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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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五十二話 「RD事変 其の五十一 『剣聖ラナー』」

 †††

「わが剣義、白銀に至れり!」

 ラナーは、剣を頭上に掲げて剣義を示す。守護領域内であるため誰も見ていないが、彼にとって他者の承認は必要ないのだ。

 ただ女神に対して剣義を示す。

 それが重要。それだけが重要。いかに万人が支持しても女神が支持しなければ、ラナーにとってみれば間違っていることなのである。逆にいえば、女神の加護があれば彼は独りでも問題ない。

 この宣誓は女神に対して向けられたもの。彼の信仰心が満たされていく。

(やれやれ、面倒臭い男じゃな。じゃが、だからこその適合者か)
 ホウサンオーは、ラナーが執拗なまでに剣義を問い詰めた理由に察しがついていた。

 一つは彼の性格上の問題。全力を出すためには白黒はっきりつける必要があった。自身が完全な白、正義でなければラナーはすべての実力を発揮できない。通常ならば全力でなくても問題ないが、相手がホウサンオーであれば話は違う。

 そしてもう一つ。こちらも重要であった。
 神機シルバー・ザ・ホワイトナイトの【解放儀式】である。

 ジャラガンのグレイズガーオに封印が施されているように、神機の多くには【枷】が存在している。力が大きすぎるために、ある一定の条件を満たさなければ全力が出ない設定になっているのである。

 これは実に面倒なものであり、言ってしまえば極端なスロースターター。サッカーの後半戦から突然馬力が上がるように、六回を過ぎてから急に球威が上がるピッチャーのように、今までサボっていたのではないかと思えるほどに見違える。神機の大半は、こうした準備運動が必要なものが多い。

 これが神機が数多く発見されていながらも扱いきれない理由の一つである。ただでさえ適合しないと起動もしないのに、さらに条件が必要なのだ。これならば通常の兵器のほうが、遙かに使いやすいというものである。

 しかし、強い。

 完全なる性能を発揮した神機の力は、現在のあらゆる兵器を圧倒する力を持つのだ。だからこそ神機を有する騎士団の多くは、神機を象徴機として後方の本陣に置き、機が熟した頃に出すという戦略を使用する。

 実際、シルバー・ザ・ホワイトナイトが出る時は、法王を守る最後の盾として後方に陣取る。何より彼は守護者、ガーディアンなのである。今までのやりとりは、ラナーの心を高めると同時にシルバー・ザ・ホワイトナイトを覚醒させるためのものでもあった。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトの適合条件は、信仰心。現在こそカーリス教の守護者であるが、信仰心の対象はカーリスでなくてもかまわない。純粋で崇高なる強烈な祈りにも似た信仰心と、それに殉ずる覚悟があれば適合者になる可能性を秘めている。

 ラナーは、まさに潔白とも呼べる人間である。女神への信仰心と、正しいもののためならば喜んで殉ずる覚悟もある。常にそれを示し続けている。だからこそシルバー・ザ・ホワイトナイトと同化できるのである。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトの輝きが増していく。今、彼は剣義を得て白く燃えているのである。

「では、始めましょうか。どうぞお好きな間合いをお取りください」
 ラナーは自身の中に高揚感が満ちると、ホウサンオーに距離を取らせる。

「ほほ、いいのか? ワシの戦い方は知っておるはずじゃろう」
 ホウサンオーの長い刀は、中距離を得意とする。そのせいで誰もが間合いを詰めることに苦労していたのだ。今の距離で奇襲を仕掛ければ、ラナーは労せず接近戦を挑める。

「長々と話に付き合ってくださった御礼です。それに、すでにあなたはハンデを負っている。いくら堕ちた剣王とはいえ、私にも武人としての誇りがあります」
 ラナーはあっさりとアドバンテージを捨てる。奇襲など一騎討ちでは下策。真正面から正々堂々と戦って勝ってこその剣聖であると。

 それは半分、ホウサンオーへの当てつけでもある。奇襲でダマスカス陸軍を蹂躙したことへの、少し遠回しの嫌味でもあった。

「ワシだって、けっこうちゃんと戦っておったのじゃがな。まあ、ええわ。後悔しないようにな」
 ホウサンオーは自己弁護をしつつ距離を取る。距離は、およそ四百メートルといったところ。ホウサンオーの得意な間合いである。

「最初に申し上げておきますが、守護領域からは出ることができません。私を倒さない限りは」
 ラナーは守護領域に絶対の自信を持っている。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトが張った領域は、通常の結界とは訳が違う。オンギョウジの張った結界が、あらゆる術式干渉を受け付けないものならば、ラナーの守護領域は、あらゆる物理干渉を受け付けないものである。

 その強度は規模こそ小さいが、サカトマーク・フィールドに勝るとも劣らない。火焔砲弾を何十発受けても動じない防御力だろう。しかも、これは機械ではないので、ラナーの意思一つで何度でも張り直すことができる。これが神機の力の偉大さである。

 よって、ここはすでに【死地】。

 お互いのどちらかが倒れるまで守護領域が解除されることはない、まさにデスマッチ。

「なるほど、たしかに頑丈そうじゃな」
 ホウサンオーは、ナイト・オブ・ザ・バーンの刀で軽く守護領域に触れてみた。触るだけならば何も影響はないが、単純に硬い。少し強く斬ってみても傷一つ付かなかった。

「せっかくの晴れ舞台じゃ。外に見せたほうが盛り上がるぞ?」
「そのような興を演じる必要はありません。最後にあなたの首を掲げれば、それだけで十分」
「なんじゃ。それはそれで、つまらんの」

 ラナーも、本当は紅虎に戦いを見せたいところであるが、事情が事情である。こうなれば結果が重要。ナイト・オブ・ザ・バーンの首を剣で切り落として証明するだけのことである。

 すでにこれだけの騎士を退けてきた相手。たとえ剣王の名が知られずとも、その首級の価値は一国の騎士団にも匹敵するだろう。少なくとも雪騎将の悔しがる顔は見られるに違いない。

 ロイゼン騎士団の実力を疑う者はいないだろうが、ルシアやシェイクに劣ると思っている人間は多いだろう。たしかに数では劣る。規模も違う。だが、騎士の質で劣ると思われるのは心外である。

 今回の戦いは、ロイゼンの株を上げるチャンス。だからこそヒューリッドも黙認したのである。それは政治。ラナーの嫌う偽りのもの。それでもロイゼンを率いる筆頭騎士団長であるからには、避けては通れない道なのだ。

(師匠、人は誰もがあなたのように生きることはできません。この私もまた同じ)
 ラナーは時々、紅虎が羨ましくなる。自由奔放に生きる紅虎が眩しく、そして遠く感じる。

 紅虎がラナー以上のものを背負っているにもかかわらず、彼女は自由である。背負っていながらも、「こうして自由に生きられるんだよ」と教えてくれている。

 だが、できないのだ。

 地上の人間は、まだそれができない。さまざまなしがらみに巻き付かれ、解くことができないでいる。それが苦しく、つらい。

(諦めない。私はあなたに近づく)
 ナイト・オブ・ザ・バーンを見た瞬間、ラナーは打ち震えた。それはなんと形容すべきか。ずっと狙っていた獲物が、何年も待ってようやく目の前に現れた衝撃と興奮。恋い焦がれ、待ち続けた相手。

 自身が紅虎に近づくための最高の相手なのだ。このようにすべての条件がそろうことなど、一生に一度あるかないかである。ラナーは、ただただ女神に感謝していた。

「女神よ、全力を出すことを誓います! あなたへの信仰を胸に!!」
 その言葉と同時に、ラナーが仕掛ける。シールドを前方に押し出して、一気に加速。

 その加速は、恐るべき速度。至高技、無夙むしゅくである。ホウサンオーが一瞬でミタカの懐に入った技であり、前面への加速に関しては最高の技とされている。

(あの重量で無夙か。やりおるわ)
 ラナーが無夙を使えることは、当然ホウサンオーも知っていた。ナイト・オブ・ザ・バーンを運ぶ際にも使ったものだからだ。

 そこでホウサンオーは、ラナーの実力の一端を知る。無夙は、ホウサンオーにしても簡単な技ではない。長刀のマゴノテを持っていては使えないほど、非常に難しい技なのである。あの速度を出すには、単純に相当な脚力が必要となる。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、重装甲タイプのGGゴッドギアである。まず身体全体を白銀に輝く大きな鎧で包んでいる。これだけでもナイト・オブ・ザ・バーンの五割増しの重量があるだろう。それに加えて、左手には巨大なラウンドシールド、右手にも大きな両刃の剣を持つ。

 単純に考えれば、一機のMGを担いで動いているようなものである。それでいながら、この加速の異常さ。ラナー自身が相当強い脚力を持つ証拠である。そして、戦気の扱いも非常に上質。繊細で滑らか。巨大にもかかわらず、まるで絹に触れるような柔らかさを維持している。

 さすがは剣聖と呼ばれる男。実力に疑いはない。仮にラナーがゾバークとミタカを相手にしたとしても、ホウサンオーと同じように圧倒したに違いない。やはり今までの相手とは器が違う。

「じゃが、若いの。遠いぞ」
 しかし、ここはホウサンオーの剣の間合い。無夙を使っても、まだホウサンオーのほうが速い。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが刀に剣気を集め、一気に振り抜く。全重量をかけての全力の剣衝である。剣にすべての力を込めて放たれた一撃は、まさに悪魔の一撃。あらゆる装甲を破壊し、障壁すらぶち破る。

 すでに無夙で突進しているシルバー・ザ・ホワイトナイトは、よけようにもよけられない。無夙は非常に優れた技であるが、一つだけ欠点がある。動きが直線なのだ。その速度は、一点に絞ることによって生まれる諸刃の刃。一度駆ければ途中で止められないのである。

 そこにナイト・オブ・ザ・バーンの剣衝である。ここからではどうやっても避けることは不可能であった。当然、シルバー・ザ・ホワイトナイトはよけない。よけられない。

 そこでどうするか。
 答えは簡単である。

「聖なる守護盾よ、加護を!」
 ラナーがラウンドシールドに戦気を送ると、盾は白銀を超えて光の輝きを得る。

「はああ!」
 ラナーはそのまま突進。剣衝をシールドで受け止め、なおかつ弾き返す。弾かれた剣衝は、あっけなく宙に霧散。

「ぬほっ、ワシの剣衝が!」
 これにはホウサンオーも焦る。振りが速いとはいえ、相手は無夙である。チャンスは一度であり、再び切り返す余裕などはない。

 そこにシルバー・ザ・ホワイトナイトが突っ込んできた。全力のシールドアタックである。

「こりゃまずい!」
 ホウサンオーは、即座に回避に移行。振り切った刀の反動に逆らわず、見事な体捌きで跳躍。シルバー・ザ・ホワイトナイトの突進を回避。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは途中で止まれないので、障壁にまで到達して激突。守護領域は無事である。が、その威力を物語るように、衝撃の余波で地面は大きく抉れていた。

「ふー、なんじゃそのデタラメな突進は」
 ホウサンオーも冷や汗である。あの馬力で強固なシールドが直撃すれば、その威力はどれほどのものか想像に難くない。ナイト・オブ・ザ・バーンでも、一撃で撃墜される可能性があるほどだ。

 しかも、もっと重要なことがある。
 攻撃が弾かれたことだ。

(ワシの剣衝をいともたやすく・・・か。さすがに萎えるの)
 今の剣衝は、紛れもなく全力であった。ゾバークも防いだが、あくまで彼はかわしたのであって、正面から受けたのではない。こうして真正面から平然と受けられると、さすがのホウサンオーも若干ショックである。

「今のをよけるとは、さすがです。無駄のない美しい動きだ」
 ラナーも、これで倒せるとは思っていなかったが、実際にホウサンオーの動きを見て感嘆する。変幻自在の中にも確かな基礎がある。だから彼の剣技は美しいのだろう。

 もしホウサンオーが剣舞を披露したら、多くの剣士は涙を流して感動するに違いない。その剣に宿された血と汗がわかるから感涙するのである。

「まだまだこれから!」
 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、再びシールドを構えてナイト・オブ・ザ・バーンに狙いを定める。再び高速突進である。

「まったく、せっかちじゃな!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンは急いで準備を整えるが、今度はシルバー・ザ・ホワイトナイトのほうが早かった。ホウサンオーは、仕方なく回避を選択。

 それから領域内では、不思議な光景が繰り広げられる。ひたすら突進するシルバー・ザ・ホワイトナイトを、ナイト・オブ・ザ・バーンが必死にかわすという謎の光景である。それは闘牛と闘牛士との戦いに似ている。

 珍妙ではあるが、当たれば即死の可能性すらあるのだ。実に大真面目な戦いであった。

(なんじゃ、こやつの戦いは!)
 ホウサンオーも、ラナーの【割り切った戦い】に驚く。それは、シルバー・ザ・ホワイトナイトの防御力を全面に出した戦い方である。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトの特徴は、その圧倒的な防御力である。端から見てもわかるように、いかにも硬そうな重装甲の鎧とシールドを持つ。特にシールドは、シルバー・ザ・ホワイトナイトの専用装備の一つである【聖なる守護盾】である。

 このシールドには、すでに失われた文明の特殊な防御術式が施されており、いかなる攻撃も通さない。物理攻撃は当然、術による攻撃も無効化してしまう。そう、無効化なのだ。アレクシートのシルバーグランが炎を無効化できるように、あらゆる攻撃を霧散させてしまう。

 搭乗者の戦気と意思が持続する限り、いかなる制限もない。文字通り無敵の盾。これは全神機の中で問答無用でナンバーワンの防御力である。ただし、シールドの表面にのみ作用するので、シールドを外れれば効果は発揮されない欠点もある。

 しかし、シールド自体がかなり大きく、身体の半分以上を覆ってしまうので、これを盾にして進めば前面は無敵の防御力を誇る。ラナーは、これを最大の武器にしているのだ。結果は見ての通り、ホウサンオーの剣衝すら簡単に弾く。

 ここが戦場ならば、シルバー・ザ・ホワイトナイト一機で簡単に戦線を崩すことができるだろう。まさに一機で戦局を変えられる特機となる。しかも無傷でそれができるのだ。価値は計り知れない。

(さすがはシルバー・ザ・ホワイトナイトか。やりにくいの)
 ホウサンオーも最強の盾には苦戦する。だが、シルバー・ザ・ホワイトナイトの性能は有名であるので、最初から承知の上であった。

 騎士階級の神機は、ナイトシリーズのオリジナルということもあって、世界的に大人気の機体である。何より、万人に【わかりやすい強さ】を持っている。

 最強の盾であるシルバー・ザ・ホワイトナイト、最強の剣と呼ばれるブラック・ザ・ナイトを筆頭に、子供たちの憧れを画に描いたような機体。人気が出ないほうがおかしいのである。それゆえに能力も、かなり詳細な部分まで公開されている。

 専用ブースターも守護盾もブルーナイト同様、プラモデル販売サイトにさえ載っている情報だ。子供でも簡単に知ることができるだろう。それはいい。最初から想定している。しかし、想定外もある。

(機体は仕方ない。問題は、やつじゃな)
 ホウサンオーは、すでに十回は彼の突進をかわしていた。ラナーもかわされるのが当然のように、これを淡々と繰り返す。無理に追撃はしない。

 だから奇妙であったのだが、ここでホウサンオーは一つの事実に気がついた。この十回のすべて、ラナーは無夙を使っているのであるが、まったく戦気が衰えていないのである。一回目と十回目が、まったく同じ速度で、一分の乱れも見られない。

 ここでホウサンオーの脳裏に浮かぶ不安要素があった。

 ラナーの【無尽蔵のスタミナ】である。

 機体とリンクしている搭乗者は、消耗も機体とリンクする。それは破損だけではなく、体力面でも同じなのだ。機体を動かせば肉体と同じように疲れるし、戦気を使えば同じように消耗する。だから一心同体、人馬一体なのである。

 今、ラナーは見た目通り、大きな甲冑と巨大なシールド、大きな剣を持っている。それを抱えて全力疾走して体当たりを繰り返しているのだ。想像してみてほしい。それだけでも人間にとっては重労働である。

 そして、真剣勝負の最中ならば、消耗もいつも以上に激しくなる。その中においても、ラナーはいっさい乱れていない。

「まだまだいきます!」
 ラナーの消耗はまったく見られない。ホウサンオーに考える暇も与えないほど突進を繰り返す。その回数、ついに百に到達。

(はー、はー!! ただの優男かと思ったが、とんだ食わせ者じゃ!)
 さすがのホウサンオーも、少しずつ息が上がってくる。無理はない。アキコさんに足腰の心配をされるジジイなのだ。もともと体力に自信はない。

 ラナーの目的は、消耗戦。

 文字通り、ホウサンオーのスタミナを奪う戦いであった。本来ならばラナーのほうが苦しい戦術であるが、彼は汗一つ掻かずに平然としている。それも当然。絶対の盾に守られているという、精神的なアドバンテージを有しているのだ。

 普通、ホウサンオーと対峙した者は、その剣に怯え続けねばならない。ゼルスセイバーズが彼の間合いの中に入る時、決死の覚悟で向かっていった。その時の消耗度は、演習の比ではない。たった一度のチャンスに全霊をかけるので、激しい精神的疲労を感じる。

 それは雪騎将でも変わらない。ゾバークやミタカは、当たれば致命傷になることを知っていた。それでも突っ込めたのは、腕に自信があったからだ。しかし一方のラナーは、それすら必要ではない。この差はあまりにも大きかった。

 ただし、ホウサンオーは、それが単なる神機の力でないことも理解していた。ラナーそのものが強いのである。それも肉体的に相当強靱なレベルに達している。

 一般的に剣士は攻撃力が飛び抜けている反面、戦士に比べて打たれ弱い傾向にある。ジン・アズマが、強化ユニサンの膝蹴り一発で腹が吹き飛んだように、肉体の体力や防御力はデムサンダーに遠く及ばない。

 しかし、目の前の剣士は明らかに質が違う。放つ戦気を見れば、相手がどのような質を持っているかがわかるのだ。優男風の見た目に騙されれば痛い目に遭うだろう。

(紅虎様の訓練を生き抜いた男、か)
 ホウサンオーは、紅虎の修行について少しばかり聞いたことがある。

 紅虎は弟子を鍛える際、常時【青の領域】を展開しているという。それは日常生活にも及び、寝る時でさえ解かれることはない。この青の領域というものは、紅虎が持つ眼力の一種で、母親の紅御前から受け継いだ【遺伝性結界術】の一つである。

 技や術の中には、遺伝で伝わるものがある。武人の遺伝子の中に情報が組み込まれているからだ。オーバーロードなどは、その情報を強制的に読み込んで、限界以上の力を発揮する。

 それと比べて遺伝で受け継がれたものは、危険な手段をもちいずとも使用が可能である。技量がなければ発動できないことは同じだが、もともと遺伝的に宿している能力なので、身体に必要以上の負荷はかからない。

 紅虎丸の剣士の才覚と、紅御前の眼力に加えて意思の力を受け継いだ彼女は、直系の中でも飛び抜けて破天荒であるのは間違いない。直系の中で彼女と本気でやり合えるのは、神剣・毘沙門天を持つ【あの娘】くらいなものだろう。

 何にせよこの青の領域は、そこらの結界術とはレベルが違う。青、すなわち海洋を守護する紅御前の力は絶大で、全世界の海流を自在に操ることができるといわれるほどだ。青の領域は、その力を具現化するのである。

 一度作られた領域内では、すべてのものが海中にいるように動きが制限される。陸では屈強な虎やライオンでさえ、海中では魚にすら劣る。そのうえ気圧の変化もあり、全力を出せば武人でも数秒で圧死する。その中で修行するのである。

 かつてラナーは、紅虎の修行を「地獄と呼ぶにも生ぬるい」と評した。呼吸すら困難な中では、剣を振るどころか眠ることすら苦痛である。何をしても集中できず、意識を保つことだけで精一杯。

 これはマラソンランナーが高地でトレーニングをすることに似ている。慣れないうちは歩くだけでやっとだろう。驚くべきことに紅虎が修行で重視するのは、ただただ体力の強化であった。ラナーは驚きとともに、この地獄の日々を過ごすことになる。

 その後、慣れてきたと思ったら領域の負荷を上げられ、再び地獄の日々が始まる。それが何度も繰り返された結果、彼は青の領域内でも普通に生活することができるようになる。それは超重力にも耐えられる肉体を手に入れたと同じである。

 よって、ラナーのスタミナが無尽蔵に思えるのは当然。彼にとっては、まるで絹の衣をまとって歩いている程度のこと。鎧や盾すら、持っていることを忘れるほどに軽く感じている。あの青の領域に比べれば、この世界は無重力に感じるほどだ。

(ワシも、ちと運動不足じゃったか。ここにきて歳を感じるとはの)
 ホウサンオーは、自己の実戦不足を痛感していた。剣王時代も密かに紅虎などの猛者と剣を交えていたが、近年での実戦の殺し合いの数は少ない。少なすぎる。

 実際、彼が本気でリハビリを始めたのは、ここ数年。バーンになってからは、模擬戦でガガーランドと戦ったりもしていたが、殺し合いの勝負ではなかった。(ガガーランドは、若干本気で殺しにくるから恐ろしいが)

 その反動が今になってきている。これを続けられると体力的に相当厳しい。若さ自体が、強力な武器であることを思い知らされる。

「・・・やはりブランクはあるようですね」
 ラナーも、ホウサンオーの動きが万全ではないことを見抜く。かつての全力を知っているからだ。

「ワシの都合で物事が動くわけではないからの。それはそれでかまわんよ」
「戦いに言い訳をしない。それでこそ剣王です」
「褒めたいのか、けなしたいのか、よくわからんやつじゃな」
「私はあなたに強くあってほしい。それだけです」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは盾を下げ、右手の剣を構える。この剣も専用装備の一つであり、ラナーが持っている剣と同じく、そのまま名前は聖剣シルバートである。この剣も同じ素材、同じ技術で造られた神機用の聖剣なのである。

「次は剣で勝負!」
 シルバー・ザ・ホワイトナイトが剣気を発する。その剣気は聖剣の術式と混じり合って、銀色の光を発していた。ラナーの戦気が上質なのに加えて、聖剣が力を上乗せしているのである。

「ほほー、わざわざ勝機を捨てるのか? 唯一の勝機かもしれんぞ」
「聖剣を前にその自信。だからこそ挑むのです!!」

 聖剣を見れば、誰もがたじろぐ。強敵を目の前にした恐怖を感じるもの。されどホウサンオーは、そんな剣すら見下している。たかが聖剣であると。それがどうしたと。ワシのマゴノテのほうが、よほど可愛いと。

 それが快感である。

(強者たりえる者、すなわち自己の探求者なり!)
 ラナーは、道具の力を借りてようやく対等だと思っている。しかし、ホウサンオーからすれば、道具の優劣などさしたる問題ではない。自己に自信があるからだ。探求を続けてきたからだ。

「だからこそ挑む価値がある!」
 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、邪魔にならないように盾を半身に構えて突っ込む。剣と盾を同時に使う。これが彼の基本の型である。

「ならばワシの剣技を味わうがよい!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンが剣光気を発し、マゴノテが黄金の輝きに満ちていく。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトが間合いに入った瞬間、思いきり振り下ろす。ラナーは盾ではなく、剣を水平に振り払って対応。刀と剣が衝突。次の瞬間、ラナーの右腕が大きく弾かれた。

「なんと!! わが聖剣が!」
 ラナーは、聖剣シルバートが弾かれたことに驚愕。少なくともシルバー・ザ・ホワイトナイトに乗ってからというもの、聖剣が弾かれたことは一度もなかった。

 ヨシュアとの模擬戦でも、ハイテッシモの強烈な一撃を受けても動じないだけの力があった。それはラナーだけではなく、聖剣の守護の力である。剣にも強力な防御結界が存在しているのである。

 それを弾き飛ばしたのだ。

「では、ボコボコにしてやるかの」
 ホウサンオーは、攻撃の手を休めない。ここが勝負時である。マゴノテが、まるで鞭のごとくシルバー・ザ・ホワイトナイトに襲いかかる。

 右から左から、上から下から、斜めから曲線を描いて。その攻撃は千変万化かつ、一撃一撃が恐るべき重さである。あまりの速さに受けきれず、鎧で受け止めることも多くなる。そのたびに聖鎧が傷ついていった。

 これを至高技、【八吊手やつで】という。突きを除いた、あらゆる角度からの剣撃を叩き込む技である。高速の剣は、まるで八つの手で相手を吊るかのごとく、身動きできないほどにしてしまうことから名付けられた剣技である。

 振りの速度に長けるホウサンオーが、一騎討ちでもっとも得意とする技の一つである。弱点としては、単独の敵に対して集中して放つので、背後が死角になってしまうこと。複数の相手には使いにくい技である。

 しかし、その威力は桁違い。一度ハマれば、敵の反撃を受けないで圧勝できる恐るべき技である。しかも剣光気付きの剣である。普通ならば、初手で真っ二つであろう。

(守護の鎧まで抉っていく。これが伝説の剣光気!!)
 ラナーは圧倒されながらも、ホウサンオーの技の冴えに感嘆していた。実際に受けてみると、これまた凄まじい衝撃である。

 剣光気は、ラナーであっても到達できていない、剣の一つの到達点である。どんな達人であっても、そこに至れないまま終わることが多い。剣士にとって憧れの力なのだ。もはや伝説といっても差し支えない。

 かつて紅虎は言った。「できることならば、剣光気を扱えるようになりなさい。才能だけでは、絶対に到達できない領域だから価値があるのよ」

 紅虎は、才能に溺れる者はすぐに倒れると知っていた。真に強きものとは、雨風を受けながら成長する雑草のようなものであると。最高の才能を持っている紅虎が言うと嫌味に感じるかもしれないが、これこそが真実である。

 いくら青の領域を使えようが、剣の才能があろうが、そんなものに価値はないのだと。それは単に【役割】の問題なのだと。その力を正しいことに使わなければ、それだけ罰を受けるという、ただ責任ある立場であるだけだと。

「その剣光気を扱えるあなたに、私は・・・!!」
 ラナーが気勢を上げて、剣を振るおうとする。しかし、ホウサンオーの八吊手の勢いは激しく、簡単に身動きできる状態ではない。

 唯一の打開策は、守護盾である。盾を押し出して耐えれば、いかに八吊手だろうと防ぐことができる。しかし、ラナーは剣にこだわる。

「剣であなたに勝つ!」
「若いの。そうまで言うのならば、ワシはかまわんがな」
 ホウサンオーにとってみれば、これほどありがたい申し出はない。仮に盾を使われれば苦戦は必至なのだから。

 ラナーは必死に剣を振る。その一撃は八吊手の鞭の中に突っ込まれるが、まるで竜巻に触れたかのように、凄まじい圧力によって弾かれる。剣を手放さないようにするだけで精一杯である。

 ホウサンオーは、まったく遠慮せずに八吊手を叩き込み続ける。聖鎧には自己修復能力が付与されているが、ナイト・オブ・ザ・バーンの剣は自己修復の速度を上回る力で抉っていく。さすがの聖鎧にも、少しずつダメージが蓄積していた。

(ありがたい。全力を出してくれている)
 しかしラナーは、この状況に歓喜する。ホウサンオーは勝負時と見て、一気に倒しにかかってきてくれた。この技の冴えは、あの時に見た彼の全力に勝るとも劣らないレベルである。

「ふふふ・・・」
 ラナーは、圧倒的な不利な状況で笑う。嬉しくてたまらないのだ。

「薄々感じておったのじゃが、お前さん・・・マゾじゃろう?」
 ホウサンオーは、そんなラナーの気配に気がついていた。ボコられて笑うなど、真性のマゾヒストとしか思えない反応である。

 たしかにラナーには、マゾの疑惑がある。紅虎に殴られたり、土下座したり、普通の武人ならば、いや男ならば躊躇するようなことを平気でやる。どこかなじられることを喜ぶ節があった。

 これは紅虎の修行を受けていた頃から顕著になる。あまりの苛酷な修行に、精神が半分壊れてしまったのかもしれない。そうでもしないと、あの激しい修行には耐えられなかったのだ。

 ただ、紅虎はけっして強要はしていない。嫌ならさっさと出て行っていいと、常に逃げ道は用意してくれていた。ラナーも何度か逃げることを考えたことがある。しかし、しかしである。

 もうやめられない。

 強すぎる刺激は、いつしか快感となっていく。人間には、困難を克服するための底力が用意されている。限界を超えるたびに快楽物質が分泌されるようになる。それは人間が永遠の進化を続ける【霊】だから。

 霊は、快楽によって進化を続ける。

 これを忘れてはいけない。進化は喜び。困難という痛みを伴って歩む道は、より強く大きな喜びを味わうためにある。たとえば、塩辛いものを食べたあとに甘いものを口にすれば、より甘く感じる。その原理である。

 ラナーは、いつしか紅虎という痛みに、快楽を覚えるようになっていた。そして、すべてが紅虎基準になった今、彼を奮わせるものは、けっしてそう多くはない。その中の稀少な一つが目の前にいるのだ。嬉しくないはずがない。

「待っていた。待っていたのです!! こんなに嬉しいことはない!!」
 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、がむしゃらに剣を振るう。その姿に剣聖の面影はなく、剣豪に向かう若手剣士の構図。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、何度も剣を振り、そのたびにカウンターで弾かれる。しかし諦めない。異常な防御力とスタミナを武器に、何度も何度も挑んでいく。

 その姿には、もはや剣聖のイメージはない。そもそもラナーは、剣聖という言葉に執着していない。民の心の支えになればと受け入れているが、名声そのものには興味がないのだ。

 事実、これが現実である。雪騎将のゾバークは、最初から剣を封じにきていた。絡め手を使って、どんな手を使っても剣を振るわせないとしていた。それだけ差があるのだ。

 ミタカ以上に剣技に勝るラナーでさえ、これが現実。まともに打ち合えばこうなる。だが、それにしても一方的である。

 なぜラナーは剣王技を使わないのか。

 そう疑問に思う者も多いだろう。当然、幾多の剣王技を修得している。剣好きな彼ゆえに、得た剣技は数多い。されど、ホウサンオーと戦って一瞬で理解したのだ。

 今持っている剣王技のどれ一つ、ホウサンオーには通じない、と。

 それはホウサンオーを見ていればわかる。彼も幾多の技を使えるが、今まで使ったのは剣衝や剣硬気くらいなもの。これは基礎中の基礎であり、けっして珍しいものではない。

「剣の真髄は、斬ることにあり」

 こんな有名な台詞がある。述べたのは、第二十三代剣王、石剣王いしけんおうことマタ・サノス。

 当時は剣王技が本格的に整備され始めた頃で、道場の多くが、新しい剣技を次々と開発していた時代である。初心者のみならず、剣豪と呼ばれる人間であっても目新しい技にうつつを抜かしていた。

 そんな時、マタ・サノスは言ったのだ。剣とは、ただ斬るためのものである、と。技というのは、いかに斬るか、それだけのことであると。ラナーは、その言葉の意味を、今にしてようやく悟った気分でいた。

(ああ、打ちのめしてくれている。こんな感覚など、どれだけ久しぶりだろう)
 ラナーが紅虎と修行していた時などは、常にめった打ちにされていた。こちらは真剣、相手は木刀である。それにもかかわらず、まったく歯が立たない。木刀に傷すら付けられない。

 毎日ボコボコにされ、休もうにも青の領域内でしんどい思いをして過ごす。その厳しさを思い出せば、世の中のあらゆることが簡単に思えた。ただ久しく、その感覚を忘れていた。ラナーは、生ぬるい環境にいたことを自覚していたのだ。

 剣聖と呼ばれ、カーリスの守護者と呼ばれるたびに、心に焦りが募っていく。自身が進化していないことを痛感するからだ。人は厳しい環境において成長するのである。だからこそ強敵を求めていた。ただの強敵ではない。命をかけた真剣勝負の相手である。

 それが今、ここにいる。

「私はこのままでは終われない! こんなところで足踏みなどしていられない!!」
 ラナーは全身全霊の剣気を練って、聖剣シルバートで勝負を挑む。

 その気迫の一撃が弾かれても、何度も挑んでくる。そんなラナーの気勢に、ホウサンオーも次第に熱くなっていった。

「見かけによらず、気骨のあるやつじゃ」
「私が求めているのは、そんなものではありません!! ただ中身を! ただ強さを!!」

 ラナーが女性嫌いになったのは、ただ紅虎だけが原因ではない。見た目と名声だけに引き寄せられる者が多いからである。その上辺だけの態度を激しく嫌悪していたのだ。浅ましく、近視眼的であると。

 紅虎は、外見などで人間を判断しなかった。その証拠に、カーシェルは少年の頃もけっして美男子ではなかったが、心からの愛情を注いだ。彼女が接するのは、人の心。奥深くにある本質である。

 それが当たり前になった今、すべてのものが醜く思えるのだ。その意味においては、ラナーもカーシェルと同じく、紅虎によって人生が大きく変わったといえる。そして、幸せであるといえる。

「偽りのものなど、私はいらない! 私はただ、あの人に追いつくために!!」
 ラナーの戦気が真っ赤に燃える。それは情熱の炎。初めて彼を焦がしたものに憧れ、ただただ追い求める者の姿。

「そうか。そういうことか」
 戦気は嘘をつかない。ホウサンオーは、ラナーが自分に向けるさまざまな感情を、あるがままに受け取っていた。嫉妬、憧れ、喪失感、恋慕、愛情、情熱。そのどれもが過激であった。

 そして知る。

 ラナーが紅虎を愛している、ということを。

 心から心から。愛している。求めている。

 その感情は、恋人に感じるような独占欲ではない。もっと深い、家族的な情愛に似ている。その中に、複雑な感情が入り交じっているのだ。

 通常、人間は相反する感情を抱くと葛藤する。その結果として活動を止めてしまうことが多い。悩み、苦しみ。こうしたものが進化にとっての糧となるのだ。ただ、この入り乱れた感情が起爆剤になることもある。バラバラだった想いが、不思議なことに一つにまとまるのだ。

 それがラナー自身を、かたちづくっている。

 シャイン・ド・ラナーという存在。その本質を、より表現しようとしている。霊が、肉体という表現媒体を使って、より多く顕現しようとしている。

「おおおおお!!」
 叫びが。

「私はぁああああ!!」
 求める心が。

「ーーーーー!」
 声にならない想いが。


 限界を超えて、今ここにぜる。


 パァアアン


 その音は、何かの破裂音に聴こえた。乾いた音で、まるで手と手で強くハイタッチした時に聴こえる音に似ていた。

 パァアアン
 パァアアン
 パァアアン

 その音は、次第に連続して聴こえるようになった。よくよく見ると、ナイト・オブ・ザ・バーンとシルバー・ザ・ホワイトナイトの剣が衝突する時に発生している音であった。

 こんな音は、普通はしない。剣と剣がぶつかれば、甲高い金属音が鳴るものである。しかし、剣気と剣気の衝突によって、こうした音が鳴ることが稀に確認されている。

 これを【ソードラップ】と呼ぶ。

 両者の剣がまったく互角の時。両者の気迫がまったく互角の時。両者の気持ちがシンクロする時。互いが、互いを知ろうとする時、これが起こる。

 一種の【共鳴現象】。

 武人同士は、戦うことによって互いを高め合うことができる。彼らが戦うのは、闘争本能という起爆剤を使って進化するためである。進化とは、より高みへ昇ること。

 愛を知ること。愛を発すること。
 おのれの中の女神の光を、より多く発見すること。

 今、ラナーの剣は八吊手に完全に対応していた。あらゆる角度から打ち込まれる剣に、渾身の力を込めて打ち返している。両者の激突はラップとなり、不器用ながらも情熱的な音楽を奏でていく。

 まるで恋歌。

 恋焦がれ、愛を叫ぶ歌。それを剣で表現しているのだ。

「なんとも激しい情熱。これがおぬしの愛か!!」
 ホウサンオーも、思わず胸が熱くなる。気恥ずかしくて、ムズムズする感覚。遙か向かしの思春期に感じた、あの複雑な感覚である。

 その男は、いまだ【少年】であった。少年の心を宿したまま大人になった。彼が世の中を嫌悪するのは当然。少年とは、そういう純粋さを持つからである。染まりやすく繊細。頑固で世間知らず。

 されど、どこか懐かしくて惹き付けられる。

 なぜかプロ野球よりも、高校野球が魅力的に映るのは、彼らが少年の心で全力を尽くすからである。その数年という時間に、あるいは一年という短い時間に、一生を超えるほどの熱情を叩きつけるからである。

 勝った者も敗れた者も、総じて人を感動させる。どんなに惨めでも、どんなに転んでも、そのすべてが美しい。その姿に、ホウサンオーは涙を流す。

「これぞ剣聖。かくあるべし」

 ホウサンオーの言葉は、ラナーには聴こえていなかった。ただ必死に剣を振るうことに夢中で、そんな余裕はないのだ。しかし、それは剣王が放つ、剣士に対しての最大の褒め言葉であった。

 ラナーは、自身が剣聖であることを嫌っていたが、彼が剣聖と呼ばれることは必然だったのだ。その姿には、人を惹きつける魅力がある。胸に宿した、紅虎への愛が、それを隠して求めることが、ただ追いつきたい想いが、事情を知らない人々の心さえ奪うのだ。

 自然に発露していく。戦気が輝いていく。
 白銀の光が、黄金にも劣らぬ力になっていく。

 黄金と比べて銀は移ろいやすいもの。傷つきやすいもの。しかし、だからこそ美しく、条件が整えば黄金すら凌ぐ力を発揮する。

「おぬしの愛憎、たしかに受け取った」
 すべてすべて、ラナーの心はすべて、紅虎のみに注がれていた。ホウサンオーという存在は、紅虎に繋がるからこそ意味があるのだ。

 ラナーがホウサンオーに攻撃的だったのも、複雑な感情に耐えきれずに叫ぶことも、剣義を得ようとしたこともすべて、その愛ゆえに。愛が彼にとってのすべてなのだ。

「私は勝つ! 勝って認めてもらうのだ! もう坊やじゃないと!!」

 これがラナー。剣聖ラナー。

 剣王が認めた本物の剣聖である。
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