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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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五十五話 「RD事変 其の五十四 『八つの断罪』」

   †††

 サンタナキアとオロクカカの戦いは続いていた。

 しばらくヘビ・ラテが圧倒する展開が続いたが、防御に徹したシルバーフォーシルをなかなか打ち崩せないでいる。

(よく見て、落ち着いて場を制するんだ)
 こういうときのサンタナキアは、ひどくしぶとい。

 けっして自分から打ち込まない代わりに、相手に決定打を与えるチャンスを与えない。しかもただ受けているだけではなく、隙があればフェイントを交えて圧力をかけていく。

 彼が制するのは場。
 周囲一帯の雰囲気である。

 それは目に見えないにもかかわらず、勝敗を左右してしまうもの。どんな分野の戦いにおいても「勝っているのに嫌な予感が消えない」ということがあるだろう。それである。

 サンタナキアは丁寧に相手を観察し、少しずつ場を制圧していく。それによって圧倒されているように見えて、実際は五分五分の戦いを演じていた。

 その時である。
 大地が動く音が聴こえた。

 これはハブシェンメッツが完全制圧作戦を始めた音であり、四つの地下ドックを浮上させ、アピュラトリスを奪い返した時のものだ。

 サンタナキアがいる場所も地下ドックの範囲内にかかっていたため、地面が少しずつ浮上していく。この作戦はロイゼン側には報告されていなかったが、サンタナキアは瞬時に場の気配を感じ取った。

 流れがこちらに向いたのだと。

 全体の流れが国際連盟側に傾いていく。局所的な戦いでは負けている場所もあるが、ハブシェンメッツが目指したのは本命の奪取。重要なのは本丸を潰すことである。

(耐えれば勝てる)
 だからこそ、ロイゼン騎士団の中にこうした希望が芽生えても当然のことである。

 耐えた選択は間違いではない。
 耐え続ければ、相手が不利になっていくのだと。

 それゆえか、サンタナキアはこうした行動に出る。

「あなたたちが、ただの武人でないことはわかります。これほどの実力者が、なぜこのようなことをするのですか。もうやめてください」
 サンタナキアは、オロクカカを説得する。このまさかの行動には、当のオロクカカも困惑である。

「よもやこの私を説得にかかるとは…。ご自分が有利だと錯覚されましたか?」
 当然、オロクカカも異変には気がついていた。

 ラーバーンにしても当初の予定にはなかったイレギュラーである。ここに関していえば、完全にしてやられたといってもいい。

 しかし、オロクカカに動揺はなかった。彼は悪魔を絶対的に崇拝している。どのようなイレギュラーがあっても結果は同じであることを知っているのである。

 そのオロクカカの態度を見ているサンタナキアも、けっして有利だと思ってはいない。そもそもロイゼン騎士団を相手に、この程度の数で迎え撃つ段階で尋常ではないのだ。

 だからこそサンタナキアは説得をするのである。

「無益な戦いはしたくないのです。あなたがたもそうではないのですか?」
 これだけの武人を擁する相手である。このまま戦っても双方に大きな犠牲が出るだけだ。それはまさに無益であるとサンタナキアは言うのだ。

「交渉は決裂したはずですよ」
「あれは最初から無理な話です。あなたもわかっているでしょう」
 悪魔が提示した条件は、どだい受け入れることができないものである。一般的な世界経済を少しでも知っていれば、子供であっても無理だとせせら笑う程度のものである。

 あれは交渉ではない。
 願いである。

 実際に悪魔の声を聴いたサンタナキアは、奥底に宿っていた【悪魔の想い】感じ取っていた。悪魔は心の底から悪魔ではない。いや、悪魔という存在そのものが、実に多様な側面を持っているのだと。

 悪魔は人間なのだと。

 ザフキエルは憧れた。ハブシェンメッツは同情した。アレクシートは嫌悪した。畏怖する者、惹かれる者、忌避する者、悪魔への対応はそれぞれであった。

 それこそが悪魔が多様であることの証明である。

 その内部に、芳醇な感情と魅力が詰め込まれている証拠なのだ。人間という、実に複雑な喜怒哀楽を宿した生命の波動を感じ取れるのである。

 悪魔は単なる悪魔ではない。

 少なくともサンタナキアはそう感じた。彼の中に一種の【子供じみたワガママ】があるにしても、その本質は悪ではなく善であると。

 ただそれが強烈すぎるのだ。

 ハブシェンメッツが同情したように、力がありすぎる。ホウサンオーやガガーランド、オロクカカなどのバーンを送り込むほどの力がある。魅力がある。理想があるのだ。

 そんな人間が、どうしても放っておけないのである。サンタナキアはアレクシートとは違って、そうした人種に対して哀れみを抱いてしまう。嫌悪しきれないのだ。

 だから彼が説得を始めるのは、そう珍しいことではない。むしろ必然の結果であるといえた。

「さきほどの騎士団長殿とは、ずいぶんと正反対なものです。傲慢でない点は好感が持てますがね」
 オロクカカが一番嫌うものが、分を知らぬこと。アレクシートのような人間はあまり好まないが、サンタナキアのような思慮深い人間は嫌いではない。

 だが、それとこれとは別の話。
 説得など最初から無意味なことである。

「あなたが何を言おうと、何を語ろうと、仮に命乞いをしようとも結果が変わることはありませんよ!」
 バーンがここに来ている。そのことが意味することは一つなのだ。悪魔が世界を変える日がやってきた、その記念すべき日であるということ。それに変更は何一つありえない。

「このようなことに価値があるのですか!? 話を聞いてください!」
 ヘビ・ラテの足撃を剣盾で受けながら、サンタナキアは説得を続ける。それだけ攻撃を見切っており、余力があるのだ。

 それも徐々に余裕が増していく。オロクカカの動きに慣れてきたのだ。一度こうなったサンタナキアは手ごわい。持久戦はお手の物。相手が潰れるまで耐え続けるだろう。

 完全に持久戦に舵を切ったシルバーフォーシルを見て、ヘビ・ラテは一旦動きを止めた。

「いいでしょう。あなたとの勝負、少し形を変えましょう。多少は聞く耳を持っていそうですからね」
 説得に応じるつもりなどはないが、サンタナキアが自分と話すだけの力があることを認めたのだ。

 オロクカカはバーンである。バーンの世界とは、力ある者が権利を持つ仕組みなのだ。これは絶対の掟であり、力ある者は相手が子供であれ女性であれ、オロクカカは平然とひざまずくことができる。

 そして、力とは品格のことでもある。

 人間が持つ力は、ただ武に秀でていることだけではない。もっとも大事なのは心。その意思。魂の力。いかに神性を発揮するかということ。

 憎しみすら愛に変えてしまう女神の力。

 サンタナキアの中に知性と慈愛を見たオロクカカは、わずかばかりのチャンスを与えたのである。少なくともサンタナキアは敬意を払うべき相手だと。それにロイゼン騎士団を足止めできることに違いはない。

「あなたの疑問にお答えします。理由もわからず殺されては、たしかに納得はできないでしょう」
 オロクカカはそう言うと戦気の放出を止める。サンタナキアはしばらく警戒したが、本当に止まったことを知ると彼もまた剣を下ろした。

 ただし、これは和解の合図ではない。
 戦いの形が変わったにすぎない。

「なぜあなたほどの武人が、このようなことをするのですか?」
 サンタナキアは単刀直入に切り込む。

 仕合巧者のオロクカカ相手に揺さぶりは逆効果だろう。ならば、本心をそのままぶつけることが誠意であると思えたからだ。戦ってみてわかったことだが、オロクカカは生粋の武人である。この力を得るために相当の鍛錬をしてきたことは想像に難くない。そうした武人に対して小細工は不要である。

 それに応えるように、オロクカカも真摯に言葉を紡ぐ。

「すべてはしゅの御心のままに。あなたには主の願いがわかりませんか?」
 貧しい人に富を。飢える人に食べ物を。無知な人に知識を。すべての人間が、人間らしい生活ができるようにしよう。

 それが悪魔の主張であり、願いである。

「願いは素晴らしいものです。しかし、暴力で何かが変わるとは思えません」
「今、世界を維持している力こそ、暴力そのものでありましょう。強者による力の濫用です」
 オロクカカがヘビ・ラテを使うことも、サンタナキアがシルバーフォーシルを扱うことも、その根幹には暴力がある。

 まず最初の前提として、力そのものに善悪はない。

 たとえば警察組織がなければ世の中はどうなるだろう。性善説はたしかに事実であるが、いまだ善の段階に到達しない人間は、好き勝手に物事を進めてしまうだろう。

 麻薬に酒に肉食に淫売。欲望はとどまることを知らない。それを阻止するためには具体的な力が必要である。法とは、強制力があってこそ価値が出る。法を守らなければ力によって排除されるからこそ、従うしかないのである。

 これは自然法則を考えれば簡単にわかる。人間が重力に従うことも、それが絶対的なものであるからだ。科学技術によって少しはあらがうことはできても、それ自体を失くすことはできない。神法が絶対だからこそ従うしか道はないのだ。これは強制的な力の使用である。

 厳然たる力によって宇宙は維持されている。
 これは紛れもない事実である。

 同時に、人間には無限の可能性がある。

 女神から与えられた可能性という【自由意志】である。人が地上で生きるうえで、それをどう使うかは委任されている状態である。たとえば今日は寝坊するのも自由だし、いつ食事をとってもかまわない。

 しかしながら、自分がやったことには責任を取らねばならない。

 朝寝坊すれば、会社に遅刻するかもしれない。夜に食事をとれば、太ってしまうかもしれない。その事実と痛みは受け入れるべきものである。

 それと同じように現在の社会は自由意志が正しく扱われていない。肝心の法が実に弱々しいのである。強者は自己の責任を理解せず、弱者は弱いことを受け入れてしまい、戦う気持ちを失っている。

 弱者にも力を使う覚悟が足りない。

 オロクカカはこう語るのである。現在の社会が悪性であるのならば、それを善にしないのは弱者にも原因があるのだ。善に対する意欲、渇望、実行力が足りないのだ。

 強者の力の濫用。
 弱者の力の惰弱。

 そのすべての歪みが、アピュラトリスというものに集約されている。それを力によって破壊することには価値がある。

 破壊はけっして無価値なものではない。破壊があるから創造があるのだ。古い家を建て直すためには、まずは取り壊さねばならない。ただし、取り壊そうとすると既得権益者が必ず立ち塞がる。

 それを排除するのは言葉ではない。力である。
 なぜならば、相手はけっして引かないから。

 欲望に塗れた人間を取り除かねばならない。
 そのとき必要なのは強制力なのである。

「あなたも力を持っている。使っている。違いますか?」
「これは守るための力。弱者を守る盾のつもりです」
 サンタナキアは、剣とは守るものであると信じている。

 アレクシートは攻撃的に見えるが、彼もまた守るために戦っているのだ。ロイゼン騎士団はカーリス神聖騎士団でもある。カーリスを守ることは、すなわち人々の生活と信仰を守ることだ。

 だからサンタナキアは剣を持つ。シルバーフォーシルを選んだのも、その剣が守るための力であるからだ。その言葉に偽りはない。

「彼、金髪の悪魔の気持ちもわからなくはありません。私も世界がそこまで綺麗だとは思っていません。しかし、だからこそ信仰が必要なのではありませんか?」

 人が最後に頼るもの。
 それこそが信仰である。

 信仰とは、言い換えてしまえば思想の自由でもある。すべての人間は自由な考えを持つべきであり、侵されるべきではない。悪魔の考えもまた一つの思想であり、完全に間違っているとはいえない。

 されど、信仰とは思想を超えるものである。

 人は信仰なくして救われない。それがサンタナキアの、いや、カーリスの願いである。信仰とは思想すら超える力なのである。

「サンタナキア…と言いましたね。あなたは本気で私を説得するつもりのようだ。聖職者の説法というやつですか」
 騎士団長の一人であるサンタナキアもカーリスの司祭の地位を得ており、遠征先では説法をすることもある。

 ただ、なぜか彼が説法を始めると教会が女性だらけになる(男性が閉め出される)事態になるので、サンタナキア当人はそこだけが腑に落ちないでいるが。

 ちなみに女性限定の騎士人気ランキングでは、ラナーに続く二位の座に輝いている人物でもあった。非公式のファンクラブの名前は「萌えサキア組」である。

「説法をしているつもりはありませんが、信仰を否定する以上、悪魔とカーリスは戦争をすることになります。お互いの妥協点が見当たらないのです」
 悪魔の要求の中には宗教の廃絶も含まれている。そうなれば当然、カーリスは存在意義を示すために戦うしかなくなる。

 全面戦争である。

 こうなれば、お互いのどちらかが死ぬまで戦うしかない。それは不毛であるとサンタナキアは言う。しかし、それもまた一つの仮定、「カーリスが正しい」という前提があってこそ成り立つ。

 それをオロクカカは、ばっさりと切り捨てた。

「わが偉大なるしゅは、信仰を否定しているわけではありません。誤った信仰を否定しているのです」
「それがカーリスであると? なぜそうと言いきれるのですか?」
「なぜ? なぜ…ですか。ふふふ、これは滑稽なことを言うものですね」

 オロクカカは心底可笑しいといった口調で嘲笑する。その言葉には侮蔑を超えた嫌悪感が滲み出ている。

 悪魔がカーリスを嫌う理由。

 まず第一に、カーリス教徒であった母親の影響。カーリスへの違和感、不信感。ほんのわずかな解釈の違いで殺し合う愚かな人間への嘲笑。彼が宗教を嫌いになっても仕方がないほどの理由にはなる。

 だがしかし、それだけではない。
 悪魔は、そんな個人的な理由でこのような破壊を行っているのではない。

「あなたたちカーリス教徒なるものは真実を知らない。いや、隠蔽されているのですから当然でしょう。これから述べることをあなたが信じなくても結構。しかし真実であると誓いましょう」

「聞く耳がある者よ、さあ聞きなさい。あなたがたカーリス教の八つの罪を!」
 オロクカカ曰く、罪はヘビ・ラテの足と同じ数だけ、八つあるという。

 まず一つ目の断罪。

「現在の聖職者は、本物の伝道者たちではないのです」
 カーリスは一人の聖女によって始まった宗教である。

 その根幹にあるのが【神託】と呼ばれるもので、御使いである聖女が女神から啓示を受け、それを人々に伝えたことから始まった。人が正しく暮らすための知恵を与えるのが宗教の本来の役割である。

 それすなわち霊媒である。

 偉大なる愛の園から送られてくる波動を受け取り、女神の意思を伝える者こそ霊媒。カーリスのみならず、宗教の本質とは霊媒にこそある。それが正しく運用されている時代は問題なかった。しかしながら霊媒の世話をしている人間はこう思った。

「これを利用すれば、利益が得られるのではないか」

 と。

 そもそも霊媒にのみ注目が集まることを妬んでいた、本来は【建物の管理人にすぎなかった彼ら】は、いつしか霊媒を利用あるいは追放し、自らがその地位に成り代わったのである。

 その結果として、宗教は宗教足り得なくなる。

 人々は正しい知識を得られなくなり、誤まった考えに染まっていく。それは当然。彼らにはその資格がないからだ。

 つまり、「簒奪さんだつした罪」。
 権利のない者がそれを奪った罪。これが一つ目の断罪である。

 二つ目の断罪。
「利益主義の罪」
 彼らは布施を取り私腹を肥やしている。説法で金を受け取り、自己の財産として使っている罪。女神からの啓示は、すべての人間に分け隔てなく与えられるものである。それを制限した罪。

 三つ目の断罪。
「詐欺の罪」
 偽りの教義や虚言で人々を惑わし、自己の利益にしている。価値のないものを崇めさせ、物事の本質を覆い隠した罪。自分が建てた建物と聖典にのみ神がいると吹聴した罪。

 四つ目の断罪。
「奇跡の独占」
 貴重な真言術の一部を隠匿している。本来は人々の生活向上のために存在する術を独占し、奇跡と称して宣伝に利用している罪。女神の愛と力を金で売っている罪。

 五つ目の断罪。
「信仰の政治利用の罪」
 自己の保身のために、崇高なる信仰を利用している。既存の政治と結託し、国家の体制維持に助力して人々を縛っている罪。人類の平等の前に立ち塞がるのは、常に政治家と宗教家であるようにした罪。

 六つ目の断罪。
「偽りの祝福による洗脳」
 特殊な儀式による人々の洗脳を行っている。幼い頃に植えつけられたドグマは、死後も人々を縛る罪。そのために愛の園に多くの悪影響を及ぼしている罪。

 七つ目の断罪。
「無知の罪」
 高級霊界の愛の園について何も知らない。知っているふりをして人々を騙している罪。無知を認めず、自らが作った偽りの言葉のみを正しいとする傲慢の罪。

 オロクカカは、端的にカーリスの罪を述べていく。その様子をサンタナキアは強張ったような、あるいは困惑した表情で聞いていた。

 ロイゼンで生まれ育った者は、それが孤児であろうと幼い頃よりカーリスの訓えを叩き込まれることが多い。サンタナキアも例外ではないし、アレクシートの家に行ってからは、より深い教義も教え込まれている。

 心の奥底に、今のオロクカカの発言に対して反発心はある。
 だが、なぜか声が出ない。

 司祭として反論したい点は数多いのに、オロクカカの淀みない断罪の言葉を否定するだけの力が湧いてこない。

 彼の言葉に【力強い確信】があるから。

 こうして武人として戦っていると、不思議なことに相手の感情や気持ちが伝わってくる。戦気は扱う人間の鑑。オロクカカの戦気は、とてもとても純粋で綺麗な赤い色をしている。

 そんな人間が嘘をつくようには思えないのだ。だからといって真実とは限らない。当人がそう思っていれば、嘘ではないのだから。

「まだ納得はできないようですね。ですが、この最後の罪だけは、ぜひとも言わせていただきますよ」
 オロクカカは、最初から理解してもらおうなどとは思っていない。

 しかし。だがしかし。
 彼にはカーリス教徒にぜひとも言わねばならないことがある。

「笑われるかもしれませんが、私にも信仰心というものがあります。それは奇しくも、あなたがたと同じく女神への信仰です」
 オロクカカの一族は、女神信仰を持っている部族である。

 かつて女神の霊脈に連なる女性が地上に出現した際、彼らは秘伝の糸で編んだ服を贈った。黄金の糸で編まれた服は輝いており、何よりも込められた愛情が素晴らしかった。女神への信仰心に満ちていた。

 女性はたいそう喜び、祝福の言葉を与えたという。

 オロ・ク〈光の糸〉

 それは聖なる言葉として受け継がれ、一族の中でもっとも優秀な者に与えられる名となった。オロクカカがこの名前になった時、女神への愛と信仰に絶対の忠誠を誓ったのである。

「私が主を崇めているのは、彼こそが女神の愛する存在だからです。あの御方こそが、女神の正統なる代理人だからこそです」

「そして!!!」

「だから私は!!」

 徐々にオロクカカの声に怒りが滲んでくる。声が震え、歯軋りすら聴こえるほどに猛っていく!!

「何度何度何度、あなたたちは女神の子らを殺すのか!! 偉大なる主の伴侶である、あの女神の系譜すらないがしろにして!」

「ああ、あの飾らぬ笑顔。真に偉大なる者とはいかなる者かを示す、あの自然な生き方! 弱者と寄り添い、自ら苦楽を共にし、自己犠牲を果たす女神の系譜!!」

「それを、それを、それを!! お前たちは!! 何度何度何度!! 自己の欲望のために殺すのか!!!」


「カーリス様を殺したお前たちが、カーリスを名乗るのか!!!!」


 爆発。

「愚かここに極まれり!! けっして許せぬ!!」
 オロクカカの戦気が膨れ上がり、無数の戦糸となってヘビ・ラテを中心に巻き上がっていく!!

 それは竜巻のように激しい怒りの奔流を表現していた。怒りが炎となって、それがバーン〈人を焼く者〉を形成していく。怒りの炎に照らし出された蜘蛛のシルエットは、鬼の形相でサンタナキアを睨んでいた。

「なに…を…」
 サンタナキアが出せた声は、たったそれだけだった。

 思考が停止する。言葉が理解できない。口が渇いて言葉が出ない。目は焦点が定まらず、何も捉えることができない。

「第八の罪!! それは、お前たちがカーリス様を殺したこと!! 女神イシュタム様のご息女を殺したこと!!」

 女神イシュタム。

 偉大なる者として、人類の進化のために子らを導く役目を負った女神。光と闇の女神が星の管理を行うのに対し、紅虎丸のように直接人々を導く存在の一人である。

 その女神イシュタムには一人の娘がいた。

 聖女カーリス。

 今からおよそ六千年前に地上に降りた【直系】の一人である。彼女は受肉して、一人の人間として生を享けた。彼女の役目は、いまだお互いを愛し合うことができない人類を助けること。一人の霊媒として、愛の園との架け橋になることである。

 彼女は直接、女神直轄の霊団と接触することで導きの言葉を伝えた。

 これが最初の【神託】である。

 聖女カーリスの周りには優秀な霊媒(語り部)が集まり、大きな神託から私生活に至るまでアドバイスを送っていく。それが的確だったために、あるいは癒しの術があまりにも劇的だったがゆえに、人々は彼女たちを崇めていった。

 これがカーリス教の始まりである。

 だが、オロクカカが断罪したように、それを快く思わない者たちがいた。施設の管理人であった司祭たちである。最初は利用しようと思っていたが、聖女カーリスが抵抗すると、あろうことか愚かな行為に走った。

 それはたった数人による愚行。
 しかし、あまりにも恐ろしいことであった。

 カーリスを監禁・殺害した彼らは、聖女の身代わりを立て、そのまま組織を乗っ取ってしまったのだ。

 そのまま六千年。

「原罪とは笑わせる!! その通り! お前たちは最初から呪われている!! 女神を裏切った反逆者の末裔として!!!」

(なんという…怒りだ…)
 サンタナキアは、オロクカカの怒りに背筋が凍りつく。

 冷静そうに見えても、実際は腸が煮えくり返っているのだ。この場にただ戦いに来たのではない。名誉が目的なのではない。彼の中にある怒りが抑えきれず、爆発の場所を求めているのだ!!

 オロクカカが女神を信仰しているからである。本物の女神を愛し、人生を捧げているからこそ許せない。偽者であり罪人が堂々と跋扈ばっこしている姿が許せないのだ!

「馬鹿な! そんなことが!! あってはならない!!」
 せきを切ったようにサンタナキアが叫ぶ。もしオロクカカが語ったことが事実ならば、第八の罪だけでも重罪である。いや、もはや重罪という言葉ですら生ぬるい。

 人類に対する反逆。

 女神によって生まれた者たち、そのすべてに対する罪である。しかもこれは、同じ直系である紅虎を殺すよりも罪深い。

 聖女カーリスは力を持たぬ普通の人間として産まれた。彼女は武人ではなく、女性の優しさと叡智を与えるためにやってきたのだ。そんな彼女を殺すなどと、なんと残忍なことだろう。

「嘘だ!! 嘘だ!!!」
 サンタナキアの心が拒絶する。これを認めてしまえば、今までのすべてが壊れてしまう。自分そのものが壊れてしまう。

 世界が壊れてしまう。

 カーリスの力は、それだけ強大なものとなっているである。世界各国に信者がおり、彼らは真摯に祈りを捧げている。それが今になって嘘だったとすれば、もう大混乱である。

「も、もし偽物ならば、どうしてここまでの力を得たのですか!! 紛い物ならば、このような長い年月に耐えられるわけがない!!」
 これだけ長く続くということは、それだけ価値があるということ。その言葉に真実が宿っているからこそ続くのであると、彼は叫ぶ。

 だが、オロクカカは処刑台のギロチンに手を触れながら、残酷な笑みを浮かべた。

「今の法王は誰ですか?」
「エルファト…ファネス様…」
 サンタナキアの声は、もう声と呼ぶにもか細く、弱々しいものであった。頭の中が掻き混ぜられたシチューのようになっているのだ。

 そんな状態の彼に、オロクカカはさらに言葉を投げ入れる。それは彼を破壊するには十分な一撃。

「彼女は何ですか? なぜ、法王になれたのですか?」
「それは……聖女様だから……っ!」

 この時、サンタナキアは気がついてしまった。
 歴代法王が女性であり、すべてが【聖女】であることを。

 そんなことは当たり前である。聖女カーリスが立ち上げたカーリス教を継げるとすれば、それは当然ながら聖女でしかありえない。しかし、オロクカカの話が前提にあるとすれば、もう一つの違う意味を持つ重大な事実となる。

「気がついたようですね。あなたがたの罪はまだ続いている。いまだに聖女を監禁し、侵し続けているのですよ!!」
 聖女カーリスを殺した結果、聖女の存在意義が正しく伝わらなかった。そして現在の聖女たちは何も知らないまま、その【伝染力】だけを保有して生きることになっている。

 かつて聖女カーリスたちを殺し、地位を簒奪した者たちによって今も利用され続けている!! これが罪でなくて何と呼ぶのか!

「そんな…馬鹿な…」
 サンタナキアは、それが嘘であると叫べなかった。否定することができなかった。あまりの話の大きさに思考回路が停止してしまったのだ。

 その時である。
 天より断罪の光が落ちた。

 光は次々と地上に落ち、偽りの富に加担する者たちを焼いていく。これはリヒトラッシュ率いるロー・アンギャルが、空中から攻撃を受けていた光景であるが、サンタナキアには天からの罰に見えた。

 彼は激しく動揺していた。この光の前にもアピュラトリスを奪還するために使用されたDMOBの爆発で何度か地面が揺れたのだが、そんな大爆音に気がつかないほど動揺していたのだ。

 揺れる、揺れる。
 存在が揺れる。
 天も地も、何も彼を支えるものがなくなっていく。

「冒涜! 冒涜!! 女神への冒涜である!! 罪人どもめ、もはや言い逃れは許さぬ!!」
 オロクカカは形勢が再び逆転したことを確認すると、ヘビ・ラテから膨大な量の戦糸を伸ばす。

 向かう先は、背後のカミューたちである。

「わ、私は!! どんな理由があれ…わ、私は、ま、守る!!」
 サンタナキアは、おぼつかない足取りで部下の騎士たちを守りに入る。

 それは自己防衛本能だったのかもしれない。何かに抵抗していなければ自分自身を保てないのだ。まだ戦いの最中だったからよかったものの、これが平時であれば悩む暇はいくらでもあり、もっと危険だっただろう。

 シルバーフォーシルは、大剣を振るってヘビ・ラテの糸を断ち切る。この状態でこれだけ大量の糸を容易く斬るのだから、サンタナキアの精神力は尋常ではないほどにタフであるといえる。

 がしかし、今回のダメージは人生でもっとも強いもの。いかにタフなサンタナキアであっても耐えられない。

「素直に賞賛しますよ。もし私ならば罪の意識から自害していたかもしれないというのに、あなたは立派に神聖騎士としての務めを果たしておられる。聖女殺しの悪人たちを断罪から守るために…ね」
「やめろ! やめてくれ!!」
 その言葉すらも、サンタナキアを苦しめる。もちろん、わざと言っているのだ。ただし、これは動揺を誘う駆け引きではない。

 【皮肉】である。

 悪魔が皮肉によって誤まった社会システムを破壊するように、その手足であるバーンも皮肉によって構成されている。

 ホウサンオーが剣王であるように。
 剣士の頂点が、人類の敵になるように。

 そしてまた、オロクカカのような強力な信仰心を持つ人間が、バーンとなって世界的宗教組織であるカーリスと対峙するということ。それもまた皮肉である。

(悩むな。悩む暇なんてない! 守るんだ! アレクを助けるために!!!)
 それでもサンタナキアには希望があった。まだ自分には守るべき存在がいる。愛すべき家族がいる。アレクシートがいれば、まだ自分は戦えるのだと。あらがえるのだと。

 サンタナキアは必死に目の前に集中する。糸が見える自分がいれば、ここを死守することはできるのだという、淡い願望である。

 しかし、願望は願望でしかない。

「サンタナキア、あなたは疑問を抱いていた。なぜ糸が見える自分を残したのか、と。違いますか?」
 オロクカカの声は、ひどく冷静だった。あれほどの激情を見せたあとに放つ言葉とは思えないほどに。怒りが、すでに赤を通り越しているのだ。より高温の青となって燃え盛り、冷徹で残酷な目に変化していた。

 その目が映すのは、罠にかかった獲物の姿である。

「ぐっ!!!」
 突如、サンタナキアの両足に激痛が走る。それは「痛い!」というものを超えて、痺れるほどの強烈な刺激である。思わず膝が曲がる。

「な、なにが…」
 サンタナキアがシルバーフォーシルの足を見ると、両足の裏側、ふくらはぎの部分に小型の蜘蛛であるマゴラテが張り付いていた。

 マゴラテは、ミサイルを迎撃するチャフの役目をするだけの存在ではない。ヘビ・ラテの立派な攻撃手段の一つである。ただ、今まではそれを使うだけの相手がいなかったにすぎない。

 マゴラテはシルバーフォーシルの足に噛み付くと同時に、強力な電流を流す。その威力は通常のMGならば一瞬で回線をショートさせ、行動不能にさせるほどである。

(囮に引っかかるとは…! 動揺しているのか! いや、相手が上手いのだ!)
 たしかにサンタナキアは動揺していた。通常ならば警戒できる足元にも注意が及ばなかった。

 しかし、カミューへの攻撃はサンタナキアを誘い出すための餌。彼が仲間を救いに走ることを計算に入れた周到な罠であった。

 オロクカカは、サンタナキアと対峙しながらも背後にマゴラテを忍ばせる。彼が糸を見えるからこそ、あえて目の前で糸を撒き散らして警戒させ、背後の足元への注意を逸らしたのだ。

「理由はわかりませんが、あなたには糸が見える。それは厄介な力です。しかしながら、見えることが仇にもなるのですよ」
 オロクカカにとっても、糸が見切られることは嫌なことである。だが、見えたからといって戦糸術が破られたわけではない。

 むしろ、見えるからこそ反応してしまう。
 救おうとしてしまうのである。

 もし糸が見えないアレクシートが相手だったならば、犠牲を承知で短期決戦を挑んでいただろう。見えないものに怯えるのは彼の性に合わないし、逆に危険である。

 一方、糸が見えてしまうサンタナキアは防御を優先した。味方を思いやる心優しいサキアは、誰も犠牲にならない道を選んだのだ。自分が糸に対処すれば何とかなると。

 それは甘い考えである。

 特に相手がバーンであるのならば、非情に徹しなければいけない。仲間を見捨ててもバーンを倒さねばならない。これは忠告を通り越して警告である。

 なぜならば、もしそうしなければ…

「これより罪人の処刑を始めます。まずは盲目で愚かで、真実の目を持たぬ哀れな咎人たちの奴隷、その傀儡くぐつども!」
 改めてヘビ・ラテの糸がカミューたちに襲いかかる。それは捕獲するものではなく切り裂くもの。

「逃げろ!!」
 サンタナキアは部下たちに叫ぶが、彼らには見えていない。

 自らを細切れにする、何百という糸が。

 糸はカミューたちを大きく取り囲み、暴風のように一気に襲いかかる。彼らは何が起こったかも理解できないまま、そのすべてが一瞬で切り裂かれた。

 頭部や手足だけが切れるのではない。まさに細切れとなった残骸。オイルと血が入り交じった、不愉快な臭いのする液体が飛び散る様子は、まさに地獄絵図であった。

 戦糸術【竜巻絵巻】。

 膨大な量の糸を回転させ、竜巻のようにすべてを切り裂いてしまう大技である。発動にはかなりの準備が必要なため、今回のように相手を結界内に閉じ込めて使うことが多い。

 彼らが防戦を選んでくれたおかげで、それもやりやすかった。これはサンタナキアの戦術が悪かったわけではない。単にオロクカカがロイゼンの戦い方を研究していた結果である。

(甘かった。最初から狙っていたのだ!!)
 サンタナキアは今になって後悔する。彼らの行動のすべてが、自分たちを纖滅するための準備であったのだ。

 アレクシートを連れ去ったのは、それがすべてにおいて好都合であるからだ。彼を失って動揺すれば各個撃破すればよいし、固まって防戦すれば技の餌食となる。ロイゼンの情報を知り尽くしているからこそできる罠である。

「サンタナキア様! お助けいたします!」
 運良く竜巻絵巻の範囲外にいて無事だったカミューが、サンタナキアを助けようと動く。

 目の前で大勢の仲間がやられたのを見ても恐慌に陥らないのは、さすがロイゼンの精鋭でありカーリスの信者。彼らも命を捨てる覚悟でやってきている。

 しかし、その覚悟があってもなお、敵は強かった。

「来るな!! 狙われているぞ!」
 サンタナキアの視線には、背後を見せたカミューたちに襲いかかるガヴァルの姿があった。

 それは、相手が弱るのを待ってから一斉に襲いかかる獰猛な野犬たち。背後を見せたカミューにバズーカを放ち、それによって破壊された背中にサーベルを突き刺す。

 抉る。抉る。抉り尽くす。

 サーベルは機体だけではなく、中の騎士にまで到達し、それでもさらに抉る。突き刺す。そこにいっさいの遠慮も躊躇もない。まさに悪魔の所業である。

 だが、カーリスの罪を思えば、これは逆である。

 天罰。

 天の使いである聖女を殺した人間たちに送られたのは、罰を与えるための悪魔。人間自らの罪が生み出した、贖罪の御使いである。

「あなたははりつけにしてあげましょう」
 ヘビ・ラテは、シルバーフォーシルを吊り上げると、戦糸で練った十字架に両手足を縛り付ける。

「くうう、うおおおおおおお!」
 サンタナキアは剣気を放出して抵抗。剣の部分の糸は切れたが、いかんせん糸の数が膨大。次から次と襲いかかる糸に対抗しきれず、剣を持った腕も糸で埋まる。

「無駄無駄無駄!!」
 ヘビ・ラテの糸はとどまるところを知らない。オロクカカの戦気が次々と糸になってシルバーフォーシルを縛りつける。これにはいかにサンタナキアであっても抵抗はできない。

(なんという…、なんという強さ。本当に彼らが正しいのか? だから強いのか…?)
 オロクカカもロキも強すぎる。同じ死を覚悟した者同士であっても、持ち込んだ意思の強さが違う。

 信仰に殉ずることは美学でもある。自己陶酔といってもよいだろう。その一途さは恋愛のように、ある種の甘美さを与えてくれる。カーリスの騎士たちは、快楽の中で死ぬのであるから幸せだろう。

 がしかし、オロクカカたちの強さは同じ信仰に根付いていても、根幹が違う。そこに自己陶酔も自己満足もない。ただ悪魔の思想のもとに相手を殺すことだけに集中している。自己満足すら得るつもりもない。

 あるのは怒り。強大な怒り。

 その膨大なエネルギーが破壊に転じた時、止められるものは何もない。すべてが無力である。

「我々がカーリスを破壊するのです。いいえ、違います。カーリス様の名を騙る盗人どもを皆殺しにするのです!!」


 今、断罪の時はきたる。

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