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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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二十話 「RD事変⑲ 『第二ステージ終了 後編』」

 †††

「助けに来たわよ」

 半死半生の志郎とデムサンダーの前に現れたのはエリス・フォードラであった。

 彼女は悠然と歩きながら今度はハンドガンを取り出すと何の警告もなしにユニサンにフルオートで全弾撃ち込む。
 ユニサンはよけない。ロケットランチャーをくらってもまったくダメージを受けていない彼がよける必要はなく、わざわざロングマガジンをセットして五十発近く撃ち込んだものの、すべて弾かれる。

 だが、エリスはかまわずスペツナズ・ナイフを取り出し、刃を発射。これもユニサンの鋼鉄の胸に弾かれる。
 それを見たエリスは手榴弾の安全レバーを外して投げると同時に壁の突起に隠れ、身を伏せる。

 そして爆発。

 爆風と破片はユニサンに当たるもそれも当然ながら効かない。
 そもそも志郎やデムサンダーでさえどうにもならないのだ。彼女にどうにかできるわけがない。

 問題は、その行為である。

「ちょっ、バカ!! いきなり手榴弾なんて投げるな!!」
 感動の再会を祝するデムサンダーの第一声はそれであった。
 いきなり登場したエリスに呆気にとられていた二人であったが。さらにその行動に唖然としていた。
 警告なしにロケットランチャーを撃ち込み、その後もひたすら無言でユニサンに攻撃を繰り返し、あまつさえ志郎たちに断ることもなく手榴弾を投げる。
 おかげで二人は慌てて逃げたものの破片の一つがデムサンダーの尻に刺さった。
 すでに戦気を出す力も残っていない二人には普通の手榴弾も常人同様危険な武器なのだ。

「あら、まだいたの」
 そんな抗議の声をまったく気にしていないミリタリーお嬢様は、改めて二人の様子を見る。
「ずいぶんと派手にやられましたのね」
 二人のやられっぷりは相当なものである。
 志郎の身体は一応五体は存在しているだけの状態であり、中身はボロボロ。デムサンダーは見た目でもかなり酷い状態である。
 普通の【か弱い女性】ならば失神しているところだが、エリスはただ一瞥するだけである。特に慰めの言葉もない。

「エリス、どうやってここまで・・・。いや、どうやって目覚めたの?」
 志郎たちがエリスと分かれてからまだ二十分も経っていない。あの睡眠ガスはかなり強力なものであり数時間は確実に起きない代物である。
 志郎たちはともかくエリスがこんな短時間で起きれるとは予想できなかった。

「ああ、それはね」
 そう言いながらエリスは後方からやってきアピュラトリス内部移動用の車を指さす。
 車はバギーのような形をしており大きめの荷台が付いている。最初にエリスがロケットランチャーを撃ったのもこの荷台からであった。
 降り立ったのは初老の男性。ディズレー・イチムラである。
 彼は静かな動作で車を降りると二人にお辞儀をする。

「お二人ともご無事で何よりでございます」
「ディズレーさんまで・・・!」
 エリス同様、ディズレーも元気そうに歩いている。
「まったく、どうなってやがるんだ」
 デムサンダーも状況についていけず頭を抱える・・・そぶりをする。そういえばもう手はなかった。

「あの時、紅茶に抗体薬を入れておいたのです」
 ディズレーはエレベーターで六階に向かう時、エリスと自分の紅茶に催眠や神経麻痺などに対する予防薬を入れていたのだ。
 アピュラトリスを完全に信用できていなかったディズレーが取った唯一の自衛策である。
 そのタイミングも絶妙であった。もし飲むのが早すぎれば検査で引っかかった可能性があるし、遅すぎれば目覚めることはなかっただろう。
 当人はあのタイミングしかなかったので狙ったものではないが結果としては見事にハマったといえる。

「ちょっと待て。俺たちは聞いてないぞ。いや、飲んでないぞ」
 志郎とデムサンダーは薬を飲んでいない。飲んでいればすぐに何か入っているとわかるように訓練されている。
 あの時は志郎は軽い番茶を飲んだだけで、デムサンダーはまったく何も口に入れていなかった。

「それはその、万一に備えてということでして・・・」
 申し訳なさそうに頭を下げるディズレー。
 つまりは志郎たちを完全に信用していなかったということである。
 薬のことを教えてしまえば対抗策を取られる可能性もあり、実際にはエリスにも教えていなかったくらいである。
 今までの経験から安全策を取り、自分だけの秘密でいたのだ。こうしたところはさすが執事。抜け目ない。

(まあ、しょうがないかな)
 志郎はそれも仕方ないと思った。
 彼にしてみればこのアピュラトリスで何が起こるか想像もつかなかったに違いない。
 思えばエリスに至っては爆弾すら持ち込もうとしていたのだ。これくらいの自衛策ならば可愛いものだ。
 しかも、実際に起こったことは志郎たちの想像すら超えることである。もはや何も予測できない状態であった。

「ところでどうなっているのかしら?」
 エリスは異形のユニサンと二人を交互に見つめ、頭の上にクエッションマークを浮かべる。
「おい、状況もわからずに撃ったのかよ」
 デムサンダーの抗議の声もエリスにとっては心外である。
「あら、助けてもらってその態度はあまりに失礼じゃないかしら」
 二人が襲われていたのでとりあえず撃っておいたのだ。感謝されることはあれど非難される筋合いはないのだ。
 たしかに容赦なく淡々といろいろな武器を撃っていたから恐ろしい。

 といっても、それらの攻撃はすべて無意味ではあった。ユニサンは平然としてエリスを観察している。
(エリス? この女はもしや・・・エリス・フォードラか?)
 ユニサンはエリスの写真を見ているので容姿を知っている。彼女は【電池】であり捕獲も任務に入っていたからだ。
 しかし、一目見てそうとはわからなかった。

 まるで印象が違う。

 写真で見た彼女は普通のお嬢様であり、あそこまで目に生気が宿ってはいなかった。
 一方、今のエリスの目には強い意思が宿っている。強固で不屈。闘魂の炎がちらついて見える。

(電池ならば捕らえておくか?)
 時間に余裕はないが、相手から出てきてくれたのだ。放っておくこともない。
 ユニサンにとっては造作もないこと。まるで逃げない虫を捕まえるくらいたやすいことだ。
 その気配に気がついたのは志郎であった。
「っ・・・! エリス、逃げて!」
 今の志郎たちにエリスを守る余力はない。それなのに彼女が来てしまった。再会は嬉しいが、なんという不運だろうか。
 志郎は最悪の事態も覚悟しなければならなかった。

(エリスが死んだら僕は絶対に後悔する)
 守ると決めたのだ。エルダー・パワーとして自覚が芽生えたあの時に決めたのだ。
 どんなことがあっても目の前の仲間は守ると誓ったのだ。
 だから志郎はエリスを守らねばならなかった。
 だから志郎はエリスの前に立とうとした。

 だが、ユニサンの手がエリスに向かおうとした時、落雷が起こった。
 それはデムサンダーの技ではない。そういうものではない。
 もっと違う、もっと強烈なものであった。

「本気でない者が私に触れるな!!」

 杏色の髪の少女が言う。

 直後、信じられないことが起きる。

 あの巨大な体と剛腕を持つユニサンが弾けるように手を引っ込めたのだ。
 その顔は、その表情は、その目は驚きに見開かれていた。
 まるで何が起こったのかわからないような驚き。なぜ自分でそうしてしまったのか理解できないような、きょとんとした顔。
 まるで親に怒られた子供のように、教師に叱られた小学生のように、驚いた般若の顔がそんな童子のように映った。
 子ウサギが巣穴に入ったので、軽い気持ちで捕まえようとしたら指を噛みちぎられた。
 そんな心境にも似ている。

「な・・・んだ?」
 それにはデムサンダーも驚く。
 あのユニサンの剛腕を引っ込めさせるのにデムサンダーは何発もの蹴りを必要としただろう。どれだけの痛みを我慢しただろう。
 それが、少女の言葉たった一つで悪鬼は引っ込んでしまったのだ。

 あまりに滑稽。あまりに喜劇。
 だが、事実である。

 この時、ユニサンだけに【視えた】ものがある。
 それは彼の死期が近づき感覚が増大していたことと、ザックル・ガーネットの力によって【力場】が見えやすくなっていたことに起因する。
 そして、現在のアピュラトリスがやや異様な状況下にあったことが影響していた。

 ユニサンは見たのだ。
 エリスから発せられた【光】を。

 声が、目が、意思が、巨大な光を生み出してユニサンの手を押し退けたのだ。
 それは女性でありながら凛々しく、厳しく、やや刺々しい印象を与える力であった。
 色は少女の髪と似た杏色。それに輝きを与えた生気溢れるゴールドの波動エナジーであった。
 それは波動ではあったがユニサンには物理的な力にさえ感じられたのだ。
 そして力ある声は簡単にユニサンの剛腕を押し退けた。

(今のは・・・まさか・・・)
 ユニサンは自分の手とエリスの光を見て呆然としていた。
 ユニサンはエリスがただの電池であることしか教えられていなかった。それは誰の手落ちでもない。事実【そうだった】のだ。
 エリスはユウト・カナサキの代用品。次の電池でしかない。
 それがなぜこうなったかを説明するのは非常に難しい。

 これにはいくつかの要因がある。

(ああ、そういうことだったのですわね)
 エリスは自分の中に何か今までと別の力が湧き上がってくるのを感じていた。燃えるような熱い、それでいて整然とした力である。
 これは目覚めた時から火種として生まれ、ロケットランチャーを手にした時からさらに膨れ上がった。
 そしてここに来た時には半ば確信に近いものを感じていた。

 目覚めの予感。

 何者かが自分に力を与えてくれている感覚。全包囲から包み込まれ、守られているような安心感。
 そして、内部からほとばしる強い意思。
 エリスは自分が完成されていくのを感じていた。

 自分はアピュラトリスに選ばれた。

 そう実感するのだ。
 それは間違いではない。より正しく述べるのならばアナイスメルが彼女を欲し、彼女が応えたのだ。
 これにもこの場にいる誰もが知らない事実が一つある。

 アナイスメルは電池を必要としていた。
 それはなぜか。
 アナイスメルそのものは目に見えない領域に存在し活動している。ならばそれでアナイスメルそのものには問題がないのだ。
 電池を必要としているのは地上側の人間である。
 アナイスメルの能力を物的に変換するために電池が必要なのであってアナイスメルが必要としているわけではない。ここが重要な点である。

 しかし、アナイスメルは求めている。自己を表現する媒体を欲している。
 これもまたもう一つの事実が必要となる。
 実はこのわずか前、エリスが目覚める前、アナイスメル百九階層にダイブしているルイセ・コノは、その階層にある【とあるシステム】を起動させていた。
 これは百十階層に入るための補助システムとして都合が良かったので起動させたのだが、急いでいる彼女はシステムを切らないまま次の階層に移ってしまった。

 ルイセ・コノにとってはささいなこと。どうでもいいこと。目的のもの以外はべつにいらないもの。
 それがまさかこのような事態を引き起こすとはルイセ・コノ自身はまったく知らないことである。
 しかし、それはすべてつながっていることである。
 その行動がたまたまであっても、彼女のいい加減さが引き起こしたことであっても、エリスにとっては世界創造に匹敵する巨大な変化であったのだ。

 それは、アナイスメルに【自我】を芽生えさせるためのシステム。

 アナイスメルを作った存在が戯れと実験のために置いておいた【使われないであろうシステム】であった。
 それが起動した時、アピュラトリスは激しい自己表現を欲したのだ。
 そのために必要だったのは媒体。表現するための道具。それは当然ながら自己と波長が合う存在でなくてはならない。

 ユウト・カナサキでは駄目だった。
 肉体の強さは平均的であるが意思が弱い。
 重要なのは心。自己表現。
 発する能力が弱ければアナイスメルという赤ん坊が叫ぶことができない。
 そう、叫びたいのだ。

 彼女は叫びたい!!

「そうよ! 私を使いなさい!! 私は力! 私はあなたの意思!! だからあなたは私なのよ!!!」

 アナイスメルはエリスの中に眠っていた炎に気がついた。そして波長を合わせた時に彼女の魂の中に眠っていた【資質】の扉を開けたのだ。
 開けてしまったのだ。
 そしてアナイスメルは初めて自己表現の手段を手にした。それはほんの一部、大海の一滴ひとしずくでしかないが、大きな表現であった。

「二人とも、立ちなさい! あなたたちは男でしょう! 男児たるもの、立派に立ち上がりなさい!!」
 エリスの声がアピュラトリスを駆け巡る!
 熱風に煽られたように志郎とデムサンダーは背筋を伸ばして立ち上がり、感じた。
 絶望を感じていた心が高揚していく。諦めそうになった心が再び何かを欲していく。
 かつて子供の頃に捨ててしまった夢を大人になって改めて目指そうとしたあの気持ちが、燃えるような熱情となって湧き上がる!!!

(これは、なんだ!)
 志郎は驚いていた。驚かずにはいられない。
 心が高揚していくにつれて身体が軽く感じられる。
 実際に身体の奥底から、血の中から何かが絞り出されるような感覚。
 もうとっくに尽きてしまったはずの熱意が、生体磁気が、【闘志】が湧き出てくる。
 身体は痛い。だがそれも心地よい痛みとなる。心は苦しい。だがそれも立ち向かう喜びとなる。

 これが力。
 これがエリスに隠されていた力。
 人々を勇気づけ、その心に炎を灯す力。
 それは人々を動かす大いなる意思の力!

「さあ、志郎。私を守りなさい。そう誓ったのならば守ってみせなさい」
「え? そんなこと言ったっけ?」
 志郎はたしかに守ろうとは思っていたが、エリスに直接伝えたことはないと記憶している。
 事実、ない。そんなことはない。
 が、エリス当人が、それが当たり前だと思っていることが重要なのだ。
 それがアナイスメルとの融合をさらに強めていく。

(まさかこのようなところに・・・)
 ユニサンは予想を遙かに超えた事象に戸惑っていた。これこそ完全なるイレギュラー、想定外である。
 力付くで彼女を取り押さえることはできなくはない。だが、それも彼女一人ならばだ。
 彼の目の前にはデムサンダーの姿。その目には初めて見せる光があった。
 エリスと志郎を死んでも守り通す。決死の目をした黒い戦士がいた。それは自分たちとなんら変わらぬ強い意思を発している。

(まずいな。手間取りそうだ)
 こうなった相手は強い。手負いだからこそ怖い。なにせ自分自身がそうだったのだ。身をもって知っている。
 そうしてユニサンがどうするか迷っていると、背後から接近する気配が二つあった。
 ロキである。ロキN5とN9がマレンの指示で駆けつけたのだ。これで戦力としてはユニサンたちが有利となった。

 が、直後、ユニサンとロキの二人は真上を見上げた。

 それは【狼煙】。

 第二ステージの終わりを告げる合図であった。

(オンギョウジ、やったか)
 その波動はザックル・ガーネットと共鳴している。なにせこのガーネットもまた神の脊髄と深い関わりがあるものなのだ。
 最上階の様子は見えずとも何が起こっているかは手に取るようにわかった。
 そして、それはオンギョウジとの別れも意味していた。
(短い付き合いであったが、お前も誇り高い戦友ともであった。先に行っていろ。もうじき俺も行く)

 ユニサンはロキに合図を出し、この場を去ろうとする。
 止めたのはデムサンダー。
「オッサン、逃げるのかよ!」
 満身創痍のデムサンダーが言う台詞ではないが、ユニサンには不思議とそれがおかしいとは思えなかった。
 それだけ今の彼らは力に溢れていた。
 ユニサンは素直に認める。
「ああ、逃げるとしようか。【王】と戦うには準備が足りなかったよ。俺の負けだ」
「王・・・? 何のことだ?」
 デムサンダーは首を傾げた。それも仕方がない。誰もにとって理解しがたい状況が生まれてしまったのだから。

「二人とも、もっと強くなれ。本物のバーンはもっともっと強いぞ。お前たちの王を守れるくらいに強くなれ」
 その言葉に敵意はなく、純粋に武人として人生の先輩としての言葉であった。
 自分よりも遙かに才能豊かな人間をここで殺さずにおけた安堵感も滲んでいる。
「ジン・アズマは惜しい男だった。それは本心だ」
 そう言い残してユニサンとロキ二人はエリスたちを抜いて入り口へと向かっていった。
 当然志郎たちに追いかける余力はない。

「本当に・・・助かったんだ」
 志郎から力が抜けていく。
 ロキが加わった状態で戦闘となっていたら間違いなく負けていた。エリスを守るどころではなかっただろう。
「何を弱気なことを言っているの。私たちが追い払ったのよ」
 だが、エリス当人はまったくそんなつもりはないらしい。さも当然の結果だと言わんばかりに堂々としていた。
「そういう見方も・・・できるかな」
 その言葉に志郎は苦笑い。
「はは、はははは!! まったく、とんでもない大物だよ、お前はよ!」
 デムサンダーも笑う。そんな二人に一人だけわかっていないエリスが首を傾げていた。

「でもエリス、さっきのは何だったんだい?」
 さきほどユニサンを気圧した力は見間違いではない。ユニサン当人もその力を認めたからあっさり退いたのだ。

 彼はそれを【王】と呼んだ。

「さあ、私にもわかりませんわ」
 エリスにも具体的なことはわからない。ただ、感覚として今は少しずつ落ち着いているのがわかる。
 今は【あの声】もよく聴こえず、高揚感もさほど感じていない状態だ。
 それでもエリスの中には火種が残されていた。一度燃え広がったあの感覚は忘れることはできず、その気になればまた点火させることができるかもしれない。
 それは可能性だった。
 ドキドキする。ワクワクする。人が持つ無限の可能性の一束なのだ。

「これからどうしよう? 外は危険だろうし・・・」
 志郎はユニサンたちが入り口に向かったのを警戒していた。今表に出ようとすれば鉢合わせる可能性がある。それは危険であった。
「待てよ。外には陸軍がいるじゃねえか。むしろ危険なのはあいつらのはずだぜ」
 ユニサンは外に出るつもりだろう。だが、そこには陸軍二万が陣取っている。
 あんな奇妙な連中が出ていけば即座に拘束されるに違いない。当然、相当な犠牲は出すだろうが、いくらロキたちがいるとはいえ数が違いすぎる。
 しかし、ユニサンは死を覚悟はしていても無駄死にするような雰囲気ではなかった。それは実際に戦った二人にはよくわかる。

(勝算があるんだろうか。それとも何か目的が?)
 どう考えても今の志郎たちにユニサンの目的はおろか素性さえ理解することはできそうもなかった。
 それらはエルダー・パワーの忍者たちに任せるほうが賢明だろう。志郎たちはあくまで戦士。戦うのが仕事だ。

「それより酷い有様ですわね」
 エリスが顔をしかめたのはデムサンダーである。
 右手は車にひかれたカエルのような状態。かろうじてつながってはいるが、まるで手榴弾を握りしめたまま爆発したような惨状であった。
 左腕は上腕二頭筋の真ん中あたりから完全に消し飛んでいる。わき腹も骨折しているようであり、志郎も相当なダメージであるが、デムサンダーの見た目は相当悪い。

「右手はじょう先生に治してもらうとしても左腕はきつそうだね」
 志郎が言った先生とは、草片くさかたじょうのことだ。エルダー・パワーの医者で医療と真言術によって怪我を治すことができる名医である。
 右手は簡単に治りそうだが根本から失われた左腕は難しい。義手にする必要があるかもしれない。
「まっ、そこはしゃあないさ。命があっただけでも儲けものだ」
 デムサンダーは仕方ないという面持ちで自分の左腕を見る。
 生死をかけた戦いである。その後のことまで考える余裕はない。まだこの程度で済んだことを喜ぶべきだろう。

「ふーむ」
 エリスはデムサンダーのなくなった腕を見ながら呻いている。
 何度も何度も呻いている。
「・・・何か、来ますわ」
 そしてふとエリスが上を見上げてつぶやく。
「え? 何?」
 志郎もつられて天井を見上げるが特に何もなかった。その後も何も変化しない。
 だが、エリスは天井をじっと見つめたまま動かない。

「おい、エリスのやつ、少し変じゃないか?」
 デムサンダーが小声で志郎に異変を告げる。それは志郎も薄々気がついていたことだ。
 言葉にするのは難しいが何かが違う。もともと突飛かつ気丈な性格の少女であるのだが、明らかに目覚めてから何かが変わった。
 その彼女が天井を見て何かを感じている。それを見過ごすほど志郎たちは凡夫ではない。

 だが、志郎たちが予測できたのはそこまで。
 これから起こることは彼らの想像を遙かに超えるものであったのだ。

「左腕をみせてみなさい」
 エリスがデムサンダーに振り向いて言う。
「見せろって・・・もう見てるだろう?」
「そういう意味ではありませんわ。腕をこちらに向けなさいな」
 相変わらずの上から目線であるが、エリスの顔は真剣だった。その視線に負けて思わずデムサンダーが腕を上げる。
「たぶん、こう・・・」
 エリスがデムサンダーの左手があった場所、今は失われた何もない空間に手を差し伸べ、元の形に沿ってなぞるように動かす。
 それを何度か繰り返す。何度も繰り返す。彼女は淡々と繰り返す。

 その奇行を志郎とデムサンダーは黙って見ていた。あまりにエリスが熱中しているので声をかけるにもかけられなかったのだ。
「おい、いい加減に・・・」
 さすがにその場の空気に耐えられなくなったデムサンダーがそう言おうとした時、左腕の根本が熱くなる。
 そして、何かがもぞもぞと這い出てくるような嫌な感触がし、実際に何かが出てきた。
「うわっ! なんだぁー!」
 それは白い泡のようなもの。それらがぞわぞわと這い出て、次第に固まっていく。
 気がつくと石膏に似たソレはデムサンダーの失われた左腕を完璧に元のままかたどっていた。

「大丈夫。もう少し」
 エリスがそう言って制止し、少し時間が経つと白い色が徐々に浅黒い彼の色に変色し、デムサンダーの肉体と同化していく。
「動かしてみて」
 呆気に取られる二人をよそにエリスは事も無げにそう言う。
「動かしてみろって・・・」
 あまりのことにショックを受けているデムサンダーは言われるがままに、今までやっていたように手に意思を込めてみた。

 何気なく、何ともなく、ただいつも通り手を、指を動かすように指令を出しただけ。
 すると新しい左手は多少ぎこちなくではあるが、デムサンダーの意図した通りに動いた。
 何度か動かしてみるとそのたびに動きはスムーズになっていく。
 そう、これは間違いなくデムサンダーの腕だ。腕になったのだ。今、新しく生まれて。

「嘘・・・だろう?」
 それはまるで自分の腕そのもの。かつてあったものと変わりないもの。
 恐ろしいのは筋力まで変わらず再生したことだ。鍛えられた身体とまったく同じ釣り合いをもって腕は再生されている。
 力を込めると失われる前と同じ感覚で筋肉が盛り上がる。

「しばらくすればあなたのものになるわ。確証はないけど義手よりましでしょう。嫌だったら自分でまた切りなさいな」
 さりげなく恐ろしいことを言いながら、エリスはなかなかに満足げな表情であった。
 思ったより上手くいってほくそ笑んでいる。そんな表情である。

「エリス、これは何なの!?」
 志郎はあまりの現象にたまりかねて思わず声が裏返る。
「さあ? 何となくできる気がしただけですわ。私もびっくりですわね」
 エリス当人も完全なる自信があったわけではない。できる気がした。それだけのことだ。

(そんな馬鹿な。こんなのは異常だ)
 志郎は激しい違和感を覚える。
 たしかに世の中にはこうした術はある。医術でも再生医療は進んでいるし、状況が整えば再生もある程度は可能だ。
 術にしても高度な真言術や魔王技の中には一瞬で身体を復元するものもある。魂の欠損さえ癒してしまう術もあるという。

 だが、あくまで限定的なものだ。

 状況と条件、そして高度な医者か術者がいなければ到底不可能なことである。そんなことができるのは世界に数人いるかどうかであろう。
 それが今こんな状況で、医者でも術者でもないエリスにできるはずがない。

 ありえない。あってはならない。
 こんな異常なことが起こってはいけない。

 そう、異常なのだ。
 今、アピュラトリスでは異常なことが起こっているのだ。
 最上階から発せられた巨大な生命力が塔を埋め尽くそうとしている。それそのものは別の目的のために発せられたものだが、アナイスメルの干渉を受けたエリスにも流れた。
 その波動を受けた彼女にはデムサンダーの霊体がかすかに見えていたのだ。
 霊体そのものは物的な要素に関係なく存在している。振動数がそもそも違うからだ。

 磁気を特殊な機器で計測すると、植物でさえ切断された場所には元あった形のままオーラが存在している。
 デムサンダーの身体も同じ。失われた場所には霊体の手があり、エリスには薄く、かつ濃密な【設計図】がすでに見えていた。
 あとはそこに肉体を新しく【組成】させればよかったにすぎない。
 その素材は塔の最上階から降ってきていたのでそこらにいくらでもあった。それだけのことである。

 これは奇跡ではない。当然の結果なのだ。

 それだけの条件が整ったにすぎない。

「お嬢様、準備ができました」
 しばし姿が見えなかったディズレーが軍用車に乗り換えてやってきた。荷台には新しく食料や備品などが色々と積まれている。
 もともと途中までバギーで牽引してきたのだが、エリスが急いでいたので置いてきたものを拾ってきたのだ。
「ありがとう、ディズレー。では、行きましょうか」
 エリスは二人に車に乗るように促す。今度は大きめの車なので四人ならば軽く乗れる代物だ。
 こちらのほうがパワーもあるし、これから先に便利である。

「どこに行くの? 出口?」
 志郎は自分の問いがきっと否定されることを半ば確信している。
 出口に向かうだけならばこのような車は必要ないからだ。
 そして、当然ながら答えもそうである。

「決まってますわ。会いに行くのよ」

「誰・・・に?」

「私をここに呼んだ【者】にね。あなたたちも興味があるのではなくて?」

 そう言ってエリスは頭上を指さした。
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