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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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四十三話 「RD事変 其の四十二 『憎しみの火種』」

 †††

 すべての戦場が空に舞い上がる少し前。これからホウサンオーが雪騎将と戦う少し前。この男は一人、地面より下の場所にいた。

「・・・やられたね」

 ゼッカー操る東側のバイパーネッド三機は、【落とし穴】にハマって真っ逆さまに落ちていく。第三ドックに設置されたリフトを利用して作られた落とし穴である。
 ゼッカーはダマスカス軍をいなしながらも包囲されて退路を断たれる。バイパーネッドを過剰に恐れなくなった彼らは数で押してきたのだ。さすがに数では勝負にならず、さらには地形も相手の手の中にあった。

 その結果、リュウ・H・ホムラが仕掛けた落とし穴に見事にハマったのである。

 リュウが考えたのは、奇しくもハブシェンメッツと同じリフトを使う策である。彼は別のエリアにいたので彼の策は知らないはずであるが、打てる手が限られている現状において両者の考えは一致することになった。

 ゼッカーはジーバ・ラピスラズリの感覚覚醒によって落とし穴には気がついたが、相手は全員が捨て身で押してきた。
 綱引きでどんなに力持ちがいても、一人対十人では絶対に勝てない。結局、何機か撃墜しながらも、ハイカランに抱きつかれる形でバイパーネッドはリフトの穴に落ちることになった。

 リフトは途中で止まっており、完全に閉じこめられてしまう。どうあっても自力で上ることはできない高さであった。

「これ以上無様な姿は晒せないか」
 一緒に落ちてきたハイカランも数機いる。捕獲されてバイパーネッドの情報を与えるわけにはいかないため、機密保持のためにも自爆を選択。巨大な爆炎を上げてハイカランともどもリフトは吹っ飛んだ。

「ゼッカー、パルルはなさけなくて泣きそうだ」
「私だって泣きたい気持ちなのだがね」

 ホウサンオーたちが奮戦している中、ゼッカーは落とし穴にハマるという失態である。英雄と呼ばれた男にしてはなさけない。パルルも涙目である。
 しかし、これが現状なのだ。バーンという強力な個によって踏みとどまっているが、真正面からぶつかれば普通にこうなる結果が生まれる。これが戦いの真実である。

(ガイゼルバインで出ても、ホウサンオー以上の仕事はできないだろうしね)
 仮にゼッカーが愛機ガイゼルバインで出たとしても、せいぜいナイト・オブ・ザ・バーンと同等程度の力しかない。それはそれで優れた強烈な個なのだが、個には必ず限界があるのも事実である。

 あくまで相手に情報がない段階での奇襲が成功したにすぎない。今はデータもかなり取られているので、この作戦は今回限りだけの一回勝負なのである。

「どうする。向こうも同じような状況だろう?」
 パルルは西側のバイパーネッド三機も追い詰められていることを指摘。もうすぐこちらと同じ結果になるだろう。少なくとも自爆は時間の問題であった。

「あちらも最後は自爆をする。だが、最後まであがいて落とし穴にはハマってあげようか。ギリギリまで時間は稼ぎたいからね」
「街のほうに行ったやつはどうするんだ?」
 東西二機ずつ、街の中心部に向かって移動中である。すでに引き戻すという選択肢がなくなった今、やれることは実にシンプルであった。

「こうなればできる限り住民を殺す。火付けは必要だ」
「・・・パルルは何も言わないけど、あんまり無茶するなよ」
「まさか君に心配されるとはね。悪魔が形無しだ」
「悪魔っていっても、人という名の悪魔だろ?」

 悪魔が人である以上、人としての限界が存在する。人の良心はけっして殺し続けることには耐えられない。どんな悪人でさえ、心はすり減っていく。ゼッカーならばなおさらである。

「壊れないように気をつけるとしよう。残念ながら代わりはいないようだからね」
 悪魔に代わりはいない。代替品では世界を焼くには力不足なのだ。世界の意思はゼッカーが舞台に上がることを欲してやまない。


「対象の自爆を確認!」
 オペレーターのクレア・コマツバラがバイパーネッドの自爆を確認する。同時に友軍機が四機ほど大破。生存者は不明。

「やったぞ! やつを倒せた!!」
 バクナイアは思わず拳を握る。たかがバイパーネッドとはいえ、散々手こずっていた相手である。量産機のハイカランで撃破できたことは大きい。

「まだだ、おじさん。これで次がやばくなった」
 喜ぶバクナイアに同調したい気持ちであったが、リュウは気を引き締める。

 こうしてバイパーネッドを倒せたのは戦力を一つにまとめたからである。もし五機をまとめて相手にしていたら落とし穴作戦は失敗した可能性が高い。ゼッカーの分散作戦を逆手に取ったからこその勝利である。

 がしかし、当然の結果として街に向かった二機が野放しとなっている。あのレベルの相手に同じ策が通じるとは思えない。次は必ず回避してくるだろう。包囲ができないぶん、こちらのほうが何倍も厄介である。

「ターゲットは攻撃を続けながら移動中です!」
 ゼッカーの言葉通り、バイパーネッドはひたすら周囲に攻撃を続けながら人口の多い中心部に向かって移動中である。このまま突っ込まれればダマスカスは血の海である。

「やつめ! もう完全に捨て身だな!」
 バクナイアは舌打ち。軍人が犠牲になることは入隊した時から覚悟の上である。少なくとも覚悟するだけの時間があるだけましだろう。
 しかし、市民はそうではない。理不尽に殺されていくのだからショックは何倍も大きい。そのショックの大きさは必ず国を動かすものとなるだろう。

(まずい。かなり消耗しているな)
 リュウは思った以上にハイカラン部隊の消耗が激しいことに焦っていた。バイパーネッドの相手をするのはそれだけ難しいことなのだ。死者が少なかったことが唯一の救いだが、戦力が削られたのは痛かった。

「追撃はどうなっている?」
「一個小隊が追っていますが、距離が離れています」
「まだ動く機体は全部向かわせろ! 何を犠牲にしてでも止めろ!」
 バクナイアもハイカラン部隊の消耗は理解していたが、今はやれることをやるしかない。急いで追撃部隊を編成する。

(今から追撃をしても間に合わない)
 しかしながら、リュウはそれが間に合わないことを知っていた。三機に集中すれば残り二機を追えないのは最初からわかっていたことである。
 多少の淡い期待を持ってはいたが、所詮期待など簡単に潰されるものである。現実はとても厳しかったのだ。

(だが、最後まであがく。それしかできないからな)
 まだ時間はある。相手が完全に市街に入り込むまでが勝負である。


「まったく、人使いが荒い。こっちはやられたばかりだってのにな」
 ショウゴ・伊達率いる六機のハイカランは街に向かったバイパーネッドを追っていた。最初にバイパーネッドに接触した直後、機体を乗り換えて追撃に入ったのである。

 当人はお役目御免だと思っていたのだが、バイパーネッドを単機で押し返したのを見たアシェットンが追撃の任を与えたのである。
 しかし、乗り換えたハイカランも万全の状態ではなく、部下の機体もいくらかガトリングガンによって損傷している。それほどバイパーネッドという名前の猛獣を止めるのは難しかったのである。

「大尉、追いつけません!」
「バズーカがあっただろう! 何でもいいから撃て!」
「しかし、街に向かって撃つのは・・・」
「注意を向ければいい。それに放っておいたらもっと最悪だ」

 相手が街に向かっている以上、それを追撃する部隊が砲撃すれば街が被弾する可能性が高まる。しかし、それこそが最初から想定されていた作戦なのである。

「いいか。当てる気で撃てよ。そうでなければ一生当たらないからな!」
 伊達のハイカランはバズーカを構え、すでに一キロ以上は離れている相手を狙って発射。砲弾はバイパーネッドからはかなり遠い地点に着弾。お菓子工場の屋根が吹っ飛んだ。

「かー、やっぱり届かん! 俺の戦気じゃここまでだな」
 もともとバズーカ自体の射程が短いうえに、伊達はあまり物体に戦気をまとわせるのが得意ではない。無理して強化してもせいぜい八百メートルが射程範囲である。

 銃弾に戦気をまとわせるのが得意な武人は少なく、これが優れたガンマンが少ない最大の理由だといわれている。いわばミタカのような遠隔操作系の人間が向いているのである。
 ただ、遠隔操作系の武人は全体の一割にも満たない稀少種である。さらにその中で連続して撃てるほど戦気の量が多い武人となればかなり少ない。ちなみにオロクカカも遠隔操作系の武人であり、戦気量も多いという実に珍しいタイプである。(ガネリアのマリー・ザ・ブラッドマンも遠隔操作系)

「いいか。威力は低くていい。できるだけ遠く飛ばせ。お前たちならばやれる!」
 伊達は威力を落とす代わりに、距離を延ばす作戦に出る。破壊力ではなく持続力に意識を割り振る感覚である。

「どんどん嫌がらせしてやれ。それが俺たちの役目だ」
 ハイカラン部隊はバイパーネッドの後方から射撃を続ける。


「撃ってきたか。なかなか度胸がある」
 ゼッカーは追撃部隊が砲撃を開始したことを知り、思いきりのよさに感嘆する。こうして街に向かって動いているのは背後からの射撃を防ぐ目的もあったのだ。それにもかかわらず撃ってきたのは見事な決断である。

 伊達の射撃を見てもわかるように、この距離では百パーセント当たらないが、結果としてゼッカーは背後にも注意を向けねばならなくなる。
 当たったところで、装甲が少し抉れる程度で致命傷にはならないものの、小石でも当たれば気になるもの。どんなに注意していても、前後に意識を分ければ多少は反応が鈍るのが人間である。伊達の言う通り、これは完全なる嫌がらせであった。

「落とし穴といい、これを考えた人間は相当に【嫌なやつ】だ」
 この作戦を考えた者は、大胆さとナイーブさが混じった少年のような人物であると想像できる。やり方がまったくもって子供じみている。が、それが効果的だから腹立たしくもあるのだ。

 普通ならば苛立って感情を乱すところであるが、ゼッカーは冷静でいた。むしろ逆に相手の焦りを感じ取る。なりふり構わないということは、それだけ相手が焦っている証拠である。
 相手は犠牲を恐れているのだ。リュウがハブシェンメッツと違うのは、それを感情で出すところだろう。

「舞台に上がったのならば、犠牲を出さずにはいられない。それが役者というものだよ」
 バイパーネッドはさらに加速し、最大速度で街に向かう。ここまで速度を出すとゼッカーの感覚でも全方位に完全なる注意は払えない。

 だが、それがいい。乗り慣れないスノーボードで崖から下りていくスリルが味わえる。これはすでに自爆を覚悟したからこそできる業である。バイパーネッドは背後から放たれる砲撃をかわしつつ、流転する世界を駆けていく。

 そして、工場地帯の終わりが少しずつ見えてきた。ここはまだ郊外の一部なので一般住宅はマンションが中心であるも、まばらにではあるが人影も見えた。

「さあ、火付けといこうか」
 バイパーネッドが走りながらキヤノン砲を構え、前方に狙いをつける。今回の獲物はマンション。直撃すれば数棟は確実に吹っ飛ぶ威力である。

「そうはさせねえええええ!!」
 リュウの叫びが咆哮となって、地面に穴をあける。そう、再び落とし穴である。バイパーネッドの目の前に穴が生まれる。ここまでギリギリ第三ドックのエリアなのだ。

「二度はくどいな」
 ゼッカーは完全に落とし穴を読んでいた。意識を地面に向けていたので、難なく寸前で跳躍して落とし穴を回避。

「まだだ!!」
 リュウの仕掛けはまだあった。落とし穴は一つではない。回避したと思わせての二段構えの落とし穴が設置されていた。

「それもわかっていたよ」
 ゼッカーは二段構えの落とし穴も看破。跳躍して回避する。こんなものは子供がよくやるものと同じ。油断させておいてもう一個あるのは、実に定番なのである。

(さらに次にもう一個。さすがにしつこいね)
 ゼッカーは、この先にあるもう一つの落とし穴を感覚で把握していた。二つ連続でもくどいのだが、三つ目はさすがにしつこいと思わせる。それだけ必死なのだろう。

(これでネタ切れか。土壇場にしてはよく考えついたものだがね)
 バイパーネッドは前の二つと同じく落とし穴を跳躍して回避する。何の変化もなく、まったく同じに。

 その瞬間、リュウの口元がにやける。

「そうだよな。そうするよな。人間ってのは、ついつい反射でそう動いちまうもんだよな。よーく、わかるぜ」
 リュウも自分が同じ立場ならば同じことをすると思った。それが人間というものだろう。だが、落とし穴にしているリフトは、本来何のためにあるのだろうか。そもそもこれは落とし穴のために存在しているわけではない。

 では何か。ハブシェンメッツはどうやって使っていただろうか。

 リフトは本来、上がるものである。

「っ!」
 ゼッカーは急速に下から【突き上がってくる】ものを感知する。それはリフトの本来の使い方。物を地上に運ぶための道具としての存在意義。
 リフトはリミッターを解除してあり、激しい勢いで限界を超えて飛び出してきた。しかし、バイパーネッドはすでに跳躍してしまっていて完全なる無防備。

 直後、衝突。

(なんと滑稽な)
 リフトに激しく突き上げられながら、さすがのゼッカーも頭を抱える。ホウサンオーたちバーンが活躍している中、ラーバーン主宰である悪魔は二度もこんな幼稚な罠に引っかかっているのだ。こんなに滑稽なことはない。

「ゼッカー、お前の株、相当落ちたな」
「むしろ、こんなことをする相手を非難したいね」
 パルルの辛辣な言葉に心をさらに抉られる。そもそもこのようなことを考える人間のほうがおかしい。

 ハブシェンメッツのようにすべてを考えてやっているのではない。
 単なる思いつきのイタズラ。トリック。子供の悪ふざけである。

 しかし、これがリュウのイタズラ心によって作られたものだとしても、引っかかってしまえば立派な罠であり、立派な作戦である。
 そして、これはただのリフトではない。その先端には丸いものが固定されていた。球体は地上に突き出すと放電を開始。放電は周囲一帯に広がり、バイパーネッドを補足する。

「ぐっ!!」
 感覚で制御しているゼッカーにも衝撃が来る。感覚としては不意にきた、少し強めの静電気くらいの痛みだが、バイパーネッドにかかる負荷はその何万倍も強い。バイパーネッドは制御を失い、地面にひれ伏す。

「データ照合。ゼルスセイバーズが使用したものと同類の兵器です」
 マレンが情報を解析。そのデータはゼルスファイブが使用したEMP兵器である隠雷に酷似していた。

「相手も思いきったことをしますな。街にも影響が出るでしょうに」
 フレイマンは剥き出しの隠雷を見て、それが危険なものであると認識する。隠雷は範囲を絞ることで兵器としているが、今回のものは剥き出しのコアの部分。周囲に無差別に電磁パルス攻撃を仕掛けている。

 この結果、周囲一帯の電子機器が破壊または強制停止する可能性が高い。そうなれば都市部の停電、ライフラインの一時停止は免れないものとなるだろう。実際、このあたりは工場エリアであり、送電施設もある。

「それでも結果は見事。してやられたね。マレン、バイパーネッドは破棄だ」
「了解しました。自爆させます」
 ゼッカーの命令を受けて、マレンが隠雷の影響下にあったバイパーネッドを強制自爆させる。

「あなたにしては珍しく、してやられましたね」
 フレイマンがゼッカーに笑いかける。フレイマンにも相手の気質が妙に面白く感じられたのだ。どことなく遊び心がある。こういう相手は戦っていて楽しいものである。

「私はあまり楽しくないがね」
 一方のゼッカーはしかめ面である。ハブシェンメッツとの戦いに突如割り込んできた【無邪気なイタズラ】を仕掛ける男。彼の登場は、筋書きにはないイレギュラーである。

「この想定外も世界の意思ですか?」
「そんな大それたものじゃないさ。単純に我々は嫌われ者だという証だね」
「目立つのも苦労しますな」
「性分ではないことをしている。あの日からずっとね」

 あの日、彼女と出会った日から彼の人生は変わってしまった。闇に隠れていた者が公衆の面前に出なければならないのは、今もあの時も同じことである。
 ゼッカーはとかく目立つ。彼の魅力を目の当たりにすれば誰も放っておいてはくれないのだ。味方も増えるが、敵はそれ以上に増えていく。

 しかし、ただ一つあの時と変わっていることがある。今はどんな勝負であっても負けられないということ。いや、勝たねばならない。どんな戦いであっても。

「だが、この勝負は私の勝ちだ」

 隠雷の効果範囲から飛び出した機体があった。それは最後のバイパーネッド。この機体はダウンしておらず、いまだゼッカーの支配下にある。
 たしかに苦戦はさせられた。イタズラも見事だった。だが、最後に勝ったのはゼッカーである。


「ちくしょう! 抜けられた!!」
 リュウは思わず机を叩く。強く叩かれた机は、足が折れて傾いてしまう。それほど悔しい出来事であったのだ。

(あそこまで連動できるかよ!)
 二機は常にお互いをカバーしあっていた。リフトに直撃した時、一機目は即座に二機目を庇って逃がしたのだ。
 まるでサーカスの演技のように、二機は完全なるコンビネーションを披露する。それも当然。二機は同じ人間によって操作されているからだ。それを知らないリュウたちにとっては神業に見えるにすぎない。

「リュウ、もう手はないのか!」
「・・・ない!」
 バクナイアの問いにリュウは男らしく答える。いっさい見栄を張らないのは立派であるが、この言葉は非常に残酷な宣言だ。

「西側は二機ともトラップを迂回しています!」
 コマツバラが上擦った声で報告。東側の被害を受けて西側のバイパーネッドは迂回を選択。今隠雷を出しても完全にダウンさせられるかわからない状態であった。

「街で一部停電が発生。基地内の通信機器にも障害が出ています!」
 しかも隠雷の影響で街ではライフラインに被害が出ている。信号が停止すれば避難中の住民にも大きな影響が出るだろう。

(やはり使い方が無茶だったか。試作品だしな)
 たまたま試作品の調整という名目があったからこそ二つ用意できたが、もともと未完成のもの。フタのない強力な電子レンジのようなもの。威力そのものは出ても、制御できなければ兵器ではない。

「くっ、駄目だったか!」
 バクナイアは、この数秒後に起こりうる惨劇を思い浮かべ、歯を食いしばる。バイパーネッドがこれから行うのは虐殺なのだ。

「バック、無駄ではないよ。技術中尉はがんばってくれた。十分な成果だ」
 カーシェルはリュウの働きを正当に評価する。もしリュウの機転がなければダマスカス軍の被害はさらに出ていたことだろう。東側の四機撃墜だけでも大殊勲である。

「動ける部隊はすべて回してかまわない。相手だって有限の存在だからね。いつかは止まる」
 リュウが言ったように、残弾がなくなればバイパーネッドの戦闘力は激減する。それから追撃部隊が攻撃を仕掛ければ、罠がなくても倒すことは可能だろう。

 ただし、それまでの間に多くの人が死ぬことになるが。

「時代は変わる。我々も変わらねばならないのかもしれないね・・・。姉さんが求めた世界とは、だいぶ違うようだけど」
 カーシェルはMGという存在の認識を改めねばならないと思った。すでにあれは戦争の道具なのだ。今後の戦争は、MGをどう使うかによって決まっていくだろう。

 それはかつて紅虎がカーシェルに語った人の可能性とは相入れない時代でもある。紅虎を見ているだけで元気が出てくる。そんな生きているだけで楽しくなる時代とは、まったく逆の世界なのだろう。それが寂しく感じられた。


 ゼッカーのバイパーネッドは、すでに市街に侵入していた。そこでは突如現れた黒い機体に呆然と立ち尽くす人々がいる。遠くで爆発が起こっているのは知っていたが、ここまで来るとは思っていなかった、そんな他人行儀な顔。

「さあ、火を付けよう」
 ゼッカーはバイパーネッドをオートモードに切り替える。この機体は市街地において最大の力を発揮するようにデザインされている。そもそもが人を殺すための兵器なのだ。

 自動制御となったバイパーネッドはキャノン砲を放つ。その二発で周囲のビルが破壊され瓦礫が通行人を襲う。次にガトリングガンで掃射。手当たり次第に人を殺していく。
 車を破壊して真っ赤に燃える炎。人が死んでいく光景。何の感情も抱かず殺していく光景は、はたして無慈悲なのか、それとも慈愛なのか。

 人間は不当な暴力に対して怒りを感じる。不満や憤りを相手からぶつけられると同じ反応を返す。だから憎しみが憎しみを呼んでいく。
 しかし、これは何の感情も抱かない殺戮。ただ人を減らしていく行為。そこには怒りよりも、未知の生物と出会ったような潜在的な恐怖を感じさせる。一瞬で街はパニックに陥り、混乱がさらに混乱を呼んでいく。

 それでも人はいかる。
 この行為を行った人間の意思に対して激しい感情を抱く。だからこその火なのだ。

(さあ、燃え広がれ)
 ゼッカーの拡大した感覚が、煙のように周囲から徐々に立ち上る感情を見つけていく。恐怖、戸惑い、嘆き、そこから湧き上がる本能的な怒りという感情。赤く、そして黒い感情。

 それはまず武器を持っている人間から湧き上がる。

「あいつ、殺してやる!!」
 追撃部隊のハイカランの兵士から立ち上る怒りの波動。今自分が乗っている機体は相手を倒すためのもの。征服するもの。破壊するもの。衝動が人の心を侵していく。
 ハイカランが市街地のバイパーネッドに向かって射撃。しかし狙いがついていないので当たらない。

「待て! もう中に入られた。市民に当たるぞ!」
「どうせ殺されます!」
「待てと言っているだろう!」

 伊達の命令を無視して部下は射撃を続行。当然この距離では当たらず、そのすべては街の破壊を手助けするものとなっていく。すでに中心部に入られた段階で、こちらからの遠距離攻撃は逆効果でしかない。

(くそっ、冷静な判断ができていない。あいつのせいか!)
 伊達には、バイパーネッドから立ち上る無機質な恐怖と、それに反応する人々の感情を感じることができた。目には見えないが、確実に存在する人の負の感情が周囲を汚染していく。

(これがやつの狙いだとすれば、まずい! とんでもないことになる)
 アピュラトリス外周の陸軍が虐殺されただけでも、軍内部では苛立ちと憤りが募っている。兵士だからこそかろうじて受け入れているが、市民が殺されるのは感情的に非常に危険である。

 戦場で一番厄介なことは感情の暴発。ほぼすべての非道な行為、行き過ぎた行為とは、緊張が壊れた瞬間に生まれていくものである。ため込んだ感情が爆発する時、人は理性を失いやすい。それが集団であれば想定外の事態を引き起こす。

 今、ダマスカス軍がこうした怒りに支配されれば、それこそ自国民すら省みない危険な行動を取ってしまう。それがもたらす惨劇は、その後にこそ起こるのである。だからこその【火種】なのだ。

「やめろおおお!」
 伊達は叫ぶ。しかし、その声が届くことはない。そこにたどり着く数十秒の間に、もっともっと殺されてしまう。

「そうだ。私は悪魔だ。さあ、私を殺したまえ。君たちの憎悪と怒りでな!」
 それまで悪魔は、できる限りの人間を殺すだろう。その罪が、その痛みがさらに多くの悲劇を起こす火種となる。それを知っていて煽るのだ。

 バイパーネッドが次の目標を見つけ、モニターには再び子供が映し出された。すでにオートモードのバイパーネッドは何の感情もなくソードを振り上げる。子供は目を見開いたまま動けない。

(痛い。痛いな)
 ゼッカーの胸に強烈な痛みが走る。かつては子供を守るために戦った英雄が、今は悪魔として殺す。常人ならば発狂してしまいそうな痛みに、彼は耐える。耐え続ける。彼ならば耐えられる。だから選ばれた。

 バイパーネッドがソードを振り下ろす。その一瞬はスローモーション。ソードの影が子供を覆った瞬間、それは消えた。消えたのだ。

 文字通り、ソードが消えた。

「っ!」
 ゼッカーは即座に操作モードに切り替え、バイパーネッドを後方移動。刹那、バイパーネッドがいた場所に何かが通り過ぎる。
 違和感を感覚で追い、視覚で確認すると、バイパーネッドの右腕がなくなっていた。何かによって切り落とされたのだ。相手の姿は見えなかった。だが、間違いなく攻撃を受けたのはわかった。

「そこか」
 ゼッカーは生まれた気配を察知し、そこにガトリングガンを撃ち込むと、何もない空間が火花を散らしていく。何かに衝突して弾けた音である。

 いる。何かがいる。

 直後、ジジジとノイズのような音とともに、世界が歪曲し、何もない空間からそれが姿を現した。

(ゴースト? いや、光学迷彩か)
 ゴーストとは、ガイゼルバインの前身であるアンバーガイゼルに搭載されていた特殊兵装であり、その姿を完全に消し去る新技術である。
 レーダーにも映らないため、まるで亡霊のように奇襲を仕掛けられる優れた武器である。ただ、あまりにエネルギーの消耗が激しいので常用はできない。

 もしゴーストならば発動中は物理攻撃を受け付けない。振動数を制御し、個体が気体になるように形状を一時的に変化させるものだからだ。
 また、この技術は賢人の遺産を使ってこそ可能なものであるため、ダマスカスが所有しているとは思えない。となれば、単純に周囲と同化する光学迷彩の類だと思われた。

 ゼッカーの推測通り、衝撃を与えたら制御が不安定になり、姿が現れる。現れた機体は赤いカラーリングの武者姿とでも言おうか。西洋甲冑にスタイリッシュな武者のデザインが取り入れられた異様なMGが、刀を突き出していた。

「悪魔め! これ以上の狼藉は私が許さん!!」
 そして、それに乗る武人こそ、エルダー・パワー剣士第九席、アミカ・カササギであった。


「チェイミーさん、もうすぐです」
「了解デス。しっかり掴まっててくだサイね!」
「あの、できれば後ろのほうがよいのですが・・・」
「話していると舌噛みマスよ!!」

 チェイミー・フォウにしがみついているのは、ヘインシー・エクスペンサーである。しかし、なぜか背後からではなく前から抱きついている。そのためチェイミーの巨乳で顔が塞がれるという状況になっていた。

(このままでは、たどり着く前に窒息死してしまうかもしれない)
 若干死の危険性を感じつつも、チェイミーの言われた通りにする。ちなみにヘインシーという男は、性欲が非常に乏しい(ほぼない)ので女性の肉体にはほとんど反応しない。
 カーシェルならば歓喜しそうな状況も、ヘインシーにとっては複雑な心境である、とだけ言っておこう。彼の頭の中はアピュラトリスのことで一杯なのである。

 現在ヘインシーは、チェイミーが操る武力ぶりき計画の五号機を使って移動していた。移動にはアミカも使っていた試作光学迷彩、天霧衣あまのきりころもを発動させているので、外部からは見えない。
 しかしながら、ゴーストほど万能ではない。見えないだけで物理的には接触するし、一般的な熱感知型のレーダーにも引っかかる。幸いながら今は強力なジャミングがアピュラトリスから発せられているので助かっているにすぎない。

「彼女には申し訳ないことをしました」
 ヘインシーはアミカを戦場に出してしまったことを少しばかり悔いていた。

 当初、彼らは一般の大型トラックにMGを乗せて一般街道を移動していた。そう、十八のダマスカス部隊のすべてがカモフラージュだったのだ。もともとその中には本命など一つもなかった。
 ただ、カーシェルはその中の一つに雛鳥がいるとルシア側に伝えていた。万一情報が漏れた場合に備えて偽の情報を流していたのだ。

 ハブシェンメッツは一応それを信じた。そもそも情報のすべてを開示していないダマスカスのことは気にしないと決めていたからだ。何かあって一番困るのはダマスカスである。そこは割り切っていた。

 本当はこのままMGを機動せずに目的地に到着できれば一番であったが、戦域が拡大し市街地まで被害が出るとなれば、そうそう悠長にしていられない。
 流れ弾が当たる可能性もあり、渋滞が起こればお手上げである。そうなる前にヘインシーは決断。MGを機動して危険を覚悟で移動を開始したのである。

 そのためにアミカには囮になってもらうことにした。もちろんリスクもある。こちらが光学迷彩を使用しているとなれば、隠密に動いていることを教えるようなものであるからだ。

「いいデス。アミカも怒ってまシタ。たぶん冷静になれませんネ」
 アミカは間違ったことを許せない真面目な女性である。几帳面すぎるほど真面目なので、このまま一緒についていっても、おそらく冷静ではいられないだろう。

(あの機体も新型と聞いている。彼女ほどの腕前ならば問題ないと思うが・・・)
 アミカが受け取ったのはダマスカスでも最高の性能を持つであろう新型MGである。あらゆる面で今までのMGとは違うもので、ゼルスセイバーズが使っていた量産タイプの原型となった試作機と聞いている。

 試作機ゆえにオーバースペックを前提に造られており、性能そのものはメイクピークが使っていたゼルスワンを軽く凌駕するだろう。
 また、この五号機もカゲユキのゼルスファイブの原型となったもので、隠密行動に特化した忍者用の機体である。こうして走っていてもPC程度の小さな駆動音しか聞こえないので、相当静穏性に優れている。

 これはチェイミーの能力が高いせいでもあった。アミカには謎の金髪巨乳忍者だと思われているが、エルダー・パワーの忍者において彼女ほど隠密行動に優れている者はいない。

「この速度ならあと数分で着きます。よろしくお願いします」
「わかりマシた!!」
 チェイミーは気合いを入れてヘインシーを抱きしめる。なぜ前面で抱きしめるのか理解できないが、大切なものは両手でしっかり掴むというのが、彼女が幼い頃に教わった大切なことらしい。ヘインシー、完全に物扱いである。

(あと少しで・・・アナイスメルの秘密がわかる)

 目的地はもう目の前。ここに到達すれば、勝ち目はまだある。
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