第16話 廃村の夜に 一夜
私がこの手記を手にしたのは、息子が死んで…正確には失踪して5年ほどたった夏の終わりの頃だった。
「息子が遺書で、自分が死んだらこの手帳を相良のお宅に届けてくれと…。」
私が玄関を開けると、対馬家の奥さんが立っていた。震える手には、ボロボロになった手帳が握られている。
「それでは、流君は…。」
私は息子の友達の対馬流君を知っていた。対馬君の母親、つまり目の前にいる女性とは幼い頃からの付き合いだからだ。
「お上がりなさい」と声を掛けたが、用事があると言うと彼女は深々と頭を下げて帰ってしまった。
いつしか変わってしまった関係を、咳払いでごまかし手帳をめくった。
※ ※ ※
相良のおじさんへ
おじさんがこの手帳を手にした時、僕はもう生きてはいないと思います。
本来ならばこの手帳に記載されている内容は、お見せするようなものではないのでしょう。
おそらく蛍雪も、自分が、自分たちがしてきた事を誰にも話していないと思います。
しかし、おじさんには蛍雪のしてきた事を伝えようと思い、筆を手にしています。
この手帳は、蛍雪に聞いたこと、僕が見たことを記載しています。よって、事実と異なる部分があるかもしれませんが、これが僕の知る相良蛍雪です。
※ ※ ※
これが彼女との出会いだった。
人ごみを避けて裏道を通学していると、3人くらいの男たちの中に背中まである長い黒髪の女の子がいるのに気づいた。
そのまま横を通った時に男たちの会話が聞こえた。
「なぁ、いいだろ?」
「おじさん等と遊ぼうよ〜。」
どうやら様子がおかしい。
と言うよりも、何と言うありがちな冒頭なんだ。
男たちの中でその表情までは見れないが、ここは助けるべきだろう。
「おじさん達何してるの?」
3人ともが面倒臭そうにこちらを振り返ったが、こっちが子供だと分かるとゲラゲラと笑った。
「高校生は勉強してな。」「女の子助けてカッコつけようってかぁ?」
口々に浴びせられる罵声だが、そんなことよりも相手の腰のモノが気になった。
刀?
男達は白い鞘を腰にさしていた。
白い鞘?零舞の関係者か?
しかし、そんな事よりも刀の携帯を許可されているほどの男が、何て低俗な事をしているんだ。
刀への視線に気づいたのか、男の一人が刀に手を触れた。
「この糞ガキ、怪我したくなかったら、さっさと消えろよ」
男達はゲラゲラと不快な笑い声を上げながら、初めから逃がす気は無かったのか、周りをゆっくりと歩き出した。
囲まれたか…。ここは一つ”カマ”を掛けてみよう。
思うや、いっきに腰を落として『蛍雪』を抜く構えをとった。
男達は僕も刀を持っていることに始めて気づいて一瞬うろたえたが、それでも自分たちが優位だと思ったのか薄ら笑いを浮かべている。
僕ならうまくやれるはずだ…。
「良いの?おじさん達…。斬っちゃうよ?」
僕は刀を5センチほど抜いた。
キーン…。
刀を抜く音に、光が反射して手元が光る。
「ちょっと…。ま、待てよ。ほんの冗談だろ?な、なぁ?」
「あ、あ、あたりまえだろ?嫌だなぁ。」
お約束通り。
男達は掌を返したかのように、態度を変えるとヘラヘラ顔で後ずさりをしている。
あと、一歩だ。
「行けよ…。あれ?俺は行けって言ったんだけど?」
男達は、訳の分からない事を口走りながら一目散に逃げ出した。
”カマ”大成功。
本来、抜刀許可者はほとんど居ないんだ。
「大丈夫?」
刀を鞘に戻すと残った女の子に声を掛けた。
高校生だろうか、予想通り僕と同じくらいの歳にみえる。
透き通るほど白い肌に、真っ黒な髪。
僕はこれはど綺麗な子を今まで見たことが無かった。
それはなんだか神聖なモノに見えた。
「大丈夫…。」
ポツリと搾り出すように、声が聞こえた。
「貴方…。刀抜ける…の?」
見られたか…。
「あはは、ホントは駄目なんだよ。でも、刀にセンサーが付いてる訳じゃないし、人も居ないからね。そうそう、分かるものじゃないんだ。」
(まぁ、自論だけどね。)
「そう…。誰にも言わないわ…。」
女の子は大して興味なさそうに横を向いた。
長い髪が風になびくと、フワッと女の子の匂いがした。
一瞬、我を忘れていたから、取り繕うように口を開いた。
「えと、僕は相良蛍雪。君の名前は?」
女の子がスッと、目をこちらに向けるとまたポツリと言ったんだ。
「名前?私の名前は…桐沢亜門…。」 |