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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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十四話 「RD事変⑬ 『それは夢見る少女のごとき炎』」

   †††

 アピュラトリスの入り口は地上六階に存在している。そこにたどり着くには専用のエレベーターに乗らねばならない。
 エレベーターは全部で二つ。一つは搬入業者が使用するエレベーターで、幅三百メートルはあろうかという大きさである。これはMGや戦車を搬入するためにも使われ、二万人のスタッフの生活を維持していくためには小さいくらいでもある。
 もう一つは主に人間が乗り降りするためのもので密閉された巨大なテラスのようなデザインになっている。内部には椅子やテーブルがあり、くつろげるスペースがいくつも存在していた。常備されている軽食を取ることもでき、簡易ベッドやトイレまで完備されている。
 これは各階層で入念なチェックを受けるためで、場合によっては何時間あるいは何日も待つことがあるからだ。仮にどこかに異常があれば一旦地上に戻して再チェックを行う徹底ぶりである。
 そして、本日運ばれるのはたった四人。招待者のエリスとディズレー、志郎とデムサンダーである。もともとアピュラトリスに出入りする人間は少ないのだが、現在はこの広いエレベーターは四人の貸し切りになっていた。
「なんだか申し訳ないね」
 志郎は自分たちを運ぶためにわざわざエレベーターを降下してもらったことにそんな印象を覚えた。降りてくるのを待っている間、周囲からはずっと注目を浴びていたのでそれもまた恥ずかしかった。
「あらそう? 招かれたのですから当然ですわ」
 一方のエリスはたいしたもので、すでにテーブルでディズレーに入れてもらった紅茶を飲み、さも当然かのように堂々としている。しかも茶菓子まで用意している周到ぶりである。ちなみにこの茶菓子類は連盟会議場にあるものとほぼ同じの高級菓子である。
「エリスは招待客だからいいけど、僕たちも入っていいのかな?」
 志郎はいまだに迷っていた。もちろん内部は気になるのだが、入ることにかけては鉄壁を誇るアピュラトリスに自分たちが入れるだろうかという心配が募る。
「それならそれで帰ればいいんじゃねーの? もともと俺たちには関係ない話だからよ」
 デムサンダーは茶菓子類にはあまり興味がないようで、エレベーターの金属部分を叩いて頑丈さを確かめたりしている。
「あら、もう怖じ気づいたのかしら」
「入れなかったらどうしようもないだろう。俺としては門前払いのほうに賭けるがね」
 デムサンダーの言うことももっともだ。まず何より入れるかどうかは行ってみないとわからないし、こうして付き添っている段階でメイクピークへの義理は果たしたといえる。
「そのわりにはついてきてくれたね」
 志郎が茶化すように言うとデムサンダーはしかめ面になる。
 デムサンダーにしてもエリスのことが心配ではあるのだ。なにせ手榴弾を転がして挑発するような少女だ。何かあれば寝覚めが悪い。
「どうせ暇だったんだ。入口くらいまでなら付き添ってやってもいいさ」
「そういうことにしておくよ」
 志郎は相方の優しさに口元を緩めた。

 エレベーターが二階部分に到着すると同時に止まり、室内の光にごくごく薄い赤味が加わる。三秒後、自動音声でアナウンスが流れる。
「武器を携帯している方は、こちらのボックスに入れてください」
 二階エリアでは危険物の持ち込みがないかをかなり厳重に調査する。この赤味の光はエレベーターの内外全体をスキャンし、さまざまな形態の武器を感知できる。精度は高く、飲み込んだ爆弾も簡単に見つけだすことができるほどだ。まさに身体の隅々までデータと照らし合わせて調査するのだ。
 その光はしっかりとエリスの腰にぶら下がっているものをマークしていた。
「お嬢様、ナイフと銃を・・・」
 ディズレーがエリスに装備している物を出すように促す。だが、エリスは渋る。
「たかが銃くらいで大げさなものですわね」
「ですが、ここは従っておきませんと・・・」
「むぅ・・・」
 ディズレーに諭され、かなり嫌そうに銃とナイフを提出する。
「エリス、手榴弾もだよ」
 さりげなく手榴弾を服の中に隠したのを志郎は見逃さない。どうしてもあれだけは手放したくないようだ。お守りにしては物騒である。
「そんなのずるいですわ」
「ずるくねーよ。さっさと入れないと進まないぞ、これ」
 エリスが入れないとエレベーターは進まない。ここは徹底されており、何日でも停止するに違いない。仮に出入りする人間が他にいれば、降ろされて外に放り出される可能性もある。それはエリスも御免である。
「屈辱ですわ」
 これまた渋々手榴弾も入れるエリス。ここで回収された武器は、その人物が絶対安全だと判断されたのちに再び戻される仕組みになっている。軍部や警備の人間などがそれに該当する。
「もういいですわね」
 エリスが戻って椅子に座ろうとすると追加のアナウンスが流れる。
〈髪留めの爆発物も提出願います〉
「ちっ」
 エリスは舌打ちしながら髪留め型の小型爆弾も取り外す。ちゃっかりと隠して持ち込もうとしていたあたり恐ろしい。
「エリス、他にはないよね?」
 志郎も疑念の目を向けざるをえない。自身は戦士なので軍人の装備には詳しくはないが、髪留めが爆弾であった以上、他にもあるかもしれない。
「もうないですわよ」
〈靴底のプラスチック爆弾も提出願います〉
「エリス・・・」
 力ない志郎の声が響く。もう体中爆弾で埋め尽くされているようだ。
 仕方ないのでブーツごと提出し、予備の普通のブーツに履き変えた。正真正銘、これで全部である。
 余談ではあるが、アズマが入るとき、ここの検査でかなり揉めた。刀は剣士の命であり手放すことはできないと三日間揉めた。激しい抵抗の末、最後はマスター・パワーの顔を立てて折れることになったが、中で刀を受け取ったあとも不機嫌そうであった。何回も拭いていた。

 だが、チェックされるのは武器だけではない。当然武人としての資質もチェックされる。それは三階で行われる。
〈三番と四番のお二人は第二番扉においでください〉
 エレベーターに入った時に各人には番号がつけられていた。三番は志郎、四番はデムサンダーである。
「ちっ、ごまかせないか」
 デムサンダーが舌打ちする。志郎もやや苦笑いである。
 二人はできるかぎり自己のオーラを常人クラスにまで抑えていた。それなりの腕前の武人が見ても一般人と間違えるくらいにまで巧妙に隠していたのだ。
 だが、アピュラトリスの警備は伊達ではない。発せられた生体磁気を詳細に感知する高度な探知システムが搭載されている。仮にここを突破したとしても血液検査が待っているのでどのみちわかることである。
 二人は致し方なく指示に従い、エレベーター内にある二番と表示された扉を開ける。中には腕輪のようなものがいくつも並べられている。
〈それを両腕にお付けください〉
 二人は指示通り両腕に腕輪をつける。すると力が抜けるような感覚に陥った。重くはないが握力がなくなったような感覚だ。
(対武人用の拘束具だ)
 志郎はすぐにこの腕輪の正体に気がついた。エルダー・パワーの里にも似たものがあるからだ。
 武人に対して通常の拘束具はまったく意味をなさない。金属であっても戦士ならば簡単に引きちぎってしまうだろう。だが、これは武人用に調整されたもので、生体磁気を抑制させる効果がある。しかもアピュラトリスの拘束具にはかなり強い抑制効果があるようだ。志郎でも若干の倦怠感を感じるほど強い。
 それもそのはず。これは現状で最高の効果を持っている【リグギアス〈怠惰の鎖〉】である。生体磁気の抑制に加えて周囲に特殊な電磁波を発生させて戦気の化合を抑える特別製である。
 戦気の媒体となる普遍的流動体は無限にあるので、厳密にいえば腕輪を付けた人間の生体磁気を強制的に別の無害なものに化合させ、戦気を生み出す余地を与えないというものだ。
「なるほど、戦気が出ねえな」
 デムサンダーもその効果を自身で味わっているところだ。試しに戦気を練ろうとしたが、わずかばかりもやのようなものが生まれた程度である。多少熱を持っているのでもしかしたら暖房代わりにはなるかもしれない。
「ところでちゃんと外してくれるんだろうな?」
「たぶんね」
「まったく、これだけでも災難だぜ」
 これで武人としての能力は封印された。今の二人は自身が持っている素の運動能力しか持ち合わせていない。それでも常人の数倍以上は動けるのだが。
 アズマは軍人と一緒に入ったのでこの工程は省略されている。あくまで外部から武人が隠れて入らないようにする措置であり、無害と判断されれば内部で解除される。
 それから四階の血液検査と五階の生体身元照会を経てようやく六階にたどり着いた。その間に要した時間は三十分程度。これはアピュラトリスの検査としてはありえないほど短時間である。通常は最低六時間は覚悟しなければならない。場合によってはアズマのように一週間はかかる。
 今回のように三十分で終わるのはアピュラトリスの責任者であるヘインシー・エクスペンサーくらいのものである。それを考えれば特例措置であるといえた。それはエリスが間違いなく招待された者であることの証明である。ただ、こうした事情を知らない彼女たちはそれでも長く感じてはいたようだ。

 ついにエレベーターが開き、エリスたちはアピュラトリスの六階にある玄関口に出る。
 六階の玄関口は出た瞬間から大きな庭園になっており、見るからに高そうな彫刻や美しい木々が並んでいる。下は砂利で、歩くと小気味よい音が鳴る。これもただの砂利ではなく、体重や動きなどを探るセンサーが動いている。
 一応ながらここはすでに塔の内部ではあるが、まだ完全に入れたとはいえない。最後のチェックが残っている。
「エリス・フォードラ様ですね」
 アピュラトリスの事務員に支給される青い制服に身を包んだ黒髪の女性が、四人を出迎える。その視線はエリスに向けられていた。
「そうですわ。ただいま参上いたしました」
 これがドレスならば優雅にお辞儀をしたところだが、今は迷彩服なので軽く頷いた程度である。
「担当員のキリル・リラーです」
 キリルはエリスに対して挨拶をしたあと、他の三人、特に志郎とデムサンダーを観察するように見つめる。
「失礼ですが、こちらのお二人は招かれておられないようですね」
 ディズレーのことはアピュラトリス側も把握しており、彼が追従することは問題なかった。ただ、突然加わった二人に対しては警戒を強めているようだ。
 アピュラトリスにはメイクピークから四人の人間が向かうと告げられてはいるものの、そもそも招待されていない人間が来るとなれば難色を示すのは当然である。
 しかもすでにアズマが中に入ってるので志郎とデムサンダーがエルダー・パワーであることも知れ渡っている。どう説明しても軍部の関係者である以上は警戒されてしかるべきである。本来ならばエリスがいなければエレベーターにすら乗れなかったのだ。
「僕たちは・・・」
「この者たちは私の従者です。一緒でなければ入りません」
 志郎が説明するより先にエリスが言い切る。そのあまりの堂々とした嘘は見事としかいいようがない。押し通すつもりだ。
「規則では招待者しか入れないことになっております」
 キリルは好感を抱くスマイルで、やんわりと、しかし反論を許さない凄みをもって断ってきた。
 アピュラトリス側としては彼らを受け入れる筋合いはまったくないのだ。ただ、招待客のエリスの手前、露骨に不快感を出さないだけにすぎない。そのあたりはプロである。
 その笑顔は強烈で、ただでさえ場違いだと考えていた志郎は萎縮する。非常に気まずい。しかし、同性の強みなのか彼女の性格なのかエリスはまったく物怖じしない。それどころかさらに強気に出る。
「彼らが一緒に入れないのならば、私はここで失礼いたしますわ」
「お嬢様・・・!」
 その言葉にディズレーも驚く。
 あれほど再興を欲していたエリスである。見栄も外聞も捨ててここに乗り込んできた彼女がそう言うのだ。はったりにしてもあまりにリスクが大きい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 心配そうにディズレーが見守る中、エリスとキリルがしばし無言の視線を交わす。もしこれが漫画であれば両者の間には激しい衝突の効果線が入れられたことだろう。志郎とデムサンダーもただじっと見ていることしかできない。
「本気なのですか?」
 キリルは探るように尋ねる。それでも言葉には強い力がこもっていた。相手は本気で聞いている。
 だからこそ、答えはこうである。
「私が本気でないことは今までの人生で一度たりともありませんでしたわよ」
 エリスは本気だった。その目に宿っていたのは決意を超えた覚悟。目の奥の輝きは炎のように燃え盛っていた。
 もしこれが拒否されるならばすぐに帰る。これははったりではない。目がそう訴えていた。
 キリルはじっとその目を見つめ、しばし思案したのち静かに頷いた。
「わかりました。確認いたしましょう」

 その後、庭園の脇に設置された応接間に案内され、しばらく待つように伝えたあとキリルは去っていった。志郎はソファーに腰をかけると息を吐く。
「ふぅ、怖かった」
 女性同士の本気の睨み合いを見るのは初めてだったので見ている自分のほうが消耗してしまったのだ。目には見えずとも両者の間には激しい衝突があったのがわかった。意念と意念のぶつかり合いだ。それは武人と武人の戦いにも通じるものがあり、互いに本気であることを示すのに性別も血も関係ないと改めて知った。
 あれほどの本気のぶつかり合いはエルダー・パワーの女性陣の間でもなかなか見ることはできないだろう。エリスは本気だったし、キリルも本気だった。それは間違いない。
「あのキリルって女もアミカといい勝負だよな」
 笑ってはいたが眼光の鋭さはかなりのものであった。さすがアピュラトリスの玄関口の対応を任されるだけはある。その目つきはアミカ・カササギに匹敵する。
「あの細い目とかが」
 どうやら切れ目のことを言っていたようだ。眼光は関係なかったらしい。
「でもエリス、本当によかったのかい?」
 志郎はさきほどのやり取りをエリスに確認する。どう考えても釣り合いに出すような問題ではない。志郎などはキリルの言葉を受けてすぐに帰ろうと思ったくらいである。
 だが、エリスの考えは違う。
「もしこの程度の要求が通じないようならば、私がここに入る意味なんてありませんわ」
 エリスの目的はアピュラトリスに招待されて喜ぶ可憐な女性を演じることではない。中に入って富を得ることが目的なのだ。
 さきほどのやり取りで自身の価値を値踏みしたのである。仮にこの程度が拒否されるようならば、入ったところで何も得るものはないだろう。到底フォードラ家の再起などは不可能だ。
 だがもし自分がアピュラトリスにとって、あるいはダマスカスにとって有用な存在ならば話は違う。その価値を判断するためにはうってつけの場であったのだ。万一失敗しても陸軍とのつながりは確保できる。そういうしたたかさも持ち合わせていた。
「しかしまあ、よく堂々と嘘をつけるもんだ」
 デムサンダーはエリスがあまりにも自然に嘘をついたので舌を巻いていた。二人が自分の従者であるという点である。
「あら、嘘をついてはいませんわ。あなたたちは私の従者ですもの」
「初耳だぞ」
「あなたたちは私のエスコートをする義務があります。一度請け負ったのならば最後までやり通しなさいな。男でしょう?」
 エリスは嘘をついたことはない。なぜならば彼女の言葉は本当になるのだ。いや、本当にしてしまうのだ。もっと簡単に言えば勝手にそう決めてしまうのだ。
 その証拠にエスコートを請け負ったのは志郎であってデムサンダーではないのだが、いつの間にか一緒にされている。
「ずいぶんと勝手な女だな」
「世界は私の思い通りになる。誰にだってその力がある。あとはそれをするかしないかだけのことですわ」
 信じて疑わない。たとえ障害があってもしがみついて離れない。離されたとしても別の方法を考えてけっして諦めない。それがエリスであった。
(エリスは不思議な子だな)
 志郎はエリスという少女から発せられる不思議な魅力を感じていた。
 彼女の言葉には力がある。彼女の目には意思がある。彼女の雰囲気には侵しがたい迫力がある。どれも普通の少女が持っているものではない。初めて見たときも兵士が触れるのをためらったほどである。
(エリスならばできるのかもしれない。ただ、今は守らないと)
 エリスは何かを成すのかもしれない。そんな予感がある。しかし今はまだ幼い雛鳥。簡単に死んでしまうか弱い存在なのだ。少なくとも自分が関われる範囲においては彼女を守らねばならない、なぜか志郎は強くそう思った。

 応接間に通されてからしばらくしてキリルが戻ってきた。
「お待たせいたしました。フォードラ様を含めた四名様のご入塔を認めます」
 この瞬間、エリスがアピュラトリスにとって重要な人物であることが確定した。その程度はわからないが、少なくとも低いものではないことが知れたのは価値がある。
「こちらに手をお乗せください」
 キリルは持っていたタブレット型の端末をエリスに差し出す。
「こうかしら?」
 エリスが端末に手を乗せると手のひらの形がそのまま光とともに残り、いくつかの文字が表示された。キリルをそれを見て頷く。
「それは何ですか?」
 キリルがあまりにもその【手形】を見つめているので志郎が思わず聞いてしまった。キリルは志郎に視線を移し、微笑みをもって答えとする。それは営業スマイルではなく、心からの笑みのようであった。
「では、ご案内をしながらご説明いたしましょう」
 案内人のキリルを先頭にアピュラトリスの玄関口から内部に入る。外側は美しい庭園であったが進むにつれて次第に無機質で殺風景になっていく。
 内部は細かくブロック別に分かれており、ブロックを通過するたびにキリルの認証が必要となっていた。壁の様相も変わっていき、ところどころ光る流線が走り神秘的で神々しさすら感じさせる趣へと変わっていく。
 こうして歩いている間も周囲では何かが動いている音がしていた。通過者の生体情報を取得し、常にアナイスメルへと送られている音である。
 これは映像や集音などではなく【波動】によって行われている。入塔の際に収集した生体磁気などの生体情報と実際のリアル情報を常に照らし合わせて総合情報を更新しているのだ。それに加えて、世界中から集められたデータから似た傾向を持っている人間同士が分類される。
 こうした波動あるいはオーラにはさまざまな感情の情報も入っているので、もしその中に害悪を及ぼす可能性がある人間がいればすぐに見つけだすことができるだろう。こうしたデータによってダマスカスは富を得ているのだ。
 ただ、それは絶対ではない。アナイスメルは巨大なシステムであるが、人が情報を操作する必要がある以上は手の届かない部分がある。そうしたものは監視カメラや感熱センサーなどを使って補っている。その厳重さは、さすがアピュラトリスであった。しかもここに来るまで誰とも出会っていない。

 そして、四つ目のブロックに入ったとき、キリルは志郎の質問に答える。
「あなた方はなぜフォードラ様がここに呼ばれたかご存知ですか?」
 それは誰もが疑問に思うことである。志郎はもちろんエリス当人すらも知らないのだ。わかるはずがない。
 その呆けた顔が答えとなり、キリルは言葉を続ける。
「このアピュラトリスは巨大なシステムなのです。そう、まさに全世界を動かす大きな機械のようなものです」
 全世界の金融を管理し、あらゆる情報を管理運用する巨大なシステムがアピュラトリスである。アピュラトリスが武器にするのは【思考】。ただのデータとしては意味がない情報でさえ、アナイスメルにかかれば莫大な財宝に変わっていく。
 ただし、その財宝の価値は刻一刻と変わっていく。今まで貴重な情報であったものが次の瞬間から無意味になものになることもあるのだ。だからアピュラトリスは常に動き続けねばならない。
 そして、機械が動き続けるには【電池】が必要である。
 電池の数は非常に限られており有限。その価値は一国の国家予算などはるかに超える額に達するだろう。
 エリスには才能がある。そう、電池としての。
 それはアピュラトリスが心の底から欲する存在なのだ。
「あなた様は富の塔の電池なのです。全世界を動かすための・・・ね」
「電池・・・」
 エリスはその言葉を何度かつぶやくが、どういった意味なのか理解できないでいる。この巨大なアピュラトリスが一人の人間を欲することなどありえるのか、という疑問が湧く。
 しかし、キリルが嘘をつく理由はない。エリスがここにいることそのものが証拠なのだ。
「そういう言い方、あまり好きではないですね」
 志郎にもキリルの発言の真意は理解できなかったが、人を電池呼ばわりすることに強い抵抗感を覚えた。それは人として当然の感情なのだろう。
 それを知ったうえでキリルは話を続ける。
「私たちの国では、人も部品と同じです。歯車を回すための部品。ですが、それは価値ある部品ではないでしょうか」
 自己が部品であることを受け入れることによって、より便利な社会が形成される。
 それはなぜか?
 多くの社会システムはそれなりの欠点があるにしても、往々にして完璧なのだ。その理論においては。しかしながら、それが完全に履行できないのは人間側に問題があるからだ。個人の感情や欲望が歪みを生み、いつしかシステムの流れを阻害してしまう。
 血管が詰まればどうなるだろう? たった一つの脳血管が詰まっただけで人は大きな損害を受ける。心臓にしても同じだ。
 特にアピュラトリスという頭脳と心臓の性質を両方兼ね備える存在において、そこで働く人間は部品であらねばならない。個人の意思よりも全体の統一を目指さねばならない。キリルはそう言っているのだ。
 それは間違いではない。志郎にもそれはわかる。だが、やはり違和感があるのだ。志郎は人が持つ美しさをもっと別の視点で見ているからだ。
「アピュラトリスに勤める人たちは、誰もがそういう考えなのですか?」
 志郎はアピュラトリスについて関わるつもりはなかった。ダマスカス人ではあっても富に興味はないし、あくまでエルダー・パワーとして来ている。しかし、こうした考え方をする人間が集まっているとすれば、それはとても怖いことのように思えたのだ。だから聞かずにはいられなかった。
「全員ではありません。人にはそれぞれの段階がありますから。ですが、大半の人間は受け入れております」
 キリルは平然とそう答える。ごくごく当たり前かのように自然に。
「そうですか・・・」
「志郎、気にするなよ。ここはそういう場所なんだろうぜ」
 デムサンダーも志郎と同じ思いであったがここはアピュラトリス、畑違いの場所である。富を求める人間においては聖地であってもそうではない志郎たちにとっては外側の世界なのだ。
 アピュラトリスは見方によっては光にもなり闇にもなる。それも人それぞれの視点なのだ。

「エリス様はどうお考えですか? あなたは電池として役目を全うするおつもりですか?」
 キリルは今度はエリスに尋ねる。この考えが正しいか否かを問う。
 エリスにしても電池という言葉は初耳である。その電池という存在がどんなものにせよ、あまりいい響きではない。同時にろくなものではないのだろうと容易に想像できる。
「私に断言はできませんが、あなたが望むものならば何でも手に入るでしょう」
 見返りは富である。キリルもそれは肯定する。それがどの規模であれアナイスメルの存在価値と比べれば些細なものなのだ。
 たとえば現電池のユウト・カナサキの望みは分相応の小さなものであった。それなりに出世して、それなりに金を持ち、それなりの余生を過ごす。ただそれだけの小さな望みである。ただ、当人には重要で大きな望みなのだ。
 では、エリスは?
 エリスが望むものは何だろうか。
「つまりあなたは、私の【願望】を聞きたいのですわね」
 エリスの問いにキリルは頷く。
 願望とは、さまざまな欲求が集まって生まれたものである。肉体的な欲求が強まればより物的要素の意味合いの強い願望になり、精神的満足を求めれば願いも精神的になる。たとえば、前者は財産や快楽を求め、後者は思想の実現を欲する。
 しばらく思案したのち、エリスは答えを告げる。
「わたくしの望みは簡単には申し上げられません。それは大切なものですもの」
 しかし、と前置きしてエリスは続ける。
「もし言葉にすることで実現するのならば、わたくしはダマスカスに【尊厳】を取り戻したく思っております」
 エリスの目的はフォードラ家の再興である。ただ、それは目的にも手段にもなる。なぜならば彼女にはより大きな目的があるのだ。フォードラ家はその足がかりにすぎない。
 では、それを足がかりにして得たいものとは何か。

 それは尊厳。誇り高き意思。

 エリスは父親の死後、ダマスカス社会の汚点というものをまざまざと見せつけられてきた。家の制度はまだよいにしても、富に執着する者たちによる悪質な社会構造を目の当たりにしてきた。
 己の利権しか考えない者たち、非道で卑劣な者たちが権力構造の上部に鎮座し、自分たちに都合良く物事を進めようとしている。それはあまりにもおかしな状況であった。
 そして彼女が一番許せないものが、【堕落】である。
 女性を世継ぎの道具のように扱う風土も我慢できないし、富に溺れ日々享楽に耽る者たちへの嫌悪感も募っている。度が過ぎるのだ。この国はあまりにも汚れてしまった。
 その時にエリスにとっての【敵】が決まったのだ。
 それはダマスカス自身である。
 ダマスカスの富という幻想に囚われてしまった人々を解放することであるのだ。

 それは一つの出会いがきっかけであった。
「再起が上手くいかず傷心していたかつてのわたくしは、地方の山で一人の木こりに会いました」
 木こりは富を得るために木を切り続けた。木は毎日値が変わり、大きな木を切っても金にならなくなってきた。そのうえもう大きな木は残っておらず、嘆きながらまだ成長途中の小さな木も切り続けた。次第にその山は禿げてしまい、エリスが見た時にはもう何もないような状況であったのだ。
 あまりに不思議な様子だったので思わずエリスは声をかけた。そして、沈んだ顔で彼は言った。
「金にならないが切らねば生きていくこともできない。どうして自分はこんなにも貧乏なのだろう」
 エリスは愕然とした。男を軽蔑したからではない。むしろ逆だった。
 その姿は自分でもあり、また自分が辿ろうとする未来でもあり、誰もが簡単に入り込んでしまう迷路であると悟ったのだ。もう一人の自分を見て、自分という存在を初めて違う角度から【視認】したのだ。
 その瞬間、何かに火が付いた。
 今まで自分の中に鬱積していた不安や恐怖を燃やすほどの熱が点火されたのだ。それは瞬く間に燃え広がっていった。
 燃料はすでにあった。そう、すべてが上手くいかずに傷ついていた日々、それこそが壮絶な燃料としてエリスの中に根付いていたのだ。その数は膨大、溢れかえるほどの量!

 そして彼女は【変える者】となった。

「物が溢れたことで愚かにも価値観まで見失ってしまいましたわ。愚か、いや、哀れですわね。このアピュラトリスそのものこそ【愚者の塔】であることを知らないのですから」
 それはかつての自分への言葉だったのかもしれない。だからこそ最大の皮肉を込めて言うのだ。
 誰もがここを富の塔と呼ぶ。
 富を求めて最後に行き着く場所だと思っている。
 それはエリスも同じこと。富を求めてのこと。
 だがしかし、今の彼女の目的は違った。富をもって富を制する。毒をもって毒を制するごとく。
 それがエリスの答えである。

「それが可能だと思いますか? このアピュラトリスは巨大な存在です。それでもあなたの覚悟は変わりませんか?」
 キリルはエリスに再度問う。
 エリスはキリルの目をまっすぐ見据えて言うのだ。
「それが夢見る少女の儚い夢であっても、わたくしはそうすると決めたのです」
 エリスが決めたのだからそうする。それは実際にそうなるのだ。少なくとも彼女自身の中においては。
「ダイトウジ様はどう思われますか?」
「え? 僕ですか?」
 いきなり話を振られたので驚いたが、志郎・ダイトウジは少し考えてから静かに語った。
「エリスは・・・正しいと思います。できればやり方は穏便であってほしいですけど」
 彼女がどんなやり方を考えているのかはわからないが、エリスの言葉は志郎には普通に思えた。むしろ彼にとってはそれが良いとか悪いとか考えるほうがおかしいのだ。
 しかし、人は迷うものだということも知っている。何かが、おそらくは富というものが人を狂わせてしまったのかもしれない。本来ならば人を幸せにする道具が、いつの間にか人間の主人になってしまったのだろうと。
「デムサンダー様はどうでしょう?」
「俺はどっちでもいいさ。関係ない話だからな。だが、そいつが言ったことは間違っちゃいねーと思うけどな。少なくともあんたの話よりはマシだったぜ」
 そう言うデムサンダーであるが、エリスの言葉には十二分に共感していた。彼もまた、ここまでして守らねばならない塔を作ったこと、そんな一部の人間が扱う権益が存在すること自体が気持ち悪い。そう思っているのだ。
 ちなみに意見を聞かれなかったディズレーも主人と同じ気持ちであることは間違いないだろう。おそらくは。

「なるほど、よくわかりました」
 キリルは次のブロックが存在する扉を開けると、まず自分がそこに入った。それから四人を見て笑みを浮かべる。その笑みは優しさと柔らかさを備えた、さきほどとはまるで違う素敵な顔であった。
「合格です。あなた方には先に進む権利があります」
 キリルはとても満足そうである。それを見たエリスが対照的に少しだけ不満そうに愚痴を述べる。
「試されるのは好きではありませんわね」
「ですが、力を求める者には資格が必要です。少なくともあなた方は未来を見ておられます。ダマスカスにはその想いが必要なのです」
 それから神妙な顔つきで志郎とデムサンダーに対する。
「戦士たちよ、どうかその方を守ってください。そして一時いっときの【敗北】にけっして心を打ち砕かれてはいけません。勝利とは、敗北の後にやってくるのですから。どうか心に留めておいてください」
 キリルの雰囲気がまるで違っていることに志郎は困惑を隠せない。最初に感じたやり手の事務員の印象とはまったく異なっている。今はその言葉の重みと深みが強調され、まるで予言者のようでもあった。
「キリルさん、それはどういう・・・」
 と志郎が言おうとした瞬間、周囲に設置されていた隔壁が降り、通路ブロックに四人を閉じこめる。瞬間的にデムサンダーが動いて壁を押すがビクともしない。
 隔壁は特殊な強化ガラスで作られて透けており、閉じ込められた状態でもキリルの顔ははっきりと見えた。言葉は聞こえなかったが、その唇が動いたのは志郎にはわかった。
 それを確認したキリルは静かにその場を去っていった。

(今のは・・・)
 キリルの口はたしかに意味ある言葉を述べていた。だが、それを思い出す間もなく周囲からガスが注入される。ガスは一気に密室内に充満していく。
「うっ・・・志郎・・・、これは何です・・・の」
 耐性のないエリスとディズレーはすぐに意識が朦朧とし、崩れ落ちるように意識を失った。かなり即効性の高いガスのようだ。
 志郎とデムサンダーは、二人が怪我をしないように崩れる寸前に受け止め、着ていたジャンパーを下に敷いて仰向けにして寝かせる。二人からは静かな寝息が聞こえている。それは間違いなく生きている証であった。それを見て志郎は安堵した。
「睡眠ガスだね。それもかなり強力だ」
 志郎はすぐにガスの性質を見極めた。エルダー・パワーではさまざまな毒物に対する耐性を高めるための修練があり、実際に毒や神経ガスを使って身体を慣らしている。慣れると神経の感覚からどんな種類の毒であるかがすぐにわかるようになるのだ。
「金持ちの歓迎の仕方ってのは変わってやがるな」
 デムサンダーもガスの中にあって平然としている。多少くらっとするが、動きや思考にはまったく問題がない。日々の修練の賜物である。
「で、やっぱり普通じゃないってことだろう?」
 デムサンダーの問いに志郎は頷くしかない。どう考えても客人を迎える態度ではないのだ。それに通路はかなり広いのに、他の職員がまったくいないことも気になっていた。
「やっぱりオッサンの言葉が当たっていたってことか」
「そうみたいだね」
「で、どうする?」
 デムサンダーはこれから起こるであろう出来事を想像し、にかっと笑う。志郎はそんな楽しい気分ではなかったが、ここまで関わった以上は突き進むしかないと覚悟を決めた。
「行こう。何かが起こっている。それを確かめないとね」
 志郎は右腕のリグギアスをすっと外した。次に右手を使って左腕のリグギアスも外す。それを見てひゅーと口笛を鳴らすデムサンダー。
「相変わらずえぐいな。拘束具ってのは拘束するからそういう名前がついているんだぜ?」
「そんなこと言われてもな」
 志郎は苦笑いをしながらデムサンダーのリグギアスも外していく。
 志郎には天賦の才ともいえる特殊な能力がある。彼が護衛に向いている最大の特徴とは武術ではなくこの能力なのだ。彼にはいっさいの拘束が効かない。あるいは中和してしまう特異な体質であるのだ。加えて縄抜けなどの技術はエルダー・パワー随一である。

「このガラスはちと硬いな。それに厚い」
 デムサンダーは強化ガラスを叩いて強度を確かめる。これもさすがアピュラトリスというだけあって特注のもののようだ。先が見えるほど透明ではあるが、厚さは三十センチ以上あり、人間の力では到底破壊は困難に思える。
 武人であるデムサンダー単独でも壊せなくはないが、それには相当な労力が必要になりそうだ。よって最良の選択肢を選ぶことにした。
「じゃあ、頼むわ」
「わかった」
 そう言われた志郎は強化ガラスに両手を置き、強い声を発した。
「はっ!!」
 両手から振動が生まれ強化ガラスの内部に流れていく。力は内部で波を打って共鳴し、存在そのものを揺らしていく。
「ご機嫌にいくぜぇええーーー!」
 そこにデムサンダーが重い蹴りを放った!
 衝突した打撃力が志郎の発した波に共鳴してガラス全体を激しく叩く!!
 瞬間、ガラスは粉々に砕け散った。あの重く厚い強化ガラスが内部から粉々になったのだ。その威力や想像を絶する。
 だが、彼らにしてみれば普通のこと。何事もなかったかのように軽い口調でデムサンダーは倒れている二人を指さす。
「お嬢様と爺さんはどうする?」
「安全な場所にまで連れていったほうがいいね。持っていこう」
 すでにアイテムのような扱いをされている二人。相手側の考えがわからない以上、ここで離れるのは逆に危険だと考える。
 かといって今から戻るにしてもすでに背後にはいくつもの隔壁が降りてしまっているし、志郎とデムサンダーが分かれるのは危険であろう。仮に単独であればこのような仕掛けを排除することも容易ではなかったのだから。
「ってーと、道はあっちしかないわけだが・・・」
 内部へと続く道は綺麗に通っている。それは明らかにキリルの意思が志郎たちを中へと導いている証拠であった。
「キリルさんは敵なのかな?」
「さてな。そもそも敵がいるのかもわからねーしな。ただ、相変わらず女は見た目で判断しちゃいけないことがよくわかったぜ」
 当然だが、すでに志郎たちはキリルをアピュラトリスの事務員だとは思っていない。彼女が何者なのかを知るには中に入っていくしかないのだろう。
 志郎は、自身の嫌な予感が真実であることを確信するのだった。
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