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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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十七話 「RD事変⑯ 『ロキというもの』」

  †††

「本気でやるか」
 デムサンダーの言葉に志郎も頷き、二人は自然と戦闘態勢をとる。志郎が前へ、デムサンダーが後ろへ。この布陣にロキも一瞬戸惑う。
 どう見ても【逆】である。志郎よりも遙かに体躯の大きなデムサンダーが前に出るのが普通なのだ。それを差し置いて細身の少年が最前線に出ている。明らかに違和感がある。
「できれば話し合いたいけど・・・」
 そう志郎が思っても相手はそうは思ってくれないのがつらいところだ。

 今度はN6とN7が同時に攻撃を仕掛けてきた。
 N6は威力を高めた風衝・一閃、N7は雷衝・一閃。ともに中距離の放出系剣王技である。
 志郎が【防御型】であることを悟ったロキは彼が前線に出たことを警戒。むやみに接近するのではなく距離を取る戦法に即座に変更。
 突如剣衝で攻撃してきた相手に対しても志郎は冷静に対応。再び両手に戦気をまとわせると上半身に向かってきた風衝を渦で上方へと逸らす。風衝の威力は相当なものであったが渦舞はそれを利用するので問題はない。
 ただ、続いて地面を這ってきた雷衝に対しては両手が使えない。ロキはこれを狙って攻撃していたのだ。
(なんて洗練されているんだ)
 志郎はロキの戦闘レベルの高さに舌を巻く。渦舞は珍しい技で早々お目にかかれるものではない。ロキも見たのは初めてであるにもかかわらず特性を瞬時に見切ったのだ。
 そして、こうして戦法を変えて弱点を突いてきた。初めて戦う相手にこれほど柔軟に対応できる武人がどれほどいるだろう。
 紛れもなく強敵。
 死すら感じたさきほどの一撃を思い出すまでもなく、目の前の仮面の剣士は猛者である。しかも模擬戦ではなく実戦。殺す気で放っている本気の一撃なのだ。

 だからこそ志郎は冷静でいられた。
 相手に殺気が宿っているからこそ志郎は戦えるのだ。守るために。
 両手がふさがった志郎は床を右足で強く蹴った。同時に足にまとった戦気が波のように床を這い、迫りくる雷衝と激突。
 否。それは衝突ではない。志郎の戦気に最初からその意思はないのだ。足から生まれた戦気の波は雷衝の下に潜り込んで持ち上げるだけ。そして、そのまま雷衝と融合したまま左右の壁に流れていった。
 覇王技【覇小無はしょうぶ神立かんだた】。渦舞と同じ系統の防御技であるが、渦舞が円運動によって攻撃を弾くのに対し、こちらは包み込み威力を逃がしてしまう技である。地面や壁がないと使えない技なので使用場所は限られるものの、地面を伝ってくる攻撃を防ぐには非常に有効な技である。
 志郎は何事もなかったかのようにその場に無傷でたたずんでいた。ロキもその光景に動けずにいる。少なくとも刹那の隙は作れると考えていたのだ。その計画が簡単に水泡に帰してしまい、さすがのロキも次の行動に移れなかった。
「あなた方では僕たちに勝てませんよ」
 志郎の言葉は本心である。慢心ではない。少なくとも【負ける】つもりは本当にないのだ。これだけの技量を持っていれば当然であるし、防御にかけてはエルダー・パワー最強とも称される志郎の言葉に偽りはなかった。
 実際に直撃すればデムサンダーでさえダメージを受ける攻撃をまったくの無傷で防ぎきったのだ。志郎の言葉を疑う者はいないだろう。

 しかしながら相手はロキである。ここが重要なのだ。
 ロキがロキたるゆえんは、ただ戦闘力が高いだけではない。それではただの殺戮人形にすぎない。
 ロキが持つもの、それが【信仰】である。
 悪魔の障害となりうる敵がいれば自らの命など捨てるのが当たり前。主であるゼッカー・フランツェンが掲げた理想だけがロキにとって何物にも代え難い真実であり希望である。
 志郎の言葉はロキにとって何の制約にもならない。それどころかロキは目の前の敵が真なる敵だと判断。戦気を爆発的に解放する。
 上がる、上がる、どんどん上がる!
「冗談!」
 思わず声を上げたのはデムサンダーである。なぜならばロキが行ったのは【オーバーロード〈血の沸騰〉】であったからだ。
 使えばまず武人としての生命は終わりを迎えるが、その代償として自身の能力を十倍以上に引き上げる禁断の技である。当たり前だがこれはエルダー・パワーにおいても禁止されている禁術である。
 ただし、一般的なロキが解放できるオーバーロードには限界がある。せいぜい三倍か五倍が限度だ。なぜならばロキそのものが常時【疑似オーバーロード】を行っている存在だからである。
 ロキは強化手術を受けた武人であり、術と薬物によって潜在能力を強制的に引き上げている。それそのものがすでに軽度のオーバーロードなのだ。通常の限界を超えて才能の【前借り】をしている状態である。
 よって、手術を受けた段階から寿命はもともと数年しかない。オーバーロードは禁忌の技であるが、彼らにしてみれば残りの数年を数時間に変え、数分に変えるにすぎない程度のことである。その凝縮された生命が真っ赤な炎となり、ロキの身体を覆っていく。美しく、雄大で活力あるエネルギーがロキを満たす。
 そして、そんなロキから発せられるのは【喜悦】の感情。
 自らの命が燃えることを喜び、主の愛する世界のために捧げられる感動に満ちている。彼らは自殺志願者ではない。果てなき理想者なのだ。主義者ではない。あくまで実現させるために行動する恐るべき存在である。

 ロキから放たれた本気の意思に志郎も戸惑いを隠せない。
(この人たちはなんだ!? 何か違う!)
 戦いながら志郎も相手のことを考えていた。この人たちは誰で何が目的なのか。ただの金目的のテロリストなのか、と。だが、この気迫の前ではそんな陳腐な考えは一瞬で消し飛ぶ。
 そんな生やさしいものではない。全身全霊。乾坤一擲けんこんいってき。自身の生命を輝かせて挑んでくる炎なのだ!!
「ウォオオオオオ!!!」
 ロキが吼えた。
 力付くで押さえつけられた人間が、怒りを込めて、憎しみを込めて、自己の存在を証明しようと叫んでいるかのごとく、猛々しく、痛々しく、苛烈で燃えるようで、それでいて恐ろしいもの!!
 N6が跳躍。先ほどの速度など比ではない。そして電光石火の剣撃。
「渦舞!」
 そんな速度であっても志郎は反応。これも類い稀なる志郎の防御センスと鍛錬があってこそである。正面からの攻撃ならば閃光の速度でも対応できる自信があった。

 対応はできた。
 しかし、この先を志郎は知らない。
 この先に待っている領域を初めて味わうことになるのだ。

 志郎の渦舞は成功。N6の剣を弾こうと渦の中に取り込んだ。ここまでは先ほどと同じであった。しかし、決死の剣圧は渦を切り裂こうと渦の中でさらに加速する。激流の川を昇る鮭など可愛いもの。荒れ狂う波すら食らい尽くす海の怪物のごときパワーに渦という存在が吹き飛ばされる。
「そんなことが!!」
 あまりの威力に志郎は驚愕を隠せない。それでも右手の渦が破られそうになった瞬間、左手の渦で刃を逸らすことに成功する。しかし、己の防御術が破られたことにはショックを隠せない。
(信じられない! 僕の渦舞を・・・!)
 今までこの渦舞を正面から切り裂いたのはただ一人。マスター・パワーだけである。赤虎の剣技は防ぐ防がないのレベルを超えている。それにはまだ及ばぬもののオーバーロードを行ったロキの一撃はエルダー・パワー最高の力に迫るものである。少なくとも技の威力という面では匹敵する。
 だが、まだ脅威は過ぎていない。相手は二人いる。戦気を増大したN7が一瞬で志郎との間合いを詰め、剛斬を放っていた。息もつかせぬ連携攻撃である。
 避けられない。そう志郎が思った瞬間、突如N7が真横に吹き飛んだ。デムサンダーが志郎を乗り越えてカバーに入ったのだ。
「ディム、ごめん!」
「しゃべっている暇なんてねーぞ!」
 デムサンダーの声にも余裕がない。見れば三メートル程度弾かれたものの、デムサンダーの蹴りにしっかり耐えたN7が体勢を整えようとしていた。
 通常の状態ならば動きを止めるくらいは可能だが、血が沸騰している今のロキには足止めにもならないようだ。

 そうした間にロキN6が戦気を凝縮し、背後からデムサンダーに猛烈な一撃を放つ。漆黒の戦気によって黒く染まった刃がデムサンダーの背中を襲う。
 デムサンダーはギリギリで回避に成功。背後からの剣に反応できたのは志郎の視線に気がついたからだ。二人は長年コンビを組んできているがゆえに視線だけで会話が可能である。志郎の背中はデムサンダーが守り、デムサンダーの背中は志郎が守る。二人で一つの存在である。
 しかし、これはただの剣ではなかった。志郎はデムサンダーのランニングシャツに血が滲んでいくのが見えた。左後背筋がざっくりと斬られているうえに黒いシャツにできた傷口がさらに漆黒に染まっていた。
(これは【邪剣】だ!)
 志郎はその傷跡に見覚えがあった。
 エルダー・パワーの講義で剣士の師範代が教えてくれた闇の剣、邪剣の話を思い出す。
 殺人剣、暗殺剣とも呼ばれる種類の技で、道場などではその存在を知ることすらできない裏の剣である。それは人が人を殺すためだけに編み出した技であるからだ。
 偉大なる剣聖紅虎丸が説くように、剣とは本来自己を磨き、大切なものを守り、相手を愛するものである。彼が放つ剣は人を救い、心を晴れやかにする。
 一方、その対極に位置するのが人を殺すためだけに編み出された殺人剣である。そこにいっさいの慈悲はなく、ただ苦痛と死を与えるだけに放たれる恐怖の刃だ。
 N6が放ったのは【殺人剣・黒叉こくしゃ】。この技の恐ろしさは剣の鋭さではない。その刃に込められる黒き波動は、通常の赤い戦気とは異なる皮肉や憎しみの情なのだ。それはまるでコールタールのようにべったりと相手に染みつき痛みを与え続ける。
「ったく、遠慮ってものを知れよな!」
 デムサンダーの背中にも斬られた以上の痛みが走っていた。明らかに通常の痛みではない。
 しかし、休んではいられない。続けて体勢を整えたN7がデムサンダーを狙う。今度は黒叉とは対照的に美しく煌めきながら流れるように刃が滑っていく、剣王技【水流剣すいりゅうけん】である。
 戦気を水気に変えて放つ一撃で回避することが非常に難しい技だ。痛みで反応が遅れたデムサンダーに容赦なく襲いかかる。
「やらせない!」
 すかさず志郎がカバー。N7が繰り出した水流剣を渦舞で流す。今度は最初から威力を想定していたために強引に突破されることはなかった。
 ただ、ロキを宙に飛ばすことはできず、両者は再び距離を取って睨み合う。

「半端じゃねーな」
 背中の傷を気にしつつも、デムサンダーは一瞬たりともロキから視線を外さない。
「うん、信じられない」
 志郎も同感であった。ダマスカスの守護者であるエルダー・パワーの二人と互角に戦っている。いくらオーバーロードを使っているとはいえ、その強さ、何よりもひしひしと感じる覚悟に気圧されていた。
 相手は本気なのだ。
 本気とはどういうことなのかを初めて志郎とデムサンダーは知ることになった。
 怖い。
 屈強なデムサンダーでさえ相手の気迫に恐怖を感じるほどである。志郎も幾多の実戦を経験し人を殺したこともあったが、ここまで必死な相手は初めてであった。
「志郎、後ろにエリスがいるってことを忘れるなよ」
 そのデムサンダーの言葉に志郎ははっと息を呑む。その意味を理解したからだ。志郎は心優しい青年である。本気で相手と戦うことがなかなかできない。特に命のやり取りを望んでやりたいなどとは絶対に思わないだろう。
「手加減なんてするな」
 デムサンダーは志郎が一瞬ためらったのを見逃さなかった。N7の水流剣を受けた時、志郎にはまだ余裕があった。本来ならばそこで攻撃に転じられたはずだが彼にはそれができなかった。
 甘かったわけではない。リスクをできる限り避けたのだ。それは守るうえでは正しい。仮に実力差があるのならば相手が疲弊するまで守り、最後は勝つこともできるだろう。
 しかし、目の前のロキたちの実力は自分たちとほぼ同レベル。その相手がオーバーロードを使って死ぬ気で戦っているのだ。志郎とて守りきれるかどうかわからない。守っているだけでは勝てない。絶対に勝てない。
「殺しが趣味じゃねーのはわかる。俺もそうだ。だが、やらないとやられるぜ。お前も俺も、エリスも爺さんもな」
 重要なことは今、命のやり取りをしているということ。殺さねば殺されてしまう状況であるということなのだ。もし自分たちがやられてしまえばエリスに危害が及ぶ可能性が高い。

「わかった。本気でやるよ」
 志郎は相手を殺すことを覚悟した。エリスの寝顔を思い出し、守らねばならないと強く誓った。そう覚悟した瞬間、その目は普段では絶対に見られない強い意思を宿す。
(僕たちは絶対に負けてはいけないんだ)
 ダマスカス共和国は平和な国である。田舎も静かで住みやすい場所で、どこに行っても戦いがないように思える。軍はあってもほとんど戦争を経験していない。ダマスカスと戦う国など存在しないからだ。
 だが、裏ではダマスカスを狙う存在との苛烈な戦いが存在していた。富むがゆえにダマスカスは常に狙われ、世界中の組織の侵略を受けてきた。
 秘密裏に守ってきたのはエルダー・パワー。赤虎や羽尾火たちが死に物狂いで守ってきたのだ。余裕や達観など存在しない。ただただ必死に守ってきたのだ。
 志郎もまた戦いの中で生きてきた。仲間を失ったこともある。その多くが子供の頃に孤児として一緒に里に来た大切な家族である。
 だから、ただ優しいだけでは守れないものがあると嫌というほど悟った!

「暴力からは守らねばならない!!」

 志郎の戦気が真っ赤に燃えた。
 あの優しい志郎が猛々しく燃え盛る火炎のごとく膨れ上がった。それがたとえ武力を伴った防衛であっても、守るためには戦う存在とならねばならないのだ!!

 先に仕掛けたのはロキ。すでに血を燃やしている以上、長くはもたない。短期決戦で勝負を決めるしかない。ロキは二人用の連携を見せて絡み合うように交互に入れ替わりながら迫ってきた。剣に宿るのは一撃必殺の剣気。生命そのものを燃やして生み出した決死の一撃。
 志郎は避けるどころか向かっていく。今度は両手に渦は作らない。防御の戦気をまとわない【無手】のまま向かっていく。触れただけでも裂けそうな剣気に無手で向かっていくのは自殺行為。しかし、志郎はけっして負けるつもりも自殺するつもりもなかった。
 ロキの剣が迫る。その勢い、その力、全身全霊の一撃は神刃じんばにも匹敵していた。
 神速の刃が志郎を捉える!
「僕を斬ることはできない!」
 志郎でさえもロキの動きを完全に見切ることはできない。それだけの速度なのだ。その代わりに志郎は戦気を球状に放出して結界を生み出していた。波動円と同じ原理であるが感度はさらに高く、より洗練された結界である。
 戦技結界術【無限抱擁むげんほうよう】。自己の感覚を極限までリンクさせた戦気を展開する技である。戦気に触れたものすべてを視覚ではなく【触覚】で感知することができる。
 目の良い武人ならば視覚に頼るが、たいていの武人は感覚で戦っている。相手の戦気の流れを自己の戦気で感じ取り反射として対応している。そうでないと間に合わないほど素早い世界で戦っているからである。
 そこで編み出されたのがこうした戦技結界術である。覇王技、剣王技にも独自の戦技結界術が構築されており、使いこなせれば戦いをより有利にすることができる。
 無限抱擁は波動円の上位版であり誰もが使えるものではない。これにもセンス、才能が必要なのだ。また、各武人の特性によって性質が変わる特徴があった。
 志郎が生み出した無限抱擁はとても濃密で、たとえるならば蜂蜜のような粘度を持ち、侵入してきたロキの動きを軌跡として完全に把握できた。当然、無限抱擁はあくまで感知するものにすぎない。速度に対応できるかは別の問題であった。
 しかし、覚悟を決めた志郎の感覚は極限にまで高められていた。負けられない。守らねばならないのだ。

 志郎は右から迫りくるN6剣の刃に完璧に対応し、刃を【右手の指で掴んだ】。
 高速の刃に直接触れれば負傷は免れない。仮に戦気で覆っていてもこの速度、このパワーで繰り出される一撃を素手で掴むことは自殺行為でもある。
 ロキもその判断に驚いたが、そのまま押し切ろうとする。そんなことは当たり前のこと。手のひらごと斬り裂いてしまうだけのこと。

 しかし、動かない。

 刃を掴んだ指はパワーに振り切られることなくぴったりと接着している。それどころか刃は志郎の指が導くままに軌道を変える。
制破せいは!」
 志郎は剣の力を利用して、そのままの勢い、いや、さらに自身の力を加速させてN6を床に叩きつけた!!
 続けて攻撃してきたN7の一撃も反転して左手の指で掴み取り、N6を掌握したまま床に叩きつける。激しい衝撃がロキを襲う。無痛の彼らでもそれだけは防げないのだ。視界が揺らぐ。
「続けてきょく!!」
 それだけにとどまらない。まだ志郎は刃を握っており、相手から剣を奪おうとする。ロキがそれに抵抗して腕を伸ばした瞬間、腕の関節に蹴りを叩き込む。今度は戦気をまとまわせての強烈な一撃にロキN7の関節は悲鳴を上げてへし折れた。
 ロキN6がその隙に起き上がり、志郎を刺そうとしたが、すかさずデムサンダーの蹴りが顔面に直撃する。こちらも首が伸びるほどの強烈な一撃に再び床にダウンする。
「志郎! とどめだ!」
 志郎はロキ二人の背中に掌を押し当て、気合いの一撃を放った。
「はっ!!!」
 放たれた一撃はロキの体内に波として浸透し、内臓に大きなダメージを与える。ロキは吐血し、四肢を痙攣させながら次第に動かなくなった。
 脱出の際、強化ガラスにも使った技で、これを【水覇すいは波紋掌はもんしょう】という。戦気を波紋のように振動させて内部に送り込み、外傷ではなく内傷を与える技である。相手の防御力を貫通するため攻撃力に劣る志郎にとっては貴重な攻撃手段である。密着しなければ使えない超近接技であるが、こうして掌握後に使えば相手は逃げられない。

(えげつねぇな)
 デムサンダーは志郎の本気に畏怖すら覚える。
 波紋掌のことではない。これはこれで優れた技であるのだが、それより恐ろしいのは無手で刃を掴んだことである。戦気をまとって弾く渦舞とは違い、こちらは完全に相手と同化して戦気を【すり抜ける】技だ。
 少しでも自分の戦気が混じると反発してしまうので、握る瞬間まで完全な無であらねばならない。そして掌握したら最後、相手の力を利用して攻撃に転ずるのだ。

 この技に名前はない。
 なぜならば現存する武人の中では志郎にしかできない技だからだ。

 これこそが志郎の武。
 真の

 この歳にしてこの実力。この才覚。
 それも当然。
 彼こそ史上最年少でエルダー・パワーの席を与えられた【天才】なのだ。その才や、マスター・パワーいわく「自分を遙かに凌ぐ」ほどである。才能値では間違いなくダマスカスでトップの武人であった。

 デムサンダーも加勢し、ロキ二人は完全に制圧される。
「まだ生きているっぽいな。頑丈なやつらだ」
 デムサンダーが足で心臓に触れるとわずかに鼓動しているのがわかった。これだけの攻撃を受けて死んでいないことに驚く。
 しかしこの状態ではダメージが大きく、もう動くことはできないだろう。無防備での波紋掌はそれだけ強力なのだ。強化ガラスを破ったようにデムサンダーとの連携で使えば威力は三倍にも四倍にもなる。さらに変質させた戦気の属性を加えれば応用は広がる。
 さすがのロキも動けないのは当然であった。だが、志郎の表情は冴えない。
(僕は本気だった。だから勝てた。でも・・・)
 仮面の男たちから感じた気迫は志郎の本気を上回っていた。その目は何かを訴え、何かを貫こうと必死だった。
 人というものが怖いと初めて思った。
 ロキは感情を乱さなかったが、発した覚悟は戦気を見ればわかる。
「やれやれ、いきなり災難だ」
 デムサンダーは軽口を叩く余裕がまだ自分たちにあったことを幸運だと思った。もし単独で出会っていれば壮絶な死闘になったことは想像に難くない。その結果は今とは逆になっていた恐れもあるのだ。
 結果的にロキを確保できたのは非常に大きな戦果であった。少しでも情報が欲しい。仮に彼らが口を割らなくても何かしらの材料にはなるだろう。

 もう戦いは終わった。
 そう志郎とデムサンダーが考えたのも無理はない。
 それが普通なのだ。
 幾多の戦いを経験した彼らでさえそう思ったのだから無理もない。責められない。
 これはけっして油断ではなかったのだ。

 ここで少し考えてみてほしい。
 なぜ、ゼッカー・フランツェンという天才が改めてラーバーンという組織を作ったのだろう。
 なぜ、【ロキ〈悪魔の道具〉】という存在を生み出したのだろう。
 なぜ、【バーン〈人を焼く者〉】という存在が必要だったのだろう。
 肉体的な強さだけを求めるのならばもっと効率の良い方法があり、もっと楽な戦い方がある。ただ強化手術をして強さだけを植え付けた人間ならば、まさにそこらに掃いて捨てるほど存在している。武器だけで済むならばMGや戦艦で十分である。
 しかし、ゼッカーはロキを欲した。
 それは心ある人間でなければならなかったからだ。
 心ある人間でなければ悪魔にはなれず、その道具になることすらできなかったのだ。
 ロキは心の奥底までロキである。
 悪魔が求めた存在そのものである。
 その意思、その覚悟を見誤ってはいけない。
 その代償はとてつもなく大きくなるのだから。

 志郎が手の痛みを感じたのは、それからほんの数秒後であった。まだ油断できないと制圧の戦気を送り続けて拘束していたつもりでいた。そんな時に手のひらに感じた冷たい感触。これはよく知っているものであった。
 痛み。刃物で手を切ったときに感じるひやっとした冷たい感覚。その刺激。そしてその直後に感じる血の温かさ。
 志郎の対応は間違ったものではなかった。それが戦士としての当然の反応であり、日々厳しい鍛錬を続けている人間がゆえの強さだった。ただ、それが今回は正反対の結果をもたらしたにすぎない。

 志郎は我慢した。
 我慢してしまった。

 一瞬感じた痛みに対して力で対抗してしまった。押さえつけた。後から考えれば力を受け流す戦いを好む彼にしては軽率であったが、相手を逃がすまいと力んだ結果なのだから致し方のないことである。
しゅの導きとご慈悲を」
 志郎にはロキがそうつぶやいたのが聴こえた。小さくわずかな声であったが、はっきりと聴こえた。
 直後、右手で押さえていたN6の身体、その背中から【刃が飛び出た】のだ。しかも一本ではない。無数の刃がN6の体内から解き放たれ、ハリネズミのように志郎に襲いかかった。
 志郎は最初の痛みを我慢したがゆえに右手の掌だけでなく指や手首にも刃は突き刺さる。
「なっ・・・!」
 反射的に強めた防御の戦気がいともたやすく貫通され、志郎は驚愕の表情を浮かべる。この刃もまた術式を組み込んだ特殊な刃であり、アズマがそうであったように志郎の防御の戦気も無効化されてしまうのだ。
 志郎は危険を感じてとっさに離れるが、直後にN6の身体が爆発。背中に生まれた無数の刃もまた衝撃で周囲に飛び散った。そう、これも散弾と同じく自爆用の武器なのだ。
 志郎は避けられないことを悟り急所をガード。
「ぐぁっ!!」
 やはり防御戦気をあっさりと貫通。顔を防いだ腕、腹部、足に刃が突き刺さる。
 もともと志郎は体格に優れたほうではないので、足に刺さった刃に至っては半ば貫通している。心臓こそ守ったものの、腹部にも五本の小さな刃が突き刺さり、腹筋を貫通して胃や腸に到達。一本は腎臓にまで突き刺さっていた。
 幸いにも爆発で飛び散った刃は指向性であり大半は志郎に向かって放たれていたため、デムサンダーに向かってきたものは少数であった。距離があったのでデムサンダーは回避に成功。しかし、志郎のダメージは深刻であることは遠目でもわかる。

「志郎!」
 デムサンダーは負傷した志郎に駆け寄ろうとしたが、直後彼の視線はもう一人のロキN7に釘付けになった。N7は自爆しておらず、すでに立ち上がって攻撃できる体勢となっていたのだ。N6が自爆すれば志郎に隙が生まれることを想定しての動きである。
 ロキは訓練でさまざまなシミュレートを行っており、こうした事態においてどう行動するかは最初から決まっている。二人が動けない状態になれば一人が自爆。もしそれで隙ができなければ二人目も自爆すればよい。
「こいつら、どこまで化け物なんだよ!」
 デムサンダーの驚きは半分正しい。ロキはすでに限界を超えている。否、限界など最初から超えているのだ。存在そのものが無謀であり超過した存在である。ただ心だけで、その信仰だけで、その想いだけで生きているのだ。だから強い。完全に息の根を止めるまでは戦い続ける。
 世界と、傲慢と、誤った価値観と、愚かな人間を焼き尽くすまで!

「ウガアアアア!」
 N7は負傷した志郎に向かって剣を振るう。狙いは志郎一点。それは彼の武が相当危険だと判断したからである。アズマが暗殺者を狙ったように、戦いにおいて特殊な能力を持った人間を狙うのはセオリーである。それだけ志郎の防御能力と防御センスは珍しいものであった。
 彼らは自分たちのために戦っているわけではない。その後、自分が死した後に障害でなるであろう存在を消すために行動しているのだ。だからこそ怖い。
(ちっ、間に合わねーか!)
 デムサンダーはこの距離と角度ではロキN7の攻撃から志郎を守ることができないと判断。N7は折れた右腕ではなく左腕で剣を持っているので万全には程遠いが、志郎も痛みと出血を制御するのに集中しているので即座に動けない。
(あまりやりたくねーが、仕方ねえな!)
 デムサンダーは即座に決断すると押し出すように蹴りを放った。彼の足は長いが当然誰にも当たらない。その代わりに放たれた蹴圧は大きな戦気をまとい、激しい衝撃波として襲いかかった。
 覇王技【蹴殺しゅうさつ】。遠当ての一種で、離れた相手を蹴圧で攻撃する技である。拳で放てば拳圧で攻撃する【修殺しゅさつ】になる。この技は比較的【軽い】のが特徴で、威力よりも出のスピードを重視する傾向にある。相手を牽制したり体勢を崩させたりするのが主な目的として使われることが多い。
 が、蹴りを得意とするデムサンダーが放てば相当な重い技となる。鉄板くらいならば簡単に吹き飛ばすだけの威力はある。ただし、彼が技を放った相手はロキではなく、ダメージで身動きが取れなくなっている【相棒】であった。
 志郎は背後に迫った蹴殺の気配を感じ、瞬時にデムサンダーの意図を察すると自ら軽く跳躍。そこに蹴殺が直撃。その勢いそのままに左斜め前方に十メートルほど吹き飛ばされる。
(相変わらず加減を知らないな)
 とっさのこともあり半ば本気で蹴られた技の威力に志郎はしかめ面になる。
 吹き飛ぶために戦気を半減させたので丸太でぶっ叩かれたような重い衝撃が背中に走った。背骨も軋んだが、ここは相棒の機転に感謝しなければならないだろう。
 現にロキN7は目標が突然消えたことに対応できていない。繰り出した剣は、すぐ直前まで志郎がいた場所を貫いていた。あとわずかでも遅れれば危ない状況だったのだ。

「これで終わりじゃねーぜ!」
 デムサンダーは技を放った直後には先を見越してすでに跳躍していた。小回りは志郎のほうが利くが爆発力ではデムサンダーのほうが相当上である。その強靱な脚力でロキN7との距離を一気に詰める。
 ロキN7は返す刀で対応しようとするが、すでに二の太刀。肉体の基礎能力で勝るデムサンダーが見逃すはずもない。
「ライジングサンダー!!」
 デムサンダーが高速の蹴りを放つ。身体をひねり、大地から跳ね上げるように放つ強烈な蹴りである。
 ロキは攻撃を諦めて防御の態勢。しかし、蹴りの威力は想像を絶していた。とっさにガードした左腕は瞬時に叩き折られ、蹴りの衝撃は胸を完全に貫いた。痛みがないはずのロキが生前の反射のなごりで一瞬苦悶の表情を浮かべてしまう。それほどの威力が込められていたのだから尋常ではない。
 それで終わりではない。直後に走ったのは雷撃。もう一度蹴りをくらったかのような激しい衝撃がN7を襲う。
 覇王技【燕雷蹴牙えんらいしゅうが】。胴回し蹴りのようなステップを踏みながら跳ねるように相手を蹴り上げる技である。威力が高い反面、初動がどうしても遅くなるので命中率に難のある技であるが、相手の懐に飛び込んで使えばその勢いたるや暴風のごとくである。
 雷の名がついているが、それは雷のごとくという意味合いであって実際は通常の戦気で使うことが一般的である。しかしながらデムサンダーがこの技を覚えた時に勘違いし、戦気を雷に変質させて放ってしまった。それは何気なくやったことなのだが、通常はありえないことである。
 覇王技や剣王技に指定されている技には発動までの順序というものがある。戦気の練り方や配分に至るまで料理のようにしっかりとレシピがあるのだ。それを守らないと上手く技として成立しない。
 センス。戦いのセンス。志郎が防御に天才的なセンスを持っているようにデムサンダーも蹴り技に対するセンスがずば抜けていた。だからこそ技をアレンジすることができたのだ。
 そして新たに出来た技がこの技。つまり、もはやオリジナルの技を超えてしまった彼の必殺ライジングサンダー、蹴りのダメージの後に雷気を放つ二段構えの凶悪な技である。
 ライジングサンダーを受けたロキN7は上空に吹き飛ばされ、天井に激突。そのまま受け身を取ることもなく床に落下。
 もうロキが動くことはないだろう。衝撃は心臓にまで到達し、とどめの雷撃で完全に破壊されてしまったのだから。

「ディム、まだだ!!」
 その様子を見ていた志郎がデムサンダーに警告を発する。彼らがただで死ぬなどということはありえないのだ。それは現在身をもって志郎が体験していることである。
 そしてその通り、【彼ら】が簡単に死ぬことはなかった。心臓が破壊されたはずのN7の身体がビクンと動いたのだ。
「やろう、また何か仕込んでやがるのか!」
 デムサンダーは志郎のこともあり警戒していた。距離を取ろうとする。
 しかし、背後からロキN6が動いたことまでには注意が向かなかった。志郎もまた、まさか自爆したはずのN6が動くなどとは思ってもいなかった。
 だが、動くのだ。
 ロキという存在は、悪魔の道具なのだ。
 自爆はした。それで身体の半分、背中の大半が吹き飛んではいるもののまだ死んではいなかった。ロキN6が爆発させたのは背中に仕込んだ術式爆弾だけであり前部のものは残っているのだ。
 N6はデムサンダーの背後にしがみつく。仮面からわずかに覗いたN6の目は狂喜にも似た色合いを見せていた。
(なんなんだ! 本当に人間かよ! ありえねぇだろうが!)
 そのあまりの執念にはデムサンダーですら恐怖を感じる。その目、その行動、そこに宿った意思は日々鍛錬を積んでいるエルダー・パワーの自分ですら恐れおののくほどの強さだ。
「心中なんてごめんだぜ!」
 デムサンダーは全力で振りほどく。N6の顔面に肘を入れ、しがみついた手を握力で握り潰し、それでも離れない相手をなんとか投げ飛ばした。
 その直後にN6の前部の爆弾が爆発。無数の特殊刃が散弾のように放たれデムサンダーの身体に突き刺さる。
「ちぃ!」
 それは志郎がくらったものと同様、戦気を貫く特殊なものであった。顔をかばったデムサンダーの左腕、脇腹に突き刺さる。幸いにも投げ飛ばしたことによって角度がずれ、致命傷にはならなかった。志郎よりも体格に優れているので内臓にも達していない。

 しかし、そこで安堵はできなかった。
 今度はN7の周囲に透明な【ゆがみ】が生まれたのだ。歪みは徐々に大きくなり十メートルほど拡大したと同時に、その中心部であるN7の身体がひしゃげて【消失】した。
 その後、再び球体は拡大を続けては中心部のものを消し去っていく。すでに爆死したN6の死骸も呑み込み、さらに膨れ上がっていく。これがただの爆発でないことは誰の目にも明白だ。
「こりゃやばい! 志郎、逃げるぞ!!」
 デムサンダーと志郎は中心部から逃げようと必死に通路を駆け抜ける。
「ディム、間に合わない!」
 だが、歪みの速度はさらに上がり猛然と迫ってくる。しかも志郎の傷はかなり深い。全力で走るのは難しい状態である。ならばもうこれしかない。
「この先にはエリスもいるんだ。ここで防ぐよ!」
「・・・その言葉、言わなきゃよかったって心底思うぜ」
 志郎に退くつもりはまったくない様子だ。一度覚悟を決めたらやるのがこの青年なのだから。
 志郎は両手に集めた戦気をパンパンと身体の上下左右の位置で叩き、固定させる。固定された戦気は水気となり、ゲル状の壁になって二人の前方に展開される。
 覇王技、戦技結界術【水泥壁すいでいへき】。物理防御力のある水気の壁を作って攻撃を防ぐ技である。通常のライフル弾くらいならば防げるくらいの防御力があり、拳で殴れば手にまとわりついて動きを封じることもできる。
 ただ、あの歪みの異様さからして何らかの術式爆弾である可能性が非常に高い。この技は一応術にも耐性はあるもののまだ不安である。
 そこで続けてデムサンダーが戦気を雷気に変質させ、覆うように上乗せすると水泥壁が輝き出す。
 高等戦技結界術【雷水命鳴らいすいめいめい】。雷気によって水気を活性化させることでより強固な障壁を生み出す技である。水泥壁は覇王技のカテゴリーに入っているが、この技は上位結界術に認定されており術の耐性も強い。
 志郎もデムサンダーも単体でこの術の発動は困難であるし、そもそも術の因子がないので通常は不可能である。それをこうして二人が協力することで生み出せるのは、まさに相性。天性の相性があるからこそ可能な奇跡の一つでもある。

 そして、歪みと雷水命鳴の力場が衝突!
 歪みはエネルギーそのものであり、触れるとさらにその威力の強さがわかる。余波は衝撃波となり通路を駆けめぐり、強固なアピュラトリスの壁すらえぐり取っていく。
 二人は必死に戦気を送り込みながら障壁を強化し続ける。歪みもまた志郎たちを消し去ろうと拡大を強めていく。
 両者の攻防は実に十秒近くに及び、障壁が消え去る一寸手前で歪みの威力は消え去った。ふと志郎が床に視線を移すと、つま先の数センチ先の床がごっそりえぐり取られているのが見えた。
「・・・よかった。まだしばらくはスニーカーが履けるみたいだ」
 あと一秒でも続いていたら足の指は間違いなく消え去っていただろう。思わず冷や汗が流れ落ちる。

「だぁ・・・、疲れた。とんだ厄日だ」
 デムサンダーが床に座り込む。体力に優れる彼とてこれだけ消耗した。それだけロキとの戦いが激しいものであった証拠である。
「僕たち、どうして戦っているんだっけ?」
「さーな。少なくともあのお嬢さんに関わったせいなのは間違いない」
 かといってそのまま見過ごさなくてよかったとも思う。もしエリスがこんな状況に遭遇していたら対抗する手段はまったくなかったに違いない。
 そこで志郎が提案する。
「エリスとディズレーさんを連れて一度外に出よう」
 この状況がどのような性質を持つかまでは理解できないが、危険な状況であることは明白であった。外にはメイクピーク大佐率いるし陸軍もいる。援護を求めるのは至極当然の話であった。
「賛成だ。中を探るどころの話じゃない。こっちの命がやばい」
 デムサンダーもそれに同意する。
 彼らの役目は陸軍に協力してアピュラトリスを守ることである。けっして単独で事を成せとは言われていない。そのためメイクピークに指揮権が預けられたのだ。すでに異常が生じた以上、報告する義務もある。
「あの仮面の人たち・・・危ないね」
「ああ。こいつらはやばい。マジでな」
 二人に戻ることを決断させたのはロキの強さ、それも怨念じみた執念に気圧されたからである。明らかに違う。その決意、意思の強さ。どれもが普通ではない。エルダー・パワーの二人でさえそう感じるのだ。あまりに激しい。
(今は逃げるしかない。でも、守るものがある以上、ここは受け入れるよ)
 志郎も中にいる仲間を見捨てて逃げるのはつらかったが、一般人がいるのだ。エリスとディズレーを守らねばならない。エルダー・パワーではそれが何よりも優先される。

 ドゴン。

 その音が聴こえたのは、志郎たちが起きあがって戻ろうとした時であった。
 ドゴン、ドゴン。
 音はどんどん近づいてくる。そのたびに床がわずかに振動するのがわかった。
(この音は・・・?)
 明らかに異様な音であった。まるで巨大な鉄球クレーンが岩とぶつかりあうような、そんな鈍い音である。志郎もデムサンダーも動けない。すでに二人はその音のぬしが発する大きな力に気がついていたからだ。
 そしてひときわ大きな音がした直後、志郎たちの目の前の壁が粉々に吹き飛ぶ。そこから出てきた男は静かに志郎たちとロキとの戦いで生まれた【惨状】を見てつぶやいた。

「やれやれ、ロキを作るのにどれだけコストがかかると思っているのか」

 一人の【殉教者】を作るのには何より時間がかかる。ただの狂信では意味がない。陶酔でも駄目だ。心の底から意思を持つ人間であり、【火の素養】がなくてはいけない。
 あのロキ二人も貴重な人材だった。将来があり未来があり、燃えるような情熱もあった。それを捨ててまで人類の進化のために身を犠牲にしてくれた【英雄】である。強化された以上いつかは消える運命なれど、こうして一度に二人失うのはあまりに痛かった。
 と、ついつい損失を嘆いてしまうのは貧乏性の自分らしいと、その男、ユニサンは苦笑いする。

 殴ってきたのだ。
 貫いてきた。

 隔壁に閉じこめられたユニサンは、アピュラトリスの壁を殴って破壊してきた。この強固な壁ですら変質したユニサンにとっては障害にすらならなかったのだ。
 そんな彼が興味を抱くのは、ロキを倒した二人の人物である。
「ロキが自爆しても倒せなかったか」
 自爆したのはわかっていた。ユニサンのコアであるザックル・ガーネットと彼らの強化に使われた【石】は共鳴しているのだ。ロキが死ねばユニサンにはすぐにわかるようになっている。
 ユニサンがこちらの方向に向かったのもロキの戦いの波動を感じてのことである。いかに閉じこめられようと連絡を遮断しようと、魂の激しい情熱だけは止めることができない。
 その想いが、怒りが、猛りがユニサンを呼ぶのだ。
「なんだ・・・あの人は」
「またとんでもないのが出てきたな。やっぱり仮面付きかよ」
 デムサンダーは見た目の異様さ、ユニサンの般若の顔についての意見を述べたが、志郎のつぶやきは違うことを意味していた。
 その表面と内面のギャップ。
 見た目はデムサンダーの言うように異形であるが、ユニサンから発せられる質は不思議な色をしていた。猛々しくありながら静寂。豪気でありながら達観。あまりのギャップに志郎は戸惑ったのだ。

「エルダー・パワーだな。ロキを倒すとはさすがだ」
 二人がエルダー・パワーであることはすぐにわかった。情報も得ているが、何より二人の気質がジン・アズマに似ていたのだ。
「俺たちを知ってやがるのか。何者だよ」
「そんなことを知っても意味はない。重要なことは俺がお前たちの敵であるということだけだ」
 ユニサンは挑発するように二人を見回しながら状況を把握する。基礎能力の高さで補っているものの志郎はすでに重傷。デムサンダーは軽傷であるが若干の疲労が見える。
 だが、それはロキも同じであった。地下での戦いによって消耗していたからこそこの程度で済んだのだ。もし万全のロキと出会っていたら志郎たちはもっと深手を負っていたに違いない。あるいは一人は死んでいたかもしれない。
 それもまた過ぎたこと。意味あることは現在の状況だけである。
「ジン・アズマは強かったぞ。お前たちはどうかな」
 ユニサンの言葉に志郎の血の気が一気に引いた。
「アズマさんを知っているんですか!?」
 その答えはもう知っているはずなのに志郎は訊かずにはいられなかった。ユニサンがアズマを知っていて、なおかつここにいる。その答えは一つしかないのだから。
「地下に行けば会える。・・・すでに刀は折れているがな」
 ユニサンは懐かしむようにアズマを思い出す。彼との戦いは自分にとって大きな変革を意味したからだ。まるでかつて失った戦友を思い出す老兵の気分であった。
「そんな・・・! アズマさんが・・・!」
 志郎にはまだ信じられない。アズマの剣の才は抜けていたし、実戦経験も自分たちより遙かに多かった。単体でも志郎たち二人に匹敵する力を持っているはずなのだ。
 そのアズマが死んだ。
 虚言とは思わない。すでにロキと戦ってその恐ろしさを感じた志郎たちにはわかるのだ。嘘をつく理由などないことが。ユニサンの目も嘘を言っているようには見えなかった。

「へー、あいつを殺したってか。そいつはすげぇな」
 ショックを受けてうなだれる志郎とは違い、デムサンダーはユニサンに向かって歩きながらごくごく普通に訊く。
「何人だよ。あいつ相手に単独じゃないだろう?」
「俺を含めて三人がかりで殺した。こちらも一人死んだがな。いや、二人か」
 その言葉も嘘ではない。ロキN8が自爆してダメージを与えたのは事実。ユニサンが一度死んだのも事実。仮にザックル・ガーネットがなければ負けていた可能性が高い。それだけの剣士であったことは事実。
 されど、それほど強い武人が死んだのも事実である。
 殺したのだ。ユニサンが。三人がかりで。賢人の遺産を使って。手段を選ばずに。
「文句があるのか?」
「いや。あいつにとっちゃ相応しい死に方だと思っただけさ。あいつは死ぬほど戦うことが好きだったからな」
 そんな戦闘中毒バトルジャンキーが戦いで死ねたのならば本望というもの。それにデムサンダーはユニサンの身体に縦に走る【刀傷】にも気づいていた。
 その太刀筋こそがすべてを証明している。
 魂の一刀。その本気の一撃を見ればアズマがどんな気持ちで戦っていたのかよくわかる。

 満足。
 昇華。
 そして、愛。

 それが当人にとってどんな意味を持っていたのかはわからないが、ジン・アズマは生きたのだ。精一杯生きた。ならばそれでよいのだ。文句はなかった。

「あんたが誰かは知らねえ。ジンがあんたと戦って死んだのだって俺には関係ないことだ」
「ディム・・・、そんな・・・」
「志郎、あいつはそういうやつだったんだ。自分から飛び込んで、それで死んだだけだ。あいつはそれでいいんだよ」
 アズマに悔いなどないだろう。相手が何人だろうと関係ない。ただ武を求めて武に生きて死んだ。武人とは生来そういう存在なのだ。むしろ喜んでいるに違いない。


 ただ。しかし。だからといって。


 デムサンダーは軽い蹴りを放った。
 とても軽く、サンドバッグで準備運動するくらいに軽く。

 ユニサンはそれを左腕で受ける。
 ミシッ。

 ユニサンが剛腕であることはアピュラトリスの壁を拳で破壊した段階でわかっている。戦士タイプ、それもロキ以上に恐るべき強さを秘めた存在であることも。
 実力ではユニサンが上なのは一目瞭然。

 だがしかし。

「ぬっ」
 受けたユニサンの腕が異様な重さを感じる。受け止めた蹴りがまだ腕から離れていない。重い、さらに重くなって・・・

 ボキッ

 へし折る。その剛腕を。
 あっけなく。当然のように。
 それが事実であるように。


 そして言うのだ。

「俺はよ、志郎みたいに好いやつじゃねえし、アミカみたいにお利口さんでもねえ。ジンみたいに何かに夢中になれるやつでもねえ。言ってみりゃ半端もんだ」

「だがよ…」

兄貴ファミリー殺されて黙っていられるほど人間できてねぇんだよ!!」

 ジンは死んで当然だと思う。あんなことをしていれば当然だ。
 しかし、同じ孤児として同じ里で育ち、ともに暮らした存在。
 唯一デムサンダーにとって本当に守るべきものは、ダマスカスでもなければアピュラトリスでも富でもない。
 ただ家族のみ!
 半端者にはそれしかできない。それで十分!!
 それだけで十分な理由!!

「だからここからは俺の喧嘩だぁ!!! ただで済むと思うなよ般若野郎!!」

「なるほど・・・、ロキを倒すわけか」

 ユニサンとデムサンダーが対峙する。

 サカトマーク・フィールドが発動するまで残りわずか。
 第二ステージはついに終局クライマックスを迎える。
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