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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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九話 「RD事変⑧」

   †††

 地下十階はまるで陸上にある基地ベースのようであった。
 ここだけ他の階層よりも大きく造られており、エリア一帯は三層に及ぶ強固な特殊防護壁で守られている。天井まで完全に覆ってしまうそれはまるで難攻不落の城壁のようにも見える。
 ナカガワの指示によって防護壁はすでに下ろされており、ここから上に行くことも降りることも容易ではない状況になっていた。
 アピュラトリスの機密性を考えれば司令室はより地下に配置されそうなものだが、十階にあることには意味がある。
 一つはシビリアンコントロールによってできるだけ軍人との距離を保つこと。これは前に述べた通り、将校クラスの人間が天下りや他の思惑から接触してこないとも限らない。それを防ぐためである。
 忘れてはならない。ここはまるで外のような広さだが【密室】なのだ。密閉された空間では万一のことも考えなければならない。人間は人間以上にはなれないのだから。
 もう一つは、ここが【要所】だからである。
 仮に上から敵が攻めてきた場合、この十階で食い止められないほどの規模だと判断された場合は、司令室が放棄された時点でここから下の全階層の隔壁が下りることになっている。
 一度こうなってしまえば頭を引っ込めた亀と同じだ。ひたすら上からの攻撃に耐え続ける【地下要塞】と化す。蓄えは十分にあるので攻略することは非常に難しい。
 しかし、それはあくまでセオリーで攻めてくる相手に対してである。地下から来ることは想定されていない。
 それでも万一の事態、ありえないことではあるが、たとえば軍隊の半数程度が裏切った場合、地下から上への侵攻に備えて司令室が十階にあることには大きな価値があった。
 どちらにせよ、司令室と制御室を同時に落とすことはできないように設計されているのだ。

「すでに敵が待ちかまえています。お気をつけください」
 マレンからの報告では、すでに下りた防護壁に加えて狙撃兵や重装甲兵が配置されているとのことだ。
(手際が良いな)
 オンギョウジはナカガワの手腕に感嘆する。
 おそらく情報が伝わってからさほど時間は経っていないはず。それでもすでに打てる手はすべて打っている手並みは見事である。特別な才能はないが、すべての基本を迅速に行える将であると感じた。
 実際、ナカガワの海軍での評価もその通りである。司令官というよりは堅実な案を出す副官に向いており、彼がいまだ准将であるのは優れた将軍の副官として活躍していたからだ。
 ただ、彼はその人生で満足していた。自由を愛し、海で生きられればよいと考えていた。バクナイアのような野心は持っていなかったのだ。その彼に襲いかかった災難はこれから佳境を迎える。

 オンギョウジたちが十階の扉を開けた瞬間、待ちかまえていた兵士たちが発砲を開始する。
 警告などは一切しない。相手を確認もしない。すでにナカガワの命令で現れる者は射殺してもよいとされているのだ。そして、守っている兵の質も今までよりも高く、練度は新兵とは比較にならなかった。
 彼らはナカガワが赴任すると同時についてきた海軍の兵士である。年代は多少ばらついているが二十年以上実戦を積んできた叩き上げの【海兵陸戦隊ネイビーズ】であった。
 MGや戦車は基本的に海での活動ができない。それもまた人間と同じ弱点を持っているからだ。
 よって海での戦いは艦隊による砲撃戦が主体である。近年、戦艦の装甲や障壁が劇的に進化しつつあり、艦隊戦だけで勝敗が決まることは少なくなってきた。
 そうなればネイビーズの出番である。彼らは相手の戦艦に乗り込んで白兵戦闘を行うために生まれた隊である。陸軍と同じ、いや、海で戦うことを想定してさらに厳しい訓練を潜り抜けてきた兵士なのだ。
 ナカガワは現場主義の人間である。紛争地域の海外派兵にも加わり、実際に戦争を体験している。ネイビーズもまたナカガワとともに生き延びてきたのだ。
 その力、侮ってはならない。

 使っている武器は下にいた兵士と同じ最新のアサルトライフル、MUGムッグ4000であるが、狙いはより正確である。二十五人の兵士が同時に撃った弾は、先頭で突入した護衛のロキN3を確実に捉えていた。
 護衛のロキN3が直撃コースにある弾丸を払った右手が爆発する。
(むっ、これは)
 これが普通の弾丸でないことはロキだけではなくオンギョウジにもわかった。明らかに【違う力】が働いたのだ。爆発と同時にもっと凶悪な力が働き、ロキの腕に絡みつく。
(呪力弾か! まずいな)
 ネイビーズが使う弾丸には貫通弾に加えて【呪力弾じゅりょくだん】も混じっていた。
 基本的には対武人用に特化した小型の榴弾りゅうだん、いわゆる炸裂弾である。防御に出した戦気の力を半減させたり、動きを止めるものであったりいろいろとバリエーションがある。特殊なものになればなるほど値段が高い。
 今回は通常の軍隊で使っている炸裂呪力弾が装填されている。動きを止める効果はないが、より対人破壊力を増した凶悪な弾丸だ。本来海軍にはあまり支給されないもので、アピュラトリスだからこそ制限なしに使うことが許されている贅沢品だ。
 その効果は絶大。
 防いだロキの右手は戦気で覆っていてもかなりのダメージがあった。腕に絡みついた呪詛じゅそが肉体を破壊しようとうごめいているのも見える。ロキだからこそ耐えられるが、常人であればその呪詛によって一瞬で【食われてしまう】だろう。
 しかしながら、当然銃弾は一発ではない。何百発もの呪力弾が襲いかかる。ロキは護衛なので避けることはできない。五十発受けた段階でロキの腕では防げなくなった。N3は身を挺して結界師を守る。
 だが、事態はそれで終わらない。激しい爆発と同時に呪力弾が命中した証拠として術式が展開される。宙に文様が浮き上がり、威力はさらに昇華されようとしていた。

(まずい!)
 オンギョウジは【場が歪む】のを見た。
 呪力弾が一斉に爆発すると【術式連鎖】と呼ばれる磁場を生み出すことがある。これはあまりにも多くの術が同時にぶつかった場合にも起こる一種の【術式事故】で、複雑に絡み合った大量の術式コードに対して場の数式が耐えきれずに崩壊する現象である。
 数式が崩れると存在を一時消し去るリセット現象が起きる。簡単にいえば【大爆発】を起こすのだ。
 ロキは弾丸を受けた段階で両腕の肉が削げ、屈強な身体にもいくつか大きな損失が見える。しかもこれは対人用に組まれたプログラムである。崩壊が起こればロキであろうとも一瞬で消し飛ぶだろう。その余波は結界師にも及ぶはずだ。
 すぐさまオンギョウジは対応策を実行する。
「オン・マイタレイヤ・ソワカ!」
 真言を唱える。だが、今回は複韻ふくいんではない。式神防の重ねがけでもあれは防げない。
「理よ、砕け散れ!!」
 オンギョウジが唱えたのは魔王技「破邪顕生はじゃけんしょう」。その場の理の力をすべて無効化する魔王技の中でもより高度なものだ。一般の技能書には載っていない【秘術】である。
 その場で起こったすべての術式コードを上回る計算を行い、崩壊する場にもともとあった数式を【復元】する暗号解読術である。起こったエネルギーをそのまま利用するので精神力はあまり使わないが、より高度な計算能力が必要な術である。
 術は成功。すべてのコードを無効化した。それによって爆発は抑えられただけではなく、呪力弾の威力そのものを消し去った。術で生まれた弾丸ならば術によって消せるのは道理である。
 ただし、それは全部の理を強制解除したことを意味する。一般人からすれば何千桁という数の暗算をこなすようなもの。オンギョウジの術者としての実力がいかに高いかを思い知る場面である。
(予想以上の消耗だな)
 しかし、これはオンギョウジには望まぬものである。
 真言とは単なる力ある言葉ではない。キーワードによって自身の【リミッターを解除】するものなのだ。
 人間の筋肉と同じく、術式に対しても人間はそのすべての力を使っていない。それを真言によって強制的に引き出しているのだ。
 オーバーロードのような危険な禁術ではないが、一日の使用には限りがある。急いでいる場面か強力な相手にしか使いたくはないのが本音だ。
(この胸騒ぎ。まだそう簡単にはいかぬよな)
 オンギョウジにはまだまだこの戦いが簡単に終わらぬものだという確信があった。
 この司令室を制圧したとしても、おそらくもっと困難な状況がやってくることを悟っていた。
 なぜならば、これが宿命なのだ。
 自身がここにいること。こうして戦っていることもすべて定められた流れの中にあるのだから。

「警戒しろ! 上から来るぞ!」
 密偵タイプのロキN9が警告を発する。警備トラップが発動したのだ。
 天井から現れたいくつもの毎分四千発発射可能なミニガンが掃射を開始。それだけでも恐ろしいのに、続いて地面からは電流が流れ、侵入者を感電死させようとする。
 このエリアの装置はすべて司令室が管理しているので、従来通りの性能を発揮しているといえる。非常に厄介な存在だ。
 しかし、ロキという存在も侮ってはならない。彼らはこのアピュラトリスを攻略するために訓練を受けた者たちだ。万全の警備状況でもしばらくは対応できる力はある。
 ミニガンは結界師の支援を受けたロキN9が対処。放出した特殊合金で出来た網に戦気を流し、巨大な防護ネットを作って銃弾を受け止める。
 続いて剣士のロキN7が前衛に出る。ロキN7は自身の戦気を雷気に変え、足元から流れ出る雷気をすべて受ける。そして、それを剣王技【草薙くさなぎらい】として放射。
 草薙・雷にはいくつか使い方がある。そのまま剣衝と同時に放てば宙を飛ぶ広域の雷技となるが、地面に剣を突き立てて放てば地上から任意の場所に雷気を放出することができる。
 N7が使ったのは後者のほう。トラップの雷の力をそのまま雷気に変換して跳ね返す。
「ーーーーー!!」
 雷流はネイビーズの真下から放出。声なき声を上げてバタバタと兵士が倒れていく。地上から激しい雷が天井に向かって飛び交う姿は美しささえ感じる。
 この攻撃でネイビーズの三割が感電して死亡あるいは気絶した。

「なんてやつらだ! 普通の装備では耐えられんぞ! 重装甲兵を全面に出せ!」
 銃撃の間は下がっていた重装甲兵がぞろぞろとやってくる。彼らは重装甲のパワードスーツを着た兵士たちで、炎や電流などに耐性を持っていた。
 制圧戦で白兵戦闘となればまっさきに彼らが飛び出すので、重装甲兵は歩兵の華ともいえるだろう。右手には近接戦用の剣、左手には腕と合体した小型砲が装備されている。こちらもさまざまな種類の砲弾が装備可能である。
 パワードスーツはその動きよりも頑強さを重視して作られている。ロキたちといえど正面から戦えば制圧には時間がかかってしまう。ただ、それも想定済みである。
「重装甲兵は拙僧らに任せよ」
 オンギョウジと四人の結界師は護衛のロキに守られながら【陣】を形成する。
 術は単独で放つこともできるし、こうして複数人で共同で放つこともできる。ただ、同時に意念を集中させねばならないのでチームワークは非常に重要な要素となる。
 ここで一番難しいのは【心の調和】だ。術が思念で数式を組み換える作業である以上、雑念や敵意が少なければ少ないほど効率が上がっていく。それは人間関係と同じである。積み重ねた信頼や結束が高い波長となってより高度な仕事を可能にするのだ。
 オンギョウジと結界師はこの日のために特別な訓練をしてきた。己らの波長をすべて合わせるために調和を身につけてきたのだ。
 それが結実する。
「弱き者よ、永遠の氷土の中で眠りにつけ!」
 陣の中心部から猛烈な勢いで巨大な【冷気】の竜巻が発生。竜巻は周囲を一瞬で凍結させながら重装甲兵に向かっていく。
 魔王技【絶対零度】。これも高難易度の魔王技であり、術者の中でも限られた者しか使えない強力な術式である。
 オンギョウジも単独では使用できないので、こうした陣を形成する必要があった。本来ならば隙が生まれるので戦場では使えないが、今はロキという強力な護衛者がいるおかげで時間が稼げたのだ。
 吹雪は瞬く間に重装甲兵を凍らせていく。魔王技で放たれた冷気は戦気で生み出すものとは根本的に異なる。完全なる自然現象である以上、魔力障壁以外で防ぐことは難しい。
 アピュラトリスに術者はあまりいない。いたとしても回復の真言術を学んだ医療兵がいるくらいだ。なぜならば通常の使い手が時間をかけて術を使うよりも軍事用の救急セットや道具を使ったほうが効率が良いからだ。
 それはつまり、世界的に見ても高度なレベルの術を扱える者の割合が少ないことを意味していた。それもまた血が薄まったせいである。人は目に見える物質的なものばかりに固執し、それによって【見る目】を失ったのだ。
(世界最高のアピュラトリスでこの程度か)
 オンギョウジは少なからず落胆していた。世界の中枢を謳うのならば、この程度は簡単に弾いてほしいという矛盾した思いもあるからだ。もしこれが自身の師であれば片手で難なく防いだであろう。
 だが、これこそが世界の実情。オンギョウジたちから見ればアピュラトリスの繁栄など本当の力とは程遠いのだ。

 そうしている間にロキN5が広域技を完成させ、集めた戦気を大地に叩きつける。
 覇王技【覇王はおう土倒撃どとうげき】である。これは本来、拳衝によって土石流を発生させて広域にダメージを与えるものだが、こうした鉄の地面で使うと戦気が大地を這うように動き、巨大な波となって襲いかかる。
 その戦気の波は重装甲兵が凍って動揺している兵士たちを直撃。衝撃は全包囲、五百メートルにまで伝わり、壁の上に配置されていた狙撃兵をも薙ぎ倒す。なまじ防護壁が下ろされているので彼らには逃げ場がないのだ。
「今だ。突き進め!!」
 攻撃指示を受けたロキN5、N7、N9が兵士たちを駆逐していく。すでに統制は乱れていたので問題なく制圧できるだろう。しかし、防護壁は下りたままである。このままでは司令室にも行けず、上の階層にも上ることができない。
「オンギョウジ様、一秒だけ時間を作ってもらえますか?」
 マレンから連絡が入る。その声には不安も焦りもない。彼らにとってみればこのような事態も想定済みなのだ。
「心得た。皆の衆、アレをやるぞ!」
 再び五人の法力僧による陣が作られる。
 今度は攻撃の術ではない。彼ら結界師がもっとも得意とする結界術を披露する。
「オン・オン・オン! オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ!」
 五人が真言を詠唱。
 真言にはいくつか種類があり、それに適応した潜在意識のリミッターを外すことができる。これらは【十王じゅうおう真言】と呼ばれ一般道場では教えない秘術に分類されている。
 オンギョウジたちが使ったのは、真言の中でも最高の力を引き出すものである。これを単独で扱える術者はおらず、彼らも五人だからこそできた芸当である。
 各自から発生した大量の念霊が術を支援し、五人の意識は完全に同調した。次の瞬間、巨大な磁場が生まれる。その強烈な力場はエリア全体に広がり、すべての電子機器を機能停止へと追い込む。
 真結界術【磁縛円じばくえん】。この術は隠行術などの一般的な結界術とは異なるカテゴリーに存在し、結界術を専門とする者にしか扱えない上級技である。しかも真言を使ったとしてもオンギョウジ単独では発動不可能な大技だ。こうして五人が力を振り絞ってようやく扱える。
 これは今回、潜入が失敗した場合に備えて用意した保険の一つである。その保険を使ったのは痛かったが、それだけの価値はあった。
「マレン殿!」
「アクセス権、完全掌握しました。全隔壁を解放します」
 その隙をついてマレンが非常用のコードで隔壁操作を乗っ取った。これは司令室に異常があった際、あるいは敵に制圧された場合にのみ使用可能なコードで、制御室がすべてのコントロールを奪うものである。
 しかし、これらの操作は通常何十人ものスタッフが同時に行って数分はかかって行うものだ。一秒でできる者は少ない。ルイセ・コノに隠れてはいるが、マレンもまた優れたハッカーの一人であった。

「ここは任せる。貴殿らの成功を祈るぞ」
 上の階層に続く隔壁が開けられたのを見て、オンギョウジは予定通りに司令部の制圧を三人のロキに任せ、護衛のロキ四人と結界師とともに上層に向かった。
 大きく負傷したロキN3は、この間に自分の吹き飛んだ指を何本か拾い、とりあえず適当に医療用接着剤を使ってくっつけていた。
 それを司令室のモニターで見ていたナカガワは苦笑いをする。
「あのデタラメな連中はどこかの喜劇団かな?」
 普通ならば即死のはずの呪力弾を平然と受け、身体の部位が吹き飛んでも飄々としている連中は、もはやジョークにしか映らない。
 そして、残った三人のロキは次々と開いていく隔壁の隙間に飛び込み、兵士たちを倒していく。兵士たちは応戦するも、警備トラップが今度は逆に自分たちに襲いかかり、頼りの防護壁も解放されていく中では勝ち目はない。
 しかもすでに護衛する対象がいなくなったロキの動きは段違いであった。見回す限り敵なのだから広域技や広域手榴弾を使いたい放題である。水に絵の具を垂らしたかのごとく、エリアが瞬く間に血の色に変わっていく。
(ミスターアズマはあんな連中と戦っているのか)
 もはやジェノサイドに近い一方的な殺戮になりつつある。こんな相手と戦える武人など軍でもそうはいないだろう。アズマがいなければもっと不利な状況になっていたことを思うと、いまさらながらに彼への感謝を感じずにはいられない。
 おそらく彼も無事では済まないだろう。いや、生きて帰れる可能性も低くなってきた。
(せめてこれから起こる【惨事】の被害が最小限であることを祈るよ)
 もはやナカガワにできることは祈ることだけである。ただ、その前に一つやらねばならないことがあった。最後にそれを粛々と遂行する。
 後世、歴史家の間ではこの行動の是非が問われることになった。しかし、この決断こそが、彼が人間として優れていたことを証明することになるのだ。当人にも後悔はなかっただろう。

   †††

 その頃、ユニサンとアズマの戦いも佳境を迎えていた。
 激しい戦気で圧倒するユニサンと、肺を損傷して練気が難しくなり一撃必殺の機会をうかがうために防戦に徹するアズマの構図である。
「うおおお!」
 ユニサンのラッシュも今までとレベルが違う。スピードも上がっており、かわすのも精一杯だ。
 しかし、すでにユニサンの消耗は明らかである。戦気の爆発に加えてオーバーロード〈血の沸騰〉まで起こしているのだ。その代償は着実に身体に表れてきていた。
 ユニサンが虎破を放ったとき、彼の内部では筋肉の断裂といくつかの骨折が起こっていた。この頑強な体躯の男でさえオーバーロードには耐えられないのだ。これはそれだけ危険な技である。
(あと五分といったところか)
 ユニサンは自己の死期を悟る。
 通常、オーバーロードを使った人間の寿命は平均して十分から二十分。これは武人の強さにはあまり関係しない。なぜならば、血が強ければ強いほど引き出す力も強くなるので、誰もがだいたいこれくらいの時間で死に至る。
 しかも、この技が禁断とされていることには理由がある。一度でも使えば一瞬であっても後遺症が残るうえ、場合によっては血の温度が少しずつ上がっていき、いずれは死んでいく。今までのデータでいえば、使用後一年での致死率は百パーセントである。
 ただし、何事にも例外もある。もしこの場に【王】がいれば、その【王気おうき】が強ければオーバーロードの後遺症を抑えることができる。王とは人を導く存在。生まれながらにその宿命を与えられし存在。それゆえにその想いは、心は、愛は、武人すら癒すのだ。
 しかし、この場には王はいない。ユニサンの死はほぼ確定していた。
(だが、それが何だというのだ。この身のすべてを捧げてこその戦いよ!)
 次の虎破で右拳が砕けた。それでもユニサンは攻撃をやめない。少しでも攻撃が遅れればアズマに反撃の機会を与えてしまうからだ。
 アズマは、そんなユニサンを見て初めて哀れみの情を覚えた。今まで剣を極めることしか興味がなかった自分が、まさか敵に憐憫を覚えるとは思わなかった。
(剣は己の鏡。拳もまた同じか)
 怒り。憎しみ。それだけではない。そうした自分をまた嫌っているのだ。ユニサンの拳からは、戦いをやめられないで傷つき続けている哀れな男の【涙】を感じる。
(ならば、俺が止めてやろう)
 それが今日ここでまみえた自分の役目なのだろう。そのための剣なのだ!!

「今、すべてをかける!!」
 このまま続けていても自滅は必至。ユニサンはここで勝負に出た。
 両手に巨大な炎気を集め、右と左、同時に炎龍掌えんろんしょうを放つ。
 階段とはいえ密室に近い場所。そこで放たれる炎龍掌の威力は通常の何倍も脅威となる。もはやユニサンも狙ってはいない。全戦気を練って生み出した炎で全方位を焼くつもりである。
 アズマは攻撃と回避に優れた剣士であり、防御力自体は並である。今までかわしていたのは彼の技量であって耐久力ではないのだ。だからこそ、これはまずい。
「だが退かぬ! そのような気迫を見せられて退かぬが武人の生きざまよ!」
 アズマはそれを受ける。
 この攻撃はユニサンが死を覚悟して放つもの。どのみち逃げては両者が死ぬしかない。ならば、勝負して勝つほうを選ぶ!!!
「俺はお前の【才】に届かぬであろうな」
 アズマの言葉は皮肉ではなかった。
 両手からの炎龍掌。実は炎龍掌を両手で放つことは非常に難しい。無防備にもなるし、器用でなくてはならない。もちろん、ユニサンは器用ではない。むしろ不器用だ。彼は努力と並々ならぬ気迫によってこの技を体得したのだ。その必死な努力はアズマには伝わっていた。
 ユニサンを見て心底思うのだ。自分にこれだけの気迫があっただろうか、もしこの必死な努力があればもっと上に行けたのではないか、と。
 自身では全力でやってきたつもりであった。だが、甘かった。何が彼をここまでの努力に導いたかはわからないが、目の前の男は心から尊敬に値する武人であった。
 だからこそ、全身全霊で挑むのだ!

「我は剣とともに生きてきた! この剣に斬れぬものなし!」
 アズマは神刃を放つ。今度は戦気を刃だけに留めず、前方に放射するイメージで斬る。これを応用技の【神刃じんばりん】と呼び、通常は三メートル程度の神刃の間合いを二十メートル以上に伸ばすことができる。
 理論的には剣衝と同じなのだが、込められた戦気の質、放たれた速度によってまったく別の技にまで昇華される。威力を保つにはその分だけかなりの消耗を強いられるが、もはや隠しておく余裕もない。
 放たれた一撃は炎の渦を切り裂き、その勢いのままにユニサンの広げた状態の手のひらに襲いかかる。輝く戦気の刃がユニサンの手を引き裂いた。
「ぬぐぉおおおお!」
 神刃・輪を受けたユニサンの左手は、手のひらごと肘のあたりまで真っ二つに裂けた。その威力は彼の肉体ですら簡単に切り裂くことを証明する。
 この攻撃で階段中を包む炎にぽっかりと穴が生まれた。これがユニサンとアズマを結ぶ【線】となるだ。
 そこにアズマは一撃必殺の思いを込めて飛び込む。ユニサンは右手で応戦しようとするが、すでに剣士の間合いである。
「神刃!!」
 煌めく閃光がユニサンの右腕を斬り飛ばす。CTスキャンで撮影したように、切断面は実に綺麗なものだった。血液すらも噴出するのを数秒待ったほどである。この剣技の質も紛れもなく日々の鍛錬で培ったものであった。
「ぐううう!! うおおおお!」
 両手を失ったユニサンは、傷口から侵入した自身の発した炎に焼かれる。痛みとショックで練気れんきが上手くできないのだ。自身を守る防御の戦気すら生み出せず火だるまになる。
「手加減は無礼! 続けて参る!」
 アズマはその状態のユニサンの腹に刀を突き刺す。刃は臓器を破壊しながら貫通。そして刺したあとにさらに回転して力強く刀を薙ぎ払う。
「ごふっ・・・」
 腹で爆発が起こったかのような衝撃。大量出血。だが、彼の闘志は衰えない。身体全体でアズマに体当たりを仕掛ける。
 その意思、強さ、あまりにも見事。
「今、お前は友となった!!」
 それゆえにアズマは体当たりをかわさず、自らも飛び込む。先に届いたのはアズマの刀。今度は心臓を貫いた。一瞬、ユニサンが止まる。
 この一撃で、ユニサンの目から一瞬光が消えそうになる。意識が薄れそうになる。
(ああ、このまま死ぬことが許されれば、俺は・・・)
 ユニサンは甘い誘惑に駆られた。それができるならばどれだけ幸せだろう。今まで戦ってきた重荷から解放されるのだ。
 しかし、しかしだ!!
「俺はまだ死なん!!!」
 かっと目を見開き、心臓を貫かれたとは思えないほどの跳躍を見せてアズマと距離を取った。
 刃が抜かれた身体からは大量の出血が見られる。同時に身体を焼かれているにもかかわらず、彼は立っていた。

「そうだろうな。わかっていたよ」
 アズマは驚かない。
 もはやそんなレベルの戦いではないのだ。この戦いは、どちらかの精神力が尽きるまで行われるものだ。ユニサンの怒りはまだ消えていない。しかし、もはや死は間近。ユニサンにもそれはわかっていた。
「はは・・・ははは。強いな。お前は・・・強い」
 これがユニサンとアズマの本来の実力差である。もしロキたちがいなければ勝負はもっと早くついていただろう。ユニサンがいくら努力しても到達できない場所にアズマはいける。才能の差なのだろうか。それがユニサンには悔しい。
 勝ちたいからではない。この構図は富める者と略取される者ものとの関係にそっくりだからだ。彼らに抵抗しようとしても潰されてきた過去を思い出すからだ。
「名を・・・聞こうか」
 ユニサンは黒刀の剣士の名を聞く。ユニサンは今まで相手のことなど気にせずに殺し続けてきた。富める者たちの味方をする人間はすべて敵だと思ってきた。
 だが今、この誇り高い剣士に対して敬意を払うのだ。
「ジン・アズマ」
「俺は・・・ユニサンだ。だが、もはやこの名も・・・意味を成さなくなる」
 ユニサンはがくっと膝をついた。身体からは力が抜けており、そのまま額が大地に激突する。
(ああ・・・不思議と心地よい)
 ユニサンがこうした土下座のような格好をするのは初めてではない。一度は【しゅ】に対して許しを請うたとき、そして忘れるほどの回数を強要された【過去】と比べても、これほど気分が落ち着くものはなかった。
 それは全力で戦い、全力で散った武人にだけ与えられる【幸せな瞬間】である。
 武人とは戦うための存在。生きて、生きて、生き続けた人間だけがこの至福を味わうことができる。
 だが、それはユニサンが普通の武人だった場合である。もしそうならば、きっと幸せな最期だっただろうと思われる。

 しかし、しかし、彼は【悪魔と契約】していたのだ。
 それが何を意味するのか、アズマは、いや、すべての人間は知ることになるのだろう。
 あの男は、悪魔と呼ばれる男はもはやそのような陶酔の中にはいない。ただ冷徹に物事を成し遂げるだけの存在なのだから。

「・・・?」
 アズマは最初、それが死に抵抗する仕草だと思った。
 ユニサンは額を床に打ちつけ続ける。何度も何度も、何十回も。
 四十五回目にして額が割れた。アズマにはその意味がわからなかったが、ユニサンは笑うのだ。
「はははは!! 俺はここまでだ!! だから・・・今度は・・・お前たちが・・・」
 【最期】の言葉は聞き取れなかった。

 そう、この時にユニサンは死んだのだ。
 ユニサンという人間は死んだ。
 だからなのだ。
 だから、こうなったのだ。
 彼は【器】になったのだ。

「っ!!」
 突然アズマはユニサンと距離を取った。それもかなりの距離だ。
(何だ? なぜ俺は下がった)
 それはアズマ当人にもわからない理由だった。ともすれば武人としての本能が危険を告げたのかもしれない。
 【ここにいたら死ぬ】と。
 馬鹿な。そんなことはない。もう相手は死んだではないか。誇り高い戦士は自分が殺したのだ。
 だが、だがしかし。どうしてもそうは思えない。なぜならば【死期】を感じるからだ。自分の本能は自分がここで死ぬことを教えていた。

 ごぽっ。
 何か液体がこぼれるような音がした。
 それはユニサンから聴こえたのだろうか。

 そう、ユニサンの額から聴こえたのだ。
 ごぽ、ごぽ、ごぽぽ。
 まるで歌うように刻まれる音は少しずつ大きくなっていった。リズムが生まれ、同時にユニサンの身体が揺れ始める。
「なんだ、何だこれは!!」
 アズマは叫ばずにはいられなかった。明らかに何か別の意思が介入しつつある。これは汚すものだ。戦いを冒涜するものだ!!
「誰だ! お前は誰だ!!」
 アズマは恐怖した。怖い、怖いのだ。
 これから何が起こるのかわからないという恐怖ではない。このアピュラトリスに向けられた憎悪や怒り、その【裏側】にあるものの気配がするのだ。
 それと比べればユニサンが発した怒りなど子供の癇癪にも満たない可愛いものである。だが、これはそんなレベルではない。

 悪魔がアズマを見ていた。
 悪魔は、ユニサンの額からアズマを見ていたのだ。

「うううっ!!!! うあああ!!」
 恐れずにはいられない。すべてを見透かすような目。それでいながら甘美で自分を引きつけてしまうかのような視線。むくりと立ち上がったユニサンの顔を見て、アズマはさらに恐慌に陥る。

 その顔には、いつの間にか【般若の面】がつけられていた。

 彼の両腕はすでに破壊されており、倒れたときも動いていなかった。普通に考えればどうやっても仮面を手で付けることはできないはずだ。だが、間違いなく仮面は存在している。
 その般若の面がごぽごぽと音と立ててユニサンの顔と【癒着】していく。これこそが自分の本当の素顔であるのだと主張するかのごとく、当たり前に、自然に融合していく。
「うおおお!」
 アズマはとっさにユニサンに向かって駆けていた。今ならば間に合う。早く刃であの額を破壊しなくてはならない。そんな気がしたのだ。
 しかし、刃が額に到達する前にアズマは何かに吹き飛ばされた。横から強い大きな力で殴られた感覚だ。不意の攻撃に直撃をくらい、壁に叩きつけられる。
 激痛に耐えて自分を攻撃したものに視線を向ける。

 それは【腕】。
 かつてユニサンであった者から新たに生えた腕だった。

「馬鹿・・・な。再生するのか!」
 切断された右腕、破壊された左腕が急速に自己修復を開始していた。それどころか腕はさらに一回り大きくなり、肌の色も黒く変色していく。
 メキメキと膨れ上がった筋肉に押されて背骨が折れる音がする。だが、それも次に生まれる、より強靱な脊髄が発した【産声】でもあった。
 アズマは奇異な光景と圧倒的な存在感に動けなかった。何が起きているのか理解できなかったのだ。
 わかることは、今このようなことが現実に起きていること。そして、自分やユニサン以外の何か別の大きな力が働いていることである。その力がこの現象を引き起こしているのだ。
 そして、一分間でユニサンであった者は、般若の顔をした【鬼】へと完全に変わっていった。仮面はすでに顔と完全に融合を果たしており、もはや永遠に剥がれることはないだろう。
「ふぅううう・・・」
 ユニサンには意識があった。過去の記憶もある。今戦っていた時の感覚も残っている。 しかし、それは生前の意識に似ていた。昔そんなことがあったな、と思う程度のものだ。それほど今の自分は【違う存在】になったのだと実感する。

 自分以外の大きな意思を感じる。
 その意思は、猛り狂っていた。
 世界を憎んでいた。
 哀しみ、怒り、憎しみ、そういった負の感情を集めていた。
 全世界の弱者の声が聞こえる。
 強者を殺せと。奪う者から奪い取れと。

「これが・・・【賢人けんじんの力】か」
 この般若の面は賢人の遺産、かつての賢しい技術によって生み出されたものだ。
 もちろん、最初からお面として存在していたわけではない。額に埋め込まれた【とある物】から今この瞬間に生成されたのだ。そのために彼はバンダナをつけていた。その【手術】の後を見せないために。
 それは自身も忌み嫌うものである。あくまで最後のアーズとして戦う自分には不要なものであった。だが、もう死んだのだ。最後のアーズはもう死んだ。今いるのは【かつてユニサンであったもの】にすぎない。
 もともと大きかった身体も二回りほど大きくなっており、肉体からは力が溢れてくる。黒い身体に般若の顔。その姿はまさに【鬼】と呼ぶに相応しかった。
「この憎しみ、怒りをおぉおおお!」
「っ!!」
 ユニサンの右手がアズマに迫る。速い。速度も明らかに生前とは異なる。筋力そのものが人間のものではない。
 アズマは刀を盾にして回避。ユニサンの拳と衝突。ガリガリと刃が硬いものと擦れる音が聞こえる。
(『真断またち』が削れているだと!?」
 この黒刀、真断またちはエルダー・パワーになった時にマスター・パワーから頂戴した業物の刀である。それが削れている。この名刀が単なるパワーで削れるほどの拳の威力なのだ!!

 その拳の勢いで激しい衝撃波が発生。アズマは流される身体を押さえるも、今度は左の掌撃。丸太のような腕が弾丸の速度で向かってくる。
 かわす。かわす。右左右左と連続で放たれるラッシュをまさに紙一重でかわしていく。もはや見ていない。見れば間に合わない。アズマの歴戦の勘で感じて動いているだけだ。
 剛腕がうなる。今度もかろうじてかわした。
「ぐっ!」
 かわしたが、針が刺さったような痛みを覚えて距離を取る。わずかにかすったようだ。見れば、左肩の一部がなくなり骨が見えていた。
(なんというパワーなのだ)
 アズマは戦気で防御していた。全力の防御だ。それをユニサンの一撃はあっさりと貫通した。しかも直撃ではない。ほんのわずかに触れただけでこの威力である。当たれば間違いなく即死だ。

「お前は・・・何者なのだ」
 アズマは問わずにはいられなかった。
 目の前の男は自分が知っているユニサンではない。自分が戦っていた男はもっと誇り高く、もっともっと気高かった。
 強者に対する怒りを持っていても、どこか寂しそうであった。本当は死にたかったのかもしれない。そうであれば幸せだったのかもしれない。
 だが、目の前の男は、その目に破壊的な、ただただ破壊的な意思を宿していた。それはもう、一人の人間が抱えられるものではない。何千、何万という人間の怨嗟えんさが集まったものだ。
 その証拠に多くの【負の視線】を感じる。司令室の人間から向けられた敵意の視線などまったく気にしないアズマにも、これだけの数の存在から負の感情を向けられれば動揺を隠せない。
 痛み、苦しみ、恨み、怨嗟の声がアズマにも聴こえてくるようだ。
 それに対して般若は答える。

「ああ、そうだ。今の俺はもう人間ではないのだ。ただの【鬼】。世界を焼くための【バーン〈人を焼く者〉】になったのだ!」

 最後のアーズは死んだ。
 アーズという組織では世界を変えられなかった。
 だから、救世主たる【彼】は作ったのだ。

 新たに世界を燃やすための組織を。
 【ラーバーン〈世界を燃やす者たち〉】を。

 そして、人を焼くための悪鬼を。
 その鬼たちを【バーン〈人を焼く者〉】と呼ぶ。
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