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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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五十三話 「RD事変 其の五十二 『コノの旅④』」

 †††

 ルイセ・コノが惑星ヘダンテに到着して、体感でおよそ三日が経過していた。その間、彼女たちはコンパスを頼りに星を探索していく。

 ケイオス・トロス〈混沌と進化の羅針盤〉はその名の通り、進化に対して反応するコンパスである。一つ目の能力として、もっとも進化した存在を見つけ出すことが可能だ。この星で使えば、コンパスが反応する方角、地点に一番進化した存在がいるはずである。

 しかし、これは万能ではない。コンパスは立体ではないので、大まかな方角しかわからない。空や地下といったものまでは対応していない。

 そのうえ地形というものは平面ではない。山もあれば谷もあり、海だって存在する。方角だけわかっても、目の前が山岳地帯であれば、人間の身からすれば絶望したくなるほど道は困難となる。

 この星は地平線が広がっているので、一見すれば障害物がないように思える。しかし、所々に水深二十メートルはありそうな深い水たまりや、もはや湖と呼べるほどの空間も存在している。

 星全体が水で覆われているので境目がよく見えず、何もないと思ってうっかり足を踏み入れれば、そのままドボンと落ちてしまうことがある。実際、ワン美がすでに何回も落ちており、その都度ずぶ濡れになるという惨事に見舞われていた。

 ワン美は人間よりも感覚に優れている。そんな彼女でも落ちるのだから、表面からではまったく見分けがつかない。

 そうこう歩いていると、再びワン美の姿が消える。

「わおーーーん、ぶくぶく!」
「また落ちたにゃ。まったく、鈍くさい雌犬ですにゃ」
 ルイセ・コノは、落ちたワン美を助けようとするそぶりもなく、コンパスを見つめていた。コンパスはそのまま直進のコース、北西を指している。

 その先には、一つの島がある。

 島の大きさは、ここから見て全長五百メートル前後。大きくも小さくもない島だ。

「ふむ、あそこですかにゃ?」
「ふえーん、ぺっ、ぺっ、なんだかしょっぱいですぅ」
 ルイセ・コノが島を観察していると、ワン美が這い出てきた。しきりにしょっぱいを連呼しているので、普通の水たまりではなかったようだ。

「ここからは海のようですにゃ」
 ルイセ・コノは地図を確認。周囲を見回せば島もちらほらと確認できるので、かなり大きめな海洋が広がっていると思われた。

「服がべとべとしますー」
「普段の行いが悪いのにゃ」
「コノ様が先頭を歩かせるからですぅー。きっとわざとですぅ」
「おっ、それに気がつくとは案外利口ですにゃ。ケケケ」

 ルイセ・コノはワン美を先頭に歩かせており、彼女が落ちたら止まるので一度も災難には遭っていない。それ以前に、水の上を跳ねる靴をはいているで、もともと落ちない。まさに頭脳の勝利であった。

「はうぅ、私もその靴欲しいですぅ」
「お前の肉球と交換してやるにゃ!」
「いたーーーい! 取れないですぅ! それ取れないですぅうう!」
 ルイセ・コノは、ワン美の肉球を鋭利な爪で引っ張る。やっぱり取れなかった。残念である。

「じゃあ、イカダを作るから待ってろにゃ」
 ルイセ・コノはイカダを作るために道具を広げる。本来ならば船も作れるが、少々素材の手持ちが少ない状況である。できれば節約していきたい。

 ちなみに道中で使えそうな素材を発見すると、ルイセ・コノ特製のポケットにしまわれる。ポケットの大きさは手のひら大なのだが、彼女の身長はありそうな素材でも吸い込まれるように丸ごと入ってしまう、実に不思議なポッケなのである。

 このポッケは「コノちゃんの秘密の穴」という、若干卑猥な名前がつけられていた。どういう仕組みかはわからないが、かなりの量がしまえるらしく、地上にいるときでも愛用している秘密道具だ。

 今回もそこから材料を取り出してイカダを作っている。何本かの木材を取り出し、適当に縛りつけるだけの簡素なものなので、特に目新しいものはない。それでも随所にルイセ・コノ特製のスクリューに似た推進器を取り付けているので、性能は侮れないものがありそうだ。

「コノ様、ご自分で創造なさらないんですか?」
 ワン美は、ルイセ・コノが創造力で生み出さなかったことに疑問を抱く。彼女ほどのダイバーならば、この程度のイカダくらいシャベルのように簡単に作れそうなものであるからだ。

「だんだん物質性が強くなっているから、素材から作るより時間がかかるにゃ」
 ルイセ・コノは、専用アームの機能の一つである大型カッターで木材を器用に切りそろえながら、ワン美の質問に答える。

 ルイセ・コノたちがコンパスに従って進めば進むほど、より濃度の強い物質性がまとわりついてくる。そのため簡単には創造できなくなっているのだ。今、イカダを創造力で作ろうとすれば、数時間は軽くかかってしまうだろう。

「これはたぶん結界にゃ」
 それを彼女は、結界であると見破る。

 この三日、実際に地表を歩き回って気がついたが、星全体に薄くまとわりつく青白い大気そのものが、すでに結界の要素の一つであったのだ。そのせいでルイセ・コノのダイバーとしての力が封じられてしまっていた。

 【ダイバー殺しの結界】

 ダイバーは万能ではない。あくまで環境が整わねば普通の人間と大差はない。非常に稀だが、地上でもこうした結界が張られている領域がある。ここに入れば、どんなに優秀なダイバーであっても無力となる。ハッキングも不可能だ。

 当然デメリットもある。ダイバーとしての力が使えないということは、それだけ事象を操るのが困難になるということ。データの管理にしても、本来ならば自動で行われていたものを自分の手でやらねばならなくなる。

 それが少数ならばよいが、何千万、何億というデータを人間の手で管理するのは難しいものだ。間違いがあっても放置されることもあるし、そもそも目的のデータを探すことも大変になる。

 このような結界は、いわばネットに繋がないオフライン環境と同じである。ネットを介してデータを奪われる危険はなくなるが、外部と通信する手段を失う。それだけ秘匿性の高いデータを扱う場所でなければ、デメリットのほうが大きくなってしまうだろう。

 ただ、賢人の遺産の多くが、こうした環境下にあるのも事実である。現在はザンビエルが多数の遺産を保有しているのだが、その大半がこうした隔離状態にあった。

 賢人の遺産は、使われないほうが良い。

 メラキの多くは、そう考えている。だからこそ死ぬまで秘匿したままにすることも少なくない。賢人の遺産も、自身がメラキであることすらも。知らなければ、それはそれで問題ないのだ。

 賢人が遺したものは、現在の人間にとっては害悪となる可能性が大いに高い。どのような便利な科学技術が生まれても、それを独占したり悪用したりするのならば、結局は人類にとってマイナスになる。

 たとえば遺産の中には、太陽のエネルギーを機械の動力にする技術が存在する。これはいわゆる太陽光発電のことであるが、遺産のものはその規模が違う。たった一つのジュエルに蓄えたエネルギーで、一つの国が消費する電力、およそ十年分がまかなえるほどだ。

 【永久太陽機関】

 この技術は、WG製の一部の高性能魔人機にも実験的に導入されている。ハイテッシモを筆頭とするネーパシリーズ。あれは、この技術を試すために生まれたシリーズなのである。

 ネーパシリーズに導入された技術は、もっと初歩的なものであるが、それでもあれだけの性能を発揮する。もしこれが大量生産されれば、世の中はどうなるだろう。こうした技術が浸透すれば、世界は便利で豊かになるだろうか。

 貧困は改善されるだろうか?
 不平等はなくなるだろうか?

 否。

 今より激しい争いが起きるのである。

 MGの燃料であるアフラライト鉱石が見つかった時、人々は何をしただろうか。

 そう。資源を奪おうと侵攻したのである。

 強国が持てば自衛する力があるが、弱小国が持てば強者に狙われる。独占しようとする者が出てくる。誰が持とうが、必ず争いが生まれる。

 現在の世界を見れば答えはすぐにわかる。新しい技術による製品が生まれた時、高額な値で売られるだろう。時代遅れとなれば普及して値も下がるが、恩恵を受けるのは富める者だけである。

 結局、弱者にまで恩恵は行き渡らず、むしろ弱者は、より弱者にされてしまう。平和で豊かになればなるほど貧富の差が拡大するように、貧しい時は一緒に苦しみを分かち合った仲間でさえ、富むと弱者の気持ちを忘れるのだ。

 あなたがたも見たことがあるだろう。突然お金が入るようになり、傲慢になった人間のことを。弱い人の気持ちを忘れた人間のことを。それはあなたの友人かもしれないし、かつてのあなたかもしれない。

 これは人間の利己主義。
 世界に蔓延した病気。

 残念ながら現在の地上は、いまだこうした世界なのである。人々は熱病にうなされた病人と同じ。正しい判断力を失い、価値観も未成熟。よって、メラキは遺産を厳重に秘匿している。

 正しく使われる【あの日】のために。

「結界ということは、誰かが張ったということでござるか?」
「そういうことにゃ。この規模だと、思ったより大物がいるかもしれないにゃ」
 鳥蔵の疑問にルイセ・コノが頷く。これだけの結界を生み出せる者など、ルイセ・コノの星でも数人いるかどうかだ。

 ここで懸念であった支配種の存在が、ほぼ確定の事実となった。単なる生物、知的活動を行わない存在ならば、このような芸当はできない。この結界には、明らかな意思が込められているからだ。

 そして、予想以上に強大。

 明らかに今までの階層とはレベルが異なる星である。ここにいるのは相当な進化を遂げた者なのだろう。

(外部からの侵入を拒んでいる感じにゃ。やっぱり当たりですにゃ)
 結界には排他性の意思を感じる。できれば誰も近寄ってほしくない。そっとしておいてほしい。そんな意思である。

 が、それは逆にルイセ・コノの目的地が近いことを意味していた。

 今までの門もそうだったのだ。アナイスメルは、侵入者が階層を進むことを拒む傾向がある。それは矛盾した意思。進化を望みながらも、他者との融合を拒むような【孤独さ】を宿しているのである。

 孤高。いや、これは【寂しさ】である。

 すでに廃れたものが発する気配。建物はたくさんあるのに、人がまったくいない町。活気がない。人々の気持ちが沈んでいる。そんなシャッター街のような雰囲気を醸し出している。それがアナイスメルの現状を如実に示していた。

 ここもそうなのであろう。静かで綺麗だが、すべてが落ち着いている。落ち着きすぎている。進化に必要な【混沌さ】がないのだ。エネルギッシュで、煮え立つような荒々しさがない。

 ここにあるのは、ただただ静寂である。

「イカダが出来たにゃ。鳥蔵、頼むにゃ」
「承知」
 ルイセ・コノは、イカダの帆にあたる部分に鳥蔵をセッティング。鳥蔵は翼の噴射孔から空気を吐き出し、それが動力となってイカダは島へと進んでいく。

「わー、速いですぅ!!」
「ウッキーー!」
 まるで高速艇のように進むイカダに、ワン美も猿吉も大興奮である。時速百キロ近くで走るイカダは、見る見るうちに島に近づいていく。

 しかし、彼女たちは忘れていた。
 このシステムが持つ致命的な欠陥を。

「鳥蔵さん、ストップですぅ」
 島が近づいてきたので、ワン美は鳥蔵に少し速度を落とすように頼む。

「無理でござる。鳥は急には止まれないでござる」
 鳥蔵は拒否。というより、できない。大鳥族には、そもそも止まるという発想がないのだ。行けるところまで飛ぶ。それだけである。

「忘れてましたぁあああああ!」
 完全なる失念である。仕方ない。彼女もまた犬なのだ。その知能には限界がある。当然、猿も同じである。

 イカダはまったく速度を落とさず、島の岩礁地帯に突っ込んだ。

 どごっ!! がらがら! ぐしゃ!!

 イカダは衝撃でバラバラ。ワン美と猿吉は放り出され、海に落ちていく。鳥蔵も、そのままの勢いで島の砂浜に不時着して砂まみれ。まったくもって理不尽な機構である。

「ゲラゲラゲラ、頭の悪いやつらですにゃ」
 その惨状に大笑いのルイセ・コノ。彼女は、島が近づいたあたりで離脱。水の上を歩ける靴で優雅に歩いていた。

 かなりの速度だったので、飛び降りればかなり危険である。靴も底にしか浮かぶ効果がないので、身体が海に落ちれば沈んでしまう。それでも無事だったのは、やはり猫の身体能力としかいいようがなかった。

「はうー、もう水着でいいくらいですぅ・・・」
 ワン美は身体をブルブル震わせ、水をはじいていく。その様子は、まさに犬そのものだ。

「馬鹿をやっていないで、早く行くにゃ。遊びじゃないですにゃ」
「うう、遊んでないですぅー」
 イカダのハプニングはあったものの、ルイセ・コノたちは無事島に上陸。

 その島は、なんと形容すればよいのか、まるでブロッコリーのような膨らんだ形状をしていた。その見た目通り、緑が豊富に存在し、さまざまな植物が芽吹いている。もしここで無人島生活をするならば、食べ物や資源に困ることはないだろう。

「わー、こんな場所、初めてですぅ!」
 ワン美は興奮しつつ、生い茂った植物にまとわりつく。初めて見る植物は美しく、芳醇な香りを放っていた。

 星の空気が影響しているのか、緑の匂いも、どことなく薄く広がっていくような感覚である。まるでアロマでも焚いているかのような香りが立ちこめる。その匂いに引き寄せられたのか、多くの鳥たちも木に止まっていた。

「島を探索してみるにゃ」
 ルイセ・コノたちは、島を探索してみる。山のように盛り上がったその島は歩きにくかったが、特に障害となるものもなく普通に一周できた。

「大型の獣などはいないようでござるな」
 鳥蔵も、最初の偵察で空から島を確認してみたが、捕食者のような大型の獣は存在していないようだ。今のところ見かけたのは、目の前に止まっているカモメのような鳥と、鹿のような草食動物だけである。

 ケイオス・トロスは、まるで回転するような動きを見せ、この場所に何かがあることを示している。しかしその後、島の中央も探索してみたが、特にめぼしいものは見つからない。

「門がないですぅー」
 この島には何もない。このように無数の植物が生い茂っているだけである。ワン美も少し飽きたようで、しまいには座り込んでしまった。それでも水の上よりは楽らしく、いつの間にか寝そべっていた。やはり土の上は落ち着くものである。

「う~ん・・・」
 ルイセ・コノは、じっと植物を見ながら思案に耽っていた。彼女の中で何かが引っかかっていたのだ。

 特に植物の育ち方。

 この星の植物は少しばかり変わっており、ぐにゃぐにゃと不規則な形をしながら生えているものが多い。大きな木もまっすぐではなく、曲がりくねって生えている。それがなぜか海に向かって伸びている。その結果として、このブロッコリーのような形態の、ごちゃっとした山が生まれているのである。

 通常植物は、太陽に向かって伸びていくものである。できるだけ日の光を受けようと、おのおの独自の進化を遂げていく。しかし、本来空に向かうはずのものが、なぜか海に向かっている。一部のものは、海の中に突っ込んで生えていた。この星の大気が原因なのか、それとも水の大地に適応した結果なのか、今のところ理由は不明である。

「これ、甘いですぅ♪」
 大きさは十センチほどの赤黒い実。表面はぷにぷにと柔らかい。ワン実がもぎ取って食べてみると、サクランボのような味がした。

 正直、いきなり来た星のものを食べるのは危険である。まだ身体が星に馴染んでいないと、拒否反応を示す場合がある。そもそも食べられるものかもわからない。が、彼女も動物である。そのあたりは感覚で安全かを判断できるのだろう。

「うっ、口がイガイガしますぅーーー!!」
 というのは過大評価であった。メロンやパイナップルを食べた後のように、口がイガイガする罰が与えられる。言い換えれば、無知と無謀による当然の結果であった。

「コノ様も食べますぅ?」
「なんで勧めるのか理解不能にゃ!! この馬鹿犬め!」
 なぜかワン実がルイセ・コノにイガイガ果物を勧めてきたので、ルイセ・コノは振りかぶって果物をワン実の顔面に投げつけた。

「わぉおお!? 顔がイガイガしますぅううう!」
 相当な勢いでぶつかって砕け、ワン実の顔面に飛び散る果物。その汁の成分で顔中がイガイガする罰が与えられた。これは無知の産物というより、単なる人災であるが。

「ウキキ」
「・・・・・・」
 そして、なぜか猿吉も同じ果物をルイセ・コノに渡そうとする。そんな猿に対して猫が取る行動は一つである。

「お前が食えにゃ!!」
「ウギィイイイイイ!」
 専用アームに取り付けられた果物が、猿吉さんの尻穴に挿入される。

 合掌。

「せっかくでござる。次は魚でも捕ってみるでござるか」
 ワン実の行動に触発されたのか、鳥蔵が意気揚々と海に歩いていく。

 大鳥族は、基本雑食である。普段は穀物などを食べるが、農耕などは得意ではないので移動しながら獲物を捕らえて暮らしている。魚も彼らにとってみれば主食の一つであった。

「生臭いのは苦手ですぅ」
「そもそも魚がいるかどうかも、わからないでござるがな。かといって海草では物足りぬであろうし」
「海草? ・・・そうにゃ!」
 鳥蔵の言葉にルイセ・コノが反応。おもむろに靴を脱いで、鳥蔵を追い越して海の中に入っていく。

「え? コノ様!? どうしたんですか!」
 その行動に驚くワン美。あれだけ濡れないように気を遣っていた彼女が、突如海に向かうなどありえない行動である。

 そんなワン美に、ルイセ・コノは自嘲する。

「まったく、うちも馬鹿ですにゃ。お前たちと一緒にいて馬鹿が移ったですにゃ」
「コノ様は馬鹿じゃないですぅー」
「うちも、所詮は人間だってことですにゃ」
 ルイセ・コノは小型の酸素ボンベを口にくわえると、濡れることもいとわずに海の中に飛び込む。

 その後、何が起きたのか理解できないワン美たちは、固唾を呑んで見守るしかなかった。ルイセ・コノの行動の意味が、まったくわからなかったのだ。

 およそ十分後、ルイセ・コノは帰還。そして驚くべき事実を伝える。

「やっぱりそうにゃ。こっちが海なのにゃ!」
 ルイセ・コノは、濡れたことを気にもせず興奮しながら走ってくる。

 普段の冷静な彼女しか知らないワン実たちには、その無邪気な姿はかなり珍しい光景に映っていたことだろう。しかし、ルイセ・コノも喜ぶし、はしゃぐことがあるのだ。彼女も人間だからである。

「コノ様、何を言っているんですか?」
「ずっと変だと思っていたにゃ。思い込みってのは怖いものにゃ」
 ルイセ・コノも、自分たちがいる場所が【陸上】だと思っていた。思い込んでいた。列車は空から降り立ったので、さすがのルイセ・コノも疑うことをしなかった。

 しかし、それこそが思い込み。

 ここは【海中】。

 ルイセ・コノたちがいるこの場所こそが、海の中。
 そして、【海の中こそが陸上】である。

 何やら不思議な表現であるが、それが事実なのである。植物の生え方、伸び方がおかしい理由はそこにあった。彼らは伸びていたのだ。正しい方角に。より栄養のある場所に根を伸ばしていたのだ。

「お前たちも海に入るにゃ。ちゃんと酸素ボンベを付けてにゃ」
 ルイセ・コノに促され、ワン美や鳥蔵、猿吉も海の中に入ってみる。

 するとそこには、巨大な空間が広がっていた。まるで海の中にもう一つの世界があるような。海とは思えぬ地上と変わらぬ明るい世界が存在していた。

「わわん! す、すごいです!」
「これは・・・圧巻でござるな」
「キキーー!」

 その光景に驚くのも無理はない。海の中は、七色。赤や緑や黄色、すべての色が絡み合い、至る所で虹のような色合いが生まれていたのである。それが海水の青をさらに引き立たせ、荘厳な世界を生み出していた。

 海中に漂う海藻かいそうは輝きを放ち、海全体を照らしていく。海底はまるで空のごとく高く、どこまでも広く続いている。多種多様な魚の群れはしっかりと統率されており、見事な舞を演じている。その様子は地上の南国の海を遙かに超える優美さであった。

 ここが海の楽園だと紹介されれば、そのまま信じてしまうに違いない。至る所に生命が溢れているのだ。これと比べると、今までいた場所は廃墟に等しい。

「コノ様、これは何ですぅ!?」
「これこそ、この星の本当の姿。惑星ヘダンテの【地表】にゃ」

 海に入った瞬間、天地が逆転。海面が地面になったかのような感覚に陥るのだ。それは、この世界が例の結界によって違う法則で管理されているからである。

 ここは別世界であり、ヘダンテの中核部分。

 海の中なのでルイセ・コノたちは酸素ボンベが必須である。しかし、星の住人からすれば、こちらこそが紛れもない地表であり生活空間である。

 空から観察すれば何もない水の星なのは当然。そこは彼らからすれば僻地。誰も住まない辺境なのである。彼らの生活の場は水の中だからだ。海水が彼らの空気であり、海藻の輝きこそが光なのだ。

 驚きを隠せないルイセ・コノたち。そんな彼女たちに気がついた者がいる。それは、まるで抵抗を感じさせない動きで、大量の魚が泳ぐ海を悠々と突っ切ってやってくる。

「あら、サージュがここにいるなんて珍しいわね」
 その言葉を発したのは、何やらペンギンに似た白い動物である。

 が、それは鳥ではない。白いペンギンに魚の尾とヒレを足すと、おそらくイメージに近いものになるだろう。一見すると不思議な生物であるが、目は愛らしく、こちらに対して敵対心は感じられない。

「うわわ、しゃべったですぅ」
 ワン美は、白いペンギンがしゃべったことに驚く。それだけ高い知性を持っている証である。

 ただし、ワン美が驚いたのは、それが思念ではなかったから。

 実はこのペンギンは、この星の言葉であろう言語を使って語りかけていた。音波に近い振動である。それは思念ではなく、やはり言語と呼ぶべきだろう。

 人間の聴覚でいえば、あまり上手くない奏者が、バイオリンの弦を適当にはじいた時に出るような音に近いだろうか。綺麗でも汚くもない、淀みない不思議な音階である。

 それが翻訳されたのは、ルイセ・コノたちが付けている補聴器の効果である。これが意識の振動をキャッチして翻訳しているのだ。言語の本質は意思。多少意訳はあるだろうが、意思疎通には問題ないようだ。

 そこで気になるのが、この単語。

「サージュとは何にゃ?」
 ルイセ・コノは翻訳機能を信頼して、固有名詞の意味を尋ねてみる。何か特別な意味がありそうな言葉に感じたからだ。

「サージュはサージュよ。あなたたちは違うの?」
 ペンギンは、不思議な顔をして聞き返す。おそらく、サージュという存在は彼らにとって、ごくごく当たり前のものなのだろう。知っているのが当然と思えるくらいに。

(なるほどにゃ。おそらくそれが支配種だにゃ)
 ルイセ・コノは、即座にサージュが特定の種族を指す言葉だと理解する。

 ペンギンが、自分たちを見てサージュと勘違いしたこと。それが容姿を指すのかはわからないが、何かしら共通点を見いだしたのだろう。同じ惑星に暮らすものならばまだしも、違う世界から来た存在である。何も知らないペンギンがそう思うのならば、かなり酷似した何かを感じ取ったということだ。

「うちらは違う惑星から来た別のサージュにゃ。この星のサージュに会いたいにゃ」
 サージュが何かを聞いておきながら、ルイセ・コノはとっさにそう語る。

「ああ、そうなの。サージュなら、この先に行けば会えると思うわ」
 ペンギンは特に疑問を抱かずに、上の方角、つまりはより深い場所を指してそう答える。

「そうかにゃ。ありがとにゃ」
「ばいばーい」
 ルイセ・コノはペンギンと別れ、サージュがいるであろう場所へと進んでいく。深く潜っていく。

 海水は多少重みを感じるが、普通の水とは違い、ものすごく軽い。まるで空気の中を泳いでいる感覚である。かといって中身がないわけではなく、酸素ボンベがなければ呼吸が苦しいだろう。

 そして、海水には多分に栄養素が詰まっているようである。ルイセ・コノたちは身体の構造が違うので、これを栄養に還元できないので意味がないが、ここで住む者たちにしてみれば、この水自体が食事の代用になっている可能性がある。

 その証拠に、ペンギンが魚を捕食するそぶりが見られない。魚も無警戒で泳いでいる。泳ぎ、呼吸するだけで満たされる。実に素晴らしい世界であった。

「コノ様、どういうことなんですか?」
 さすがのワン美も、さきほどのやりとりに疑問を抱いて問いただす。それほど不可思議な感じだったのだ。

 その答えをルイセ・コノは簡潔に述べた。

「あいつは、この星の【下等生物】にゃ。言ってしまえば、そこまで進化していない存在なのにゃ」
 ルイセ・コノは、ペンギンと一言話した段階で、その生物の知的レベルを判断したのだ。

 たしかに意思は発したが、その知能はあまり高くないようだ。ワン美たちより下で、イルカより高い程度。日常的な会話は可能であるが、それ以上の知的感覚がまだ育っていないのである。

 よって、言葉の細かいやりとりは無理。特に駆け引きなどの高度な会話は不可能であろう。それを知ったルイセ・コノは、相手に合わせて会話の内容をシンプルにしたのである。相手がわかりやすいように。意思疎通をしやすいように。

 ワン美は、彼らより発達しているので、そのやりとりに不可思議さを感じ取ったのである。子供同士の会話を聞いていると、意思疎通がかなり曖昧で、大人ならば思わず吹き出してしまうシーンがあるだろう。あのような感じに似ている。

(ケイオス・トロスが反応しているにゃ。もうすぐにゃ)
 羅針盤は、ぐるぐると激しく回転している。この星の支配種が近い証拠である。

「コノ様、コノ様!!!」
「何にゃ。海の中だから、オシッコは好きにするにゃ。そういえば、水泳選手はプールの中で・・・」
「違うですぅ! あれ、あれですぅ!!!」

 ルイセ・コノは羅針盤を見ていたので気がつかなかった。

 その【巨大なもの】に。

 ワン実が見たものは、深海(天)から下にゆっくりと降りてきた、全長三十メートルはありそうな巨大な生物。

「クジラ・・・にゃ?」
 ルイセ・コノが視線を向けた瞬間、その言葉が浮かんだ。

 その存在は、クジラに似ていた。大きくてシンプルで雄大。されど細かい箇所は複雑なラインで彩られ、見ている者をけっして飽きさせない魅力がある。何よりも、見た瞬間に優れた知性を感じさせる【雰囲気】があった。

 ああ、この生物は叡智を宿している。

 それが感覚でわかるのだ。人間が智者を見た時、その者が優れているとすぐにわかるように。これは人間が動物を見たとき、自分より劣っているとわかるのと同じことである。進化の具合を必然的に感じ取るのである。

 このクジラは、紛れもなくこの星の支配種。
 サージュ〈知恵の〉と呼ばれる存在である。

 なぜ、そのような用語が使われているのかといえば、クジラの頭上には光り輝くが存在していたからである。まるで人間が想像する天使のように、神々しいまでの輪っかがある。もし地上の無知な人間がこのクジラを見たら、天の使いと錯覚するだろう。

 その証拠に、鳥蔵も警戒を解いている。その光輝に圧倒されているのだ。それだけ鳥蔵とは進化の差があった。もし彼らが獰猛な下等生物ならば、危険を感じ取った鳥蔵がすでに動いているはずである。

 そして、サージュはルイセ・コノを見つけると、この言葉を紡いだ。

「【解放者】よ、よくいらっしゃいました。【王】がお待ちです」
 それは言葉でありながら、さきほどのペンギンが放った音階とは比べものにならない美しい響き。甘く優しいフルートの調べが、海中を優しく包むようである。その一言だけで、彼らが優れた存在であることを示していた。

「解放者・・・ですかぁ?」
 ワン美は、サージュが出迎えてくれたことよりも、そちらの言葉が気になったようだ。

「ええ、あなたがたは解放者。我々を解放してくれる存在なのです」
 サージュの言葉は、疑問を発したワン美ではなくルイセ・コノに向けられていた。彼女のことを知っているそぶりである。

「よくわからんけど、案内お願いするにゃ」
 ルイセ・コノも事情は呑み込めていないが、相手が友好的なのは歓迎すべき事実である。素直に相手に従うことにした。

「では、私に掴まってください。もっと上にあがりますから」
 サージュは、自分に掴まるように指示。よく見ると、けっこう凸凹な箇所も存在するので、掴まるのは容易であった。

「わー、なんかドキドキですぅ」
「お嬢、大変でござる! 拙者には指がないでござる!」
 ここで鳥蔵は、さらなる自己の欠点に気がつく。そういえば指がないのだ。もう欠陥だらけの種族である。

「知らないにゃ。猿吉にでも掴まるですにゃ」
「仕方ない。猿吉殿、頼むでござる。ぶすーー!」
「うぎぃいいいいい!!」
 指がない鳥蔵は、仕方なく猿吉にクチバシを突き刺す。もうこれしか方法はなかった。

「あっ、誰かが鳥蔵を掴めばよかったにゃ」
 ルイセ・コノがそのことに気がついたのは、クジラに掴まって数分後であった。頭脳明晰な彼女であっても、興味がないことには頭が回らないらしい。

 哀れ。猿吉は何かの汁を海中に垂れ流しながら、目的地に着くまで苦痛に苛まれていたのであった。ただし、もっと災難なのは鳥蔵である。猿吉のよくわからない汁の味を堪能することになったのだから・・・。


 サージュの一人(彼が言うには自分はまだ若い個体らしい)に連れられ、ルイセ・コノたちは天上の宮殿にたどり着く。

 そこは、この星の一番深い場所に存在し、まるで星の光源であるかのように、燃えるように輝く世界であった。あまりの光に、周囲の輪郭がわからなくなるほどである。

 そこにはサージュが大勢いる。

 かと思われたが、サージュそのものの数は多くは見られなかった。見かけたのは、新たに出迎えに来てくれた十人程度で、彼らは歓迎のセレモニーを披露してくれた楽歌隊であった。

 十人が歌うように言語を紡ぐと、音波は共鳴し、十の音階を生み出していく。絡み合い、融合し合い、調和となった言葉は音楽となり、ルイセ・コノたちを包んでいく。

(これは・・・イッちゃいそうにゃ!)
 あまりの甘美さに、ルイセ・コノも全身を震わせる。このような音楽は地上には存在しない。いかに有名なオーケストラでも遠く及ばない、魂そのものを震わせる振動であった。

「コノ様、どうしたんですかぁ?」
 一方、ワン美たちは何も感じていないかのように、不思議そうにサージュたちを眺めているだけである。

「まっ、お前たちには理解できないものにゃ。かわいそうなやつらにゃ」
「わうん??」
 ワン美たちは進化のレベルが低いために、この美しい調和の音楽を感識できない。理解できない。

 粗野な人間に、芸術は理解できない。教養のない人間に、相手を気遣うことはできない。日常のことに追われている人間には、繊細な生命の輝きは感じ取れない。残念ながらワン美たちのレベルでは、この美しさが理解できないのだ。

「うわぁ、全部が大きいですぅー」
 それよりもワン美は、宮殿が大きいことに驚いている。

 宮殿はサージュに合わせて造られているので、サイズも違えば様式もまったく違う。大きさは、東京ドーム百個分以上は軽くあるだろう。それ以外にも植物が生い茂る空間もあるようなので、もはや視界に見えるすべてが宮殿の一部である。

 さらにサージュには大鳥族同様、手が存在しないので取っ手のようなものは存在しないし、扉というものも存在しない。すべてにおいて風通しがよい造りとなっているため、さらに空間が広く感じられる。そこには海底の重苦しさなどまったくなかった。

 サージュは手がないから、細かいものが作れない。

 そう思うのも早計である。

 たしかに宮殿そのものはシンプルで、自然を生かした地盤を利用しているのだが、奥に進めば進むほど、通路の端々にさまざまな芸術品が立ち並んでいる。これは彼らの言語、音波で生み出したものである。彫り物のように、少しずつ削って作り出したのだ。

 サージュは非常に美的感覚に優れた存在なのである。進化するとは、さらに多くの美を感じ取れるようになるということ。より繊細になっていくということである。見た目はクジラであるが、それは単に星に適応した形態にすぎないのだ。

 大切なのは心。
 その霊である。

(相当優れた種なのは間違いないにゃ)
 ルイセ・コノも、サージュの進化の具合に驚いていた。地上の人間の進化レベルと比べれば、まさに人間と犬ほどの差があるだろう。

 彼らの霊的レベルは、愛の園の第三階に相当する。星に住む者としては相当高いレベルである。ケイオス・トロスが激しく反応するのも当然であった。

「ところで、似てますぅ?」
 ふとワン美が、そんなことを言い出す。これは、さきほど会ったペンギンが、自分たちとサージュを誤認したことである。見た目が明らかに違うので、間違えることはないように思えたからだ。

「あの子たちは、目がほとんど見えないのです」
 それには案内役のサージュが答えてくれた。

 あのペンギンに似た生物は、目ではなく感覚で周囲の状況を認識しているらしい。大きさは違うが、ルイセ・コノたちの進化のレベルを感じ取ったのだろう、とのこと。彼らにしてみれば、自分より優れた種はサージュくらいしかいない。それゆえに、安易にサージュと判断したのだ。

 サージュは優れた種である。それは見ればすぐにわかる。
 しかし、彼らにも大きな欠陥が存在していた。

 それを彼らの王が語る。


「よくぞ参られた、解放者よ。あなたがたを歓迎しよう」
 宮殿の最奥に、ひときわ巨大なサージュが存在していた。その大きさは、案内してくれたサージュの十倍はある、まさにサージュの王である。彼は、すべてのサージュの【親】であり、最初に【造られたサージュ】であった。

 その王は言う。

「解放者よ、【王の書】を解放してほしい。我は、そのために生み出されたのだ」

 王の書。

 それこそが、すべての始まりであり、サージュの存在意義でもあるのだ。彼らそのものであり、彼らが今までアナイスメルに存在していた理由でもある。

「サージュの王よ。無知なる者に知恵を与えたまえ。あなたがたの由来すら知らぬ無知なる者に、叡智を」
 ルイセ・コノは、サージュの王にひざまずき、うやうやしく頭を垂れた。

「え?」
「なっ!?」
「キッ!」
 その様子に驚いたのが、動物の従者三人である。まさかあの尊大なルイセ・コノが、他人にひざまずくなど考えもしなかったからだ。それが今、サージュの王にひざまずいている。教えを請うている。

(あの珍妙な生物は、お嬢より上の存在だということでござるか)
 鳥蔵は、そのことに驚異を感じていた。彼にとってルイセ・コノは神に等しい存在。その上がいるとは思わなかったのである。しかし、相手もルイセ・コノに敬意を払っているようである。その様子から、鳥蔵の中ではこういう結論に至る。

(お互いに神々同士。拙者にはもう理解不能でござるな)
 鳥らしく、思考放棄である。考えたところで理解できないのだ。ならば、あるじと決めたルイセ・コノを信じればよい。それだけである。

 ただ、鳥より進化しているワン美は、さらにもう一つのことに気がついてしまった。

(コノ様って、『にゃ』をつけなくてもしゃべれたんですかぁ?)
 気がついてしまった。そこは触れてはいけないポイントだったのに。

 ここにきて、まさかの語尾自演疑惑が浮上する。『にゃ』は、べつに必要なかったのではないか。今までは何だったのだろう、と。

 完全に王の書すら超える疑問が渦巻く動物たちであったが、サージュの王とルイセ・コノの話は続く。

「解放者よ、そなたが解放者たる所以を知っているか?」
「偉大なる黒賢人から授かった知恵。その一部を知るのみです。すべてを知るには遠く及ばず」
「そうか。すでに旧き時代のこと。それも仕方あるまい」
 サージュの王の言葉には、どことなく虚無感が宿っていた。この星全体を支配する、あの寂しい感覚である。

「そなたが知る情報を、我にくれぬか」
「矮小なる者に蓄えられしものでよろしければ」
 ルイセ・コノがサージュの王に近寄り、他のサージュよりも強く輝く光の環に触れる。

 ルイセ・コノが知る、ほぼすべての情報が彼に託される。同じくルイセ・コノも彼らサージュの存在を理解する。こうしてお互いのオーラを通じて情報のやりとりをしているのだ。結界の効果が強いこの場所においても、直接接触による情報のやりとりは可能であった。

 そして、サージュの王はすべてを理解した後、静かに語り出す。

「そなたも知っていよう。このアナイスメルが、すでに失われた種を保管するために存在していると」
 ワン美も鳥蔵も猿吉も、アナイスメルに存在しているすべての種は、かつて地上に存在した種族である。彼らは絶滅後も、この不思議な霊域で生きていた。

 それはサージュも同じである。

「我らサージュは、旧き時代に造られた。偉大なる王、十王のお一人、平等王びょうどうおう様によって」
 サージュが生み出されたのは、かつて神々と呼ばれる存在が地上にいた時代。すべてが荒廃していく、少し前の時代である。それは、現在星を管理している偉大なる者たちが生まれる前の話である。

「我らもそなたらも、すべて【人間の失敗作】なのだ」
 サージュの王は、ルイセ・コノから視線を外し、ワン美たちを見つめながら語る。

 自分たちは、人間という存在のなれの果て。
 人間になれなかった者たちであると。

 かつて創星神たる母が抱いていた青写真ブループリント通りに世界が存在していた時代がある。人と神が共に暮らし、理想郷を謳歌していた時代である。

 だがそれは、人間の傲慢によって崩壊する。無知なる赤子が銃を持ってしまった結果、多くの殺戮が起こってしまったのだ。その後、星は荒廃し、人間という種は失敗作の烙印を押されるようになった。

 それを危惧したのが、星創神によって造られた始まりの人間、マスタープランによって生み出された人間の王である。彼は、すでに失敗した人間を諦め、新しい種を創造しようとした。

 その役目を与えられたのが平等王である。

 彼という存在は、原初の人間たる王から生まれた、一つのパーソナリティーである。最終的に王は、実際に十人そのものに分かれてしまったが、それぞれの個性は最初から存在していたのである。

 平等王は、人間の代用となる種を造ろうと研究をしていた。そこから生まれたのが海の王たるサージュ。穏やかで争わず、叡智と芸術を愛する種であった。彼らは当時、実際に海で生活していたのだ。

 しかし、それもまた海の環境汚染によって死に絶えていく。これだけ聞けば、また人間の愚かさか、と思うかもしれない。しかしながら。

 サージュには闘争心がなかった。
 進化に対する意欲がなかった。

 だから絶滅した。

 これらはワン美たちにも当てはまる。犬人族も大鳥族も、闘争本能がありすぎて失敗となった。無知であり、愛情が足りなかった。サージュとは反対の意味で失敗だったのだ。

 サージュは優しすぎた。自分を攻撃する者に対しても自衛することができなかった。優しければすべてが良い、というわけではないのだ。力を正しく使えねば進化を歩めないのである。

 そうして失敗となった種は、アナイスメルという霊域に保護された。

 いや、【隔離】されたのだ。

「解放者よ、そなたらは未成熟であれ、人間が人間たる所以たる資質を持っている。それは羨ましくもあるのだ」
 サージュの王は、ルイセ・コノたち人間の可能性を羨ましく感じていた。

 たしかに今は愚かであろう。世界を破壊する危険性を帯びた存在であろう。だが、その力が正しく使われれば、人間の進化は飛躍的に向上するだろう。まるでトランポリンのように、大きく沈めば大きく跳ね上がるように。

「平等王様の理想は叶えられた。今はそれが嬉しいのだ」
 ルイセ・コノから受け取った情報で、女神の存在を知ることができた。平等王の悲願でもあった、人間という種は再生されたのだ。それが何よりも嬉しかった。

「あまり昔話に付き合わせては悪い。本題に入ろう。解放者よ、そなたに解放してもらいたいのは、【王の書】である。これこそ、そなたが求めるアナイスメルの本質の一つである」
 サージュの王は、ルイセ・コノがなぜここにやってきたのかを知っていた。当然、彼女から情報をもらったからでもあるのだが、彼らにはもう一つ大きな役目が与えられていたのだ。

 アナイスメルの門番。

 それがサージュの役目である。

「そなたらは、長い旅をしてきた。しかし、本物のアナイスメル、その深淵はこの先にある」
「王は、それをご存知なのですか?」
 ルイセ・コノがサージュの王に問う。彼女にしても、アナイスメルの全容は到底知り得ないからだ。

 しかし、サージュの王は否定する。

「深淵は、あまりに深い。この先にあるのは闇。ただ慧闇けいあんが広がるのみ」
 サージュの王は言う。この先には闇があるだけであると。されど、それはただの闇ではない。

 偉大なる叡智そのものであると。
 黒賢人そのものであると。

(ーーーーーー!)
 ルイセ・コノは、背筋の震えに恍惚とした表情を浮かべる。

 脳天を貫く衝撃とは、まさにこのことである。目はとろけ、尻尾はだらんと垂れ下がる。完全に達してしまったようだ。彼女にとって黒賢人とは、存在を感じただけで達してしまうほどのものなのである。

「そして、王の書。これこそが封印の一つ。そなたも感じているであろう、この結界の源である」
 サージュをこの星に縛り付けている要因こそ、紛れもなく王の書である。サージュは平等王から一つの使命を与えられていた。

 人間の可能性を守ること。
 王の種を守ることである。

「平等王様。いや、完全なる人間の王は、ご自身の可能性を書として封じられた。もし人間が絶滅した際にそなえられて」
「つまりそれは・・・【方舟はこぶね】ですかにゃ!!」
 ルイセ・コノは、うっかり地が出てしまうほど興奮していた。

 方舟。

 現在の地上においても、方舟の伝承は伝えられている。多くは創作であるものの、その本質は潜在的なインスピレーションによって生み出されている。

 事実なのである。
 アナイスメルとは、一つの箱舟なのであるから。

「これは直接、そなたらの目的とは合致しないであろう。だが、そなたが望むものは、同じくそこにある」
「どこに、どこにあるですかにゃ!!!」
「この奥に扉がある。そこから入るとよろしかろう。ただし、その先は・・・」

「今すぐ行きますにゃ!!」
 ルイセ・コノはダッシュ。もう待ちきれないといった様子である。恐るべき勢いで奥に行ってしまった。

「あっ、コノ様!!」
「お嬢、待つでござるよ!」
「ウキキ!」
 慌てて追いかける三匹もまた、同じく消えていく。まったくもって騒々しい連中である。

「進化に対して貪欲どんよく。これも人間が人間たる所以かな」
 そんな彼らを静かに見守るサージュの王。さすがの貫禄であった。

 ただ、ここからアナイスメルでは急展開を迎えることになる。

 その理由がこれ。

 ルイセ・コノが出ていって、どれくらい経っただろう。時間の概念があまりないサージュにとって、静かな時間が過ぎていた。結界が解除されていないことをみると、ルイセ・コノはまだ王の書を解放していないのだろう。

 そんなことをサージュの王が考えていたとき、子である一人のサージュから火急の連絡が入る。

「王よ、人間がやってきたのですが・・・」
「人間? 解放者はすでに行ったはずだが」
「いえ、それとは違う・・・」
 サージュが王に説明しようとしているさなか、その【男】は飛び込んできた。勢いよく、すべてを掻き分けて。

「はーーーはーーーー!!!!」
 男は激しく息を切らしていた。それも仕方ない。結界の効力が強いこの場所は、海底と同じくらいの圧力がかかっている。普通の人間ならば、ここまで上がってくることはできない。

 そんなことは彼も知っていた。だが、それこそどうでもよいことである。関係ない。どうでもいい。彼が求めるのは、たった一つなのだから。

「どこですか・・・!! どこに!!!」

「私の天使はどこにいるのか!!!!!」

 ものすごい剣幕でサージュの王に詰め寄る男。すでに目がイッてしまわれている。

「お、奥に・・・扉が・・・」
 その剣幕に気圧されて、さすがのサージュの王も動揺を隠せなかった。すでに彼の理解の範疇を超えていたからだ。

 何より、その執念が異常。

 彼の身体からは、すでに並々ならぬ意思が滲み出ていた。その気迫は死ぬ覚悟を決めた武人すら凌駕する。

「ありがとう!! では、さらばです!!!」
 そう言い残すと、彼は門に向かって走っていった。水中を走る生物を初めて見たサージュたちは、彼のことを「空走り」と呼び、後世まで珍事として伝えたという。

 そして、王も一つ知ったことがあった。


「服を着ない人間もいるのだな」


 その男、ヘインシー・エクスペンサーは、なぜか裸でこの場所までたどり着いていたのである。


「うりいいいいい! 私の天使ぃいいいいいい! どこだぁあああああ!」


 そんな彼の迷言だけがサージュの中では伝説になっているとか。完全に汚点である。

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