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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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五十七話 「RD事変 其の五十六 『加速と収束の戦場⑥』」

   †††

「今すぐ敵を排除します。出撃許可をいただきたい!」
 眼鏡をかけたスーツ姿の長身の男が、相変わらず冴えない顔をしている青髪の男に詰め寄っていた。

 一見すれば事務方の人間が、その青髪の男、ハブシェンメッツに文句を言っている光景に見えるが、詰め寄っているのはロー・アンギャルの隊長、ヤーピレ・リヒトラッシュ上級大尉である。

 リヒトラッシュの髪は雪のように真っ白。これは老化ではなく、雪の中でも擬態できる彼ら狩猟民族の特徴であり、ルシアではルシアンブロンドと同じく希少な存在とされている。ちなみに目の色は透き通ったライムグリーンで、瑞々しい山の新緑を彷彿させる。

 眼鏡も普通のものとは違い、利き目である右目部分だけ異様に膨れ上がっており、なおかつ不透明である。この眼鏡にはキューパス・カイヤナイトが仕込まれていて、必要に応じて常時発動できるようになっている。使用時はレンズも透明になり、ちゃんと前が見えるようになっている特注物だ。

 こうした装備は異様に見えるが、目に負担をかけやすいリヒトラッシュにとっては強制的に目を休められるので、真面目な性格の彼にはありがたいものである。

 リヒトラッシュは肉体派ではないのでほっそりとした印象であるも、今こうしてハブシェンメッツに詰め寄っている様は、まさに狩人の迫力に満ちていた。

 その迫力を一方的に受ける羽目になったハブシェンメッツは、困ったように髪の毛を引っ張っているだけである。何を言ってもまともな返事が返ってこない。

 そのことにリヒトラッシュは苛立つ。

「青風位、許可を!!」
「ヤープ、落ち着け。今は無理だ」
 彼に反論したのはハブシェンメッツではなかった。リヒトラッシュと同級のもう一人の雪騎将、ゾバーク・ミルゲン上級大尉である。ホウサンオーの足止めを終えた彼らは撤退。基地内に戻っていたのだ。

 自分から注意が逸れ、ほっとした顔をするハブシェンメッツに、ゾバークは首を傾げる。

(こいつが本当にさっきの指揮官か?)
 改めて見たハブシェンメッツは、嘘偽りなく超絶に冴えない男であった。

 もし道すがら出会ったら、確実に意識しないレベルに存在感がない。これならば近所の会話好きのおばちゃんのほうが、よっぽど存在感があるだろう。

 現在、ハブシェンメッツは【電源が落ちていた】。

 最後の詰めの段階でつまずいてしまい、やる気がかなり減退しているようである。必死にアルザリ・ナムが服を引っ張って注意しているが、すでにギャンブルで負けた時のような廃人顔になっている。いわゆる【死んだ魚の目】である。

 たしかにこの男は「全勝の男」であるのだが、何事にも始まりと終わりがあるものである。表が裏になれば、また表になる運命。今のハブシェンメッツは、再び駄目人間に舞い戻っていた。スイッチが切れたのだから、こればかりはどうにもできない。

「無理ではない。撃ち落とす自信はある」
 リヒトラッシュもハブシェンメッツの駄目な様子を感じ取り、会話の相手をゾバークに移す。

「また部下が死ぬぞ」
「ならば私一人で十分だ」
「それが冷静じゃねえって言ってんだよ」
 ゾバークはリヒトラッシュが感情的になっていることを見抜いていた。

 膠着状態になってからすでに二十分弱。事態は一向に変わっていない。制圧を担当する部隊指揮官としては焦って当然である。しかし、彼が感情的になる理由はもう一つある。

(部下を殺されてキレてやがる。この激情家め)
 ゾバークは、リヒトラッシュの性格をよく知っていた。

 彼は普段冷静な男であり、任務中は感情を表に出さない。だが、表に出さないだけであり、実際は激情家であるとゾバークは考えている。リヒトラッシュの民族は仲間を大切にする。狩りの仲間は家族同然なのだ。これは軍属になってからも変わっていない。

 どんな理由であれ、部下が大勢死んだ。さきほどの攻撃で優秀なスナイパーが二十人は死んでいる。この大きな被害にヤープ(リヒトラッシュの愛称)がキレているのだ。それを同僚かつ同階級のゾバークが抑えている構図である。

「お前も油断すると俺と同じ目に遭うぜ」
 ゾバークは自分の喉と肩に触れて、少しだけ真面目な声で諭す。

 ゾバークには、ホウサンオーにやられた傷が生々しく残っている。今は服で見えないが身体には大きな裂傷が残っており、喉元にもまだ穴があいている。彼の頑強な肉体によって致命傷にはなっていないが、頑丈な彼にしてみれば稀にみる相当な大怪我である。

 しかも彼のブルースカルド〈青の兵士〉は大破寸前。応急処置はなされているが、本格的な修理は本国に戻る必要がある。これはミタカも同じであり、彼のブルー・シェリノ〈青の夢人花〉も動かすことはできない状態であった。

 ちなみにミタカは右手首が重傷なために集中治療にあたっているので不在だ。二人がかりとはいえ、ホウサンオーの腕を切り落とすほどの逸材。天帝の命令で治療が終わるまでは動くことを禁じられていた。

「なればこそ奪還しなくては意味がない。犠牲以上の戦果を挙げるのが我々の責務のはずだ」
 リヒトラッシュは強硬姿勢を崩さない。これらの犠牲は、すべて制圧のため。アピュラトリス奪還のためである。制圧が完了しなければ、すべてが無駄なのである。

「今出ていってもやられる。目に見えているだろう」
「我々の実力を疑うのか。撃ち落とせばいいだけだ」
「まだ煙が晴れていない。状況が良くないと言っている。お前でもリスクが高いはずだ」
「あなたにそのようなことを言われようとは心外だ。自分はいつでも好きな時に出ていくのに」
 それを言われるとゾバークも耳が痛い。こういうときは、むしろゾバークが無鉄砲に出ていくことが多いものであるから。

 だが、少なくともゾバークは、今のリヒトラッシュよりも正確に状況を把握していた。ゾバークは思い出すように喉元をさすりながら、リヒトラッシュを諫める。

「あいつらはヤバい。実際に戦ってみてわかった。普通のやつらじぇねえ。隊長だってまだ戦ってるんだぜ。信じられるか?」
 この二十分間、上ではジャラガンとガガーランドがいまだ戦い続けている。まったくの互角で殴り合っている。武人ならば、この意味を知ってしかるべきである。

 強すぎる。

 相手の格が数段上なのだ。少なくともホウサンオーとガガーランドは、普通の雪騎将では束になっても敵わないレベルに達している。対抗できるのはジャラガンやラナーのような、一部の特殊な人間に限られていた。

 ゾバークたちが負けたのは偶然でもなんでもない。単なる実力である。実力で雪騎将を押し切る力を彼らは持っているのだ。それは厳然たる事実である。

「ムカつくけどよ、事実は受け入れるぜ」
 ゾバークは武人である。ルシア騎士として天帝の御前で負けることは最大の恥辱であるも、相手の強さを受け入れられないほど愚か者ではない。

 むしろ単機でルシア騎士団を相手にしようとしたホウサンオーを尊敬すらしている。いかに実力があろうと、それはやはり自殺行為なのだ。相手は死を厭わずに勝負にきている。ならば、こちらも同等以上の覚悟がないとやられてしまうのだ。

「たしかにあなたの意見には同意する。ただし、特殊な個体以外は対抗できないレベルではないはずだ」
「そりゃそうだが…さすがに空の上じゃな」
「拳では無理だ。だが、銃ならばできる」
 銃という存在は、真の武人からすれば玩具のようなものである。しかし、どのような物にも使い道があるものだ。

 銃の利点は、当然ながら射程が長いこと。

 剣ほど強力ではなく拳ほど多様でもないが、銃には犠牲を少なくできる最大の魅力がある。しかも弾丸は痛みを感じない使い捨ての道具。銃とは、利便性を追及することで生き残ってきた【知武】なのである。だからこそリヒトラッシュにもプライドがあった。

「外したら死ぬぞ。相手は甘くねえ」
 狙った以上、静止しなければならない。その弾道を通って反撃の一発が来れば、リヒトラッシュは避けられない。それがスナイパーの最大の弱点なのだ。

 あれだけの威力が直撃すれば、ブルーナイトであっても一撃で落ちる可能性が高い。それはリヒトラッシュの死を意味する。

「獲物を仕留めるには一発あれば十分。だが、失敗すれば死ぬのも当然のこと」
 狩人に与えられる余裕は一発のみ。獲物とて生き残るために全力で向かってくる。最初の一発を外したせいで反撃を許し、噛み殺された猟師も数多くいる。そんなことは狩人にとって当たり前の掟なのである。

 殺すか殺されるか。

 それは互いの生存をかけた戦い。リヒトラッシュは武人同士の意地の張り合いというものに興味はないが、狩人の掟ならば理解できる。

「まったく、頑固者め」
「あなたほどではない」
 ゾバークが呆れれば、リヒトラッシュも言い返す。言葉は悪いが、声には互いへの尊敬の念が宿っている。両者に性格上の共通点は少ないが、雪が彼らを強烈に結び付けている。

「まあ、俺たちがどうこう言おうと、あいつが動かないことにはな…」
 ゾバークは、腰掛けてぐったりしている腑抜けた(いつもの姿の)ハブシェンメッツを見る。あれが自分たちに大口を叩いた男かと思うと、わが目を疑いたくなるのも当然だろう。

「最悪は独断で出る。相討ちでも倒せればいい。安心しろ。殺すまでは殺されない」
「おいおい、そりゃさすがに…」
 まったく安心できない台詞を吐くリヒトラッシュを、ゾバークが必死に止めようとした時、背後から声がした。

「なるほど、それはまずい」
 その男は、にこにこと笑いながら静かに歩いてきた。

 その姿にぎょっとするゾバークとリヒトラッシュ。男そのものよりも、
まったく気配がなかったことに驚いたのだ。話に夢中になっていたとはいえ二人は雪騎将である。一流の武人の背後を簡単に取ってしまうのだから驚くのも仕方がないだろう。

 しかし、その男は密偵でも戦士でもなければ、ましてや武人でもなかった。

「イルビリコフ空位…」
 ゾバークは背後から近寄ってきた男、青空位せいくういのイルビリコフを凝視する。

 イルビリコフは今回派遣された戦術士では最高位の存在であり、序列ならば青風位のハブシェンメッツよりも上である。本来ならば彼が陣頭指揮を執るはずであったのだが、その序列は天帝によって無視されてしまった。

 血や階級を重視するルシアでは、分を過ぎる行動はよしとされない。絶対の統制こそが重要視されるからだ。今回のことは特例であり、これが天帝の言葉でなければ絶対に通らない【無理】であった。

 なればこそ、さぞやイルビリコフは悔しい思いをしているに違いない。新参者かつ勤務態度も悪いハブシェンメッツに怒り狂っているに違いない。

 と思うのは、イルビリコフを知らない者の勝手な想像である。

「やだな。私のことはイーちゃんと呼んでくれって言っただろう」
「それは無理だ」
「どうして!?」
 イルビリコフは、さも驚いた表情で聞き返す。が、そんなことは当然である。

「五十のオッサンに、ちゃん付けは無理だろう」
 今の発言だけ聞けば愛想の良い上司のように映るが、イルビリコフは五十のオッサン、ゾバークよりも年上である。

 言ってしまえば、ある日突然部長が「これからは、ちゃん付けで呼んでくれ」と言うようなもの。どれだけちゃん付けが似合っても部下には呼びにくいのに加え、それがオッサンだった日には泣けてくる。よって、ゾバークにその選択肢はなかった。

「酷い! 私はこんなにも職場の空気を良くしようと努力しているのに、少しも協調しないなんて酷い男だ!」
「どっちが酷い!! お前の顔のほうが酷いだろうが!! どこのヤクザ屋だ、お前は!」
 イルビリコフは声こそ優しげであるが、その顔は完全にどこぞのヤクザである。しかもチンピラといった様相ではなく、若頭と呼んでもよさそうな年季の入った顔である。

 それが笑うとさらに怖い。まるでこれから抗争相手を潰しにいくかのような残忍な笑みとなる。その証拠に、かつてイルビリコフは迷子の子供を助けたことがあるが、治安局に連れていったらイルビリコフが兵士に囲まれたという苦い経験トラウマがある。

「気にしているのに!! 好きでこんな顔になったわけじゃないよ! 母さんが悪いんだ! いや、違う。チビたちは普通の顔なのに、私だけ違う顔…。まさか私は不義の子なのでは…」
 イルビリコフには多くの弟妹がいるが、そのどれもが普通の顔である。なぜか長男の彼だけが強面なのだ。それが意味することを深読みし、イルビリコフは苦悩する。

「うおお、うおおおお!」
「うるさい! 何しに来たんだ、あんたは!」
 強面で叫ばれるとさらに酷い顔になる。べつにゾバークも外見で人を判断する男ではないものの、あまりのギャップに毎回こうなってしまうのである。

「空位!! 出撃の許可をいただきたい! あなたの命令ならば気兼ねなく出ることができる!」
 ゾバークには面倒な客でもリヒトラッシュには違った。ハブシェンメッツの上司である彼は実質上の指揮官のようなもの。彼の許可があれば何ら問題はない。

 のだが、イルビリコフにもできないことはある。

「陛下がお定めになられた以上、覆せるのは陛下のみだ。これはどうにもならない」
「やれる自信はあるのです」
「相討ちでは困るよ。陛下が哀しまれるだろう? どれだけ陛下が君たちを愛しているか忘れたのか」
「それは…」
 その言葉にはリヒトラッシュもうつむくしかない。

 雪騎将とは、ただの称号ではない。

 ルシア天帝にとっては、わが身のごとき存在なのである。骨であり肉であり、血なのである。天帝という巨大な力を持つがゆえに孤独となってしまった存在には、真に信頼できる騎士が一人でも多く必要なのである。

 雪騎将の任命の際に、天帝は自らの血を分け与える。両者が家族であり、身内であり、自分自身であることを示すために。血の国にとって、これ以上の待遇は存在しない。

 その雪騎将が死ねばザフキエルは嘆くだろう。人前では動じなくても、心の底ではくのだ。大切な身体の一部を失ったことを悔やむのだ。

 雪騎将の家族が死ねば、彼もまた悼む。喜びがあれば、当人は笑わないものの祝いを贈る。祝ってくれる家族がいる場合、誕生日が近ければ激戦区には送らない。かつて天帝の寵愛を受けた雪騎将が死んだ時、彼は一週間も瞑想室に閉じこもり静かに祈りを捧げ続けた。

 ザフキエルとは、そういう男である。
 だからこそ雪騎将は絶対の忠誠を誓うのだ。雪騎将にとっても、天帝とは自分そのものなのだから。

 当然、リヒトラッシュが死ねばザフキエルは哀しむだろう。

「陛下がお笑いになるなど滅多にないこと。せっかくの興が台無しになる」
 イルビリコフは、この戦いを興と称した。

 たしかに命をかけた戦いなれど、面白みのあるものであることは間違いない事実。普段笑わないあるじが笑ったのならば、なおさらのこと。この興は、何としても興で終わらせないといけないのである。

「死ぬのならば楽しく死んでくれ。陛下がお笑いになるように清々しく」
 後悔なく死ぬのならば、ルシア天帝は咎めたりはしないだろう。全力を出し、すべてを出しきり、そのうえで死ぬのならば天帝は嘆くことはない。

 しかし、最初から相打ちを狙う戦いでは天帝は笑わない。最期の瞬間までルシア騎士として誇り高くあってこそ、天帝は雪騎将を誇りに思うだろう。

 それが【絆】だからである。

「申し訳ない。少し熱くなっていたようだ」
 リヒトラッシュは、ようやく冷静さを取り戻す。

 銃を持って獲物に狙いをつける時はひどく冷静なのに、普段はその中に宿る熱さを制御しきれないのだ。だが、それもまたリヒトラッシュの魅力である。ザフキエルもまた、彼のそういうところを気に入っている。だからこそイルビリコフを送ったのだ。

「雪騎将はそうあってくれたほうがいい。それを諌めるのが我々の仕事だからね。しかしその様子だと、やはり彼は許可を出していないのか」
「奇妙な男だよ、あいつは。凄いのか愚図なのかわからねえ」
「まあ、それは同意見だけど、結果がすべてさ」
 イルビリコフはゾバークが語るハブシェンメッツの人物評に同意しつつも、ルシアでは結果がすべてであることを強調する。ルシア帝国は血統主義と成果主義を見事に使い分けているからこそ、この短期間でここまで巨大な国家になれたのだから。

「そうそう、諸君らにとって朗報かはわからないが、ダマスカス側も動くらしい。それに乗ずれば現状も打破できると思うよ」
「いまさらか? あいつらに何ができる」
「たしかに質では我々に劣るが、ここがルシアではなくダマスカスということを忘れないほうがいい。これは重要なことだ」
 イルビリコフの見た目はヤクザ屋であるが、これでも青空位である。

 彼の持ち味はハブシェンメッツとはだいぶ異なるものの、戦術士としての腕は確かだ。そのイルビリコフは、ダマスカスがこのまま終わるとは思っていないようであった。

「それにね、我々がまだ動かないことには理由がある」
「理由? 何だそりゃ?」
「すぐにわかるよ。おーい、ハブちゃん。例のもの持ってきたよ」
 イルビリコフは、手に持っていた書類を頭の上に掲げてハブシェンメッツを呼ぶ。何を言っても気だるそうにしていたハブシェンメッツであるが、その声には敏感に反応。

「こりゃ、イーちゃん先輩。わざわざどうも」
「私とハブちゃんの仲じゃないか。気にすることはない」
 のそりと簡易ソファーから立ち上がったハブシェンメッツがイルビリコフを出迎えて書類を受け取る。

 強面を見て、どうやら少しだけスイッチが入ったらしい。というよりは、この作戦には自分の命がかかっていることを思い出したらしい。イルビリコフの顔は、さすがの威力である。

「…なるほど。これならば可能性はありそうですね」
 ハブシェンメッツは目をこすりながら書類に目を通す。それでいながらも真剣な表情である。これにはそれだけ重要なことが書いてあるのだ。

「大丈夫? ちゃんとスイッチは入った? 賭けに負けたらお互いに破産だよ」
「はは、大丈夫。ちゃんと勝ちますよ」
 ギャンブルではほとんど勝っていないのに、なぜか強気なハブシェンメッツ。負けても取り戻せばいい、それがギャンブル狂の思考パターンなのだ。

「それにしても、ハブちゃんの才能はすごいね。見事だよ」
「はあ、そうですかね?」
「謙遜することはない。十分さ」
「それで給料が上がればいいんですが…」
 ハブシェンメッツは、髪の毛を引っ張りながらイルビリコフの言葉に応える。

 実際、ここまで挽回したにもかかわらず、ハブシェンメッツには凄いことをしたという実感がない。やり手の棋士と少しいい勝負をした、という感覚でしかないのだ。

 だが、普通の戦術士であったら、すでに雪騎将の中に死者が出ていた可能性もある。最低限の犠牲でここまでやったのだから評価されてもいいだろう。

 といっても、ハブシェンメッツの頭の中には借金のことしかない。どんなに評価されても金にならなければ意味がないのだ。この戦いに負けても死ぬし、勝っても金が入らねば死ぬのだ。まさに人生八方塞がりである。自業自得だが。

「で、そいつは何だよ」
 ゾバークはイルビリコフが持ってきた書類に興味を示す。わざわざ紙にして送り届けるなど正直無駄に思えたからだ。現に、ほとんどの連絡は通信で行っているので必要性がないだろう。

 しかしながら、これだけは書類で届けなければならない理由があった。

「現在の状況では勝ち目がないんだ。それはわかるだろう?」
「なんでだ?」
「転移現象だよ。あれをやられるとこちらは動けない」
 イルビリコフがゾバークに説明したのは、ずっと連盟側を苦しめているラーバーン側の転移である。この後出しじゃんけんをやられると、どんな優秀な戦術士でも勝つことは不可能である。

「もしや打開策ができたのですか?」
 それにはリヒトラッシュも反応する。彼の部下がやられたのも転移による奇襲が原因である。その恐ろしさは身にしみている。

「詳しくは言えない。どこで盗聴されているかわからないからね。常に油断はしないように…っと」
「あっ」
 イルビリコフはそう言うと、ハブシェンメッツから書類を取り上げてライターで燃やしてしまった。

「相手はかなり特殊な方法で情報を盗んでいる。おそらくはダイバーだけではないだろう。ならば原始的ではあるが紙でやり取りするのが一番、というのが監査院の見解だ」
「ふーん、あんたらも大変だな」
「騎士ほどじゃないと思うね。喉に穴があいていて、よくしゃべられるものだと感心しているよ」
 ゾバークの喉は完治しているわけではない。まだ穴があいている。その状態で普通にしゃべられるだけでも驚異である。

 これはホウサンオーの技のキレが良すぎたことも一つの要因。あのビルのように、斬られたにもかかわらず落ちてこないほどに彼の一撃は鋭かったのだ。それは剣にとどまらず、彼が使うすべての技にいえることである。

(まだ全部読んでいなかったのに…とは言えないね)
 やる気がない時のハブシェンメッツの鈍さを侮ってはいけない。

 ちんたら読んでいたら、あっさりとイルビリコフに書類を燃やされ、結局最後のほうは読めなかった。が、そんなことは言えないので、とりあえず理解したことにしておく。

「私はダマスカスとの間を受け持つとしよう。引き続き指揮は頼むよ」
「やるだけやってみますよ」
「それじゃ、がんばって」
「あっ、イーちゃん先輩。あの煙って何だと思います?」
 イルビリコフが出て行こうとする間際で、ハブシェンメッツが少しだけ引き止める。

「検査結果は出たのだろう?」
「ええ、一応ただの煙幕だったのですが…」
 化学成分は至って普通の煙幕である。しかし、なぜか彼らは上空から攻撃を続けることができる。その謎が解けないので苦戦しているのだ。

「さあ、私は化学ばけがく者ではないからな。わかるわけもないが…」
 イルビリコフは自分が指揮官ではないこともあって、あまり積極的にこの問題について考えないようにしていた。

 ただし、それは思考を止めるという意味ではない。全体を見つめることで、局所的なことに囚われないという意図がある。そして、その結果言えることがあるとすれば…

「相手はマジシャンだ。見破ってやろうなんて思って臨んだら、勝てるものも勝てない。現実的に考えて、どうすればそれが可能なのかを考えてみるほうが簡単じゃないか?」

「それじゃ、私は行くよ」
 そう言うと、イルビリコフはさっさと出て行ってしまった。

 ただでさえイルビリコフを差し置いたハブシェンメッツを快く思わない人間が多いうえに、現場に指揮官が二人いれば混乱を招く。これもイルビリコフなりの気の遣い方であった。

(相変わらず凄い人だ)
 ハブシェンメッツは、イルビリコフを素直にそう思う。

 彼は何事も飾ることをしない。上から押し付けることもないし、変に媚びたりもしない。ただし、ただ実直というわけでもない。人にも物事にも常に自然体で臨む男であった。

 普通ならばハブシェンメッツのような人材を預けられれば、あまりの使えなさにさじを投げるところであるが、彼は見放さなかった。その才能を見抜いていたわけではない。今日この日になるまで、ハブシェンメッツの確変した実力は知らなかった。

 それでも兄貴のように、叔父貴のように面倒をみてくれている。それは駄目人間のハブシェンメッツからすれば、まさに仏のような人物に見えるのだ。しかもイルビリコフに借金までしている。そして返すあてもない。

 この男、最低である。

「マジシャン…か。マジシャン…マジシャン」
 ハブシェンメッツは、イルビリコフの言葉を何度も口にする。

 たしかにラーバーンのやり方は変則的である。言ってしまえば奇術に近い。それをすべて見破ろうなどとしても、少なくともこの短期間では無理があるだろう。ならば、最初から考えを放棄するのも一つの考え方であった。

「やはり空位の言うように現実的に考えたほうがよさそうだね」
「原理は簡単ってことですかね? ううん、何でしょう…」
 アルザリ・ナムもイルビリコフの言葉を考えていた。しかし、現実的に空に浮かぶ方法はなかなか浮かばない。

「アルナム、君が空に浮かぶとしたらどうやる?」
「何かしらの揚力がないと無理ですね。当たり前ですけど」
「そうだ。しかし、特別な神機でもない限り、あの高度で連続して揚力を維持するのは不可能だ」
 現在の世界では、揚力に対して制限が設けられている。これは女神が施したものといわれており、一定の高度に達すると力を失ってしまう現象が発生する。

 ミサイルも例外ではなく、長時間燃料を使う長い射程のものは維持できない。途中で規制に引っかかってしまい、墜落してしまうからだ。これによって長距離ミサイルというものは世界には存在しない。できないのである。

 唯一の例外は神機。単独飛行が可能なウネア・ミクのカンタラ・ディナや、シルバー・ザ・ホワイトナイトの専用ブースターのようなもの。しかし、これは相当な例外に属するものである。その例外を簡単に二機も用意できるとは思えない。

「そういえば、人が浮いていましたが…」
 アルザリ・ナムが思い出したもの。これがもう一つの例外に属する。

 ケマラミアのように精霊の力を借りた場合。これは自然法則の一部なので規制の対象にはならない。純朴な精霊の助力を得られるほど心が澄んでいることになるからだ。これは動物や虫も同じで、人間以外のものは空を飛ぶことができる。無害だからだ。

 この規制は、あくまで星に害悪を及ぼす可能性のある人間の所業に対して発動するものなのだ。その境目が人間にはわからないので、実際にやってみて可能性を一つずつ潰していくしかないのが現状である。

(例外が多すぎる。だから迷うんだ)
 この戦場には、明らかに今までの常識を覆すものばかりが登場している。だから、目の前のことも超常現象の一つに考えてしまう。だが、そんなことを考えていれば、答えが出るのは何十年も先になってしまうだろう。

「駄目だな。まったく浮かばない」
 ハブシェンメッツの頭はぐちゃぐちゃである。そんな状況で何かが浮かぶわけもなく、あっさりと降参する。もっと根気が必要である、この男。

 しかし、こういうときに頼りになる者、常識人がすぐ隣にいるのが彼の幸運であった。

「煙が固ければ乗れるんですけどね。普段は煙だけど、泡立てれば固まるとか。ムースとか生クリームみたいに固まれば…」
「………」
「え? なんですか? そりゃ、自分でも馬鹿げているとは思いますが…」
 ハブシェンメッツの見開いた視線を受けて、アルザリ・ナムも気まずい気分になる。

 アルザリ・ナムが思い出したのは、前に見た石鹸のCMである。

 液体なのに泡立てるともっちりとして固形石鹸を持ち上げるくらいになる、というもの。アルザリ・ナムは、そんなにもっちりさせる意味がわからなかったので興味がなかったが、そういうこともあるのだという記憶だけがあった。

 あるいは生クリーム。固まれば多少の重みがあるイチゴだって乗せることができる。結局のところ、空を飛ぶのはほぼ不可能なのだから、残った可能性といえば【乗る】という単純な原理。足場があれば、誰だって【空に立つ】ことができるのだから。

 ただそれだけ。
 しかし、そのあまりに単純な原理は、ハブシェンメッツに強烈な電撃を与えた。

「リヒトラッシュ上級大尉、出撃の準備だ! 急いでくれ! すぐに動く」
「了解した!!」
 リヒトラッシュは何がハブシェンメッツを動かしたのか理解できなかったが、せっかく訪れたチャンスを逃すまいと即座に行動。部隊編成に戻った。

 そしてハブシェンメッツはアルザリ・ナムに振り返り、興奮した口調で褒め称える!

「アルナム、勝てるよ! これはイケる! 君はすごい!」
「まさか、真に受けたんじゃ…」
 完全に思いつきかつ、小学生が考えそうなアイデアである。それを真に受けた上司に対してどう接してよいのかわからず、アルザリ・ナムは引きつった笑顔を浮かべる。

「君は戦術以外の才能が凄い! 素晴らしい発想力だ!」
「なんか、すごく罵倒されている気がするのですが…」

 アルザリ・ナムが非常に複雑な気持ちの中、ルシア軍が再始動する。


   †††


 一方、空中からの砲撃によってルシア軍が一時撤退した後、ダマスカス軍も独自で動いていた。

 何とか戦場を制圧しようと、上昇した基地の地表から間断なき銃撃を試してみたが、あっさりと砲撃によって撃破されて撤退を余儀なくされる。この惨状にダマスカス軍も意気消沈。せっかく高揚していた士気も低下気味であった。

(なんたる無力なことだ)
 その中の一人であるアミカ・カササギも、ダマスカス軍の兵士とともに沈痛な面持ちでいた。

 せっかく貸してもらった特機であるのに、敵一機すら満足に撃破せずにやられてしまうという大失態である。これではエルダー・パワーの名にも傷がつくのは明白である。

(せめて対人戦闘ならば…)
 慣れている対人戦闘であるならばアミカにも自信がある。少なくとも、このような失態は犯さなかったに違いない。

 と、当人は思っているが、もしゼッカーと対峙したならば誰が相手であっても勝ち目は薄いだろう。マスター・パワー直々に相手をするのならば話は違うが、末席に近いアミカでは最初から勝ち目のない戦いである。

 ただ、それをアミカが知る由もない。落ち込むのは当然であった。

「しょうがねえ。いきなり本番だったからな」
 そう慰めたのはダマスカス陸軍大尉のショウゴ・伊達である。彼はゼッカー操るバイパーネッドと真正面から当たったので、敵の実力を肌で知りながら生き残った数少ない人物である。

 伊達からしてみれば、今こうして生きているのが不思議なくらいである。それだけ相手は強かったのだ。しかも、この言葉はアミカだけに言ったのではない。ダマスカス軍に対しても同じことがいえる。

「あいつらだけでなく、ルシアとの違いもまざまざと見せつけられた。さすがの俺も心が折れそうだ」
 テロリストの強さにも驚くが、ルシアはやはり強かった。加えて、世間ではロー・シェイブルズは張子の虎とも呼ばれている存在。実力を疑われていてもなお、この強さである。

 これに実力が認められている正規軍が加わるのだ。辺境艦隊とて恐ろしい規模である。むしろ辺境任務のほうが小競り合いが多いので、実戦向けの騎士や傭兵がごろごろしている。今のダマスカスでは辺境艦隊にすら勝てないかもしれない。

 その事実を思い知り、ダマスカス軍もショックを受けているのだ。もっとやれるのではないかという期待があったゆえに。

「ちっ、最低の日になっちまったな」
 伊達はレーションとして配布されている軍用の栄養ゼリーパックの口を噛みながら塔を見上げる。

 塔にはいまだに煙が張り巡らされ、その全貌は隠されたままである。有害物質でないことはダマスカスも突き止めているので、その点に関しては安心してよいが、そんなただの煙が厄介であった。

 濃密な煙は視界を塞いでしまう。戦場で敵を見失うことこそ、もっとも恐ろしいことである。しかし、疑問もある。

「やつら、どうやってこっちの位置を把握しているんだ」
 伊達は煙の中でも正確に射撃する敵に脅威を感じていた。条件が同じならば文句はないが、相手が一方的に射撃できるのだから最悪の条件である。これを何とか解決しないと勝ち目はない。

「やっぱり特殊な武人が乗っているのか? それとも無人機か? なあ、お前さんはどう思う」
「………」
「ふぅ、女は黙っていたほうが可愛いとも言うが、これじゃあな…」
 伊達がアミカに話しかけるが、彼女にそんな余裕はなかった。頭の中は敗戦のショックで一杯のようだ。

 世間的にもまだ男尊女卑の傾向が強いダマスカスであるうえに、軍隊ともなれば女性の立場はさらに難しくなる。相手を滅するのが仕事の世界で、女性が男性と同じことをするのは大変なのである。

 それ自体が本来異質なこと。男性と女性の性質の違いそのものの問題であるため、よほど稀有な存在でない限り、戦いでは男性に劣ってしまうのは当たり前である。

 だが、アミカはそういう状況を知りつつ、打開しようと努力してきた女性なのだ。それゆえにショックも大きい。

(紅虎様やシャーロン殿は別格だとしても、それ以外にも女騎士はいたはずだ。私の失態で彼女たちにも迷惑がかかるかもしれん)
 アミカは、会議場で何人かの女騎士を目撃していた。

 紅虎やシャーロン、あるいはアダ=シャーシカは別格としても、それ以外の者たちも優れた武人であることは明白である。誰もが男に負けじと戦ってきたのだろう。それを思うと、せっかくのチャンスを台無しにしたことが悔やまれる。

 このアミカ・カササギという女性は、非常に緻密な戦いができる反面、習得速度に関しては非常に遅いという性質を持つ。つまりは【初戦に弱い】のだ。必ず最初は失敗し、それから何度も挑戦して調整していくのが彼女の成長の仕方なのである。

 もともと苦手なのだから失敗する可能性は十分あった。ただ、その初戦の相手が悪すぎた。これは彼女にとっての最大の不運である。一方で、それを生き延びた幸運を知らない。超一流の武人と本気で戦って生き延びる。これ以上の経験はないのであるから。

「…ん? おい、通信が入っているぞ」
「………」
「ったく、しょうがねえな」
 伊達がブリキ壱式のコックピットから通信用のアラームが鳴っていることを指摘するも、アミカはまだ塞ぎ込んでいるようだ。仕方ないので伊達が代わりに出る。

「ショウゴ・伊達大尉だ。…あ? アミカ? 誰だ? ああ、彼女のことか。ここにいるぞ」
 伊達はアミカの名前を知らなかったことに気がつく。彼女がこの調子であり、極秘任務の性質上、仕方のないことであるが。

「おい、あんたに通信だぞ」
「…誰だ?」
「あー、技術局とか言っていたな。出ればわかるさ。ほらよ」
 伊達がコックピットから携帯端末を投げてよこす。

「…ふん」
 アミカは本当は出たくなかったが、いつまでもこのままではいられない。何かしらのけじめをつけねばならないのだ。だから今だけは前向きにならねば

 …と思っていたのだが

「てめーー、このアミカ!!! なに負けてんだ、この野郎!!!」

 飛んできたのは罵声であった。

「なっ!!」
 それにはアミカもびっくりしてしまう。べつに慰めの言葉が欲しかったわけではないが、いきなり罵られるとは思わなかったのだ。

 しかも罵声はさらに続く。

「お前、なめてんじゃねえぞ!! 女だからって許されると思ってんのか!! せっかくうちの新型を貸してやってるのに簡単に負けやがって!! それでもエルダー・パワーか! いや、そもそもお前、本当に強いのか!? あ!?」

 この罵声を浴びせたのは、リュウ・H・ホムラである。リュウは、アミカとチェイミーに武力ぶりきシリーズの説明と受け渡しを担当していたので二人とは面識があった。

 ただし、当然ながら今日が初対面であり、面識といっても数分程度のこと。そんな男に罵られ、アミカは思わずカッとなる。

「お前こそ、なんだ! いきなり! それに名前を呼び捨てにするな!」
 仲間に呼ばれるのならばまだしも、アミカは一応客人という身分であるので大統領でさえ敬意を払っていた。それを一介の技術者にいきなり名前を呼び捨てされるのは、アミカにとって侮辱に思えたのだ。

 だが、リュウにとっては、そんなことはどうでもいいことである。

「うるせー! お前はアミカだろう! それ以外の何者でもねえ! それともなにか、女として扱ってほしいのか? アミカちゃん、ってよ。はっ、馬鹿馬鹿しい。とんだ甘ちゃんだぜ。よくそれでやってこられたな!!!」
「なに…!! それは私に対する…いや、女に対する侮辱か!!? 許さんぞ!!」
 女としての弱さを嫌うアミカにとって、その言葉は最大の侮辱である。彼女が激高するのは当然であった。

 がしかし。

「勘違いしてんじゃねえぞ。戦場に出たら男も女もねえ。てめえが強いか弱いかだ。てめえ自身が性別にこだわっていたら、勝てるもんも勝てねえぞ」
「っ!?」
「どうやら気がついていなかったようだな。てめえはな、女であることを意識しすぎて負けたんだよ。知らなかったなら、今知っとけ! この馬鹿が!」

 リュウの言葉にアミカに衝撃が走った。

 いつしか女であることに甘えていた。

 そもそも女が男に勝とうと躍起になる。対抗心を燃やす。それ自体は向上心の助けになるかもしれないが、女性が女性であるがゆえにいつしか限界がやってくるのだ。真の意味で性別を変えることはできないのだから。

「てめえの戦いは神経質すぎるんだよ。おかげでブリキの性能がまったく発揮できてねえ」
 アミカの戦い方を観察していたリュウは、彼女の妙な対抗心と刺々しい雰囲気を見抜いていた。それによって性能が発揮できなかったとも。

 アミカがエルダー・パワーの仲間と一緒に戦えば、気心が知れた相手同士なので男女を意識することはあまりない。里では男に裸を見られても気にしないくらいである。それは家族のような間柄だからだ。

 が、こうした初めての場所、しかも(デムサンダーくらい)汗苦しい男たちの群れの中。そんな場所で女としての自意識が刺激されないほうがおかしいのである。

 彼女はいつしか男女という性別の違いを、いつも以上に意識することになっていた。それが戦い方にも悪影響を与えていたのだ。相手が雑魚だったならば問題ないが、一級品の相手では決定的な差となってしまう。

 感覚を最大限に研ぎ澄ましたゼッカーが、彼女の欠点に気がつかないはずがない。少しずつ苛立たせて、最後に決定的な隙を生み出して勝ったのだ。そこにはMGの性能差を覆してしまう、高度な心理戦があった。

 アミカがこのままならば、永遠に勝つことはできない。
 リュウはそう言っているのだ。

「いいか、よく聞け。お前に貸したブリキはな、技術局が国家予算を遠慮なくぶち込んでガチで造った超高性能機なんだ。スペック的にはナイトシリーズを凌駕している。基本性能ならばシルバー・ザ・ホワイトナイトとだって渡り合えるくらいだ」
 武力計画は、ダマスカスが本気で他国との戦力差を埋めるために計画したものである。Sランクという機密レベルを考えれば、その重要性がよくわかるだろう。

 ゼルスセイバーズが使っていたものは、あくまで簡易版。メイクピークが使っていたものでさえ、ブリキ壱式と比べれば出力は相当落ちる。

 なぜか。
 使いこなせないからである。

 ブリキの性能は飛び抜けている。想定上のスペックでは、トップクラスの戦闘用神機と同レベルの出力を有している。だが、それは同時に使いこなすだけの技量がなければ満足に動かせないことを意味する。

 剣の達人と呼ばれるメイクピークですら使いこなせないのだ。それもまた当然かもしれない。これは最初から【最強の剣士が乗ることを想定】していたものだからだ。

 コンセプトはナイト・オブ・ザ・バーンと同じなのである。天才のタオが作ったゆえにオブザバーンシリーズは異様であるが、技術局が造ったものも相当な性能を有している。そこには常任理事国の意地が込められているのだ。

 当然、想定したのはマスター・パワーの赤虎である。ナイト・オブ・ザ・バーンが剣王であるホウサンオーを想定して造ったように、ブリキ壱式は赤虎が乗ることを想定して設計している。

 乗り手とMG、両者が合わさった時、おそらくナイト・オブ・ザ・バーンと互角。

 まだまだ改良の余地はあるが、それくらいの性能を秘めたMGなのである。

「こいつは技術局にとっても大切なものなんだ。これと比べればハイカランなんて玩具みたいなもんだ。それがだ、投入した初戦で完敗した。この意味がわかるか?」
 たしかに調整が万全でないことは事実。機体も武人も急造であったのは間違いない。

 それでもダマスカスの印象は最悪。

 優良量産機であるはずのハイカランは一蹴され、懐刀であったはずのゼルスセイバーズも壊滅。そこに加えて、ダマスカスの技術の粋を集めたブリキまで敗れる。これによってダマスカスには拭いきれないマイナスのイメージがついてまわる。

 陸軍の自信喪失にとどまらず、MGの輸出にも力を入れようとしていた矢先で経済にも大打撃。こうなると単なる軍部の問題で片付けられるレベルの話ではない。国家の威信の危機である。

「それは…私のせいだけではないだろう」
 聞き手に回り、少しばかり落ち着いたアミカが反論。アミカは負けたが、すべての責任を負わされる筋合いはない。当然、それはリュウもわかっている。

「それはそうだ。だがな、印象が悪いんだ。せめてブラックワンと接戦の末に敗れたならばよかった。あいつは雪騎将すら倒したやつだからな。だが、お前は雑魚と相討ちだ」
「それは…くっ!」
 アミカは何も言い返せなかった。何を言ってもすべてが言い訳にしかならないからだ。

「同情はするぜ。あいつはかなりやばかった。正直、よくやったと言いたいが…、その前に伊達のオッサンが防いじまってるからな」
 あのバイパーネッドが異常なのはリュウもわかっていたが、素人にはそんなことはわからない。

 見ただけのイメージ、ダマスカスの最高戦力が雑魚と同じ程度、ということだけ。CMや報道に踊らされる愚かな市民の画を想像するが、一般人に植え付けられたイメージは払拭しがたい。

 しかも直前に伊達が渡り合ってしまったがゆえに、ハイカランでもなんとかなる相手に苦戦した、というイメージができたのも痛かった。これではMGの性能に疑念が生じるのも仕方がない。

「くそっ! なんとなさけない! こうなれば切腹するしか!!」
 アミカには、もうこうするしかなかった。このまま生き恥を晒すよりも、潔く死ぬことで本懐を遂げるしかないと考える。

「てめえ、馬鹿か!! いつの時代の人間だ!! この田舎者が! お前が死んでもエルダー・パワーの名誉が回復するわけじゃねえし、俺たちの問題も解決しねえよ。そんなこともわからねえのか、この馬鹿女が!」
「馬鹿女とはなんだ!!! 今の言葉は許せん!! 女に対する侮蔑だぞ! この差別主義者が!」
 なぜかリュウの言葉はアミカの神経に障り、罵声を聞くと反応してしまう。

(なんて苛立つ男だ!)
 内心、アミカのリュウに対する印象は最悪である。思えば、最初に会った時もぞんざいな態度と説明であった気がする。几帳面な性格のアミカにとっては、声を聞くだけでイラッとするタイプである。

「おい、お前は悔しくないのか。このままやられて、ただ泣いているだけか!」
「誰が泣いているか!」
 とアミカは言うが、実は少しばかり泣いていた。

 悔しくて悔しくて、涙が零れていたのだが、こんな男にそんなことは絶対に言うわけにはいかない。伊達を無視していたのも、泣いていたのを悟らせないためであったから。

「ったく、いちいち噛みつくやつだ」
「お前が挑発するからだ! この馬鹿男が! 私はお前が嫌いだ!」
「ふん、生意気な女だぜ。まあ、俺のことはどうでもいい。お前のこともどうでもいい。だが、やられたまま終わるのは癪ってもんだ。だからこれから反撃する」
「反撃って…」
 そのアミカの疑問がすべて言葉になる前に、リュウははっきりと目的を告げる。

「あの上空の敵を叩く」

 上空の敵がMGである可能性が高いことはわかっている。敵はすでにルシア部隊を叩き、完全に優位性を見せつけていた。その相手を倒せば、ダマスカスとしても名誉挽回になるだろう。

 そして、そこにはもう一つの絶対条件が必要である。

「お前が倒すんだ。ブリキ壱式で敵を倒す。それでこそ価値がある」
 一度沈んだイメージを払拭するには、より鮮烈なイメージを与えるしかない。

 人間というものは新しい記憶を優先して覚えるものだ。たとえば、昔どんなにムカつく人間であっても、今現在は好感を持っていれば過去は忘れ去られる。しかも、鮮烈であればあるほど、暗い過去は対比となって美化されるものである。リュウはそれを狙うのだ。

「敵はなんとか引きずり落とす。そこを叩け」
「話はわかる。わかるが…」
 アミカとしても挽回できるのならばそうしたい。しかし、現状はそれが無理だと示している。

 特に問題なのが機体。

 すでに自爆に巻き込まれて半壊状態。到底戦える状態ではない。ただでさえアミカはMGに慣れていないのだ。MGが壊れていれば、もうお手上げである。

「壱式が壊れている? …【外装】はな。だが、中身は無事だ」
 リュウは戦闘中の壱式のモニタリングも行っていた。データを取るのも彼の仕事だからである。そのデータを見る限り、ブリキ壱式はまだ生きている。

 壊れたのは【強化外装】である。

 人間でいえば、いわば鎧の部分。中身が無事ならば動くことに問題はない。

「まだ動くのか!? 壊れてないのか!?」
「お前が諦めたからそう思えただけだ。あいつは生きている。戦いたがっている。【魔人機の声】が聴こえないのか?」
「魔人機の…声?」
 神機は自らの意思を持っている。意思があるということは生きているということ。叫んでいるということ。

 その核であるジュエルは生命を宿している。ジュエリストを〈石の声を聴く者〉と称するのは、彼らがジュエルの声を聴くからにほかならない。ならば、ジュエルが搭載されている魔人機でも同じことである。

 魔人機は生きている。

 そのままではただの機械であっても、声を聴こうとする者には応えてくれる。MG開発に深く携わるリュウには、その声が聴こえるのだ。

 まだやれる。
 自分はこんなものではない。

 と。

「今から外装を取り替えている暇はない。強制的にパージして、基礎フレームだけで戦え。ただし、一発でももらえば終わりだ」
 強化外装は、見ての通り自爆にすら耐えられる強度である。武者の鎧の強固さを思い知る出来だ。

 一方当然ながら、それを脱いでしまえば防御力は落ちる。それが普通の銃弾くらいならばまだしも、あの強力な一撃では即死だろう。だが、メリットもある。

「鎧を脱いだだけ扱いやすくなる。スピード重視のお前の戦闘スタイルに近くなるはずだ。あとはお前の感覚が頼りだ。やれるな?」
 リュウの言葉は軽いが、これはアミカを死地に送り出すことを意味している。最初から勝ち目があるかどうかもわからない戦いなのだ。

 しかし、リュウの声にまったくマイナスの雰囲気がない。まるで炎のように力強く、勝つのが当然だと言わんばかりの気迫がある。

 それに触発されたのか、アミカは即断。

「…やる。やれる! ここで終わるわけにはいかない!」
「よし、それまでに俺たちが相手を引きずり出してやる。安心しろ、ルシアとの共同戦線だ。お前が戦うのは一機でいい」
 南東はダマスカス、南西はルシアの担当ということが決まっている。リヒトラッシュは不満かもしれないが、一つに集中できるのならば勝機も見えてくるだろう。

「どうやって引きずり出すのだ?」
「不器用なお前は自分のことに集中しろ。他のことに気を取られるから負けるんだからな」
「くっ、言いたい放題だな」
「事実だからな」
 リュウはアミカに好かれようと思っていないわけではない。ただ単に遠慮がない性格なのである。それはバクナイアとの会話からも見て取れる。

「おい、お前の名前は」
「なんだよ、知らねえのか。って、言ってねえか。俺はリュウ・H・ホムラ。リュウでいいぜ。一応お前の機体の整備士だ。んじゃ、よろしく頼むぜ、アミカ!」
 リュウが回線を切る。最初から最後まで言いたい放題、一方的な通信であった。

 こういう性格。
 ちょっとムカつく性格。
 だが、それ以上に人を動かす【熱】を持っている性格である。

「名前で呼ぶなと言っているのに…ふん」
 アミカの心は意外にもすっきりしていた。リュウに言われた通り、他のことを考えないと決めたのだ。

 ただ剣に。
 機体を理解することに集中する。
 勝つことだけに集中する。

「私はエルダー・パワーのアミカ・カササギ。借りは返すぞ!」

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