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十二英雄伝 作者:ぷるっと企画

零章 『世界が分かれた日』

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八話 「RD事変⑦」

   †††

 螺旋階段を駆け上がりながら二人の獣が衝突する。
「はっ!」
 ユニサンの虎破をアズマが回避。背後にあった階段の壁に拳が当たり、巨大なヒビが十メートルに渡って走る。アピュラトリスの素材は非常に硬い素材で作られており、銃弾すら弾く。それが簡単に破壊される威力である。
(これはまともにもらえないな)
 ユニサンの攻撃の中で一番怖い技がこれだ。基本の技であるがよく鍛錬されており、洗練された戦気とともに放てば拳の威力は五倍にも十倍にも膨れ上がる。
 一撃でももらえば致命傷は間違いない。そのためにも剣士は間合いを取らねばならない。
 一般的に剣士は間合いを欲する。当然剣を振るう距離が欲しいからだ。特に戦士を相手にするときは近づかせないことが肝要となる。
(ならば、これはどうだ!)
 流れるような動きで背後に回ったアズマは、下から上に刀を斬り上げる。その刃には雷気らいきが宿っていた。
 剣王技【雷隆川らいりゅうせん】。剣圧と一緒に雷気を三叉みつまた状にして放つ技である。距離があると雷気の力が流れてしまうので、主に近距離で威力を発揮する。
 ユニサンは上体を反らしてその一撃、三つに分かれた雷気の濁流を必死にかわす。雷隆川はユニサンが作ったヒビに沿って流れるように走り、轟音を発しながらさらに巨大なヒビを作る。
(半端ではないな)
 ユニサンもその威力に肝を冷やす。防御型の戦士タイプは総じて耐久力に優れるが、あの雷気をもらえば一瞬とはいえ感電するだろう。その隙に間合いを取られて例の神刃を放たれれば一撃で終わってしまう。
 常にそうしたチャンスを狙っていることが恐ろしいのだ。すでに痛感しているが、相手は【死線】に慣れている。常に命のやり取りをしてきた武人に共通する凄みがあるのだ。

(ならば距離を取らせなければいい)
 すぐさまユニサンの反撃。
 反らした上体を戻す勢いそのままに肩から体当たり。戦士にとっては身体そのものが武器である。接近した間合いでの勝負はユニサンが有利である。
 アズマは振った刀の勢いに逆らわず、転がるように体当たりを回避。しかし、ユニサンはそのままアズマを壁に追い込み拳のラッシュ。ヘビー級ボクサーのような体躯でありながら、高速の拳の乱撃が襲う。
 アズマはそのほとんどを刀でいなしたが、一発が頭にかすると鮮血が吹き出した。乱打であっても威力はかなりのものだ。直撃すれば頭ごと持っていかれる。
 ラッシュが収まった瞬間に再びアズマの反撃。体勢を低くしての下段斬り。ユニサンは即座に防御の姿勢。しかし、アズマもそれは想定済み。直前に地面を叩いて角度を変え、足首から膝関節を狙った変則の一撃を見舞う。
 意表を突いた攻撃。これはかわせない。ユニサンは足を上げてすねの骨でガードする。刀はすねの骨に食い込んだものの切断までは至らない。
(やはり硬いな、この男)
 アズマはいくつかこうした攻撃を当てていたが、どれもユニサンの屈強な肉体に阻まれている。その理由は、アズマがどれも全力で刀を振るっていないせいである。
 全力ならば切り裂ける自信はある。しかし、ユニサンがそれを許さないのだ。常に密着した距離を取り、巧みなフットワークで間合いを制御している。
 近づけばラッシュ。少し離れれば虎破を放ち牽制してくる。ここが戦うには狭い場所であることを最大限に利用していた。これが外の広い空間だったならばユニサンにとっては不利な戦いであっただろう。

(攻撃のテンポが速いのだ。これでは構える暇がない)
 アズマはユニサンの攻撃時における隙のなさに驚いていた。たしかに自分よりは遅い。防御時における「のろさ」は弱点である。ただ、ユニサン自身もその弱点には気がついている。
 それゆえに、防御型でありながらも攻撃を鍛えた。多少の被弾は気にせずにひたすら攻撃に移る。防御型であることを最大限に利用した戦い方をマスターしたのだ。
 こうなるとアズマも厄介である。こちらも手数を出していくしかない。
 アズマの見立てでは、ユニサンの戦闘力そのものはロキN6に及ばない。強化された武人であるロキの強さは単体では群を抜いている。
 ただし、あくまで人工的な力。経験値までは操作できない。実戦で培った感覚や経験こそが武人にとって最大の宝なのだ。そうした経験を加算した【総合戦闘力】という意味ではユニサンはロキを圧倒していた。
「見事だ! 修羅場を潜ってきたな」
 アズマは素直に賞賛する。目の前の男から感じる波動は歴戦の勇士。拳に打たれ、剣に斬られ、銃弾をくらっても耐え、ひたすらタフな生き方をしてきた男の生きざまに敬意を表するのだ。
「お前こそ俺とは才能が違うな」
 ユニサンは一回りは歳が離れているであろうアズマに対して少しだけ嫉妬を感じた。戦えば彼が持つ才能の豊かさを嫌でも感じるのだ。
 特に武器を扱う剣士タイプの武人は才能が物を言う。努力によってでも鍛えることは可能なのだが、上位の剣王技を扱うには資質が必要なのだ。神刃を操るほどのアズマの才能は間違いなく天才レベルである。
 一方のユニサンは自身が凡才であることを知っていた。何の取り柄もなく、ただ身体が大きいだけの惨めな自分を嫌ってもいたのだ。
「俺など、ただのでくの坊よ!」
 ユニサンの虎破。ラッシュでタイミングをずらしたあとの絶妙な一撃。
「それも才能であろう!」
 アズマは刃で拳を滑らせて、そのまま首を払うカウンターの一撃。
 これを剣王技【応閃おうせん】と呼ぶ。
 通常のカウンターは主に待ちの状態、【静】の姿勢から放たれるが、この応閃の系統は自らの身を相手の攻撃に晒す【動のカウンター技】である。自身の身体のうねりが加わっているため威力は通常の威力の数倍となる。もちろん、自身がくらえばダメージも同じだけもらう捨て身の技だ。

「もっと小さければ、無駄に食べずに済んだのだ!!!」
 ユニサンは剣を避けない。とっさに戦気を額に集めて刃と激突させる。それでわずかに軌道がずれ、刃はユニサンのバンダナと髪の毛の束を吹き飛ばすにとどまる。
 衝撃で左耳の上半分が吹き飛んだが、その程度で済んだことは驚きであった。
(今のを防ぐか!)
 ようやくにして出した必殺の一撃である。今までの相手ならば首をはねていたはず。それをユニサンは防いだ。刃をまるで怖がっていない姿は勇猛の言葉が似合う。
 だが、彼が刃を怖がらない理由は別にある。
「お前らが我々に向けた【視線】に比べれば、たかが刃など恐れることもない!!!」
 【怒気】という力は存在しない。それ自体は物的なエネルギーにはならないはずだ。だが、今のユニサンから発せられる怒りのエネルギーは間違いなく戦気を凌駕しつつあった。
 身体から溢れる怒りが、彼の戦気をさらに強固に、不屈のものとして肥大化させる。
 揺れている。階段全体が溢れ出る怒りのオーラに気圧されている。これはもはや戦気のレベルを超えていた。
(この男、怒気で戦気を【闘気】にまで昇華したのか)
 戦気というものは精神的物理力の大きな枠組み、カテゴリーである。武人が戦闘で扱う半物質的なエネルギーの総称だ。
 その戦気の中にはさまざまな種類が存在する。炎気や風気といったものもその派生の一つだが、本質的な変化を遂げたものはまた違う名で呼ばれている。
 【闘気】もその一つ。戦気の正統上位エネルギーとされ、グレードそのものが戦気とは違う。ユニサンのものはまだ闘気にまで完全に昇華されていないが、発せられるエネルギーの総量はそれに近いレベルにある。
 闘気の特徴は、圧倒的なパワーである。濃密で活動的なエネルギーは戦気の比ではない。たとえるならば、戦気が炎だとすれば闘気はマグマである。熱量そのものが異なるのだ。
 アズマにも闘気は操れない。この力は非常に破壊的なのだ。仮に一瞬到達できても闘争本能で自我が呑まれ、精神が崩壊してしまうだろう。
 これを操れる武人は総じて高い闘争本能を制御できるだけの忍耐力と精神力を持っていることが多い。
(この男には、それだけ背負うものがあるということか)
 怒気によって生まれた戦気である以上、その根源が存在するはずだ。少なくともユニサンが武人の本能だけで戦っていないことは間違いない。彼の背後にある大きな力は、その程度のものではない。

「うおおおお!」
 再びユニサンの虎破。しかし今までと威力が違う。
 左手に集まった力は今までの二倍に匹敵。アズマは接触は危険と判断して必死に回避。幸いながら速度までは上がっておらず、かろうじて回避は可能であった。
 だが、回避しても闘気の余波によって強い衝撃がアズマを襲う。壁に叩きつけられ、一瞬呼吸が乱れた。
(しまった…隙が)
 アズマは致命的なミスを犯したと思った。戦いにおいてこの一瞬が命取りになる。
 だが、ユニサンは追撃に来なかった。いや、来られなかった。戦気のグレードを上げたことでその反動が彼にも襲いかかっていたからだ。
「ふっ、ふっ!!」
 溢れ出るエネルギーを制御するので精一杯。ハンドルが異様に重い車で連続したヘアピンカーブを曲がっている気分だ。こんな調子ではいつ事故を起こすか知れたものではない。
 だが、ユニサンの怒りは収まらない。それどころか増え続けていく。
(怒り。怒りだ。これがなければけっして対抗できない)
 ユニサンは自らの力の源泉をよく理解していた。
 目の前の男は強い。この感情の爆発がなければ到底太刀打ちできない相手だ。だから思い出す。怒りを忘れてはならない。怒りが彼にとっての力なのだ。

 ユニサンの生まれは難民が集まる名もない自治領区であった。人々は貧しく、金も物もない苦しい生活を送っていた。
 こうした自治領、より正しく表現すれば、【吹き溜まり】は世界に何千何万と存在しているのが実情だ。
 不安定な国家が崩壊すれば難民が生まれる。他の国家は巻き添えを怖がって国境を閉鎖して彼らを突き放す。そうなれば空いている土地に住むしかない。
 しかし、そこはすでに見捨てられた土地である。彼らには資本がないのだ。もともと物がないうえに体力も気力も奪われていく。
 それでも子供は産まれる。生命とは増え続けることを目的としているからだ。
 ユニサンは幸か不幸か武人として生まれてきた。生まれた時から微弱ながら戦士の因子を発現させていたのだ。だから他の子供よりも身体が大きかった。
 食べなくても身体が縮まることはなかった。本来ならば利点なのだが、ユニサンにとっては忌むものである。痩せ細っていく母や兄弟たちを見ては「なぜ自分だけ太っているのだ」と嘆き苦しんだ。
 この苦しみをどう理解すればよいだろう。生まれた場所が違ったならば彼は快く迎え入れられたに違いない。しかし、この場所では自分はお荷物でしかないのだ。ただ無駄に食べるだけの役立たずであった。
 それでも母は言うのだ。「それは女神様からの贈り物だよ。大切にしなさい」と。そして、自分のわずかな食事をユニサンに与える。
 涙を流しながら彼は食べた。
 無駄にしないようにと幼い頃から幼馴染みと一緒に身体を鍛えた。この身体は皆の役に立てる。重い物を持ち上げ、怪我をした人を運ぶことができる。女神様からの贈り物なのだからと大切にしてきた。
 そんな、苦しくも慎ましく、ささやかな生活が彼の日常であった。もしこのまま過ごすことができれば、ユニサンの未来はまた違ったものになっていたはずだ。
 いつかは心優しい青年になっていった。そう思わずにはいられない。だが、否応なしに世界は変わっていく。
 世界は、彼が変わることを欲したのだ。
 だから彼は変わったのだ!

「これは・・・何事だ!」
 こうした激闘に対し、ついに兵士たちも事態に気がついた。地下十五階の格納庫を中心に武装した兵士たちが続々とやってくる。
「俺はお前たちを許さん! 絶対に許さない!!」
 兵士を見てユニサンの膨れ上がる戦気が今にも爆発しそうだ。目は怒りに満ち、破壊することしか頭にない。
 ユニサンはすでに闘気に呑まれている。やはり破壊的な力をそう簡単には制御できなかった。
 彼が見ているのは【過去】。かつて自分たちの大切なものを奪っていった憎い敵の視線が、今でも彼を追い詰めていた。
「貴様らは死ね!!」
 ユニサンに尋常ならざる戦気が集まっていく。すでに血は燃え始めていた。
(この男、すでに【オーバーロード〈血の沸騰〉】しているのか!)
 武人とは、偉大なる者から与えられた因子を覚醒させた者である。つまるところ、無限の因子には今までの全武人のデータが入っているのだ。
 通常それは開示できない。自分に合った遺伝子の情報を参照して、あるいは複写して引き出していくしかない。
 しかし、限定的ではあるが、そこに強制的にアクセスして力を引き出す禁断の技が存在する。
 それをオーバーロード、【血の沸騰】と呼ぶ。
 因子と同時に血には、代々受け継がれてきた武人の家系の情報が宿っている。それを媒介にアクセスを始めるのだが、この過程で激しい逆流が起きる。
 その激流は想像を絶する痛みを引き起こし、遺伝子そのものを破壊していく。破壊された因子は二度と戻らない。
 そう、これはいわば【自爆】と同義である。
 相手を倒す代償に自分も死ぬのだ。自爆以外の何物でもない。
 ユニサンはもう生き残ることを想定していない。自分もろともすべてを破壊するつもりなのだ。

 それを見てアズマが兵士たちに警告を発する。
「寄るな! お前たちが敵う相手ではない! それよりも司令室に伝達だ!」
「て、敵・・・なのか」 
 兵士たちはまだ状況を呑み込めていない。このアピュラトリスの内部に敵が来るなどありえないことなのだ。少なくとも彼らにとって安全神話は絶対であった。
 この点についてはアズマにも反省の余地はあった。侵入者を侮っていたのは事実なのだ。正直、ユニサンたちがここまでの相手とは思っていなかった。自分だけで処理できるはずであった。自己の剣技への慢心と状況認識の甘さを悔いる。
 だが、過去を悔やむほどの余裕はない。アズマはそんな兵士たちに活を入れる。
「呆けるな! 貴殿らも戦士であろう! 誇り高きダマスカスの兵士ではないのか! 国を愛し、民を守る者の責務を忘れるな!」
 その声は鬼気迫るもの。そして鼓舞するものであった。兵士の心の奥底に響く何よりの【活力】である。この力はユニサンが放つものとは正反対のもの。他者を守るための力なのだ。
「させるか! ここで消えろ!」
 ユニサンが兵士たちに向かって炎龍掌えんろんしょうを放つ。格納庫で武装兵を一瞬で焼き殺した技だ。忘れてはならない。アズマだからこそ防げているが一般の兵ならば即死である。
「させぬ!」
 とっさに風雲刃を発生させ炎の渦を散らす。だが、掌撃はそのままの勢いでアズマに衝突し、吹き飛ばされる。
「ぐっ・・・たいした威力だ」
 ユニサンの拳は重い。散弾のダメージもあり、今のでいくつか肋骨が折れ、内臓にダメージを負ってしまった。戦気は呼吸で練るので、これでかなり劣勢になるだろう。
 そして、そんな自分に苦笑いをする。
(この俺が、まさか誰かをかばうとはな)
 剣だけに生きてきた。俗世にも関わらず極めることだけに集中してきた。それは常に自己との闘いである。それゆえに他者に対しての興味を失いつつあった。
 そうした感情、人として当然にあるべき感情を捨てなければ強くなれないとすれば、武人とはあまりに哀れな生き物である。
 目の前の怒りに満ちた男も、自分と同じなのかもしれない。ただ一つのことだけに興味を奪われ、人生を捨ててきた男なのだ。自分は剣に、相手は怒りに。
 だからこそ命を捨てたときが怖いのだ。多くの人々を巻き添えにしてしまう存在と化すのだから。
「内線が通じません!」
 近くにあった塔内無線を手にした兵士が上擦った声を上げる。すでにマレンによって連絡手段は封鎖されている。
「声が通じないのならば走れ!! 行け!」
 アズマは兵を追い払う。この場にいては死人が増えるだけである。
「邪魔をするな! あいつらを殺すために生きてきたのだ!」
「亡者よ、貴様は俺が倒す! それこそが慈悲だ!」
「この怒りは止められん!! お前たちが絶望に打ちひしがれるまではな!!」
 両者の激しい奔流がアピュラトリスを揺らす。この勝負、どちらかが死ぬまで終わらない。

   †††

 バクナイアの言葉が当たったかはわからないが、ガナリー・ナカガワは現在猛反省中であった。
 各エリアのチェックを命じた兵士たちから次々と異変が報告されたからだ。
 まず一部階層の各施設のロックが解除できず、セキュリティアクセス権が失われていること。閉じ込められた兵士たちから苦情が来ていた。
 といっても、彼らから苦情が届いたのではない。向こう側からの内線がすべて遮断されていたので、司令部側から強制的にアクセスしてようやくその事態を知ったのだ。
 もし常時監視状態ならばもっと早く気がついただろう。上の階層に意識があったのは事実であるが、言い訳にはならない。
「直らんのか?」
 ナカガワが技術士官に聞く。
「無理です。制御室側からロックされています!」
「制御室への連絡は?」
「していますがつながりません!」
 ナカガワの問いにすべて悪い答えが返ってくる。
 制御室側に何度も連絡を試みているが誰も応答しない。不在の自動音声だけが流れている。しかし、通常そんなことはありえないのだ。連絡をすればワンコールで出るのが規則である。
 この段階でナカガワの悪い予感は当たったのだが、問題は立て続けに入ってきた。
 【アズマが何者かと交戦している】という情報である。
 この連絡は、アズマの援護を受けた兵士が【緊急ライン】を使って報告したものである。
 このラインは司令室と直通の特殊回線。簡単にいえば精密な糸電話のようなもので普段はその存在すら忘れているアナクロなものである。
 これはヘインシーが趣味で導入し、「また変なことを始めた」と噂になっていたので兵士も覚えていた。それが今回は役立ったのだからヘインシーの趣味も案外侮れない。

「確かな情報なのか? 警報は鳴っていないぞ」
「こちらも制御室側が抑えているようです」
 司令部の優先権限はあくまで軍部が滞在しているエリアに限られる。異常時でなければ通常は制御室が上位権限を持つエリアも多い。
 これは軍人による介入を防ぐことを目的として決められたルールである。民主主義が存在しているダマスカスにおいて、人民と軍人は明確に区別されなければならないのだ。
 すべてはシビリアンコントロールの中にある。金融といったものも、あくまで自由主義があってこそ成り立つものだ。軍という暴力の介入はあってはならないものだと考えられている。
 そのため多くのセキュリティは最深部の第一制御室が権限を担っている。そこが許可しなければこちらからは動かせないものが多い。
(まさか制御室が落とされたとは思いたくはないが・・・認めないといけないようだ)
 ナカガワは平和ボケしていない。この世の中に絶対などありえないことをよく知っていた。
 今になってアズマの言葉が蘇る。どんなに上質な箱でも、扱うのは人間なのだ。人間に絶対はない。
「敵は一人じゃないだろうねぇ…」
 現在確認されているのはアズマと交戦中の相手一人だが、このアピュラトリスに戦いを挑むような人間である。一人であるはずがない。
 加えて、アズマと対等に戦っているような相手だ。内部の離反者という線はないと判断する。
「地上階層に連絡は?」
「つながりません!」
 こちらはもとより期待はしていなかった。制御室を落とすような相手だ。すべての内線は封鎖されているだろう。
「上層のカメラはどうだ?」
「今映っているのがそうです」
 監視カメラの映像では、ここより上の階層はまだ無事のようだ。このカメラはこの軍部司令室が管理しているので信用してもよさそうである。
(とすると、相手は上を目指している? それも変な話だが)
 普通は上から下に向かうものだ。そして制御室を狙う。しかし、今回の相手は逆のパターンである。それが対応を難しくさせている要因なのだが、そこがどうにも引っかかる。
(相手の狙いは金融データだけではない。…なるほど)
 ナカガワはこれが【テロ】であることを見抜いた。
 このアピュラトリスにおいては制御室がすべてである。そこには莫大な財宝が眠っているのだ。それを得てもなお動くとなれば、彼らの【最終目的はそれ以外のもの】なのだ。
 ようやくナカガワにも肌を突き刺すような異様な緊迫感が感じられる。憎悪、怒り、そうした強い負の意思がアピュラトリス全体を覆ってしまうかのようである。

(上に行かせるとまずいな。何をするかわからんぞ)
 すでに事態は最悪の状況下で動いていることを悟り、ナカガワの指示は的確だった。
「地上の階層には伝令兵を走らせなさい。それと下の階層に兵を送るんだ。MGを出してもかまわない。上の格納庫からも出してかまわないよ。すべての武器を使っていい。さあ、今すぐ取りかかろう」
 給料泥棒と言われたくなければね、と兵士をリラックスさせる言葉も忘れない。その言葉で実際にオペレーターは安堵したようで表情が引き締まる。
 こうして役割を与えられた兵士は行動が早い。普段からそう訓練されているからだ。脳が命令を発すれば、筋肉は反射で動く。彼らを生かすも殺すも指揮官次第であることを痛感する。
(私は指揮官失格かな)
 すでにこのような事態を招いた以上、自身ではそう思っていた。
 ただ、彼でなければ危機はもっと素早くアピュラトリスの心臓にナイフを突き立てていたのは事実である。彼がいたからこそ最低限の対応ができたのだ。
(バクナイアめ、退役前の私にえらい仕事を押し付けてくれたものだよ。あとで制裁だな)
 自分を海ではなく地下に閉じ込めた幼馴染みに悪態をつく。今度自分の家にある「教えて君」(初期型)を押してやらねばと心に決めた。
 ちなみに初期型「教えて君」は【銅鐸どうたく】のような形をしており、ハンマーで殴るといったタイプだ。なぜそうなのかナカガワにもわからないが、怒りを表現したものなのだろう。
 これはバクナイアの家の庭にもあり、喧嘩をした夜などに妻がよく叩いている。バクナイアはその音を聴きながら恐れおののき一睡もできない夜を過ごすのだ。

 こうしてオンギョウジたちは司令室間近の地下十一階において敵の応戦を受けることになった。
 上からはMGが二機、通路を塞ぐように配置され、下の大隊詰め所からは二百人以上の武装兵士がやってくる。
「悟られたか」
 オンギョウジもたやすく事が進むとは思っていなかった。こうした事態も折り込み済みである。
 ただ、やはり侮れるものではなかった。相手が最初に行ったのは【術封じ】である。隠行術などで潜入されないように、司令室付近の螺旋階段にはこうした仕掛けが設置されていた。
 通常、術はことわりを操作することで発生するといわれている。具体的な解明はまだ不十分なのだが、彼ら術者には【法則が目に見える】という。
 彼らはその方式、あるいは数式を組み換えることで特定の術として発動させている。これは今まで才能ある人間にしかできなかったことだ。
 しかし、数年前に術者が使うことわりを無機物に付与する技術が開発された。開発したのは小さな町工場まちこうばの技術者だが、これによって世界の技術史は大きく変容した。
 アズマが受けた特殊散弾のように、従来は呪術に頼っていたものが比較的容易に扱うことができるようになったのだ。
 たとえば壁そのものに吸着防止の理を埋め込むと、忍者が張り付けなくなる。盾に銃抵抗の理を埋め込むと銃弾に強くなる、といった様相である。
 ただし、生まれたばかりの技術なので金銭的な負担は変わっていない。それどころか今までよりも高い。新技術で生まれた新製品のテレビが異様に高いのと同じだ。
 わざわざ気まぐれな呪術士に頼まなくてもよい利点はあるが、まだまだ普及するにはお高い技術である。現在は試作として色々な媒体に付与されているが、まだ各国の精鋭に限定して支給されるに留まっていた。
 だが、ダマスカスには富がある。真っ先にアピュラトリスにその技術を取り入れたのだ。それが【ダンタン・ローム〈影踏みの儀式〉】である。
 霧状に発せられた特殊な液体が、隠行術や姿を消す結界に作用して姿を浮き彫りにさせるエリアを作り出す。今やオンギョウジたちは隠れることはできない。

(用意周到なことだ)
 通常ならば「ダマスカスはたいしたものだ」と思うのかもしれない。しかし、オンギョウジには恣意的に感じられた。
 アピュラトリスの警備を厳重にするのは当然であっても、まるで自分たちを狙い撃ちしたかのような対策に違和感を感じざるをえない。そう、隠行術を使う自分のような人間が、今日ここに来ることを知っていたかのように。
(情報が洩れたか?)
 一瞬そんなことも考えたが、それはありえないことだ。オンギョウジたちの計画は実に綿密に練られ、情報の共有も非常に信頼のおけるメンバーに限定されている。その情報はルイセ・コノや他のメラキたちによって管理されていたのだから洩れることはありえない。
 だが、今はそのようなことを考えても仕方がない。目の前の魔人機、アピュラトリス防衛用MG、ゼタスTⅡ(ティーツー)の脅威が迫っている。
 ゼタスTⅡはダマスカス軍が本格的に導入を始めた人型魔人機の一つで、すべての部品が国産であることが特徴である。これはアピュラトリスの機密性を考えてのことである。海外の不審な部品は一切使わないことが全体のコンセプトになっていた。
 おかげでコストが高い。これ一機でコンボイシリーズが二十機はまかなえる。もちろんその分だけの性能があり、右腕には速射砲、左手には大型のシールドが装備されている。どちらも最新の武器だ。
「敵を確認! 排除を開始する!」
 すでに兵士は冷静さを取り戻していた。ゼタスTⅡが速射砲を発射。アピュラトリス内で使用することを想定したやや小さめのサイズだが、人間など一瞬で肉片にできる威力が宿っている。
「各自でよけよ!」
 オンギョウジたちは弾丸を回避。対人用の弾丸を跳ね返す壁が少し欠けたのを見て、当たればロキでも無事では済まないことがわかる。
 しかし、魔人機というものは恐ろしい兵器である。MGには搭乗者の戦気を動力路のジュエルモーターが吸収することでスペックが増大する仕組みがある。
 もともとMGにはこれを想定した【幅】が用意されており、普通に使っても強大な力が、強い武人が乗ることでさらに二倍、三倍にもなるように設計されているのだ。
 ダマスカスをなめることはできない。彼らの中にも優れた兵士はいる。まだMGの数が少ないこともあって、乗っているのは陸軍のエリート部隊の兵である。彼らはすでにMGの扱いに長けていた。

 MGは即座に情報を修正し、さきほどよりも素早く狙いをつける。それは一人の結界師に向けられた。ロキと比べればどうしても動きに差ができる。そこを狙われる。
 MGのシステムは命中精度も上げる。銃弾は結界師に直撃コースで放たれた。
 すぐに護衛のロキN1が結界師の前に出て身代わりになる。戦気は弾丸の威力を弱めたが、貫通。ロキの腕に命中する。
 直後、ロキの左腕が弾け飛んだ。一度アズマに斬られていた場所でもあり、MGの攻撃には耐えられなかったようだ。ただ、結界師への攻撃を防ぐことには成功する。
「かたじけない」
「破損しただけだ。行動に問題はない」
 ロキN1は何事もなかったかのように結界師の護衛につく。その光景にMGの搭乗者は驚きを隠せない。MGの弾丸は戦車ですら簡単に破壊する威力だ。それを生身の人間が防いだのだから。
「怯むな! 銃は効くぞ! 撃ち続けろ!」
 今度は背後から兵士たちの銃撃。横一列に並んだ四十人による一斉射撃である。装備はダマスカス製アサルトライフルのMUGムッグ4000。さまざまな特殊弾を装填できる優れものである。
 放たれた弾はすべて貫通弾。殺傷能力が高く、シールドすら貫通する凶悪な弾丸である。通常ならば並んだ人間を十人は軽く貫通する。それが何千発と撃ち込まれるのだ。
「拙僧に任せよ!!」
 オンギョウジは錫杖しゃくじょうを床に突き立て【念】を練る。彼ら術者には世界の流れ、法則が目に見える。その中の一部を改変するのだ。
 真言しんごん術【式神防しきじんぼう】。この術は物理と銃弾に強い耐性がある保護壁を生み出す防御術だ。
 術は完成し、ロキと結界師に対して保護膜が張られ、銃弾をすべて受け止めた。一発たりとも貫通していない。
 ちなみに覇王技ロードスキル剣王技ソードスキルと同じく、術者の使う技の体系を【魔王技マスタースキル】と呼ぶが、魔王技に体系化されている術は非常に高度なものが多く、一般人にはほとんど使えないのが実情である。
 そこである程度の素養がある一般人でも使えるように人間用に調整されたのが真言術である。簡易な治癒術ならば、武人のレベルに達していない人間でも扱うことができる。
 なぜならば精神エネルギーそのものには肉体の強さは関係ないからだ。武人は精神の力に加えて肉体の強さが要求されるが、ただ念じる、意念を集約するのはか弱い女性にも可能である。
 よって、こうした真言術の多くは奉仕活動を行う司祭の必修科目となっており、よほど資質がない(おそらく他の素養が強い)人間以外はだいたいが扱える。
 式神防しきじんぼうも比較的初歩の術である。しかし、オンギョウジほどになればその威力も通常の数倍になっていた。銃弾をすべて受けてもまだかなりの余裕がある。

 そして、オンギョウジが結界師とロキに叫ぶ。
「止まるでない! もうすぐ司令室、あの二機以外はまだ来ていないはずよ。貫け貫け!」
 オンギョウジはまだ相手の準備が整っていないと踏んでいた。
 もし整っているのならばこの程度では済まない。自動小銃ではなく、もっと強力な武器を用意できたはずだ。強力な弾丸やバズーカなど、ここには恐ろしい武器が山ほどあるのだから。
 そして、MGは上から来た。状況から考えれば司令室前に配備された二機と考えていいだろう。たしかに強力な兵器だが、二機ならばまだ対応できる。
 アピュラトリスの防衛は常時地上から来る敵に対して応戦しやすいように設計されている。しかし、今は逆に上から下に向かわねばならず、MGに不利のはずだ。
 その証拠にゼタスTⅡは二機が交錯して上手く連携が取れていない。これは上から敵が攻めてくることを想定して、足場が不安定になっているからだ。螺旋階段そのものが侵入者用のトラップでもある。
 ゼタスTⅡ二機は速射砲を掃射。だが、保護壁と素早い動きで翻弄し、それらすべては的を外れる。
「オンギョウジ様、司令室より伝令兵が出ました。現在、地下七階層に向かっています」
 マレンからの報告が入る。すでに相手は地上に向かって伝令兵を向かわせ、上の格納庫から援軍を要請する可能性が高いことを知らされる。
 これもナカガワだからできること。本来ならば失態は最後まで隠しておきたいもの。まだ被害状況が明らかでないのにこうした伝達は自尊心が邪魔をして普通はできない。
 彼が海軍であり、陸軍の面子や退役後の天下りに興味がなかったことが、オンギョウジたちには不運であった。
「これ以上はさすがにもたぬな。足止めはできるか」
「やれるだけやってみますが、長くはもちません」
「それでもかまわない。頼む」
「わかりました。できる限り遅らせます」
 マレンの報告が終わると、オンギョウジは精神を統一する。出し惜しみをしている余裕はなくなった。
「オン・マイタレイヤ・ソワカ!」
 オンギョウジが真言しんごんを唱えると、彼の周囲にいくつもの気配が生まれた。その気配が念仏のようなものを唱え始める。
 するとゼタスTⅡの足下から水が生まれ、上方に噴き上がる。それならばただの水だが水圧が違う。水は薄く高圧になれば鉄すらも切り裂く。その一撃も圧縮されたもので、ゼタスTⅡの足の関節部分にあった太いチューブを切り裂いた。
 真言術【水刃砲すいじんほう】である。スプラッシュドライブとも呼ばれる一般的な技である。ただ、これも通常の数倍の威力だ。
 さらにそこから漏れたわずかな火花から雷撃が発生。一瞬でゼタスTⅡの駆動系回路を焼いた。
 通常、術は一つずつしか発動できないが、オンギョウジは自身の【念霊ねんれい】を生み出すことで同時詠唱が可能となるのだ。
 真言術の奥義の一つ【複韻ふくいん】。非常に高度な術で長年術に携わった者しか扱えないA級真言術である。

「ロキ、押し切れ!」
 護衛用のロキの隙間から、後方で兵士の足止めをしていたN5、N7、N9が飛び出した。ここが勝負所と判断したのだ。
 N9は煙玉で周囲の視界を塞ぎ、後方のMGを牽制。N5は損傷したゼタスTⅡの足元に滑り込むと、強靱な腕力で足を完全にねじ切った。
 次にN7が跳躍。コックピットの斜め上部後方、人間でいえば脊髄の隆椎りゅうついがある位置に取り付き、剣を突き入れた。同時にボンッという音が聴こえ、ジュエルモーターがショートする。
 MGにはその構造上、いくつか改善できない弱点がある。それは人間の弱点と同じである。脊髄、心臓、膝の裏、足首など、そうした部分にはどうしても脆さが生まれるのだ。
 特にジュエルモーターがある首の裏側に雷気を流されると非常に弱い。改良されている機体もあるのだが、まだこの時代ではMGは生まれたばかりなのだ。弱点があるのは仕方がない。
 ジュエルモーターがショートしたゼタスTⅡは機能を停止し、ついに倒れた。
 その衝撃音は恐怖となってもう一機のゼタスTⅡにも伝わる。視界が奪われた中で仲間が倒れたのを感じ取り、さすがの訓練された兵士もパニックに陥ったのだ。
 狙いを定めずに速射砲を撃つ。弾丸はロキたちには当たらず、後方の兵士の群れを吹き飛ばした。悲鳴と怒号が響く。完全に相手の連携が崩れた瞬間である。それを見逃すはずがない。
「今だ! 突破せよ!」
 オンギョウジは真言術【韋駄天速いだてんそく】を発動させ、結界師たちをサポートする。この技は一時的に視力や反応速度を上げるもので、身体能力でロキに劣る結界師には役立つ技である。
 ただし、あまり持続時間は長くないうえに精神力もそこそこ使うので連続しては使えない。

 オンギョウジたちは一気に突破する。力で押し切った形だ。
 そのまま幾度か武装兵と交戦しつつ、司令室がある地下十階層に到着した。
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