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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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四十話 「RD事変 其の三十九 『雪騎将』」

 †††

(これは・・・罠じゃろうな)
 ホウサンオーが乗るナイト・オブ・ザ・バーンは第二防衛ラインにあるカノン砲台を突破し、会議場に向けて突き進んできた。
 その間に多少の妨害は受けたが、比較的すんなりとこの場所まで来ることができた。

 それは【誘導】されたから。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが特機とはいえ、建物を破壊しながら自由に移動するというのは現実的ではない。
 結局は道なりに移動するしかないので、一本道の道路を駆けてやってきたらこの場所に出た。MGに限らずこのルートで会議場に向かうしかないように設計されているからだ。

 待っていたのは、その区画だけ正方形に切り取られたかのような広い空間。ビル群の中に突如現れたミステリー・サークルのような開けた場所である。
 その中央に一台の装甲車がぽつんと存在していた。しかも車の上には生身の人間が立っている。

 ナイト・オブ・ザ・バーンと車の距離はおよそ五百メートルくらいか。ホウサンオーの剣の間合い、射程ギリギリである。
 相手が生身の人間であることを考えれば、この距離でも殺傷には十分である。わずかに散った剣気に触れただけでも砕け散るだろう。

 しかし、ホウサンオーはそこから動けないでいた。罠が怖かったのではない。車の上にいる男が発している異様な気配に戸惑ったのだ。
 幾多の強力な武人を一蹴してきた彼でさえ、ハブシェンメッツが放つオーラには目を見張る。

(こりゃ、まずいの。この感覚は、まずい)
 ホウサンオーの危険察知能力が、ここから先に進むことを拒否している。行けば必ずダメージを負うほどの何かが待ち受けていると告げている。

 武人が放つ強烈な刺々しいオーラとは違うものの、目の前の空間からは明らかにハブシェンメッツの分厚い意識の壁を感じてならない。

 それはまるで【雪原】。手つかずの真っ白な銀世界が広がっている光景。
 真っ白がゆえにそこに何かが足を踏み入れれば、たとえそれが普段けっして見つからない山の獣であっても足跡はしっかり残るだろう。

 そして、踏み入るのが人であれば、自らの重みで雪はじわじわと彼を押し潰そうとしてくる。
 そんな雪に苦しむ光景がホウサンオーには見えた。それゆえに慎重になる。

(車以外には何も見えんな。気配も感じんか)
 ホウサンオーが波動円はどうまどかで周囲を探るがMGはもとより生命体の気配はなかった。

 志郎も使ったこの技は簡単な情報しかわからないものの非常に便利なので武人の多くが愛用している。
 ホウサンオーの波動円は自己の剣の間合いと同じ、およそ五百メートル。自身を中心に半径五百メートルの球体を作って敵の位置を探っているわけだ。

 ゼルスセイバーズをまとめて斬った時もこの技を使っている。使い手の用途によって感度を調整できるのもこの技の利点で、熟練したホウサンオーが扱えば虫一匹すら探し出すことも可能である。
 単純がゆえに奥深い。まさにホウサンオーという存在を体現しているかのような技である。

 その技を使っても現段階では何の反応もない。
 しかし明らかに罠。それを隠そうともしない男が目の前にいる。

(ルシア軍に動きはないか)
 マレンが取得した情報は常に更新されており、随時コックピットのモニターに表示されている。
 これらの情報はAIの黒神太姫が管理し、簡易情報としてホウサンオーが望む情報だけを教えてくれるようになっていた。

 当然、ホウサンオーが気になるのはMG部隊の動きである。特にルシア軍は戦闘が始まってからいまだに積極的な動きを見せていない。
 ルシアのMG部隊はハブシェンメッツの遙か後方にいくつか展開されている程度。一番近い部隊でも六キロ以上は離れており、いきなり援軍に来られる距離ではなかった。

 また、少なくとも相手はナイト・オブ・ザ・バーンの性能を知っている。火焔砲弾すら切り裂き、普通の銃弾くらいなら簡単によけられるのである。
 無理をして遠距離から射撃をしてくるとは思えない。そもそもそんなことをすればハブシェンメッツも巻き込んでしまう。

(とはいえ事前に教えられた情報よりMGの数は少ないようじゃな)
 公海上にいる主力部隊のゼダーシェル・ウォー艦隊を除くと、現在ルシアが所有している戦力は親衛隊のロー・シェイブルズと沖合にいる先行艦隊から送られた警護隊である。

 シェイブルズの人員は記録上ではおよそ三千人。彼らは天帝の身辺警護を主な任務にしているが、天帝が独自に動かせる忠実な私兵という立場にある。
 本国にいる天帝本体の警護もあるので、今回派遣されているシェイブルズは半数にも満たない。

 が、彼らがなぜ親衛隊と呼ばれているか。その隊長たるジャラガンがなぜ元帥クラスの権限を持つのか。
 彼らはまさにルシアから選び抜かれた猛者たちなのだ。天帝という騎士の頂点に仕えるに相応しい最高の剣の一つである。その力はルシアの主力である四大軍艦隊にも匹敵する。

 現在展開されているルシア軍は主に警護隊のものであり、シェイブルズは見当たらない。情報では最低でも百に近いMGを保有しているはずなので、彼らの動向は非常に気になるところである。

(さて、どうしたもんかの)
 ここでナイト・オブ・ザ・バーンとハブシェンメッツが睨み合う不思議な状況が生まれていた。


「風位、危ないですよ! せめて中へ!」
「いいんだ。ここでいい。ここがいい」
「子供じゃないんですから!」
 ハブシェンメッツは相変わらず車の上に立ったままだ。そこには絶対の自信がうかがえた。

「ちゃんと計算してあるから大丈夫だよ。そのためのデータじゃないか」
「ほ、本当ですか? そこは信用しますよ!」
 今までの戦闘データからホウサンオーの剣の間合いは掴んでいる。数々の犠牲は無駄ではなかったのである。
 アルザリ・ナムは若干恐怖で膝を震わせながらも、上官の言葉を信じることにした。もとより反論する権限などないのでするしかないのだが。

(隠していたらアウトだけどね)
 ハブシェンメッツはホウサンオーの戦いを見て、非常に慎重な人物であることをすぐに理解していた。
 達人であるのに簡単に手の内を見せない恐ろしいほどに手堅い相手である。まだ隠し玉の一つや二つあってもおかしくはないので、もし遠距離の奥の手があれば当然アウトである。

(が、それ自体が亡霊となっては困るからね。アルナムには悪いが割り切るとしようか)
 アルザリ・ナムには大丈夫と言ったが、そんなことはわかるわけがない。ハブシェンメッツとて、ただの人間なのだから。

 ただし、なんとなくそれはない。そう思える【感覚】があるのだ。
 それにわざわざ生身の自分に奥の手を使うほど余裕があるとも思えない。根拠はそれで十分である。

「ずっと気になってましたけど、そんなに自信があるんですか?」
 アルザリ・ナムは、あまりの自信たっぷりなハブシェンメッツを訝しむ。普段は見られない姿であるからだ。

「そりゃね。自信がなければ最初からギャンブルなんてやらないじゃないか」
 当人いわく、ギャンブルをやるときは今のようにいつも自信たっぷりの顔をするらしい。

「ちなみに今まで何回勝ったんですか?」
 哀しいかな、何も知らないアルザリ・ナムはまだ淡い期待を持っていた。持たなくては気持ちを抑えることができないので、こうした哀れな質問をしてしまうのだ。

「勝った数なんて覚えてないよ」
 ハブシェンメッツの言葉に嘘はない。勝った数など覚えていない。そんなものは存在しないからだ。
 自信たっぷりで挑むわりに全敗するというのだから実に恐ろしい神経である。負けた翌日にはまた自信たっぷりで負けに行くのだから。

 しかし、そんな男でも律儀なことに負けた数と借金の数字だけは明確に覚えている。

「僕の借金の総額を知りたいかい? 三億・・・」
「もういいです」
 その段階でもう終わりである。億がついた段階でホームレスだけで済んでいたのが奇跡的な数字なのだから最後まで聞くまでもないだろう。
 アルザリ・ナムは内心、そんなに負けていたのか!と驚いたが、もうここまできたらハブシェンメッツを信じるしかない。

(退職金がないと返済は無理だろうな・・・)
 ハブシェンメッツの計算では退職金が入ればギリギリ許容範囲内の借金で済むことになるが、けっしてプラスにはならないのが哀しいところだ。

 しかも裏ではアーマイガー名義での借り入れもあるので内心は冷や汗である。
 と、すでにこのことはアーマイガーも知っているのだが、知らないふりをしてハブシェンメッツにプレッシャーをかけていたりする。

(やっぱり真面目に働かないと駄目かな。でも、どうして勝てないのかな・・・)
 なぜか自分でもわからないうちにカジノに向かうのだ。
 普通に見ればただのギャンブル依存症。当人もそれは薄々理解しているが、なぜ勝てないのかが疑問でもあり、ついつい通ってしまうわけである。

 そう、当人はなぜ勝てないのかいまだにわからないのである。それもまた哀れであるが、この怠惰な男には負けが必要なのである。
 その証拠に、今はとても気分が良かった。麻薬中毒者が薬をやめられた時のように、ギャンブル依存症が真面目に働く喜びを知った時のように。

 そして今こそが絶体絶命。彼にとっては最大の条件下である。
 三億を超える借金など霞むほど命の危機が迫った状態。それを彼自らが欲したのだ。

 ならば与えよう。

 あなたが本気になれるステージを与えよう。
 金のことなど一瞬で掻き消えてしまうほどの、最高の場所を与えよう!!


「いいかい、アルナム。敵があのラインを超えたら動くからね」
 ハブシェンメッツは手にリモコン型のスイッチを持ち、車から三百メートル付近を見つめている。
 もちろんそこにはラインなど書かれていないので、きっと彼にしか視えないラインがあるのだろう。

「さて、君ならどんな手を使う?」
「普通に考えれば包囲ですね」
 ハブシェンメッツの問いにアルザリ・ナムは即座に答える。
 今までも包囲という作戦は使っていたが、この単語は実に重要な意味を持っている。なぜならば普通包囲されればもう終わりだからである。

 戦術士の腕前は、いかに素早く包囲状態を生み出すかにかかっているといってもよい。
 しかもたいていの場合、ルシアの戦術士が指揮する部隊は相手より実力が上である。そんな相手に包囲されたら勝ち目など、もはやないのだ。

「でも、この状況では相手が動かない可能性もあります」
 わざわざ自分から罠に飛び込む獣などいない。そこに餌があるか、否応なく行くしかない状況を生み出すから罠は罠足り得るのだ。

 ならばどうするか?

「環境条件次第ですが、後ろから追い立てるってのが常套手段でしょう」
 追われれば相手は仕方なく罠のほうに逃げるしかない。もし余裕がなければ罠に気がつかない可能性もあるだろう。

「なかなか良い手だ。さすがアルナムだね。でも、僕は配置していないよ」
「ですよね・・・」
 伏兵がいないことなど監査局から送られてくる映像を見ればすぐにわかることである。少なくともビルなどに伏兵はいない。いれば配備段階でわかっていただろう。

 しかし、ハブシェンメッツは最初からここに敵が来ると想定して罠を仕掛けている。アルザリ・ナムにはそれがわからないでいた。

(敵がここに来ると決まっていたわけじゃない。いや、むしろ可能性は少なかったはずだ)
 相手がテロリストならばアピュラトリス防衛に専念するのが定石だろう。会議場を狙う選択肢もあるにはあるが、戦力的に劣る彼らにとってはあまり現実的ではない。

 それでも相手は来た。ハブシェンメッツはそれを読んでいたのか?
 否。絶対的な確証があったわけではない。罠には二種類あり、一つは相手をハメようと自ら積極的に仕掛けるもの。こちらは攻めるための手段の一つである。

 もう一つは防衛のために仕掛けておくもの。こちらはあくまで受け身であって、かかれば御の字といった程度である。
 そして、ハブシェンメッツの策は後者、仕掛けてきた相手を待ち受けるもの。当然、こちらのほうが万全の体勢で仕掛けられるので有利である。
 が、相手が来なくては意味がない。相手が自ら動くからこそ成り立つものだ。

(風位はブラックワンが来たことに驚かなかった。最初から来ることを前提にしているんだ)
 ダマスカス軍のリュウが『絞っている』と称したのは、ハブシェンメッツが特定の敵を狙っていることを示していた。

 それはもちろんブラックワンことナイト・オブ・ザ・バーンである。
 これはダマスカス軍も最初から突き通してきた命題であり、ルシア帝国にとっても変わらないものである。

「この場のリーダーは彼。落とせば勝ちだからね」
 絶対なる個が集まっているバーンにおいてリーダーというものは存在しない。序列に応じて現場の指揮権が与えられるが、リーダーと呼べるものはゼッカーだけである。

 ゼッカーだけが生き残れば組織は死なない。悪魔という存在がいれば駒はなんとでもなるからである。
 しかしながら、戦場単位でいえばやはり現場のリーダーは重要である。特にこの戦いはこれからの世界の行く末を変えてしまうほど重要なものなのだ。

 今この瞬間、すべてを支えているのはホウサンオーである。いわばラーバーンの命運が彼にかかっている。ならばナイト・オブ・ザ・バーンを狙うのは至極当然である。

 単純な戦闘力ではガガーランドも同格だろうが、それはあくまで個としてである。不思議なことにホウサンオーには個以上の何かがある。
 人を惹きつける魅力。ゼッカーには及ばないが、それに近しいほど人々の目を奪う輝きがあるのだ。

「なぜ彼が来たか不思議みたいだね。でも、それは簡単なことなんだよ。だって、彼は【剣】だからね」
 武力を持つ組織には、必ず【剣】と【盾】が存在する。王の右手には攻撃するための剣があり、左手には守るための盾がある。

 しかも剣は、ただの武器ではない。己の主の意思を体現する存在でなければならない。
 その心をもっともよく知り、その意思をもっとも実行に移すものでなければ務まらない。主が泣けば涙を流し、主が怒れば剣も怒る。それほどの存在なのだ。

「剣を見れば【王】の質が視える。君にはどう映っているかな」
 ハブシェンメッツはアルザリ・ナムに対して問いかける。まるで生徒に話しかける講師のように。

(強いのは間違いない。でも、それ以上は・・・)
 まだアルザリ・ナムにはホウサンオーという存在の大きさは理解できない。奥行き、深さを知り得ない。

 それも仕方がない。どう見てもただのジジイである。ナイト・オブ・ザ・バーンは美しいビジュアルであるが、中身はただのネグレクトを疑うジジイでしかないのだ。
 アルザリ・ナムでなくてもそう簡単に見通せるものではない。

「アルナム、考えすぎるのも良くない。悪魔君は策士だが、いつも裏があるわけではないんだ。意外と物事はシンプルなものなんだよ」
 物事とは、成熟すればするほどシンプルになっていくものである。
 極めれば極めるほど単純明快になっていく。絵も突き詰めていくと一本の線になるほどに。

 ただし、そのぶんだけ奥行きが増していく。深淵なる世界が広がっていく。それでも全体を見れば一つのシンプルなものである。
 人間の身体もそうである。その中には骨や筋肉、神経、臓器などがあり、そのさらに奥には細胞があるが、身体という全体を見ればシンプルに見えるのと同じである。

 複雑に思惑が絡まっていても全体を見れば一本筋道が出来ているのだ。
 ナイト・オブ・ザ・バーンがここに来たことも、全体の道を見ればなんら不思議ではない。

「遅かれ早かれブラックワンは前に出る必要があった。僕たちは結果的に優勢ではなかったけど、けっして劣勢でもなかったからね」
 これが長期戦ならばまずラーバーン側に勝ち目はない。永遠と消耗戦を続ければ、物資に勝るほうがいずれは勝つからだ。

 ただし、これは短期決戦である。
 少なくともラーバーン側は長居するつもりはないだろう。目的を達したら即時撤退を開始するはずだ。

 では、どうやって撤退するのか。

「今のところ転移は送るだけで、その逆はない」
 仮に回収が可能ならば、もっと楽に攻略できるはずである。わざわざ消耗戦に付き合う必要はない。

 もちろん手の内を隠すために最後まで見せないことはありえるが、それでもそのまま出てきたように簡単に回収できるとは思えない。
 そのあたりは現在、学院長ことヤンバース率いる法則院チームに解析させているので、そのうち何かしらわかるだろう。

「ひとまず法則院の見解では、これだけの術式を展開するには相当な準備が必要らしいね。まあ、それがアナイスメルとかいうものである可能性は否定できないけど、不確定要素が多すぎる」

 ラーバーン側がアナイスメルの完全掌握を狙っているのは間違いない。がしかし、そこに完全なる計画があるとは思えない。そもそも完全など絶対にないからだ。

(アナイスメルというものが万能とは思えないしね)
 ハブシェンメッツはアナイスメルなるものについて懐疑的な見解を抱いていた。
 アナイスメルのことを知っているのはごく少数で、しかも誰もが曖昧な知識しか持ち合わせていない。現在の認識では、富の塔の中枢システムといった程度である。

 話を聞いた限りではかなり特殊なもののようだが、到底万能ではないだろう。もしそんなものがあれば、すでに使用されていてしかるべきだからだ。
 存在する以上、何者かが造った。されど、それが使われていない以上、何かしら問題があるのだ。そうでなければ優れた道具を使わない手はない。

 世界で広がるものは、安定した力。車にしてもMGにしても、安定した活躍が見込めるから使用されている。言い換えれば継続性があって【安全で信頼できるもの】である。
 テロリストが狙うようなものなのだ。それが安全なものであるはずがない。いわば核融合炉に近い危うさを持つものと推測される。

 そんなものを当てにはしない。
 あの悪魔は、そんな覚悟で向かってきてはいない。

 となれば、ここでただ全滅するなどという愚策は選ばないはずだ。脱出の策に二次策、三次策があってしかるべきである。

 そのために彼らが会議場を狙うことは十二分に考えられる策であった。落とす必要はない。動揺を与えればよいのだ。
 それだけで各国の間でパニックが起こる。その隙に脱出すればよいのである。

 では、誰がその役目をするか。これもごくごくシンプルな答えである。
 一番強い者、一番強い剣がその役割を果たすのだ。

「ブラックワンは最初から役を演じている。すべての注目が自分に集まるように仕掛けているんだ。これも重要なことだよ」
 ホウサンオーは激しく嫌がっていたが、彼が殺陣を演じたのも【注目されるため】である。

 ダマスカス軍を一蹴し、ゼルスセイバーズも圧倒してみせる。これだけインパクトを与えれば、その圧力はすでにルシアやシェイクの精鋭軍にも匹敵する。
 そして悪魔はルシアを挑発して意識をナイト・オブ・ザ・バーンに向けている。事実、すべての人間がたった一人の人間、たった一機のMGに翻弄されているではないか。

 それは目的であって手段。
 本当の目的を見えなくさせる一手なのだ。

「では、我々は常に相手の手の中にある、ということですか?」
 アルザリ・ナムは、五百メートルは離れているのに、まるで眼前にいるかのような圧倒的な存在感を放つナイト・オブ・ザ・バーンを注視しながら言う。
 こうしてすでに注目している段階で悪魔の策の中にいることになる。

「仕方がない。それこそ先手を取った者の特権さ。何事も仕掛けた者が優位に立つのは戦略においても同じことだよ」
 攻めるか受けるかにかかわらず仕掛けた者の中には考えが存在し、仕掛けられる側はその中で動くしかない。

 このことから、どんなに善戦しても連盟側は後手に回るしかない。ハブシェンメッツの策もまた、受け身に徹することで成立するものである。

「ならば、相手が仕掛けてこないこともあるのでは?」
 現状でも相手の目的は達成されているかもしれない。現にこれだけ注目しているのだから、あえて罠の中に飛び込むことはしないかもしれない。

 しかし

「彼は動くよ」

 アルザリ・ナムには、ハブシェンメッツがそう言った瞬間、手に持っていたスイッチを押したように見えた。
 一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、そう、その瞬間にはすでにナイト・オブ・ザ・バーンは動いていたのだ。

 MGの巨体にして恐るべき速さで動くナイト・オブ・ザ・バーンを目で追っては間に合わない。ハブシェンメッツは視覚を捨て、感覚だけでそれを成した。
 ホウサンオーが危険を覚悟で進んでくると確信していたからである。

 この時、ハブシェンメッツは何も説明してくれなかったが、何年かあとアルザリ・ナムが何度も考え、自力で導き出した答えがある。

 その答えとは

「彼は武人だった」

 ということ。

 かつてハブシェンメッツは武人をこう評したことがある。
「人間には闘争本能がある。困難に立ち向かい、自らを高めようとする性質だ。それが極限にまで高まったのが彼ら、武人だよ」

 ハブシェンメッツはホウサンオーが武人であることを知っていた。
 武人は自分が背負ったものをけっして途中で捨てることはしないこと。とてもとても不器用な存在なのであること。しかし逆にその信念こそが彼らをもっとも強くさせる要因であることを知っていた。

 罠があるとかないとか、死ぬとか死なないとか、策を弄するとか弄しないとか、そういったものを超えて彼らは戦っているのである。

 なぜならば、彼らが戦っているのは【人のシステム】そのものであるから。


 ナイト・オブ・ザ・バーンは瞬時にハブシェンメッツが指定したラインにまで到達する。至高技の止水ができるほどの脚力があるのだから走るのだって速いのは当然である。
 ただ普段は面倒なのであまり走らないにすぎない。大人になったら全力疾走しなくなることに若干似ている。が、走れば案外速いものである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンがラインに達した瞬間、予想通りのことが起こった。突如敵の気配が生まれたのだ。

 それは上空でも東西南北でもなく、【真下】。

 砲弾のような速度で急上昇してきたソレは、ナイト・オブ・ザ・バーンが指揮車にたどり着く前に地上に姿を見せる。
 それは青くカラーリングされた機体でルシア帝国軍のMGであると思われた。現れた数は三機。

「この地下には軍事ドックがあるんだ」
 猛然と突っ込んできたナイト・オブ・ザ・バーンの迫力にアルザリ・ナムが硬直する中、ハブシェンメッツはリモコンを手元でくるくると回しながら平然と言う。

 ダマスカスの都市には巨大な地下空間が存在する。アピュラトリスも地上部分より地下に重要な施設が集まっているように、領土が他国ほど広くないこの国において地下は貴重なスペースとなっている。

 ハブシェンメッツたちの下には、ダマスカス軍が使用している第二ドックが存在していた。現在は隔壁で封鎖されているが、カーシェルたちがいる第三ドックともつながっている広大な地下空間である。
 そう、ダマスカス軍は地下に巨大な軍事施設を持っているのである。

 ハブシェンメッツは騎士団の大半をこのドックに配置させていた。
 その理由はとても簡単である。まず敵への集中砲火によって味方の損害を出さないため。次に相手に情報を与えず心理的に優位に立つためである。

 敵が非常に情報戦に長けた相手であることはすでに理解していた。加えて転移という謎の技術も使ってくる曲者である。
 普通、ルシア軍に睨まれればテロリストふぜいは戦意を喪失するものであるが、彼らはそんな可愛げのある者たちではない。

 転移の奇襲による混乱も考慮すると、地上にずらずらと部隊を並べて圧力をかける策は使えない。
 逆に数の多さで混乱に拍車がかかり不利になることが考えられた。これはダマスカス軍によって実証済みである。

 さらにいくらアピュラトリス周辺が広いとはいえ、市街地での戦闘は非常に通路が限られ、数を出したところで実際の運用面で動かせる駒は少ない。
 それではむしろ個で勝る相手が、少ない数でも防衛できる条件を与えることになってしまう。

 それならば、ハブシェンメッツは【将棋盤】の上のほうが戦いやすいと考える。
 ハブシェンメッツの押したスイッチは、地下から地上につながる搬送用リフトのものであり、このようなリフトはさまざまな場所に存在している。それはまるで将棋盤の【升目】に似ていた。

 臨機応変にそのつど戦力を追加できるほうが有利であるし、相手に的を絞らせない戦いが可能である。
 これは相手の転移に対抗してハブシェンメッツが考案した手段の一つである。相手の駒が見えないのならば、こちらの駒も隠せばよいのである。
 幸いながら手数はこちらのほうが多い。相手が予想外の手を打っても対応できる駒がそろっていた。

 ただ、通常のリフト移動では時間がかかりすぎるために、現在は速度リミッターを解除している状態である。しかも一部では加速器を追加して速度を上げていた。
 これはピストンのたがが外れた状態であり、急速上昇したリフトは完全にせり上がってしまい、一度使ったらもう二度は使えない状態となる。

 が、一度使えれば十分。どうせ同じ手は通用しない相手なのだから。

「先手必勝じゃな」
 すでに波動円で感知していたホウサンオーは彼らが出てくることはわかっていた。
 リフトで上昇するという【ハンデ】を負っている彼らは、出現直後はどうしても無防備になる。そこを狙わない手はない。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは名刀マゴノテを振りかぶり横に一閃する。三機まとめて両断する気である。彼の攻撃力ならばそれも可能であろう。
 しかし、それは相手も理解していた。出現した三機のMGは密着した状態でシールドを重ねて防御の姿勢。

「風位、三機だけでは・・・!」
 アルザリ・ナムは出てきた機体が三機だけということに驚いていた。

 地下ドックのリフトという手があれば、それを使って一気に包囲することも可能であったからだ。
 しかし、ハブシェンメッツが選んだのは駒を小出しにすることであった。

「ブラックワンの最大の長所はあの攻撃力だ。親衛隊とはいえ、普通にやればまず止められないだろうね」
 ハブシェンメッツは自身が配置したMG、ルシア帝国軍の親衛隊に配備されているブルーゲリュオンの性能を確認する。

 現在ルシア帝国軍内で制式採用されている量産型MGはゲリュオンである。初期型MGの中では総合的な性能に優れ、シェイクのブルゴーンより装甲で劣るが反応速度は高くなっている。
 さらにブルータイプは一般的なゲリュオンを指揮官用(レベルの高い武人用)にチューンした機体で、全体的に二割増しの性能を誇っていた。

 といってもやはり初期型なので今回投入されたダマスカスの新型MGハイカランのほうが総合スペック的には上である。
 そのハイカランを一蹴する相手なのだから、いくらシェイブルズであっても普通にやって止められるわけがない。

 しかし、何事にも対抗策は存在する。

「ゼルスセイバーズが失敗したのは、守らねばならないときに攻めたからだ。はっきり言ってしまえば指揮系統がバラバラだったからだ」
 ゼルスセイバーズは軍全体の指揮下には入らず独自の組織として動いていた。彼らの存在を認める者が少なかったので、そう動かざるを得なかったのだ。

 だから焦った。将棋の【香車きょうしゃ】が焦って【飛車】になろうとしても土台無理である。
 また、歩が無理に金になろうとしても時期が早ければ意味がない。その逆に必要な時に壁となる歩がなくては金も死ぬ。
 すべての駒には価値がある。その役割を正しくまっとうすればそれなりの力を出せるのだ。

「大事なのは必要な時に必要な戦力を投入すること。そして相性を見極めることだ」
 当然、駒には相性が存在し、どんなに強い相手にも苦手とする駒があるものである。

 ゼルスセイバーズはそれを誤った。駒の数が少なかったことと、相手をよく知らなかったからである。
 対特機戦を得意とするナイト・オブ・ザ・バーンに生半可な特機で当たってしまった。広域戦を得意とするドラグ・オブ・ザ・バーンに集団で攻めてしまった。

 結果は惨敗である。

 相手が強すぎたことも要因の一つであるが、一番は駒の相性が悪すぎたこと。相手の土俵で相撲を取ってしまったことが敗因である。
 そして何より、駒として動くことができなかったこと。これに尽きる。

 しかし、この盤上にいるのはハブシェンメッツの命令があれば完全なる駒となれる騎士たちである。今、盤上はハブシェンメッツの支配下にあった。

「まずは彼の長所を奪う」


(なんじゃ、あれは?)
 ホウサンオーは刀が届く前にシールドの表面に凹凸があることを見て取った。
 よくシールドにトゲを付けてアタックする者もいるが、ブルーゲリュオンが持っているシールドの凹凸はプリン状のものがたくさん付いている感じである。

 なおかつ彼らは斬られることをまったく恐れていない。どちらかというと攻撃されることを待っているような雰囲気を醸し出していた。

(こりゃまずい)
 ホウサンオーは瞬時にバックステップを繰り出し、直接斬撃から剣硬気による攻撃に切り替える。
 当然、直接斬撃のほうが攻撃力としては上である。が、嫌な予感がしたので直接触れることを避けたのだ。

 剣気がシールドと衝突。
 その瞬間、シールド表面でまるで爆竹のように激しい爆発が起こる。

(やはり仕込んでおったか。たまーにあるんじゃよな、こういうのは)
 武器を扱う剣士にとって一番気をつけねばならないのが【武器破壊】である。
 おそらくシールドに衝撃弾を仕込んであったのだろう。通常のソードの直接斬撃ならば爆発で粉々になっていたかもしれない。

 しかしながら、ナイト・オブ・ザ・バーンが持っている刀は名刀である。そのうえ彼の戦気で包んであるのだから簡単には壊れない。
 それでも警戒したのはホウサンオーの戦闘経験値が高いからである。優れた武人ほど油断しないものなのだ。

 ホウサンオーの剣硬気はブルーゲリュオンのシールド三つを切り裂いた。機体まで両断とはいかなかったが、相手の両腕はもう使い物にならないだろう。
 むしろナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃を三機で防いだ彼らの練度を賞賛してほしい。

 ルシアの騎士はひたすら防御に徹したおかげで、かろうじて生き延びることができたのだ。最初から無理に攻撃に出る気がなかったからこその芸当である。
 ただし、彼らは最初から自分の命など惜しんではいない。葛藤もしない。

「ルシアの兵はとても真面目だよ。僕が死ねと言えば、彼らは喜んで死ぬのだから」
 これがどれだけ恐ろしいことか、ルシア兵と戦えばよくわかるだろう。
 しかもここにつどっているのは、ルシア最高の忠誠心を持つといわれるロー・シェイブルズなのだ。

 だからこそハブシェンメッツは必要以上の犠牲は出さないつもりでいる。どんな勝利であっても犠牲が必要以上に出れば負けである。
 これはハブシェンメッツの美学であり、犠牲を厭わない悪魔のやり方とは対極的でもあった。

(いくら挑発しても乗らないよ。そのほうが犠牲が出るからね)
 ハブシェンメッツが悪魔の挑発に乗らないのは、そのほうがマイナスだからである。

 悪魔がいくら数百人の住人の命を奪ったとしても、挑発に乗ってしまえばもっと大勢の死者が出る。
 残念ながら有事の際は騎士一人の命のほうが一般人より上となる。抑止力を失うほうがさらなる被害が出るからだ。

 そして三人のルシア騎士は駒としての役割を果たしつつ、見事に生き残った。そのことにハブシェンメッツは拍手して出迎えたい気分である。
 彼らはたしかに相手を倒せなかったが、また同時に負けなかったのだ。これが重要である。

「さて、次は・・・っと」
 ハブシェンメッツがボタンを押すと、次の部隊がリフトから上がってきた。

 リフトで上がってきたのは、MGが十機。それぞれが別のリフトから上がってきており、地上に着くと同時にナイト・オブ・ザ・バーンを包囲する。
 ここにきてようやくハブシェンメッツは本格的にルシア騎士団を投入したのである。しかし、その戦術はただ数で押すものではなかった。

(あー、やらしいのぉ)
 ホウサンオーはその布陣を見て改めて相手のいやらしさを痛感する。
 敵MG全員が持っているのは例のシールド、今しがた武器破壊を狙ってきたブルーゲリュオンのD装備である。

 D装備とは重武装破壊用装備であり、こうしたシールドのほかにも重装甲を破壊するような強力な武器もある。現在は相手の攻撃適性を考えてシールド装備を選択していた。
 こうなるとナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃力を殺しにきているのは明白である。

 しかも包囲するためにリフトを微妙に時間差で押し上げており、三機はそれを壁として使いながら即後退。追撃する隙を与えてもらえなかった。
 当然ルシア帝国軍の熟練度が高いのもあるが、これを指揮している男の性格を如実に表してもいる。

(やはりあれが指揮官かの)
 MGの壁に守られながらも、いまだ車の上でこちらを観察している冴えない顔の男。しかしながら、その目だけは燃えるように輝いている。

 ホウサンオーにはその目が飢えた獣のように見えた。
 男は渇望していた。この状況を。この敵を。自分を本当に追い詰めてくれる相手に喜んでいた。その冴えない表情とは裏腹に。

(こりゃ、ゼッカー君も簡単にはいかんかもしれんな)
 ゼッカーも戦術に長けている男である。何をやらせても一流の男は戦術士としても一流だろう。

 が、目の前の男はそうした戦術士という枠組みを超えているように思えてならない。オーラが普通とは違うのだ。
 ハブシェンメッツは完全にホウサンオーを殺しに来ている。それがひしひしと伝わってくる。

 そして、周囲のブルーゲリュオンがシールドを使いながら一気に間合いを詰めてくる。

「おー、おー、ワシの可愛い子には触れさせんぞい!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンが、まるでコマのように一回転しながら刀を振るう。シールドに仕掛けられた爆薬が破裂し、周囲は閃光と塵に包まれた。

 そこに立っていた者は一人のみ。ナイト・オブ・ザ・バーン。刃は十機のシールドを破壊しながらあっさりと蹴散らしたのだ。

「ご苦労さん。じゃあ、撤退よろしく」
 その時ハブシェンメッツは、演技が終わったエキストラを解散させるかのごとく指示を出していた。
 十機はシールドを破棄して後退。

(倒しきれんか。やはり武人の質が違うの)
 ホウサンオーは相手のグレードが上がったことを感じ取っていた。
 たしかに一撃で包囲網を粉砕したことは事実。なれど、それで倒れないルシア騎士の強さも際立っていた。

 しかもまだ後退するほどの余力を残している。今回の行動も明らかに防御重視の布陣であり、早々に下がったことからも他意を感じてならない。
 一つだけ証明されたのは、一撃とはいえ彼らにはナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃力を受け止めるだけの実力があるということである。

(これもあやつの気質が乗り移っておる。見事なものじゃ)
 不思議なことに、どのような駒を動かしていても指し手の気質が乗り移るものである。
 たとえばゼッカーが動かす駒はどれも鋭敏で恐ろしい。彼らの背後にいかなる犠牲も厭わない覚悟が宿っているからである。

 だが同時に誇り高く美しさすら感じる。自己犠牲の心が宿っているからである。
 だからバーンもロキも、どことなく人を惹きつける魅力を放っているのだ。

 一方のハブシェンメッツの扱う騎士は、非常に淡白で粛々としている。
 それは彼が消耗戦にあまりに慣れているからである。結局、現段階で彼が失ったのは数百のカノン砲台だけである。しかもそれはダマスカス軍のものなので懐が痛むわけでもない。
 ルシア軍の人的被害はゼロ。ここまでそれなりに押し込んでおきながら、これもまた驚異的である。

 ギャンブルでの実態がまるで嘘のような堅実かつ高圧的な戦術。
 普段からこれができていれば、あんなに借金が膨らむことはなかっただろう。いや、そもそも普段からそんな男であったならばギャンブルなどしないだろうが。

 これもまた裏が表になった影響である。
 彼は知らずのうちに堅実な策を打ち出していく。淡々と、相手が倒れるまで。
 だから見方によれば物足りない、味気ないと思えてしまう。が、最後にはいつも彼が立っているだろう。ほぼ万全の無傷の状態で。

 ならば、彼は無敗かつ常勝の将ということになる。

(楽しんでおるゼッカー君には悪いが、やはり指揮官を討ち取ったほうがいいかもしれんな)
 ホウサンオーはハブシェンメッツの持つ危険性を認識した。
 ゼッカーとは違う意味で底知れない深さがある。それは彼が今まで味わってきた負けの積み重ねが生み出したもの。

 努力と研鑽によって力を手にしたホウサンオーだからこそわかる、恐るべき才能である。
 だが、ハブシェンメッツに到達するにはまだ多くの壁がある。

「いやはや、すごいものだ。シェイブルズの守備隊をああも簡単に蹴散らすなんてね」
 ハブシェンメッツはナイト・オブ・ザ・バーンにも拍手を送る。やはり強い。圧倒的に強かった。

「やっぱり単純な包囲では駄目なんですね・・・」
 アルザリ・ナムはナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃力に目を見張る。武器破壊どころではない。近寄れもしないのだ。
 あまりの規格外の相手に、もはや手はないように思えた。

「あれを普通の戦術論の中に組み込んではいけないよ。特殊な事例だからね」
 戦争が数で決まるという持論を持つハブシェンメッツは、この結果を受けてもいささかも意見を変えるつもりはなかった。これは明らかに特異なケースであるからだ。

 ただ、その特異なケースが目の前にあるというだけ。それにはそれの対処方法がある。
 そして、ハブシェンメッツが特異なケースに対して投入した部隊は【彼ら】であった。

 上がってきたのはブルーゲリュオンと同じく青いカラーリングであるが、形がまったく違うMGが二機。
 明らかに普通のMGとは違う特機タイプ。しかもその姿には【騎士ナイト】の面影がある。

「ほっほ、こりゃ大歓迎じゃ。【ブルーナイト】が二機とは、なかなか豪華じゃな」
 ホウサンオーは楽しそうに二機を見つめる。二機のMGは、ただ見ているだけでも目の保養になるほど美しい青さを持っていたからだ。

 正しくいえば、それはMGのカテゴリーを超えている。
 MGが大量生産される以前はWGだけが魔人機の製造を行っており、その中の大半が特機型の【オーバーギア】である。
 そのOGの中で特に有名なのが【ナイトシリーズ】だ。

 ナイトシリーズは神機をベースにして可能な限り本家に似せて作られたもので、普通のMGとは比べものにならない性能を誇る。
 しかしそれだけ貴重な資源を使うので高いコストがかかり、WGが今まで作ったナイトシリーズは【各色九十九機】しか存在していない。

 非常に稀少なOGであるため、これを与えられる騎士はまさに国家において特別な存在であることを示す。
 小国ならば一機でも存在していれば誇ってよいほどのプレミアものであり、喜んで国の象徴機として迎え入れられるだろう。

 同時にナイトシリーズを保持することは他国に対しても圧力となる。ナイトシリーズに乗るほどの武人がいる。それだけで抑止力となるわけである。
 その効果は抜群で、当時のガーネリアではサンチョ・ポンデールがグリーンナイトに乗るだけで外交を有利に進めることもできていた。

 これももともとはレマール王国の機体であり、それを嫁入り道具とはいえ気前よくガーネリアに渡してしまうのだから、レマールの国力の高さも容易にうかがうことができるというものである。
 こうして外交戦略にも使われるナイトシリーズであるので稀少価値は相当なものといえる。

 それが二機、目の前にいる。
 それだけでルシアの力がいかに強大かを知ることができるだろう。

「えーと、雪騎将せっきしょうのお二人は時間を稼いでもらえるかな。三分間もあれば十分だと思うから、よろしく頼むよ」
 ハブシェンメッツは出てきた二人に指示を出す。彼らに出した命令は三分間の足止めであった。

「時間稼ぎ・・・ね。倒せとは言わないんだな」
 一機目の青騎士、ブルーナイト99-015、ブルースカルド〈青の兵士〉に乗るのはゾバーク・ミルゲン上級大尉、四十歳。

 紫がかったくすんだ色の金髪は、かすかにルシアの血が入ったことを示しているが、逆にその血の薄さを示してもいる。
 その代わり瞳は真っ赤なブラッドアイであり、彼の中にある闘争本能を象徴しているかのようであった。

「これも作戦ということでしょう。指揮官殿はなかなかの知将のようですし」
 もう一機のブルーナイト、ブルーナイト99-002、ブルー・シェリノ〈青の夢人花〉に乗るはミタカ・エンブリフ上級中尉、二十三歳。

 ゾバークが若干ながらルシアの面影があるのに比べ、彼にはまったくルシアの面影はない。髪は深い濃紺、瞳も黒といった様相。
 ゾバークが精悍な戦士ならば、ミタカはどちらかといえば色白な優男といった風貌である。

「気に入らないな。ルシアっぽくねえ。俺はこういうチマチマしたのが大嫌いなんだよ。どうして倒せと言わない」
「ゾバさんのルシアっぽいって、いつの時代ですか? これだからオールド世代って言われるんです。今は作戦の時代ですよ」
「うるせえ。戦いってのは力のぶつかり合いだろうが。肉と肉、拳と拳の衝突なんだよ! わかるか、あの興奮がよ!」
「あー、はいはい」

 ゾバークの長話が始まる前にミカタは耳を塞ぐ。どうせまた同じ話の繰り返しなのだ。シィエブルズに入隊してから冗談抜きにもう五十回は同じ話を聞いているだろう。

「あの頃は良かった。戦争っていったら派手な艦隊戦と歩兵だったんだよな!」
 ゾバークが軍に入ったのは、かつてルシア軍の戦いをテレビで見たからである。
 戦場の花形であった派手な艦隊戦と相手の戦艦に突入して制圧する歩兵部隊の攻防。大規模戦闘の手に汗握る戦いは少年だったゾバークの心を射止めた。

「ああ、憧れたねぇ。シェルビカッツ提督なんて俺のアイドルだぜ」
 沖合にいるゼダーシェル・ウォーのシェルビカッツもまた、それらの戦いによって武勲を挙げて今の艦隊司令にまで上り詰めた、かつての英雄の一人である。

「ミタカ! 俺、ここに来るまでの間にサインもらったぜ! 提督のだぜ! あの雪狼ことシェルビカッツさんのだぞ! うおお、生きていてよかった!」
「よかったですね」
「お前、この価値がわかってないだろう! 直筆だぞ! ちゃんとゾバーク君へって書いてもらったんだからな!!」
「あー、それはよかったですね」

 シェイブルズは基本天帝の護衛任務を担当するので本国からあまり離れない。他のルシア軍とも遠征に行くが、こうしてゼダーシェル・ウォーの旗艦と一緒の任務に就くことは少ない。
 ゼダーシェル・ウォー自体が強力な軍団であるため、彼らは彼らだけの任務で動くことが多いからである。

 それが今回見事に重なった。こんな幸運はないとゾバークは権限を利用してサインをもらいに行ったのである。
 シェルビカッツは厳格な軍人であるが、警戒中ではない限りは融通が利く男なので快くサインをしてくれた。ゾバーク、感激である。

「俺もう宝物にするから。額縁入れたから」
「職権乱用にならないようにしてくださいね。巻き込まれると困るんで」
「俺たち、仲間だろう」
「こういうときだけ仲間にするのやめてください。それより相手を待たせていますよ。そろそろ行きましょう」

 じゃれ合っている。楽しんでいる。ナイト・オブ・ザ・バーンを前にしてこの余裕。
 当然、彼らはナイト・オブ・ザ・バーンの実力を知っている。だが同時に、彼ら自身の力もよく知っていた。


(あれがルシアの雪騎将。噂は聞いたことはあるが・・・)
 ヨシュアは出てきたルシアのブルーナイトを注意深く観察する。その目には若干の憧れに近い光が宿っていた。

 まずブルーナイト自体が珍しい。神機【ブルー・ザ・ガンナイト〈砕けぬ青き勇気〉】の高性能レプリカ機であり、九十九機だけ製造されたナイトシリーズの一色である。
 しかし、ナイトシリーズはかつての戦いによって数を減らしており、完全な形で現存する機体は半数程度だといわれている。

 WGも新たに製造するつもりはないようで、修理用の重要なパーツだけを流通させるだけで復元などはしていない。
 親機であるブルー・ザ・ガンナイトもすでに行方知れずであり、もう二度と再生産はされないとされているレア物だ。
 それが二機もいるのだから、それだけで貴重な映像である。

 ちなみにヨシュアのハイテッシモもナイトシリーズを凌駕する超レアものである。
 ハイテッシモはネーパシリーズと呼ばれる黄金の装甲を持つオーバーギアの系統で、これはナイトシリーズのゴールドナイトとは別のカテゴリーに入る特別な機体である。
 全部で何機造られたかはわからないが、現存している機体は十機にも満たないので、価値はナイトシリーズを上回る。

 ただ、ルシア帝国は稀少なブルーナイトを二桁所有するといわれているので、たった一機のネーパシリーズしか持たないガネリアとは比べることはできないだろう。

 そして、それに乗るのが彼ら【雪騎将せっきしょう】である。

 かつての世界では優れた武人に馬を与える風習があった。ただの馬ではない。戦うための騎馬である。それがルシアでは雪の中を走るので雪騎と呼ばれるようになった。
 現在のルシアでは雪騎とはMGのことを指し、ブルーナイトのような稀少かつ高性能なMGが手には入った時は、天帝が自ら選んだ騎士に与えられる制度が確立されている。

 今会議場にあるような偶像ではない。天帝本人が自ら出てきて儀礼を行うのである。
 これはとんでもないことである。騎士にとってこれほどの誉れは存在しないし、何よりも騎士の頂点である天帝から直々に賦与されるのである。

 この名誉、この栄光、これだけの感激がこの世にあろうはずがない。彼はルシアの寵愛を受けた者となる。信頼され、愛される者となる。

 雪とその血を守る騎士となる!!
 王が信頼した騎士となれる栄光のほかに、彼らが望むものは何一つない!!

 現在、雪騎将はルシアに千人いるといわれている。千人。この数字。

 一千万の騎士のうちの千人。
 一万人に一人。

 騎士のレベルが世界一であるルシアにおいて、一万人に一人という敷居の高さがどれほどのものかわかるだろうか。
 サッカーの本場、野球の本場、芸術の本場でのし上がることがどれだけ大変か、わかるだろうか。

 特にロー・シェイブルズは天帝の親衛隊として選び抜かれた者たちの集まりである。その忠義はもちろん、何より重要視されるのが【実力】。

 出てきたのだ。
 出てきてしまったのだ。
 ルシアが誇る最高の力の一つが。

 しかしながら相手はあのナイト・オブ・ザ・バーンである。ブルーナイトであろうと有利とはいえない。

 と、ヨシュアは思っていた。
 だが、次の瞬間に彼はルシアの恐ろしさを知ることになる。


「あんたか。うちの大将、ディスったのは。その意味、わかってんのか?」
 ゾバークのブルーナイトが一機でナイト・オブ・ザ・バーンの前に出る。
 彼のブルースカルドは非常にゴテゴテした外観で、さまざまな箇所にいろいろな物が装備されている。
 まさに戦場に出るフル装備の兵士、といった様相である。

(ワシではないんじゃがな・・・てか、ディスるって何じゃ? ディスコ?)
 ディスコではない。ジジイ、ジェネレーションギャップである。

 哀しいかなジジイにはディスるはわからない。が、なんとなく意味を察してみた。おそらく侮辱とかそういう意味だろう。
 しかもそれはゼッカーがやったのであってホウサンオーは完全に濡れ衣である。

「俺はな、夢を見るほうじゃない。ただ一人の騎士であればいいと思っている。だがそれは、ただの騎士じゃない!」
 ゾバークが求めたものは、あの日、あの時、夢見た憧れの騎士。

 天帝の剣となり国を守る、偉大な騎士。
 帰国した時に行われる戦勝パレードで静かに歩く、寡黙な騎士。
 勝ってもおごらず、ただただ模範たろうとする、美しき雪の騎士。

 そのすべてが少年であったゾバークの心を打った。
 ああ、雪とはなんと美しいのだろう。
 街に降る雪は時々黒いが、それでも彼らはいつだって美しい。

 いつか自分も天帝の剣になりたい。
 汚れきった世界にあって、あの色だけは常に気高いのだ。

 それは、少年にとっての【神】だった。

「カッ!!!!」

 突如、ブルーナイトから発せられたのは凝縮した戦気。いや、それはもう【強力な意志そのもの】と呼べるものである。
 意志は大地を駆け抜け、場を掌握してしまう。足下が熱されたフライパンになってしまったかのように、燃えるように

 熱い! 熱い!!! 熱い!!!!!

 その気迫には身内であるブルーゲリュオンでさえ畏怖するほどである。周囲五百メートルはあっという間に【戦場いくさば】となったのである。

「三分で首を獲る!」

 ゾバークの圧倒的な意志の力がホウサンオーに襲いかかる。
 足止めに甘んじるつもりは毛頭ない。三分で殺すつもりでいた。

「ほっほっほ。やってみい、小僧。ワシの首はちと重たいがのぉ」

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