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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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五十一話 「RD事変 其の五十 『剣義の名のもとに』」

 †††

「あなたをこう呼べばよろしいでしょうか。第六十一代目、剣王様と」

 ラナーはホウサンオーを見る。いや、ラナーにとって彼はホウサンオーではない。彼の目に映っているのは、かつて剣王と呼ばれた男。全世界の剣士の頂点に立つ男、第六十一代剣王、その人である。

「どこかで会ったことがあったかの?」
 ホウサンオーは、ラナーに覚えがなかった。白騎士のことは知っているが、ラナー当人に覚えがない。会ったという話も記憶になかった。

「無理もありません。私はただ見ていただけですからね。あなたと師匠を。剣聖紅虎、それが私の師匠です」
 ホウサンオーは、しばし黙ってラナーを見つめたあと、記憶の中から面影を引っ張り出してくる。

「・・・なるほど、あの時の坊やか」
 ホウサンオーは、懐かしさと空虚さを交えた複雑な眼差しで宙を見つめた。その記憶からは、たしかにラナーの残滓を見つけることができる。

 かつてホウサンオーが剣王であった頃。その最後の瞬間。彼は紅虎と会っていた。その時に傍らにいた少年に面影が似ている。当時は今ほど精悍ではなく、まだ多くの未熟さとナイーブさがあったので、すぐにはつながらなかったのである。

「ほっほっほ。これは迂闊。まったく気にしておらんかった。ワシもまだまだ未熟じゃの」
 ホウサンオーにとって、その時のラナーは完全なる小物。物好きな紅虎の小姓なのだろうと思っただけで、剣士としては眼中にも入らない程度の存在であった。

 それが今や、剣聖。
 今こうして白騎士に乗って敵として現れているのだ。

「よもや、こんなところから出てこようとはの。殺し損ねたのならば、それはすべてワシの因果じゃな」
 ホウサンオーが淡々と語るその言葉。そこにはいっさいの感情もなく、単に事実だけを述べていた。

 だからこそ、違和感がある。ありすぎる。

「お聞かせ願いたい! なぜ、あなたはここにいるのか! なぜ、このようなことをしておられるのか!」
 ラナーがこうして二人きりになったのは、まずは真相を知るためである。剣王がこのようなことをするのは前代未聞。ラナーの言葉にも力が入る。

「さて、忘れてしもうたの。つーか、わざわざお前さんに、そんなことを教える義理はないぞい」
 だが、ホウサンオーは、鼻くそをほじりながら証言を拒否。

 完全に舐めくさった態度である。もしも相手が剣聖ならば「品位に欠ける」と批判してもいいだろう。しかし、相手は剣王なのである。剣王に必要なのは品位ではない。

「義理はなくとも責任はありましょう。あなたがこのようなことをしているとなれば、世界中の剣士に示しがつきません!」
 ラナーは、硬化した意思をもってホウサンオーに対する。その心を察するまでもない。強い怒りが滲んでいた。

 今回の一件が、ただのテロリストの仕業ならば、言葉は悪いが問題はなかった。犠牲はあっても、ただ鎮圧してしまえば済む話である。しかし、そのテロリストが剣王であることが世間に知られれば、これは一大事である。

 まがりなりにも剣王である。剣士の頂点である。その存在を畏怖し、崇め、憧れる者たちがいる。剣とは、武人にとっての心の支えでもあるのだ。戦う理念を体現し、その先の可能性を感じさせ、大義を与えるものである。

 剣王とは、【象徴】なのである。

 象徴が、世界を混乱に陥れる一味に荷担したとなれば、世界が揺れるは必定。その影響力を考えれば、被害を推し量ることはできない。どう少なく見積もっても、人間社会に天変地異レベルの破壊的な結果が訪れる。物的にも、精神的にも、である。

「堕落した剣聖、ウネア・ミクをお忘れか。彼女の犯した罪は、いまだ多くの傷跡を残しております」
 ラナーは同じ剣聖として、一つの戒めとしてウネア・ミクの名前を出す。彼女の名前を出すラナーにあったのは、間違いなく軽蔑の感情であった。

 剣聖ウネア・ミク。その才能、その力、どれをとっても秀でた人物であった。性格においても特段の問題があるようには思えなかった。少し奔放なところはあったものの正義と平等を愛し、人々を守る立派な剣聖であったはずだ。

 彼女の名が初めて表舞台に出たのは二十余年前、南西大陸の小国、アルグ・ヌ・サテ王国。当時、圧制を敷く政府軍と、それに対抗する反政府組織との間で激しい内乱が起こっていた時代である。

 当時まだ二十四歳であったウネア・ミクは、反体制派の幹部格として政府軍と戦っていた。生まれもっての天賦の才と、優れた師に出会った彼女は、剣士としての才覚を伸ばし、若くして剣豪と呼ばれる力を宿していた。

 圧倒的な剣技に加え、敵に対する苛烈な戦い方と大衆を惹きつけるカリスマによって、瞬く間に政府軍を押しのけていく。そして三年の激闘の末、ついに政府軍を打倒し、政権を奪取することに成功する。

 当時の政権は、すでに統治能力を失っており、反抗する民衆に対して激しい弾圧を繰り返していた。投獄は当然のこと、一部では化学兵器による殺戮も行っていたのである。

 それを解放に導いた彼女は、いつしか民衆のアイドル的存在となり、剣聖と呼ばれるようになっていく。剣王評議会もこれを承認。彼女は名実ともに民衆を助ける剣聖となったのだ。

 彼女の出自には不明な点が多いが、アルグ・ヌ・サテ王国の王族に連なる者ではないかという噂もある。その根拠は、彼女が王国の象徴機であった神機、カンタラ・ディナ〈炎の翼〉を動かした点にある。

 カンタラ・ディナは、王国の初代王が使っていた機体として国家の象徴機とされていた。長らく使い手が存在せずに王城に御神体として祀られていたものを、内乱の混乱に乗じてウネア・ミクが奪取したといわれている。今までこの機体を動かせたのは王家の者だけ、というのがウネア・ミク王族説の論拠である。

 王を含めた王族の大半は、内乱の最中に政権側に謀殺されてしまっていたので、彼女は誰かが町で作った妾の子ともいわれている。結局、内乱によって国は大きく疲弊してしまい、数多くの文献も証言者も失われてしまったので真相は謎である。

 ともあれ、彼女は剣聖の名と神機の力によって、国を解放したのである。ここまではいい。これで終われば、言い方は変だが、彼女はただの剣聖である。

 しかし、彼女の人生はここから大きく動く。

 アルグ・ヌ・サテ王国を解放した彼女は二年後、隣国トル・アナ・ティータに侵攻を開始する。その理由はいまだ諸説あるが、一番有力な説が制裁説である。アルグ・ヌ・サテ王国の内乱に、トル・アナ・ティータが関わっていたというものだ。

 トル・アナ・ティータは、宗主国であるアントマイカ帝国(現ルシア・アントマイカ)の指示によって、アルグ・ヌ・サテの内乱を主導。それを口実に南西大陸における力を増そうと考えていた。そのため、王族をそそのかし政権を混乱させ、民衆の怒りを買わせることに成功する。

 そのことを知ったウネア・ミクは、トル・アナ・ティータに対して武力制裁を開始。剣聖と呼ばれる彼女には【義】があり、それによって数多くの義勇兵が集まる。それは海外にも波及し、戦いを糧とする傭兵から、正義を重んじる流浪の騎士まで多様な人材を集めることに成功する。

 剣聖の名で集まった力によって、トル・アナ・ティータ国はわずか一年で瓦解。アルグ・ヌ・サテが小国であることを考えれば、この結果はまさに奇跡である。それだけ剣聖の権威が凄まじかったともいえる。

 ただし、突然膨れ上がった力に対応できなかったのだろう。この行動は進撃ではなく【蹂躙】と呼ばれている。内乱が長く続いたぶん、その苦痛は激しい。激しさは怒りとなってトル・アナ・ティータにぶつけられ、結果としてティータ国民の大虐殺が起こってしまう。惨状は相当なもので、女子供を含めて記録上は何十万人という犠牲者が出ている。

 歴史家の検証では、これは暴発ではなく【意図的】だとされている点も大きな汚点である。

 まずアルグ・ヌ・サテ王国は、長年の内乱によって人も土地も疲弊していた。政府軍によって食料を奪われていた住人は、日々飢えた生活を送っていたのである。政権を奪取しても土地は簡単には復活しない。慢性的な食糧不足であったこと。

 そこに剣聖の名を聞いて、離れていた民が戻ってきた。彼らも他国で難民として生活しており、蓄えなどはまったくない。さらに多くの傭兵が流れてきたことによって、人口は一気に増加する。国際援助もあったが、南西大陸は未開の土地も多く、到底間に合いそうもない。

 そんな時に目をつけたのが隣国である。真相を知ったウネア・ミクたちは単純に制裁を目的としていたのだろうが、絶対に土地や物資が目的でなかったとはいえない。現に略奪が起こっても、彼女が積極的に止めに入った記録は確認されていない。

 これだけでも歴史の評価は分かれそうであるが、ウネア・ミクが堕落したといわれる決め手が、アントマイカ帝国との戦争である。トル・アナ・ティータを統治下に治めた半年後、すべての元凶であるアントマイカ帝国に対して宣戦を布告したのである。

 アントマイカ帝国は、西大陸の南中部にある中小規模国家である。西側大陸で無視できないのが、強大な力を持つルシア帝国。そのため西側国家は、ルシア系列の国家か反ルシア国家、あるいは完全中立国のどれかに分かれている。その中でアントマイカは、中立国に属する国家の一つであった。

 南西大陸の争いを西側大陸に持ち込む姿勢は、さすがに世界各国からの多くの反対意見を生んだ。剣王評議会も「剣聖は極力国家間の争いには荷担しない」という原則に照らして、ウネア・ミク側に譲歩を求めた。

 が、ウネア・ミクはこう反論した。

「剣は常に正義であるべきだ。国家であっても、それが悪ならば斬らねばならない。強者による弱者への虐げがあれば、これを斬るは天の必定。これすなわち剣の義、【剣義けんぎ】である」

 こうしてウネア・ミクは、国家の先頭に立って戦争を開始。彼女の言葉に同調する者も多く、本来ならば太刀打ちできないはずの帝国相手に善戦することになる。

 彼女のカンタラ・ディナが、その名の通り稀少な【飛行タイプの神機】であったことも大きい。長距離を飛ぶようなものではないが、空を使った戦術は既存の戦い方では対応できない面も多く、不利な戦局も彼女一人で覆すことができた。

 ただ、一度動き出した大きな流れは止められなかった。勝利をしても、何かが狂っていく。巨大なうねりは、ただ憎悪と復讐心を駆り立て、人々の心を卑しめていく。たがが外れた人間が行う狂気は、あまりに凄惨であった。

 そもそも帝国への戦争も、トル・アナ・ティータでの蹂躙を覆い隠すためのものであった可能性がある。膨れ上がった人々の不満、怒りを抑えきれず、新たな捌け口が必要だったのだ。そうしなければ自壊していたのだろう。

 だが、それがルシアへの口実を与えた。

 ルシア帝国は、一般市民と近隣諸国の安全確保を理由に騎士団を派遣。あまりの被害の大きさに反ルシア連合も反論はできず、彼らも致し方なく国際連盟軍として派兵を決めることになる。

 剣王評議会もウネア・ミクの剣聖資格を剥奪し、独自にソードマスターである剣聖二人を制裁人として送り込む。ウネア・ミクの下に大勢の武人が集まったのは、剣王評議会が承認した影響力も大きかったのである。その批判を排除するために、大々的に剣聖二名の派遣を喧伝する。

 最後までウネア・ミクは抵抗した。それはもう彼女の人生を象徴するかのように苛烈に、燃えるように。しかし、国際連盟軍の数の力と剣聖二人の相手は、いかに希代の天才といえども不可能であった。最後まで激闘を繰り広げた末に撃墜され、その後は消息不明となっている。

「剣聖ウネア・ミク。我々にとっては忘れられぬ悪夢です」
 ラナーは、彼女が剣聖の名をおとしめたことに怒りを感じていた。

 この後、戦場での数々の蛮行が露わにされるにつれて、剣聖の名がさらに穢されていく。それによって剣王評議会の面子は潰れ、一時的にとはいえ権威が失墜したのは言うまでもない。

 剣士にとって、剣王評議会は権威の象徴である。彼らの失態は、剣士全体の評価にもつながっていく。その後しばらく剣士は、肩身の狭い思いをしたものである。それは若きラナーにとっても、理想を穢された気分であった。

「ホウサンオー様、あなたはウネア・ミクの二の舞になるおつもりか!」
 ラナーは、ホウサンオーが再び災禍の引き金になることを憂いていた。その影響があまりに大きいからだ。

「一方的な物の見方じゃな。あの子にも曲げられぬ正義があったとは思わんか」
 しかしホウサンオーは、堕落した剣聖に哀れみの目を向けていた。

 ウネア・ミク。ホウサンオーの記憶には、赤焦げた肌と煤けて色の抜けた髪の毛が強く刻まれている。化粧などもせず、女らしい装飾も身につけない。少女時代からずっと一人の兵士として生きてきた彼女には、ただ戦うことしか自己を表現する方法がなかったのだ。

 十年以上も続いた内戦が、どれだけ人の心を疲弊させてしまうか。それだけ過酷な環境で生きてきたのである。そして、それ以上にあの眼光。非道に対しての怒りに燃える赤い瞳。ホウサンオーは、どうしてもあの目が忘れられないでいた。

 それは彼女が言った剣義。
 剣をもって生まれたからには、剣を正しく使わねばならないという強い意思。

 ウネア・ミクにとって、剣義だけがすべてだった。それを曲げることは、自己の存在を否定することと同じだったのだ。

「すべてがあの子の思いのまま進んだわけではなかろう。止められなかったのじゃよ。自分の生き方も、他人の愚行もな」
 ウネア・ミクは、自らの炎で自らを焼いてしまった。苛烈な生き方を最後まで止められなかったのだ。

 その結果、多くの人間の勝手な行動も抑えることができなかった。自分自身を焦がし、その痛みに耐えるだけで必死で、他のことに意識を向けることができなかった。ただおのれの剣に正直であろうとした、哀れな女の結末である。

 のちの検証で、多くの蛮行は彼女の指示ではないことが判明している。剣聖の威を借りた者たち、特に新参の人間の犯行であると。また、彼女の妥協のない性格が、国家の争いに利用された面もある。所詮、個人独りで何かが成せるわけではないのである。

 彼女はアイドルだった。火種にすぎなかった。しかし、紙に移った火は、瞬く間にすべてを燃やしていったのだ。誰にも止められなかったのだ。

「だから許せとおっしゃるのか。彼女は過ちを犯したのです。少なくとも事前に剣聖を返上することはできました」
「そうすれば剣王評議会の面子は立ったか? はっ、アホらしいの。剣聖とは、そもそも生き方であろう。誰かに指図されるものではない。ましてや、評議会が与えるものでもない!」

 ホウサンオーにしては珍しく、語気を荒げて言い放った。剣聖は、くらいではない。人々から称されるものである。誰かが持つとか与えるとか、そういった類のものではないのだ。そこを履き違えている。

「剣王評議会は、彼女を利用したのじゃ。調子の良い時だけ利用し、火種となれば切り捨てる。これが傲慢でなくて何というのか」

 それは剣王評議会の傲慢である。

 ホウサンオーは、そう断ずる。

「では、今のあなたの行動もお許しになれと? 何人殺しましたか」
「殺した数など覚えておらんし、最初からお前さんの許しを請うてはおらんからの」
「あくまでも悪びれない、というわけですね」
「お前さん、せっかく美形なのに、ちょっとウザいのぉ」

 ホウサンオーは、ラナーと話すこと自体が面倒くさいといった様子で、あからさまに嫌悪の態度を示す。それもそのはず。ホウサンオーは【嫌い】なのである。

「ワシはな、剣王評議会が嫌いなんじゃよ。だから、その立場を持ち出すお前さんも嫌いじゃ。わかるか?」
 ホウサンオーは、剣王評議会を嫌っていた。その姿勢もやり方も、全部嫌いであった。ウネア・ミクを擁護するのも、半分はそれが理由である。

「私もあなたに好かれようとは思っておりません」
 しかし、そこはラナーも負けてはいない。

 ラナーはラナーで、自分に対して強い自負を持っている。誇り高き騎士であり、高潔な剣聖であるとの自覚である。そこに好き嫌いの感情を挟まないのである。言ってしまえば堅物である。

「かー、これだから若いもんは。年輩者を敬う気持ちが、これっぽっちもないからの! 嫌いじゃ!! あー、嫌いじゃ!」
 ホウサンオーは思い出す。バーンの若い連中の、あまりの雑な対応を。

 倒置法を使いたくなるほど思い出す。ホウサンオーは大人なので怒ったりはしないが、最近の若いもんは礼儀を知らぬと嘆いている。

「のぅ、ゼッカー君。最近ワシ、いじめられているんじゃないかの。特に○○がワシをいじめるんじゃ。あーあ、これじゃやる気が出ないのー。もう帰ろうかのぉ」

 と告げ口し、剣王を失いたくないゼッカーからフレイマンに話が通り、そこから相手側に説教がいく、という図式になるので、けっして復讐していないわけではないのだが。やり方が陰湿である。このじいさん。

「ワシはもう剣王ではない。ミクちゃんとは違う。その、なんじゃ、風の噂では若いやつが継いだとか聞いたぞい」
 ホウサンオーは、ウネア・ミクとの決定的な違いについて語る。今の彼は剣王ではないのだ。

 事実、ホウサンオーはすでに死んだことになっている。そして現在は、第六十二代目の剣王が誕生していた。若干十五歳の若き剣王、その名も【聖剣王】である。輝ける聖剣を手にした、誰もが認める紛れもない天才である。

 その資質に何ら問題はないように見える。
 あくまで部外者からすれば。

 だが、ラナーは知っている。

「お戯れを。あなたもご存知のはず。現剣王は、継承の儀式を受けておりません。つまりは正統なる剣王ではないのです」

 剣王になるためには剣王評議会の中核メンバー全員(紅虎を除く)の承認に加え、先代剣王との間で継承の儀式が必要となる。それを【血刃けつじんの儀】という。血刃の儀なくしては、けっして本物の剣王にはなれないのである。

「ほっほっほ。それはあれか。お前さんたちが自分の面子を守るために、偽者を仕立てたっちゅーことじゃろう? それこそ自己否定じゃよ」
 ホウサンオーは、よほど剣王評議会が嫌いらしく、侮蔑の意を含ませた口調で指摘する。

 評議会は、剣王不在を隠すために新たな剣王を祭り上げた。だがそれは、彼ら自身の存在意義を否定することにもなるのだ。偽りの剣王を仕立てて保身を図るなど、すでに組織としては瓦解している。

「偽者ではありません。剣王の第一候補であることには違いありません」
「同じことじゃよ。それがわかっていて祭り上げるならば確信犯じゃろう。あそこは何も変わっておらん。自己の体面しか考えておらん」
「その口調はいい加減にしていただきたい! すべては、あなた様が逃げたからでありましょう!!」

 ここでラナーの怒りが爆発する。ホウサンオーの挑発するような口調は、生真面目なラナーにとって到底耐えきれるものではなかった。元凶が目の前にいるのだから。すべてはホウサンオーによって引き起こされたことなのだから。

「ほっほー。逃げた、か。ワシは逃げたつもりはないがの。ほれ、こうして生きておるしの」
「役目を放棄されたのならば、逃げたと同じ。何が違いましょう。どれだけの混乱が起こったか、おわかりか!」

 まず、ホウサンオーという剣王について説明が必要だろう。ホウサンオーが剣王になったのは、およそ三十年前である。彼が姿をくらましていた期間が八年程度なので、二十二年間剣王をやっていたことになる。

 ここに彼がどんな剣王であったかを知る有名な言葉がある。

 史上最弱の剣王。

 それがホウサンオーの通り名であった。なぜ、こう呼ばれるようになったのか。それは、ホウサンオーがけっして表舞台で剣を振るわなかったからである。剣王を継いでからというもの、彼はいっさいの仕合いをしていない。

 どんなにせがまれても、子供たちの前でも、どんな有名な相手が来ても、教えを請う者がいても、けっして剣を振るおうとはしなかったどころか、そもそも剣を携帯しなかった。それゆえに少なくとも剣王になってからは、誰も彼の剣技を見たことがないのである。

 そして、何より彼は無関心だった。無気力といってもいいだろう。剣王評議会に出席はしても、発言はまったくしない。ただそこにいるだけ。愛想も振りまかないし、慣れあおうともしない。敵対もしないし喧嘩もしないが、味方にも身内にもならない。ただの空気であった。

 そういう人物であったからこそ、ホウサンオーという存在は非常に記憶に残らない。人々の間でも、彼の名前をすぐに思い出せない人間がいるくらいである。だからこそ公式記録で彼の声紋は残っていないし、どこかに残っていたとしても、すでに死亡した人物としてデータの海に埋没しているはずである。

「ワシなど、いてもいなくても同じじゃろう」
「いいえ。剣王であるあなたは、それ自体に意味がある。あなたが世界の秩序を保っているのです」
「大げさなことを。ワシなどいなくても変わらぬよ。ゼブラエス公だって、ふらふらしているではないか」
「覇王と剣王は違います。剣王は、人類の剣なのです!!」

 ここで、覇王と剣王の違いを明確にしなければならない。世界の三王とは、すなわち覇王、剣王、魔王。それぞれに戦士、剣士、術士の頂点に君臨する存在である。ただし、各々の役割は異なっている。

 戦士の頂点である覇王は、人類の可能性を模索する存在。自己を高めるのが目的であり、王としての責任はあるが、どう生きるかにおいての行動に制限はない。自己を高められるのならば、何もしなくても問題ないのである。

 もう一人の王である魔王。この存在も特殊である。ことわりを制する魔王は、法則面で世界の秩序を守る責任がある。世界の中心に存在する魔王城において支配者たちを統括し、法則の監視者として万物の事象を見守るのである。

 そして、最後に剣王。剣王の役割は、人類の剣になること。あらゆる害悪から人間という種を守る剣になることである。人間が絶滅しないように見守り、場合によっては力を行使して導くこともある。

 剣王が覇王と魔王と決定的に異なるのは、剣とは人間自らが生み出したものであること。地上の人間が、自らの意思と創造力をもって生み出したものなのだ。そこには【自浄】という目的があり、積極的に人類を戒め、導く責任がある。

「あなたには剣王として、最高の存在でなくてはならない責任がある。最低でも、努力をする義務があるはずです!」
「それは剣聖で十分じゃろう。剣王にとって重要なのは力。現にそれを基準に選んでおる」

 ホウサンオーが言うように、剣王を選ぶ際に重要視されるのは剣士としての力量である。ただただ強いことを求められるのだ。人格や品性が重要な剣聖とは、まるで存在意義が違うのである。

「性格に関しては、剣王審査において調査されているはずです。力とは、その上で持つべきもの。私は剣王にこそ、何よりも品位と志が必要だと信じております」
 だが、ラナーは認めない。剣王には人類を正しく導く責任があると説く。

「まったく。そいつはお前さんの理屈じゃよ。いや、【理想】か。若いくせに頭の固いやつじゃの」
 それに呆れるホウサンオー。ラナーの言葉は正しいかもしれないが、実際のところは彼の理想でしかない。

「剣王であるワシが自分の判断でここにいる。お前さんの理屈でいうならば、こちらのほうが正しいことになろう」
 ホウサンオーは白い髭を触りながら、ラナーに問う。ラナーが言うように剣王が人類を導く存在ならば、ラーバーン側が正しいのではないか、と。

「むろん、そうした可能性もあります。ですが、あくまで剣王としての責務を果たしている方ならば、という前提があります」
 すでにホウサンオーは、剣王としての責務を放棄している。そもそも剣王であった頃から、正しく責務を遂行していたかどうかも怪しいが。

「お前さんの言う責務とは、正義の名の下に人を殺すことか? では、ウネア・ミクは正義ではないのか?」
 剣王が秩序を維持する存在ならば、正義が必要である。それすなわち剣義。

 ならば、ウネア・ミクはどうであったのか。剣の正義を主張し、腐敗と混乱を導いた根源を正そうとした彼女は、正義ではなかったのか。

「彼女は守るべき弱者を見捨てました。そこに正当性があろうはずがありません。それは、あなたも同じことです」
 ラナーは、規律を守ることに対して異常に強い執着を抱いている。民間人を殺す者をけっして許しはしない強い正義感でもある。

 今のところホウサンオーが殺したのは軍人のみ。されど、剣王からすれば【弱者】である。実際に見てわかるように圧倒的な差が存在する。彼からすれば、ゾバークやミタカですら、その弱者の範疇に入るのかもしれない。

 そして、ホウサンオーが属しているラーバーンは、市街地において民間人を殺害している。暴力によって混乱を引き起こしている。少なくともラナーにとっては悪。罪なき人を殺す者は罪人なのだ。

「力なくして正義は果たせまい。剣王が力だけで選ばれること。これがすべてを示しておる」
 ホウサンオーは反論。剣王が秩序を保つためには、必ず力の行使が必要となるだろう。理想だけで人は動かないのである。いくら言い聞かせても聞かなければ、力で動かすしかない。

「人を動かすのは、力だけではないはずです。剣王ならば、普段の行いから人々に影響力を与えることができるはず。そのための評議会ではないのですか」
 ラナーは、剣王評議会の有用性を訴える。

 剣士たちで作る組合であるが、組合員の規模は世界に及ぶ。全世界の剣士の半数が参加しているのである。いわば交通安全協会くらい有名で日常的な組織である。それだけの数の力を侮ってはいけない。(各国騎士団は参加が半ば義務付けられているほど大きい)

「それは理想にすぎん。剣王とて、所詮は人間じゃ」
「あなたが真に求めていれば、それができたはずです」
「なぜ自分にだけ正義があると思う。なぜウネア・ミクやワシに正義がないと思う。どうして悪だと決めつけるのじゃ」
 ホウサンオーは、正義と悪の違いを問う。

 誰かが何かを成すとき、多くは間違いを犯す。いや、人間ゆえに間違いを犯さない者はいない。聖人や偉人であっても、偉業の途中には必ず過ちがあるものである。だからといって偉業が偉業でなくなることはない。

 そこには必ず正義がある。
 人それぞれに正義があるのだ。

 それを認めないラナーの言い分は、ホウサンオーがもっとも嫌うものの一つであった。そこに【剣王評議会らしさ】がある。独善と欺瞞。肥大化した組織には、よく見られるもの。それが評議会にもある。

「一つ問うぞ。おぬしは、今の世に正義があると思っておるのかの? 連盟は正義か? 大国は正義か? あの富の塔は正義なのか?」
「残念ながら、今の世に正義はありません。秩序も、崇高さも、美しさもありません」
 ホウサンオーの問いに、ラナーは即答する。

 そして、この言葉すら吐き出す。

「宗教でさえ・・・人々の心を捉えることはできなくなっています」
 苦々しく、胸が張り裂けんばかりに、歯を食いしばってカーリスを批判する。それは彼の信仰心が強いゆえの、苦渋の自己批判である。

 カーリスの在り方を見ても、ラナーには多くの不満があった。信仰心に欠け、実行力もなく、自己犠牲の精神も薄れている。信者は往々にして盲信性を持つので、多少は致し方ない面がある。だが、神官職にある者はそうであってはならない。

 カーリス一つとってもそう思えるのに、今の国際連盟の状態が正義であるなどと、誰が言えようか。保身と利己主義が横行し、誰もが世辞と虚言で本音を隠している。まさに腹黒。まさに滑稽。嫌気が差さない者はいない。

「ふむ、さすがにそれを認めるだけの気概はあるようじゃな」
「あなただけを批判するつもりはありません。そのような資格は、私にはありません」
 ラナーは、けっして相手を非難するだけの小さい男ではない。

 自らの過ちを認め、自分自身そのものであるカーリスさえ批判する勇気がある。今はまだ態度で示しているにすぎないが、度を超えた時には立ち上がるつもりでいた。それがラナーの責任の取り方である。

「ならば【彼】の存在は自浄作用であろう。もし悪魔がいるとすれば、それは人自らが生み出したのじゃ。今までやってきたことの反作用にすぎぬ」
 ホウサンオーは、悪魔の存在を肯定する。

 悪魔は、腐敗した社会を生み出し、世界を穢してきたことによる反作用。自然を侵せば天変地異として戻ってくるように、人の傲慢と欲望が生み出した【免疫抗体】である。

 悪魔は、すでに人の手に負えなくなったガン細胞を破壊する。徹底的に破壊する。脳内に出来た一つのガン細胞でさえ、放っておけば人の命を奪ってしまうのだ。

 解決方法は二つある。

 一つは切除すること。
 もう一つは、生活を根本的に改めることである。

 だが、人は後者を拒絶。愚かさゆえに暴飲暴食を続け、傲慢ゆえに自己を正当化し、弱さゆえに他者を蹂躙する。ならば、残った解決策は一つである。

「私も一つお尋ねしたい。あなたは、剣王としての責務を果たそうとしておられるのか? その行動は、剣王としての剣義によって成しているのですか?」
 ラナーにとって重要なのは、そこである。

 仮にホウサンオーが真の剣王として、本気で社会改革を目指しているのならば、何人であっても邪魔することはできず、誤魔化すことはできない。なぜならば剣義を掲げた剣王には、その権利と責務があるからである。

 剣王が世の改革に乗り出すということは、人間という種の存続が危ぶまれる時である。剣王には、それを判断する資格がある。少なくとも剣士たちの大半、おそらく最低でも四割の武人の積極的賛同が得られるのだ。

 これが意味するところは、あまりに絶大である。

 この連盟会議だけを見ても、剣士の数は相当数に及ぶ。ラナーやアレクシート、サンタナキアは当然、ヨシュアやエルダー・パワーの剣士の面々、さらには雪騎将のミタカなども含まれる。剣士であるルシア天帝すらも例外ではない。

 そう、剣王の恐ろしさは、国籍や立場を無視して影響力を発揮する点である。

 各国騎士団における剣士の数は、およそ四割から五割。いかに剣士が多いかがわかるだろう。この理由は、武人の弱体化によって肉体能力が低下し、戦士の水準に達しない武人が多くなったことが挙げられる。

 それに加えて武器の発達が拍車をかけている。つまりは、本来ならば戦士タイプであっても、能力の未発達によって武器で補う必要が生まれ、結果として剣士扱いになる者も大勢いる、ということである。彼らは自分の存在意義を確かにするために、むしろ純粋な剣士よりも剣士であることに誇りを感じている。

 そこに剣王の号令が下ればどうなるか。剣士であることを自認する彼らは、否が応にも賛同しなくてはならないのである。それが見栄や保身であっても、剣士としての立場を失うわけにはいかないのだ。

 いわば、剣王とは【宗教と同じ】である。
 すべての剣士の象徴たる存在なのである。

 ラナーが危惧するのは当たり前なのだ。ラナーでなくても、この事実を知った人間がいれば、まずは真意を問いただそうとするのが普通である。この後、何が起こるかを想像できるからである。

 仮にカーリス法王であるエルファトファネスが(まずありえないが)全信者に対して国家転覆を指示したとしよう。そこに貧富の是正という大義名分を加えたらどうなるだろう。多くの信者は必ず賛同する。しなくてはならない。それが不発に終わっても、号令を下された信者はチャンスをうかがい続けるだろう。

 大義名分を得た象徴が起こす混乱の大きさは、あまりに甚大なのだ。

「剣王として命ずれば、おぬしは従うのか?」
「あなたの主張が、正義にもとづいたものであれば。怠慢な剣王であっても剣義には従いましょう」
 ラナーは剣を立て、騎士が忠誠を尽くす際の仕草を取る。剣聖は剣義に従わねばならない。ただし、それが正義であれば、の話であるが。

「いちいちお前さんは嫌味ったらしいの。なんじゃ、欲求不満か? 若いうちは発散しないともたんぞい」
「どうぞお構いなく。私には果たさねばならない責務があるのです。俗事にかまう暇はありません」

 ラナーの言葉には棘がある。潔癖性である彼は、物事が常に規律あるものでなくては気が済まない。組織であれば、いっさいの不純や矛盾を含まない、より健全なものであることを欲している。各々の役割に実直であり、透き通った場であることを求める。

 まさに白騎士という名前の通り、彼は常に白であることを望んでいるのだ。

 いうなれば【潔白性】。

 白は、常に気高い。白は、常に正義である。白は、潔白でやましいことがない。白は、人々から常に尊敬されるために、自己の行動を正していかねばならない。白は、白は、白は、常に白でなくてはならないのだ。

「極端な男じゃな。世とは常に混沌としたもの。正義も悪も入り交じるからこそ、そこには活力があるものじゃ」
「それは単なる未熟さにすぎません。光は常に光であります。闇を許すは、人間の弱さにすぎないのです」
「まあ、お前さんと反りが合わないことは、よーくわかったぞい」

 議論をする前から、彼らは対極の立場にいる。なぜならば、彼らは白と黒なのである。かたや、剣王の責務を放棄してテロリストになっている男。かたや、騎士の模範たろうとして厳格なまでに責務に忠実な男。両者にどう接点が見いだせようか。

 唯一見いだせるとすれば、剣の義においてのみ。
 妥協点があるとすれば、この後に発せられるホウサンオーの言葉のみ。

 であったのだが、当然ながら結果は変わらないのである。残念ながら、いやしかし、そうであったほうがよいのかもしれない。

「剣王として剣義を発するだけならば、ワシはべつにこんな真似はしておらんよ」

 その通りである。ホウサンオーが剣王として事を成すのならば、わざわざラーバーンに属する必要はない。いくら怠慢な剣王とて、剣王は剣王であるだけで価値がある。やる気を見せれば賛同者も大勢出るだろう。彼は腐っても剣王なのだから。

 しかし、ホウサンオーは明確に否定。自分がここにいるのは剣王としてではない。いち個人であると。

「やはり剣王としての責務は放棄なされるのですね」
 ラナーにとって、この答えは予測できたものである。いまさらホウサンオーが剣王の立場を持ち出すとは思えなかったからだ。

 少なくともラナーは、ホウサンオーという人物を評価していた。あれだけの剣技を身につけるには、人生のほぼすべてを修練に費やす必要がある。ただの無気力な人間には絶対にできない。根気があっても簡単にはできない偉業である。

 むしろ、強靱な意思がなければ不可能。

 強くなろうとする何かしらの理由がなければ、人は絶対に苦しみに耐えられないのである。稀にガガーランドのように、生まれもっての強者がいるが、やはりそれは稀少な例外であるといえる。

 多くの人間は、困難や不条理に直面し、何かを悟り、それを原動力にして励むものである。ラナーはホウサンオーからも、そうした人間的な底力を感じていた。だから尊敬に値するのである。

 しかし、両者は敵である。

「そのほうが、おぬしにとってもよかったのではないのか? まったく、剣気くらい隠しておけ」
 ホウサンオーには、抑えきれないと言わんばかりに、シルバー・ザ・ホワイトナイトの白銀剣シルバートから剣気が溢れているのが見える。

 彼には、ラナーが攻撃的な態度を取っている理由がわかっていた。

 議論するつもりなど、最初からなかった。

 正しく述べれば、できなかったのだ。すでにカーリスとの決定的な決別が生まれている以上、見過ごすわけにはいかない。いまさら「正体は剣王でした」などとは絶対に報告できない。

 そんなことをしてしまえば、ラナーが危惧している以上の混乱が起こってしまう。今まで殺された人間はどうなるのか。剣王だったから受け入れろ、とでもいうのか。怒りと憎しみ、正義と道理による大混乱。これだけでも国際連盟はバラバラになる。

 ホウサンオーという人物は、たった一人でもこれだけの影響力を持つ人物なのである。もし連盟会議に出席していれば、紅虎やエルファトファネスのような特別な扱いを受けていただろう。それほどの人物であるのだ。しかしそれは、中立あるいは味方であった場合である。敵になれば倒すしかない。

「たしかに。私はそのほうがよい、と考えていました。もしあなたが剣義を持ち出せば、私は迷っていたでしょう。殺すことにためらいが出てしまう」
「ほっほっほ、そういう正直さは、案外好感が持てるものじゃな。やはり白黒のほうがわかりやすいか」

 人が迷うのは、物事が灰色だからだ。正義と悪が混在し、非常に見えにくくなっていると人間は迷ってしまう。やはり人は、正しいことをしたいと願うからである。それが女神マリスから与えられた光。正義と公正の輝きであるからだ。

 一方、目的が明確に決まっている場合、どんな人間もある程度の実力を発揮することができる。迷わないで集中できるからである。余計なことを考える必要もなく、すべての力を実行力に変換できる。こうなったときの人間は非常に強い。

 だからこそ、ラナーも白黒はっきりすることを求めていた。彼の性分を考えれば、そうであってこそ実力を発揮するからだ。そうでなければ倒せないほどの相手である。

「ワシは個人の意思でここにおる。彼に手を貸しているのも、紛れもなく自分個人の意思からじゃよ」
 ホウサンオーに限らず、すべてのバーンは自分個人の意思によってラーバーンに参加している。

 皮肉なことに、ラーバーンはラナーが目指すような完全なる統一の下に動いている。各人は自らの意思で組織に従い、悪魔に忠誠を誓う。誰かに命じられているのではない。おのれの目的が、理想が、悪魔に同調したからこそ、自らの身を捧げてまで従っているのである。

 それこそ自己犠牲の精神。大きな目的のために全員が死ぬ覚悟でいる。否。死すら喜んで受け入れるだろう。

「あなたが悪魔に従うのは、平等を求めているからなのですか?」
 一つだけ、ラナーは気になっていることがあった。

 悪魔の主張は、全人類の幸福と平等である。やり方は非常に破天荒であるが、会議場で主張した内容は、宗教の廃絶以外はカーリスと大差ないものだ。ホウサンオーが平等の理念に賛同しているのならば、彼にも最低限の義があってしかるべきである。

 それに対して、ホウサンオーはこう述べる。

「人間である以上、誰とて平等を目指すものじゃろう。ワシとて、それは常に願っておるよ」
 ホウサンオーも、ゼッカーが目指す理想を知っている。

 人間として当たり前の生活を、すべての人に分け与える。誰かが独占しなければ余剰分はしっかりと分け合うことができる。少なくとも食料で困ることはないだろう。誰かが豪華客船で世界一周旅行などしなければ。

 質素な食事でも人は死なない。むしろ、文明が便利すぎると弱くなるのである。昔の人間は強かった。何一つするにも不便だったが、その代わりに自分の身体を使っていたので必然的に強化されたのだ。

 今の人間は、漂白された世界に済んでいる。すべてが清潔にされ、本来は茶色の米ですら白くされている。それによって免疫力は弱くなり、少しの傷で死んでしまうほどに衰退していく。軟弱な世界で暮らしているので意思の力も弱くなっているのだ。

 そして、一番の弊害は、そうした人間たちによって多くの同胞が犠牲になっていることである。ダマスカスのような富んだ国は世界的に見ても少数である。常任理事国と一部の中堅国家以外は、すべてに余裕がなく、人々はつらい生活を送っている。

 それもまた皮肉なことに、貧困という劣悪な環境がユニサンのような屈強な武人を生み出すことにもなる。ただし、憎悪を宿した社会の害悪として。

「ワシは剣王である前に一人の人間じゃ。お前さんのように大きな組織の中核にいるよりは、あのような者たちの味方をしてやりたいとは思っておるよ」
 ユニサンは泣いた。剣王という最高の権威の一つが、自分たちのような者の力になってくれることを。

 虐げられ、強者に対して恐怖を持ちながら戦っていた彼らにとって、剣王という存在がいかに大きな拠り所であるか、騎士団のような国家権力に属する者には理解できないだろう。嬉しかったのだ。頼もしかったのだ。初めて頼るものができたのだ。

 ホウサンオーは、ゼッカーと同じくらい影響力のある大人物である。これもラーバーンの一つの拠り所であった。剣王が参加しているとなれば、もともと社会に居場所のなかったバーン候補たちは、意気揚々と参加を決めるだろう。

「彼らの味方になることが正義であると思われたのですか? あくまで弱者のためなのですか?」
 ラナーとて、相手の言い分をまったく理解しないほど苛烈ではない。

 人間が何かを行う際には、必ず何かしらの理由がある。それが悪行であっても、悪人には悪の理由、建前が存在するものである。多少厳しい見方ではあるが、建前を許す社会にも問題はあるのである。完全な白の世界ならば、建前そのものが成立しなくなるからだ。

 ゆえに今回の一件にも、やり方や結果は認めないものの、彼らには彼らの言い分があってしかるべきだと考えている。それはホウサンオーが相手側にいることも大きい。仮にもソードマスターである。身内が敵になるのだから、相当な理由がなければならない。

「・・・それは手段にすぎんよ。両者の目的が噛み合った結果、そうなったにすぎぬ」
 しかしホウサンオーは、その点を明確に否定する。

 ホウサンオーがゼッカーの理念に感じ入るところがあるのは事実。それどころか悪魔の理念を否定できる者はいない。やり方は否定できても、求めるところがあまりに万能すぎて否定できないのだ。なぜならば、平等とは誰もが求めるものであるからだ。

 それを踏まえてホウサンオーは、ゼッカーに傾倒したのではないと言っているのである。オロクカカのように悪魔を救世主として見てはいないのだ。あくまで同志。あくまで共通の目的を持つ仲間。その証拠にゼッカーも、ホウサンオーのことを食客として扱っている。

 ただし、目的のためならば命すら捨てる覚悟がある、強烈な【契約】を果たした間柄である。ラーバーンが目的を見失わない限り、ホウサンオーは命を賭して全力で戦うだろう。

 そして、ホウサンオーはゼッカーの中に【英雄の資質】を見ている。彼こそ世界を変えるに相応しい人物だと認めているのだ。その才も力も、自身を遙かに超える逸材であると。だからこそ一介の騎士として参加しているのだ。

「もうよかろう。おぬしがワシを斬る理由はある。遠慮することはあるまい」
 ホウサンオーは、ラナーに免罪符を与える。

 ここでホウサンオーを斬ることは、剣義と読んで差し支えない。ラナーが法王に誓った、人々のためになることであるのは間違いないのだ。大量殺人を犯している人間を止めることに反論する人間はいないだろう。

「その前に一つ確認しておくが、この戦いはカーリスの守護者として臨むものか? それとも剣王評議会の一員としての戦いか? あるいはロイゼンの騎士としてか?」

「これは剣聖としての責務だと考えております」

 ホウサンオーの問いに、はっきりとラナーが答える。

 剣聖として。

 それすなわち、民の代表として。
 それすなわち、剣王評議会の一人として。

 今この場にいる者はロイゼンの騎士ではなく、カーリスの守護者でもなく、あくまで剣義を守るための存在。つまりはソードマスターズの一人として、すべての剣士を代表して、汚名に沈んだ剣王を排除するための剣として。それを明言する。

「あなたをここで倒すこと。それが正しい選択だと考えています。今ならば名もなき亡霊として死んでいくことができるのです」
 ラナーは、これが【介錯】であるとも考えていた。

 現在はまだ正体不明の黒機。謎の剣士。ここで倒しておけば剣王の名に傷はつかない。もちろん、歴史上のホウサンオーの名誉も保てる。彼に関係ある人間にも害が及ばないで済む。

 各国の諜報部は、遅かれ早かれ真相にたどり着くだろう。それはかまわない。仮に民衆に流れたとしても根も葉もない噂である。それこそ各国が封じ込めてしまえば、あっという間に消えるもの。少なくとも連盟会議に出席している面々は、誰も混乱を望んでいないのである。

「愚かな忠言かもしれませぬが、自害していただく・・・という手もあります」
「ワシが自害か。それは面白い。初めて自害した剣王として名が残るかもしれんな! はっはっは!」
 ホウサンオーは、ラナーの進言に愉快そうに笑う。あまりのことに大笑いである。

「それほど面白いですか?」
「ああ、面白いの」

 何がそれほど面白いのか。それは・・・

「お前さんが、ワシに勝てると思っていることが一番面白いわ」

 ラナーの言葉は、どう考えても上から目線である。名誉を守るために自害しろと、一人の剣聖でしかない男が剣王に言うのだ。テロリストに成り下がったとはいえ、剣士の頂点である男に。

 それは、勝てると考えているから。
 実力で排除できると思っているからだ。

「お前さん、紅虎様の弟子じゃったな。なるほど、それだけ自信があるのじゃな」
 紅虎の弟子。それは一つのステータスである。同時に、彼女の弟子であることは強者の証でもある。彼女の弟子になって成功しなかった者はいないのだから。

「私とて、ぶんをわきまえております。万全のあなたに勝てるとは思っておりません。あなたの全力を知っていますからね」
 ラナーは、ホウサンオーの剣技を見たことがあった。最後にホウサンオーが目撃された日。そこにラナーは居合わせていたのである。

 その日、ホウサンオーは紅虎に勝負を挑んできた。その勝負がなぜ行われたのか紅虎に尋ねることはできなかった。彼女もまた、無言でやってきたホウサンオーの剣を何も言わずに受けた。

 結果は、紅虎の勝ちであった。
 しかし、ラナーは知っているのだ。

「私が知っている中で、師匠をあそこまで追い詰めた者はいない。あなたは強い!」
 史上最弱と呼ばれていたホウサンオーであるが、ラナーが見た彼の本気は、今まで見た誰よりも強かったのである。

 多くの者が、その事実を知らないだけである。そしてホウサンオーも見せびらかすことは絶対にしない。なぜならば、ホウサンオーの剣は【必殺の剣】なのである。まさに必ず殺す。目撃者を絶対に残さない恐るべき剣。

 ラナーが今回の戦いで正体を見破ったのも、あの時の剣が焼き付いていたからである。それ以外で見抜けるとすれば、かなり年輩のソードマスターズのメンバーくらいだろう。

「あの時は少し考え事をしておったからの・・・。ワシも若かった」
 ホウサンオーは、ラナーを見逃したのも身から出た錆と知り、むしろ清々しい様相を見せる。すべて自分がやったこと。ならば受け入れられる。

 そのうえで、彼はこう言うのである。

「紅虎様には申し訳ないが・・・、おぬし、ここで死んでくれるか? ほれ、やはり白騎士は目立つじゃろう? 良い見せしめになると思っての」

 その言葉は、とても淡々としていた。だが、言葉の軽さに似合わず、滲み出るオーラは徐々に圧力を増していき、冷酷ともいえる冷たい殺気が生まれていく。これは相手を殺すことを決めた人間特有の気である。

 人間、本気で殺す相手に対して、わざわざ殺すと宣言する必要性はない。ただ淡々と事を成せば相手は死ぬ。相手を怖がらせる気はなく、死ぬという事実だけが欲しいのだ。存在そのものが邪魔なのだ。

 そして、そうと決めた時、人はとても静かになる。心に動揺がなくなり、とても平静になって気持ちが落ち着くのだ。あとはただ実行するだけ。今のホウサンオーは、そういった気分である。

「あくまで抵抗なさると?」
「みなまで言わせるな。ワシが酔狂でこんなことをしていると思うか? 本気なんじゃよ」

 本気。

 その言葉をきっかけに、ラナーは盾と剣を突き出し、こう宣言する!!


「今、剣義は我にあり!! 逆賊ホウサンオー、剣聖シャイン・ド・ラナーが天に代わってここで成敗する!!」


 白と黒、互いに相交わらず。これは天が決めた必然であった。

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