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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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三十四話 「RD事変 其の三十三 『富の塔奪還作戦⑤』」

 †††

 バサラ・イデモンは碇を下ろして海上に固定されているが、波の影響一つで狙いは大きく変わる。
 人は自然にあらがうことはできない。波が嫌だからと駄々をこねても無駄だし、潮の満ち引きを止めようとしても徒労に終わるのがおちだ。

 人にできることは自然に順応することだけ。

 その瞬間、波はゼターシェル・ウォーの味方をした。
 クルーたちの感覚が研ぎ澄まされ、海流の癖を察知。すべてが一本の道となった瞬間である。

 バサラ・イデモンの三連主砲から三発の火焔砲弾が発射。弾道は雲を穿つかのように高い放物線を描きながら空気を貫いていく。
 気象データも完璧で風も彼らに味方をする。この時、少しでも風の影響を受けていれば砲弾は大きくずれていたことだろう。

 まるで奇跡のような一撃。
 しかし、この世界に奇跡はない。すべては因果関係による当然の結果によって成り立っている。

 人こそあらゆる状況を把握して狙った結果を生み出せる地上で唯一の生物である。
 ミデリカンが言ったように、そこはもはや感覚。長年培ってきた経験だけが可能にする神業なのだ。

 これこそ意地。ゼターシェル・ウォーが放ったルシアの底力そのものである。
 その砲弾は寸分の狂いもなく指定座標に向かっていく。

「っ!」
 探査型のオロクカカが察知する前にホウサンオーとガガーランドは【意思】を感じ取った。
 今までのものとは明らかに違う気迫。相手を仕留めるために放たれた本気の一撃である。

 同じ砲弾であろうと人の意思が宿ったものは激的に力が増す。
 ガガーランドがこうしてミサイルを吹き飛ばし、弾丸を弾き返せているのも人の意思が通わないまがい物だからである。

 それはただの化学反応にすぎない。そんなものでは人の意思を貫くことはできない。
 だがしかし、人の意思が宿った砲弾はドラグ・オブ・ザ・バーンの装甲すら穿つことができる。

 なぜならば【本気】だからだ。

 日々の鍛錬によって培った技術。厳しい環境と命令に耐えうるだけの精神力。優秀な副官による意思統一。
 そしてそのすべてをシェルビカッツという優秀なリーダーがまとめた時、激変する!

 たとえ武人でないクルーであっても精神の力は強大である。ハブシェンメッツが人の数の多さの脅威を説いたのも、こうした作用が実際に存在するからなのだ。
 クルーすべての精神が大きな意思となり砲弾に宿り、通常と違う作用を及ぼす。

 雪狼の牙が剥かれた。

 雪に紛れて気配を殺し、必殺の瞬間を待ちわびてついに放たれた本気の牙。
 狼は牽制などしない。遠慮もしない。狙うは喉元。相手を確実に殺すために急所だけを狙う。

 超一流の武人であるホウサンオーとガガーランドはその気配に気がついたのだ。

 この一撃は自分たちすら倒すものであると。

(悪いけど落とさせてもらうよ)
 ハブシェンメッツは火焔砲弾が間違いなく直撃すると確信していた。
 当然、まだ映像では見えない。見えた時には爆炎で画面が見えなくなるほどの衝撃となるはずである。

 しかし、感覚でわかるのだ。こうして戦場に身を置くことでそうしたことが理解できるようになる。
 机の上で命令しているだけではけっして味わえない鋭敏な感覚。これこそ戦場に出る大きな価値である。

 ハブシェンメッツの狙いは、もちろんあの二機の特機である。
 いくら他の敵を倒したところであの二機を撃墜しないかぎりは勝ちはありえないし、敵も諦めないだろう。

 逆に言えば、あの二機を落としてしまえば勝負は終わる。
 より強力な手駒が存在する可能性も否定はできないが、それはこちらも同じことである。いまだ万全の騎士団を有しているのだ。

 だが、ハブシェンメッツはここで決めるつもりでいた。そのために布石を打っていたのだ。
 その罠に最初に気がついたのはユニサンである。

(むっ、足が・・・)
 回避運動を行っていたユニサンはドラグニア・バーンの足に違和感を感じた。
 駆動系には異常はない。膝も大丈夫だ。異常を感じたのは【足の裏】である。

 足の裏に感じる重み。大雨の日に塗れた靴で歩く、あの妙に引っ張られるような嫌な感覚に似ている。

(まさか・・・狙っていたのか!?)
 ユニサンはなぜ敵がカノン砲をオートで撃っていたのか、その理由が今になってわかった。

 このエリアにはG型徹甲貫通弾によって大量のグランドニオ合金が撒き散らされている。
 迎撃したのか勝手にぶつかって散乱したかはまったく問題ではない。【この状況】こそがハブシェンメッツの目的であったのだ。

 弾体に使われているグランドニオ合金は、貫通弾と散弾の両方の性質を持っている特殊な弾である。
 ただ、この弾丸のもっとも厄介な性質は別にある。散弾化した合金は瞬間的には硬くなるが、熱が冷めるまでは粘着質を持つようになる。

 そのため標的が生物などの場合、散弾が標的内部にとどまることで中毒を引き起こして致死率を上げる効果がある。
 これはMGでも同じである。機体内部にとどまればさまざまな異常を引き起こし行動不能にできるし、当然パイロットの体内にも入れば有毒である。

 ただし、ハブシェンメッツが狙った効果はこれではない。
 彼にとっては相手の内部に入るかどうかは問題ではなく、粘着と硬化の性質があれば十分使えるものである。

 現在、周囲にはおびただしいほどの熱せられた合金が散乱しており、どうしても回避運動の合間に踏んでしまう。
 踏んだ合金は次第に接着剤のように固まり動きを鈍らせる。強引に剥がして移動しているが、地上を移動するしかないMGは影響を避けられない。

 ハブシェンメッツの狙いは、相手を【釘付け】にすることである。
 弾丸による攻撃だけではなく、本命を避けにくい状況を生み出すこと。それが砲撃の最大の目的であった。

 しかもである。これは本来の使い方ではないため、受ける側としてはなかなか意識が向かないものである。
 これほど無造作に大量に撒き散らすなど普通はありえないので、なおさら事前に察知することが難しい。

 これこそハブシェンメッツという男の怖さである。

「よけられないよ。これはね」
 ハブシェンメッツの狙いは当たる。今、すべての条件が整ったのだ。
 ゼターシェルは完璧な働きをしてくれた。ルシア帝国正規軍の名に恥じない素晴らしい仕事である。

 火焔砲弾が三発同時に向かってくる。
 指定した弾丸は火焔砲弾の中でも最強威力のマギムフレア。障壁なしで直撃すれば大型戦艦でも一撃で吹き飛ぶほどの破壊力を持っている。

 ハブシェンメッツは弾丸の威力を最初は通常弾、次は貫撃弾と段階的に強くしていっていた。
 これはホウサンオーがゼルスセイバーズにやったことと同じで、相手を油断させて間合いに引きずり込む策である。

 戦いにおいてこうした策は珍しくないが、ハブシェンメッツという男は相手と策を被せることをしない性格である。
 軍人将棋でも相手がどんな手で来ようと気にせず、淡々と自分の策を叩き込むことを好む。

 相変わらずのマイペースかつ合理主義者である。だが、今回はあえて相手のやったことを返した。
 ゼルスセイバーズの意趣返しというわけではないだろう。そんな義理はないし、化かし合いは戦場の常である。恨みはないはずだ。

 ならば、これは【悪魔を意識】してのことなのだ。
 ハブシェンメッツは相手の次の一手を誘っている。挑発している。

「モニタリングを怠らないように頼む。例の転移現象があれば絶対見逃さないように」
 ハブシェンメッツはアピュラトリス周辺を監視している監査局に通達する。

 すでに必勝の状態であるのにハブシェンメッツはまったく警戒を解いていない。それがアルザリ・ナムには驚きなのである。

(風位が相手をこんなに意識するなんて・・・)
 意識されたから意識するのは当たり前であろう。人とはそういう生き物である。
 しかし、悪魔への対抗心のようなものを感じるのは気のせいだろうか。彼がそうした態度を取るのはひどく珍しいことである。

(何かが二人を引き寄せるのだろうか。もしかして・・・似ている?)
 直感的にアルザリ・ナムはハブシェンメッツと金髪の悪魔が持つ類似性に気がつく。
 共にリアリストの側面を持つ以上に、二人の気質が似ているのではないかと感じたのだ。

 何の根拠もないが、長年ハブシェンメッツを見ているアルザリ・ナムには独特の雰囲気を感じ取ることができる。
 この段階ではまるで正反対。考え方も生き方もまったく異なる二人。

 しかし、才覚は同じ。

 悪魔の能力は知謀だけではなく、総合力では圧倒的に上にいるが、ここはあくまで盤上である。求められるものは知略のみ。
 その意味で今、ハブシェンメッツは初めて自分と同格の相手と触れたのだろう。

 かたや世界を変えようとする者。かたやシステムを維持しようとする者。
 両者の違いはそれだけなのかもしれない。

(このままチェックメイトではつまらないぞ、悪魔君)
 喜んでいる。歓喜している。だから心が急く。
 もっと戦いたいという衝動が湧き上がるのだ!!


「ホウサンオー! やるぞ!」
「うむ、温存している場合ではないか」
 ガガーランドの叫びにホウサンオーが応じる。

 すでに恐るべき破壊の力が眼前に迫っている。今から回避行動を取っても間に合わない。
 生半可な対応では爆発の余波で大ダメージを負ってしまう。受け身ではやられてしまうだけの力をもった一撃なのだ。

 ならば、こちらも全力で迎え撃つしかない。

「ぬん!」
 ガガーランドの戦気が数段階上がった。まるで肉厚のハムが重なったような重厚な弾力を持ちつつ洗練されていく。

 そう、今までは単なる戦気、下位の気質であったのだ。それであれだけの攻撃を防いでいたことも驚異であるが、その戦気がさらに激的に上昇する。

(なんという圧力! これがガガーランド様の【重闘気じゅうとうき】か!」
 ドラグ・オブ・ザ・バーンとは距離があるにもかかわらず、ユニサンは身震いするような圧力を感じていた。

 ガガーランドが練ったものはユニサンが発した【闘気もどき】などとは比べものにならない本物の闘気である。
 闘争心がそのまま炎になったかのごとく濃密な戦気であり、ガガーランドが持つ強烈な精神力が生み出した【生き様】でもある。

 しかもこれはただの闘気ではない。あまりの莫大な量の戦気が次々と闘気として溢れ出ているので、何重もの闘気の膜が生まれているのだ。
 それが全身を覆いつつ、さらに右拳に集まっていく。まるで本物の太陽が目の前に生まれたと錯覚するほどに【熱い】。

 何より恐るべきは、これだけの闘気を一瞬にして生み出すガガーランドの練度である。
 いったいどれだけの鍛錬を行えばこれができるのか。いや、おそらくは当人はそれを鍛錬とすら思っていないほどに戦うことが自然だったのだろう。

(生き方が違うのだ。根本が我々とは違う)
 ユニサンは死ぬ気で努力して今の力を得た。それは理想と復讐のためであったが、仮にガガーランドという存在が自分の立場であったら、そんなことはまったく考えなかっただろう。

 生きることそのものが戦いである。

 彼にとって戦うことは自然なのだ。戦う理由は必要ない。武人だから戦うのだ。それ自体が理由である。
 ユニサンが決死の努力だと思っていたことも、ガガーランドからすればただ呼吸することと同じでしかない。

 それは人間だからこそできるものである。
 動物はけっして自ら争いを求めない。生存するために必要だからこそ戦っているにすぎない。

 だが、人間は霊魂を宿すがゆえに自らの意思で戦い続けることができる。
 自ら選択し、貫くことが許されている。その意思の力がそのまま力に反映されているのだ。

 これこそ力。ガガーランドが持つ豪の生き方。

 そしてもう一人。
 究極の域に達した者がいる。

「久々に本気を出すかの」
 ホウサンオーの戦気が光り輝いていく。ゼルスセイバーズと戦った時を遙かに超え、もはやそれは光そのものとなるほどに眩しい。

 これを【光気こうき】と呼ぶ。

 戦気の最上位はすべての力を内包した【覇気】である。が、これは肉体的な要素も関わるので【覇王の資質】を持つ者しか生み出すことはできない。
 簡単にいえば、武人の資質をすべて開花させた者だけが発することができるものである。

 残念ながら、これを扱える者は現在の世界では覇王ゼブラエスただ一人である。
 どれだけ強くても武人としての覚醒率がその段階に至っていない人間には覇気は扱えないのだ。

 よって、それ以外の武人は覇気の修得は諦めねばならない。

 また、闘気も一つの才覚である。強くても闘争心を表現できない武人も多く、闘気が使えるから優れた武人であることとイコールではない。
 ユニサンがその証拠である。武人としては並であるユニサンが闘気を使えたとしても素のガガーランドには到底及ばないだろう。

 闘気もまた性質の一つ。意図的に修得するのは難しいものである。

 しかし、気落ちすることはない。
 努力次第で到達することができる最後の領域がある。それを今、ホウサンオーが体現している。

 戦気を究極にまで洗練させると不純物が減っていき、ほぼ白い色、あるいは無色透明になっていく。
 そう、あの赤く燃える粒子は【不純物】なのだ。

 炎と同じく戦う意思は便利な道具となる。が、扱いを間違えれば火事となり自身すら燃やしてしまう危険性を持つ。
 通常の戦気はまだそうした段階なのだ。人間でいえば若い頃、生体磁気が有り余っている時と同じで感情的であり暴力的な状態である。

 その炎が洗練されると【光】となる。熱量を維持しつつ世界を照らす光となっていく。
 まるで人間の成長と同じである。若い頃、多くの間違いを犯し、それによって叡智を得て年を重ねるごとに穏やかになっていく過程を経る。

 そして人は気がつく。
 真の力とは荒々しい衝動の中にあるのではなく、【静寂】の中にこそあるのだと。

 多くの若い人々は静寂に力はないと考える。真空には何もないと思ってしまう。黙する人を弱気な者だと思ってしまう。

 否。それこそ無知である。

 だから見よ。この光を。この絶え間ない努力によってのみ生まれた真なる力を。

 この二人の力を見よ!

「我が拳に砕けぬものなし!」
 完全に目の前に迫ったマギムフレアにドラグ・オブ・ザ・バーンが構え、拳を突き出す!

 それは虎破だと思われた。
 ユニサンを含めた多くの戦士が愛用している必殺の拳。いわばただの正拳突きである。
 覇王技の初歩の初歩であるが、初歩ゆえに難しく達人でさえ日々何千回も放ちながら、納得のいく一撃に到達できないまま一生を終える。

 それが今、この荒々しい男からは想像できないほどの理想的なフォームで繰り出される。
 砲弾は拳と激突。直後、ドラグ・オブ・ザ・バーンすら呑み込むほどの巨大な火球が生まれ、喰らい尽くそうと暴虐の牙を向く。

 そこにあるのは暴力。大国が持つ圧倒的な暴力。
 フレイマンやユニサンが憎み、怖れてきたもの。自分たちだけでは絶対に対抗できないと諦めつつも、諦めきれずに対抗し続けてきたもの。

 そこにゼダーシェル・ウォーの気迫が乗っているのだ。この暴力で破壊できないもののほうがあまりに少ない。
 火球は重闘気の一番外側を打ち破った。さすがの威力である。普通ならばマギムフレアはそのまま相手を呑み込み滅してしまう。

 だが、まさかそれが逆になろうとは誰も思っていなかったに違いない。
 この男は、この拳は、大国の暴力をもってしても排除できない非常に稀有な存在であったのだ。

「見事な意思の力よ! だが、このようなものでオレを倒せると思うなよ!!」

 重闘気が波のようにうねり、第二膜が火球を丸飲みにする。この段階でガガーランドの闘気が火球の威力を上回ったことを意味する。
 火球の爆発を闘気で無理矢理閉じこめてしまったのだ。その圧力や、もはや想像を絶する。

 そして放たれた虎破である。
 第三の闘気膜が拳から放たれた威力を一点にまとめ、火球の中心部に叩き込む。

 直後、第二膜の中で太陽が生まれた。

 火球と闘気の激しい衝突によって大爆発したのだ。しかし、その衝撃はすべて闘気によって抑えられ、大地に転がった石ころサイズの合金の欠片すら動くことはなかった。

 同じ瞬間、ホウサンオーもまた火球を切り裂いていた。刀に宿るは光り輝く光気。

 これを【剣光気けんこうき】という。

 原理は剣硬気と同じである。ただ、その宿した戦気の質があまりにも違いすぎるだけである。
 何百回も使った劣悪な油で揚げた天ぷらと、最上級の良質な油で最初に揚げた天ぷらを食べ比べてみると、この意味がわかる。

 まるで違う。何もかもが違う。
 さらに言えば素材もすべてが一級品。

 優れたシェフが安物で美味しいものを作ることはできる。それで腕の良さを証明できるだろう。が、一流が一流を使うからこそ超一流が生まれる。
 それは紛れもない事実。宿した光気も使っている刀も、それを扱う人間も一流ならば超一流となるのは当然のことである。

 それがこれ。この結果。

 剣光気によって真っ二つにされた火球は、溢れんばかりの光気の清流によって存在をかき消されてしまった。
 美しい場所に醜いものは長居できない。それがこの世界のルールであることを再確認したかのような衝撃。

 この二人は、圧倒的な力でマギムフレアという暴力をねじ伏せてしまった。
 力と力がぶつかれば、より強いほうが勝つのは道理であった。

(ああ、なんと偉大な)
 ユニサンは思わず涙をこぼしていた。
 今、この力が味方であることを心から嬉しく思うのだ。

 今まで自分たちは強者によって抑圧されていた。一方でその力に憧れも感じていた。これは武人である以前に人間ならば誰しもが抱く感情である。

 よくよく観察してみるといいだろう。意味なく相手を批判する人間は、その相手に羨望の眼差しを向けているのだ。
 好きな映画を批判的に評価しつつ、毎度観てしまう者は、やはりそれが好きなのである。

 ではなぜこうした相反する感情が生まれるかといえば、劣悪な環境が子供に鬱屈した感情を与えるからである。
 存在そのものが認められない自己否定感、過度の欠乏による精神的窮乏、こうした抑圧が強すぎると人間は無意識に反発心を抱いてしまう。

 今までのユニサンもまたこうしたジレンマに苦しみながら嘆いていた。
 羨望が怒りに変わり、押しつけが憎しみに変わり、それでいながら羨望も存在する。これは地獄のような苦しみであるし、これこそ彼のエネルギー源でもあったのだ。

 しかし、今や輝ける力が自分の味方になった。
 自分は今、【正しい力】を扱う側になったのだ。

 ホウサンオーとガガーランドが使った力は紛れもなく強者の力であり、自分たちを守るために存在している。
 ルシアの暴力すら打ち破る至高の力が、抑圧された人々を解放するために立ち上がったのだ。

 それがあまりにも嬉しいから泣くのだ。

 だが、火球はもう一発存在していた。
 ハブシェンメッツがターゲットにしていたのはナイト・オブ・ザ・バーンとドラグ・オブ・ザ・バーンの二機。

 そして、ドラグニア・バーンである。

 ハブシェンメッツは砲撃を行いながら相手を観察していた。黒機二機がリーダー格なのは見ればすぐにわかるが、もう一機目立つ者が存在していた。
 オロクカカのヘビ・ラテではない。あれも非常に危険だと思えるが、最後の一発はあえてドラグニア・バーンにしたのだ。

 ユニサンもその意識に気がつき、身を引き締める。

(俺を狙ったか。それなりに目立つからな)
 ユニサンは自分が狙われたことを少しばかり不思議に思いながら、その理由をドラグニア・バーンの問題だと考える。
 外部装甲だけを見れば大きくて強そうである。他の無人機と比べても目立つのだから狙われても仕方ない。

 普通はそう思う。
 が、ハブシェンメッツの見解は違った。

 たしかにドラグニア・バーンも立派な特機であり、ユニサンも今はそれなりの武人である。が、ヘビ・ラテと比べると劣るのは武人ではないハブシェンメッツでも一目瞭然だ。

 素人であっても見る目のある人間には味の違いなどはすぐにわかるもの。しかもその対比がわかりやすい。
 二人の太陽、一人の月光と比べれば、ユニサンは大地でその恵みを受ける樹木のごとき目立たぬ存在でしかない。

 が、それが妙に気になった。
 ドラグ・オブ・ザ・バーンに二発叩き込む選択肢があった中でハブシェンメッツはあえてドラグニア・バーンに同等の価値を見いだす。

 それが何かと問われればハブシェンメッツにもわからない。はっきり言えば【勘】である。
 何か嫌な予感がする。ドラグニア・バーンを残しておくと、あとあと大きな問題が起きそうな気がしていたのだ。

 軍人将棋でも同じである。戦場において価値の低い歩兵部隊の存在が最後の最後で意味を成すように、それを見逃したがために敗北を喫することがよくある。
 その時に危険を見分けるのは勘。何千、何万回と重ねた熟考によって培われる経験である。

 その経験がドラグニア・バーンを危険と判断したのだ。

「小僧、助けてはやれんぞ! 自力で何とかしろ!」
 ガガーランドは火球を破壊したばかり。さすがの彼でも今からユニサンを助けることはできない。ホウサンオーも同じく動けない。

 ただ、こうして声をかけるだけの時間があったのは、事前に察知したオロクカカのおかげであった。
 火焔砲弾がドラグニア・バーンに向かっていることを察知したヘビ・ラテは通常のミニラテより大きい子蜘蛛、ミドラテを放出し、糸を吐かせた。

 糸は瞬時に巨大な【魚】となり砲弾と衝突。火球が生まれると同時に糸で包み込んだ。

 戦糸術【糸印いといん珠魚しゅぎょ】。対象物を包み込んで無力化する戦糸結界術の一つである。
 わざわざ魚として編み込む必要はないのだが、そこは美しさも技の一つとする戦糸術の粋であろう。

 ミドラテは各々がジュエル・モーターを宿す戦気のブースターであり、オロクカカの美しい戦糸術を体現してみせる。

「くっ、これは・・・防げませんね!」
 しかし、マギムフレアの威力を抑えることはできず時間を稼ぐのがやっと。火球は強大な暴力をもって次々と糸を焼きながら迫ってくる。

 オロクカカはユニサンよりも遙かに優れた武人である。マギムフレアはその彼でさえどうにもならない威力なのだ。
 これが普通。二人の上位バーンが圧倒的におかしいのである。こんなことができる人間など世界に何人もいない。

(ここで足手まといになってたまるものか!)
 ユニサンが戦気を燃やすとドラグニア・バーンに搭載されている簡易TJMがそれを増幅。ユニサンの力を数倍に引き上げる。

 もともとドラグニア・バーンはドラグ・オブ・ザ・バーンを生み出すための試作実験機であり、テラジュエルではないものの一般では手に入らない高品質のジュエルを三つも使用している。

 ユニサン自身の戦気が弱いためにガガーランドのような重闘気にはならないが、燃えたぎるような闘気が拳に集まる。

「オロクカカ、あとは任せろ!」
「やれるのですか? 打点を誤れば死にますよ」
 オロクカカはバーン。序列こそ低いが特殊な能力を持つ貴重な戦士である。その戦術的価値はユニサンと比べるまでもない。

 ユニサンが重荷になっているのは事実。これ以上、自分がバーンに負担をかけるなどあってはならない。

「俺とて戦士よ!」
 だが、それ以上に武人であり戦士。ただ庇われるだけの生き方など望むわけもない。
 勝利は自らの拳で引き寄せなければ意味がないのだ。

「・・・わかりました。任せます」
 オロクカカは糸を解放する。ユニサンの言葉がなくとも、もう持ちこたえるのは限界であった。
 それでも残りのミドラテをぶつけ、火球の威力を減退させる。バーンとしての意地がそこにはあった。

 結界から解放された火球は最初より幾分か小さくなっていたが、それでも直撃すればドラグニア・バーンとてどうなるかわからない。ピンチは依然続いている。

(火球は術式。拳ではどうにもならぬ。だが、コアは打ち抜ける!)
 火焔砲弾は通常の火薬だけを使っているわけではない。それだけではこれだけの威力を出すのは非常に難しい。

 よって、火球の展開は術式によって行われており、砲弾の種類でいえば【呪力弾】のカテゴリーに入る。
 いわば弾丸の衝突と同時に羽尾火が使った(その十倍以上の)火球を放出するのである。

 火球部分は物理攻撃ではどうにもできない。ホウサンオーやガガーランドがやったように、それを上回る戦気をぶつけるしか方法はない。
 言ってしまえば戦気もまた精神的作用をもった術式であるため、当然術の種類にもよるが両者は基本的に相殺可能である。

 残念ながらユニサンにはこの方法は取れない。これだけの火球を打ち消すだけの戦気を生み出すことは、いかに般若となった彼でもできないのだ。
 志郎やデムサンダーには膨大な量に見えても、あくまで生身。戦術兵器と比べることはできない。

 しかし、これはあくまで砲弾。衝撃によって術式が展開される仕組みであり、そのための中心部、コアが必要である。
 そのコアは実際の砲弾である以上、拳が届く。

 砲弾のコアは火球の内部、肉眼では見えない位置にある。
 だが、今のユニサンにはかつて不可視だったものがありありと視える。この般若の目ならばコアを捉えることができるのだ。

「中心部、捉えたぞ!!」
 般若の目は法則すら見通す。火球のコアは赤いジュエルであった。

 何十人の呪術師あるいは魔導士と呼ばれる人間が、一つのジュエルに何ヶ月も法則を編み込んでようやく生まれるのがマギムフレアである。
 今のユニサンには砲弾に宿された彼らの意思すら視ることができた。

 ゼダーシェル・ウォー、そしてハブシェンメッツの意思が自分に向けられたことを知り、人生の最後の晴れ舞台を誇る。
 このような木偶の坊に栄光あるルシアが狙いをつけたのだ。誇っていい。悪びれていい。

 そして、砕けばいい。

 強国ルシアの思惑をその拳で砕いてみせればいいのだ!!

「うおおおおお!」
 火球の中心部に向かって全力の虎破。
 ドラグニア・バーンによって強化された虎破は、ただただ打ち貫く巨大なエネルギーとなりまっすぐ放たれた。

 半ば火球に呑まれながらも炎を打ち破り、拳はジュエルに届く。

 一瞬の間。

 何事も起こらないかのように見えた次の瞬間、炎が激しく一気に膨張する。それはまさに爆発を超えた閃光のような輝き。
 人の生命が燃えた時にだけ見られる激しい炎と炎の衝突のようにも思えた。

 ユニサンの虎破は見事にジュエルを貫いた。オロクカカの結界によって減速したことが味方し、最高の一撃を上手く当てることができた。
 威力も十分。コアを砕かれた砲弾は火球を維持できずに崩壊するはずであった。

 しかし、ここで予想していないことが起きた。

(なんと・・・ここに来て、なんと不運か!)
 ユニサンはおのれの不運を嘆く。
 ここまでは完璧であった。文句のつけようもなく全力を出した。

 ただ一つ、そんな彼でもどうにもならない要素。

 【術式連鎖】。

 通常、複数の術式が混線することで発生する術式連鎖であるが、マギナフレア単体でも非常に複雑なコードが組まれていた。
 それがユニサンの攻撃によって刺激され、滅多に起こらない【事故が発生】したのである。

 それはまるで油火災を水で消そうとしたら逆に火の勢いを増す結果になるのと同じである。
 これにはいくつかの理由があるが、一番大きな要因はユニサンの戦気が弱かったことにある。

 ユニサンが練った闘気は対人用ならば相当な威力を持っているが、いかんせん相手は戦艦の砲弾である。その威力も質も桁が違う。
 通常、戦艦の主砲が直撃すればどうなるか。通常弾であっても大破は確実である。特機クラスであっても大ダメージなのだ。

 それがマギムフレアのような最大威力の砲撃ともなれば簡単に防ぐことなどできない。
 ホウサンオーとガガーランドが特別なのであって、普通は当たらぬように回避運動を続けることが一番の解決策なのだ。

 最後まで立ち向かったのは勇敢である。見事である。
 だが、これが現実であった。

 火球はドラグニア・バーンを呑み込もうとしている。ヘビ・ラテも何とかしようとしているが、いかにオロクカカでもこの状態では手が出せない。
 せいぜいドラグニア・バーンもろとも糸の内部に隔離して被害を外に及ぼさないようにするのが精一杯だろう。

 ただ、それではユニサンが犠牲になる。
 それ自体は問題ないこと。どのみち死ぬ運命である。しかし、これでは無駄死にであり、彼はまだ生きることを望んでいた。

 より多くの相手を殺して死ぬために。

「まだ死ねぬ! まだ死ねぬのだ!!」
 自身に宿っている怒りはまだ消えていない。この暴力に対抗するためにすべてを捨ててきたのだ。
 業火に包まれたからこそさらに湧き上がる怒り!! 再び燃え上がる魂の鼓動!!

「俺はまだああああ!」


「仕留めた・・・かな」
 それをリアルタイムで見ていたハブシェンメッツは深く呼吸をして安堵する。

 まさかあの二機がマギムフレアを単体で破壊するとは思っていなかったので心の中で仰天したものだが、最後の一発は見事役目を果たしたようである。

(一機ずつ仕留めればいいさ)
 ハブシェンメッツは焦っていない。物量で勝負すればこちらが圧倒的に有利なのは変わらない事実である。
 マギムフレアはまだ二十発はあったはずだ。あの二機とて連続して何度も防ぐことはできないはずである。

 唯一マギムフレアは非常に高価なので値段だけが気になるところだが、その心配をするのは自分ではない。
 ザフキエルは何でも使っていいと言った。だから使ったのだから文句は言われないだろう。
 (ちなみにマギムフレアのお値段だが、ドライカップを千発飛ばしてもまだ手が届かない代物である)

 しかし。非常にしかしであるが、ここにきてようやくハブシェンメッツの願いが叶う。
 叶うといっても彼の作戦の通りになるという意味ではなく、【正当な順番通りになる】という意味である。

「風位、出ます!!」
 アルザリ・ナムは次々と移り変わる出来事にかなり興奮していたため言葉は正確ではなかった。
 だが、それだけでもハブシェンメッツは何が起こったのかを悟った。

 その映像は監査局から即座に送られ、一つのモニターに映し出される。

「来たか!」
 術者ではないハブシェンメッツに術式の軌跡はわからなかったが、一瞬の歪みと同時に突如として何かが現れた。
 もし高位の術者、たとえば羽尾火やアダ=シャーシカが見れば、そこに【ゲート】が見えただろう。

 予想通り、期待通り相手は手を打ってきた。いや、すでにハブシェンメッツは複数の手を打ったのだから順番からいえば遅い一手である。
 だが、だからこそ、その一手は強力であった。

 今回の転移は非常に小さい。
 それを見逃さなかったルシアの監査局はさすがである。彼らはアピュラトリスの全方位を監視しており、文字通り虫一匹の存在すら見逃さない能力者揃いだからこそ可能だった映像である。

(兵器? それともMGか? だがこれは・・・)
 映像なのでよく見えなかったが、一つだけわかったことはあまりにも小さいこと。
 少なくともMGではないことはハブシェンメッツにもわかった。

「人です! 人間だ!」
 兵器類を想像していたハブシェンメッツよりも先入観がなかったアルザリ・ナムが真相を言い当てる。

 そう、小さな門から出てきたのは【人】であった。
 間違いない。完全なる人型である。MGではない。サイズがあまりに小さい。本物の人間、それも比較的小柄なサイズである。

 その人物が現れたのは、ドラグニア・バーンの上空、火球の端からおよそ百メートル。
 あまりの熱気で映像も完全ではなく、まるで蜃気楼のように揺らめいていたが四肢ははっきりと見ることができた。

 やはり人である。

 もしその場に生身の人間がいたら瞬時に熱気で焼け焦げてしまう危険な場所のはずである。
 しかし、その人物は炎に焼かれることなく存在している。

 そして、次の瞬間、世界は【静けさ】を取り戻した。

 そよ風が舞う。熱気にまみれた暴力的な風ではなく、野原を優しく包む春の陽気と秋の物悲しさを含んだ、相反しながらも調和した風であった。
 風を受けたユニサンは、ようやく正常な意識を取り戻す。

(死んで・・・いない?)
 ユニサンは自分がまだ地上にいることを確認した。ドラグニア・バーンもほぼ無傷のままである。
 あの事故に巻き込まれればドラグニア・バーンとて消滅したかもしれない巨大な爆発であった。それが無傷であることはあまりにおかしい。

 それでもユニサンが無事であるのならば導き出される答えは一つである。
 この世に奇跡などない以上、何か違う作用が働いたのだ。

 それは当然、彼らのしゅからもたらされたものである。

「ここはあまり空気がよくないね。見なよ、ディーバも人の怖れを嫌っている」
 いつの間にかドラグニア・バーンの肩に人が座っていた。

 長い白髪は肩の途中で四つの房に分かれ、それぞれが赤青黄緑に変色している。
 その色が実に美しい。色鮮やかながら派手ではなく、目を引きながら地味ではない。このような色はCGであっても出せず、画家が見ればあまりの色合いに心奪われることは間違いない。

 なぜならば、そこには【精気】が宿っているからである。
 活力と優しさ、疲れきった人間が自然を見た時に感じる生命力が宿っているからなのだ。霊体すら簡単に見えなくなった人間にはこの奥深さを表現することは難しいだろう。

 白い髪に負けず劣らず透き通った白い肌。すらりとした細身から感じる印象は病的ではなく、どこか浮き世離れした神秘性を強調し、むしろ強い活力すら感じさせるほどに強烈である。

 顔は美人でもハンサムでもない、やや丸みを帯びた普通の顔である。
 が、一目でもその笑顔を見たら誰もが忘れられないだろう。毎夜、その姿を思い出し、男女問わずに恋い焦がれてしまうかもしれない。

 おそらく彼らはなぜ自分が【彼】を愛するのか理由がわからないに違いない。
 無理もない。自然なことである。彼が彼であるゆえに、これは必然なのだ。

 彼があなたを愛しているのだから、人々が愛された喜びを感じるのは自然なことなのだ。

「無事かい? 間に合ってよかったよ」
 彼はぽんぽんとドラグニア・バーンを叩く。
 まるで寝る子供をあやす親のような慈愛を込めた手からは優しい波動がこぼれていた。

(助けられたということか)
 ユニサンは火球を消したのは青年の仕業であることを悟った。
 あれだけの術式事故を一瞬で鎮めることはおそらくオンギョウジにもできないことである。いや、羽尾火でさえ難しい。

 しかし、彼にはそれができてしまう。
 ユニサンもその方面には詳しくはないが、彼という存在はメラキから見ても極めて特殊なのだという。

 その彼がここに来た。
 悪魔が送ったのは誰もが予想していない人物であった。

「ケマラミア、来るとは聞いていないぞ」
 彼の登場はガガーランドにしても予定外、想定外である。その声はまたイレギュラーが起こったことに若干不満げである。

 ガガーランドにとっては自分一人で問題ないと思っているくらいである。むしろそのほうが気兼ねなく戦えるとさえ思っている。
 それは間違いではない。彼単独ならばもっと違う戦いができただろうし、ハブシェンメッツの砲撃作戦でさえ強引に突破できたはずである。

 がしかし、今回求められているのは単純な力ではない。

「ここはいけないね。人々の感情が乱れすぎている。当たり前だけど戦場はあまり好きではないな」
 ケマラミアと呼ばれた青年は、憂いと、それと同じ以上の儚い笑顔を浮かべて戦場を見つめる。

 その【白金眼びゃくこんがん】には戦場に漂う痛みと怖れ、それによって生じる混沌が見えていた。
 破壊はただ物理的に生じるわけではない。背後にある今は見えなくなった世界においても影響を及ぼすのである。

「好きでないのならば来なければいい。軟弱者が増えてもやりにくいだけだ」
「ボクが来なければ彼は滅びていたよ」
「それも武人の生き方よ。滅びもまた一つの真理であろう」

 ガガーランドの言うことも一理ある。
 この世界は創造だけで成り立っているのではない。破壊とは自然の不可欠の要素、形態の変質になくてはならないものである。
 物質の表面しか見ない人間は腐り壊れたことに嘆くが、実際は何も変わっていないのだ。中身は依然として存在し続けるのだから。

「君はいつも清々しいほどシンプルだね。ディーバに愛されているのがわかるよ」
 ケマラミアにはガガーランドの周囲に【火の精霊】が集まっているのがありありと見えた。

 火は破壊をもたらす力であるが、その最上位は光であり太陽を示す。
 ガガーランドは非情ではない。ただ【豪気】なのである。その生き方があまりにも白黒はっきりしすぎているので激しく見えるにすぎない。

 ガガーランドの本質は火。まさにバーンという存在にもっとも適した人物であり、彼の言葉は武人の生き方を見事に表現していた。
 穏やかなケマラミアの精気とはまったく異なるように思えるが本質では同じカテゴリーに入る、いわば同類である。

 だからこそ愛情が溢れるのだ。
 この殺伐とした戦場にあっても火のディーバを惹きつける豪気は正の力であるから。彼の周りに嘆きはなにもない。あるのは強き意思のみである。

「しかし、ケマラミア君が来るとはのぉ。何かあったか?」
 ホウサンオーもこの人選は意外だったようである。
 他のバーンと比べてもケマラミアはかなり特異なので、あまりこの場にはそぐわないように思えるからだ。

 はっきり言えば、あまり戦闘向きではない。彼自身の能力はずば抜けているが、単純に物理的な援護をするだけならばもっと違う選択肢もあったはずである。
 ホウサンオーが疑問に思うのも当然。ならば彼を送り込んだ何か別の意図があるはずであった。

 ケマラミアは静かに、そして穏やかに自身の使命を告げる。

「君たちの邪魔はしないよ。ボクの役目は【十人目】を見極めることだから」
 ケマラミアが発した十人目という言葉にホウサンオーとガガーランド、そしてオロクカカの表情が変わる。

「まさか、最後の一人が見つかったのですか?」
 オロクカカが興奮したようにケマラミアに尋ねる。
 ただの言葉通りの十人目ではない。これが意味するところはラーバーンにとってもっと大きいのだ。

「世界は人の意思だけで動いているわけじゃない。ボクたちの意思にかかわらずやってくる。それが【世界の意思】だから」
 ケマラミアはそう言うと、ドラグニア・バーンの肩から飛び降りる。

 不思議なことに身体は地面に落ちることなく宙に浮かんでいた。
 まるで周囲の風が彼に味方しているかのように強くも優しい風流に包まれて、ケマラミアに風の羽を生み出す。その姿はまるで風の妖精のようであった。

「ああ、そうそう、彼からのお土産もそろそろ来るから」
 ケマラミアが言い終えると同時にゲートが開く。そこから出てきたのは小さな石。大人の握り拳くらいの鉱物のようなものである。

 その鉱物がアピュラトリスの周囲三キロ四方に一つずつ出現した。

「調整が遅れて申し訳ありません。マギムフレアに対応するのに時間がかかりました」
 そして、マレンからようやく連絡が入り、準備が整う。

 バチッと鉱物に電流のようなものが走った瞬間、四つの石が輝きだすと、その後消滅。
 端から見れば謎の光景であるが、そこにはちゃんとした意味がある。


「やれやれ、ギリギリでしたな」
 その様子を映像で見ていたフレイマンが安堵の息を吐く。

 ケマラミアの投入が少しでも遅れていればユニサンの肉体はすでに消滅していただろう。般若となった彼でも直撃すればまず耐えきれない一撃である。
 ただし、これは双方において想定外であるともいえた。

 ケマラミアは今回の作戦に出す予定ではない人物であった。その彼を出す決め手となったのがヨハンの書いた紙、序列表である。
 これが下位のバーンならば迷うところであるが、それが最後のピースである十人目ならば話は異なる。何としてでも【確定】させなければならない存在であった。

「ここが運命の分かれ目です。さて、どちらに転ぶか・・・」
 フレイマンはメラキの能力の不安定さを心配していた。特にヨハンは力が圧倒的に強いがゆえにどうなるかわからないのが一番怖いのだ。

 ヨハンの能力はザンビエルの預言とは違い、確定された未来を示すものではない。
 彼の能力の真価が発揮されるのは発動条件を満たす時、すなわち【確定】された時である。

「心配しても仕方がないさ。どちらになろうともやることには変わりがないからね」
 ゼッカーは悪魔であっても人智を超えてはいない。人は人。やれることは限られている。

 ただし、流れがこちらに向くことを確信していた。
 それこそが宿命の螺旋なのだから。

「それよりも想定外はハブシェンメッツのほうだろうね。おかげでアレの再調整をする必要に迫られた」
 ゼッカーはハブシェンメッツの一手を賞賛する。

 一番最初に最大火力をもって敵を纖滅するのは定石。戦いの基本である。しかし、いきなりここまでやるとは思っていなかった。

 ラーバーン側も砲撃は想定していたが、この点だけは相手が予測を上回っていたことを認めねばならない。
 この距離で見事に火焔砲弾を当ててくるゼダーシェル・ウォーはさすがであるし、何よりも普通の戦術士ではまず選択できない手である。

 要求するだけでも難しく、さらに実現させるのはもっと難しい。それを平気でやってのける度胸と決断力は相当なものである。

「最初の一手は負けかな」
 そう呟くゼッカーの表情は微笑であった。作り笑いではなく勝負を楽しむ者の目だ。
 やはり悪魔も武人である。戦いの場こそ自己を表現する宿命を背負った者なのだ。

 初手はハブシェンメッツが取った。いきなり切れ味鋭い一撃で一気に中陣まで入られた気分である。
 しかし、勝負は始まったばかり。次はやり返す番である。

「稼働率は?」
「問題ありません。見てくれは酷いものですが、効果は出ているようです」
 ゲートから放り出された石ころのことである。見た目はただの鉱物でしかないが、重要なのはその中身に込められたものである。

 ただ、本来はもっと外面にもこだわるところである。こうして剥き出しの状態で出さねばならなかったのは、相手の攻撃に対応する必要があったからにほかならない。

 いわば急造仕立て。実験上は問題ないが実戦投入は初めてである。実際にどれだけ効果を発揮するかは試してみなければわからない。そこは賭けであった。

「ザンビエル、ゲートの残量は?」
「回収分を差し引けばおよそ三割です。それ以上は危険でございます」
 ゼッカーの問いにザンビエルが答える。

 大転移は恐るべき能力である反面、消耗が激しい。
 働きすぎと同じく、一定以上の力を使いすぎれば反動が来る。一度損傷すれば長い休息が必要となるだろう。最悪は壊れて直らない可能性がある。

 しかも機械ではなく人間を扱っているのだ。残量という言葉もあまり適切ではないかもしれない。
 ただ、これ以上に説明のしようがないため便宜的に使っているにすぎない。

 そしてホウサンオーたちを回収するための力も残さねばならないので、残量は百を最大としておよそ三十。

「ドラグ・オブ・ザ・バーンの転送二回分ですか。あまり余裕はありませんな」
 フレイマンが試算してみるが、ドラグ・オブ・ザ・バーンを二回転送すると一気にレッドゾーンに入ってしまう量である。

 当然、ドラグ・オブ・ザ・バーンとガガーランドの情報量が桁外れに大きいという理由もあるのだが、ブースターをすべて使ってこの数字であるため、あまり余裕はないと考えるべきだろう。

 ミユキとマユキの能力はこれからの戦いでも重要である。ここで壊すわけにはいかない。

「物は使いようさ。大木をなぎ倒すのはなにもブルドーザーやチェンソーだけではないからね」
 いつも節約を強いられてきたアーズ時代はすべてにおいて物がなかった。ゼッカーにとってはこれくらいのことは日常茶飯事である。

 物を知らない人間の多くは、良い道具がないことを嘆く。しかし、立ち向かう勇気を持つ人間は、今ある道具をどう扱うかを考えるものだ。

 そして、斧がないからと木を切ることを諦めてしまう人間には、永遠に大木を切れないことを悪魔は知っていた。

「プランD、五十二と五十三、それと玉手箱を使う」
「了解しました」
 ゼッカーの指示を受け、フレイマンが準備を急がせる。
 すでにいくつかの策を事前に用意しており、戦況に合わせて投入する予定であった。

「さあ、今度はこちらが相手の手を引きずりだしてみせようか」
 ハブシェンメッツの眼前に悪魔の一手が待ちかまえる。

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