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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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四十九話 「RD事変 其の四十八 『コノの旅③』」

†††

「鳥蔵、行けにゃ」
「承知」
 ルイセ・コノの命令に応じて鳥蔵が飛び出す。

 外は宇宙。されどまるで空を飛ぶ鳥の如く。翼を広げて赤龍に向かっていく。赤龍は鳥蔵には興味がないのか無視。それを確認した鳥蔵は、赤龍の背後に回り込み片翼を突き出す。

「拙者を無視とは舐めてくれる」
 気合いの一声とともに鳥蔵の翼が伸びる。

 実際に伸びたわけではない。ホウサンオーが使った剣硬気と原理は同じ。自らの戦気を刃に変えたのだ。武人が扱う戦気とは若干性質が異なるが、大鳥族は戦闘種族として造られたので似たような戦いが可能である。

 八百メートルほど伸びた刃翼は赤龍の後頭部に直撃。そのまま鱗を破壊し、内部に侵入。串刺しにする。鳥蔵はさらに追撃。貫通して赤龍の顔面から出てきた刃に力を込めて振り抜くと、刃翼は恐るべき切れ味をもって赤龍を真っ二つに切り裂いた。

「まだ終わらぬ」
 鳥蔵は、さらにとどめとばかりに刃翼を動かす。

 縦に横に何十回も切り裂き、半分に割った赤龍を細切れにしていく。それはまるで魚の解体のように手際の良い攻撃。一瞬で赤龍はバラバラとなった。

「うみゅ、さすが鳥蔵にゃ」
 ルイセ・コノも鳥蔵の活躍にご満悦である。

 正直、鳥蔵の実力はそこらの武人を超えるものである。単純な戦闘力だけならばバーンに匹敵するだろう。そもそも彼らが地上に住んでいた時代は、今の人間よりも遙かに強靱な種族がごろごろいたのだ。そんな中で戦っていたのだから強くて当然である。

 が、鳥ゆえの弱点がある。

「お嬢、翼が燃えたでござる!」
 鳥蔵はびっくりして翼を引っ込めるが、時すでに遅し。翼の先端から半分くらいが黒こげになっていた。

 真っ赤に燃えている赤龍を斬ったので、当然ながら炎が燃え移る。しかも大鳥族の翼は油分を含んでいるのでよく燃える。そんなことは当人は承知のはず。しかし忘れてはならない。彼は鳥である。

「ゲラゲラゲラ、やっぱり鳥頭にゃ!」
 ルイセ・コノは大笑いである。何度も同じことを繰り返す鳥が愉快でたまらない。

 鳥蔵はオブラートに包んで言えば、ちょっと記憶力に問題がある。強いことは強いが完全に力押しでしか物事を考えないので、頭を使った戦いはできない。物忘れも酷く、こうして自分の特性すら忘れるほどだ。

 ゆえに、もしバーンと戦うことになれば太刀打ちはできないだろう。人間は常に知能を使って強くなってきた種族である。特にホウサンオーとは相性が悪いに違いない。

「はぅぅー、手羽先の匂いですぅ。美味しそうですぅ」
 若干香ばしい匂いが宇宙を駆け巡った。ワン美も反応。

 鳥蔵の弱点は火である。天敵である種族も火をまとう相手だったので、赤龍との相性は相当悪い。ルイセ・コノもそれを知っていてわざとけしかけたのであるが。

「拙者の翼がぁ・・・」
「ナイス焼き鳥にゃ。尊い犠牲だった・・・と言いたいところだけど、やっぱり駄目そうにゃ」
 ルイセ・コノが赤龍に視線を戻すと、細切れにされた赤龍が復活を遂げていた。何事もなかったかのように元に戻っている。

「むっ、前より再生が早いでござるな」
 鳥蔵も再生のことは知っていた。これまでの階層でも同じような現象が起こっていたからだ。しかし、今回はあまりに早すぎた。

「次元が上がっているからにゃ。よりダイレクトに反映しているにゃ」
 ルイセ・コノは、その理由を知っていた。

 これはこの世界特有の現象である。アナイスメルの中だけの話ではない。デジョン・シアターを含む、あらゆる意識領域で起こるものである。

 すべての現象は【法則】によって制御されている。地上で活動できるのも身体があり、重力があるからだ。それ以前に精神や霊魂というものがあるから考えて活動することができる。

 肉体、精神、霊魂、それぞれの次元に法則が用意されており、すべては法則の範囲内で事象が発生する。いわば人間とは複数の次元に同時に存在するため、常に何十もの法則の中に身を置いていることになる。

 ただし、こうして複数の法則が存在する場合、【主体となる次元の法則が優先】されるようになっている。当たり前であるが、地上では地上の環境条件が優先される。どんなに意思の力が強くても肉体が弱ければ戦えないように、最優先されるのは地上の法則である。

 武人が精神力を具現化させるためにも肉体的要素が必要になる。そのために戦気を操る武人の因子の覚醒が必要となるわけである。こうして物的環境の土壌ができれば、よりいっそう精神力の次元の法則が顕現しやすい、というわけである。

 これに沿って考えると、現在は意識の空間にいる以上、精神的及び霊的な法則が優先されることになる。すでに肉体はないので、地上のように斬られたからといって二度とくっつかないわけではない。

「鳥蔵。何度も言っているけど、元に戻す意識を持つにゃ。ここでは火傷なんて無意味にゃ」
「うむむ、苦手でござるが・・・ふん!」
 ルイセ・コノが指示し、鳥蔵は意識を集中。元通りの身体をイメージすると火傷が瞬時に治る。

 霊体はそもそも不滅の素材で出来ている。このアナイスメルに住む彼らも、多少質は異なるが霊体を所有している。そしてこの霊体は、エネルギーがあればいくらでも再生可能である。もちろん無制限ではない。

 【意思の強さ】に応じて。

 意思によって事象が発生するのである。ここが重要である。もっと適切な言葉でいえば、生命体にそなわっている基本的能力である【創造力】を使うのである。

 よい見本がある。ちょうど復活した赤龍が再び火球を吐き出したので、その対処方法をルイセ・コノが示すだろう。

「この可愛いコノちゃんを狙うとは愚かにゃ」
 ルイセ・コノが手をかざすと、前面に巨大な水瓶が生まれる。水瓶は美しい装飾が施された骨董品のようなデザインである。

 水瓶から出たのは水の大激流。真言術の水刃砲に似ているが、水の量と勢いが桁違いである。まさに河川そのものと呼べるほどの水が大洪水となって火球を飲み込み、一瞬にして蒸発させてしまう。

「コノ様、さすがですぅ! わんわおーーーん!」
 ワン美がルイセ・コノを遠吠えで称賛。車両ですら吹き飛ばす火球を一瞬で消したのだから、たしかにすごいことである。

「このまま消火してやるにゃ」
 ルイセ・コノは再度水瓶から水を放射。水は意思を持ったように赤龍を捕捉。消防車のように激しい水圧で赤龍を圧していく。

 これは何が起こっているのか。

 見た目においては術の戦闘に近いものに見える。そう、実際にこれは術式による戦いなのである。宇宙のすべては【情報】によって管理されている。生命力も言ってしまえば情報の集合体なのである。ただ、その情報量が実質上無限なので人間には理解できないにすぎない。

 術者は、現象の裏側にある情報を読み取り、操作することで望んだ現象を引き起こす。これは法則を改変するのではない。法則は不可変であり不易ふえきである。あくまで法則の範囲内で、法則に従って起こすのである。

 ルイセ・コノがやっていることも同じことである。この領域内にある法則を解析して、自身が望む現象を書き込んでいるのである。ここまでは術者と同じである。しかしながら、一つだけ異なる点がある。

 彼女は今、新しい術を【創造】しているのである。

 こんな水瓶の術など地上では存在しない。術式は地上の法則の環境条件に支配されるので、こんな術式を使おうとすれば非常に大変な作業が必要になる。それこそオロクカカが戦気で刺繍をするように、ふた手間はかかりそうな労力が必要となる。

 だが、ここは意識の領域である。ルイセ・コノは霊体の目で法則を読んでいるので、地上よりも遙かに細かく、はっきりと読み取ることができる。そして意識が即座に顕現する世界においては、イメージがそのまま現象として実体化するのである。

 しかもである。これを【感覚的】にできる。地上のように、わざわざ術式を書き込むという手順が必要ないのである。もちろん、高度な術式を発動させるには完全なる理解が必要だが、小さな光を出したり、何もない空間に絵を描くことくらいは凡人でも(慣れれば)簡単にできる。

「鳥蔵。これを使うにゃ」
 ルイセ・コノは、鳥蔵の腕に強化装甲を創り出す。

「かたじけない!」
 鳥蔵は再び刃を放出し、赤龍を貫く。取り付けられた銀色の装甲は、まさに銀の翼。赤龍の炎を受け付けず、今度は火傷を負わない。

 意識の世界である以上、常にイメージによって現象と結果が左右されることになる。当然、イメージには良いものと悪いものが存在するので、悪いイメージが悪い結果を及ぼすことになる。それがさきほどの火傷である。

 悪いイメージを抱けば幻に囚われる。幻の炎だとしても、それが幻だと思わなければ実際に熱く感じる。過去のトラウマがあれば、人間はまったく違う環境下においても同じ痛みを受ける。それほどイメージの力は強いのである。

 だからルイセ・コノは、鳥蔵の劣等感を排除する術式を生み出したのである。火に対する恐怖心を払拭するとともに、実際に火という情報に対する無力化の術式を付与している。

 言ってしまえば、火を構成する情報に割り込んで、即座に書き換える【ウィルス】である。

 これは法則に反しているわけではない。一つの決められたエンジン内でスクリプトを創造することに似ている。書き手の知識や式の組み合わせによって効果はそれぞれだが、まったく異なった現象を引き起こすことが可能となるのである。

 鳥蔵は再び赤龍を細切れにする。前回と違うのは、ルイセ・コノによって新しいプログラムが加えられたこと。バラバラになった赤龍が復元しようとすると、各所でノイズのようなものが走る。

 それでも強引にくっついた赤龍であるが、一部欠損が見られた。腕と胴体の一部が水に置き換えられている。水が火に干渉して煙が上がり、赤龍は違和感に襲われて身悶えている。

「ケケケ、お前なんて青くしてやるにゃ。自分の存在意義に悩んでハゲるがいいにゃ」
 ルイセ・コノが新しい術式を展開。置き換えられた水が膨張して赤龍を浸食していく。

 赤龍は火球を吐き出そうとするも、口から出るのはなぜか水ばかり。その光景に赤龍はパニック状態。もともと神経過敏状態だった彼は、宇宙空間で自分のいる場所や方向を完全に見失う。

「出ましたぁ! コノ様のニリツハイハーンですぅ!」
 ワン美は、ルイセ・コノの必殺技に涙を流して感動する。

 ワン美の言った言葉は、漢字にすると二律背反にりつはいはんである。ルイセ・コノが使う術式の多くは、相手の属性に対して相反する属性をぶつけ、(精神的に)苦しめるものが多い。

 今までの階層守護者との戦いにおいても、軟体生物に骨格を与え、進化の方向性に対して迷いを抱かせる。目がなく嗅覚だけが発達した生物に対して、鋭い視覚と神経を与えて、カルチャーショックを与える等々、非情ではないがどこか引っかかる戦い方を好んでいる。

 しかし、その効果はてきめん。存在に対して疑問を抱いた彼らは自己崩壊を起こして消えていく。自分が自分であることを見失うことは、意識の世界において致命的な事象となりうる。自己否定は、そのまま現実となるのであるから。

 現在の赤龍も、自分が火を司る存在であるのに、なぜか青龍のように水を出しているので、何がなんだか理解できない状況に苦しんでいる。

 人間の感覚でいえば、今までやってきたことが逆の結果をもたらしていることにショックを受けている状態である。正しいと思ってきたことが、実は神への反逆であったことを知り、どうしていいのかわからない状態。そんな感覚である。

 そんな瞬間にこそ、隙が生まれる。

 ショックで呆然としている時にこそ、空白が生まれる。生命体は自己を保存するために、本能的に隙間を埋めようとする。それが正しいか間違っていようが自分を満たすものを求めるのだ。そこに相手の本質とは違うものをねじ込む。

 ルイセ・コノは、赤龍の記憶領域に侵入。彼が得ているデータ、彼を構成しているデータを「バラバラ」にする。これは簡単にいえば、完璧にフォルダ分けされていたデータを、無秩序に散乱されている状態にすることに近い。どこに何があるのかわからなくなれば、混乱はさらに増していく。

 赤龍のパニックはさらに激しくなり、激しく暴れまわりながらも、自己を見失って活動を停止していく箇所が増えていく。それを見て、ルイセ・コノは不敵な笑みを浮かべた。

「このルイセ・コノ様にダイバー戦を挑むなんて、まったくもって馬鹿者ですにゃ」
 ルイセ・コノは絶対の自信をもって龍と対峙。少なくとも、この領域において『たかが龍神』程度に遅れを取るつもりはなかった。

 これが【ダイバー戦闘〈超高速意識下情報戦闘〉】。

 〈深き者〉と呼ばれる彼らの戦いは、単純に相手を滅するというものではない。いかに互いの精神力を削るか、集中力を欠如させるか、迷いを抱かせるかにかかっている。

 もちろん、単純に攻撃して相手のエネルギーを消耗させることも悪くない。霊体が簡単に修復できないほどダメージを与えて、相手を昏睡状態にすれば勝ちである。その間に隔離してしまえばよいのだ。

「お嬢、まだ動くでござるよ!」
 鳥蔵は赤龍を切り刻みながらも、まだしぶとく動く赤龍を忌々しく見つめる。倒せそうで倒せない、あのジレンマである。

 そして赤龍は最後の力を振り絞ってルイセ・コノに向かってきた。その姿を見て鳥蔵は思う。

「なるほど。これがお嬢の言う【愚か】ということでござるか」
 結末は鳥でもわかる。それがわかっていながらやるのだから、やはり愚かなのだろう。

 赤龍がルイセ・コノを飲み込もうと大きく口を開く。ルイセ・コノは抵抗しない。そのまま飲まれる。猿吉を飲み込んだ時のように内部で情報を吸収しようとしているのだ。龍神は体験を吸収することで成長する。ルイセ・コノを喰らって進化しようとしているのだろう。

 がしかし、飲み込んだ相手が悪い。悪すぎる。直後、赤龍の動きが完全に止まり、震えるように振動していく。その後、激しく膨張。まるで風船を膨らましたように、ふっくらと膨れ上がっていく。

 三本の角が伸びたり縮んだり、びっくり箱のピエロのように目玉も飛び出す。身体もバルーンアートのようにねじ曲がる。それらの光景はグロテスクではなく、どことなく愉快。遊び心が垣間見える。

 爆発。

 赤龍は木っ端微塵に爆発し、存在を消滅させる。その中から出てきたのは当然、あの猫娘である。

「お嬢、無事でござるか」
「当たり前にゃ。誰だと思っているにゃ。あー、ばっちぃ」
 ルイセ・コノは手で服をパンパンとはたく。赤龍の粉末がかかったようで気持ち悪かったらしい。

「さっさと戻るとするにゃ」
 それから結びつけておいたロープを辿って、無事列車に帰還する。

 列車はダメージを受けた影響か、あまり速度は出ておらず、簡単に追いつくことができた。なるべく列車と離れないように戦っていたことも大きい。それだけルイセ・コノには余裕があった戦いであった。

「コノ様、お帰りなさいですぅ!」
「うむ、犬らしくて良い反応にゃ。バリッ」
「耳がー!」
 ルイセ・コノは出迎えたワン美の耳を引っ掻く。当然、理由はない。

「あーあ、流れ星さんたち、行っちゃいましたぁ」
 ワン美が外を見ると、流れ龍たちは何事もなかったかのように移動を再開。再び彗星となって流れていく。

「なんだか、呆気ないですぅ」
 仲間意識が強いワン美からすれば、とても淡泊で薄情な光景にも見えた。龍神たちに情はないのかと口を尖らす。

「あいつらは物の考え方が違うのにゃ。ここの世界において重要視されるのは進化。ただそれだけにゃ」
 ルイセ・コノは、薄情だと思うワン美の感情も理解しつつ霊的生命の生き方を説く。

 霊という存在は基本的に不滅である。不滅なる存在にとって死は恐怖の対象ではないし、悲しみの対象でもない。たとえば、人間が死なないと理解すれば、地上での人生観は大きく変化する。地上で富を蓄えるより、進化を目指そうとするだろう。

 個性という面で考えれば、たしかに人間のような感情を抱くこともなくはない。がしかし、何千万、何億と生き続け、けっして死なない存在だと理解すると、そうした感情も希薄になっていく。別れても次がある。つまりは常に前向きになっていく、ということである。

「ぶー、それってやっぱり薄情ですぅ」
「お前がそう思うのも進化した結果なのにゃ。前なら何も感じなかったはずにゃ」

 もしワン美が、犬よりもさらに劣る生命体だったら? 微生物や植物のように、生理的反応だけで生きている段階であったら、そもそも薄情などとは思わない。そう考えると、それもまた進化なのだ。

「ん? お嬢、その光っているのは?」
 鳥蔵は、ルイセ・コノが何か光るものを持っていることに気がつく。それは光の玉のように見えた。

「ああ、これはあの赤龍にゃ」
「えー、これがですかぁ? 本当ですかぁ?」
「疑うでないにゃ!! がぶー!」
「耳がちぎれるーーー」
 疑う者には制裁である。

 ルイセ・コノは赤龍を分解した。情報を解析して、その逆のプログラムを組んだのだ。それによって【外装】は排除されて、本体であるデータだけが残った。それを球体にして保存したのである。

 巨大な龍神も、こうなればただの素材にすぎない。霊とは生命体にとっての道具でもあるのだ。すべてが霊によって創造されたならば、霊はすべての素材の源であるといえるからだ。

「ん? なんにゃ? ムズムズするにゃ」
 ルイセ・コノは手に違和感を感じる。持っていた球体が動いているのだ。

「きもっ、にゃ!!」
 その感触が気色悪かったので、ルイセ・コノは球体を列車の床に投げつける。

 球体は音も立てずに、ぐしゃっと潰れた。しかし、それでも動き続け、少しずつ形を変えていく。伸びて。増えて。もっさりしていく。さらに枝分かれしていき腕が生えて、足が生えて、顔が生えた。

 そして、これが生まれた。

「ウキーーー!」
「あっ、猿吉さんですぅ」
 生まれたのは、赤龍に食べられたはずの猿吉であった。

「あー、そういえば忘れていたにゃ」
「拙者もでござるな」
 誰からも存在を忘れられていたが、どうやら無事だったらしい。誰も驚かないし、誰も祝福していない帰還であった。

 ただ、変わった点もある。

「猿吉さん、こんなに赤かったですかぁ? それに、ちょっと逆立っているようなぁ」
 ワン美が猿吉の異変に気がつく。

 猿吉の体毛の色が赤く変化し、毛も逆立っている。その姿はパンクロックのドラマーのごとく。見事に逆立った体毛によって、まったく違う印象を受ける。

「うーん、再構築した際に猿吉のデータが混ざったみたいにゃ」
 球体に圧縮する時、特に意識はしていなかったが猿吉のデータをベースに再構築したようだ。簡単に言えば、猿吉と赤龍が合体したのである。

「そんなことができるでござるか?」
「できなくはないけど稀な例にゃ」
 ルイセ・コノにしても珍しい事例である。

 星を生み出す時、星創神は自身の霊を分けて生命を生み出す。霊という素材にデータを植え付けたり、コピーしたりして増やしていくのである。素材が同じ以上、こうして再び合体することは不思議ではない。霊とは、もともと融合する性質を持っているのである。

 しかし、これは親和力の法則によって引き起こされるものである。何でもかんでも融合するわけではない。基本的に種族ごとの霊は分かれており、人間は人間、猿は猿でしか交わらない。

 とはいえ何事にも例外がある。かつて人間と自然霊が交わったように、異種間で交配・融合することも十分あるのである。あくまで稀な事例として、であるが。

「じゃあ、猿吉さんは半分龍神なんですかぁ?」 
「うーん、わからんにゃ。調べてもいいけど・・・触りたくないしにゃ」
 ルイセ・コノは、ワン美の素朴な疑問を解消することを拒否。猿には触りたくないらしい。

「どうしても調べたいなら、お前がやるにゃ。この手をあの尻穴に突っ込むニャ!」
「うわわん!? それだけは嫌ですぅううううう!」

〈惑星ヘダンテに到着します〉

「おっと、そろそろ到着にゃ。まったく面倒続きでしたにゃ」
「はぅう、危なかったですぅ。乙女としての存在意義を失うところでしたですぅ」

 ひと騒動あったものの、列車は無事目的地に到着。着いた先は惑星ヘダンテ。百二十五階層の宇宙に浮かぶ星の一つである。宇宙から見ると強い青、群青色の星で、空から列車で見下ろすと海が大半の星のようである。

 列車は、そのまましばらく空を飛んで大陸を移動。体感で数十分程度すると小さな駅が見えてきた。片田舎にありそうな、素っ気ないがどことなく味わいのある、おんぼろの駅である。ただ、小さいとはいっても列車そのものが大きいので、人間社会からすれば大きな駅になるのかもしれない。

 列車は駅に到着すると停止。ルイセ・コノは、さきほどの騒動で開きにくくなったドアを蹴飛ばしながら、ようやくにして駅構内に出た。構内は木造で、至って普通。特に店もないので、ただ通り過ぎるだけである。

 同時に車掌も出てきて列車の損傷箇所を確認しているようである。彼の仕事はナビゲート。支障がないか調べているのだろう。こうして列車が大きく壊れたことは初めてであるが、素材さえ手に入れば修復は難しくないと思われた。

 駅の入り口まで歩いていくと少しだけ外が見える。空からは強い光が降り注ぎ、水の大地が見事なまでに反射して輝いている。その大地はまるで鏡のように綺麗で、何より透き通っている。

 ルイセ・コノが外に出ると、びちゃっと水たまりを踏んだような音が響く。この星はこれが普通で乾いた大地というものがなく、すべてが水に覆われている星であることがうかがえた。ただ、水位自体はまさに水たまり程度なので、海に出なければ心配することはないだろう。

「わぅん、苦手ですぅ」
 ワン美は靴が濡れるのが嫌なようで、あからさまに不快な表情を浮かべる。

 ちなみに彼女の足にも手と同じく肉球が存在する。走力は犬並みにあるものの、足は退化しているので足裏はあまり強くはない。人間のように専用の靴を履いて暮らしている。結局、靴を脱いで素足で歩くことにしたらしく、腰に脱いだ靴を巻き付けていた。

「どうやらここは『通常空間』のようでござるな」
 鳥蔵は、周囲を確認しながら創造活動を行ってみるが、実体化しなかった。

「そうみたいにゃ」
 ルイセ・コノも試しにシャベルを生み出してみたが、実体化するまでに多少の時間がかかった。できないわけではないが、時間がかかるのである。

 これはアナイスメルでよくあることであるが、星ごとに環境意識レベルが異なっていることがある。知識や感覚といった意味では変わらないのであるが、物質の創造に大きな影響を及ぼすことがある。

 この星は、階層全体(宇宙)の状況と比べて比較的物質性が高いようである。鳥蔵は人間と比べて創造力が乏しいので、彼程度の力では簡単に物質化はできないようだ。ルイセ・コノのように慣れている人間でも難しいことを考えると、アナイスメル下層部に近いレベルであると思われる。

 星それぞれに主導権があるので、いくら宇宙であれだけ自由であったとしても、いざ星に降りれば星のやり方に従わねばならない。ここではそれがルールなのだ。

 その結果として、身体も多少重く感じていた。これは星に降り立つ際に霊体の調整が行われるからである。列車がすぐに降りないのは、そこに適応する時間を作るためであると思われる。星の大気の成分を使って霊体の外装をこしらえるのである。

 霊体は霊体であっても、どちらかというとダブルに近い鈍重さを宿している。それでも地上の人間からすれば、空気のように軽い身体であることには変わりないのだが。

 ちなみに実体化したシャベルはこう使う。

「くらうにゃー!」
「きゃぉおおーーん! 泥がー」
 ルイセ・コノが、水が跳ねないように忍び足で歩いていたワン美に、後ろからシャベルで土ごと水をぶっかける。この行動に特に理由はない。

「はぅぅ、汚れたですぅ・・・。あー、落ちないー。冷たいー」
 物質性が高い世界ゆえに、自分の意念だけでは簡単に汚れが直せないらしい。星の水を使って洗っているが、それでも簡単に落ちない。

「ウキー」
「あっ、猿吉さんのところ温かいですぅ」
 どうやら赤龍と合体した猿吉は体温が高いらしく、水に触れると温度が上がっていくようだ。寒いときにカイロに使えなくはないが、密着すると猿臭いので誰も使わないだろう。

 駅を出ると、周囲には何もない地平線が広がっていた。空は青く、美しい雲が広がっている。鏡のような水に覆われた大地は、その空を反射して世界全体が水色と群青に輝いている。ただただ青く、澄みきった世界がそこにある。

「ふーん、なかなか悪くないにゃ」
 ルイセ・コノは、この星に漂う【雰囲気】を感じ取る。

 意識の世界においては、見るもの感じるもの、すべての情報が物事の性質を表している。特に色は重要な要素で、どの色味が強いかで何を優先しているかがわかるのだ。

 この星の色は青。しかも、どことなく知的な雰囲気を強く醸し出している。ルイセ・コノはそうした雰囲気を感じ、それなりに自分好みだと感じていた。知識や情報を得意とする彼女にとっては過ごしやすい空間に感じられる。

「鳥蔵、探査にゃ」
「承知」
 鳥蔵は、周囲の情報を取得するために空に舞い上がる。

 大鳥族は翼を羽ばたかせるのではなく、翼の後ろ側に噴射孔が存在し、肺に取り込んだ空気を吐き出すことでジェット機のように移動する。あの大きな体の大半は肺であり、飛ぶ勢いはかなりのものである。

 まずは情報の収集である。この星の状況、生態系を調べる必要がある。それによって今後の方針が決まるのだ。何よりも情報が命。それはどこに行っても変わらないことである。

「コノ様、何してるんですぅ?」
 ワン美は、ルイセ・コノが何かの作業をしていることに気がつく。

「ここは物質性が強いから道具を作っているにゃ」
 鳥蔵が偵察に行っている間、ルイセ・コノにはやるべきことがあった。

 ルイセ・コノ自身は術者ではない。ダイバー戦においては術者以上に事象を操作できるが、生身の状態では術式を書き出すことができない。ここは物質性の強い場所のようなので、彼女の戦闘力は相当落ちることになる。

 その代わり、彼女は機械を使って能力を補填している。ダイバーの意識の加速を利用して、さまざまなサポート道具を開発するのである。

「これを持っておくにゃ」
 ルイセ・コノは、ワン美に小型の補聴器のようなものを手渡す。

「これ何ですか?」
「通信補助機にゃ。ここだと伝達速度が遅くなるから、付けておけにゃ」
 ルイセ・コノは、空を飛んでいる鳥蔵を観測しながら、距離による意念の伝達速度の変化を計測していた。

 一般的にサイキック能力には限界がある。能力によっては時間や距離を無視するものもあるが、意念の伝達にはやはり距離は重要な要素である。より詳しい情報を知るためには近づく必要があるのだ。

 これは電波にも似ている。障害物がなければ長い距離でも通信ができるが、電波を妨害するものがあれば途絶してしまう。この星の大気状況だと、すでに何十キロも離れている鳥蔵をギリギリ感知できる状況である。これ以上離れると途絶するだろう。

 この通信機は、それを補助するためのもの。特殊な波長を出すことで位置を特定できる。言ってしまえばGPSのようなものである。場所が特定できれば集中がしやすく、より遠くまで伝達が可能となる仕組みである。

「感激ですぅ! コノ様からのプレゼントですぅ!」
 ワン美は耳に通信機をつける。通信機は彼女の耳の形に合わせてあり、付けたことを忘れるくらい軽い。

「一応、猿吉もですにゃ」
「キキー」
 猿吉も嬉しそうに寄ってくる。

「お前はこれですにゃ。ばちん」
「ウギィイイイ!」
 ルイセ・コノは猿吉の尻尾にホッチキスで通信機を固定する。通信機というより、観測する動物につける発信器扱いである。

「あとは武器を作るにゃ」
 その後鳥蔵が戻ってくるまで、ルイセ・コノは武器を作っていた。

 彼女が地上でも使っている装備を参考にして、腕につける特殊アームパーツを作る。これは腕力の弱い彼女でも、工業用MG程度の力を出せるようになる装備である。さらに銃やソードも装備されており武器にもなる。

 これ以外にも、水上を跳ねることができる靴を作ってみたり、小型の酸素ボンベを用意してみる。こうしたものは意念で生み出すのであるが、星の大気の成分と自身のエネルギー、それに神の粒子を合成して生み出す。

 これも武人の戦気を生み出す作業に若干似ている。もともと霊には物質を操作する能力がそなわっている。意念を集中させると、本能的に周囲の成分を使って創造活動を行うことができる。素材はこの世界に無限に存在するエネルギーである。

 ただ、星によって状況は異なる。場所によっては摂取ができない場所もあるかもしれない。この酸素ボンベの形をしているのは、霊体が傷ついた際にエネルギーを補充するための補給アイテムでもあるのだ。列車内にいる間に補充しておいたエネルギーを、酸素ボンベとして出力しているのである。

「やっぱりコノ様はすごいですぅ」
「こんなの普通にゃ」
「普通じゃないですよぅ」
 ワン美は、ルイセ・コノの創造活動を食い入るように見つめる。何度見ても不思議な光景である。

 ルイセ・コノは簡単に作っているように見えるが、当然ながら簡単にできることではない。まずはその星の大気の情報を読み取る能力が必要なのである。星に適応できる物質を算出して、どう化合するかによって結果は異なるからだ。実際はルイセ・コノも試行錯誤しながら作っているのである。

 それに加えて、彼女は数多くの設計図を持っている。かつて生み出したものをデータとしてオーラ内部に保存しているのである。それを参照しながら、さまざまなところで手に入れた素材、大気の成分だけではなく旅をしながら実際にエーテル質の素材を適当に集めて、こうした時にまとめて使っているのである。

 こうした原理は、どこの場所にいても同じである。地上では地上の振動数の物質が存在する。一方、意識の世界でも同じ振動数で作られた物質が存在している。両者ともに、やはり物質なのである。その精妙さが違うだけで素材であることには違いない。何かを生み出すには、そうした素材を使えば楽である。

「鳥蔵が帰ってきたにゃ」
 一通り作り終えた頃、ルイセ・コノは鳥蔵の帰還を感じ取る。かなり遠くまで行ってきたようで、一時間くらいかかったように感じられた。

 鳥蔵が着陸態勢に入ったのを見て、ルイセ・コノは間合いを取る。なぜこうしたのかといえば、大鳥族には着地するための機能がついていないので、必ず胴体着陸しなければならないからである。

 偵察を終えた鳥蔵は、まるで事故のように転がりながら着地する。この場所は地面に水があるので、盛大に水を巻き上げながら。

「はわぁ、また濡れたですぅ」
 その水は見事にワン美を濡らす。せっかく汚れが取れたと思ったら再度災難。しかもどちらも人災である。

(完璧に欠陥機能にゃ)
 ルイセ・コノは、進化について矛盾を感じる時があった。

 明らかにもっと違うやり方があっただろう、と言いたくなるような進化の仕方をする種族がいる。地上の動植物を見ていても、鳥蔵のように明らかな欠陥を持った種がけっこういる。なぜそれを選択したのか実に疑問である。

「お嬢、頼むでござる」
「うにゃっ」
 ルイセ・コノは鳥蔵の頭に触れると、今見てきた映像データを取得。情報はオーラに格納されているので読み取ることができる。

 ルイセ・コノは白い紙を創造し、今見た映像データから地形を転写。列車に乗って空から見た星の様子と、今回の情報を合わせて大雑把な星の地図を描いていった。そこで一つ気がついたことがある。

「島はあるけど建物がないにゃ」
 島と呼べる突起物はいくつも存在するが、人間が造るような人工物が見当たらない。

 鳥蔵の視界データを探ると、鳥類のような生物と接触した形跡があるものの、そこまで知能が高い存在ではないようだ。島の拡大データを参照しても、動物らしき存在はいるが、それ以上の知的生命体は確認できなかった。

「誰も住んでいないんですかぁ?」
「まだわからないにゃ。基本的に惑星には支配種がいるはずにゃ」
 ルイセ・コノが言うには、活動中の惑星ならば支配を任命された種が存在しているという。

 惑星は進化のために存在する。星という霊が進化するために、さまざまな動植物を生み出し、その体験を取得していくのである。その中で必ずもっとも進化した支配種が存在し、全体を管理する役目を負っているのである。

 ルイセ・コノの星でいえば、それが人間種である。人間といっても、物的体験を経て成長する存在を指すので、他の惑星になれば形態が変わっていても問題ない。惑星の環境に応じて媒体も変化するのである。

「列車が止まったということは、ここには必ず手がかりがあるはずにゃ」
 ルイセ・コノは、ポケットからコンパスのようなものを取り出す。

 コンパスの大きさは直径十センチ程度。時計回りにさまざまな生物が彫り込まれており、ぱっと見ると高価な懐中時計のようである。

 これは【ケイオス・トロス〈混沌と進化の羅針盤〉】と呼ばれる賢人の遺産の一つで、ザンビエルからルイセ・コノに手渡されたお助けグッズの一つである。羅針盤は彼女を目的地にまで導いてくれる、文字通りコンパスである。

「反応しているにゃ。次の階層への門がここにあるのにゃ」
 羅針盤が光を帯びて輝いている。彼女が目指す道がこの惑星にある証拠であった。
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