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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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二十一話 「RD事変 其の二十 『黒機』」

  †††

 ユニサンとロキが入り口の庭園を抜け、エレベーターに飛び乗る。

 それと同時に入り口は閉まり、外壁の強制射出パージが始まった。
 外壁は五メートル感覚で切り離されて宙に放り出され、代わりに内蔵されている丸い鏡のようなものが現れる。
 鏡は太陽の光を反射するよりも強い輝きを放ちながら回り、徐々に回転を速めていく。そのたびに周囲には強力な力場が発生していく。

 この鏡こそ【富を守る鏡】。すなわちサカトマーク・フィールドである。
 フィールドが完成するまで多少の時間がかかるが、そこを乗り切ればアピュラトリスはその名前の通り【入国不可能な富の塔】になるのだ。

「ご無事でしたか。よかった」
 ユニサンの携帯が鳴る。取るとマレンの少し安堵した声が聴こえた。
 ユニサンが無事だったこともあるが、こうして第二ステージを無事終えられたことの安堵感もあるのだろう。

「上手くいったようだな」
 ユニサンはマレンを労う。間違いなく彼こそが第二ステージの立役者である。
「はい。オンギョウジ様のおかげで内部は完全に隔離されました。今後は外部との通信もすべて不可能です」

 オンギョウジの決死の働きぶりによってアピュラトリスはさらに強固な壁に守られることになった。
 物理的にはサカトマーク・フィールドだけで十分な強度であるが、羽尾火のようにダブルで侵入される恐れもある。
 オンギョウジたちが張った結界は、そうした術的、霊的なものすら遮断する。これは実に大きな意味を持っていた。

 もはや誰も内部のことはわからない。

 ラーバーン側にとってもそれは同じ。
 だからこそマレンもアピュラトリスから意識を離したのだ。【巻き込まれてはたまらない】からである。
 もしそのままつながっていれば、オンギョウジのように意識すら消えてしまう恐れがあるのだ。

「ルイセ・コノは大丈夫か?」
「すでにサポート領域を離れています。もう私にも追いつけません」
 ルイセ・コノはすでに百十階層に入った。ここはもう地上の人間が関われる範疇を超えている領域である。
 言い方を変えれば【霊域】と呼んでも差し支えない次元なのだ。
 事実、そこにはアナイスメルという意識の世界が広がっており、そこに住む者もまた意識だけの存在である。

 これ以上は実際に深くダイブしているルイセ・コノに任せるしかない。
 彼女はラーバーンの旗艦であるランバーロから間接的にダイブしているので、出口さえ上手く見つければサカトマーク・フィールドに影響されずに脱出が可能である。

 そして、エレベーターもパージ。

 警告のアナウンスもなしにパージされるのは、さすがアピュラトリスである。
 中に人が乗っていようが関係ないのだ。守るべきは富の塔。それ以外はどうなろうが関係ない姿勢はある意味で潔い。

 ユニサンは即座にエレベーターの天井を破壊して、ロキとともに脱出。
 そのままエレベーターは地上まで落下する。そこはすでにかつて外壁という名前であったガレキの山が広がっている。そこにエレベーターも加わったにすぎない。
 まだ下層部だけだが、これより上層の外壁が落ちてくれば相当な衝撃が訪れるだろう。当たれば人など簡単に潰れてしまう。

「しかし、ここまで壮大だとはな」
 ユニサンは外壁が次々と落ちていくさまを見て予想以上の出来事に目を見張る。
 サカトマーク・フィールドには二種類の作動方法がある。一つはゆっくりと時間をかける通常起動である。こちらの場合は外壁は落ちずに鏡と入れ替わるように内部に格納される。

 もう一つが緊急作動。
 こちらは今まさに起こっているもので、何らかの緊急事態、敵軍に強襲されている時などに発動されるものである。
 そのため外壁を強制射出して最速で起動することを優先している。外壁が落ちるのも敵に対する妨害行動も兼ねているのだから容赦なく落ちるのは自然なことなのだ。

 今回は立場が逆になっただけのこと。
 敵に使われると最悪の事態になることが立証されたにすぎない。


「なんだ! 何が起こった!」
「アピュラトリスが崩れるのか!」
「待避しろ! 巻き込まれるぞ!」

 この騒ぎで外部に展開していた陸軍はパニックに陥っている。おかげでユニサンたちに気がつく者は少ない。
 そう、少ないにすぎない。

「人が落ちてきたぞ!」
 エレベーター周りは特に警戒が強い。いくら突然の事態とはいえ、こうしてエレベーターが落ちれば人目を引く。
 続けて落ちてきたユニサンとロキ二人を数百人の武装した兵士があっという間に囲む。

「ふっ、大歓迎だな。こうして堂々と出るのも案外悪くない」
 アピュラトリス内部では隠れて移動していたが、忍者や密偵ならばともかく戦士のユニサンには疲れる仕事である。
 少なからずストレスも溜まっていたのだ。
 むしろここからが本領。こうして真正面から挑むほうが戦いやすい。

 だが、すぐには動かない。
 ユニサンは立ち止まり、特に敵意を放つこともなく空を見上げていた。
 陸軍の兵士たちもその光景に迷いが生じる。
 人は見慣れないものを見るとまず観察するものだ。
 ユニサンの異形、ロキたちの二人があまりに珍しくて攻撃することを忘れている。

 それは油断。
 絶対的に有利だからこそ生まれる慢心である。

(中のほうが兵士の質は高かったな)
 ユニサンは内部での激闘を思い出す。
 ガナリー・ナカガワ准将が率いていた海兵陸戦隊、通称ネイビーズのほうが練度は高く思えた。
 もし優れた兵士ならば即座にユニサンたちを撃っている。そこは練度の差である。
 多くの実戦を経験している者とそうでない者との明らかな差。ユニサンはそれを即座に感じて利用したのだ。

 なぜならばここではユニサンは【脇役】。
 いてもいなくてもかまわない通行人程度の扱いにすぎない。すでに彼の幕は下りたのだ。
 この第三ステージでの【主役】はもうすぐ到着する。だから待っているのだ。
 主役なしに幕を上げるわけにはいかないのだから。

ゲートが開くぞ」
 ユニサンは空に強力な力場が発生しているのが【視えて】いた。
 オンギョウジが解放したハビカ・ビラカは神の脊髄のためだけに存在したわけではない。
 アピュラトリスとアナイスメルをつなぎ、さらにゲートを開く役目も果たしていたのだ。

 【大転移】と呼ばれるミユキとマユキの術は何の準備がなくても使用が可能であるが、それでは術者への負担が大きい。
 便利な術である代償としてユニサンやロキ、オンギョウジたちを転移させただけでも相当疲弊してしまう。

 それがMGともなれば質量が増す。これは重さが重要なのではなくて処理する【情報量】の多さがネックになるのだ。
 彼女たちは物質を移動させているのではない。情報をコピーして、特定の場所に新たに創造しているのだ。
 それゆえに移動できない場所は存在しない。

 そして、こうして一度情報を書き出す場所を限定してしまえば負担は激的に軽くなり、MG部隊を転移させることも可能である。
 そのために払った代償は大きいが、それに見合うだけの価値のある仕事であった。
 次起こることはユニサンとオンギョウジの仕事の集大成でもあるのだ。

 そして、門が開く。

 力場が視えない人間には空が一瞬光ったようにしか見えないが、ユニサンには不思議な文様が浮かんだ門が開くのがわかった。

 そこから一つの光が舞い降りる。
 最初はふわふわとしたシャボン玉のように優雅に舞っていたが、地上二百メートルほどで破裂。
 そこから降りてきた、もとい、落ちてきたのは【黒いMG】であった。

 MGは地面に落下。激しい衝撃音がする。かと思われたが、MGはしなやかに着地。
 風圧で周囲に砂埃が舞った以外は何も傷つけずに混乱するアピュラトリスの大地に降り立った。

 そのMGは全身が真っ黒で、十二メートルはあろうかというやや大型の機体であった。
 量産型などのMGの基本サイズが約九メートル前後であることを踏まえればナイトシリーズと同じ特機サイズである。
 黒い機体は周囲の状況を確認しつつ、まるで人間のような仕草で頭をぽりぽりと手で掻く。

「ふぃー、なんつー降ろし方をするんじゃい。危うく死ぬところじゃったぞ」
 黒いMGのコックピットでは一人の白髪の老人が冷や汗をかいていた。
 通常、あの高さから落とされればMGは耐えることができない。
 人間と同じ構造であるため、特に足の関節などは耐えきれずに壊れてしまうだろう。乗っているのが武人であってもただでは済まないものだ。

「まったく、これだから最近の若いもんはの・・・」
 それでもとっさに対応し無事着地ができたがその仕打ちに老人は不満げであった。
「申し訳ありません、ホウサンオー様。お二人がまだ距離間が掴めておられないようでして・・・」
 マレンの申し訳なさそうな声がコックピットに届く。

 現在、サカトマーク・フィールドの強力な磁場によって遠距離通信が遮断されている状態である。
 その影響を受けているのはダマスカス軍や周辺に存在している建物のみで、ラーバーンの機体にはユニサンの携帯電話と同じシステムが組み込まれ、あらゆる妨害の影響を受けないで済む。
 さらには相手の通信を傍受することも可能であり、情報戦ではすでにこちらが圧倒的優位を占めているといえる。

「あー、いやいや、いいんじゃよ。ミユキちゃんとマユキちゃんもがんばっておるからの。気にしないでくれと伝えておくれ。ほれ、ジジイは元気じゃぞ」
 ホウサンオーは自慢の白く長い髭をくしゃくしゃと撫でながら微笑む。
 その顔は孫娘のやることならなんでも許してしまう駄目なおじいちゃんに似ている。

 事実、ラーバーンには若い者も多く、その多くは一部のメラキのように見た目だけ若いという異常な者ばかりだが、中にはミユキとマユキのように本物の子供もいる。
 彼女たちはその能力ゆえにラーバーンに迎え入れられ、当然ながら事情も把握しているが、やはり子供は子供。
 ホウサンオーはそうした子供たちと触れあうのを心から楽しんでいた。

「それと、もう一つ申し訳ないことがあるのですが・・・」
「なんじゃい、いまさら。言ってみなさい。怒らないから」
 それはマレンも同じである。ホウサンオーから見れば彼も子供のようなもの。
 すでに落とされたのだ。いまさらもう怒るようなことはないだろう。
 何でも言ってみなさい。その言葉にマレンが遠慮なく答える。

「実はホウサンオー様だけが先に飛んでしまったようでして、ガガーランド様は遅れてやってきます」
 その言葉にホウサンオーは周囲を見回す。たしかに落ちてきたのは自分だけ。他の機体はない。
 予定ではガガーランドという屈強な男も一緒にやってくるはずだったのだが、その姿はまったくない。

「ううむ、まいったのぉ・・・。ガガのやつはべつにかまわんが、【アレ】がないと面倒じゃな」
 ガガーランドが来ないのはまだよい。問題は、出撃前に【預けたもの】も一緒に来ないということだ。
 自分で持っていればよかったのだが、邪魔くさいのでガガーランドの機体に勝手に差しておいたのだ。今回はそれが裏目に出た。
 横着はするものでないとホウサンオーは反省する。

「ダマスカス軍、動きます」
 マレンは妨害電波範囲外にあるダマスカスのビルのカメラをハッキング。いくつもの望遠レンズでホウサンオーの周辺を監視していた。
 すでにMGが落ちてきたことは誰の目にも明らかである。
 いくら経験の浅い兵士たちとはいえ、所属不明のMGが出現すれば対応するものだ。

「敵機接近。照合終了。ダマスカス軍主力MGハイカランです」
 ホウサンオーの周囲にはダマスカス軍の主力MGであるハイカランが集まってきていた。
 その数、およそ四十。
 アピュラトリス周辺に配備されているMGの数はおよそ五百機なので、全体の割合としては多くはない。

 五百の魔人機は、この時代においてはかなりの配備数であるといえる。
 歴史を見ればMGの生産はこの数年後がもっとも盛んに行われ、各国も何十万、何百万という大規模なMGを編成することになるが、今はまだまだMGの技術も発展途上である。

 もともと魔人機とはナイトシリーズのように一部の優秀な武人だけが持つ特殊な機体を指していた。
 彼らは武人として人類の可能性を探るためにその力を得ることが許され、一部紛争解決の手段に使われることはあれど、基本は武を磨き、人の進化を正しく歩むための道具としての側面が強かった。
 そのためこうして軍隊の道具として使われるMGはまだまだ歴史が浅く、数も少ない。

 だが、一年前のガネリア動乱には数多くのMGが導入されたことは記憶に新しい。
 あれだけのMGが投入された戦いは、実のところ人類史において初めてのことであった。
 一方で、投入された機体を見ると【魔人機もどき】とも呼べる半端な機体も多い。

 たとえば貧困国に指定されていたガロッソ王国にもロックペックのようなMGが百機弱あったが、あれの中身は土木作業用の工業用MGと大差ない。
 もっと言ってしまえばロボット型トラックに砲台を取り付けただけの、魔人機と呼ぶのもおこがましいお粗末なものであった。
 実質的にはガーネリアのコンボイシリーズにしてようやくMGの範疇であり、できればヨシュアが乗っていたシャガードクラスでないとMG戦力とは呼べない。

 その点、ダマスカスのMGは質が優れている。
 ゼタスTⅡは指揮官機であったシャガードを上回る性能を持っており、ガネリア動乱後期に投入された特機型MGガーバリオンにも匹敵する良機である。
 ハイカランもコンボイシリーズを凌駕する性能を持つMGだ。量産が可能なこのクラスのMGといえば、ルシアのゲリュオン、シェイクのブルゴーンくらいなものである。

 現在、MGは非常に注目されている【良質市場】である。
 ルシアやシェイクを筆頭とする大国は国家プロジェクトとしてMGの開発を進めており、非公式ではすでに万に近い試作機を開発している。
 が、やはり実戦で使ってこそ新鮮なデータが取れるものであるため、各国はその場を常に探している状態だ。

 そこで起こったガネリア動乱は、ある種の【見本市】として注目されていた。
 少なくとも公式で公開されている映像やメディアの報道、密偵などの情報によってMGの可能性が大きく開けたことは間違いない。

 この国際連盟会議には非公式でMG企業の重役も多く出席している。
 MGの点だけで言い換えるならば、この会議は各国のMG技術を競う場であり、市場のシェア争いも兼ねていることになる。
 そうして良質MGのハイカランを軽く五百用意したダマスカスの財力はMG企業にとってやはり魅力的である。

 そのハイカランが戦闘をするのだ。
 それはおのずと興味を惹くものであり、兵士たちだけではなく各国の視察団も遠くからその状況を観察しているだろう。

 しかし、もっと注目を浴びているとすれば、新たに出現した【黒い機体】ではないだろうか。
 明らかに他のMGとは違う雰囲気をまとった特機型MGである。

 いったいどこの国のどの組織の機体なのか、どれほどの力があるのか、何のために訪れたのか。
 そうした視線をひしひしと感じ、陸軍の兵士たちもいっそう奮い立っているようだ。瞬く間に黒い機体はいきり立った陸軍によって包囲されていた。

 駆けつけた二百に及ぶ戦車の砲台もこちらを向いており、対戦車ロケットを構えた兵士も次々と増えていく。
 一時パニックではあったが、半ば意気揚々とした雰囲気すら感じる。
 彼らからすればついに来た出番なのだ。お祭り騒ぎでハイになりつつあるともいえる。

 だが、肝心の黒い機体の搭乗者は孤独な状況に耐えかねて苛立ちを感じていた。
 若い連中の好奇と奇異の視線、そのテンションの違いに老人がジェネレーションギャップを感じたともいえる。
 そして爆発。

「ふむ・・・。明らかな差別じゃな! 許さん! ワシは許さんぞ!」
 ホウサンオーが自慢の髭を振り回しだだをこねる。
 自分だけ差別された。
 どうせMGにも紅葉マークなんかを貼っておるんじゃろう? とわめき立てる。

「孤独じゃ。ワシは孤独なんじゃ。どうせワシだけ放り出して楽しんでおるのじゃろう。酷い話じゃよ」
「いえ、そんなことは・・・。みなさん、ホウサンオー様を大事にしておられますから」
 慌ててマレンがフォローに入るもジジイは聞く耳を持たない。

「嘘じゃ! 思えば出撃前の茶も安物じゃった。ワシだけのけ者なんじゃ!」
 たしかに安物であった。
 しかも付属の茶菓子も半分カビた饅頭であった。
 ホウサンオーは笑顔で食べたが、もしや高齢者虐待ネグレクトか? と疑っていた。

 そういえば茶にも大量の埃が入っていた。
 見間違い?
 いや、やはり違う。すべて事実であり現実だ。
 その時からホウサンオーのやる気は減退していたのだ。
 今爆発したのではない。積み重ねなのだ!
 蓄積された不満が老人を怒りに導くのだ!

 だが、これは茶を入れた人間の側に問題があったことを述べておかねばならないだろう。
 入れたのはメラキ序列八位のヨハン。長いライムイエローの髪を大きな三つ編みにした子供である。

 ヨハンは暇だったので、せめて出撃するホウサンオーのために茶を入れようとしたが、普段やったことがないのでよくわからない。
 そこでたまたま近くにいたバーン序列三十五位のマルカイオに聞いたのだが、「ジジイなんだから何食っても同じだろう」という発言を聞いて、なんだか白くて美味しそうという理由でカビが生えた饅頭を用意。(本来は茶色い饅頭。白カビが生えたもの)

 続いてマルカイオの「ジジイなんだから何飲んでも同じだろう」という発言で適当に袋が開いていた茶葉を入れる。
 これは経費をケチったフレイマンが大量に買った一番安い茶である。
 それだけならばまだしも、彼はユニサンと同じく貧困自治区で育った男だ。味など気にしないし、下手をすれば野ネズミくらい生で丸かじりできる男である。

 そんな男が安さだけを基準に買った茶が美味いわけがない。
 ルイセ・コノ曰く「ヒツジのウ○コみたいな臭いがするにゃ!」である。
 正直まっとうな茶と呼ぶにはあまりにも酷いもので、実質フレイマンとユニサンくらいしか飲んでいる者はいなかったものだ。

 さらにマルカイオが準備をするヨハンにちょっかいを出してからかったので、ヨハンが激怒。
 その際に彼のとんでもない能力が発動してしまい、ランバーロの給湯室では一時期世界を揺るがす大事件が起きそうになっていた。

 もしここで危機を預言したザンビエルが来なければラーバーンの計画はまさかの失敗を迎えていた可能性があった。
 こればかりはゼッカーも予想しておらず、事の顛末を聞いたときは若干の汗をかいていた。

 結局、泣きじゃくったヨハンが持ってきたのは給湯室での騒動で大量の埃の入った激烈にまずい茶と古カビた饅頭であった。
 されどヨハンが一生懸命入れた茶であるのは事実。半泣きのヨハンがじっと見つめる中、ホウサンオーは笑顔で食べるしかなかった。

 これが哀しい知られざる真実である。


「みなさん・・・、いえ、私は尊敬しておりますから! 本当です!」
 改めてマレンがフォローする。
 こんな状況でだだをこねられると後が面倒である。必死でなだめる。
「どうせマレン君だけじゃろう? いいんじゃ。どうせ老いぼれなんてこんな扱いじゃ! ワシは、ワシは・・・!」

「警告する。武装を解除して投降せよ。繰り返す、武装を解除して投降せよ」
 ホウサンオーがいじけていると陸軍のMG、ハイカランが三機、距離を取りながら少しずつ近寄ってきた。

 手は汎用タイプなので武器を持ちかえることができ、近寄ってきたハイカランは両手にマシンガンを装備していた。
 マシンガンは対MG、対戦車用であり、装甲車程度ならば簡単に蜂の巣にできる威力がある。
 当然、MG戦闘においても強力な武器だ。

「応答がないのならば射殺する! 武器を捨てろ!」
 投降しろとは言うもののハイカランはすでに戦闘態勢である。自己の見せ場でもありハイカランの実戦なのだから戦う気に満ちるのは当然であった。

「なんじゃなんじゃ、こんな老いぼれに大勢出てきおってからに。ワシは武器など持っておらんぞ」
 ホウサンオーが乗っている黒い機体は無手であった。何も持っていない。
 それもまた周囲のMG部隊が余裕をもって対処している理由であった。

 だが、MGには格闘戦闘用にチューンされた機体もある。乗っているのが戦士タイプならば身体全体、機体そのものが凶器なのだ。
 見た目だけではどんな性能を持っているのかわからない。
 ハイカランはけっして油断せずに間合いを詰めていく。

 そして再び警告。

「繰り返す。投降しなければ攻撃を開始する」
 ハイカランが射撃態勢に移るとホウサンオーの全面に広がるモニター画面に警戒のマークとピピピという警告音が鳴る。
 ハイカランの【AI】がこちらをロックしたことを告げるものだ。

 魔人機には一般的に【AIアーティフィシャル・アイデンティティー】が搭載されている。
 これは魔人機操縦の際の機器操作などのアシストも兼ねているが、従来の設計思想はその名の通り【人工自我】あるいは【人工意識】【人工個性】である。

 すべての魔人機は神機と呼ばれる機体のレプリカであり、オリジナルの神機に搭載されているテラジュエルには意思が宿っているという。
 これは神機が搭乗者を自ら選び、操縦の際も意思を伝えていることからも間違いない事実である。
 場合によっては自らの体調不良(破損やメンテナンス不足)を訴える機体もあるという。

 つまり、神機と人間は二つで一つ。

 乗る側と乗られる側との共同作業によって本来の力を発揮するように造られているのだ。
 ある意味では人間そのものが神機の動力源の一つともいえる不可欠な要素なのだ。

 当然、レプリカである魔人機も同じ設計思想を踏襲せざるをえなかった。
 ただの兵器ならばそうした【余計なもの】は不必要なのであるが、その機能を排除してしまうと魔人機としての価値を失ってしまう。
 魔人機とは、武人の強さによって性能が変化するものでなければ意味がないのだ。それでこそ運用する際に強みが出る。

 では、どうやってジュエルに意思を組み込むのかといえば、現在の技術では判明していないのが実情である。
 そもそもテラジュエルが何なのかすらよくわかっていないのだ。なぜ意思を持つのか、その自我はいったい何であるのか。そこはまさにブラックボックスである。

 その代わりがAIであり、既存の技術とコンピューターを使って補った【疑似人格】である。
 この疑似人格は人間的感情を持たないので搭乗者に命令するようなこともしないし不満も訴えない。
 それはそれで兵器としてはむしろ都合が良く、軍用MGにはたいていこれが搭載されている。(工業用MGには搭載されていないことがある)

 ハイカランのAIは【黄涼姫おうりょうき】。
 ダマスカス古文の恋愛物語に出てくる姫をモチーフにしたもので、現状では非常に高性能なAIである。
 特徴としては敵の動きを捉える能力に長けており、一度ロックすれば命中精度が飛躍的に上昇する逸品である。
 その機能を利用し、ハイカランの操者は余裕をもって捕捉する。少しでも動けば蜂の巣にできるのは訓練で実証済みであるからだ。

「ふむ、投降か・・・。なるほど。それも一つの手かの」
 ホウサンオーは投降という言葉を何度か口ずさんでみた。なかなかいい響きである。
 こうしてアピュラトリスは隔離に成功している。戦わずに済めば一番良いことであるのは間違いない。
 ホウサンオーは回線を一般回線につなぎ、外部スピーカーをオンにする。

「あー、すまん。おぬしら全員投降してくれんかの。無駄に死ぬことはないじゃろう」

 ホウサンオーの言葉はスピーカーから外部に【生声】で伝わる。
 まず誰もが応答があるとは思っていなかったので驚く。しかも特に加工された音声ではなく生の声である。
 声紋を調べればすぐに誰かを特定できてしまうのだ。相手はまったくそれを恐れていないことを意味する。

「と、投降するのか? ならば早くMGを降りろ!」
 ただし、その意味を正確に理解できた者はいなかった。
 誰もがホウサンオーが投降するのだと思ったのだ。
 そんなことは当然。当たり前のこと。
 これだけの軍隊に囲まれているのだ。たった一機のMGが対抗できるはずもない。

「んん? 意味が通じなかったかの。そもそも苦手なんじゃよな。こういう役割は」
 ホウサンオーは髭をわしゃわしゃ撫でながらぼやく。
 こうした役割はマレンのような人間がやるべきである。自分にはまったく性に合わないものだ。
 どうしようかと迷っていた時、ふと思い出した機能があった。

「そうじゃ、そういえばタオちゃんが切羽詰まって困った時に押せと言ったボタンがあったの」
 この機体を渡された時に設計士及び整備士のタオ・ファーランが直々に搭載したシステムがあったはずである。
 わざわざ念入りに整備していたのできっとこういうときに使えるものであるはずだ。

「タオちゃんの愛をここに示しておくれ!」

 ホウサンオーはボタンを押した。





「おじいちゃん。パンツはタンスの下から二番目ですよ!」



「おじいちゃん、トイレは我慢しないで、行きたくなったらすぐに行ってくださいね。若い頃とはもう違うんですから!」




 その音声はアピュラトリスを守っていた陸軍二万のうち、おそらく五千人くらいには届いたであろう大音量で発せられた。
 その声は録音されたもので、声の主はホウサンオーのお手伝いのアキコさんだ。
 タオがわざわざスタジオでレコーディングしたレアなものである。何より生活に欠かせない知識が詰まっており、たしかに切羽詰まって困ったときには役立つだろう。

 たとえば、トイレを我慢して漏らしてしまったが、パンツの場所がわからなくて困ったときなどは非常に役立つ。

 さらに強調表現である。
 もう何度も聞かれてうんざりした感が声に滲んでいる。
「もういい加減に覚えてくださいね! まったくもう!」
 という感じである。

 ただ、これはアキコさんの本音ではなく、タオがリクエストした演技であるため、声色には若干恥じらいが入っているのもポイントだ。
 こだわった。相当こだわって録音されたものだということがプロならわかる。


 そんな心遣いにホウサンオーは叫んだ。





「ネグレクトじゃーーーー!!!」





 ホウサンオーが叫んでいる時、ちょうど陸軍司令室の軍用コテージに一台の車が止まった。
 出てきたのは白人の初老の男。バクナイアとはまた違った鋭い眼光を持ち、黒の中に白が混じった胡麻塩の髪をきちっとした軍帽で覆っている生真面目そうな男だ。
 身体は大きく、護衛の兵士が一回り小さく見える。今でも鍛えており、いつでも実戦に出られると豪語しているほどなのだ。

 彼こそ現作戦、アピュラトリス防衛任務の最高責任者、レド・バードナー中将である。
 歳はバクナイアより五つ下の五十五歳。エリートコースではあったが非常に苦労した男として有名である。
 新兵として守衛訓練に出たら本物のテロに遭遇したり、デスクワークに移ればハラスメント対策処理に追われて自分が鬱になったり、念願の部隊指揮を執れば刑務所上がりの無法者を押しつけられたり、毎度問題にぶつかる男であった。

 だが、そうした難題をクリアしていく過程で彼の能力は激的に増大。
 実務レベルでの多様なコネクションを作ることにも成功し、ついに中将にまで上り詰めた精悍かつ屈強タフな男である。
 仮にこの場でテロが起きようが彼ならば顔色変えずに対処していたことだろう。それが普通のテロ程度ならば。

 だが、今回ばかりはバードナーは苦虫を噛み潰したような顔を隠すことはできなかった。
 明らかに国家問題レベルの異常事態である。ダマスカス、いや、世界の富の中核であるアピュラトリスがこの有様なのだ。誰であってもそうなるのは致し方がないことだ。
 しかもそれが自分が到着したと同時に起こるとは皮肉でもある。

 刀を携えた壮年の男性、指揮官を出迎えるためにコテージから出たメイクピーク当人も激しく困惑していた。
 バードナーが来るのを待っていたら突如この事態である。あまりの出来事にまったく対処ができないでいた。
 メイクピークはうなだれたまま謝罪することしかできなかった。

「申し訳ありません」
「そんな言葉はいい。それよりアピュラトリスは?」
 バードナーはメイクピークを責めるつもりは毛頭なかった。そんなことはまさに不毛である。
 このような不測の事態は誰もが望まず、そしてもっとも望んでいないのがバードナーとメイクピークその人なのだ。
 バードナーがまっさきに責任を取るのはもちろん、現場で指揮を執っていたメイクピークもただでは済まないのだから。

「おそらくですが、サカトマーク・フィールドを展開しているもようです」
 そうメイクピークが言うのも仕方がない。
 このフィールドが展開されているのを見た者は現在のダマスカス軍にはいないのだ。
 いや、政治家や一般人を含めたすべての人間は映像でしか知らない。

 本来なら起こらないもの。
 自分が生きている間には起きないであろうことが起こっている。
 見物客にとっては見物だろう。
 が、ダマスカス人にとっては恐怖そのものである。

「中との連絡が取れません。それどころか遠距離通信がすべて使えません」
 サカトマーク・フィールドが放射する磁場が強すぎて、近距離の無線を除いたすべての通信機器が使えないでいた。
 現状では国際会議場との連絡もできない。

「密偵が動く。会議場にはすぐに知れるだろう。いや、もう見えているだろうな」
 周辺は世界各国の密偵が勢ぞろいしている。この状況は即座に報告されるだろうし、何よりこの巨大な塔の異変ならば、会議場からでも見えるだろう。
 つまり、自分たちの失態も丸見えなのだ。隠しようがない。

(よもやこのようなことになろうとは)
 メイクピークは自分の甘さを痛感した。
 兆候はすでにあったのだ。バードナーによってアピュラトリス内部の調査を命じられた際にはメイクピークも頭の隅には危険の予感があった。

 だが、武人である彼は敵が目の前に現れるものと勝手に想像していた。
 それならば守りきる自信があったのだ。
 それもまた油断。
 アピュラトリスという完全な密室と陸軍の数にメイクピークもまた酔っていたことを悟る。

「中将、敵機と思われるMGが出現しました」
 バードナーの側近のハムジェルク中佐が情報収集を終えて戻ってきた。現状のレーダーには映らない機体であるため視認が必要だったのだ。

「君の見立ては?」
 バードナーがハムジェルクに率直な意見を求める。
 ハムジェルクは各国騎士団や軍事産業に精通しており、MGに造詣が深い。
「正規軍のものではないと思います。かといって武装組織というレベルを超えています」
 出現したMGの質が明らかに違う。そのコンセプトも雰囲気も五大国の正規軍のどれとも違う。

 強いて言えば装甲フレームにグレート・ガーデン流のものを感じるが、やはり独特のものであるといえる。
 そして、到底そこらの武装組織、テロ組織が造れるものでないことは一目瞭然だ。
 どこぞのMG企業の危険な実験とも考えられるが、アピュラトリスがフィールドを展開したこととはつながらない。

 となれば、当初の予感通りということになる。

「信じがたいがテロだろう。少なくとも我らダマスカスに反感を持つ者たちであるのは間違いないな」
 バードナーはそう結論づける。
 すでにバクナイアがバードナーに警告をしていたのだ。上層部ではそうした動きを察知していた可能性は高い。
 それでもバクナイアが強行手段を命じなかったのは確証がなかったからだ。もしあれば即座にアピュラトリス突入を指示しているのだから。
 今頃はバクナイアも死にそうな顔をしているのは間違いないだろう。

「全体の指揮は私が執る。中佐は私の補佐だ」
 バードナーの命令にハムジェルクは静かに頷く。それからメイクピークに向かって言う。
「大佐は現場で黒い機体を頼む。わかっていると思うが、これが最後のチャンスだ。君も私も・・・ね」
「・・・了解しました」
 うなだれたまま礼をしてメイクピークはコテージを出ていく。

 メイクピークは早足で自分が率いる部隊の編成に向かった。
 できるだけ落ち着こうと速度を抑えて歩いていた。つもりである。が、溢れ出る怒りは無意識のうちに戦気となっていた。
 道中、その表情を見た兵士は驚きと恐怖で硬直し、道を譲るのでさえ生きた心地がしなかったという。

 メイクピークは刀を握りしめ、悔しさのあまり歯軋りする。あまりの強い力で噛んだので歯が欠けたほどだ。
(許さん! 絶対に許さん!)
 その顔は志郎とデムサンダーに向けた愛嬌のある顔とは真逆。まさに怒り心頭、仁王の顔である。

 メイクピークは地位そのものに執着はない。大佐となったのも刀一本でどこまで行けるかを追求した結果にすぎない。
 彼にとっては【価値ある軍人】であることが重要なのだ。

 メイクピーク家は代々軍人の中で武闘派としての地位を維持していた。それはそれで価値があることである。
 一方、時代は変わり、武力以外においても自己を示す必要が出てきた。それに失敗した家柄はフォードラ家を含めてどんどん没落していった。

 変われない者は没落する。

 その現実に立ち向かい、彼は性に合わないことも我慢して生きてきた。
 フォードラ家の教訓を踏まえて他派閥とのコネクションを増やし、嫌悪さえする享楽のパーティーにも出席してきた。
 自らの価値、家の価値、ダマスカスを守るために必要な力を集めるために耐えてきた。

 それがこの事態ですべて終わりである。
 この現象が事故であることはない。万が一すらない厳重なセキュリティだからこそアピュラトリスは価値がある塔なのだ。
 この日、このタイミングで起きたことが何の意味も持たないことは絶対にない。
 アピュラトリス内部で何が起きたにせよ、この責任は取らねばならないだろう。少なくとも自分とバードナーが軍人を続けられる保証はまったくない。

 だが、まだメイクピークには唯一の起死回生のシナリオがある。
 それは【武】。武力組織としての力を見せつけることである。そのための軍隊であり、そのための特殊部隊なのだ。

 陸軍特別強襲隊【武刀組ぶとうそ】、通称ゼルスセイバーズ。

 メイクピークがあらゆる手を使って陸軍に設立した精鋭部隊である。
 陸軍の中から優れた武人を集め、日々鍛錬に鍛錬を重ねて最強の部隊を生み出した。
 この部隊はメイクピーク当人だけではなくメイクピーク家が長年に渡って進めてきた国力強化プロジェクト。いわば念願であり悲願である。

 近年、軍縮の流れが進んでおり、普段使われない特殊部隊への批判も高まっていた。
 これはピンチである。が、違う見方をすればチャンスにもなる。
 今ここで敵機を倒せばまだ生きる道が残っている。そればかりかゼルスセイバーズの有用性を実証し、強化できるかもしれないのだ。

(必ず仕留める)

 メイクピークは新型MGに乗り込んだ。

 すべては国のため。
 この国を守るために。

 ダマスカスが、刀の信念を失わないために。
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