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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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四十五話 「RD事変 其の四十四 『加速と収束の戦場②』」

 †††

 獣界に属する神機の特徴は、そのスピードである。階級にかかわらず、ほぼすべての獣系の神機は速度に優れる傾向にある。仮に生身の人間が、広い場所で本気で逃げる犬や猫を捕まえようとするならば、獣の速さを嫌というほど思い知ることだろう。道具を使わずに捕まえることはまず不可能である。

 獣の中で最速はレッドウルフ〈赤き咆哮〉。神格は獣王に劣る獣であるが、長距離の移動速度にかけては右に出るものはなく、最大速度ならば四時間で世界を一周できるといわれている。
 一方、獣王であってもグレイズガーオにはそこまでの速度はない。長距離走ではまず勝てないだろう。しかし、それを補って余りあるほどに、この神機は【迅速】である。

 グレイズガーオが消える。本当に消えたのではない。あまりの速度にそう見えたのだ。次の瞬間には、ドラグ・オブ・ザ・バーンの背後に回っており、拳を一閃。ドラグ・オブ・ザ・バーンの巨体が押され、膝をつく。
 そしてまた消える。次の瞬間には、グレイズガーオはドラグ・オブ・ザ・バーンの眼前に出現していた。そして高速の回し蹴りを放つ。蹴りは頭部に直撃。そしてまた消えた瞬間には、這いつくばっている機体の正面に立っていた。

 グレイズガーオの速さとは、敏捷性にある。肉食獣は一瞬の速度で狩りを行う。この獣王も一瞬一瞬の速度が恐ろしいほど速い。

「うらららら!!」
 グレイズガーオの拳のラッシュ。おそらく常人では何も理解できない。武人であっても拳が何度入ったのか視認できる者はほぼいないだろう。一秒間でおそらく五十発以上。そのすべてが直撃する。
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは闘気を放出して防御。しかし、グレイズガーオの強さは速さだけではない。ジャラガンという乗り手が、そこに重さを加える。この五十発の拳すべてが一撃必殺の威力なのだ。

 爆音。炸裂。空気が裂け、破裂する音。ガガーランドの重闘気が破裂する音。一瞬で重複した結果、まるで一回の銅鑼どらの音のように聴こえる。ドラグ・オブ・ザ・バーンの装甲に神機の拳大の凹みが生まれていく。
 この最高の装甲を誇るドラグ・オブ・ザ・バーンが傷ついている。いや、破壊されているのだ。ドラム缶が強力な力で圧砕されていくように、少しずつ装甲を抉っていっている。

「予想はしていたが、硬いな。ならば」
 ジャラガンは戦気を圧縮。一段階引き上げる。それは闘気。ガガーランドはこの闘気を三つ重ねて重闘気にしているが、本来は戦気を闘気に変えるだけでもかなり大変である。それをたやすくやってのけるジャラガンも、同じように恐ろしい使い手である。がしかし、それだけではない。

「貴様相手ならば、これくらいはしないといかんな」
 闘気がさらに跳ね上がる。重闘気のように重ねるのではなく、気質そのものがさらに変化。闘気がさらに凝縮。硬質化。それが両腕の爪に宿る。

「獣王の力、とくと見よ」
 グレイズガーオが消えた。次の瞬間、ドラグ・オブ・ザ・バーンの背後に移動。ただ移動したのではない。

 直後、ドラグ・オブ・ザ・バーンの肩の装甲が、重闘気ごと大きく抉れた。

 すれ違いざまに爪で攻撃したのだ。しかも、爪にはごっそりと装甲がこびりついていた。引っ搔いたというレベルではない。まるでスプーンでバターをすくうように抉り取ったのである。今まで誰も傷つけることができなかった巨大な悪魔を、この獣王はたやすく破壊することができる。
 それも当然。この爪はアピュラトリスの特殊合金でさえ、簡単に抉ることができるほど強靱なのである。まるで豆腐を崩すかのごとく、獣王は大地を潜ってやってきたのだ。ドラグ・オブ・ザ・バーンの装甲を抉ることも、そう難しくはない。

 しかし、ただ爪が硬いだけでできる芸当ではなかった。問題はその気質である。

「剛気か」
 ガガーランドは肩の傷を確認し、爪に宿された気質が普通とは違うことを知る。剛気。その名の通り、剛胆なる気質。強靱なる力を秘めた攻撃的な戦気の一つである。闘気を凝縮して作るもので、その硬度は通常の戦気とは桁が違う。いくら重闘気でも、これは防げない。

 グレイズガーオはこれによって、どのような硬度の物質も簡単に抉ることができる。恐るべき俊敏さに加えて、すべてを抉る爪を持つ獣。それがグレイズガーオである。まさに獣王の名に相応しい力である。
 それ以上に搭乗者であるジャラガンが、あまりに突出していた。闘気を出すだけでも優れた武人の証明である。それを超える剛気を扱える武人は、世界でも数えるほどしかいない。

 ジャラガンの洗練された戦気術も見事。練気、集気、発気、どれを取っても超一流の腕前である。グレイズガーオの超速度の戦いにおいても、ジャラガンの気はいっさい乱れず、完全に調和している。グレイズガーオを完全に使いこなしているのだ。
 人界の神機に比べて獣界の神機の数は少ない。実際は相当数存在するのだが、それを扱える人間が少ないのである。まず手懐けるのが至難である。まさに人間が猛獣を慣らすのと同じで、少しでも油断すれば逆に食い殺されてしまう。

 子供の頃から飼っているライオンならばともかく、生粋の野生の獣である。自由を愛する孤高の獣である。そして獣王である。人界の神機のように志が同じというだけでは従わない。どちらか上か、はっきりと力を示す必要があるのだ。
 グレイズガーオを手懐けるために、ジャラガンは自らの肉体で彼と戦った。生身と神機の戦いである。まったくもって無謀。まさに命知らず。そんなものは馬鹿げていると思うだろう。だが、これがゼブラエスが免許皆伝の証として与えた最後の試練だったのだ。

 グレイズガーオはゼブラエスが自ら捕まえてきた神機で、【野良神機】と呼ばれる「はぐれ者」であった。神機は自ら意思を持って動くことがある。ある程度階級の高い神機となると、相棒がいなくても動けるのだ。また同時に、自らの相棒を求めてさまようことがある。神機とは、人間と一体となって初めて存在意義を示すからである。
 ただし、獣界や精霊界の神機は、機体そのものに強い意思が宿っていることが多く、場合によっては暴走することがある。各地に伝わる怪物や異形の存在の伝説は、こうした野良神機のことを指すこともある。しばらくすると活動を停止するものが多いので、そのまま伝承になるのである。

 グレイズガーオは、その中にあって長年暴れ続けていた危険な存在であった。誰にも屈せず、誰にも媚びない。その名の通り、不遜なる王であった。それゆえにゼブラエスが出向いて捕獲していたのである。それでも人に慣れることなく、威圧を続けていたという荒くれ者である。
 それをジャラガンが倒したのだ。当然、簡単なものではなかった。相手を屈服させるまで何度も打ち倒し、ようやく主人であることを認めさせたのだ。主が従者より弱いことはない。ジャラガンの実力は、まさにそれくらい高いのである。

「ルシアの番犬を務めるだけはあるようだな」
 爪で装甲を抉られても、ドラグ・オブ・ザ・バーンは平然と立ち上がる。こんなもので傷つくほどガガーランドは軟弱ではない。

「口の利き方に気をつけるのだな。これ以上、わが祖国を愚弄することは許さん」
「あいつに随分と挑発されたようだな。だからお前が出てきたのか」
「人の和は、そこまで弱くはないぞ。我らは揺るがぬ。お前たちを倒して遊びも終わりだ」

 ゼッカーは世界を挑発している。富の塔を人質に揺るがそうとしている。だが、ジャラガンは人間の結束を信じていた。この程度のことで世界は分かれたりしないと知っていた。

「あいつが何をしようとオレには興味がない。オレが欲するのは戦いだけだ!!」
 ガガーランドの闘気が膨れ上がる。それが何十にも重なり、巨大な重闘気が発生。闘気の津波が周囲一帯を吹き飛ばす。荒々しい力は、あらがうものすべてを呑み込み、破壊していく。

(なんという質量の闘気だ。これほどの闘気波動は見たことがない)
 周囲の大地が削られていく中、グレイズガーオは踏みとどまる。戦気の防御壁がなければ、獣王とて無事では済まない威力である。

「叩き潰す!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンの虎破。火焔砲弾を破壊した拳である。ガガーランドの力も相俟って、その一撃は天変地異に等しい。そのうえガガーランドの攻撃は速いのだ。移動する際は巨体ゆえに鈍いように思えるが、いざ攻撃になると速度は恐ろしく上がる。

(技の練度が高い)
 ジャラガンは、虎破の完成度が高いことを見抜く。修行マニアの彼は、技に関してもうるさいのだ。そのマニアが認めるほどに、文句のつけようもない完璧な虎破であった。

「だが、ただ戦いを望む野獣には、はっきりと力の差を教えてやろう!」
 グレイズガーオはよけない。よけようと思えば避けることはできるが、あえてしない。そしてグレイズガーオも同じく虎破を放つ。両者の虎破が激突。見た目からすれば、大人と子供の拳が衝突したような映像である。

 いつも人間は巨大な力に憧れる。巨人の拳は、あらゆるものを破壊する力の象徴だからだ。ドラグ・オブ・ザ・バーンの拳も同じ。人は大きいものに恋い焦がれ、それが圧倒的であることに心躍る。

「力とは大きさにあらず! その身に宿した信念! その固さで決まる!」
 ジャラガンの拳はガガーランドよりも小さい。物理的にも戦気の量も小さい。しかしながら、集められた力は何よりも固く、何よりも揺るがない。グレイズガーオの拳が【芯】を捉え、ドラグ・オブ・ザ・バーンの拳に突き刺さる。

 戦気が一本のせんになる。

 極限まで圧縮された戦気は、剛気となって打ち貫く力となって顕現。ガガーランドの重闘気を打ち破り、その拳を砕く。ドラグ・オブ・ザ・バーンは浮き上がり、その後に発生した衝撃波で吹っ飛ぶ。巨体が大地に叩きつけられ、特殊合金の地面を破壊しながら百メートルほど後退。

「ふぅうう! わが拳は剛気! 頑強! 不敗なり!」
 ジャラガンが練気。グレイズガーオ全体に剛気をまとう。あまりの波動に機体が浮くほどの強力な気。いかなる者も彼らを砕くことはできない。圧倒的な力が、今ここにある。

「足りぬ!! この程度では何も感じぬ!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは、その巨体に見合わず身軽な動作で後方に一回転して受け身。体勢を整えるとグレイズガーオに向かって駆ける。初めてドラグ・オブ・ザ・バーンが走った。その速度に誰もが目を見張ったことだろう。この巨大なMGが、ここまで速く動けるとは思わない。到達するまでおよそ二歩程度の速さであった。

「わが身はすでに剛気。誰にも傷つけられん!」
 剛気をまとったグレイズガーオは強固。普通の攻撃ではダメージを与えられない。仁王立ちして受ける構え。いかなる攻撃も防ぐ自信があるのだ。

「本当に不敗か試してやろう!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンの掌底。だがそれは攻撃のものではなく、グレイズガーオを掴まえるもの。巨大な手が獣王を捕らえ、思いきり投げつけた。その場所は、太陽の如く輝く塔。
 グレイズガーオはフィールドを展開しているアピュラトリスに激突。剛気とフィールドのエネルギーが衝突して、雷撃にも似た激しい爆発が起こる。

「お前にはそこがお似合いだ!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンの掌に戦気が集まり、巨大な丸い球体が生まれる。その掌をフィールドに捕まっているグレイズガーオに叩きつける。直後、戦気の大爆発が起こった。覇王技、裂火掌れっかしょう。戦気を圧縮して叩きつける攻撃技である。ガガーランドのものは、その威力が桁違い。違う技かと思えるほど強烈であった。

「小細工を!」
 さすがの獣王もダメージを受ける。しかし、激しい力の暴力に襲われながらも、グレイズガーオはフィールドから脱出。身体からは、体毛が焼けた臭いが漂う。これだけの大爆発でもサカトマーク・フィールドはまったく傷ついていない。最強の防御フィールドという謳い文句は伊達ではないようだ。

「今度はお前が味わうがよい!!」
 グレイズガーオはドラグ・オブ・ザ・バーンの足を掴まえて持ち上げる。二倍もある巨躯を、いともたやすく持ち上げる力は、やはり異端である。そのままジャイアントスイングのように振り回し、お返しとばかりにアピュラトリスへと投げつけた。ドラグ・オブ・ザ・バーンも激しいエネルギーの奔流に巻き込まれる。

「ぬるい! ぬるいな!! 何も感じぬぞ!」
 装甲が少しずつ焼けていくが、ガガーランドは何も感じない。痛みを感じない彼にとって、このようなものは何の意味もないのだ。だが、この映像を見ていた設計者のタオ・ファーランは涙を流していた。「障壁を使うんだな!」と叫んでいたことは内緒である。

「お前も来い!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンの肩が変形し、障壁発生装置が展開。ようやくタオの願いが叶った。そう思ったのも束の間、障壁はグレイズガーオを巻き込んで発生。そのまま収束させて獣王を自己の間合いにまで引きずり込む。「使い方が違う!」、タオがそう叫んだのも秘密である。

「砕けろ!」
「貴様がな!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンとグレイズガーオが、互いに拳の応酬。今度は両者の拳は拮抗する。ガガーランドは闘気をさらに圧縮して強化していた。それを何十にも重ねることで剛気と同じ威力にまで昇華。拳が衝突するたびに大地までもが揺れていく。

(この巨体でこの速度とは!)
 ドラグ・オブ・ザ・バーンの攻撃速度が上がっていく。少しずつ調子が上がってきている。今までは単なる準備運動にすぎなかったのである。拳の速度もグレイズガーオとほぼ同格にまで昇華。

「ならば、技はどうだ!」
 グレイズガーオは間合いを取り、両手に戦気を集める。そこから放たれたのは、戦気で作られた二対の牙。巨大な牙は上下左右から、十文字を描いてドラグ・オブ・ザ・バーンに襲いかかる。覇王技、虎王十字波という技である。

「この程度の技など効かぬぞ!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンは防御の戦気で防ぎきる。本来は攻撃技なので、くらった相手は十字に噛み砕かれるのだが、ドラグ・オブ・ザ・バーンの防御性能のほうが上。牙が食い込んで、しばしの間、動きを封じることが精一杯。

「お返しだ!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンの掌底。繰り出されたのは超高圧の闘気のうねり。覇王技、覇王闘隆波はおうとうりゅうは。本来は広範囲に発する闘気波動を集約して、一箇所に一気に解き放つ放出技である。闘隆波はグレイズガーオを圧し潰そうとする。

「ガーオ、放て!!」
 ジャラガンの気勢とともに、グレイズガーオの硬質化した体毛が何百本も放射される。それらは闘隆波を貫いて、針のようにドラグ・オブ・ザ・バーンに突き刺さる。ドラグ・オブ・ザ・バーンはもう一方の腕でガード。体毛が装甲に突き刺さる。

「ふん。お前のほうが、よほど小細工をする」
「それが技というものだろう」
 ここでもジャラガンの技の特徴が出る。力は集約すればするほど強くなる。大きさも、小さければ小さいほど強くなる。いかに効率良く力を伝導するかを探究した結果、到達した極意である。その効果は一目瞭然。圧力で押してくるガガーランドの技をすべて貫いている。

(・・・それにしても厄介な相手だ。これでも満足にダメージを与えられないのか)
 しかしジャラガンは、ガガーランドにダメージがないことを知っていた。厳密にいえば肉体は損傷を受けるが、彼の強靱な肉体は即座に傷を塞いでしまうのだ。恐るべき回復力。恐るべき自然治癒力。これだけの戦いでもまったく消耗していない。

(この男、普通の人間ではないな)
 ジャラガンが感じた違和感。戦気の量にしても、明らかに人間離れしている。比較的戦気量の多いジャラガンにしても、ガガーランドと比べれば遙かに劣る。鍛錬によって燃費を良くしているから対応できているが、まともに付き合っていれば先にガス欠を起こすかもしれない。

「ふふふ、はははは! これだから戦いはやめられぬな!」
 ジャラガンの身体から闘気が溢れる。ガガーランドの強さに闘争本能が刺激されているのだ。身体の奥底が熱くなっていく。

「オレに痛みを与えてみせろ。そうすれば少しは楽に殺してやる」
 獣同士の戦いは過熱していく。周りに誰もいないのは、まさに幸運としか言いようがない。


「ジャラガンのやつ、久々の獲物に熱くなっておるの」
 その光景を映像で見ていたのはシャーロン・V・V。彼女はシェイクのスペースで優雅に蜂蜜レモンティーを飲んでいた。あちらでは激闘を繰り広げているのに、ここはとても平和な状況である。

 シャーロン曰く「わしでは勝てぬ」相手に対し、ジャラガンは奮闘している。シャーロンの言葉は嘘ではない。彼女が戦ってもガガーランドには勝てないだろう。
 ただし、それは【相性が悪い】からでもある。暗殺者のシャーロンの攻撃力では、おそらく重闘気は破れない。攻撃を続ければ破れはするだろうが効率的ではない。消耗戦になれば、戦気の多いガガーランドが最終的に勝つだろう。そういう意味である。

(あやつもまだまだ若いの。血気盛んなことよ)
 武人として全力で戦える喜びは理解できる。ジャラガンほどの武人ともなれば、グレイズガーオを持ち出すような戦いはほとんどない。立場上、ルシアの天威を守るためと言っているが、内心では強い相手と戦えることを喜んでいたはずだ。

 ちなみにジャラガンはシャーロンよりも【年下】である。言ってしまえばシャーロンの実年齢は、ジーガンよりもちょっとだけ年上である。見た目が子供なので勘違いする者も多いが、シャーロンからすればジャラガンは武人としての後輩の部類に入るのである。
 こうした老化の遅さは武人の血の影響もあるが、覚醒した能力系統によって差異がある。肉体が老化しないからといって力が強いというわけでもない。ただ、戦気が生体磁気を使う以上、力を使いすぎると老化が速まるのも事実であった。補充以上に消耗が激しいと、それだけエネルギーを違う場所から取らねばならないからだ。

 ジャラガンも武人としての血は相当濃いが、それ以上に修行で力を使っているので老化は人並みである。一方、シャーロンは無駄な戦いは好まない。修練はするが、彼のように過酷すぎるものはやらないため、力は維持されているのである。

(目的の違い。武を求める者と、統治に関わる者の違いじゃな)
 シャーロンは、その違いをこう評する。ジャラガンにとっては、武人としての能力を高めることがすべてである。覇王ゼブラエスもこれに近い存在だといえる。彼らの目的は、人間の可能性を極限まで体現すること。人がどこまで到達できるかを問う、終わりのない自己との闘いである。

 だが、シャーロンはあくまで国政に関わる存在である。力はあくまで道具。手段にすぎないと考えている。より良い社会を形成するための手段の一つ。できれば武は使わないほうがいいという考え。この違いが二人を決定的に分けていた。

あねさん、配備が整いました」
 シェイク・エターナルの特殊部隊、ジュベーヌ・エターナル〈緋色の空の永遠〉の副長ザッカルト・C・メイブッシュが姐さんこと、隊長のシャーロン・V・Vに報告。

「うむ、ご苦労」
 シャーロンは、ザッカルトの迅速な行動に満足しながら飲みかけの蜂蜜レモンティーを置き、手渡された配置図を確認する。

「おぬしも見物したらどうじゃ。若い連中には勉強になろう」
「あれを、ですか? そりゃ勉強になりますが、規格が違いすぎませんかね?」
 シャーロンはザッカルトにも観戦を勧める。しかし、ザッカルトからすれば、あの二人の戦いは【怪獣戦争】である。レベルも規格も違いすぎて勉強以前の問題である。存在そのものが違うと言いたい。

「たしかにあそこまでの力は不要かもしれんのぉ」
 あそこまで強くなってしまうと逆に苦労する。名声目当ての決闘も増えるだろうし、国家からは危険視されてしまうだろう。ルシアだからこそ受け入れられるのであって、他では持て余すに違いない。ゼブラエスが身を隠すのも、そうした理由があるからだろうと思われた。
 ちなみに数年前のゼッカーは自己の能力(ジュエル能力)をフル活用し、自力でゼブラエスを見つけた。その褒美として一騎討ちを許されたのだが、結果はボコボコであった。あの悪魔にして「初めて死を覚悟した」と言わしめる強さであったという。

「して、案配は?」
「一応順調ですね。三番隊までは総出ですが」
 会議場の防衛を担当することとなったシェイク軍の戦力は、ベガーナン直属の特殊部隊ジュベーヌ・エターナルが主力となる。

 ジュベーヌ・エターナルの隊は全部で六つ、各隊三十人ずつの編成となっており、そこにシャーロンとザッカルトを加えた計百八十二名から成り立っている。シェイク最強部隊にしては数は少ないように見えるが、それだけ厳選した人材を集めているともいえる。結成当初は十数名の部隊であったことを考えれば、これでもかなり大所帯になったほうである。

 今回配置についている一番隊は、主に対人戦闘を担当する暗殺部隊。二番隊は抗争を担当する鎮圧部隊。三番隊は紛争を担当する強襲制圧部隊。どれもジュベーヌ・エターナルの主力部隊である。第四から第六は諜報、補助、衛生を担当とする部隊であるので、彼らはサポートメンバーとして動いている。

「艦隊のほうからは重装甲部隊を回してもらっています」
 ルシアと同じく、シェイクも公海上に艦隊を配置している。今回派遣されたのはシェイク・エターナル統合軍の一つ、東大陸中央エリアを担当する第四統合軍フォース・ザークより、第三師団二番艦隊デトラス・ザーク【海門の鎖】である。

 シェイクの統合軍は七つあり、各統合軍が世界中でさまざまな活動を行っている。それ以外にも自国防衛を担当する軍、特殊技術軍、傭兵統合軍などがあり、合計すれば十の軍を持つ。
 第四統合軍フォース・ザークは東大陸中央部を担当とする軍隊で、南シェイクを含む広大な東中央エリアで活動を行っている。この東中央エリアにはガネリアも含まれており、仮に有事の際は彼らが問題解決手段を講じることになるだろう。

 第四統合軍、第三師団は主に海路防衛、攻略の任に就く海上艦隊である。今回派遣されたのは、その第三師団の二番艦隊であるデトラス・ザーク。【海門の鎖】という通り名を持つ彼らは、海上防衛任務に長けた部隊である。
 デトラス・ザークからは重装甲兵三百人が増援として送られることになった。この数もそう多くはないが、彼らにはもっと大きな仕事がある。有事の際には【とある行動】を取るように指示されているのだ。

「シャトルの準備は?」
「一隻はすでに準備完了しています」
 シャーロンが配置図を見ながら尋ねると、ザッカルトはさらに小声で答える。シャトルとは脱出用シャトルのこと。万一、この会議で不測の事態が起こった際、シェイクの要人を脱出させるための【潜水艇】である。

 ジュベーヌ・エターナルがまず第一に考えねばならないことは、大統領であるベガーナンを含む国家要人の保護である。シェイクは戦争をしに来たわけではない。あくまで会議に参加しに来たのであり、必要以上の戦力を持ち合わせているわけでもない。
 その証拠がデトラス・ザークという艦隊。彼らは海上防衛任務に長けているのであって、けっして攻略戦に特化しているのではない。彼らの役目は非戦闘員の迅速な保護と輸送である。今回の装備も脱出と防衛のみに焦点が当てられているものばかりである。

 ただし、あくまで緊急用なので潜水艇は十分な数が用意されているわけではない。この海上にいるシェイク側のスタッフは、事務員まで含めれば千人に及び、さらに雇い人を含めれば倍にもなる。
 それに対して現在準備できているのは小型のものが一隻。となれば当然、それに乗るのはベガーナンたち高官ということになる。それ以外は順次用意されるシャトルか、迎えにやってくる救助艦を待たねばならないだろう。

(あやつは嫌がるじゃろうがな)
 シャーロンは、背後のスペースでシェイク高官たちと今後について相談しているベガーナンをちらりと見る。このような状況だというのにベガーナンに焦った様子はない。それどころか周囲の高官たちが落ち着けるように(つまらない)ジョークを飛ばしていたりもする。結局、つまらないジョークなので笑えず、何ともいえない表情をする羽目になってはいるが、スタッフの緊張は解けているようである。

(変わらんな・・・この男は)
 ベガーナンが落ち着いているのは、シャーロンに全幅の信頼を寄せていることもあるのだが、そもそも彼は自分の命に対しての執着があまりない。人間として当然あるべきの自己保存の本能が、常人より希薄なのである。彼は周囲をよく見ている。周囲の人間をまとめる力がある。その代償が【自身への無関心】である。

 そんな男が危機に晒された場合、どうなるか。
 おそらく彼ならば、自分がシャトルに乗るのは最後だと言い張るに違いないのだ。

 ベガーナンは世間一般の評価では、どちらかというとカーシェルのように上手く場を制御するタイプの政治家だとされている。彼の問題解決能力や、ガネリアに同盟を持ちかけるようなしたたかな態度が、合理的で現実主義だと思わせるのだろう。
 がしかし、ベガーナンという男の本質は【理想家】である。長年付き合っているシャーロンはそのことをよく知っていた。彼はいつでも自分の理想を追っている。すべてはその理想を達成させるための手段でしかないのだ。

 ただし、その理想の中に自分のことが入っていない。良く言えば自己犠牲。悪く言えば無責任である。ベガーナンを守るうえでシャーロンが一番手を焼いたのがこの点。それは結成当初から今に至るまで変わらない難問なのである。

(今にして思えば、あやつのおかげでわしも磨かれたのかもしれんな)
 シャーロンとて最初から強い武人ではなかった。才覚はあったのだろうが、どこにでもいるような少し腕の立つ暗殺者。そんな程度の力量であった。それが危機感のない男と出会い、常に神経を尖らせる生活になり、たびたび訪れる窮地に必死に対応しているうちに技術が磨かれていったのである。
 ただでさえ数が少ない結成当時は、シャーロン独りで何とかしなければならない場面も多かった。死線が武人を育てるとは、まさにこのことである。

 しかし、今の彼は大統領である。もはや一介の啓蒙活動家でもなければ単なる政治家でもない。国家をまとめる最高責任者なのだ。その責任を果たさねばならない。シャーロンは、もしものときは強引にでも連れていくつもりでいた。これからのシェイクにとって、ベガーナンは絶対に必要な人物なのである。

(できれば使わずに済めばよいが・・・。それにこの状況ではパニックも心配じゃな)
 会議場の中の空気はあまり良くない。良いわけがない。アピュラトリスがテロリストに占拠された段階で最悪なのに加えて、拮抗した交戦状態にあるという【珍事】。本来ならばすでに敵を制圧していてもおかしくないのだ。それがなぜか簡単にはいかないことに各国家も困惑しているようである。

 シェイクが防衛を担当しているものの、それを鵜呑みにする国は少ない。シェイク側の国家以外は、自国のみで防衛および脱出準備を進めている国も多い。ただ、ルシアとシェイクの手前、表立った行動に出ないだけにすぎない。勝手にそんなことをすれば二大国家の顔を潰すことになるからだ。

 シェイクにしても、脱出はあくまで最終手段である。ルシアが前線で戦っている以上、たとえ大統領だろうがシェイクだけ逃げるわけにはいかないのだ。どのみちシャーロンたちは、各国の待避が終わるまでは残らねばならないだろう。これも大国の責任というものである。

「一応、艦隊のほうにはできるだけ接近するようには要請していますが、難しいようです」
 ザッカルトもできる限りの要請を行っていた。しかし、状況はあまり芳しくないようである。

 デトラス・ザークが今回保有する艦隊は、旗艦ハイバズーク一隻と巡洋艦ハイバーンが二十隻、中型海上艇が六十程度。ハイバズークとハイバーンは陸にも上がれる水陸両用の戦艦である。(もともとこの時代の戦艦は水陸両用を指す。どちらかしか対応できないものは、陸上戦艦、海上戦艦、あるいは艇と呼ぶ)

 ジュベーヌ・エターナルとしては、最悪の事態に備えて巡洋艦のハイバーン数隻には接岸していてほしいくらいである。それならば迅速な待避も可能で、シェイクだけではなく各国の要人も保護の対象にすれば非難を免れることもできるだろう。

 しかし、それは簡単ではない。

「まあ、ああもドンパチやられてはのぉ」
 一番障害となっているのがルシア帝国の艦隊、ゼダーシェル・ウォーの艦隊砲撃である。ルシア帝国とシェイク連合共和国は犬猿の仲。シェイクは貴族主義に対して激しいアレルギーが存在するし、対するルシアも意思統一を愚民に任せ、拝金主義に堕落していくシェイクに嫌悪感を抱いている。

 さらにここ百年あまり、シェイクが武力によって西側諸国に激しく対抗するようになってからは、憎悪と嫌悪は倍増していた。戦死者が出るたびに両国の政治家は互いを非難し、憎しみの矛先を相手に向けていく。そうした連鎖が両国の間に巨大な壁をこしらえることになっていた。
 今ではお互いに対する両国の国民感情は最悪に近い。友好度を調べた調査でも「親しみを感じない」が八割を超えているし、嫌いな国ランキングでは堂々のトップを争うのはいつものことだ。

 唯一、経済の分野では両者は互いに協調していた面はあった。ともに世界を動かす経済大国でもあるから当然だ。もとから嫌いであった者同士が仲良くなるには、お互いの利益が必要であったのだ。
 しかし、西部金融市場の凍結による東部のバブル熱によって、この側面でも表立った対立が目立ち始めている。所詮利益で結びついた者は、利益がなくなれば離れていく。嫌悪という感情を物質的利益で隠して我慢していただけなのだ。

 傲慢な金持ちに周りが笑顔で従うのは、金があるからだ。景気よくおごり、ボーナスを多く出すからちやほやされる。では、金持ちが貧乏になれば? その答えはすぐにわかるだろう。金がない段階で周囲の興味は彼にはないのだ。用済みである。所詮それだけの信頼しかないからだ。
 ルシアが何かをやればシェイクは反対し、シェイクが動けばルシアが邪魔をする。そしてまた苛立ちは募り、相手を邪魔する計画を立てる。この繰り返しである。

 犬猿の仲とは簡単に言うが、イデオロギーの対立は言葉では伝えられないほど両者を深く分けることになっている。存在そのものの成り立ちが違うのである。水と油は分かれるのが法則である。
 一見まとまりそうにあった連盟会議においても、図式はまったく変わっていない。現大統領がベガーナンだからこそ穏和に済ましているが、今までの会議では終始非難合戦で終わることも珍しくなかったのである。

 そして、これが軍人になれば、互いに殺し合っているぶんだけもっとアレルギーは強くなる。その証拠に、ルシア艦隊とシェイク艦隊は公海上でいつでも戦闘が可能な態勢を整えていた。身内に何かあればすぐに動けるようにだが、一番警戒していたのは互いの艦隊である。

 そのような緊張状態でハブシェンメッツは意気揚々とためらいもなく艦隊砲撃を【独断】で要請した。これがまずかった。指揮権がルシアに移ったのはベガーナンも承諾したことであるし、シェイク側に作戦を伝えてしまえば情報が漏洩する可能性もあるので、ハブシェンメッツの行動を咎めることはできない。
 がしかし、憎悪の対象であるルシア艦隊がいきなり砲撃を開始するのだから、シェイク艦隊が激しく反応したのは言うまでもないだろう。デトラス・ザークの司令官、アロッド・ケイマリフ准将もバサラ・イデモンが主砲を撃った瞬間には我が目を疑ったかもしれない。

 バサラ・イデモンは、砲撃前に他国艦隊に連絡は入れている。「命令が下ったので、これより砲撃を開始する。これは敵対行動ではないので撃たないでくれ」と。それでも冷静でいられる人間のほうが少ないだろう。シェイクの艦隊が優秀であっても所詮防衛部隊である。勇猛と名高いゼダーシェル・ウォーと正面から戦うとなれば、まず勝ち目はない。

 【弱者】は常に怯えているのである。
 逆に捉えれば、ルシアという国を誰もが恐れているのである。

 このように現在のデトラス・ザークは、相当神経を尖らせている状態である。先手を取られて強襲されれば脱出自体が困難になりかねない。
 もちろん、そんなことをするメリットはルシアにはない。まったくない。ないのだが、信じきれないのである。もし何かあれば退路の確保すら困難になる。ケイマリフ提督が接岸を許可しない理由もここにある。

 だが、ザッカルトはこの現状に不満である。

「それにしても弱腰じゃないですかね? いや、それ以前に警備力が弱すぎませんか?」
 デトラス・ザーク自体の能力に不満はない。彼らは立派な軍人であり戦力であることは疑いの余地はない。

 されど、そもそも【格】が違うのだ。

 ルシアがゼダーシェル・ウォーという有名どころを出してきたのだから、シェイクもそれに対抗すべきである。いくら優秀であってもデトラス・ザークでは彼らと釣り合わない。

「せめて【エターナル・ザーク〈永遠なる明けぼの〉】くらいは出してもいいとは思うんですけどね」

 エターナル・ザークとは、第四統合軍の主力部隊である第一師団のことである。シェイクにとってエターナルの名を冠することには大きな意味を持つ。この名前を持っている組織は、シェイクの【理念】を守る偉大なる守護者なのである。
 ジュベーヌ・エターナル〈緋色の空の永遠〉という名も、ベガーナンが大統領になったことで与えられたものだ。よって、エターナル・ザークという戦力は、ただの艦隊ではない。シェイクの力そのものを意味し、正当なる力のあり方を示すものなのだ。だが、残念ながら今回は派遣を見送られている。

「この情勢では仕方あるまい。シンタナすら抑えられなかったのじゃからな」
 シャーロンもザッカルトに同感であるが、状況がそれを許さない。まず、東部金融市場が凍結され、東側にも大きなパニックがもたらされている。シェイクも大きな損失を負ったほどなのだから相当なものだ。
 シェイクは国家として巨大なので、現在のシステムでもいきなり破綻することはない。シンタナにしても損失は巨額だが、連邦支援によって持ちこたえることはできる。

 がしかし、国力の弱い国はそうはいかない。次々とデフォルトしていく彼らは、物資の調達すらままならないのである。正直、西側に比べて発展途上国や自治領区が圧倒的に多い東側諸国には、国家と呼べる国はそう多くはない。
 国家の安定と大きさは、そのまま文化力となり、倫理や道徳感につながっていく。最低限の生活がなければ人々は学問を学ぶことすら難しいのである。よって、倫理は自らの魂のセンサーによってしか行われない。か細く燃える、小さな小さな神性の光に頼るしかないのだ。

 だが、地上人類の大半は、愚かで哀れな幼子である。彼らの欲求不満は次第に物質的な側面へと変化していく。つまるところ文化レベルが未成熟な国家では、放っておけば供給不足によるインフラが発生し、その結果として暴力や略奪などの犯罪に走る者が増えていくのである。それすなわちシェイクへの不満にもつながる。

 こうした状況にあって、シェイクが優先すべきは東側諸国の安定である。それにはどうしても武力が必要なのだ。そのために東部中央エリアを担当する第四統合軍に余裕はなく、多くの艦隊が治安維持に向かっていた。エターナル・ザークも国家崩壊が危惧される一番危険なエリアを担当している。

 ベガーナンはシェイク大統領として東部安定の責任がある。国家中枢を担う政権の安全保障は重要であるが、自己の保身のために中心艦隊を強引には動かせない。そんなことをしてしまえば足下をすくわれかねないのだ。

 そう、ベガーナンにも【政敵】がいるのである。

 シンタナ州軍がガネリアに武力行動を行うことすら問題なのである。そこに大国の威厳はなく、ベガーナンとしてもそんな無益な行動はやめてもらいたいのが本音だ。しかし、その裏、根幹には【拡大派】と呼ばれる存在がいる。

「シンタナ州軍の司令官を推薦したのが、バージリンデルってのは本当みたいですね」
 ザッカルトが言うバージリンデルという人物は、シェイク連邦議会のベテラン上院議員である。彼はシェイク連邦を拡大しようとする【大連合構想派】の旗頭で、従来のシェイクの思想を受け継ぐ者として非常に人気の高い政治家である。

 そのため国力の現状維持をしつつ、全体の均等化を図ろうとするベガーナンとは衝突することが多い。拡大派に対し、ベガーナン側を【維持派】と呼ぶこともある。
 今回のシンタナの動きの裏には、バージリンデル上院議員の支援団体が関係しているとも噂されている。そうした後ろ盾があってこその行動ならば、その強引さも頷けるというものである。

「でも、今の時期に動くってのは得策じゃない。そのあたりが読めませんね」
 シンタナが動けばシェイク全体に影響が出るのは間違いない。たとえ勝ったとしても利益は微々たるものだろう。そう、シンタナにとってのメリットがあまりないのだ。それでも強行する理由がわからない。バージリンデルとしてはベガーナンの求心力低下を狙ったという説もあるが、愛国者たる彼がそんなことをするのか、という疑問もある。

 ジュベーヌ・エターナルは諜報部隊でもあるので、表立っては公表されないこうした裏事情、特にベガーナンに敵対する勢力の情報には常に気を配っている。それでもシンタナの動きの真相は掴めていない。金融市場の混乱でそれどころではなかったせいもある。ただし、真相がどうあれ他勢力の介入があったのは事実だろう。こうした混乱期は、劣勢の組織が動くには都合が良いことが多いからだ。

「おぬしは、今回の派遣についても疑っておるのじゃな?」
 シャーロンは、ザッカルトがバージリンデルの名前を出した意図を的確に言い当てる。

「ええ、フォース・ザークは連邦政府とつながりがありますからね。バージリンデルの影響があってもおかしくはありません」
 第四統合軍が担当する東大陸中央部には、当然ながらシェイク本国も含まれている。自国防衛についてはデイマ・フォースという独立した軍が存在し、その最高責任者は大統領たるベガーナンであるが、第四統合軍も有事の際は真っ先に駆けつける国防戦力としてみなされている。

 そうしたシェイク本国と近い軍には、おのずと連邦議会の影響力が及ぶことになる。特に第四統合軍は危険な近隣諸国を担当するので、他国が抱える国家崩壊のリスクに敏感となっている。崩壊後の混沌な状況は彼らにとっても死活問題であるからだ。
 それゆえに第四統合軍以外にも、東大陸北部を担当する第三統合軍フォース・ガイラ、東大陸南部を担当する第五統合軍フォース・ミルバには拡大派支持者が多いのである。

 脆弱な国家をまとめて管理しなければ、いずれは崩壊してしまう。結果としてシェイクのみならず東大陸全体が疲弊する。そういう考えである。それ自体は悪い考え方ではない。自力で国家運営ができないのならば、現段階でより進んだ者が統括するというのは秩序を維持するうえで必要なことである。

 そして今回、シンタナが動くという情報があったため、第四統合軍はその動きを注視する必要が出てきたのだ。ダマスカスが警備を増強する連盟会議より、目の前に迫った確実な脅威に対処するほうが先である。今回のエターナル・ザーク派遣見送りもシンタナが原因。つまりは拡大派の陰謀ではないかというわけである。

(拡大派にとっては今回の混乱は有利か。たしかに嫌がらせくらいはしそうじゃな)
 大連合構想を進めるには、世界的混乱と大義名分が必要となる。それがなければ、ただの侵略となってしまうからだ。富が東側に集まったのは事実。拡大派にとっては世界の安定よりも東側諸国の統一を優先したいと思っているだろう。

 連盟会議を邪魔しないまでも、あえて主力艦隊を派遣してルシアと対抗する必要性はない。むしろ東大陸の戦力を増強しておきたいはずである。シンタナが動けば、それなりの混乱が予想される。それに伴って第四統合軍を使って陣地拡大を狙う可能性もある。

(じゃが、テロまでも予見していたとは思えんな。ベガーナンに何かあればさすがに困るはずじゃ)
 拡大派に対し、現状維持派の人間は、シェイクは現状で十分、あるいは肥大化していると考えている。これ以上拡大しても金がかかるだけだし、何よりも現在の貧富拡大のシステムに問題があるので先にそれを改善すべきだ、という意見である。

 たしかにベガーナンは拡大派にとって邪魔である。なまじ貧困層から人気があるので議会では対立しにくい相手であるし、政治家としての器量も相当なものだ。かといって自国の大統領を謀殺しようとは思わないだろう。少なくともテロが起こることまでは予見できないはずである。

 シャーロンとしては、今回の騒動が自国の問題と直結しているとは思えないでいた。そもそもこれだけの世界的異変。反政府勢力ならば、どこの組織であっても動く機会をうかがうのは自然なことである。それがたまたま連鎖しているにすぎない。

(どこも一枚岩ではないからの。嘆いたところで金も戦力も降ってはこないものじゃ)
 たとえ裏で他勢力の悪意が働いていたとしても、今のシャーロンたちにはどうしようもないことである。現状の戦力をどう使うか。これしかないのだ。

「ザッカルト、ジュベーヌ・エターナルの訓戒、第一条は?」
 シャーロンがザッカルトに促すと、ザッカルトは背筋を正して述べる。

「愚痴るな! 嘆くな! 今あるものを使って最大の成果を挙げろ!」
 ジュベーヌ・エターナルには、結成当初からいくつかの厳格な訓戒が存在する。この第一条はまさに至言である。何をどうしても今持てるもので対処するしかない。人間は、持てる中で万全を尽くすことしかできないのだ。

「うむ、それでいい。第二条も忘れぬようにな。ともに助け合い、ともに戦うのじゃ」
 第二条は「常に仲間を信じ、仲間とともに仕事にあたれ。仲間に背中を預けられない者は、簡単に死ぬ」である。

 小さな実働部隊が成り上がるには、組織内の統率が強固でなければならない。ジュベーヌ・エターナルが最強と呼ばれるのは武力だけではなく、結束が固いからである。特に組織内の上下関係は絶対で、通常の軍隊以上のヒエラルキーが存在する。それはもはや親族関係よりも密接である。
 シャーロンもザッカルトも、シェイク連邦とは異なる国の出身だ。そんな彼らだからこそ、誰よりも深い絆が必要なのである。たとえ国が見捨てても、同じ団の仲間だけは絶対に見捨てない。その信頼が根幹にある。

 ちなみに訓戒には、ザッカルトの独断で「姐さんには絶対服従」という項目が追加されている。シャーロンが美しいと言えば、それが理解不能な前衛芸術であろうと幼稚園児の絵であろうと美しいと言わねばならない。シャーロンが美味しいと言えば、それが豚の餌でも美味しいと言うのがジュベーヌ・エターナルでの鉄の掟なのである。
 シャーロン自身はこのことを知らないので、ザッカルトが独断で部下に教え込んでいるにすぎない。が、基本的にシャーロンに憧れて部隊に入る者ばかりなので忠実に守られている掟である。

「ザッカルト、わしのアカロンも準備しておけ。万一の場合は出るぞ」
「了解しました」
 シャーロン専用OG、アカシカル・サロン。WG製のオーバーギアで、ハイテッシモと同じくネーパリック(祝福された奇跡)の称号を持つ名機である。仮にルシアがもちこたえることができなければ、シャーロンが時間を稼ぐつもりでいた。

(逃げたところで、アピュラトリスを取り戻せなくては意味がなかろうがな)
 シャーロンは富の塔を見つめる。偽物の太陽を放つ姿は、人々が金銀財宝を崇める光景に似ていた。太陽を捨ててまで金を求め、地面に這いつくばった人間にはお似合いの塔なのかもしれない。

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