挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

23/64

一八話 「RD事変⑰ 『第二ステージ終了 前編』」

 †††

 デムサンダーという男がいる。
 この男にはもともと名前などなかったので自分で勝手に付けた。特に気に入っている名前でもないが、かといって嫌いなわけでもない。ないと不便であったにすぎない。
 人種はわからない。おそらく西大陸の南部に密集する発展途上国家群のどこかだと思われるも、やはりはっきりしない。それもまた当人は気にしていない。
 八歳か九歳くらいの時、ダマスカスの寺院にホームレスとして生活していたところをエルダー・パワーの人間に保護されて里にやってきた。
 最初は違う国にいたそうだが、密航した船がたまたまダマスカスに着き、そのままなんとなく寺院にたどり着く。その後もなんとなく境内に住み着きつつ坊主と一緒に生活していたらしい。
 幼い頃から武人としての力を発揮していたが里でも寺院でも不当な暴力行為を働くことはなかった。極めて普通で問題を起こすことなく生活し、静かに日々を過ごしていた。
 弟分の志郎が里にやってきた時も快く迎え入れた。ゴロツキのような年上のアズマがやってきた時も普通に接していた。里において彼が誰かに迷惑をかけたことはない。
 修行の際も彼は何でもそつなくこなした。言われたことは何でもやるし、可もなく不可もなく課題をクリアしていく。
 そして気がつけば戦士第五席の地位を与えられていた。当人は席を持ったからといって傲慢になることもなく自慢することもなく、普段使わないスーツをプレゼントされたニートのような気分であったにすぎない。
 この男にとってそれらは価値がないものである。指導していた師範もデムサンダーという男について尋ねられると答えに窮し、「よくわからないが、いいやつだと思う」と返ってくるだろう。
 それは事実である。しかし、もう一つの事実も存在している。
 ある時、マスター・パワーがデムサンダーについてこう言ったことがある。
「雨を降らせてはいけない。嵐を起こしてはいけない。雷が落ちれば火事が起きてしまう。人に雷は掴めないし、火事を止めることも難しい」
 その意味を理解した者がどれだけいただろう。雷が落ちたことなど今まで一度もなく、これからも落ちないであろうと思っていた。
 いや、誰もが雷を侮っていたのかもしれない。地震は起きてみて初めてその恐怖を知る。雷もまた近くに落ちてみて初めてその威力を知るものなのだ。

(まったく、予想外のことばかり起きるものだ)
 ユニサンはここ一年、数えきれないほどの予想外の出来事に遭遇していた。アーズがラーバーンになったこと。バーンやメラキ、マレンのような天才たちと出会い、世界の広さを痛感したこと。
 今まで自分が見てきた世界は小さなもので視野が狭かったことを知った。
 この世にはまだまだ人が知るには大きな秘密がたくさん存在するのだ。その中で自分が果たす役割は小さなものであり、またそれでよいと思っていた。
 だからこそ、こうした予想外のことが起きることは嬉しいのだ。新しい世界が目の前で広がることは心躍るものである。
 それが自分に降りかかる災厄であったとしても。
 身体が軋む。賢人の遺産によって因子そのものが変質したユニサンの肉体は通常の人間を凌駕する漆黒の筋肉をまとっている。
 それはまるで鋼鉄の塊。銃弾すら弾き、名刀すら削り折り、強固な壁すら破壊する暴力の権化。ただ敵を倒すためだけに生まれ変わった武器そのものなのだ。
 それを目の前の男はあっけなく破壊していく。削る。抉る。ヒビを入れる。打突する。へし折る。
 幸か不幸か痛みは感じないので冷静にその行為を見物する余裕はあった。もしこれが生前の肉体だったならば当に意識を失っていたかもしれない。
 ユニサンは雨を降らせてしまった。嵐を起こしてしまった。嵐は雷を呼んでしまった。
 それは掴めないものであった。
 デムサンダーの蹴りがユニサンの頭部を襲う。それを右腕で防ぐ。すると折れる。へし折られる。何度見てもこの現象が信じられない。何度見ても飽きない。これだから予想外は楽しいのだ。

(すごい・・・)
 志郎はデムサンダーの動きに驚いていた。
 蹴りには力が入っているようには見えないが、触れたユニサンの身体は確実に破壊されていく。
 腕でガードすればへし折られ、肩にかすればヒビが入る。蹴圧だけでもユニサンの鋼鉄の肉体に傷が入っていく。なぜそうなるのか志郎にも理解できない。
 恐ろしいほど速いわけではない。かといって遅いわけでもない。まったく重そうに見えない蹴りなのに、なぜか当たるとユニサンがサンドバッグのように揺れる。
 攻撃の型は基本に忠実で控えめ。いつものトリッキーな動きはせず、まるで空手の型のように小さくコンパクトにまとめている。ただただ淡々と相手を蹴っていく様子は真面目な練習生のようである。
 里では一度もこのような動きを見せたことはない。デムサンダーは文句なく強い武人であるが、模擬戦で戦っても志郎とさほど差があるようには思えなかった。
 だから自分と互角くらいだと思っていた。
 今後何があっても本気で戦うことなどなく、頼りになる相棒だとしか思っていなかった。
 ましてや彼が自分を大幅に抜いているなどとは思わなかった。
 志郎がどんなに全力で攻撃してもユニサンには外傷一つつけられないだろう。少なくともそのパワー、出力は桁違いである。

 それでもユニサンは歴戦の勇士である。防戦一方ではない。デムサンダーの動きの隙を見つけて虎破を放つ。
 折れたはずの腕からの予想外の虎破。新しいユニサンの身体には修復能力があるのだ。それを利用してのフェイントである。
 折れた腕はまだ完全には修復されていないが、直撃すれば一撃で致命傷を与える自信はあった。それだけユニサンの肉体は凶器そのものである。
 不意に出た拳にデムサンダーは回避できない。胸に直撃。大砲の弾が無防備な胸に当たったのだ。骨が砕けるくらいで済むレベルではない。
(仕留めた!)
 ユニサンも手応えを感じる。防戦に徹しながらもデムサンダーの動きを観察し、このタイミングを測っていたのだ。その観察眼は見事に的中した。

 ぐにゃり。

 しかし、次に聴こえた音は骨が砕けた音ではなかった。骨が曲がった音でもない。
 それは筋肉が【弾んだ音】だったのかもしれない。
 虎破をもらったデムサンダーは勢いそのままにバク宙しダメージを軽減。胸には赤い拳の筋が入っているものの致命傷には程遠い。
(この男、筋肉が異様に柔らかい)
 ユニサンの拳が感じたのは、硬さではなく柔らかさ。
 デムサンダーの肉体はまるでゴムのようであった。しなやかで強く、伸びて縮む。だから衝撃に対しては非常に耐久性があり、虎破といえども威力が軽減されてしまうのだ。
 剣士のロキならば斬撃による裂傷が与えられるのでデムサンダーにも効率よく対応できたが、戦士のユニサンにとってはやりにくい相手であった。
 通常、武人の因子は三すくみの関係にあるわけではなく、剣士が戦士に強い、弱いという枠組みは存在しない。相性は人それぞれである。
 が、【同属】間においては力関係や相性が大きく関わることは案外多いものである。
 戦士は肉体を武器にする以上、打撃系に依存する傾向にある。修殺や蹴殺などの放出系の技も多いものの、技のキレで勝負する武人は少なく、戦気の量と質、生来の拳の重さで押す者が大半である。
 そうした中、ユニサンは【堅さ】が売りの防御型の武人である。今は攻撃力が増して自ら攻勢に出ているが、実際は防御を固めながら観察し、勝機を見いだす戦いが基本である。
 その点、デムサンダーは組みしやすい相手だ。自ら攻撃を仕掛けてくれるのならばカウンターを合わせやすい。今もそうであった。
 だが、デムサンダーの戦士としての性質は【攻防一体型】である。おそらく当人も気がついていないのだろう。こうして見事に攻撃を防御しても当人は単純にかわしたと思っているのだ。
 因子にかかわらず攻撃と防御が一体となるタイプは少ない。武人全体の割合では一割に満たないだろう。それだけの身体能力が要求されるからだ。
 ユニサンに攻撃のセンスがあればなれたかもしれない。志郎に彼と同じくらいの身長があれば可能だったかもしれない。
 だが、そこが遠い。
 こうしてすべてが高い位置で融合するタイプというのは珍しいのだ。それだけで天からの贈り物ともいえる。

(打撃系は急所に当てねば効果は薄いな)
 顔面、関節、より筋肉の少ない骨の部分。そこに完全なタイミングで入れなければ致命傷は与えられないだろう。
 しかも今、離れ際に一本指を奪われた。かわすと同時にユニサンの放った拳の小指に蹴りを入れていたのだ。小指は他の指とは明らかに違う角度に曲がっていた。
「ふっふっふっ・・・」
 ユニサンは目の前の男に対して笑いの感情しか浮かばなかった。これだけの力、これだけの才を見れば嫉妬すら通り越してしまう。
 生まれもっての【芸術品】。それがユニサンがデムサンダーに抱いた感想である。それそのものが美しい。存在するだけで価値がある。
「どうしたオッサン。蹴られすぎて頭がおかしくなっちまったか?」
「いや、つくづく人生は面白いと思ってな」
「オッサンのほうが面白いと思うぜ。それ、何度目だよ」
 バキッ、ゴキンという音とともにユニサンの折れた指や腕が修復を開始する。ヒビ割れた箇所も抉られた場所も即座に治ってしまうのだ。驚異の修復力、それも般若の面の力である。
「安心しろ。無限というわけではないさ。だが、憎しみの底はまだ見えない」
 アズマの無明人刃は憎しみを斬った。ユニサン自身、そしてザックル・ガーネットが放つ憎しみの波動は根源から断ち切られてしまっている。
 しかし、このダマスカスやアピュラトリスに集まる人々の怒りと憎しみが消えたわけではない。それどころかますます膨れ上がっているのがガーネットと同化したユニサンにはよくわかった。
 その巨大な思念の中のわずかな邪気をガーネットは吸収している。たったそれだけの力でもここまでの物的な力に還元できるのだ。憎しみとは実に恐るべき力である。

「仲間の仇討ちか。その気持ちはよくわかるぞ」
 ユニサンも復讐のために戦っていた。家族を殺された恨み。ただ殺されたのではなく強制連行されて苦しみの中で死んだ母親の仇を討つ。それが彼の存在意義だったのだ。
 怒り狂って滅ぼして、そして最後は自分も滅ぶ。そんな無意味な人生だけが待っているはずだった。
 そう、あの【英雄】と出会うまでは。
 ユニサンには目的があった。理想があった。だからこそ自我を保てた。最低限の人としての理性を保てた。
 だから気になる。
「なぜお前に憎しみがないのだ」
 デムサンダーから発せられる力はたしかに怒りである。アズマという家族を殺された怒りによってこの力は発揮されている。ただし激情ではない。錯乱や爆発的なものではなく、もっと別の怒りである。
「さぁな。俺に訊くなよ」
 デムサンダーの高速の前蹴り三連発。修復した両腕でガードするもユニサンの身体は圧される。
(ジン・アズマとは桁違いのパワーだ)
 生まれ変わった体躯は二メートル半を超える巨体である。デムサンダーも背が高いが、今のユニサンからすれば子供と同じ。
 だが、圧される。圧倒される。
 その迫力ある弾力、躍動するエネルギーはアズマが持っていた切れ味とはまた別種のものであった。
 アズマが研ぎ澄まされた刃、カマイタチだとすれば、デムサンダーは暴風。

 そして雷!!

「ライジングサンダー!!」
 圧されて動きが封じられたユニサンに対し、ガードの両腕をすり抜けるように真下からライジングサンダーを放つ。
 雷が昇った!
 十分な距離を得た足は最高の位置でユニサンの顎を捉える。ロキの肉体を一撃で破壊した威力は今のユニサンにとっても侮れないものである。首の骨が折れ、直後に襲いかかる雷撃で顔面が焼けた。般若の顔が無惨に破壊される。
 膝をついて倒れるユニサン。
「まったく、イラつくぜ」
 デムサンダーは苛立っていた。何に怒っていたのかも今はあまり覚えていない。それもまた苛立つ要因ではあるが、なぜだかこの状況にも腹が立つのだ。
 一度も本気を出したことがなかった。鍛錬の時も模擬戦の時も実戦でさえも彼が全力で戦うことはまずありえない。
 場合によっては自分が殺されても全力にならないかもしれない。なぜか。彼自身もその理由がわからないでいる。だがどうしてもそんな気分になれないだけなのだ。
「ディム、すごいや」
 志郎が立ち上がりユニサンを圧倒したデムサンダーに向かう。
「無理するな。けっこうやばいだろう?」
「もう大丈夫だよ」
 志郎も気を練って回復を図っており、すでに内部の出血は止まっている。
 【練気】という武人の一般技で、肉体の自然治癒能力を加速させ失われた活力を外部から取り入れる呼吸法である。
 戦気のエネルギーである生体磁気には限界があるが、外部の神の粒子は無限に存在するので時間をかければ生体磁気の回復も可能である。
 志郎は特に練気が上手く傷の治りが早い。だからこそ長期間の戦いにおいても省エネで戦うことができるのだ。戦いながら回復ができる強みがある。
「いつの間にこんなに強くなったんだい?」
 そんなに強いなら教えてくれてもいいと思うし、自分が前線に立たなくてもいいのではないかと疑問に思ったのだ。
 そんな恨みがましい志郎の視線にデムサンダーは首を振る。
「勘弁してくれよ。そんな性分じゃねーさ」
「でも、普段は手抜きしているんだろう?」
「そんなんじゃねえよ。俺はそんな感じじゃねーんだ。上手く言えないけどよ」
 志郎にはデムサンダーの言葉はよく理解できなかった。彼が嘘を言っているようにも見えない。そこにはデムサンダーだけが感じている何かがあるのだろう。
 ただ、実際に技をくらったその男は、彼が言わんとしていることに気がついていた。

「・・・なるほどな。お前という男がわずかばかり理解できた気がするよ」
 破壊された般若の面が修復していく。速度は少しずつ落ちているものの、その回復力に衰えは見られない。
 なぜならば【何も変わっていない】からである。
 そう、なんら変わってはいないのだ。何も動いてはいないし変化もしていない。物事の進みや計画には何の変更もないし、修正する必要もない。
 いくら強い攻撃をしようとユニサンに必殺の一撃を入れなければ意味がないのだ。何度でも立ち上がってしまう。それはデムサンダーも理解していた。
「どうすりゃあんたを殺せるんだろうな」 
「待てばいい。あと二時間もしないうちに死ぬさ」
 強さの対価は寿命である。残された寿命は残りわずかである。否。それだけではない。これは血を沸騰させるより遙かに危険なことなのだ。
 この賢人の遺産は肉体とその因子を造り替えてしまう。それがどれだけ危険なことだろうか。
 人間の因子は無限の可能性を秘めたもの。まさにたね。それは胚芽のように少しずつ成長させていかねばならないものである。
 それに強引に光と栄養を与えて発芽させるのがオーバーロードである。冬眠中の虫に熱さと光を与えると間違って出てきてしまうように。
 一方、ザックル・ガーネットは【しゅを変異】させてしまうのだ。もはやユニサンが人間という種に戻ることはできない。それすなわち無限の可能性を捨てることを意味していた。
 死後はその魂が蓄えてしまった憎しみによってウロボロスの最下層の闇に沈み、自我すら奪われて長い年月眠ることになる。
 無限の進化を捨てることは自我の放棄につながるのだ。生命は永遠ゆえに自我は消えない。されど自我を保てない闇に生き続ける。それは地獄の中の地獄である。
 女神の慈悲によっていつかは人に戻れるかもしれない。ただ、それが何千年、何万年先になるかは誰にもわからない。それが代償。ユニサンが手にした力の対価である。
 デムサンダーもまた実際に戦ってユニサンの異常性に気がついていた。明らかに通常の人間とは違う質感、強く感じる違和感。肌全体がピリピリするような警戒感を抱くのだ。
(やっぱりこのオッサン、【背負って】やがるぜ。感じるんだよ、ひしひしとな。痛いくらいによ)
 それ以上に感じるのが、強い意思。
 ユニサンは【固い】。それは物理的な硬さもそうだし、防御の上手さという堅さを超えた、もっと大きなものである。
 ユニサンの般若の目は生命に燃えている。生きようとしている。半端じゃない。余裕じゃない。ただただ本気で戦っている人間の目であった。
(ちくしょう。苦手なんだよ、そういうのはな!)
 何かが噛み合っていない。デムサンダーの中で歯車がしっくりきていない。それが彼を苛立たせる。なまじ本気のユニサンを相手にするがゆえに際立ってしまう。

「さあ、来い。少し揉んでやろうか」
 仮面が復活し、ユニサンは再び立ち上がる。まだ肉体の修復は途中であるが悠然と構える。
「ボコられているやつの台詞じゃねーけどな」
 そう。今のところデムサンダーが圧倒している。有利である。
 もともとユニサンには時間制限があり放っておいても死ぬという最大のデメリットがあるが、それ以前の問題としてユニサンには確固たる自信があった。
 自分がなぜここにいるのか、それそのものが最大の理由である。ゼッカーはこの作戦にユニサンを選んだ。そこには大きな意味がある。
 宿命、宿業、すべてのものは絡み合う。
 オンギョウジが羽尾火と出会ったように、この【ショー】もまた定められた通りに進んでいく。そこにわずかばかりのイレギュラーがあったとて問題ではない。
 結果は何一つ変わらない。
「来ないのならば、こちらからいくぞ」
 ユニサンの巨躯がデムサンダーに接近しようと動く。
「何度でも壊してやるよ!」
 デムサンダーは蹴りで迎撃。すでに幾度も折っているユニサンの腕。今回もへし折ればいいだけのことだ。上段への蹴りをユニサンは左腕でガード。ミシミシと筋肉と骨が軋む。しかし、折れない。蹴りはしっかりとガードされていた。
「んなっ!」
「力が乗った良い蹴りだ。だが、そう何度も折られるわけにはいかんな」
 接近に成功したユニサンは虎破を放つ。ように見せかけてさらに接近し、右手でデムサンダーの左腕を掴む。完全なるフェイントにデムサンダーは反応できない。
「やろう! 離せよ!」
 デムサンダーは左腕を掴まれた状態から脱しようと膝蹴りを放つ。ユニサンは再び左腕でガード。今度は骨にまでしっかりとダメージが入った。
 だが、ユニサンにとってそんなことはどうでもよいことである。ダメージにかまわず頭突きを見舞う。頭突きはデムサンダーの頭をかすめるが回避に成功する。
「体勢が乱れたな」
 頭突きの狙いはそこではない。この攻撃はデムサンダーとの間合いと体勢を調整するための動きにすぎない。ゴムといえど切れるのだ。その動きを抑制してしまえば、威力を逃がす状況にさえしなければ問題はない。
 ユニサンは掴んでいるデムサンダーの左腕を力付くで引っ張り、ねじり上げる。そのすさまじい腕力に関節が悲鳴を上げる。
(やべえ! 折られる!)
 すでに逃げの体勢になっているデムサンダーはあらがうことができない。関節の可動域を維持するためにユニサンの力の流れに身を任せるしかなかった。
 デムサンダーは回転して関節を守る。そうして生まれた位置は絶好のポイント。
「ぬんっ!」
 ユニサンはデムサンダーの腕を離すと同時に再び虎破。すでに回転して着地しているデムサンダーは完全に死に体。よけることはできない。
(狙うは一つ!)
 ユニサンの恐るべき一撃が顔面に直撃。デムサンダーは吹き飛ぶ。

(今のはまずい!)
 志郎の背筋が凍る。
 今の一撃はまずい。いくらデムサンダーとはいえ完全に死に体であの剛腕から放たれる虎破は危険である。その一撃はアピュラトリスの隔壁さえ破壊するもの。顔面に受ければ致命傷になる。
 志郎は最悪の事態も考えながらデムサンダーのほうに視線を向ける。
(まさか・・・)
 この位置からでは顔が見えない。まさか顔ごと吹っ飛んでしまったのかと危惧していると、丸まっていた黒くて太くて大きいものはもぞもぞと動き、立ち上がった。
「ったく、いい男が台無しになるところだったぜ」
 その顔には大きな内出血の跡が見られたものの原形は留めていた。その代わり右の手首から先がだらんと力なく垂れ下がっていた。
 虎破が入る直前、とっさに右手を防御に回したのだ。瞬間的にそこに戦気を集中させて身代わりにした結果、虎破の威力を逃がすことに成功した。
 当然、受けた右手は虎破の威力をまともに受けて代償を支払うことになった。骨が完全に砕け、かろうじて皮膚だけがつながっている、という描写がより正確であろう。
「命拾いしたな。腕の修復が万全だったならば死んでいたぞ」
 ユニサンはデムサンダーが立ち上がることを事前に知っていたため落ち着いている。その反射神経の良さも実に見事であったからだ。
 吹き飛んだのも瞬時に受けに徹したからにほかならない。もし踏ん張っていれば、なまじ脚力で支えた分、頭がなくなっていただろう。
「借りは返すぜ!」
 デムサンダーにとって腕はなくてもかまわないもの。脚さえあればいいのだ。
 懐に飛び込んでのライジングサンダー!
「間合いが甘いな」
 胴体を狙ったライジングサンダーが発動しきる前にユニサンは間合いを詰めてガード。技を完全に封じる。デムサンダーは慌てて足を引っ込めようとするがすでに遅い。その足に向かってユニサンが手刀を放つ。
 手には戦気を鋭く加工して生み出した刃があり、これを覇王技【戦刃せんじん】という。
 あらゆる敵と柔軟に戦えるのが戦士の最大の強みであるため、覇王技の中にはこうした加工術が多く存在する。切らずに貫手ぬきてにすれば【羅刹らせつ】と呼ばれる技となる。
 戦刃はデムサンダーの太股をざっくりと切り裂いた。鮮血が舞う。
「つっ!!」
 なんとか再び間合いを取るデムサンダーであったが身体には徐々に戦闘のダメージが蓄積していた。
「どうした。余裕がなくなってきたな」
「成長期はとっくに過ぎているんでね。寝てすぐ治るってわけにはいかねーんだよ」
 軽口を叩くデムサンダーの額に油汗が滲む。虎破のダメージで視界がまだ揺らぐうえに右腕が破壊されてバランス感覚が狂い、最大の武器である足まで負傷した。
 いつの間にか立場は逆転していた

 そしてユニサンはデムサンダーが持つ違和感にも気がついていた。それはまるでエンジンと車体が完全に食い違っているような感覚である。
「黒いの、今お前が言ったことは逆だよ。お前はまだ自分の成長に対応しきれていないのだ。だから自分の思い通りに身体が動かないことに違和感を覚えている」
 元から持っているエンジンの出力、恐るべき潜在能力に車体である肉体が追いついていない。
 だから自分でパワーを制御できないし、こうしてユニサンを圧倒するだけのパワーを出していても技が単調になって動きを見切られる。それはつまりエンジンに振り回されているからである。
「は? どういうことだ?」
 そしてデムサンダー自身にその自覚がないことが一番の問題であった。彼自身が一度も本気で戦ったことがないと感じるのは、エンジンの出力の大きさに対する【恐怖】が無意識にストップをかけていたためである。
 全力を出す際、基本の技を使っていたのは潜在意識が身体を守るためであった。基本の技は身体への負荷が少なく、コンパクトにまとめるために当たれば威力も出せる。
 修行で教え込まれた技術が知らずのうちに身体を守っていたのだ。そうでなければ自分のパワーに身体のほうが負けてしまうだろう。
 まだそれだけのパワーを出すための肉体が整っていないのだ。まだ成長しきっていないのだ。
 それがデムサンダーという男であった。
「お前ほど才能に溺れている輩も珍しいということだ。もしお前が俺の身体を使えるのならば、それこそ恐ろしいことになろうがな」
 今の変質したユニサンの身体こそデムサンダーには相応しい身体に思える。この頑強な肉体、耐久力を彼のエンジンが使えばまさに無敵と呼べる存在になるかもしれない。
 しかし、デムサンダーはまだ【子供】である。最初は圧倒されたが、パワーを制御できないがゆえに技そのものは単調であり、少し間合いをずらすだけで対応できてしまう。
 彼が本来の力を出せるようになるには、まだまだ時間が必要だろう。あるいはもっと別の修行が必要なのかもしれない。この男はエルダー・パワーですら持て余す才能を持っているのだ。

「へっ、そんな講釈を聞きたいわけじゃねーよ。それよりなめたまねしてくれるな、オッサンよ」
 デムサンダーは不満そうにユニサンを睨む。
 ユニサンの間合いであった今の攻撃。その気になればおそらく足を切断することもできた。少なくとも大腿骨を切ることはできたはずだ。だが、それをしなかった。
 ユニサンに殺気はなく、これではまるで模擬戦。まるで師範と戦っているような気にさえなる。
「言っただろう。揉んでやるとな」
 ユニサンは楽しんでいた。自分の責務を自覚しながらも目の前の才能豊かな者たちとの戦いが楽しいのだ。こればかりは武人である以上仕方がない心情である。
 湧き上がる鼓動、ぶつかる魂、互いの血がふつふつと煮えたぎっていくのがわかる。
 ユニサンやロキはオーバーロードといった力を使ったが、本来武人は戦いによって自然と血を沸騰させることができる生き物である。
 それは性分。本質。そもそもそういうもの。それを人為的にやるから無理が出るのであって、こうして互いに全力を尽くせば自然と血は強化されていくものなのだ。
 なぜならば武人とは人の無限の可能性の一つであるからだ。絡みあい、反発しあい、螺旋を描きながら上昇していくのが進化なのだから。
「さて、今度は二人同時に来い。次は加減せんぞ」
 ユニサンは志郎が回復したことも感じ取っていた。志郎もデムサンダーが危なくなれば援護しようと隙をうかがっていた。しかし、ユニサンの意識がこちらにも向いていたので動けなかったのだ。
「ちっ、本当は一人でぶっ倒すつもりだったが・・・やれるか志郎?」
「無理と言いたいけど、やらないといけないみたいだよ」
 志郎たちに逃げ場はない。ここであらがわねば死ぬだけのこと。アズマはそれで満足だったかもしれないが二人はまだ死ぬつもりはない。
(僕には守るべきものがある)
 エリス、ディズレー、里の仲間たち、この愛するダマスカス。そこに住む生き物すべてを守る。志郎はそう決めたのだ。
 だから諦めない!
「燃えろ、僕の戦気!!」
 全力で体内から力を搾り出す。燃やす。その心を、その想いを、その誓いを!
「まあ、格好いいこと言った手前、もっと死ぬ気でやらないとな!」
 デムサンダーも戦気を練り直す。目の前の相手は強敵。普通にやっていては倒せない。全身全霊で挑まねば倒せない!

(ふっ、倒す気か。さすがだよ)
 劣勢であることを知りながら二人はユニサンを倒す気でいる。自分たちの大切なものを守りきるつもりでいる。
 さすがはエルダー・パワー。さすがは世界という存在。
 だが、ユニサンたちもまたそんな者たちに対抗するために生まれた存在なのだ。
「捧げよ、心! 捧げよ、想い! 捧げよ、そのすべてを!!!」
 ユニサンの身体からマグマのような濃縮した戦気が噴き出す。それは【闘気】。生前の状態では完全に発することができなかった闘気を今、ユニサンは物にした。
「いくぞ!!」
 ユニサンが闘気を爆発させるとすさまじい圧力が二人に襲いかかる。
 武人は戦気を発するだけではなく自在に操ることができる。それらを【戦気術】と呼び、志郎がやった練気もまた戦気術の一つであるし、戦刃のように戦気を加工するのも生成過程では戦気術の技を使っている。
 今ユニサンが使ったのは【闘気波動】という技であり、闘気そのものを使って相手を押し潰す攻撃である。これを使うにも多大な修練が必要だが、変質したユニサンには気の流れがよく見える。ザックル・ガーネットが発した邪気を扱った体験がユニサンのレベルをさらに押し上げたのだ。
「水泥壁!!」
 いつもと同じポジション、前に出た志郎は水泥壁を展開して防御を固める。が、闘気波動の威力を軽減させることしかできず、その威力に圧される。
「なんて圧力なんだ!!」
 まるで爆発である。熱風が凝縮されて襲いかかってくるような感覚。水泥壁が一瞬で蒸発する。
「志郎、しゃがめ!!」
 その声に志郎がとっさにしゃがむと、デムサンダーが闘気の壁に向かって蹴りを放つ。
 足には冷気が宿っており、蹴ったと同時に周囲の闘気を巻き込んで凍らせていく。
 【空天くうてん散冷脚さんれいきゃく】。蹴りと同時に冷気を放出して凍らせる技である。威力よりも相手の動きを鈍らせるために使うことが多く、たまに消火活動にも使われる技である。
 これが普通の火事だったならば簡単に鎮火するほどの威力だったに違いない。しかし、その闘気は濃縮された怒り。人々の怒り! 義憤! 燃えるような行動力の塊!
 水泥壁と散冷脚をもってしても止まることはなかった爆発は二人を激流に呑み込む。
「ぐううっ!!」
 志郎は必死に耐える。ここで耐えねばならないのだ。戦気を燃やして盾となる。それが誓いである。
「踏みとどまったか。さすがだな」
 二人が吹き飛ばされながらも耐えている間にユニサンはすでに攻撃の間合いである。志郎に対して拳を振り下ろす!
「っ!」
 しかしだ。驚いたのは志郎という存在をよく知らなかったユニサンのほうであった。
 ロキと同じく自分が宙に飛ばされたことに気がついたのは、すでに追撃のデムサンダーが跳んだ後であった。
(噂には聞いたことがあったが・・・。あれが覇小無系の技か)
 宙に無防備で浮きながらユニサンは今起こった現象を検証していた。いくらユニサンであっても真正面から志郎の渦舞を防ぐことはできない。初見ではまずこうなるだろう。
 こうして技に覇小無や空天などの名前が入る場合、それは編み出した者のあざなであることが多い。特に覇小無系と呼ばれる防御技は珍しいのでユニサンも実際に見たのは初めてであった。

 そして、デムサンダーの蹴りが直撃。
「ライトニングブレイク!!」
 空中で回転しオーバヘッドキックのように蹴る技であり、ライジングサンダーの対の技として勝手にデムサンダーが命名したものである。志郎との連携では相手が宙に浮くことが多いので有効な技として編み出したものだ。
 ネーミングは実に安直であるが、威力はすさまじい。足にまとった戦気を雷気に変質させ稲妻のような勢いで蹴るこの技は、まるで落雷である。
 床に向かって叩きつけられる寸前、ユニサンにはまだ受け身を取る余裕があった。負傷したデムサンダーの攻撃は本来の威力ではなく、ユニサンを行動不能にするだけの力はなかった。
 しかもユニサンが発する闘気は攻防一体の戦気。発するだけで物理防御結界と同等の威力を発揮する弾力性のある力であるため受けるダメージも半減している。
(残念だったな。このまま着地して反撃・・・)
 そう思ったユニサンの視界には両手に水気をまとった志郎がいた。
 志郎に迷いはなかった。ユニサンが受け身を取る瞬間を狙って水覇・波紋掌を放つ。無防備のユニサンはほとんど防御もできず、波紋掌は直撃する。
(この人を倒すにはこれしかない!)
 志郎はデムサンダーとユニサンの戦いを見ながらずっと考えていた。
 あれだけダメージを与えても回復するのならば、外傷ではまず倒すことはできないと判断。少なくとも自分たちでは対応できない。
 ならば残された手段はこれしかない。彼の内部が人間のそれと同じかわからないが、内臓、それも心臓を破壊するしかない。
 ロキでさえ心臓を破壊すれば止まったのだ。ユニサンもそうなるはず。そう考え、志郎はすべての戦気をこの一瞬に燃やした!
「ごふっ」
 その甲斐はあった。
 ユニサンの般若の口から灰色の液体が流れ出す。志郎の波紋掌はこの巨躯の男の内部を破壊したのだ。心臓は見事に潰れ、ユニサンは床に倒れる。
「ぐっ・・・」
 ただし、代償は志郎も支払う。全身から力が抜けるのがわかる。両腕を上げるのもつらいほどに消耗し、膝をつく。
「とどめだ!!」
 デムサンダーは志郎を案ずるよりも先にユニサンにとどめを刺すことを優先。すでに生死をかけた戦いである。相手を完全に殺すまで終わらないのだ。
 デムサンダーの蹴りは倒れたユニサンの後頭部に直撃し破壊する。これもすべての戦気を集めた最後の攻撃であった。

「・・・・・・」
 静寂。
 二人はただただユニサンを見つめる。
 これ以上の戦闘は不可能。次に相手が立ったら終わりである。
「やった・・・か?」
 デムサンダーはかすれる声でその言葉を紡ぐ。手応えはあった。死んだはずだ。むしろ頭と心臓を破壊されて生きていたらもうお手上げである。
 ユニサンは動かない。それからは何の反応も波動も感じない。
「一人で助かったね・・・」
 志郎のその疲れきった言葉だけが激闘を物語っていた。これがロキのように二人いたらもう一人の反撃には到底耐えられないだろう。
 これは相手が一人だからこそできる大勝負。賭けだったのだ。全部の戦気を注ぐなど普通はできないし、極めて危険な行動であるのだから。
「エリスのところに戻って早く出よう」
「ああ、もう正真正銘の限界だ」
 二人の緊張の糸はここで切れる。
 それはある意味では幸せだったのかもしれない。
 これ以上あらがったところで無駄な痛みが増えるだけなのだから。

「足りぬ・・・な」
 その怨念のような声に二人の毛は逆立つ。けっして聴きたくなかった声は無情にも無慈悲にも現実のものとして存在している。
 ユニサンの破壊された肉体から炎が噴き出していく。それは魂の炎。その心に宿った真っ赤に燃える武人の炎、人としての炎、怒りの炎であった。
「化け物・・・かよ」
 デムサンダーは心の底から萎縮する自分を感じた。こんなことは初めてである。こんなに殺しても死なない存在に畏怖を感じているのだ。
「ああ、化け物だ。もはや人ではないのだ。なぜならば腐っても弱くても俺は【バーン】の末席を得たのだからな」
 バーン、人を焼く者。この姿になってようやくかろうじて手が届くほど、その言葉は重い。
 いくら仮初めとてその名を扱う者はけっして戦うことをやめてはならない。
 その身が砕けようと、牙が折れようと、足がもげようと、【悪魔】の命令があるまで死ぬことも許されない【悪鬼】なのだから。
 ユニサンは立ち上がる。すでに一度死んだ男はこんなことでは滅びはしない。

「これから貴様たちを殺す」
 ユニサンから強い殺気が放出される。その迫力は今までの比ではない!! たった一人の殺気ではない!
 その背後に浮かぶ無数の影。幾千、幾万の【視線】が二人を射抜く!!
「うわああああ!!!」
 膨大な人間の怒りと憎しみの視線を受けた志郎がユニサンに向かって走る。
「馬鹿野郎! 呑まれんな!」
 デムサンダーの声は志郎には届かない。志郎の目には恐怖が宿っている。もう何も聴こえていない。
 その気持ちはデムサンダーにも理解はできた。すでに精根尽き果て、残った戦気もわずか。
 絶体絶命の状況で、しかも緊張の糸が切れた状態でこの視線を浴びせられればエルダー・パワーの戦士といえども普通ではいられないのだ。
(なんて殺気だ! とんでもねぇ!)
 ロキが発した殺気とは根本的に違う。人が感情の乱れで発するものとは違う。何千年と積み重なった殺気が一気に解き放たれたような恐るべき質量なのだ。デムサンダーもまた足がすくんで動けない。
「臆する。それは当然の人の権利だな」
 ユニサンは志郎の行動を咎めない。
 恐怖に支配された人間に残された選択肢は二つ。
 逃げるかあらがうか。
 もはや逃げることはできない。ならば攻撃するしかない。その選択は人間としては当然のことであり、武人だからこそ選べるものだ。
 しかし、武人としてもっともやってはいけないことは・・・
「恐怖は武人を殺す!!!」
「志郎、よけろ!!」
 デムサンダーの声と同時にユニサンの拳が志郎に迫る。志郎は無我夢中で渦舞を発動。もはや身体が覚えているほど練習した防御の技。意識せずとも使える。
 だが、いつものように冷静ではなかった。それがユニサンには手に取るようにわかる。
「ぬんっ!!」
 ユニサンは志郎ではなく【床】に向って炎龍掌えんろんしょうを放つ。闘気を交えた強力な一撃は生前の比ではない。まさに大爆発が床で発生。吹き荒れる炎龍が志郎を吹き飛ばす。
 志郎はとっさに防御の戦気をまとって爆炎を防ぐが、防御の質がいつもより弱く、下半身に熱風を浴びて激しい痛みを覚える。
(しまった!!)
 しかしそれよりも志郎が悔いたのは、自身が爆発によって浮いてしまったことだ。両手の渦舞は炎を軽減するだけで精一杯。その状態で浮いてしまったのは致命的であった。
「どのような優れた防御も使えなくすれば問題ない」
 ユニサンは追撃。その巨体が一瞬で志郎を捉え、蹴りを見舞う。
(死ぬっ!!)
 志郎は瞬間的に死を悟る。この状態でユニサンの攻撃を受ければ間違いなく致命傷。即死かもしれない。
 すべてがゆっくり感じられ、まさに死期を悟った者としての条件がすべて揃った感覚であった。
(僕は・・・こんなところで・・・)
 相手が誰かも知らない。そんなことはいつだってそうだった。守るために倒すだけだった。しかし、今回だけは悔しい。知りたい。そう思った。
 生まれて初めて見た富の塔、エリスという少女、揺れる世界の中で自分に何ができるのか、今まで味わったことがなかった高揚感を感じていた。
 だから悔しい。こんなところで死ぬのは絶対に悔しい!!

 もし彼がアズマのように独りで生きることを望んだら、野良犬のように生きていたらきっとそうなっていた。

 だがしかし、彼は独りではなかった。

 ユニサンと志郎の間に割り込むのは、【黒くて太くて大きい】もの。ユニサンの蹴りはその黒いものに直撃する。
「ディ・・・ディム!!」
「馬鹿野郎!! 独りで勝てるかよ!! あのジンだってやられた相手だぞ! 独りじゃ絶対に勝てないぜ!!」
 デムサンダーは勇気を振り絞った。理由などいらない。ただ仲間を、家族を、弟を助けたにすぎない。そこに何の理由が必要だろうか。

 そして、砕ける。

 デムサンダーの左腕が消し飛んだ。文字通り消えてしまった。それほどの威力である。
 砕けた右手に引き続き、左腕がなくなってしまった。残された戦気を集約して防御した左腕がいともたやすく消し飛んだ。
 だが、怯まない。
「だからどうした! それがどうした!! 俺の目の前で好き勝手やってんじゃねーぞ!!」
 落下したデムサンダーは転がるように立ち上がるとユニサンに挑む。恐怖に怯えてしまった弟を兄が守るのは当然のことだ。
 蹴る、蹴る、蹴る!!
 あらん限りの力と技を使ってユニサンを蹴る。
「足りぬ。足りんな」
 ユニサンはそのすべてを難なく防御していく。完璧に完全に、経験と強固な肉体を使って防いでいく。
「うおおおおおお!」
 荒れ狂う蹴りを放つもまったく効かない。デムサンダーの心にも絶望の色がかすかによぎる。
「どうした! お前たちの力はこんなものか! あらがえ! 引き出せ! 自分の力を引き出してみろ!! そうでなければ死ぬぞ!!!」
 ユニサンの手刀がデムサンダーの腹に突き刺さる。ブチブチと指が腹筋を突き破る音が聴こえる。それでもデムサンダーは耐える。守るために戦う。
「やらせない!」
 ピンチのデムサンダーを救おうと志郎が前に出る。しかし、悪鬼ユニサンにとっては何の意味もない。
 ユニサンの闘気波動によって簡単に弾かれ、壁に押しつけられる。ミシミシと全身の骨が軋み、折れていく。鎖骨が折れ、腕が折れ、骨盤に亀裂が入る。今の志郎にもはや防ぐすべはない。

(なんて・・・強いんだ)
 志郎もデムサンダーもすでに瀕死であった。この先どうあっても勝つことはおろか対抗することもできないだろう。
 これがバーン。そのなりそこないの強さである。
「悔しいか。恐ろしいか! そうだ。俺たちもそうだった!! お前たちと戦い、惨めに死んでいったのだ!!」
 ユニサンたちはいつも劣勢だった。相手は常に正規軍。武器も兵力もゲリラなどには足元にも及ばない。その中で必死にあらがってきたのだ。
 あったのはいつも絶望! 痛み! それを与えた者たちへの怒り、憎しみ!
 だからユニサンは誓った。どのような手段を使っても必ず成し遂げるのだと。自分を犠牲にしても守らねばならないものがあるのだと。
 弱者の誇り、強者に対する不屈の炎が彼を奮い立たせるのだ!!
「なんら卑怯ではない! なんら加減することもない! 貴様等を排除するためならばなんでもな!!」
 ザックル・ガーネットを受け入れ、武人としての誇りすら捨て、この作戦に文字通り命をかけたこともすべては成すため。この世界を変えるためである。
 それができるのはしゅのみ。悪魔たるゼッカーのみ。そのためならば何でもするのだ。
「ちくしょう・・・。マジで・・・強ぇ・・・」
 デムサンダーはすべてを出しきった。現状で出せる力のすべてを出した。それに間違いはなく悔いはない。ただ単に肉体の強さにおいて相手がはるかに上だったにすぎない。
「経験が足りなさすぎた・・・。まだ早かったんだ・・・」
 志郎も技のすべてを出しきった。この歳でこれだけの技の冴えを持つ武人がどれだけいるだろう。
 ユニサンの技は地獄の中で磨いてきたもの。凡夫ぼんぷながら決死の努力で培ったもの。だから厚くて力強い。才能では遙かに上回っても今の自分とは差がありすぎた。
 二人は絶望する。もう打つ手はない。

 心が折れる。

 心さえ折れてしまう。


 否。


 心が先に折れてしまえば、どのような肉体と技があっても結果は最初から決まっている。

 ユニサンが強いのは心が強いからだ。負けられない理由があるからだ。

 ならば。

 突如、ユニサンの頭に爆発が起きる。
 それそのものには何の価値もなかったのだ。
 そう、意味があったのはその【行為】である。

 その【意思】である。

「弱い者いじめはみっともなくてよ」

 そこにいたのは一人の少女。何の力も技もない【か弱い少女】。されど、携帯用ロケットランチャーを捨てて悠然と歩いてくる。
 その姿。その威厳。なぜそんなに自信があるのかと思えるほどまっすぐ歩いてくる。

 彼女はけっして臆さない。
 彼女はけっして諦めない。
 そう誓ったから。

「志郎、ディム、助けに来たわ。感謝しなさい」

 杏色の髪を揺らした少女、エリス・フォードラは不敵に笑った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ