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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

31/64

二十六話 「RD事変 其の二十五 『アピュラトリス外周殲滅戦②』」

 †††

「敵MG部隊接近。散会しつつナイト・オブ・ザ・バーンに向かっています」
 マレンがゼルスセイバーズの動きを報告する。

 ゼルスセイバーズはナイト・オブ・ザ・バーンに向かっていた。
 ゼルスワンからファイブの五機を中心戦力としてナイト・オブ・ザ・バーンに。その他の機体は散会してドラグ・オブ・ザ・バーンおよび無人機を近寄らせないように牽制している。

「愚かな。まさに愚者。よもや我らがバーンの騎士に向かうとは」
 オロクカカはゼルスセイバーズのあまりの愚かな行動に怒りすら感じていた。

 少しでも勝ち目があると思っている。そのことがオロクカカにとっては【力】に対する侮辱に等しい。

 彼らは知らない。
 バーンという存在がいかなるものであるか。
 その中でも序列二位であるホウサンオーがいかなる存在であるかをまったく理解していない。

「お任せください。愚者どもはわたくしめが今すぐに排除いたしましょう」
 ヘビ・ラテは戦気を集中させて特定の無人機の強化を図る。

 撃墜された戦闘データを分析し、十機程度に戦気を集めればさしたる障害ではないと判断する。
 それでも足りぬならばヘビ・ラテ自ら処刑に赴けば事足りることである。

 もしオロクカカをただの【糸使い】だと侮れば、その瞬間死は確定されたものとなるだろう。
 バーンという言葉はそれほど意味あるものなのだ。

「待て。案外面白いかもしれんぞ」
 だが、それをガガーランドが止める。
 オロクカカの実力ならば問題なく纖滅できるだろう。無人機も導入すれば数でも問題ない。

 しかし、なぜわざわざホウサンオーやガガーランドといった上位バーンが出てきたのか。
 そこにはある狙いが秘められている。ただ勝つだけでは意味がない。

「せっかく小魚がかかったのだ。それを餌にして【大物】を釣ってもらうとしよう」
 そもそもゼルスセイバーズなど彼らの眼中にはない。
 所詮それは餌。より大きな獲物をおびき出すための存在にすぎない。

 ただし、ただ餌を置けば大物がかかるわけではない。
 釣りにはテクニックが必要であり、それにはホウサンオーが適任なのは言うまでもないことである。

 しかし、ガガーランドの言葉を聞いたホウサンオーは露骨に顔をしかめる。

「嫌じゃ。ワシは嫌じゃ! せっかくオロカちゃんが来てくれたのじゃから、ワシはだらけて過ごすんじゃ!」
 ジジイ、まさかの拒否である。
 面倒なことは若者が担当すればよい、というのがホウサンオーの意見である。

(やはり・・・その呼び名は変わらないのですね)
 オロクカカは正直、この「オロクカカ=オロカ」の略し方に若干の抵抗感があったが、せっかくホウサンオーに名前を呼んでもらえるので歓喜の心で受け止めることにする。

 一応補足すれば、オロクカカは男である。本来ならマレン同様オロカ「君」になるのだろうが、なぜかオロカはちゃん付けされている。そこは当人も気になるらしい。

 たしかに細身で黒い長髪をなびかせているので一見すると女性に見えてしまうことはある。
 それもすべて糸を完璧に扱うために無駄な筋肉と脂肪を取り除いた結果であるが、今回は災いとなったようである。

「やつらの目をこちらに引きつけるのも役目であろう。それに放っておいても相手はそっちに行くではないか。潔く諦めるのだな」
 ガガーランドの言葉は正論である。
 ゼルスセイバーズの目標はブラックワンだけである。

 たまたまホウサンオーだけが最初に転移されたことが原因なので彼に非はないが、相手は完全にナイト・オブ・ザ・バーンを標的にしている。

 また、規格外のドラグ・オブ・ザ・バーンを相手にするより組みしやすいと思っているのも間違いないだろう。
 ドラグ・オブ・ザ・バーンにはまだまだ不確定な要素が多く、その大きさも不気味である。

 それよりは通常特機タイプのナイト・オブ・ザ・バーンのほうがやりやすい。
 そう彼らは思っている。そう思うのは彼らの自由であるが。

「ふぅ、仕方ないのぉ。まあ、ほどよく相手しておくわ。ゼッカー君の立場もあるし怠けるわけにもいかんか」
 自己の役割を思えばホウサンオーは観念するしかない。

 ゼッカーの計画をやりやすくするのもバーンの仕事である。
 彼が求めているのは力。ただただ力。
 それもただの力ではないのだ。より【至高】に近い力である。

 ゼッカーはたしかに悪魔となったが、そこに【美学】があるのは事実。人の愚かさと醜さを知るからこそ美が理解できる。美がなくては人は生きてはいけないのだ。
 それがいかに悪魔であろうと同じことである。

 ゼッカーは美を求めている。
 この場でそれが体現できるのはゼッカーの左腕たるホウサンオーしかいない。

「オロクカカ、お前と無人機は他の雑魚を相手にしていろ。無駄に損害を出すとタオがうるさい」
「心得ました」
 ガガーランドの言葉にオロクカカが頷く。

 ラーバーンにとっては無人機にもできる限り損害を出したくない。
 強化されているとはいえ、すでにガネリア動乱で使われているリビアルとバイパーネッド、ガヴァルのデータは相手側も持っているだろう。

 アナイスメルをこちらが封じているためすぐにはデータを割り出せないが、なにもダマスカスのすべてがアナイスメルによって動いているわけではない。

 それに加えて他国はすでに独自に解析を始めているはずだ。
 オブザバーンシリーズやヘビ・ラテなどの新型はともかく、それ以外の情報はかなり取得されていると思われる。

 そうして弱点を突かれれば、いかにオロクカカがいるとて苦戦は免れない。必要以上の損害はそのまま今後の計画の支障となっていくだろう。

 もちろんラーバーン側もこれらの事態は想定済みである。
 それゆえにこの場に投入される武人と機体は【相手側に知られてもよいもの】に限られている。

 知られる。むしろそれこそが重要な作戦の一つなのだ。
 人間は知ることで知らないときよりも混乱することがある。知るからこそ恐れる。知るからこそ考えるものであるから。

「では、オロカちゃん、相手のデータをもらおうかの」
 ホウサンオーがそう言うと、三百メートルほど離れた場所にいたバイパーネッドからオロクカカの戦糸が伸びてきた。

「失礼いたします」
 戦糸がナイト・オブ・ザ・バーンに取り付き、放出されている戦気と交じり合う。

 戦気には数多くの情報が含まれており、こうしてお互いに共有する意思があれば情報のやり取りも可能である。

 人間の記憶や意識は肉体にあるのではない。霊体、つまりは周囲のオーラに格納されている。
 相手を見るだけで情報を得ることができる者がいるのはそうした理由である。それはオーラを見ているのである。

 ただし、オロクカカのものは特別だ。
 【戦糸術】と呼ばれる彼ら一族の技は、実に便利なものが多い。

 こうした情報伝達には特に秀でており、AIのデータだけではなくオロクカカの戦糸から得た【感覚】まで受け取れるのがこの能力のポイントである。

 これを戦糸術【叉咬またかみ】と呼ぶ。
 データのほとんどがまだ未知数のものであるが、装甲の損傷具合、距離と角度などを算出してある程度の性能と威力も算出している。

 そこにオロクカカが感じた感性が加えられ、まるで実際に交戦したかのような感覚をホウサンオーは味わうことになる。
 この感覚はとても貴重で、ただの情報とは比べものにならない重要性を持つ。

「んっ、ありがとさん。もう十分じゃ」
 ホウサンオーがそう言うと戦糸は戻され、オロクカカも命令通りに無人機ともども下がっていく。

「マレン君、このあたりの建物には人はおらんのじゃな?」
 ホウサンオーが周囲を見回しながらマレンに尋ねる。

「はい。半径五キロ以内の建造物は無人です」
 この会議が開催されている期間、アピュラトリスの周囲五キロ以内の立ち入りは禁止されている。

 厳密にいえば各国の密偵が潜んでいる場合もあるので完全に無人とは言えないが、少なくとも一般人はいない。

「ふむ、あのあたりが良さそうじゃな」
 そうしてホウサンオーは二キロ先にあるビル群に目をつける。

 アピュラトリス外周から一キロの距離には建造物は存在しない。
 セキュリティ上の問題であり、誰かが来ればすぐにわかる構造になっているからだ。

 現在は元外壁のガレキや陸軍の残骸などで荒れてはいるが、大きな建造物はアピュラトリスしか存在していない。

 また、五キロ以内にある建造物でさえ一般の企業が入れる区域ではなく、アピュラトリスに関係する施設で構成されている。

 アピュラトリスが軍の介入を嫌うために軍関係の施設でもないので、特に物々しさを感じない普通のビル群、簡単に言ってしまえば都会の冷たいコンクリートジャングルである。
 現在は無人で人も車も存在せず、まさに無人都市といった異様な雰囲気である。
 ホウサンオーはそこを戦場に選ぶ。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが動くと、それを察知したゼルスセイバーズも追う形となる。
 やはり目的はホウサンオーのようだ。

「ほっほ、お前さんもなかなか男を弄ぶタイプじゃな。若いうちはそれくらいでよいか」
 ホウサンオーは黒神太姫に話しかける。

 当たり前であるがMGに性別はない。
 ナイト・オブ・ザ・バーンにしてもタオにはそういう意識がないので性別については特に考えていないようである。

 ただ、一般的に乗り手の武人は自分の愛機を擬人化することは多いようである。
 中には恋人のように異性として設定することもある。そのほうが盛り上がるそうだ。

 それもやはり意思が存在する神機というものに対する憧れが要因なのかもしれない。
 実際、そう捉えたほうが動きも良くなるから不思議である。人馬一体。すべてが共同作業なのだ。

 また、見方を変えれば世の中のすべては陰陽、男女、表裏といった二面性によって構成されている。
 相反するものが反発しあい、混じりあい、スパイラルを描く。それが生命であり進化の法則となっている。

 となれば、男女というペアが持つ可能性はまさに太極への道を示しているといえる。
 すなわち完全なる存在への道。人がたどり着く最高の存在への道を渇望するに相応しい組み合わせである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは黒神太姫が女性という扱い(ルイセ・コノがそう設定した)であるうえに、搭載されているテラジュエルの元所有者が女性だったこともあり、ホウサンオーの中では女性として扱うことにしている。

 どうせ乗るなら男より女性のほうがいい、というのが彼の本音でもあるが。

「敵機、接触まで十秒。一機先行しています」
 ホウサンオーがビル群のちょうど真ん中あたりに着いた頃、マレンより敵機急速接近の警告が入る。

「ふむ、ここでいいか」
 ホウサンオーは周囲を見回してそう呟く。
 その場所は四方がビル群に囲まれた十字路、都会の大きな交差点のような場所であった。

 その中央にナイト・オブ・ザ・バーンが陣取り、待ちかまえる。

 そして、ビル群に最初に突進してきた機体はゼルスツーのクウヤ・ブラウンズであった。

 その様子は猛スピードでカーブを曲がるバイクレーサーのようであり、曲線を描きながらビルを曲がり交差点に突入。

「いやっほぉおおお!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンを捕捉し、ゼルスツーが高速移動そのままの勢いでザンギリを横薙ぎに振るう!

 まさに野球のバットをフルスイングしたかのような豪快な一撃である。
 乱暴ではあるが、当たれば相当な威力であることは先の戦いで実証済みだ。

 もちろん当たれば、であるが。

 クウヤの一撃は見事に空を切る。
 正しく述べれば当たったように見えた。だが、当たったはずの一撃にはまったく手応えがなかった。

 至高技、止水。ホウサンオーは最小限の動きでザンギリをかわしたのだ。あまりに速い動きに当たったかのように錯覚しただけである。

 だが、それで終わらない。
 ゼルスツーはその回転エネルギーと剣の重さを活用して素早く反転。背後からナイト・オブ・ザ・バーンに再度攻撃を仕掛ける。

 剣は再びナイト・オブ・ザ・バーンを捉えるが、蜃気楼のように手応えがまったくない。
 再び止水である。

「・・・で? 満足したかの?」
 ホウサンオーは刀を肩に担いだまま微動だにしていない。
 彼はまだ交差点の中央から一歩も動いていなかった。動く必要がなかったのだ。

 止水が至高技である所以は、それが見破りにくいものである点である。
 洗練された戦気と足運びで生まれる幻影は誰がどう見ても本物に見えてしまう。そこに【意思】を宿しているからである。

 何事においても意思を宿すことは基本なれど、紙一重でかわすこの技はリスクを伴うものである。
 自己に対する強い意思がなければ使うことはできない。

「ふーーーーー! ふーーーー!」
 クウヤは異様に興奮していた。初手でその意思を感じたからだ。
 呼吸が自然と荒くなる。全身の毛が逆立つのを感じる。震え上がり、ゾクゾクと背筋を這う感覚。それが先ほどからまったく止まらない。

「やっべぇえええええ! こりゃ、やっべぇえええええぜえええええ!!!!」

 クウヤは知っていた。
 この感覚を。

 ホウサンオーから感じた意思を言葉で表すのは難しい。
 もし言葉で表すのならば、こうだろう。

 【戦慄】
 【驚嘆】
 【恋慕】

 今クウヤが感じているのは紛れもなくそうしたものである。

「すげぇ! 俺の剣を余裕でかわしやがったよぉおお! こりゃ、たまんねぇえ!」
 クウヤはその感覚を楽しんでいた。
 今の一撃は全力であった。それをかわしたのだから実力差は明白。

 それが何よりたまらないのだ。

「ふむ、お前さんも大変じゃな。初めての追っかけがちょっと変なやつじゃぞ」
 ホウサンオーはクウヤを観察する。
 結果、【変態】と断定した。

 美人の黒神太姫に男が群がるのは仕方ないが、最初がこれではさすがに気が滅入る。
 何事も段階を踏むのがホウサンオーの主義であることを考えるとかなり残念な結果である。

「ブラウンズ、どけ!」
 直後、ドミニクの声と同時にビル群に突っ込んできたゼルススリーからレールガンが発射される。

 距離はおよそ六百メートル。
 唸りを上げながら一五八ミリ爆砕弾がナイト・オブ・ザ・バーンに向かっていく。
 その射撃は実に正確で、砲弾は機体の中心部を確実に捉えていた。

「ほいっと」
 ナイト・オブ・ザ・バーンがその長い刀を軽く振るうと、リィインという音と同時に剣衝が生まれ、砲弾と衝突。

 砲弾はナイト・オブ・ザ・バーンの前方百メートル付近で二つに分かれて爆発。残念ながらナイト・オブ・ザ・バーンには傷一つ与えることはできなかった。

 だが、目眩ましにはなった。ビル群を迂回してすでに背後に回っていたゼルスフォーのステヤが突っ込んできたのだ。

「このタイミング、もらったよ!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンは刀を振るった直後。すぐにこちらに対応はできない。

 しかもあの長い刀である。
 接近してしまえば威力も半減するはずだ。このまま一気に懐に飛び込んでしまえば怖がることはない。

 ゼルスフォーが拳を振るう!!

 だが、ステヤのゼルスフォーの拳が殴ったのは宙。何もない空間であった。

 ナイト・オブ・ザ・バーンはその長い刀を振るった直後に地面に刀を刺し、棒高跳びのように自身を舞い上げたのだ。
 それがあまりに自然で無駄がなかったので、ステヤには消えたように見えた。

「ほっほっほ、ワシはここじゃぞ」
 何が起こったのかわからず困惑したステヤを尻目に得意げなホウサンオー。
 ステヤは反撃をもらわないように必死に突っ切りながらビルの陰に退避。

 ただ、宙を舞うナイト・オブ・ザ・バーンに狙いを定める者がいた。ゼルスファイブのカゲユキである。
 ゼルスファイブは電磁ネットを射出。逃げ場がないナイト・オブ・ザ・バーンは避けることができない。

 ホウサンオーは地面に刺していた刀を切り上げ、電磁ネットを切り裂く。
 宙なので体重が乗っていない軽い一撃だが、電磁ネットくらいならば問題ない。

 が、ここまではすべて想定済み。

「もらった!!」
 この最大のチャンスに鬼神のように刀を構えたゼルスワンが突っ込んできた。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは宙から地面に落ちてくるしかない。そのうえ刀は上方に振るってしまったので防御の術もない。
 完全な無防備である。ナイト・オブ・ザ・バーン相手にこのようなチャンスは滅多にないだろう。

 これが彼らのコンビネーションアタックであり、メイクピークがその最後の締めなのだ。

 もちろん、それまでに仲間が倒してしまう場合が大半であり、実戦において最後の詰めにまで到達したことはない。
 シミュレーションでこなしただけ。それだけ彼らの連携アタックが強いことを証明している。

 ブラックワンの能力を考えればここまでは想定範囲。
 四回の攻撃を完全に防がれたのは予想外であるが、最後の一撃が決まれば問題ない。

「その首もらった!」
 後ろ斜め横から突っ込んだメイクピークからはMGの弱点である隆椎が丸見えである。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは無防備のまま落下してくる。

 それに合わせてゼルスワンの振動刀【リンドウ】が背後から振るわれた。

 ザンギリが大きな帯広のブレードであるのに対し、リンドウはやや細身の刀タイプの高周波ブレードである。

 通常のブレードより扱いやすいように見えるが実は逆で、繊細なMG操作ができなければ力が伝わらないようにできている。
 メイクピークは優れたMG操縦技術を持つ男であり、彼だからこそ扱える特殊MGソードなのである。

 それが急所に叩き込まれればナイト・オブ・ザ・バーンでもダメージは避けられない。
 ネズミとて猫を噛むことがあるのだ。その一撃は馬鹿にできない。

 そして、リンドウの一撃がナイト・オブ・ザ・バーンに直撃する!!
 MGの急所である首後ろに全力の一撃が叩き込まれたのだ!

(仕留めた!!)
 メイクピークには手応えがあった。刀は確実に命中したことがわかる。

 こうして五人がかりかつ後ろからの攻撃は卑怯かもしれない。それでも結果を出すためならば何でもする覚悟がある。
 どんなに罵られようと結果が出さねば何もできないのだから。

 しかし。

 あまりにも不運。
 これは彼らにとっての不幸でしかない。
 こればかりはどうしようもできないのだ。

 なぜならば相手が悪すぎた。
 相手はバーンである。それも序列二位の黒神である。

「おぬし、なかなかの手前じゃな」
 ホウサンオーはメイクピークの腕を賞賛する。
 ダマスカスだからこそ評価は低いが、他国なら立派に騎士団長になっていてもおかしくはない腕前である。

 今回の一振りは相手がナイトシリーズであっても致命傷の一撃になりえた最高の一撃であったはずだ。

 相手がナイト・オブ・ザ・バーンでなければ。

「馬鹿・・・な」
 メイクピークは自身の眼前に広がる光景を受け入れられないでいた。
 確実に相手を捉えたはずであった。そこまでは完璧である。

 しかし、皮肉なことにメイクピークが心底求める結果だけが伴っていない。

 メイクピークにはその手応えが実際のものであると錯覚するほどリアルな感触があった。
 それだけ武人の間合いからすれば完璧であったことを物語っている。間違いなく直撃の一撃のはずであった。

 が、彼が切ったのはナイト・オブ・ザ・バーンの幻影。本体ではなく地面に突き刺さった【長刀】だった。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは実際の着地前にすでに刀を地面に刺し戻してメイクピークの背後に回っていたのだ。
 原理は簡単である。単純に再び刀を地面に刺して着地地点をずらしたにすぎない。

 問題は、その【振りの速さ】である。

 刀を振り払った状態。さらに落下している中であの長い刀を完全に操ったのだ。
 恐るべきは速度だけではない。MGを完全に我がものとし、すべての動きを計算の中で行っている点である。

 自己の身体のすべてを知っていれば、不測の事態にどう動けばどういう結果になるかを瞬時に予測できる。

 ホウサンオーは実にそれが完璧なのだ。

 当たり前に思うかもしれないが、自己を知り尽くすことは非常に難しい。

 人間の動きは何気なく行っていることがあまりのも多いものである。意識しなければできないことも多く、また意識しすぎれば動きがおかしくなる。

 あのような長い刀を振るえば宙でバランスを崩してしまい、それこそ頭から落下しかねない。
 ただ刀を地面に突き刺すことすら容易ではないのだ。それもメイクピークより速くやるなどありえないことだ。

 そして、メイクピークにはもう一つわかったことがある。あの【手応え】だ。

 ホウサンオーは止水の原理で使われる戦気の放出を行い、メイクピークを幻惑した。

 止水は足運びであるが、もっとも難しいのは戦気術のほうだ。
 優れた武人ほど無意識のうちに戦気を読んで動く癖がついている。敵の攻撃予測も戦気の流れで感じているからだ。

 音速すら超える戦いにおいては感覚だけが頼りとなる。そこを狂わせることで結果そのものを正反対のものにすることができる。
 それを自然に行うホウサンオーはあまりに見事であった。

 ただし、これはMG戦闘。生身の武人ではない。その意味をメイクピークは痛烈に直感する。

(見誤った)
 機体の性能は高いのだろう。それこそまさに特機中の特機なのかもしれない。
 だが、こちらも特機クラスであるのは間違いない。仮にナイトシリーズと戦っても対等にやれる自信はある。

 ガガーランドは言った。
「武人にとって道具は関係ない」と。

 それこそ真髄。強さの真髄。
 この瞬間、メイクピークは相手の力量をかすかに知るに至る。

 相手は自分より何十段も上にいる。

 あまりの実力差に気がつかなかったのだ。
 それはアミカ・カササギから見て紅虎が強いのか弱いのかもわからないように。それだけの差があるのだ。

 MG戦闘にしても熟練度が違いすぎる。相手は間違いなく相当の年数をMG、おそらくOGクラスの機体に乗っている達人である。

 MGがこうして量産される前、OGに乗れた武人はまさに一握りであった。
 かつてMGとはトップクラスの武人だけに与えられるものだったのだ。

 圧倒的に【費やした時間】が違う。

 多くの人間は時間を軽んじてしまう。すべてが一つ一つの積み重ねだということを忘れて結果だけを見てしまう。
 結果だけを見て才能が違うのだと諦めてしまう。

 しかし、岩を砕くのは信念。

 ホウサンオーから感じるのは、ただひたすら研磨を続け、鍛え続けた者だけが持つ清浄かつ芳醇な香り。まさに年代物のワインを彷彿させる深みがあった。

 それこそが戦いにおいては最大の差となる。
 なぜならば武人の戦いとは【経験】によって勝敗が決することがあまりに多いからだ。

 ルシアのように血統主義が珍重されるのはそれなりの理由がある。
 血に蓄えられた戦闘情報は子にも遺伝するため、潜在的に大きな可能性を維持することができる。

 各国の皇室や王室が貴重な血を蓄えているのは紛れもない事実なのである。
 ルシアの血が衰退していてもザフキエルがあれほどの王気を出せることもまた、歴代の王が今まで培った力あればこそであった。

 それはホウサンオーのような者がいてこそ成り立つもの。
 ただひたすら鍛え続ける人間がいてこそ生まれた力なのだ。

 彼が持つのはそうした【至高の意志】なのである。

(見誤ったまま死ぬのか!)
 メイクピークは死期を察する。

 背後にはナイト・オブ・ザ・バーン。そのまま刀を振り下ろせば間違いなく自分は死ぬだろう。
 戦場で相手の力量を見誤った瞬間、死はいともたやすく訪れる。

 ここで自分の夢が消えることにある種の儚さと徒労感を感じる。
 ゼルスセイバーズを結成するために費やした時間と努力、それらが消えてしまうのだ。

 しかし、ただ一人だけその場で動いていた者がいた。その男は相手が誰であろうが戦うことをやめない【狂人】であった。

「いただきだあああ!」
 ナイト・オブ・ザ・バーンのさらに背後からクウヤが突撃してくる。
 彼から見れば隙だらけの好機でしかない。メイクピークがやられるのならば、それはそれで攻撃のチャンスであった。

「やれやれ、まるでストーカーじゃな」
 仕方なくホウサンオーはクウヤの攻撃を長刀【マゴノテ】で受け止める。

「止めた! 止めたぞ!! とんでもない怪物だぜ!」
 ザンギリの一撃を片手で難なく止める力にクウヤは吼える!
 しかし、クウヤが感じた深みはもっと別の場所にあった。

 衝突した瞬間、ザンギリの破砕振動がナイト・オブ・ザ・バーンにも伝わるが、手首のしなりでその波動をすべて外側に逃がしてしまったのだ。

 振動は長い刃を通って刃先から放出され、空気が振動してリィインという音を発する。
 それに鼓動してマゴノテの刃文はもんが薄く青色に輝いた。

 名刀マゴノテ(命名 ホウサンオー)。

 通常のMGの武器は工場の機械で生産されるが、このマゴノテは職人の手作りである。
 刀鍛冶師の最高位である【名工十師】の一人が手がけた業物であり、まさに人生をかけた傑作と称されたものなのだ。

 それにホウサンオーの熟練した戦気が加わればまさに至宝。幾多の刀愛好者を虜にしてしまう罪深き美を宿すことになる。(そんな名刀をいともあっさりドラグ・オブ・ザ・バーンに置いてきたわけだが)

「こいつはどうだ!」
 ゼルスツーの再攻撃。下段からの切り上げ。ナイト・オブ・ザ・バーンは上体を反らして難なく回避。

「まだまだ!」
 それで終わらない。続いて連撃。切り上げの途中で剣の軌道が変化。追尾するように剣が流れる。

「ほほ、案外器用じゃな」
 ホウサンオーはそれもバックステップで回避。紙一重に見えるが完全に見切っているようだ。

 クウヤはまだ食い下がる。ザンギリをそのまま地面にぶち当て、コンクリートの破片をナイト・オブ・ザ・バーンに向かって撒き散らす。
 ナイト・オブ・ザ・バーンは止水で回避。

「ちっ、まるで当たんねー」
 当たったところでコンクリートの破片。ナイト・オブ・ザ・バーンの装甲ならば汚れるくらいなものである。
 それでもひたすら食い下がる。一撃でも一発でも入れたいという執念すら感じる。

「クウヤ・・・」
 メイクピークはそんなクウヤに驚きを隠せない。
 彼ほどの天才ならば相手の力量はすでにわかっているはずである。

 それがわかっていながらあがく。なぜ戦うのか。答えは明瞭であった。

「強ぇえ! マジで強ぇえ! こんなやつ見たことねえよおおおおおお!」
 クウヤの戦気が真っ赤に燃える!
 戦気は機体の外にまで流出し、ターコイズブルーのゼルスツーが赤く見えるほどだ。

 クウヤは戦うことを欲している。
 才能がありすぎるがゆえに生き方を誤ってしまった男には、それしか楽しめるものがないのだ。
 彼にとってホウサンオー、そして黒神太姫はまさに至高の存在。だから戦いたいのだ。

 狂ってはいるがある意味で一途。ブレない心が力となって彼から溢れている。

「ほっほ、若い若い。じゃが、悪くない」
 ホウサンオーもクウヤからひしひしと才能を感じ取っていた。
 自分に刀を出させる段階で彼が飛び抜けているのは明白である。それ以上に向かってくる意欲がなんとも心地よい。

 普段ナイガシロにされていると思っているホウサンオーには、その気概が微笑ましくもある。
 ワシも若い頃は・・・などと思いに耽ったりもしていた。

(戦う・・・目的・・・か)
 メイクピークはそんなクウヤを見て改めて自己に問う。

 なぜ戦うのか。
 どうしてゼルスセイバーズを作ったのか。
 自分が本当に求めているのは何か。

 それを問う。問い続ける。
 が、答えなどすでに決まっていた。

(目的など・・・簡単なことだ)
 メイクピークはふと心が晴れた気がした。
 今まで背負っていたものは所詮外面にすぎない。中身ではないのだ。
 手段にこだわりすぎていた自己を思い返す。

 大切なことは目的。そこに変わりはない。

 メイクピークの戦気が燃え上がる。それは真っ赤でありながらも青白く燃える光!

「クウヤ! 独りでは勝てんぞ!!」
 メイクピークのゼルスワンはナイト・オブ・ザ・バーンに斬りかかる。
 高速の上段斬りから下段に変化する連撃。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは刀で受け止める。
 見た目では完全に防いだ一撃。されど、剣から発せられる気は最初の一撃とは明らかに違った。

「ほっ!」
 ホウサンオーも見違えた一撃に思わず唸る。

 刀に宿るは【真剣】。

 真に戦う意志を宿し、恐れも打算もなくなった者だけが放つ一途な一撃である。

 心がけ一つで何が変わるか?
 変わるのだ。確実に変わったのだ。
 ホウサンオーにはそれがわかる。

「ふむ、良い気迫じゃ。先ほどとは別人じゃな」
 武人の戦気の源は精神力である。つまりは物的な要素だけがそのまま反映されるわけではないのだ。

 ユニサンが何度も立ち上がったように、すでに何度も死んでいておかしくない状態であったのに戦えたように、精神力こそ武人にとっての最大の武器なのだ。

 思いは人を強くする。
 祈りは魂を強化する。
 それはあやふやで曖昧なエネルギーではない。
 そうした次元の【法則】があるのだ。それを活用できる者が武人であり術者たちである。

 本来、メイクピークは心からの武人である。刀を合わせたホウサンオーには彼が費やしてきた努力が手に取るように伝わってくる。

 雨の日も風の日も、絶望に打ちのめされた日も刀を振るってきた男の姿が見えるのだ。
 戦気は嘘をつかない。メイクピークの戦気がそれを教えてくれる。

 そこに気迫が宿れば、当然ながら実力はクウヤを上回る。
 強固な意思があって初めて人は困難を乗り越え目的を達することができる。

 【サムライ】なのだ。
 すでにこの国から失われた剣士の魂を受け継ぐ者なのだ。
 その多くはもはやエルダー・パワーにしか残っていないが、ここにも本物がいる。

 これがコウタ・メイクピークの真なる姿である。

「クウヤ、一度戻れ」
 ゼルスワンはナイト・オブ・ザ・バーンと剣を合わせながらクウヤに命じる。

「ちっ、勝つためなんだろうな!」
 クウヤはまったく負けるつもりはないらしい。

「当然だ!」
 その言葉にメイクピークも力強く答える。

 連撃連撃連撃連撃。
 止まらない。止まる暇もないほどメイクピークの刀は動き続ける。

白辰はくしん!」
 上段から切り落とし、そのままの勢いで反転して再度刀を切り落とす二段斬り。

上毘じょうび!」
 刃を立てながら肩で押し込み、つかで相手の小手を打つ技。

風実ふうび!」
 上下で間合いを変えながら切り裂く横薙ぎの技。

聾刺ろうし!」
 斬撃から突きへと変化する高速突き。

 これらが途切れることなく一つの技としてつながるのが火坐巳かざみ一刀流、【具練撃ぐれんげき】である。

 火坐巳かざみという剣士が立ち上げた流派であり、現在はほぼ使い手がいなくなってしまったが、元は紅虎丸の弟子である老虎ろうこから分かれた正統な剣術の一つである。

 メイクピークは幼い頃から火坐巳一刀流を学び、研鑽を積んできた。
 志郎やデムサンダー、アズマたち、エルダー・パワーに親近感を感じるのは彼もまたその流れを汲む者であるがゆえである。

 そしてメイクピークが放った剣は相手を倒すものではない。
 高速の連撃を放ちながら間合いを生み出し、クウヤと自分の撤退の時間を作るためである。

 それらのすべてはホウサンオーにすべて受けられてしまったが目的は果たせた。
 再び間合いを取り、ナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃範囲から離れていく。

 ホウサンオーは追撃はしない。相手はすでに逃げの間合い。
 あの二人の技量を考えればここで技を放っても致命傷にはならないだろう。

「こりゃちと面白くなってきたの」
 メイクピークの連撃を受け止めてホウサンオーも興味をそそられる。
 彼もまた武人である。本気の戦いを挑まれて心躍らないわけがないのだ。

 今まではただの虐殺であった。
 しかしこれからは【戦い】である。

 武人と武人が命をかけて戦う本物の戦場なのだ。それがホウサンオーの戦気をさらに引き上げる。

「さあ、いつでも来るがよい。相手をしてやろう」
 赤い戦気が研ぎ澄まされ、濁流が清流になるように不純物がなくなり透明になっていく。

 透明の中に黄金に光輝く粒子が見える。それらが次第に増えていき、戦気は金色の輝きをまとっていく。

 誰もがその美しさに目を奪われる。
 見るだけで涙が出てしまうほど清らかで侵しがたい雰囲気を放っているのだ。

「もうわかっているな。相手は強い。それどころか【至高】のレベルに入っている」
 メイクピークはすでにそのことを隠すつもりはなかった。

 実際に剣を合わせてみればよくわかる。
 ホウサンオーから感じられるのは、【正当なる剣】であった。

 彼を前にするとなぜか威圧される。恐怖ではない。もっと別の感情だ。

 幾千年前から存在する山脈を見て偉大だと思う気持ち。自然の美しさと力強さを見て感動する気持ち。

 弱い者のために自己を犠牲にする聖者を見た時、才能なくとも努力を惜しまぬ若者に出会った時、人は心の底から尊敬の念を感じる。

 魂の奥底から湧き上がる心は誰にも止めることができない。
 ホウサンオーと対峙した時、メイクピークはそれらと同じ気持ちを味わったのだ。

 彼は【正当なる者】である、と。

 相手が欲望に汚れた人間であれば侮蔑し排除すればよかった。
 しかし、相手が自己の先にいる自分自身であったとすれば話は変わる。

 メイクピークはそれでも戦えるかを隊員に問うのだ。

「俺はこの国を守りたい。今は堕落し、落ちぶれたことにすら気がつかない哀れな国だが、必ず立ち上がれると信じている」
 すでにメイクピークの顔には険はない。

 クウヤを見て感じたのだ。自分が本当にやりたいことは何であるのか。しなければならないことは何であるのか。

 一人の武人として国を守るということ。
 少なくとも正しい手段ではない方法で国が揺れることを防ぎたい。その強い想いである。

「俺は死ぬかもしれん。だが、その時は俺を犠牲にしてブラックワンを倒せ」
 メイクピークの想いが伝播していく。共鳴していく。

 この瞬間、ゼルスセイバーズは真の意味で【刀を持った集団】となった。

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