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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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四十六話 「RD事変 其の四十五 『加速と収束の戦場③』」

 †††

「相手は少数! 我らの力を見せてやれ!」
 アレクシートが配下の騎士に気合いを入れる。彼が率いるのは第二騎士団の精鋭およそ二十。他の騎士が乗っているのは魔人機カミューである。カミューはロイゼンが開発した新型MGで、シルバーナイトの援護を想定して造られた高スペックの機体である。
 性能はシルバーナイトに準ずるものとされ、数も少ないため優秀な騎士に対して与えられる。武装は剣と盾。戦士タイプの武人はスパイクナックル、またはメイスを装備している。

「アレク、もう少し連携したほうがいい」
 サンタナキアは、先行する第二騎士団が突出しすぎることを危惧。後ろにサンタナキア率いる第三騎士団の精鋭が続いているが、気合いが入りすぎているようにも見える。第三騎士団も第二騎士団と同様に、カミューに乗る神聖騎士を二十人ほど引き連れていた。

「何を臆する。やつらなど所詮、あの程度のものであろう」
 アレクシートは、さきほど倒したバイパーネッドを引き合いに出す。たしかに強かったがアレクシートの敵ではなかった。残りの相手もたいしたことはない。そう考えている。

「最大限の注意を払ったほうがいい。まだ何が起きるかわからない」
「心配性だな。それでは戦果が挙げられないぞ」
 この戦いには全世界の目が注がれている。しかもカーリス法王エルファトファネスが直々に見守っているのだ。これほど価値がある戦いはない。ロイゼン騎士団ここにあり、と世界中に見せつけるチャンスである。

「ジャラガン殿がブラックツーを引きつけている間に一気に叩くぞ! 他のルシア兵に手柄を取られるなよ!」
 シルバーグランが先頭に立って騎士を鼓舞。他の神聖騎士も気合いが入っていく。ロイゼンは積極的に他国との戦争を行う国ではないので、こうした戦いは久々。おのずとやる気も高まる。しかし、サンタナキアは不安を感じていた。

(あれは本気だったのだろうか?)
 さきほど戦ったバイパーネッドは、どことなくあっけなかった。サンタナキアが倒した時も、突然相手の気質が弱くなったように思えたのだ。あれが悪魔の本気とは考えにくい。ロイゼンが出てきたので、早々に作戦を切り替えた可能性も十分あった。となれば、この先に罠が仕掛けられている可能性もある。

(ラナー卿が戻るまでは無茶をしないようにしなければ)
 サンタナキアは気を引き締める。ロイゼンとしても戦争をやりに来たわけではない。この戦力は、あくまで法王と王子たち要人を守るためのものである。公海上の艦隊もすぐには来られない以上、できる限り用心したほうがいいだろう。

「敵機、確認!」
 第二騎士団が敵と遭遇。無人機のバイパーネッドとリビアルである。リビアルは砲撃を開始。

「あんなものに当たるなよ! 神聖騎士の恥になる!」
 アレクシートが叫ぶ。リビアルの大口径の砲撃は威力は高いが、狙いをつけるまでが緩慢である。射線を見切ってしまえば当たることはない。実際その通り、彼らはリビアルの砲撃を回避し、砲弾は遠くの建物を破壊するにとどまる。

「あれは街への被害が出る!」
 サンタナキアはリビアルの砲撃を危険と判断。対艦用の砲撃である。その気になれば街を破壊することも可能な武器なのだ。真っ先に潰すべき相手である。

「わかっている。すぐに仕留めればいい! いくぞ!」
 シルバーグランとカミュー数機が突撃。それと同時にリビアルが下がり、バイパーネッドが掃射しつつ弾幕を張る。

「そうそう貫通はしない! 無視して進め!」
 シルバーグランは、グレイブを振り回して銃弾を弾く。カミューたちは、シールドを構えて被弾を気にしない。ロイゼン騎士団の最大の持ち味は、シルバーナイトに代表される力と同じく【防御力】である。この程度の攻撃ではびくともしない。バイパーネッドは攻撃が効かないとみると後退。リビアルも緩慢な動きで間合いを取ろうとする。

「逃がすものか!」
 アレクシートは追撃。バイパーネッドに追いつくとグレイブを一閃。両肩のガトリングガンを破壊する。なおも逃げるバイパーネッドを両脇のカミューが追撃。両側から剣で貫き、串刺しにする。そこにシルバーグランがとどめの一撃を見舞い、バイパーネッドを破壊。

「気をつけて! 自爆する!」
 サンタナキアは警告。敵の機体には自爆装置が付いている。カミューは剣を離し、盾を構えてバックステップ。直後、バイパーネッドは自爆。周囲に散弾を撒き散らす。散弾はシールドに当たり、散弾がめり込む。シルバーグランもガード。その強固な装甲が傷つくも大きなダメージはない。

「これくらいは問題ない。被弾したカミューは下がってシールドを取り替えろ。第二陣、前へ!」
 アレクシートはまったく怯まない。どんどん前に出る。これが突撃部隊が主力の第二騎士団の特徴である。もともと高い防御力を生かして、ひたすら前に出るのが彼らの役目であった。だからこそ、彼らは〈聖女の剣〉と呼ばれるのである。

「あれは足を潰せば、ただのデカブツにすぎんぞ!」
 その勢いのまま、第二騎士団はリビアルを追撃。今度はメイスを持ったカミューが取り囲み、足を攻撃して破壊。そうなればリビアルは崩れるしかなく、あとは一斉に攻撃して仕留めるだけである。囲まれたリビアルは大破。自爆。巨大な爆発が起こるも、シルバーグランが自ら盾となり防御。火炎は無効化される。

(相変わらず無茶な戦いをする。怪我をしなければいいが)
 サンタナキアは、ひやひやしながらアレクシートの戦いを見守っていた。シルバーグランは優秀な機体である。炎だけではなく、火薬を含めた爆炎まで防いでしまう能力を持っている。それはアレクシートが炎の気質を持っているからである。彼の炎気と機体との相性はすこぶる良かった。アレクシートは、その力を使って烈火の如く戦うことを好む。
 だからこそ心配になるのだ。いくら防御力が高くても、それを超える力はいくらでも存在する。特にこの戦場においては、そうした能力を持った武人が相当数いる。アレクシートは強いが、どこまで通用するかは未知数なのだ。

 そのサンタナキアの気持ちをあざ笑うかのように、禍津蜘蛛の罠はすでに彼らに仕掛けられていた。突如、第二騎士団のカミュー数機が消えた。

「何事だ!?」
 アレクシートが異変に気がついたのは、カミューが持っていた剣と盾が空から落ちてきたからであった。急いで上を見上げると、空中には頭を下にして宙吊りになっているカミューがもがいていた。しかし、もがけばもがくほど、何かに絡め取られていくように動けなくなる。

(何も見えぬ)
 アレクシートには何も見えなかった。敵の攻撃であろうことは明白だが、それが何かわからない。用心しようとグレイブを強く握った瞬間、今度はシルバーグランが引っ張られた。グレイブが何か強い力で宙に引っ張られていく。

「なんだこれは! 離せ!」
 アレクシートは持ち前の膂力で引っ張り返す。ゴムに似た弾力を感じながら引き合いになる。だが、力を入れれば入れるほど弾力が増していくようで、シルバーグランはその場から動けないでいた。

「馬鹿な。私の力と互角に引き合うとは!」
 アレクシートは拮抗する状況に驚く。ゼッカーのバイパーネッドすら弾く、自己の膂力には自信があったのだ。その力をもってしても、なかなか状況が打破できないことに驚く。

「アレク!! さっきの散弾だ!」
 サンタナキアのシルバーフォーシルが巨大な剣を豪快に振るう。そこから発せられた剣衝は、シルバーグランの前方を大きく切り裂いた。それと同時に引っ張る力が消え、力を入れていたシルバーグランは反動で後方に倒れ、尻餅をつく。

「散弾が何だ!?」
「糸がついている!! あそこだ!」
 シルバーフォーシルは、続けて近くにあるビルの屋上に向かって剣衝を放つ。剣気の刃は屋上を破壊。直後、そこから跳躍する者がいた。這い出てきたのは一匹の蜘蛛、オロクカカのヘビ・ラテである。

「どうやらあれが糸のようなものを操っているみたいだ」
 サンタナキアは、ヘビ・ラテから糸が伸びているのがわかった。それらはさきほどの無人機にもつながっており、そこから細いいくつもの糸が放出されている。たどっていくと、シルバーグランの装甲に行き着く。さきほどの散弾に糸がついていたのである。カミューを釣り上げたのも、その糸であった。

「サキア、見えるのか? 私には見えないぞ」
「見える? 視える・・・のか?」
 サンタナキアも、はっきり見えるわけではない。だが、意識の糸のようなものがあるのはわかった。それは見るというよりは、やはり視る。それがなぜできるのかはわからない。

「私の糸が見えるとは予想外でしたよ」
 その声は頭上から聴こえた。ヘビ・ラテは、ビルとビルの間に糸を張り、まさに蜘蛛のごとく空中に張り付いていた。そして、釣り上げたカミューをさらに糸で強く巻いていく。見えない糸なので、アレクシートたちからすれば奇妙な光景である。ただ、それより奇妙なのは何よりもヘビ・ラテである。

「なんという異形なMGだ! 驚く前に呆れるぞ」
 アレクシートは、あまりの奇抜なMGに声を上げる。明らかに通常の機体とは違う。コンセプトそのものが違う。嗜好が違いすぎる。それは仕方がない。これはタオが造ったものなのだ。凡人とは発想が一線を画する。

「この美しさがわからぬとは、やはりあなたがたは愚かだ」
「何が愚かだ! さっさと排除してくれる!」
「それが愚かなのですよ。まったくもって立場を理解していない」

 ヘビ・ラテが糸を引く。ギリギリと限界を超えて巻かれた糸は、カミューを簡単にバラバラにした。乗っている神聖騎士も、当然ながら同じくバラバラである。機体と肉片の残骸が地面に落ちていく。

「弱い。脆い。これが実力の差です」
 ヘビ・ラテの下半身から糸が放射。カミューをさらに三機捕まえる。カミューは再び釣り上げられ身動きが取れなくなる。この糸は透明で肉眼では見ることができない。しかもオロクカカの戦気によって気配を消しているため、武人であっても見切ることは容易ではない。

「その愚かさを悔いなさい」
 そして、この糸は強靭。普通のMG程度ならば簡単に切断できる威力がある。その証拠にカミューは、なす術もなく再び細切れになって落ちていく。ロイゼン騎士団など、オロクカカとヘビ・ラテにとっては獲物にすぎない。蜘蛛の前にひれ伏す羽虫に等しい。

「よくも私の配下の騎士を!!」
 アレクシートは激高。シルバーグランが突撃しようとした時、シルバーフォーシルが間に入った。シルバーグランは慌てて立ち止まる。

「サキア、なぜ止める!」
「相手を見て! 行ったらグランでも危なかった!」
 オロクカカはすでに罠を張っていた。いつの間にかシルバーグランの眼前にワイヤーを張り巡らせ、飛び込んでくるのを待っていたのだ。もし突っ込んでいたら首が飛んでいただろう。
 戦気の防御は意識して使わねば局所的には脆くなる。ガガーランドのように常時全身を覆っていれば別であるが、それこそ常人には難しい。ヘビ・ラテの糸は見ての通り、カミューすら一瞬でバラバラにする力がある。シルバーグランとて無防備な状態でくらえば危険であった。

「やれやれ、また邪魔をしてくれましたね。私はスマートでないのが嫌いなのですよ。あなたがた程度、簡単に始末してみせねば美しくない」
 オロクカカにとっても今回の戦いは特別である。なにせラーバーンの初陣。悪魔であるゼッカー自らが関与する作戦である。下位バーンの彼にとって、主の前で忠誠を見せるチャンスなのである。

「降りてこい! 斬り伏せてくれる!」
「まったく、救いようがない。ならば教えてあげましょう」
 オロクカカは、アレクシートに蔑むような視線を向ける。いや、実際に蔑んでいる。目の前の愚かな者を見下している。

「万一にも勝てると思っていることが最大の愚。あなたはお呼びではないのですよ、生まれだけの三流騎士殿」
 ヘビ・ラテの糸が次々とカミューを捕縛。糸は少しずつ強まり、カミューの装甲をじわじわ破壊していく。いたぶるように、ゆっくりと締まっていく。カミューに乗る騎士たちはもがく。が、もがけばもがくほど絡まっていくのが糸である。

「さあ、法王とやらに祈ってごらんなさい。あなたがたには女神の加護があるのでしょう?」
「この不浄人ふじょうびとが! お前などに何がわかるか!」
 カミューの神聖騎士は、異形なる存在にその言葉を吐く。穢れた人間、欲深き人間を指し、カーリスの浄化が必要とされる者に対して使われる言葉である。近年では蔑称として使われることも少ないが、敬虔なカーリス教徒の中ではまだ生き残っている言葉であった。それだけ彼らがカーリスの中枢に近いことを意味している。

「無知で傲慢なあなたがたの言葉など、聞くにも耐えませんね。死になさい」
「ぎゃあああ!」
 全身の骨が折れたように、カミューの身体が異様な角度に曲がる。神聖騎士の一人が圧死。

「あ、アレクシート様ぁああ!」
 断末魔を上げながら、次々とアレクシートの部下が殺されていく。ロイゼンの精鋭が死んでいく。下位とてオロクカカはバーン。人を焼く者。その強さは常軌を逸していた。

「やはり【お坊ちゃん】ですね。彼らは無駄死に。無能な指揮官である、あなたが殺したも同じです」
「貴様ぁあああああ!」
 シルバーグランから戦気が燃え上がる。怒りで全身が震えて、銀色の機体が赤く見えるほどだ。

「アレク、挑発だ! 落ち着いて!」
「これ以上、我慢できるか!」
 シルバーグランは、サンタナキアの制止を振り切って突撃。宙にいたヘビ・ラテにグレイブを投げつける。ヘビ・ラテは意にも介さず、糸でグレイブを絡め取る。

「自らの制御もできませんか。愚かですね」
 オロクカカは、アレクシートの傷を知っていた。マレンたちによって主要人物のデータはあらかじめ取得してある。彼が家柄に負い目を感じていることも知っている。オロクカカも、けっして侮ってはいない。優れた武人ほど、いかなる相手にも油断しないものだからだ。

「武器を捨てたのは短気でしたね。どうやって戦うおつもりですか?」
 シルバーグランの武装はグレイブのみ。通常、特機タイプは技が使えるので戦闘力が高いが、武装が限定されることが多い。ブルースカルドのように多数の武器を内蔵するほうが珍しいのだ。グレイブを離してしまうことは自殺行為に思えた。

 だが、アレクシートは動じない。

「私を愚かだと言ったお前こそが愚かだ。神聖騎士は死など恐れない! このすべてはカーリスの守護のためにある!」
 突如、グレイブが炎をまとって高速回転。まるで意思を持ったように動き回り、周囲に炎気の刃を撒き散らしてヘビ・ラテの糸を切断していく。さらに炎は燃え広がり、糸全体が炎に包まれていく。

(糸は見えない。戦糸ではないようですね)
 オロクカカが見ても周囲に糸は見あたらない。探知に優れた彼の目ならば、視界に入ったものは隠されていても発見可能である。それがないということは、糸のようなものではないと思われる。

(この感覚。磁力ですか)
 オロクカカは違和感を探知。ヘビ・ラテのセンサーにも特殊な磁場が観測されていた。機械類に障害を与えるようなものではない。あくまで無線に近いような感覚であった。

「戻れ。わが剣!」
 グレイブは周囲を焼き尽くすと、ブーメランのようにシルバーグランの手に戻ってくる。オロクカカの見立て通り、シルバーグランのグレイブは強い磁力を使って遠隔操作が可能になっている。本来は回転させて投げつけ、相手を切り刻むように使う。さらにこうして炎気をまとわせれば、剣王技、炎王回斬えんおうかいざんねんという技になる。

「アレクシート様!」
「恐れるな! 我らにはカーリスの加護があるぞ!」
 アレクシートは、糸に巻かれた騎士たちを救出する。半数程度の死傷者が出てしまったが、まだ負けたわけではない。シルバーグランが健在であるため神聖騎士たちの士気も落ちていない。アレクシートが言うように神聖騎士は死を怖れない。むしろ死が迫るからこそ信仰が燃えるように輝くのだ。

「まったく、やってくれましたね」
 糸が炎に包まれたおかげで、ヘビ・ラテがいた【巣】が鮮明に映し出される。ビルとビルの間には、糸によって見事な蜘蛛の巣が形成されていた。しかもオロクカカのこだわりはそれだけではない。巣には見事な十字架が描かれており、所々には薔薇の刺繍すら見える。これはすべて自らの糸で編んだものであった。
 ちなみにオロクカカの趣味は刺繍である。手先の器用さと芸術性の高さからラーバーンの女性陣には人気があり、休みの日は淡々と趣味に没頭している。これが案外、ストレス発散にもなるという。

「無駄なところで手間をかける。信じられんやつだ」
 アレクシートは、またもや驚く以前に呆れる。趣味ならばいざ知らず、戦闘中にここまで凝る必要性を感じないからだ。

「この美は、あなたがたには理解できません。本物の信仰を持たぬ者にはね」
「テロリストが信仰する神など、いつの時代も邪神であろうに」
「それこそ無知。カーリスこそ人間が生み出した偶像の産物ですよ。真なる女神を愚弄する愚か者です」
「貴様と信仰を論じるつもりはない。敵は斬り伏せるのみ!!」

 アレクシートはグレイブを構える。カーリスは世界最大の宗教であるが、そうであるがゆえに他者と軋轢もある。アレクシートは、すでにそうした言い争いを超越し、カーリスを守ることだけに集中している。オロクカカもまた神聖騎士を見下している。この両者の間に議論など最初から発生しない。

 あるのはただ一つ。
 どちらが先に消えるか。それだけのことである。

(思った以上の腕前。力も強いですが、特にあの炎は面倒です)
 オロクカカはアレクシートの実力を評価。シルバーグランの性能もあるが、何事も搭乗者の力量が重要である。腕力も桁外れに強く、オロクカカが散弾に仕掛けた糸で引っ張っても対抗できる。何より炎気の質が高いので、炎の耐性が低い糸ではやや不利と判断する。

(さすがはロイゼンの騎士団長。ならば少し手を変えますか)
 ヘビ・ラテが触手を動かすと、それに連動して糸が動く。糸が引っ張ってきたのはバイパーネッドが三体。ビルに張った糸で宙吊りになっているので、まるで空を飛んでいるように向かってきた。

「怯むな! ただの人形だ!」
 アレクシートが迎撃。残ったカミューを引き連れて前に出る。バイパーネッドは、宙からガトリングガンで攻撃。シルガーグランが先頭に立って防御しつつ、周囲のカミューが拳衝を飛ばして応戦。見えずとも糸に当たれば切ることはできると考える。だが、糸は強靭で簡単には切れない。サンタナキアだからこそ切れたのであって、他の神聖騎士の実力では難しかった。

「ならば私が切る!」
「アレク、ほかにもある! 横だ!」
 しかし、サンタナキアは別の糸の動きを視認。この糸は、迎撃に動き出したシルバーグランの真横につながっている。その糸に引っ張られて一機のMGが飛んできた。そのMG、ユニサンが乗るドラグニア・バーンは、シルバーグランを強襲。

「なに!?」
 不意を突かれたシルバーグランは、ドラグニア・バーンの体当たりをまともに受ける。同時にドラグニア・バーンはシルバーグランの腕を掴んで拘束。

「ユニサン、その相手の処刑は任せます」
「承知した!」
 ドラグニア・バーンは糸の力を使って高く跳躍。ビルをいくつか超えて違うエリアに連れていく。

「アレク!」
 サンタナキアはシルバーグランを追おうとするが、すでに視界から消えている。そのうえヘビ・ラテは糸を何本も噴出して周囲一帯を覆ってしまった。オロクカカの戦糸結界である。糸には粘着性があり、簡単に突破することはできない。

「そう急ぐことはありません。どうせ死ぬのです。行くところは同じですよ」
 サンタナキア率いる第三騎士団の背後から、新手が出現。ロキN5、N9が乗るガヴァルである。ガヴァルは第三騎士団のカミューに攻撃を開始。突然の背後からの攻撃に第三騎士団は対応が後手に回り、動きが止まる。

(最初から仕組んでいたのか)
 サンタナキアは、相手がすでに待ちかまえていたことを知った。ヘビ・ラテの性能を見てもわかるように、オロクカカの本領は待ち伏せによって発揮される。戦糸術による結界を生み出し、相手を引きずり込む。そうなればあとは自由に料理できるのである。それを打開できるであろう炎気を持つアレクシートを最初に排除するのは自然なことであった。

「さあ、あなたがたには全滅してもらいますよ」


 †††


 その頃、ヘインシーたちは目的の場所に近づいていた。アミカやロイゼン騎士団の戦いによって相手の目が逸れ、無事何事もなく北側のエリアに到達する。
 塔の北側は、アピュラトリスの出入り口が南側にあることもあり、さほど警備は厳しくないエリアである。地下の軍事ドックエリアを越えた先には、アピュラトリス関係企業の施設と大きな自然公園が存在する。その自然公園にチェイミー操るブリキ伍式が到着。

「こんな場所もあるデスね」
 チェイミーは、ダマスカスの首都にこれだけ多くの自然があることに驚いていた。自然公園はかなり大きく、機械化された都市の中にあって異様な雰囲気を醸し出している。まるで場違いにも感じるほどに。

「どのような進化を遂げても人間には自然が必要です。大気汚染対策も考えねばなりません」
 ヘインシーは自然の必要性を説明。ダマスカスの首都は、それなりに環境にも気を遣っている。人間が潤沢な物資を得ると、次に求めるのが豊かな環境である。その中には自然が含まれており、機械によって汚染される都市を浄化する役割が与えられる。ただ、残念ながらそれも道具としての存在であって、畏敬の念は感じられなかった。

「ンー、見られてマスね」
 チェイミーは、周囲からわずかな視線を感じる。おそらくどこかの密偵が付けてきているのだろう。チェイミーが優れた忍者とはいえ、MGで移動しているのでどうしても揺らぎは生まれる。さすがに重量はどうにもできず、踏んだ土には跡が残る。それも誤魔化しながら最低限にしているのだが、限界はあった。

「仕方ありません。アミカさんを出した段階で覚悟はしていました」
 もともと首都では各国の密偵がはびこっている。そこにテロが起きれば警戒は強まる。そのうえダマスカスが光学迷彩を研究していることは、アミカによってすでに証明されてしまっていた。他国密偵が光学迷彩ありきで監視を強めるのは承知の上である。

「迷彩を維持したまま、そのまま先に進んでください。私がいればロックは自動で解除されます」
「わかりまシタ!」
 チェイミーはヘインシーに指示されるままに、天霧衣を展開したまま先に進む。この光学迷彩は試作品で不安定なところもあり、長時間の使用は難しい。それでもないよりはましである。

 自然公園は思ったより広大で、首都の一区画を占めるほどである。その中には動物もおり、できるだけ自由な環境で暮らせるように配慮されていた。中にはゾウやワニのようなものもいる。そうしたいくつかの立ち入り禁止エリアを抜けて進むと、自然の中に一つ、大きな人工的な建造物があった。

「ここに来るのも久しぶりです」
 ヘインシーは、懐かしそうに建造物を見る。建造物は殺風景な真四角の構造で、特に窓らしい窓も存在しない。ヘインシー曰く「管理室」と呼ばれる場所で、ここで自然公園の管理を行っているようだ。ここは主に水質や循環などの管理で、動物の管理などは敷地内の別の施設で行っているという。

「MG、降りるデスか?」
「いえ、そのままで大丈夫です。あちらのゲートから入ってください」
 建造物には人間用の扉のほかに、車両用のゲートが存在している。MGにも対応しているので、そのまま通ることが可能である。ゲートのロックを解除して建造物の中を進むと、地下に降りるためのリフトが用意されていた。リフトは大きく、MGのまま入ることができそうだ。

「ここは接触回線ですので、アームを出してください」
 ここのロックは今までのものより数段階上のセキュリティが施されている。ブリキ伍式がアームを出し、接触回線を使ってヘインシーがロックを解除。電子脳の波長が解除キーになっているので、彼以外にはこのロックは開けられない。仮に破壊して侵入しようとした場合、緊急ロックがかかるようになっており、全システムが強制ダウンするようになっていた。

「では、行きましょう」
「地下に入るデスか?」
「はい。私の家は地下にあるのです」
 チェイミーが疑問に思ったのも当然。私邸と聞いていたので、世間一般の普通の邸宅を想像していたからである。里育ちのチェイミーにしても自然公園の段階で完全に予想を裏切られている。

「日当たりがワルそうですネ」
「そうですね。地下ですから太陽は当たりません」
 この金髪巨乳女が最初に思ったのがそれ。洗濯物を乾かすのが大変だろうなー、である。だが、ヘインシーもさすがヘインシー。彼女の問いに対して、ごくごく事実だけを述べる。ここにアミカがいたら、きっとツッコんでいたことだろう。

 かなりの長い距離をリフトで降りると、今度はさらに長い直線通路が広がっていた。その内部は機械的で無機質。アピュラトリス内部の雰囲気に若干似ていた。素材も同じ特殊合金で造られているので強度も高そうだ。

「少しロックが続きますが、ご辛抱ください。ここまで来れば光学迷彩は切って大丈夫です」
 その後、およそ五十ものロックを解除してたどり着いた場所は、【濃緑の園】であった。直線の最後に大きな空間があり、地上の自然公園のように緑が広がっている。それは草原といったレベルではなく、亜熱帯の密林のごとく濃い緑に包まれていた。さまざまな種類の植物が存在し、動物や虫の姿も少しは見受けられる。

「消毒液のニオイ?」
 チェイミーは鼻をつく匂いを感知。忍者である彼女は普通の人間よりも五感が鋭い。まだかなり遠い距離であるが、濃厚な緑の香りを突き破るように漂ってきた匂いをキャッチ。ただ、強い刺激というよりは、甘みが混じった独特の香りである。どこか芳香剤に近い人工的な印象を受けた。

「チェイミーさんは鼻が良いのですね。たしかにこの先には病院のような施設があります。ただ、用があるのは別の施設です」
 ヘインシーたちは濃緑の園を進んでいく。少しずつ緑は減っていき、広い平坦な敷地が広がっていた。そこには施設もいくつか見えるが、今までの機械的なものというよりは、もっと幻想的な世界であった。それを形容するためにチェイミーはこの表現を選ぶ。

「ヨーチエンみたいデス」
 そう、幼稚園。あちこちの壁に描かれた虹や幻想的な風景は、幼稚園の部屋の中を思い出させる。絵本の世界が広がるような、そんな幻想的な世界であった。そしてもう一つ。彼女が幼稚園と形容したのは、草原に十数人の子供を見つけたからである。子供たちは草原で遊んでいたが、ブリキ伍式を見つけると珍しそうに観察していた。

「ここで降ろしてください。チェイミーさんもどうぞ」
 ヘインシーとチェイミーはMGを降りる。二人が降りると同時に子供たちが駆け寄ってきた。

「あー、ヘインシーだ」
「ヘインシーだ」
 子供たちはヘインシーに群がり、遠慮なくしがみついたり髪の毛を引っ張って情愛を示してくる。ヘインシーはされるがままにされている。

「何これ?」
「変なのがいる」
 次はチェイミーに視線が移る。今まで見たことのない存在が目の前にいる。忍者である。金髪巨乳忍者である。完全に偽物感が漂っているが忍者である。子供たちはヘインシーの時と同じく、チェイミーに群がる。

「オー、元気ですネ!!」
 チェイミーは子供を見て目を輝かせる。エルダー・パワーの里にも子供が大勢いる。その大半は孤児であるが、そこでは誰もが家族として暮らしているのだ。赤ん坊もいれば若い衆も年寄りもいる、まさに一つの里なのである。チェイミーも鬼ごっこをして子供たちとよく遊んでいた。

「何かやってー」
「面白いことしてー」
 子供たちがチェイミーに無茶ぶりをする。面白いことをしろ、実に迷惑な発言である。言った当人が面白いことをしてもらいたいものである。

「ンー、じゃあ!!」
 が、サービス精神旺盛なチェイミーは分身を披露。十人に分かれたチェイミーが子供たちの背中に触ると、びっくりして子供たちは大騒ぎである。

「すげー!」
「すごーい!」
 男の子も女の子も大喜びである。こうした技は滅多に見られるものではない。しかも十人に分身し、そこに実際の気配を加えるのは相当に難しい技である。分け身自体に実体はないが、戦気の質を濃くすることで少しだけならば感触を与えることができる。これもまた高等技術であった。

「みなさん、それくらいにしておきなさい。私たちは聖堂に用事があるのですから」
 ヘインシーが子供たちを諭す。ここに来た目的は子供たちと戯れることではない。もっと重要なことがある。

「セイドウ?」
「あそこです」
 チェイミーが首を傾げると、ヘインシーが敷地内の一点を指さす。そこは白塗りの聖堂が存在した。

「みなさんは家に戻っていてください。学ぶべきことはたくさんあるはずですよ」
「はーい」
 子供たちはヘインシーの言葉に頷くと、ぞろぞろと家に向かって歩いていった。彼らの向かう先からは消毒液の匂いを強く感じる。おそらくヘインシーが言っていた病院のような施設に向かうのだろう。

「アノ子らはダレですか? 孤児ですか?」
 チェイミーは素朴な疑問を発する。さきほどはすっかり遊んでしまったが、ここに子供がいるなど不自然である。しかもこのような厳重なロックがかけられた空間で、まるで閉じこめられているかのように生活していることは異常だ。ダマスカスの人権圧力団体に知られれば、子供の虐待だと武装集団が押しかけそうな状況である。

 しかし、ヘインシーはそれに対し、もっとも温和な答えを返す。

「あれは私の子供たちです」
「オー、お盛んデスねー!」
 まさかの発言に対して、チェイミーのこの感想である。たしかにあれだけ多くの子供を作るのは大変である。

(でも、歳はミンナ同じくらい。不思議デス)
 子供たちの年齢は、みな十歳前後。ヘインシーの外見は若いので、もし彼の子供だとすればかなり昔の出来事となる。仮にお盛んだとしても、女性は複数人いなければ難しいだろう。

「では、行きましょう」
 一方のヘインシーは、その話題に対して興味がないのか、さっさと聖堂に向かって歩いていた。チェイミーもそれに続く。聖堂まではそう距離がないので、すぐに入り口にまでたどり着いた。そこにはさらに厳重なロックがあるようで、ヘインシーは波長の他にいくつか物理的な解除を試みていた。
 チェイミーは、警戒がてらに周囲を観察。すでに危険なものはなく密偵の姿もない。当然、ロックは解除されたあと再びロックされるので、各国の密偵も自然公園から奥には入れないでいる。少なくとも外よりは安全であるように思われた。

「わたし、どうしマスか? マッテますか?」
 彼女の役目は、ここに連れてくるまでの護衛である。いざ着いてしまえばやることがなかった。機密もあるだろうし、この先は入らないほうがよいのかもしれない。

「ああ、そうですね。ここにいれば敵は来ないと思いますが・・・」
 ヘインシーはしばし逡巡。この施設はダマスカス国内でもトップクラスの機密事項。大統領でさえ必要がなければ知らないでいるような場所である。チェイミーのような余所者がいること自体、異例なのだ。

「もう隠す必要もありません。せっかくです。中までどうぞ」
 この場所の存在は他国にも知られてしまった。この作戦の後には破棄されるかもしれない。それと万一のための護衛の意味を込めて帯同を許すことにした。

「ワーイ、見マス!!」
 実はさりげなく興味があったチェイミーが、一瞬でヘインシーの場所にまで移動する。その勢いにヘインシーは若干引きながら、彼女がそわそわしている間にロックを解除。ゆっくりと機械仕掛けの扉が開く。
 聖堂の内部は装飾品もなく質素。灯りも薄暗かったが、ステンドグラスから入り込む光がキラキラ輝き、神聖さを醸し出していた。これだけ見ればカーリスの聖堂と言われても疑わないだろう。

「アレ、何デスカ?」
 チェイミーは聖堂の中に並べられたものに気がつく。ケーブルの付いた二メートル大の長箱のようなものが一六個、左右に置かれていた。箱には複雑な装飾が施されており、どことなく気品がある。

「あれは、こことアピュラトリスを繋ぐ装置の一つ。名称は特にありませんが・・・強いて言えばひつぎでしょうか」
 ヘインシーは特に感情を見せず、それが何であるかと端的に答える。その表現として適切だったのが【棺】という言葉であった。

「カンオケ? ヒトが入っているデスか?」
「厳密に言えばヒトではありません。が、ヒトであったもの、でしょうか」
 ヘインシーが棺桶の扉を少し開ける。そこに人の姿はなく、石版のようなものがはめ込まれていた。石版は装置に組み込まれており、棺の隣にある機械が人間の心電図のように波動を計測している。

「かつて電池だった人間の波長をコピーした媒体。これによって、ここはアピュラトリスと疑似的につながっているのです」
 ユウト・カナサキやエリス・フォードラのような人間は、アナイスメルに干渉するために必要な装置である。彼らの持つ波長が石版と反応することで、アナイスメルとアピュラトリスは連動することができるのだ。なぜ彼らの波長だけが適合するのか理由はいまだわかっていないが、ダマスカスはそのデータを保存していた。彼らが在任中にデータを収集し、ここにある石版にコピーするのである。

「へー、スゴイです! そんなコトができるデスねー」
 チェイミーは何もわかっていないが、とりあえずそう答える。ひとまず男の話はヨイショしておけ。これが副業の忍者バーで学んだ万能の叡智である。

「普通はできません。それをやるには特殊な技術が必要なのです。これもあまり公にはできませんが」
 この施設が秘匿されてきたのは、単にアピュラトリスに関わるものだから、というだけではない。これらの技術には公にできない禁忌のものが含まれている。なぜ、羽尾火がアピュラトリス最上階で驚いたのか。愚かであると言ったのか。その理由がこの施設にもある。

(それぞれ電池の波長は異なる。それでもアナイスメルは受け付ける。共通点はいまだわからないか)
 ヘインシーは電池の謎に思いを馳せる。電池となった人間の波長は、実際はかなり異なる部分がある。そうでありながらアナイスメルは受け入れる。そこがまだわからないでいる。ただ、波長の違いによってアナイスメルの能力に変化が起きていることは、今までの探査によってわかっていた。

(電池の質によって、アナイスメルの覚醒する領域が異なるのだろうか)
 ヘインシーが立てた仮説がこれである。事実上、アナイスメルの能力は、99パーセント以上眠っている。現在使っているのは、そのわずか1パーセントにも満たない領域である。となれば、電池の質によっては新しい能力が目覚める可能性がある。それゆえに電池の重要性も高まっていく。これがアナイスメルが人間を欲している、という理由である。あの存在は、封じられた自己を解放したがっているのかもしれない。ヘインシーはそう思っていた。

「時間があまりありません。この先です」
 ヘインシーは話もそこそこに先に進む。この状況では電池の心配をすることも無意味。まずは取り戻さねば、電池の意味も失われるだろう。
 聖堂は思ったより大きくさまざまな部屋があるようであるが、目指すは一番奥の部屋。通路を進むごとに空間が広くなっていき、最奥の間は百メートル四方の巨大な部屋が存在した。その入り口には、アピュラトリスの最上階にあったような【門】が設置されていた。

「申し訳ありませんが、ここから先は私一人で入ります。その間の警備をお願いいたします」
「わかりマシター!」
 ヘインシーは門の前に立つ。門の中心部の宝珠から光が放射され、同時にヘインシーの胸が光る。【鍵】が反応したのである。それによって入室が許される。これもアピュラトリスの最上階と同じシステムであった。

「もし二時間以内に私が戻ってこない場合、ここを破棄してください。これを聖堂の扉にあった装置にはめれば自動的に破棄されます」
 ヘインシーは、自身の胸にあったペンダントをチェイミーに渡す。その鍵は、青く光る不思議な輝きの宝石であった。

「キレイです! キラキラ、高く売れマス!」
 いきなり売ることを考えるとは恐ろしい発想である。しかし、チェイミーでなくても、これが高価なものであることはわかった。普通のものではないのは間違いない。

「事の次第によっては不要になるかもしれません。そのときは差し上げますよ」
「ヤクソク! 指切りしまショ! 嘘ついたら、ハリセンボン飲ませマス!」
 ハリセンボンとは、実際の魚のハリセンボンそのものであるようだ。けっして反故にさせまいとする気迫が伝わって、ヘインシーは思わず一歩下がる。あくまで不要になればの話だ。そこを忘れずにいてもらいたいものである。

「子供たちは、どうしマス?」
「彼らは見た目以上に賢い。いざというときは自力でなんとかしますよ。一応大人もいますから。では、また会えることを祈って」
「気をつけてイッてらっしゃい!!」

 チェイミーは天井に張り付いて特別サービスのお見送り。それに軽く手を振ってヘインシーは門をくぐり、この聖堂の心臓部に入っていく。部屋には丸十字の紋様と、それが何百も合わさって生まれた複雑な術式が編まれている。それらはただ一点、部屋の中央にあるダイブ室に伸びていた。
 ダイブ室は【十字架の形】をしていた。両手を伸ばして入ると、人間がすっぽりと入ってしまう大きさである。どことなくMGのコックピットを連想してしまうが、そもそもの起源はこちらが先である。意識がさらなる次元を目指す時、人は十字架に入らねばならないのである。

 ヘインシーが服を脱いで全裸で十字架に入ると、装置が起動して麻酔がかけられる。次に有線の針が出現。身体の背中に七本の針が突き刺さった。続けて幽体の針も出現。普通の人間には視えないため何が起きているかわからないだろうが、これらの針も同じく背中に接続される。刺さった針はチャクラの場所に対応しており、ヘインシーの霊体を強制的に引き出す。麻酔は、身体の感覚をなくすための補助的な役割を果たす。

 術者ではないヘインシーは、こうした手段で幽体離脱を果たすのである。ただ、これから向かう先は、ただのダブルでは入れない領域である。より高度な媒体が必要となる。十字架の各部に取り付けられたジュエルが振動し、さらに彼のバイブレーションを人工的に引き上げていく。

(人間・・・か。不思議な生き物だ)
 ヘインシーは、揺らぐ物的意識の中で人間について考えていた。さきほどはチェイミーの底抜けの明るさに戸惑いつつも、人間というものを観察していた。そうしていつも思うのが、人間とは不思議な生き物であるということだ。

(地上の人間は、力を物質文明に使いすぎたのだろう)
 人は物質の中で生きることを定められている。その中で一定の自由が存在し、こうした技術を生み出したのも人間の自由意志である。しかしながら技術だけが発展した結果、人は自らの力の強さに苦しむことになる。
 本来は霊の道具であるはずの物質に、逆に支配されてしまったのだ。物質だけを求め、それだけに価値を見いだすがゆえに、真実の力と叡智を見失ってしまった。アピュラトリスそのものが、その証拠である。

(管理者。それもまた人が生み出したもの。人の気持ちを理解できないで当然か)
 人の技術は、ヘインシーという存在すら生み出した。塔とアナイスメルをつなぐ存在として造られた彼は、管理者として人間の文明を支配することができる。あくまで富を守る存在として。あくまで塔から出ることが許されない存在として。

 賢人の遺産。

 かつて発掘されたアナイスメルの遺産の中から、塔の管理者として必要な因子を持つ細胞が発見される。これはアナイスメルを生み出した者が用意したものと思われた。ヘインシーは人間であるが、受精時に遺伝子操作を受けてこの因子を引き継いだ人間である。こうした人間を強化人間ブーステッドヒューマンと呼んでいる。

 彼のような存在が、かつては何十人もいた。その中で因子の強い人間を複製することで、アピュラトリスは今のようなシステムを生み出すことに成功したのである。管理者、電池、石版、そしてマザー・モエラ。こうした要素によって、アナイスメルの演算領域を物的世界に顕現することができる。
 管理者としての因子が影響するのか、こうして生み出された人間には物的欲求がほとんどない。食欲も性欲もなく、ただ職務に忠実な人間が生まれる。かつての思想家が言ったような、公的機関に属するためだけに教育された人間、そのものであるかのように。

(だが、そんなものであるはずがない。これほどのものが、たったそれだけのものであるはずが!)
 ヘインシーにあるのは、ただ知的探究心。アナイスメルの謎に対して、まだまだ人間は知らないことが多い。多すぎる。それまでは半ば諦めに似た感情を抱いていたが、ゼッカーたちがアナイスメルに侵入を仕掛けた時、彼の中で何かが目覚めた。

(知りたい。その先にあるものを! その可能性を! 絶対にたどり着く!)
 今の彼にあるものは、もはや管理者としての責任ではない。ダマスカスのことなど気にしてもいない。ただ知りたいだけ。この先にある何かを知りたいだけ。

 彼の魂は燃えていた。その炎を翼にして肉体から離れる。ヘインシーには道が見えていた。

「さあ、今行きますよ!!」

 目指すは無限の世界。そこを駆けているルイセ・コノを目掛けて。

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