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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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五十八話 「RD事変 其の五十七 『世界を糾弾する者』」

   †††

「ありゃあ、まるでありだよ」
 AIが表示する観測データから敵が撤退したことを確認し、黒いMGに乗る男、ルヴァナットがせせら笑う。

 あのルシア軍がいともたやすく撤退したのだ。それが被害を抑えるためだとわかっていても、なんとも痛快ではないか。あのルシア軍が、あの世界最強の軍隊が蟻のように逃げ惑ったのだ。

 この黒いMG、リヴァイアードがいるのは地表からおよそ千三百メートル上空。隣には光輝く偽りの富の塔、アピュラトリスがそびえている。このような上空から狙撃をもらえば、いくらルシア軍でもひとたまりもない。

 これは地形がいかに戦闘に影響を及ぼすかを示す絶好の教訓である。相手が優れた射手であっても、有利な位置取りを行えば結果は見ての通りに圧勝できる。

 この勝利はすべて地の利にある。

 ただし、それを可能にしたのはリヒトラッシュが唸るほどのガンマンが乗っているからである。ある程度角度が緩いのならば狙うのは簡単であるが、真上からの狙撃には高度なテクニックが必要である。

 たとえば上空からサッカーボールを落として、それを蹴るという企画がたまにあるが、これがまた難しい。あるいは的に当てるということも、なかなか上手くいかないものである。それだけ環境条件の影響を受けるからだ。

 しかしながら、それを正確に実行できるだけの存在がラーバーンにはいる。それがこの男。ルヴァナットではない、もう一人の男。

「あと十三センチずれていたら当たっていた。当たれば場所が割れていたぞ」
「ちぇっ、あにぃは細かいよ。当たらなかったんだから、いいじゃないか」
「敵をよく見ろ。見て間合いを感じろ」
「いや、見ろって言われてもな…」
 ルヴァナットは、兄であるビシュナットの言葉に耳を疑う。

 現在、MGの周囲は煙で覆われている。これは単なる煙幕であるが、濃厚な煙は完全に視界を消し去っている。それは彼ら【ナット兄弟】も例外ではなく、ルシア軍の様子を目視することはできないのだ。

 この状態で敵を狙撃するのは、もはや神業に近い。だが、ビシュナットならばそれができる。彼らはこの戦いにおける重要な【楔】となる能力を持っていた。それゆえにゼッカーも最初から投入を決めていたほどに重要な駒の一つであった。

 そして、彼らに与えられた機体も特別製であるのはいうまでもない。

「弟よ、このリヴァイアードは気に入ったか?」
「ああ、すごいよ、この魔人機は! 今まで乗ったどんなMGよりもイケてる!!」
 ルヴァナットは、興奮冷めやらぬ様子で何度も機体を動かしていた。反応速度、感受性、どれも一級品のオーバーギアと遜色ない出来である。彼らが今まで乗っていたMGもそれなりのものであったが、これと比べると前世紀の骨董品に思えてくる。

 一番は装備である。

 まず最初に注目するのが、ルシアのMGを一撃で落とすほどの高威力のビーム砲、簡易式イレイザーカノン。これは出力を上げれば数機まとめて破壊できるほどに強力な兵装である。

 この時代では光学兵器は研究中の段階であり、実戦に投入された例は少ない。が、少ないだけであって、ないわけではない。単純に効率の問題で実弾兵器に劣るが、実験的にいくつかの兵器が投入された記録がある。

 もともとイレイザーカノンは一部の神機に搭載されていた兵器であり、それをハイテッシモのようなネーパシリーズがコピーする形となっている。この簡易式イレイザーカノンもハイテッシモのフォルテッシモを参考に造られているといえば、その威力も納得がいくだろう。

 ハイテッシモは拡散させ、敵の隊列や気勢を崩すことに使っていたが、それを収束させて放てば強力な一撃となる。これらの使い方は、狙撃用MGと、あくまで接近戦がメインのハイテッシモとの違いであって、質そのものは同等である。

「一撃だ! 一撃だぜ! こいつは面白い! あのルシアが一撃だ!」
 いまだ少量とはいえ、MGが量産されてからのルシア軍の強さは異常であった。最新鋭のMGの前には戦車では太刀打ちできない。そのためルシアの勢いは増すばかりなのだ。しかし、このMGはルシアを一蹴できる。その快感は相当なものである。

「だがな、弟よ。このジュエル一個でどれだけの人民が救えるのか、それを忘れるな」
「なんだよ。せっかくの祭りだろう。景気よくいこうよ」
 簡易イレイザーカノンを使うためには、一発につきジュエル一個を使用する。このジュエルは燃料石と呼ばれるものの中でも光の性質を持つもので、とりわけ値が張るものである。

 すでに二十発以上は撃ったので、当然ながら同じ数のジュエルを使っている。力を完全に失ったジュエルは自動的には回復しない。これを空瓶と考え、新しく力を注入することもできなくはないが、それには特殊な工程が必要になるので現状ではすべて使い捨てである。

 これ一個、現在の相場でおよそ三百万円は下らない。

 ジュエルそのものが採掘によってしか得られないうえに、特定の性質を持ったジュエルだけを意図的に集めるのは困難である。それができるのもラーバーンが保有する無尽蔵の資産のおかげである。つまりは買い漁ったにすぎない。

 これによってジュエル市場は沸騰し、他のジュエルも値段が上がっていく。そうなれば結果的に一般市民に影響が出るのは必至である。娯楽で集めているような者ならばいざ知らず、生活に必要なジュエルまで高騰するのは意図するものではない。

 この資金が恵まれない人間に分け与えられていれば、どれだけの人間が助かることだろう。それを思うとビシュナットの心は痛むのだ。

「でもよ、あにぃ。それって、今のシステムがあればってことだろう? ゼッカーはそいつを壊すって話だ。なら、気にすることはないよ」
「それは壊してからの話だ。今はまだ変わっていない。まだ何もな」
 今はまだシステムが混乱している状態にすぎない。世界の強固さを考えれば、簡単なことではすぐに復旧してしまうだろう。

「この塔を見よ。人の妄執が作り上げた、出来損ないの塔を! なんと美しくないのだ!」
 ビシュナットは侮蔑の眼差しで塔を見る。

 なんと美しくないのだろう。窓一つなく、人工的な力で組み上げたこの塔からは生命力というものを感じない。あるのは瓦礫で作られた権威にしがみつく死者の群れである。

 このアピュラトリスこそが【堕落の象徴】なのだ。

 まるで成金が金に物を言わせ、あらゆる宝石を集めて着飾るようなもの。あまりの醜悪さに見るも耐えない。

「この塔が破壊されて初めて世界は変わるのだ」
「俺にはまだよくわからないよ、あにぃ。ゼッカーの話は小難しすぎる。もっと簡単にできないものかな」
「たしかにゼッカー殿の考えは深すぎる。我らでは理解に及ばぬもの。だが、我ら兄弟、あの御仁に忠誠を誓った身。それが【契約】だ」
 すべてのバーンはゼッカーと契約を行っている。その効果は彼らバーンが死ぬまで継続される。

 だが、その代わりに与えられるのは【力】。
 彼らの願望を満たすための本物の力。
 それは死すら安く思えるほどに魅力的である。

 このリヴァイアードもその中の一つ。ただ、その力はまだ完全ではない。

「やはり処女機というのは難しいものだ。感覚がまだ合わない」
「あれでか? 十分じゃないの?」
「駄目だ。このレベルの戦いでは命取りになる」
 ビシュナットはMGの状態をチェックしつつ、まだ慣れない機体との【距離感】に戸惑っていた。

 処女機には独特な硬さがあるので、そうした違和感を取り除かないと実戦では命取りになる。ホウサンオーがナイト・オブ・ザ・バーンの調整をじっくり行ったのもそのためなのだ。その効果は雪騎将との戦いに生かされたので、重要性は立証済みであるといえる。

 リヴァイアードは優れたMGとはいえ、実戦投入はこれが初めてである。本来ならば何度か野良戦に混じって調整をするが、完成したのが最近かつ秘匿性の高い機体ゆえにそれも難しい。

 なにせガネリア動乱から一年程度しか経っていない。オブザバーンシリーズの開発はタオとシッポリート博士によってゼッカー合流以前からも行われていたが、このリヴァイアードはガネリア動乱のデータを使って造られているラーバーンの第二世代型MGである。

 同じ第二世代MGには、ジンクイーザの後継機であるクイーザシリーズやバボーラの特化発展型であるデリクミスがあり、これらはもうすぐ完成予定である。そのどれもが旧来のスペックを凌駕する超高性能MGとなるだろう。

 このようにラーバーンの機体は強力であるが、オブザバーンシリーズのように稼働してから日が浅いものが多く、すべてが時間との闘いとなっている。それでも急造された組織とMGでこれだけ戦えるのは、ひとえにゼッカーという最高の個があってこそである。

「これだけのMGをもらったのだ。文句は言わぬ。合わせるだけのことだ」
「MGは最高なんだけどさ、この【足場】は何とかならないのか」
 兄とは違って面倒なことは性に合わない弟のルヴァナットは、機体の状態よりも足場のほうが気になっていた。

 なにせ、とても不安定である。たしかに乗れることは乗れるが、まるで少し硬めの綿飴に乗っているようなもの。動けば揺れるので、ルヴァナットとしてはいつ崩れるか気が気がではない。

「申し訳ありません。これも急造なものでして」
 その不満に対応したのはマレンである。しかしこのマレン、各バーンやメラキとの連絡が重要なのはわかるが、いつも損な役回りである。まるでクレーマー専属のオペレーターのようだ。

「ああ、ごめんな。マレンが悪いわけじゃないのはわかってるさ。ゼッカーが悪いんだよな、これさ」
 ナット兄弟が散々待たされた挙句にこんな現状になっているのも、ゼッカーがこの点だけは後手に回ったからである。

 さすがのゼッカーもハブシェンメッツの狙いには気づけなかった。それによってナット兄弟は、より高所からの狙撃を強いられているのだ。これは想定外、苦肉の策。いわば応急措置なのである。

 彼らが宙に浮いているのは、なんとアルザリ・ナムが予想した通りの単純な仕組みである。いくら高性能な機体とはいえ神機でもない限りは宙に浮くことは至難の業である。ジャンプならばいざ知らず、浮揚するのは不可能である。

 となれば、土台を作るのが一番早い。ただし、これは煙が固まったものではない。転移されたのは玉手箱だけではなかったのだ。いや、実際のところ玉手箱とは、この煙幕のことだけを指すのではない。

 煙幕と同時に凝固材を転移し、即席の足場を作るものである。凝固材は透明なので、煙幕と同時に展開すればまず目視では見破れない。煙幕はあくまで目隠し。この土台を隠すためのものである。

 ただし、予定よりもかなり高い場所であるため、足場は相当不安定である。リヴァイアードの反動抑制機能とナット兄弟の腕がなければ、間違いなく足場が崩壊および転落しているだろう。

 正直、消耗戦になれば圧倒的に不利である。ルシア軍が早々に撤退してくれて助かったのはナット兄弟のほうかもしれない。同時に、これも奇襲の効果である。正体不明の相手では、どうしても相手は警戒する。そこを狙った賭けでもあったわけだ。

「計算上は、あと三十分は保持可能です。しかし、徐々に崩れていくので、少しずつ降下していただくことになります」
「こえー。高いところは苦手なんだ」
「弟よ、少しだがもう星が見えてきた。我らは天に近づいたのだ」
「やめてくれよ、あにぃ! 変なフラグを立てないでくれ! というか、俺には見えないからな!」
 不吉な発言をするビシュナットであるが、特に深い意味があるわけではない。単純にこういう性格なのである。

(あにぃの言うことは、相変わらずよくわからん…)
 昔から兄のビシュナットは変わっていた。言っていることは真面目なのだが、間というかタイミングというか、何かが人とずれている。弟のルヴァナットにしても、いまだによくわからないことが多いのだ。

 しかし、ビシュナットが間違ったことはない。【その目】は、間違いなく世界を見抜いている。自己がやるべきことを的確に見抜くのだ。

「あなたは神か悪魔か、それとも英雄か」

 ビシュナットがゼッカーと出会った時に放った言葉である。まだお互いに一言もしゃべっていない段階で、彼はこの言葉を発した。それに対するゼッカーの答えは、ただ笑うのみであった。

 ルヴァナットは、ただただ呆気に取られて事の成り行きを見守るしかなかった。兄のビシュナットは普通ではない。おそらく普通という生活とは無縁である。

 しかし、【天才】である。

(あにぃは正しい。だから、あにぃが認めた男を俺も信じる)
 一方のルヴァナットは凡人である。少なくとも兄と一緒でなければ真価を発揮できないだろう。その意味でも兄を全面的に信頼しており、もはや陶酔にも似た感情を持っている。

 そんな彼はゼッカーからも兄と同じ匂いを感じる。天才は天才を知るのであろう。そして、何よりも凡人は天才を深く知ることができる。その優れた才に恐れおののくことができるので、より大きく見えるのだ。

 ルヴァナットはゼッカーが怖い。今もそれは変わらず、彼の圧力、気配を感じるたびに生きた心地がしないのである。されど、それこそが悪魔たるゆえん。怖いものが味方になるほど安心できることはないだろう。

「ルシア軍が動きました。ご注意ください」
 撤退してから二十五分程度。マレンよりルシア軍が再度始動したという一報を受ける。

「おとなしく退いていればいいものを。ゼッカーに逆らっても死ぬだけなんだけどな…」
 ルヴァナットはコックピットの画面を確認。そこには展開しているリフレクターから送られてくる周囲の状況がシンボル状に映っていた。

 リヴァイアードは簡易イレイザーカノンにばかり目がいくが、この機体の最大の特徴は【周囲の環境を正確にモニタリング】できるところである。コウモリのように超音波の反射を感知することによって、周囲の状況を知ることができるのだ。

 その機能を完全に使用するにはリフレクター(反射板)を広域に展開する必要があるが、煙の範囲を超えてしまうために、すべての機能を使っているわけではない。しかし、この状態でも大まかな位置は把握できるのだ。

「あにぃ、またやっちまうか」
「…待て。何か持ってきている」
 ビシュナットもルシア軍を【視認】。そこに今までと違う何かを見いだす。

「一斑から五班は牽制射撃を」
 ハブシェンメッツは素早く展開したロー・アンギャルに指示を出す。それと同時に上空に向かって射撃が行われる。ここまでは最初と同じ。

 しかし、その傍らには最初の戦いにはなかったものがある。

 四角い人工物。
 八連装の小型ミサイルランチャー、ML-S8。

 ルシア軍が用意したのは、ML-S8を十二基。それが最初の交戦とは違う重要な要素である。牽制射撃が行われた直後、ミサイルがどんどん発射される。

 ML-S8の特徴は、射程の短さを補うほどの連射性能である。主に対人戦闘による制圧戦や殲滅戦、艦隊戦の弾幕用に使われる兵器で、小型なので取り回しも良いことからよく戦場で見ることができる。

 ただし、狙いは上空ではなく足元。地表面。ミサイルは最初に敵からの射撃があった地点のおよそ真下を狙って発射されていく。そこはアピュラトリスの地表なので、パージされた外壁の瓦礫がいくつかはあっても、本来は何もない場所である。

 しかし、それに慌てたのはルヴァナットである。

「やっこさん、気がついたか!?」
 ルシア軍の戦い方の変化に、ルヴァナットは足場のことを見抜かれたと悟る。そうでなければ、わざわざ地表に攻撃などしないだろう。

 そして、ミサイルの一発が足場を形成している凝固材に命中。大きな振動がリヴァイアードにまで伝わってきた。これは根元が細いが、先端はもっさりしている植物を想像してみるとわかりやすい。軽い風でも大きく幹が揺れるのだ。

「移動するぞ」
 ビシュナットの指示でリヴァイアードは即座に移動を開始。隣にある足場に飛び退く。直後、凝固材の根元は破壊され、今いた足場が地上に向かって落ちていく。そのままいれば転落していただろう。

「邪魔臭いんだよ!」
 転落した足場を見て肝を冷やしたルヴァナットは、リヴァイアードが手に持っているビームガトリングを発射。凝縮された光の粒子がミサイルランチャー数基を破壊。搭載されていたミサイルが爆発して周囲のML-S8も薙ぎ倒す。

「どうだ!!」
 ルヴァナットはミサイルランチャーを破壊して得意げである。しかし、ビシュナットの表情は曇る。

「弟よ、今の行動は過ちだったな」
「なんでだよ、あにぃ?」
「相手の気勢が満ちた。誘われたのだ」
 ビシュナットの目には、ルシア軍の雰囲気が変わったことがはっきり見えた。その証拠にハブシェンメッツも笑顔である。

「ミサイルを攻撃したね。こちらの推論は当たっていたということだ」
 もし本当に浮いているのならば、地表を攻撃されても気にしないはずである。しかし、相手は真っ先にML-S8を狙ってきた。これは足場を使っていることを示す何よりの証拠である。

「まさか、本当に固まっているとは…」
 アルザリ・ナムも相当訝しんでいたが、相手の反応を見て上司と同じ見解を示す。それが事実だと相手が教えてくれたのだから信じるしかない。

「まあ、細かい話は化学の専門家に任せればいいさ。それよりミサイルは使いきってかまわないから、どんどん投入してくれ」
 連盟側は面子があるので物資を惜しまない。仮にダマスカスの兵器庫を空にしてもお咎めはなしである。それゆえに少なくとも物的な観点からは簡単に消耗戦を展開することができる。

 これはナット兄弟からしてみれば非常にまずい事態である。

「すまない、あにぃ! 俺がとちっちまった!」
「気にするな。どのみち放ってはおけないものだ。それより迎撃だ」
「ああ、任せてくれ!」
 ルヴァナットはビームガトリングを連射。そのいくつかはML-S8やブルーゲリュオンにヒットするが、足場が不安定になったことと牽制射撃によって狙いがずれていく。

 そして、この状況を見逃さない男がルシア軍にはいた。

「射抜く!」
 リヒトラッシュの目が煙のわずかな揺れを視認。それは煙の奥の奥、常人では到底見通せない場所にあるかすかな揺れであるが、閃眼を持つリヒトラッシュは誤魔化せない。

 ブルーケノシリス〈青き狩馬〉から放たれた銃弾が重厚な煙を貫きながら、まっすぐにリヴァイアードに向かっていく。

(まずい! これはかわせない!)
 ルヴァナットは弾丸が命中することを覚悟した。一流の武人になれば当たる前からわかるものである。その間に被害の予測をし、次の行動を取れるようにならねばならない。

 ただ、ここは場所が悪い。次の行動を取るにも選択肢は限られる。その前にこの銃弾が致命傷にならないことを祈るしかない。

 と、ここまでが自らを凡人と称するルヴァナットの見識。
 彼が思い描いた視野の限界である。

 しかし次の瞬間、ルヴァナットが見たのは、リヴァイアードの左腕が吹っ飛ぶ光景。これは銃弾が当たって壊れたのではない。【自ら放した】のだ。リヴァイアードの腕は有線で繋がれており、搭乗者の意思で自在に操ることができる。

 有線アームは銃弾を捉えると、掌の穴から戦気で生み出した弾丸を発射。ここには加速式の二次ジュエルモーターがあり、放出した戦気の威力を押し上げる効果があった。

 ビシュナットの【指弾】である。

 彼はガンマンであるが銃火器を使わない。使うのは弾丸のみで、指で弾いて撃ち出すことを得意とする。弾丸のみならず、あらゆるものを代用できるうえに、核となるものがなくても自らの戦気を圧縮して撃ち出すことが可能な便利な技である。

 ビシュナットのタイプとしては放出型の戦士に分類される武人である。指弾も原理としてはゾバークが使った空点衝と同じもの。単純に戦気を撃ち出す技である。しかし、戦気の放出が得意な武人が使えば、その威力は段違いとなる。

 発射された【戦弾】の威力は普通のライフル用の弾丸と大差ない威力となり、ブルーケノシリスの発射した弾丸と衝突。威力を殺し、弾道がずれた弾丸はリヴァイアードの脇を逸れていく。

「うむ、問題ない」
 この神業のような芸当をやってのけた兄のビシュナットは、最初からそうするつもりだったといわんばかりに涼しい顔をしている。だが、凡人のルヴァナットは痺れた。

(すげええええええ! あにぃ、すげえええ!!!)
 ルヴァナットの全身が火照っていく。こんな神業は自分には一生できない。まぐれでもできない。それを意図的に、さも簡単そうにやってのける天才の兄に興奮していく!!

 ここで重要なのは、これがMG戦闘であるということ。いくらジュエルモーターで強化されているとはいえ、使っているのは自らの戦気なのである。それをMG戦闘でも使えるレベルにまで昇華しているのだ。

 放出技のみに絞れば、そのキレはホウサンオーやガガーランドにも匹敵するものである。しかもビシュナットは自らをガンマンと称する。戦士と名乗ったほうが箔がつくにもかかわらず、銃者であると言ってのける気概がある。

「うおおおお! 俺もやるよ!!」
 ルヴァナットの戦気が燃えていく。それがリヴァイアードの全身を包み込み、巨大な戦気の膜を生み出す。距離もあるのでブルーゲリュオンの牽制射撃など、この戦気の前では無力と化す。

「良い戦気だ」
 弟の戦気にビシュナットも満足する。

 優れた兄を持ったルヴァナットは自らを低く見る傾向にあるが、ビシュナットはこれだけの質量の戦気を維持することはできない。兄は優れた技を。弟は頑強な身体と戦気を。この二つが合わさった時、リヴァイアードは真の力を発揮するのである。

 リヴァイアードは再び砲撃態勢に入り、簡易式イレイザーカノンを放つ。ビシュナットが担当した射撃はルヴァナットの雑な一撃とは違い、まさに芸術品。美しい軌道を描いてミサイルとルシア軍を蹂躙していく。

(………)
 この光景にリヒトラッシュは沈黙していた。

 自信を失ったのか?
 また仲間がやられたことに怒っているのか?

 否。

 否否!!!

 否なのだ!!!

(天才だ)
 リヒトラッシュは、その射撃が自らの魂の琴線に触れたことを悟った。

 魂が打ち震える。
 身体が痺れる。
 背筋が凍る。
 頬が茹る。

 そのすべてが、目の前の【天才】に向けられていた。

 田舎で一番の猟師だった男が都会に出た時、多くの失望を覚えた。すべてが【緩い】社会に何の興奮も覚えなかった。雪の社会は厳しい側面もあるが、今のルシアは豊かすぎた。豊かな世界に蔓延していたのは、なんとも緩い空気。

 殺すか殺されるかという狩りの世界で生きてきた男には、豊かで便利な社会には何の魅力も感じなかった。唯一、自分と同じ匂いを醸し出す雪の騎士たちだけが、彼を踏みとどまらせていた要素である。

 しかし、彼らの多くは生粋の剣士や戦士たちである。銃を扱う人間にとって、しかもそれが生粋のスナイパーという稀有な人種にとっては、やはり疎外感を感じてしまうもの。「やはり違う」リヒトラッシュはそう思い続けていた。

 そんな時である。

 目の前で行われた神業は、まさにリヒトラッシュが求めていたものなのだ。その技には気品すら漂い、何よりいっさいの劣等感がない。自分が銃を使っていることがあまりに自然なのだ。

 それはまさに孤高の天才の姿。
 稀代の鬼才が降臨した瞬間である。

 いつの社会も天才を敵視するのは凡人のみ。奇才を認めようとしないのが常である。されど、天才は誰も気にしない。そもそも見ている世界が違うのである。それはビシュナットも同じであった。

 自由に、何にも縛られず、己を表現している。その生き生きとした射撃にリヒトラッシュの目は釘付けになっていたのだ。

「地上に降りるぞ」
 足場が不安定になったことを契機に、リヴァイアードは少しずつ低い足場に移動しつつ一番高いビルの屋上に降り立つと、ついにその姿を現した。

 でかい。

 機体を見た人間が最初に思うことがそれ。ドラグ・オブ・ザ・バーンには及ばないが、同じ大型に属するヘビ・ラテに高さを加えたような、がっしりとした機体である。

 それはMGと呼ぶよりも移動砲台と呼んだほうがよいかもしれない。その意味でどことなくリビアルに似ているが、そう思うのも当然である。この機体はガネリア動乱で取得したリビアルとガヴァルのデータを基にして生まれた機体なのだ。

 コンセプトはガヴァルの機動性を維持しつつ、リビアルの砲撃を可能とする高速砲撃戦闘が可能な機体である。肩には簡易イレイザーカノンを装備し、右腕にビームガトリング、左腕は装備換装用に空いているが、さきほどやったように有線アームで自在に動かすことができる。当然、機動性も高い。

 ただし、それを可能にするには二人乗りにする必要があった。これが唯一の欠点であるが、両者の長所を生かして戦うナット兄弟にとっては最高のMGとなる。

 そのリヴァイアードは屋上に降り立つや否や、周囲に向かって宣言する。

「我、天下てんが泰平のために降り立つ者なり。不平等を正し、不正を糾弾し、悪を討つ者なり。正義を恐れぬ者たちよ、その身に悪あれば、遠慮なくかかってくるがいい!」

 ビシュナットが一般回線で堂々と言い放つ。それはまさにホウサンオーがやったような余裕なのか。

「あにぃいい!! 宣言しなくていいよ!!! 俺たち、もうバーンなんだからさ!」
 と思ったが違うらしい。ルヴァナットは慌てて止めるも、すでに言い放った後である。もうどうにもできない。それに加えて、彼らの場合はホウサンオーとはまた違った意味での問題があった。

「おい、あの台詞…もしかして【糾弾のナット兄弟】じゃないのか?」
 彼らの名が、ルシアのスナイパー部隊の騎士たちから次々と挙がってくる。それだけインパクトがあり、なおかつ有名な台詞であったからだ。

 糾弾のナット兄弟。

 凄腕のガンマン二人組として傭兵の中でかなり有名な存在。幾多の一流傭兵団や騎士団からの勧誘を断り、兄弟二人だけでやっている流れの傭兵である。

 常に実戦で戦っているので世の中には腕が立つ傭兵は多い。兄弟でやっている者もいる。身内だけで固まる傭兵団も多い。普通ならばここまで有名にならない。だが、彼らには普通の傭兵にはない【流儀】があった。

 一番有名なのが【主殺し】である。

 傭兵の中には、さまざまな流儀を持つ者がいる。多くの者は金銭や物で動くが、ある者は名で動き、ある者は縁で動き、ある者は志で動く。糾弾のナット兄弟は、その二つ名の通り、不平等と不正、悪を糾弾し、世のため人のために成敗することを流儀としている。

 そのため、いくら雇い主であっても彼らの流儀に反すれば、容赦なく排除する。それが戦いの最中であっても契約満了後でも変わらない。下賎な企みで彼らを操ろうとしても、必ず明るみになって排除されてしまう。

 そのうえ明らかに怪しい雇い主でも彼らは依頼を受けていた。何度も騙され、何十人、何百人といった敵に囲まれたこともある。それでも最後には必ず悪を成敗するのである。自分たちを騙した人間は必ず殺す。そこにいっさいの躊躇はない。

 そんな危険な彼らであるが、雇う者は非常に多い。それだけ腕が良いのである。交渉の段階で嘘をつかず、彼らの流儀に反しないことを契約の中に盛り込めば、これほど頼りになる傭兵もいない。彼らはけっして裏切らないからだ。

 彼らの一番多い雇い主は【弱者】である。不正に苦しむ民を傲慢な為政者から守り、町の治安を乱す盗賊団を排除し、幼い子供たちの願いを叶えるために地上げ屋と戦う。彼らを味方にすれば、いかなる不平等も正されるのであるから、人気も出ようというものである。

 ナット兄弟はルシア辺境艦隊とも戦ったことがある。その際はルシア兵の強さを実感しつつも、恐るべき戦果を叩き出している。撃破された戦車は軽く二百に至り、千に近い歩兵を打ち倒している。その強さはルシア軍の中でも語り草になっており、ルシアの査定では二人組でありながらも一級傭兵団に認定されているほどだ。

 だが、そんな彼らも二年ほど前から活動を休止していた。その理由は私的な事情であるも、彼らが引き起こす逸話は話題性があったので、傭兵界隈では残念がられていたものである。

 その糾弾のナット兄弟がバーンとして現れる。彼らは傭兵として働くのを辞め、最初で最後の大型契約を結んだのである。

 その目的はただ一つ。

「天下泰平のため、この世の不平等をすべて排するため、我らは一歩も退かぬ!! 悪魔の裁きを恐れぬ者よ、かかってこい!」

 ナット兄弟はゼッカーという悪魔が目指す世界を受け入れた。

 そのためにすべてを捨てると決めたのだ。
 世の不平等すべてを排除すると決めたのだ。

 暴利をむさぼる両親を殺したその時から、彼らの宿命の螺旋は廻っていた。


 バーン序列五十二位、ナット兄弟


 その名を刻め!

 今、彼らは世界を糾弾する!!

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