挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

32/64

二十七話 「RD事変 其の二十六 『アピュラトリス外周殲滅戦③』」

 †††

「行くぞ!! 円の陣で叩く!」
 メイクピークの号令で五機が別々の動きを開始する。

 このビル群という地形は彼らにとって地の利があった。それを最大限に生かすのが円の陣である。

 各機はビルを盾にしながら円状にナイト・オブ・ザ・バーンとの間合いを狭めていく。
 ホウサンオーからすれば、姿は見えずとも少しずつ圧力が増していく感覚である。

 戦いにおいて地形を理解することは非常に重要である。
 ちょっとした角度一つで砲弾もまったく違う場所に飛んでいくのだ。戦局の優劣を決するのは地形をいかに理解するかにかかっていると言っても過言ではない。

 ゼルスセイバーズはこの一帯のデータをすべて持っている。どこに何が配置され、どんな施設があるか、どこの地盤がもろいかも知っている。
 当然である。ここは彼らのホームタウンだからだ。

 まず視界に飛び出したのはゼルスフォーのステヤであった。全面にハブリムの盾を展開させて突っ込んでくる。

 シールドは最大出力。このまま激突しても十分強力な武器になるレベルである。
 道路幅四十五メートルに合わせて展開しており、相手の逃げ場はない。

 逃げるとすれば再び宙であるが、ナイト・オブ・ザ・バーンは今度は避けるつもりはないらしい。

 肩に担いだ長い刀を掲げ、ゼルスフォーを見据えると同時に剣衝を放つ。一撃で数百という敵を排除してきたあの悪魔の一撃だ。

 直撃。空気を切り裂く強烈な一撃がゼルスフォーを蹂躙する。
 受けた衝撃だけで周囲のビルのガラスが割れ、一部は外壁すら剥がれ落ちていく恐るべき一撃である。

 が、剣衝は機体を切断するには至らず、ゼルスフォーは圧力に耐えきる。

「ほっ、耐えたか。なかなか強固じゃな」
 普通のMGならば一刀両断であったはず。ホウサンオーもその頑強さに感心する。
 ただし、肝心のステヤは冷や汗を流していた。

(冗談じゃない、一撃でレッドーゾーンだ! 次は死ぬよ!)
 部隊全員をバイパーネッドの自爆から守ったハブリムの盾であるが、ナイト・オブ・ザ・バーンの一撃で損傷率が九十パーセントを超えた。

 自機の全面に全エネルギーを結集して、かろうじて一撃に耐えたのだ。もしこの防御フィールドがなかったら間違いなく真っ二つである。

 しかし、耐えた。この事実が重要なのだ。
 相手の初手を受けきったならば勝機も出てくる。

「ステヤ、よくやったぞ!」
 その瞬間を狙ってメイクピークのゼルスワンが隣のビルの陰から飛び出した。

 絶妙のタイミングである。
 仮にナイト・オブ・ザ・バーンとゼルスフォーが激突していた場合、ゼルスワンはその衝突の瞬間に合わせて飛び出しただろう。

 あの剣衝に耐えられるのか一抹の不安はあったが、見事耐えてくれた。そのがんばりを無駄にはできない。

 ゼルスワンは一気に間合いを詰め刀を振るう。ナイト・オブ・ザ・バーンもまた瞬時に刀を戻して受け止めた。

 それもすでに想定済み。
 ナイト・オブ・ザ・バーンの振りの速さはすでに見ている。これくらいは軽く対応できるだろう。

(さすがの腕前だ。だが、この間合いなら足技は使えまい!)
 ゼルスワンは密着するように刀を振るい、ナイト・オブ・ザ・バーンから離れず連続攻撃を繰り出していく。

 細かく正確な攻撃の連撃は実に見事で、MGの弱点、つまりは人間の急所に向かって鋭い攻撃が繰り出される。
 それを防ぐことはホウサンオーには難しくないものの、メイクピークの狙いは動きを封じることであった。

 ナイト・オブ・ザ・バーンのマゴノテは長すぎる。

 相手との距離が離れていれば恐るべき得物であるが、こうして密着すればむしろ長さは邪魔になるはずだ。

 そして一番の問題は止水である。
 あの技を使わせないためには距離を詰めるしかない。

 しかもその距離はゼロ距離に近くなければならないのだ。
 ほんの少し間合いがずれるだけでナイト・オブ・ザ・バーンの姿がぼやけて見える。これは戦気術を使って常時こちらを幻惑しているからである。

(食らいつくのだ! プライドを捨てろ!)
 メイクピークはもはや剣技とも呼べない動きで必死になって幻惑されないようにと食らいついていく。

 少しでも離されれば、この長い刀である。もはや勝負にはならないだろう。
 メイクピークは下段に攻撃を集中させホウサンオーが防御で手一杯になるようにし向ける。

「お前さんたちもワシを老人扱いかの。それほど足腰は弱っておらんぞ」
 フェイントすらないゼルスワンの攻撃はひたすら膝に集中していた。
 その攻撃の執拗さにホウサンオーも少しばかり顔をしかめる。やはり足元への攻撃は対処しにくいものなのだ。

(これでいい。これでいいのだ)
 メイクピークはひたすら攻撃を繰り返す。
 言ってみればキックボクシングでひたすらローキックを出し続けるようなものだ。

 地味である。ただただ地味である。
 メイクピークほどの技量がある人間がローキックに徹する理由は一つ。

 これしか方法がないのだ。

 相手は自分よりも遙かに強い。もとより剣技では勝ち目のない相手である。だからこそ将自らが捨て駒になったのだ。

 メイクピークはすでにナイト・オブ・ザ・バーンの首を獲ることは不可能だと察していた。

 最初からそんなつもりで戦うことは不謹慎だろうか?

 否。けっして否。
 彼ほどの武人がそう感じるほど差があるのだ。

 この世に奇跡などは存在しない。
 どんなにドラマチックな奇跡に見えたとしても完全なる因果律の結果にすぎないのだ。

 メイクピークたちが犠牲なくして勝利することはありえないし、普通にやれば間違いなく全滅することは当然の結果なのだ。

 ならば【腕一本】。

 この至高の存在から腕一本奪うことだけにすべてを費やすしかない。
 それだけでもどれだけの労力と犠牲が必要かわからないほど強いのだ。

「クウヤ!」
 メイクピークのかけ声と同時にクウヤのゼルスツーが背後から出現。
 完全に防戦に徹しているナイト・オブ・ザ・バーンを捉える。

「卑怯なんて言うなよ! これが戦いだぜ!」
 ゼルスツーのザンギリが背後からナイト・オブ・ザ・バーンに襲いかかる。
 普通ならばこれで間違いなく仕留められる間合いである。

「そんなことは言わんよ。若いうちは何でもしてみるがよいぞ」
 が、ホウサンオーに焦った様子はまるでない。

 瞬間、ナイト・オブ・ザ・バーンが視界から消える。
 防御した刀をそのまま地面に突き刺し跳躍したのだ。初手で使った逃げ技である。

(来た!)
 メイクピークはついに来た【唯一の勝機】に心躍る。
 こうして密着すればホウサンオーは間合いを欲しがる。となれば逃げ道は上しかない。

 ホウサンオーほどの技量があれば宙からこちらを攻撃することも可能だろう。
 ゼルスフォーならばともかく、その他の機体の防御力で攻撃を受ければ一撃で沈む可能性が高い。

 しかし、ここにこそチャンスがある。

「悪いけど、逃げ道はないから」
 そこにはカゲユキのゼルスファイブが待ちかまえていた。

 ゼルスファイブは探索・サポートタイプの機体であり、近接戦闘用の武器がほとんどない代わりにさまざまな道具が搭載されている。

 その中の一つのウィンチを使ってすでにビルの上に昇っており、ナイト・オブ・ザ・バーンが宙に浮く瞬間を待っていたのだ。

 そして、背中に装備された筒のようなものを発射する。

(ミサイル?)
 ホウサンオーにはそれがミサイルに見えた。
 ただ、先端は尖ってはいないので【筒】といった表現が正しいだろうか。

 筒はナイト・オブ・ザ・バーンの上空まで来ると周囲のビルにワイヤーを射出して固定。
 筒の先端が花びらのように開いたと思うと強烈な雷が発生。

 雷はワイヤーを伝って一定の空間に逆四角錐のような形で展開される。
 直後、ナイト・オブ・ザ・バーンのコックピットでアラームが鳴り、空中で挙動が鈍る。

「ほっ、何じゃ?」
 ホウサンオーにも黒神太姫が感じた違和感が伝わる。

 目眩。

 まるで炎天下の中を歩き回って意識がもうろうになる感じに似ているだろうか。頭が重くなってくらくらする。

「うぉお、ワシの頭が変になっちまったぞい」
 ホウサンオーはついに何かの病気になったのかと思ってさりげなく大きなショックを受けていた。

 この歳になれば何が起こっても仕方がない。されどまだまだ現役のつもりでいたのだ。やはりショックである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは制御を失い地上に落下。

「ここで倒れたらまた笑われてしまうぞい!」
 しそうになりながらも刀をビルに突き刺してかろうじて着地に成功する。

 もはや執念。「おじいちゃん、無理しないでくださいね」とお手伝いのアキコさんに言われないために必死で耐えたのだ。

「ワシは、ワシは倒れんぞ!」
 これが剣での戦いならば格好よい台詞だが、あくまでジジイ扱いされないために必死であるにすぎない。

(なんてやつ。本当に化け物だ)
 いつも冷静なカゲユキでさえその様子に舌を巻く。

 射出したのはEMP兵器の一つ【隠雷いんらい】。局地的に強力な電磁パルスを発生させる武器である。

 これは電磁ネットなどよりも遙かに強力なものであり、通常のMGや戦車なら即座に行動不能かつAIが破壊されてしまうほどの威力を持つ。

 まだ運用は実験段階であり、今回は試作機だからこそ搭載されているものであるが、直撃すれば当然ながら相当なダメージを負うはずである。

 ましてや動くなどありえない。仮に相手がOGクラスであっても数分はシステムをダウンさせられるはずである。
 それが軽く動きを鈍らせる程度の効果しかないことには驚くしかないだろう。

(さすがコノちゃん製というわけかの)
 ホウサンオーは改めて黒神太姫を造ったルイセ・コノの腕前に感嘆する。

 実際、黒神太姫もAIである。多少ながらダメージを受けていた。
 しかしながら即座に復帰。黒神太姫には四つの頭脳(思考伝達ルート)が組み込まれており、常にどれかがバックアップに回っている。

 すでにこうした攻撃も想定済みというわけである。
 もし最初からどんな攻撃が来るかわかっていれば、ホウサンオーが防御の思考を取るだけでガード機能が働き、立ちくらみすら起こらないだろう。

 それ以前に黒神太姫はこの攻撃をすでに【覚えた】。
 もう同じ攻撃は通用しないだろう。これこそが超高性能AIの力である。

 それでも一瞬ながら隙は生まれたのだ。ここが最大の勝機である。

「仕留める!」
 ドミニクのゼルススリーが着地したばかりのナイト・オブ・ザ・バーンに爆砕弾を発射。
 さすがのホウサンオーでもこのタイミングはまず避けられない。

「やれやれ。あまり老いぼれをいじめるもんじゃないぞ」
 ホウサンオーは致し方なく【その感覚】のスイッチを入れる。

 ナイト・オブ・ザ・バーンの両肩が開き、障壁が展開。
 爆砕弾は圧砕され空中で爆発し、ナイト・オブ・ザ・バーンには至らなかった。

「まいった、まいった。まあ、タオちゃん様様かの」
 ホウサンオーは髭を撫でながら叫んでいたタオの顔を思い出す。

 ホウサンオーはけっしてタオが用意したものを無用の長物だと言ったわけではない。
 あの程度のレベルの相手には必要ないと判断したにすぎない。

 必要とあれば何でも使う。それがホウサンオーの流儀である。今回も必要になったから使ったのだ。

「怯むな! 押し続けろ!」
 メイクピークはそれも想定済みと言わんばかりに攻撃を再開する。
 再び円の陣で姿を隠しながら間合いを調整していく。

「ほっほっほ。見事、見事。さすがはダマスカスの精鋭というべきかの」
 その賞賛は本物である。ホウサンオーに障壁を使わせた。それだけで誇るべきことなのだ。

 そして、すぐに飛び込まなかった。これも正解である。
 最初の策は実らなかったのだ。ここで無理をして突っ込んでいればナイト・オブ・ザ・バーンのマゴノテの餌食であった。

「さて、これくらいで十分かの」
 ホウサンオーは静かに周囲を見回しながら呟く。

 ゼルスセイバーズは強い。さすが陸軍の特殊部隊である。その名は伊達ではない。

 メイクピークの剣技や統率力は見事で、クウヤのセンスも一級品。ドミニクも一流のガンマンでステヤの防御力も高い。カゲユキの動きも忍者として相当なレベルにある。

 だからこそ際立つ。

 このナイト・オブ・ザ・バーンという存在。ホウサンオーという存在。バーンという存在が際立つのだ。

「ステヤ、まだもつか?」
 メイクピークがステヤにシールドの様子を尋ねる。
 もう一度隙を作るには相手の攻撃を防がねばならないからだ。

「大丈夫です。回復しました。あと一回もちます」
 すでにシールドはある程度修復されており、あと一撃ならば耐えられる計算である。

 もともと両腕は格闘用に強化されているので、最悪両腕を犠牲にしても耐えるつもりであった。

(ここで勝って、お母さんはみんなを守るからね!)
 ステヤは子供を産んで初めて愛を知った。本当に守りたいものを得たのだ。

 軍に戻ることにためらいはあった。武力とは破壊の力。子供を産むという創造の極みとは正反対のものだからだ。
 そうしたものと関わることがつらいと思うこともある。だがそれでも、これは【守る力】なのだ。

「私は、みんなを守るから!」
 ゼルスフォーがナイト・オブ・ザ・バーンの隙を作ろうと全エネルギーを放出しながら全面にシールドを生み出す。
 ここで朽ちてもかまわない。その代わり必ず止める気迫を込めて。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが再び剣衝を放つ。
 ゼルスフォーはそれを受け止める。そこまでは前回とまったく同じであった。

(あっ・・・)

 しかしステヤはその瞬間、何かが違うことを悟った。

 シールドが剣衝を受け止めた時、肌に感じる何かがあった。それは明らかに前とは違う感覚である。

 スパン

 不思議な音がした。

 それはまるで刃物で動物の皮を切ったような音。小気味よくもなぜか哀しい音。

 ナイト・オブ・ザ・バーンの一撃は、静かに素早く、躊躇することなくそれを行った。
 入り込み、繊維の隙間を縫うように潜り込んだそれは、電光の速度ですべてを斬り裂いていく。

 剣衝はゼルスフォーのシールドを切り裂き、腕に到達。太く盛り上がった両腕は殴るためのものではあるが、何よりもあらゆる攻撃を防ぐためのもの。

 スパン

 同じ音。

 そのものの前にはすべてが同じ音によって表現されてしまう。
 両腕は何の抵抗もなく上下に分断され、ボトンと地面に落ちる。

 一刃の風。

 その風は、一人の母親すら簡単に消し去ってしまうほど無慈悲であまりに


 強い。


 上下に分かれたゼルフフォーの上半分がビルに直撃。下半分は走った勢いそのままに地面にぶつかり数十メートル滑ったのちに停止。

 機体からはジュエルモーターの燃料であるアフラライトも流れ出し、その後炎上。
 まるで事故。何もない場所でスリップした交通事故のように見えるほどであった。

 この瞬間、他の四人は戦慄を覚えた。

 明らかに質が違う。放たれた攻撃は前回と同じ剣衝であったが、その中身はまるで別物であった。

 前回のものが木刀ならば、今回のものは真剣。それほどの差がある。
 速度にそれほど差はない。【重み】が違うのだ。その一撃にはマゴノテの重みが完全に乗っていた。

(まさか・・・加減していたのか!?)
 ホウサンオーは手加減していた。
 その事実を悟った時、メイクピークは背筋が凍る思いであった。

 無意識に動物的直感が告げるのは、ただただ一つの【感情】だけ。

「うおおおおお!!」
 その感情に刺激されて飛び出したのはクウヤのゼルスツー。
 もはや策も何もない。ただ全力で目の前の敵を殺そうと襲いかかる。

「クウヤ、逃げろ! 撤退だ!」
 メイクピークが叫ぶが、クウヤはすでに感情に囚われてしまっていた。

 それはまるで獣。追いつめられた獣。
 獣は知っているのだ。この先の未来を。避けられない結末を。

 ゼルスツーはナイト・オブ・ザ・バーンの前で振りかぶり全力の回転斬りを見舞う。バイパーネッドすら一撃だったあの攻撃である。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは避けない。受けもしない。行ったのは、刀を自然に振るということだけ。

 刀と長剣が衝突。
 前回は両者が激突して終わった。そこに優劣はなかった。

 だが、これもまた結末は前とは異なる。

 スパン

 ザンギリは振動していた。相手を破砕するために動いていた。しかしそんなものは何の意味もなかった。

 長剣の【筋】に入り込んだようにマゴノテの刃が食い込むと、ものの見事に二つに分かれる。

 クウヤが最後に見たのは真っ二つになったザンギリ。そして、迫ってくる黄金の刃のみ。

 スパン

 こんな光景をどこかで見たことがあった。
 人間が血抜きした鳥を包丁で簡単に二つに分けるシーン。哀れで悲しく、愚かでむなしい光景だ。

 なぜそんなシーンを思い出したのかはわからない。
 それがあまりに圧倒的だったからなのかもしれないし、相手があまりに無抵抗に見えたからかもしれない。

 まるで無抵抗な鳥である。羽ばたいて逃げればまだ生き延びる可能性はあったが、あまつさえ向かっていくなどと。

 人間ほど残酷な生き物はない。そんな怪物相手にひ弱なクチバシだけを武器にしても何の意味もない。

 左右に分かれたゼルスツーは、そのまま大地に倒れたまま二度と動くことはなかった。

 その光景にメイクピークは声も出ない。
 ただ一つ、【恐怖】という感情だけが彼らを支配していた。

 あのクウヤでさえ恐怖に屈してしまったのだ。戦うことだけが生き甲斐であった狂人でさえ、ナイト・オブ・ザ・バーンという存在に怯えたのだ。

 どんなに粋がっていても虚勢を張っても所詮人間。弱き人間。恐慌に陥ればもはや感情を押しとどめることはできない。

 しかしながら、彼だけは限界ギリギリの場所で踏みとどまった。

「うおおおおおお!!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンに飛び込んだのはゼルスワン。

 メイクピークには迷いも哀しみも感じる暇はなかった。この結果などはとうに想定していたからだ。

 そう、この結果の可能性も考えていたのだ。だからこそ最後の最後で恐怖に抵抗することができた。
 指揮官である自分だけはこの最悪の結末を受け止めねばならない責任がある。

 人は弱いが、こうして立ち向かうこともできるのだ。それを彼が示す。

「止める止める止める!!!」
 ゼルスワンのリンドウが青白い輝きを放ちながら斬撃を繰り出す。
 ナイト・オブ・ザ・バーンは瞬時に応戦。刀を受け止める。

(振り下ろされなければ切断はできない!)
 ナイト・オブ・ザ・バーンは強い。
 この部隊で一番防御力が高いゼルスフォーでさえ一撃なのだ。本気であの刀を振られればまず防ぐことは不可能である。

 ならば振る暇を与えなければいい。これはメイクピークが最初に考えた策と同じであった。

 ただし、今回は違う点がある。

「サムライの魂は死なぬ!!」
 メイクピークの戦気が燃える。命が燃える。考えるのはナイト・オブ・ザ・バーンの動きを止めることだけ。
 その瞬間、彼は命を燃やしたのだ。

 そして、玉砕覚悟でナイト・オブ・ザ・バーンに飛びつき、刀を持っていない左手を無我夢中で抱きしめる。

 まるで大人と喧嘩した子供が必死に腕に噛みつく姿と同じである。だがこれが精一杯。できることすべてである。

「ドミニク、俺ごと撃て!」
 この状態ならば簡単には逃げられない。止水も使えない。

 仮にナイト・オブ・ザ・バーンがあの障壁を展開させてもそこには隙が生まれる。その瞬間ならゼルスワンの刀も通るかもしれない。

 この一瞬こそがすべて。
 みなが命をかけてつないだチャンスなのだ。

「大佐、ご武運を!」
 ドミニク・ナガノーダンにも躊躇はなかった。メイクピークがどれだけの覚悟をもって戦っていたかをよく知っているからだ。

 このゼルスセイバーズはダマスカスに残された最後のサムライとなる存在なのである。
 塔が燃えている。富の塔がもはや価値を失って崩れていく。それは必然。当然のこと。心を金で売った者たちの末路なのだ。

(我々は勝つ!)
 ドミニクもまた国の堕落と軍の腐敗を嘆いていた。
 何かが違う。間違っている。常に警鐘が鳴り響いているのに誰もが見て見ぬふりをする。

 正義。少なくとも今のダマスカスには存在しない言葉である。
 その信念が恐怖に屈しそうになった心をギリギリで押しとどめる。

「だから我々は!!」
 ゼルススリーの両肩のレールガンが背部に動いていき縦に合体。

 ダブルロングレールガン【轟砲ごうほう】。

 一度合体させると身動きが取れなくなるのが最大の欠点であるが、通常サイズのMGに搭載できる射撃武器の中では最大級のスペックを誇る。

 砲身が長くなり、途中でさらに加速されるので威力は通常の三倍以上。相手が動けないのならばこれほど使える武器はない。

 ドミニクは轟砲を発射。

 狙いは中央、コックピット。

 狙い通りに直撃してもメイクピークも巻き込まれて無事では済まない威力だ。
 少しでもずれれば死ぬかもしれない。それでもためらいはない。

 そんなことを考えていては狙撃兵は務まらないからだ。相手を射殺する。ただそれだけにすべてをかける。

 ただ一つ。ドミニクには不思議なことがあった。

 なぜブラックワンはこの場所を選んだのか、ということである。

 メイクピークにもこの疑問はあっただろうが、射撃のプロであるドミニクはさらに疑問であった。
 確実に狙撃するには地形や風向きなど、さまざまな条件が必要になる。それゆえに地形に関しては非常に敏感である。ささいな傾きすら気になるほどに。

 相手が無知だからここを選んだ。そう思えば簡単に話が終わる程度のこと。

 しかし、そんなものだろうか?

 目の前の相手は、そんなことすら軽んじるような存在なのだろうか。

 それはずっと感じてきた疑問。
 そして、それこそが彼らの命運を握っていた問題であったのだ。

 発射された弾丸はナイト・オブ・ザ・バーンに向かっていく。しかし、突如目の前に巨大な壁が出現した。

 否。それは壁ではない。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが刀で地面をくり貫いて作り出した大地の隆起。

 まるで【巨大なプリン】。

 長い長いマゴノテで大地を抉り取って作った山がそこにはあった。
 所詮地面なので弾丸を止めるほどの力はない。だが、【逸らす】ことはできる。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが左腕を上げ、軽々とゼルスワンを持ち上げる。それでもメイクピークはしがみついて離れない。

 それはそれでいい。その必死さがあってこそ対抗できる相手なのだ。
 だが、その必死さが彼をおとしめる。

 砲弾は隆起に当たって、それを破壊しながらもわずかに角度を変える。ごくごくほんのわずかな角度の差である。

 その差が大きな結果の違いを生み出す。

 砲弾は持ち上げられたゼルスワンに命中。

 その光景はなんだろう。
 エアガンで虫を撃った時、撃たれた虫はどうなるだろう。
 必死に枝にしがみついて生命を叫んでいる虫が無情にも撃たれた時、どうなるのかわかるだろうか。

 破裂。爆発。吹き飛ぶ何か。

 簡単に頭が吹っ飛び、体は破裂し、無惨にも体液をこぼしながら落下する。
 まさにそれであった。

 そして訪れるは罪悪感。

「な・・・ぁ・・・」

 ドミニクが見たのは、そうしたものであったのは間違いない。

 心が折れたのだ。

 その瞬間、戦う意思をなくしてしまったのだ。無理もない。人には心があるのだから

 ナイト・オブ・ザ・バーンがマゴノテを頭上に掲げると【刀身が伸びた】。
 もちろん実際に刃が伸びたわけではない。放出された剣気が刃先から伸び、さらに留まった状態になったのだ。

 剣王技【剣硬気けんこうき】。
 刃先から剣気を放出して固定することで剣の間合いを伸ばす技である。
 刃に留めて使えば剛剣、そのまま放てば剣衝波になる剣気術の基本の技の一つである。

 ただし、ナイト・オブ・ザ・バーンのものは少しばかり違う。その【長さ】が桁違いなのだ。

 通常、生身の武人で三メートル伸ばせれば上級者として扱われる。五メートル伸ばせれば達人と呼ばれる。

 それがホウサンオーのものは、おそらく五百メートル。放出され生み出された刃は、天を貫こうかといわんばかりに長い。

 長ければ良いというものではない。そこに込める威力は放出された戦気の量と質に比例する。
 仮に刃と同じ程度の威力を出したいのならば、短くても硬い剣気を生み出したほうがよいだろう。

 だがやはり、ここまで伸ばせることは異常である。
 いくら黒神太姫とTJMツインジュエルモーターを搭載したナイト・オブ・ザ・バーンとはいえ、あまりに異常である。

 ナイト・オブ・ザ・バーンはそれを振り払う。
 するとどうなるか。ビルに当たれば当然ながらそこで止まってしまう。それがナマクラならば。

 だからナマクラではないその刃は、まるで障害物など最初からないかのようにいともたやすくビルを切り裂き、まず最初にドミニクのゼルススリーを真っ二つにする。

 抵抗する暇も術もない。何をどうしても防ぐことなどできないのだ。
 これは至極当然の結果にすぎない。

 そしていくつかのビルを切り裂いたあと、陰に隠れていたカゲユキのゼルスファイブを捉える。

「っ!」
 カゲユキは迫ってくる何かを瞬時に察する。
 忍者の彼は気配を隠すのも非常に上手い。ゼルスファイブも簡易ジャマーを搭載しており簡単には見つけられないはずである。

 しかし、関係ないのだ。
 ホウサンオーの刃は確実にゼルスファイブを捉え、あっさりと切断してしまった。
 彼もまた抵抗する術を持たない。ただただ無力な昆虫にすぎなかった。

 静寂が訪れる。
 静寂であることが驚きなのである。

 あまりに鋭い斬撃にビルは倒壊することなく、自身が斬られたことすら知らずにそのままである。
 切り傷すら残さないほど速く、音よりも速くそれらは行われた。

 ただこの場にいたMGとその搭乗者だけが排除された。それだけである。
 まるで自然そのもの。大地と一体となり、風を味方につけ、水に愛され、火を我が物とする。

 すべてが自然との調和の中で行われたため、それがあまりに当然に思えるのだ。

「ば・・・かな・・・ここまでとは・・・」
 左肩から上半身半分、それと頭部が吹き飛んだゼルスワンは、すべてを失った人間の絶望を表しているようであった。

 メイクピークもまた爆砕弾によって大きな怪我を負っていた。
 ダメージはコックピットまで届き、彼もMGと同じく左肩から胸にかけて大きく裂けている。

 左腕は腱一本でかろうじてつながり、剥き出しになった肋骨からは潰れた肺が見える。
 動脈が切れたのか首からも大量の出血が見られる。半死半生。まさに生きていることが紙一重である。

 だが、この状況では助かったことが良かったのか悪かったのかさえわからない。

 仲間はすべて全滅。しかもよくよく見れば相手にまともな傷一つつけていないのだ。

 せいぜいゼルスワンがしがみついた時にでもできた小さな擦り跡くらいなもの。それも自己修復能力がある装甲の前にあっさりと消えてしまっただろうが。

「小魚相手に遊びすぎだな」
 ガガーランドからホウサンオーに連絡が入る。どうやらあちらも終わったようである。

 ドラグ・オブ・ザ・バーンの足止めに向かった残りのゼルスセイバーズも全滅。
 彼らも傷一つつけることなくガガーランドの拳衝の前に沈んでいる。

「おぬしが釣りをしろと言ったからじゃよ。釣りというのは魚との駆け引きじゃろう?」
 ホウサンオーの釣りの仕方はこうである。食いついた魚を泳がせて力を消耗させ、弱ったところを一気に仕留める。

 時には魚が優勢に見えることもあるだろう。しかしけっして主導権は渡さず、最後は余裕をもって釣り上げる。

 これが釣りである。

(我々は引きずり込まれたのだ)
 ここでメイクピークは自分が常に泳がされていたことを知るに至る。

 地形データを持つゼルスセイバーズにとってこの場所は戦いやすい場所であった。
 だが、それは魚を泳がすための釣り場に誘導されたのであり、一カ所に集められたのだ。

 この地形を選んだのはホウサンオーが戦いやすいからにほかならない。けっして相手にハンデを与えるなど考えてはいない。

 このビル群はオロクカカが得たデータの範囲内で考えられるもっとも効率的な場所。ナイト・オブ・ザ・バーンにとって最高の釣り場であったにすぎない。

 もし最初の障害物の少ない広い地形で戦い、もし最初から一機を軽々撃破していたらどうなっただろう?

 今後相手はけっして自分の間合いに入ってこないだろう。遠距離からひたすら攻撃されればナイト・オブ・ザ・バーンにとっては面倒である。

 だが、ここならば相手はまとまってくれる。
 ビルに隠れたつもりでもホウサンオーにとっては関係ない。静かなこの場所では相手の気配を察知しやすく、攻撃の前にはすでに位置を把握していたのだ。

 むしろ相手が自分の間合いに入ってくれればまとめて倒すことができる。

 すべてはそのための撒き餌であった。

 ステヤの実力とオロクカカから得たデータを基にして、彼女がギリギリ耐えられる威力であえて防がせる。
 あまり弱すぎても警戒されるし、強すぎては逃げてしまう。ここでは絶妙な力加減が要求される。

 あくまで相手に「少しはやれる」と思わせることが重要なのだ。そうしないと相手は防戦一方になって消耗戦を仕掛けられる。
 完全に弱者の戦術を取られると、倒すことはできても無駄な力を使ってしまうものである。

 ホウサンオーはけっして慢心など抱いていない。
 どんな小魚であろうとネズミであろうと牙を持つ以上は一瞬の油断もしない。

 所詮人間など指先にトゲが刺さっただけで気になって仕方ない弱い生き物である。彼は人というものをよく知っていた。

 弱点を知り尽くしている。
 自分自身の弱点を。

 自己が何に弱いかを知っているからこそ、そうならないようにすべてに準備をするのだ。

 慎重に、確実に、実行するときは大胆に。
 それは経験によって培われたものである。何度も何度も失敗したからこそ知り得た叡智である。

(完敗だ・・・)
 メイクピークは完全なる敗北を悟る。
 完膚なきまで叩きのめされた。MGの質、武人の質、何より人としての質で負けた。

(だが、これで・・・終われぬ!)
 ゼルスワンがやっとのこと立ち上がる。手にはまだリンドウがある。刀はまだ折れていない。

「もうやめておけ・・・と言っても聞かぬじゃろうな」
 ホウサンオーは武人の生きざまを知っている。武人がいかに不器用で愚直でむなしい存在であるかも知っている。
 彼らは死ぬまで戦い続ける生き物なのだ。

「はぁはぁ・・・ここで生き延びるわけには・・・いかん!」
 ゼルスワンはすでに半分死んだ状態で刀を構える。
 戦わねばならない。生き延びるわけにはいかない。そうしなければならない理由があるのだ。

 ステヤの子は三つ子でまだ三歳。親が必要な大切な時期である。
 それなのに加わってくれた彼女には感謝してもし足りない。そして子に詫びる言葉もない。

 クウヤは好き勝手に生きていたかもしれないが、彼の歪みはダマスカスが生んだもの。
 この社会の闇が彼を汚染し、魂まで否定してしまったがゆえの罪。
 そして自分もまた救えなかった。救おうとしなかったことへの罪悪感。

 ドミニクは誇り高い軍人であった。軍内部の腐敗に一番憤り、そのために左遷の憂き目にあっていた。
 彼とともに約束したのは国を正すこと。正義を確立し腐敗を排除すること。彼は見事それに殉じたのだ。

 カゲユキが言葉少なげなのは彼の生い立ちが深く影響している。
 ただ才能があれば良いというだけの、結果だけを求めるだけの社会が作り上げてしまった哀れな青年だ。
 そして自分もまた結果を押しつけてしまう愚かな大人であった。

「せめて一太刀! それが無理でも押し通す!!」
 メイクピークの血が燃えていく。その身に宿した信念が折れないように、折れることを恐れるように炎で叩き続ける。

 ホウサンオーはこの哀れな男に憐憫の情を覚える。
 こうした社会を生み出してしまったのはダマスカスだけの問題ではない。導く立場にあった自らもまた負わねばならない責任なのだ。

 同時に武人への哀れみすら感じる。
 自分たちは人の可能性を体現する者であるが、現在の地上世界は力だけを求め、武人という存在も歪んでしまった。

 女神が示している愛。偉大なる父たちが示している力。それらは叡智によって導かれるものである。
 今はそのどれもが不完全な形で顕現している。目の前の男、そして自分もまたあまりに不完全なのだ。

「殺しあうことしかできんとは、罪深い生き物じゃな」
 ホウサンオーは刀を構える。そろそろ解放してやる頃だろう。

「いざ・・・!」
 ゼルスワンが走る。その一太刀ですべてを終わらすため。

 自らが死ぬために。

 ナイト・オブ・ザ・バーンも刀を振り上げる。深く考えるまでもなく振り下ろすだけであっさりと終わるだろう。
 ただそれだけの行為にすぎない。

(誰かが・・・受け継いでくれれば!)
 すでに重傷のメイクピークの意識は途絶えそうになる。
 流れる血が目に入り視界も半分が潰れている。もう何が起こっているのかもわからない。

 リンドウが振るわれる。威力は万全の時とは程遠い、あまりに弱々しいもの。
 そして無情にも刃はナイト・オブ・ザ・バーンに達することなく、空を切る。

 もはや戦いの感覚すら失われようとしていた。戦気を維持することすら難しい。

 そして、メイクピークの意識は途絶えていった。


 彼が赤い世界で最後に見たのは、目の前のナイト・オブ・ザ・バーンが自分とは違う方向に向いた映像。

 そして、うっすらと視界に入った何か。

 あれはそう、もしかしたら、それが見間違いでなければ


 【赤い虎】に見えた。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ