相手はラチハークの子爵令息だぞー!」
前を飛ぶ茜色のグリフォンに乗った将軍が振り向いた。スロウルム将軍も、さっきまでの威厳はどこへやら、少年のような若さとテンションの高さを見せていた。
「女性に噛り付くような貴族はいませんッ!!」
「何と言われようと、この腕は放せないッ!!」
サラの台詞も、俺のプライドも、恐怖の前では何の影響も与えない。
将軍は面白がった口調のまま、言った。
「すまないが、グリフォン部隊は空の上では自由がモットーなんだ。少々の無礼は見逃してくれ! 私の鞍が普通の物だったら、こっちに乗ってもらったんだがなー!」
将軍の鞍はどうやら特別製で、完全な一人乗り用だ。何とビックリ、変形機能があった。元々グリフォンに取り付けられたベルト類に、鎧の前垂れ部分を固定し、そこに乗るわけだ。グリフォンから降りた時には、鐙はどこかに収納され、腰回りの鎧として機能するらしかった。
「まぁ、最初は怖くても、そのうち病み付きになる! それは私が保証しようッ!」
何が楽しいのか、スロウルム将軍は笑った。
――絶対病み付きになんかならねぇ! ていうかもう二度と空なんか飛ばねぇ!
俺はサラの腰にしがみ付きながら、こんなことになってしまった経緯を思い返した。
襲撃から助けられたその後。
道から外れた小さな丘の上。
ちょっとした木立に座り込んで、俺は治療を受けていた。
将軍は憲兵達と会話中。どうやら襲撃を受けてからの状況を説明しているらしい。
グリフォン三匹は、ダインの監視の下、少し離れた草原で、戦利品でもある馬肉を食べている。
「……」
気まずい。
俺の隣には獣人の女騎士、サラ。俺の肩に手を翳し、白魔法の治癒術である<低位治癒>を施してくれている。
彼女の年齢は俺より少し上、二十歳前ぐらい。やけに跳ね上がった髪型なんかに代表される獣人特有の野性味と、騎士らしい上品でキビキビとした仕草が、アンバランスでありながら魅力的だ。顔立ち一つとっても、かなりの美人さん。ついでに、鎧の膨らみを信じるなら胸も相当ある筈である。
そんな美人女騎士に治癒魔法をかけてもらうなんて、かなりテンションが上がる展開だろう。将軍が彼女に俺の治療を命じた時には、心の中で歓声が上がった。
「……」
しかし、である。その気の強さが伺える顔は、何故かとても不機嫌だった。むしろ俺を睨んでいると言ってイイと思う。
何か不快にさせるようなことをしただろうか――?
黙ったまま治療を受けるのも気が引けるので、俺は無理矢理口を開いた。
「……あ、あの。獣人で魔法が使えるのって珍しいんですよね?」
「私は先祖返りでこんな容姿なだけで、純粋な獣人というわけではない。それに、獣人を肉体に頼った体力馬鹿だと思うのは、偏見だ」
サラは目も合わさずに言い放った。メイプラにはそれほど獣人はいないので、どこかで聞きかじったことを言ってみたわけだが。
うん、知ったかぶりは火傷するだけですよね。
またも嫌な沈黙が降りる。
サラから視線を逸らすと、ルースが自分で自分を治療していた。傍らにはドラゴンの子供がその様子を眺めている。
赤い短刀を抜いたルースは、ふくらはぎを貫通した槍の穂先側を、足ギリギリの所で切り落とす。そして、無造作に柄の部分を握り、それはもう何の躊躇もなく、一気に引き抜いた。ずりゅっという音。ルースは軽く顔を顰める程度で、呻り声すら上げなかった。
「いちぃーっ」
「ぐむぁーっ」
見ていただけの俺とドラゴンの方が変な声を上げてしまう。
「……この男の治療にはもう少しかかる。今抜いても出血が増えるだけだ」
ルースにちらりと視線を送ったサラは、冷たい口調で事務的に言った。若い女性なら大抵見とれる程の美形であるルースですら、この態度である。俺達全員にいい感情を抱いていないってことか。というか、この男って。
「問題ない。自分で治せる」
ルースは特に気分を害した様子もなく答え、右手の人差し指で紋章を描いた。
黒魔法の低位再生術<塞ぐ掛け金>だ。掌と同じぐらいの大きさの黒い輪が現れる。これを患部に翳す事で、傷口の再生が行われるわけだが……。
「ぐぅぅぅっ……!」
ルースの端正な顔が、歪んだ。
黒魔法による治療はとても痛いのだ。槍を引き抜いた時にも大して痛がる様子を見せなかったルースが、脂汗をかく程痛いのだ。その痛みは傷口の深さと治す速度に比例する。貫通するような傷を治す際の痛みなんて、俺には想像することも出来ない。
「お、おい。何も黒魔法で治さなくても。そんなに急ぐんなら、先に治癒術かけてもらえば良かったのに」
「い、急いでいるわけじゃないさ……。白魔法だと動きに支障が……ぐっ……出るからな」
白魔法の治癒術は痛みがない代わりに、治した部分が元の機能を取り戻すまで、時間とリハビリを必要とする。傷の深さや負傷した部位にも依るが、動かそうにも上手く動かせないし、強烈な違和感が残ってしまうのだ。
「さすがに王都に着けば、もう荒事はないだろ……。そこまでしなくても」
「く……万全を期すに……越したことはない。これぐらいは戦士として当然の嗜みだ。大体、隊長が『もう心配あるまい』と言った直後だったんだぞ、襲われたのは」
自分で黒魔法の再生術をかけるは、自分自身で傷口をグリグリやっているのとほとんど同じだという。それを当然の嗜みと言い切るとは、頭が下がる思いだ。
「……それほど我々が信用できないのか……」
「はい?」
サラがぽつりと呟いた。俺は意味がわからなくて、思わず聞き返してしまう。
「ふん、何でもない。お前の治療は終わりだ」
そう吐き捨てるように言って、サラは将軍のところへ行ってしまった。
「……」
足音高く去っていく女騎士をぼんやり見送っていると、治療を終えたらしいルースとドラゴンの子供が、俺の隣に腰を下ろした。
「怒っているようだったぞ。何かしたのか?」
「ぐあー?」
「いや、心当たりが一切ない」
本気で何が理由なのかわからないのだから仕方がない。
俺は気持ちを切り替え、左腕を確認することにする。
治療の為、鎧は脱いでいた。さらにベストとシャツを脱ぎ捨てる。ベストに被害はないが、シャツの方は左の肩から袖口までべっとりと血がつき、ついでに肩に穴が開いている。どうせ捨てるのでタオル代わりにすることに。
すでに固まった血を拭くと、傷跡一つない。感情や態度はともかく、サラはきちんと治療してくれたのだろう。
「キレイに治ったな。動かせるか?」
「肘から先の動きに支障はない……んだが、腕が上がらない」
腕を前に伸ばすのは、何とか出来る。しかし、横に広げる動きは難しい。
これは……何気なく動こうとした時に動かせないことに気付く、なんてことがありそうだ。ちゃんと意識しておかなければ。
荷物から替えのシャツを引っ張り出し着込む、そんな動作にも動かしづらさが付き纏う。鎧をつけるのは、ルースに手伝ってもらう必要があった。
「お前の方は大丈夫なのか? 痛みが残ってるとか、体力が切れかけてるとか。問題があるなら言っておいてくれ」
鎧をつけるのに悪戦苦闘しながら、ルースに尋ねる。
「ふむ。報告しておかなければならないようなことは、ない。強いて言えば、ブーツが血塗れになってしまったことぐらいだ」
「俺も使った分の魔弾補充しないとなぁ」
未明に使った分も補充していなかった所に、さっきの襲撃で使いまくった為、残りは<貫く枯れ葉>が四発。弾倉に空きがあるのは心細い。
「それぐらいはこちらで保障するさ」
俺とルースが座ったまま振り向くと、将軍が苦笑していた。傍らにはサラと、憲兵隊々長。
すぐに立ち上がり、俺は顔の前で両手を振った。
「いえいえっ! 護衛してもらっている上に怪我も治してもらいました。これ以上恩情を賜るわけにはいきません」
「――遠慮はいらない。他国からの旅行者をこちらの都合に巻き込んでいるのだ。それぐらいはさせてくれ」
将軍はそう言って、俺の鎧についている家紋を見た。
メイプラ子爵の関係者だと気付いたのだろう。
「名乗るのが遅れたな。私の名はトマス・スロウルムという。ルークセント軍魔獣師団所属、グリフォンの方はソリソカルだ」
名前に応じるように茜色のグリフォンが舞い降りた。
スロウルム将軍の隣まで寄って来ると、落ち着いた様子で草原に伏せる。
「私はラチハーク国メイプラ子爵の次男、カインド・アスベル・ソーベルズと申します。こちらは私の従者を務めるルース・アーガードです」
俺は名乗り、ルースと共に一礼した。将軍達グリフォンライダーは軽く頷き、驚いた様子は見せなかったが、隊長は明らかに狼狽した。
「さて、あんなことの後で唐突ではあるが。君達には私と一緒に来てもらいたいのだ」
「……私達はサートレイト隊の方々と、王都の憲兵隊本部まで同行し、そこでサートレイトで起こったことの証言をすることになっていたと思うのですが……」
「それはもちろん承知している。我々が護衛任務を引き継ぐ形だ。王都に行くのは変わらないんだが……、憲兵隊本部ではなく、王宮まで同行してもらうことになる。実を言えば、君達の窮地に居合わせることになったのは、ただの偶然ではない。我々は君達を迎えに来たのだ」
スロウルムの言葉が終わる前に、俺は混乱していた。
王宮といえば、国の中枢である。そこに、ただの外国人の旅人である俺とルースを招くという。
証言や報告なんて憲兵隊の本部で十分だろう。
偶然ではなく、命令があったとするなら余計におかしい。グリフォンライダー三騎、それも将軍と呼ばれるようなヒトを、身分も明かしていない俺達の迎えに寄越すなんて。
さらに正規軍に命令出来るとすれば、それは王か国か、いずれにしても相当な権力を持つモノだ。
「閣下。やはり混乱しておられるようですし……一度本部に寄っていただいてから再度お話する……というのはどうでしょうか?」
隊長がおずおずと将軍に語りかけた。いつの間にか、俺達にまで敬語を使っている。
「それでは、あちらにも必要のない面倒事が増える。お前達サートレイト隊の立場もわきまえているつもりだ。私の方からきちんと話を通す、安心しろ」
将軍の断定的な物言いに、隊長は顔を伏せてしまった。
ルークセント側では話がまとまったわけだな。
俺達には、横柄さはかけらもない真摯な態度で、将軍が尋ねてくる。
「どうだろう、ソーベルズ卿。一緒に来てくれるか?」
ルースをちらりと見れば、特にご意見はない様子。俺に任せるってことね。
不自然な状況は正直怖い。将軍だって全てを話しているわけではないだろう。何か大きな問題に巻き込まれている悪い予感がする。
とはいえ。将軍の真摯な態度自体に嘘はないと思われた。性格的にも能力的にも憲兵隊々長よりは信用出来る。
――まぁ、隊長より信用出来ないヤツはそうはいないだろうけど。
「わかりました。元々私たちは旅の身の上。それもそう急ぐものでもありません。将軍閣下のご意向に沿わせていただきます」
俺がそう言って頭を下げると、将軍は軽く息を吐いて、肩の力を抜いたようだ。
「こちらの都合に合わせてもらって、本当にすまないと思っている。荷物をまとめてくれ。君達の準備が出来次第、すぐにでも発つ」
俺は治療の為に必要となるかと思って荷物を引っ張り出していたが、ルースの小さな荷物が馬車の中にあった。
グリフォンに怯えて、離れている馬車に二人で向かう。
「要求は同じようなものなのに、隊長に比べれば不快感はなかったな」
あっさり言うルースに、俺はげんなりしながら答えた。
「でも事態は大きくなってる気がするぞ。王都ならまだしも王宮なんて。ラチハークでも見たことしかないのになぁ」
「やっぱりおかしなことなのか?」
「おかしなことだらけだけど、全部説明してるヒマがない。お前はどうする? 俺だけ付き合えばいいなら、お前達だけでも――」
「ここまで来たら付き合うさ」
「ぐあーっ」
ルースは苦笑しつつも最後まで言わせず、ドラゴンの子供は尻尾で俺の側頭部を叩いた。
確かに、ここまで来て、関係ないからどこへでも行けばいい、というのも冷たい話かもしれない。
弱くて身分的な縛りがある俺だって、今ここでサヨナラなんて話になったらイイ気分はしないだろう。
馬車に着くと、ムキムキとガリガリが寄って来た。
「ここでお別れか。王都に着いたら、さっきの戦いを肴に酒でも、と思ってたが」
「まぁ、王都で会うこともあるかもしれませんし」
右手を差し出してくる二人と、順番に握手をする。
不思議なことに、俺は別れるのが少し寂しかった。出会って丸二日、話し始めたのは今朝からだと言うのに、一緒に酒を飲むのも悪くないと思える。
ルースとも握手を終えた二人に尋ねた。
「そちらも王都に?」
「ええ。本部への報告任務は継続中です。それと、これは独り言なんですが――」
ガリガリはそこで声のトーンを落とした。
「――今、ルークセントの上の方は、ゴタゴタしているようです。スロウルム将軍は人格者ですが、それ故に、多数派とは言えません。気を付けてください」
その内容は、俺の嫌な予感を膨らませるものだった。しかし、俺が知っておいた方がいい情報なのだろう。これまでの印象で言えば、堅実で冒険をしないガリガリが、わざわざ耳打ちをしてまで伝えるべきだと思うほどの。
そして、こんなやり方で懸念を伝えてくれるぐらい、俺達を心配してくれているのだ。
「お世話になりました。お三人の旅の安全を祈ります」
「ぐあー」
俺は、心からの感謝を込めて、キチンと頭を下げた。ドラゴンも俺の肩からわざわざ顔を出したようだ。ルースは右の拳で胸の中央を叩いた。
「じゃあな」
「それでは」
憲兵二人は背筋を伸ばした敬礼で答えてくれた。
荷物を持って戻る途中、やはり直立不動で隊長が立っている。いきなり腰を直角に曲げて頭を下げてきた。
「……数々のご無礼、大変失礼致しましたッ」
「いやいやいや。今更ですし、ちゃんと名乗ってないこっちが悪いんですよ」
そっちも名乗ってないけどな!
俺は内心の罵倒を隠して、笑顔で答える。
隊長も完全に作った笑顔で、ビシッと敬礼すると、初めて聞くハキハキとした声で言った。
「憲兵団サートレイト隊々長、ノリプトン・ティンクです! ぜひ、ご実家の方にも、よろしくお願い致します!」
……今さっき上がったばかりの憲兵への好感度が一気に下がった。
「わかりました。サートレイト隊々長ノリプトン・ティンク様は、外国人の私にも素晴らしい対応をしてくれたと、詳細をお話させていただきますね」
さすがにイラっとしたので、皮肉を込めた台詞を残し、将軍の所へ急ぐ。隊長は凍った笑顔でずっと敬礼したままだった。
草原では将軍を含むグリフォンライダー三人が打ち合わせをしているらしく、すぐ傍でグリフォンが三頭、羽を畳んで思い思いの姿勢をとっている。
「おお、来たか」
将軍のすぐそばに、茜色のグリフォンが鳥類の前足と猫科の後足で立っていた。確か、名前はソリソカルと言ったか。
グリフォンは俺達に視線を向けたかと思うと、突然前足を折った。
真っ直ぐに伸ばしていた首も地面に向け、草原に嘴が付きそうだ。
それは、どう見てもお辞儀だった。
残り二頭のグリフォンもそれに倣うように、こちらに向かって頭を下げる。
「――ッ!?」
俺も驚いたが、グリフォンライダー三人の反応はもっと極端だった。サラなんかは一歩後ろに下がったほどだ。
軍人三人がそのまま動かないので、恐る恐る口を開く。
「あ、あの……何か問題が……?」
「いや、グリフォンは、良く言えば誇り高い――悪く言えば傲慢な生き物なのだ。グリフォンライダーがどんなに命じても、気に入らない者を乗せないこともある。それが……」
将軍が戦慄すら匂わせる表情で言う間に、ドラゴンの子供がフードから出てきた。俺の肩に前足を乗せ、頭を下げたグリフォンを見下ろす形になる。
「ぐあー」
ドラゴンの、どこか威厳すら漂わせた鳴き声に、グリフォン達は頭を上げた。
その光景は、まるで主人と家来を思わせる。平伏した家来に馬上から労いの言葉をかけるような。
つまり、グリフォン達がお辞儀をしたのは、俺ではなくドラゴンに対して、ということだろう。
「――あ」
サラが呟き、グリフォンライダー達が視線を交わらせた。互いに目配せをし合い、何かを確認したように見える。
アイコンタクトは一瞬だった。将軍が口を開く。
「それが君が拾ったというドラゴンの子供か」
「は、はい。そうです」
少しの間黙っていた将軍は、俺の視線に気付くと、咳払いを一つした。
「……んんっ。城に着いたら、その辺りの事を詳しく聞きたいものだな。では、騎乗!」
強引だが有無を言わせない号令で、俺達はグリフォンに乗り込むことになった。
俺は完全に侮っていたのだ。
魔法も使えないし、ラチハークではほとんど魔獣に乗る機会はない。俺は、空を飛ぶのがこんなに怖いとは、想像もしていなかった。
地面が遠ざかっていくにつれて、視界に入る範囲が広がり、確かな存在を感じられるモノがどんどん減っていく、その恐怖。
ソリスがいきなり宙返りを披露した。
地面が上。足元には空。当然回想なんて吹っ飛んだ。
「ぅひぃ~~~ッ!?」
「ぐーあー!」
「うるさいっ! もういっそ落ちろッ!!」
サラはもう諦めたのか、俺がしがみ付くのを黙認してくれるようになった。力を込め過ぎた腕が震えているからかもしれない。むしろ台詞はどんどん厳しくなっていったけど。
落ちろとか鬼か。
「カインド! 今度、君を抱えて飛んでみたいんだ! きっと楽しいぞ!」
ルースが笑いを堪えた様子で言った。
どっしりとしたグリフォンに跨っていても怖いのに、抱えられただけで空を飛ぶなんて、絶対に楽しい筈がない。
言い返そうにも、恐怖で、気の利いた返答が出来なかった。悔しかったので、とりあえず叫ぶ。
「うるせー!!」
「アンタの方がうるさいっ!!」
サラの口調が微妙に変わってきた。彼女もどこか気が緩んできたのかもしれない。少なくとも、むっつり不機嫌さを表すだけでなく、直接文句を言ってくるのは、前進じゃないかと思うのだ。
「おっ、見えてきた! 苦行ももう終わりだぞ、ハッハッハ!」
将軍の声に恐る恐る顔を上げる。
緑ばかりの大地の向こう、地平線に別の色があった。
「あれが……」
俺にとっては、とても長く感じた空の旅だったが、実質は数十分といったところだろう。確かに馬車で行くよりずっと早い。
ひと時恐怖を忘れてぼんやりしている間にも、その様々な色は、どんどん大きくなっていく。
それまではしゃいでいたスロウルム将軍が、どこか畏敬の念すら感じさせる声色で呟いた。
「そう、あれがルークセントの王都、クルミア。そしてその中央に位置するのが、目的地――クルミア宮殿だ」
10月1日初稿
11月26日誤字修正
憲兵への高感度→好感度
2015年8月17日 指摘を受けて誤字修正
将軍を含むグリフォンライダーが三人が → グリフォンライダー三人が