第十二・五話 最悪と最悪
(=ↀωↀ=)<草木も眠る丑三つ時
(=ↀωↀ=)<子供が寝静まったクリスマスの夜と言えば
(=ↀωↀ=)<サンタさんのプレゼントですね
(=ↀωↀ=)<そんな訳で枕元に連続更新のプレゼントです
(=ↀωↀ=)<昨日も更新してるのでまだの方はそちらからー
□■???
機械巨神と最強竜の戦いが繰り広げられる<峡谷>。
その<峡谷>を国土に含める王国。
王国を乗せた大陸。
そして、大陸から辿りつけない場所に……その空間は在った。
異空間とでも言うべき場所の、まるで宇宙船の一区画のような場所に数名の人物が集っている。
否、人物……と言うのは誤りかもしれない。
彼らの中には、人とかけ離れた姿の者もいるのだから。
それでも彼らは姿形などよりも深い部分で共通した特徴を持つ存在だ。
彼らの名は管理AI。
またの名を、<無限エンブリオ>。
この<Infinite Dendrogram>の世界を管理する存在である。
その管理AIが、全員ではないが数人揃って……その空間に浮かんだスクリーンを見ていた。
スクリーンの中では機械巨神と最強竜が拳を交わし、激突している。
「奇しくも、お前の言っていた通りだな。ジャバウォック」
肉食系動物の獣人に近い容姿をした、モンスターを担当する管理AI三号――通称「クイーン」はスクリーン上の戦いに胸躍らせながら、傍らに立つ同僚へと声をかける。
「言っていた通り、とはどういう意味だ、三号」
「ハッ。決まっている。『逸材が揃っている王国に普通の<SUBM>を投下しても何も起きない』という発言だ。そして、それはあの【グローリア】でも変わりなかったということだな。大した連中だ」
怪訝な顔をする<UBM>担当の管理AI四号――ジャバウォックに、クイーンは言葉を続ける。
「<超級>を……<超級エンブリオ>を増やす目的は達成できなかったが、こんなこともある。なに、これほどの逸材がいる国だ。<SUBM>の介入がなくともあと何人かは<超級>が生まれるはずだ。今回が駄目でもあまり気にするな」
クイーンは同僚の今回の失敗を慰めるつもりで、そう言葉をかけた。
「そうだな。今回は失敗だった」
その言葉にジャバウォックは頷き、
「次の【グローリア】はもっと上手くやる」
何でもないことのように、人間が聞けば絶望するであろう言葉を吐いた。
あるいは……聞いても理解できないかもしれない言葉を。
「……次の、だと?」
ジャバウォックの言葉に、怪訝な顔でクイーンが問う。
「今の物言い、まるであの【グローリア】を……<無限>に準ずる力を持つあの怪物を量産できたかのように聞こえるが?」
「まさか、そんなことはない。あれは千年に一度というほどの奇跡の産物だ。あれの量産に比べれば、<超級>を増やす方が簡単だろう」
ジャバウォックは小さく首を振って否定する。
そしてクイーンの誤解を正すべく、こう言った。
「単に、【グローリア】はバックアップから完全再生するというだけの話だ」
あまりにも何でもないことのように放たれたその言葉は、クイーンが息を呑むには十分だった。
「……完全再生?」
「ああ」
「それは、コアも含めてか?」
「もちろんだ。バックアップさえ無事ならいずれかのコアが潰れた時点で再生が始まり、いずれは完全再生する。ただし、欠点もある。この機能を利用すれば【グローリア】を増やせるのではないかと思ったが、コアは元が存在する限り複製できなかった。本体の三つのコア全てが機能停止しない限りいずれのコアも複製できないようだ。まぁ、能力自体は対応するコアが潰れた時点でバックアップから復元できるので、完全再生までの時間に然程のラグは」
「待て、少し……待て!」
【グローリア】の機能を長々と説明しようとしたジャバウォックの言葉を、クイーンは遮る。
彼女にしてみれば、この話はそんな機能説明よりも余程に重大な問題を孕んでいる。
「それでは、【超闘士】が神話級の武具を擲って倒した首も、【女教皇】が己のレベル全てを引き換えに倒した首も、何度でも蘇るのか?」
「そうなるな」
「……ジャバウォック、それは、聞いていないぞ」
「言っていなかったからな。まあ、安心すればいい。【グローリア】は何度でも蘇るし、何度でも<マスター>に試練を課す。――<超級>が揃うまで、何度でも」
ジャバウォックのあまりに淡々とした言葉に、クイーンの背筋が凍える。
そして、気づく。
自分達とこのジャバウォックでは、【グローリア】投入のスタンスが違ったのだ、と。
クイーン達は『逸材揃いの王国だから強力な<SUBM>を送り出す』程度の考えだった。
だが、……ジャバウォックは違ったのだと理解した。
「……あれを止める手段は?」
「無論用意している。私の権限でバックアップ機能を停止させることはいつでも出来る。それにバックアップを破壊しても止まる」
「先ほどからお前が言っているバックアップとは?」
「これだ」
ジャバウォックはスクリーンの表示を切り替える。
映し出されたのは光のない地下の空洞。
ぽっかりと空いた自然の空洞なので分かりづらいが、スクリーンに併記されたデータによれば深さは三〇〇〇メテル以上。空洞の天井は一〇〇メテル以上、面積も東西南北に数キロメテルはある。非常に巨大な空洞だ。
そしてその空洞には……巨大な物体が横たわっていた。
「あれは……尾か?」
それは四本の突起を持ち、金色の鱗に覆われた長い尾。
クレーミルの戦いでフォルテスラに切断された【グローリア】の尾だ。
「正確には【グローリア】の第四頭部……王国の<マスター>に合わせて名づけるなら四本角だ。あの中にコアもある」
【グローリア】の尾――四本角はクレーミルの戦いの後、所在が不明となっていた。
翼は残っていたのに尾だけが消失していたことに疑問を持つ者もいたが、あれだけの激戦の中だったために失われてしまったと結論付けた。
しかし実際は本体から独立して動き、付近にあった湖へと姿を隠していた。
その後、湖の中から地中を掘削し、この地下空洞に身を置いていたのだ。
「ふむ、丁度いいな。四本角の《既死改生》が始まる」
ジャバウォックがそう言うと、尾の断面が盛り上がり……そこから二つの頭部が生えてきた。
それぞれ短い一本角と二本角を持つその頭部は……未成熟ではあったが紛れもなく【グローリア】の喪われた頭部だった。
【グローリア】の尾は二又の蛇のようになりながら、地下空洞を這いずる。
「もう、再生したのか……?」
「まだだ。形だけでコアが入っていない。だが、先ほど述べたように本体が完全に討伐されたタイミングでコアも復元する。それまでは体だけを先に再構成する形になる。そうだな、仮に今のタイミングで本体が倒された場合……明日には復活できるだろう。四本角は再生能力に秀でているからな」
「…………」
あまりにも、早すぎる。
それでは仮に三本角の【グローリア】を【破壊王】が倒したとしても、王国には勝利と生存を喜ぶ時間すらろくに与えられない。
バックアップが失われない限り、それは何度でも繰り返されるのだろう。
「The Glory Select Endless Routine」
絶句するクイーンに対し、ジャバウォックが何かの名前を――ジャバウォックが【グローリア】に割り振ったコードを述べる。
「<超級エンブリオ>への進化を促し、終わりなく選別を繰り返す。それが【グローリア】だ。あれを止められるとすれば、あれを容易に止めうるほどに<超級>が揃ってからだろうさ」
「……王国が消えるのではないか?」
「そのときはそのときだ。国の一つも消えた方が、カンフル剤になるかもしれない。それに、私はこのまま一〇〇体揃うまで【グローリア】に大陸中を襲わせることも考えている」
それは、新たな災害だ。
<超級>が揃うまで終わることなく続けられる蹂躙の災害。
それは、下手をしなくともこれまでのバランスを大きく崩す。
クイーン以外にも話を聞いていた管理AIの幾体かが、己の本体を用いて地下で再生を続ける第四頭部の破壊を実行すべきかを考え始める。
だが、他の管理AIがこの件に介入しようとすれば、ジャバウォックは止めるだろう。
それは即ち、セキュリティ担当の管理AI十号バンダースナッチと並んで管理AIの中でも最強格とされる男との戦いである。
いや、最悪の場合はそのバンダースナッチも【グローリア】打倒を防ぐ側に回るだろう。
あれは目的達成のために手段を選ぶという思考そのものがない機械なのだから、ジャバウォックの側に立ちかねない。
どうすべきかを彼らが苦慮していたとき、
「ジャバウォック」
その場にいた管理AIの一体――雑用担当の管理AI十三号チェシャが、ジャバウォックの名を呼んだ。
チェシャがジャバウォックの名を呼んだことについて、他の管理AIはジャバウォックを説得し、権限によってバックアップを停止させようとしているのだと予想した。
だが、……違う。
「一つだけ、忠告させてもらうよー」
それはただの、アドバイス。
「僕は君よりも<マスター>と接する機会が多いからー。その経験で言わせてもらうね」
「何だ?」
ジャバウォックの問いに、チェシャはネコの顔でにやりと笑い……こう言った。
「彼らは自由だから――こっちの思惑通りに動いてくれる人の方が少ないんだよねー」
そして、チェシャがそう発言した直後、
――【三極竜 グローリア】のバックアップに<マスター>が接近。
状況の変化を知らせる何者かの声が流れ、
「<マスター>? あんな地底に、一体誰が?」
ジャバウォックの問いかけに対してその声は、
――【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル
犯人の名を告げた。
◆◆◆
■アルター王国・地下空洞
時は僅かに巻き戻る。
それは巨大な尾だった。
クレーミル防衛戦でフォルテスラによって切断された尾。
それこそが四本の突起……角を有する【グローリア】の四本角の首である。
『…………』
口もなく、如何なる言葉も発することがないその頭部。
だが、その尾の切断面から……声を発する者達が生えてくる。
それは、
『FLUUUSHH……』
『SHUOOOOW……』
フィガロと扶桑月夜によって消滅した、一本角と二本角の首である。あたかも、双頭の蛇の如きY字の体だ。
正確に言えば、あれらと比べればまるで卵から生まれたばかりの爬虫類のように未熟な頭部だ。その発する力も本体と比較すればはるかに弱々しい。
しかし、徐々に肥大化と硬化を繰り返しており、これから時を経れば同じになることは想像に難くない。
それこそが四本角の首の力――《既死改生》である。
尾は本体である【グローリア】から、必要に応じて分離する仕組みだった。
仮にフォルテスラに切断されなくとも、強敵と相対すれば自動で千切れる。
そして、尾だけで身を隠し、本体が消滅した際には再生させる。
本体だけでなく隠れたこの四本角の首を倒さなければ、【グローリア】は死なない。
尾から何度でも、復活する。
<SUBM>であるために、倒した後にアナウンスがなければ気づかれるだろうが、それでも時を置かずまた三つ首を生やした【グローリア】が蘇っている。
幾度も蘇り、何度も戦い続ける。
それこそが最も完成されたモンスターである【グローリア】の最後の仕掛けである。
永遠に選別し続ける<SUBM>……最悪と言い換えても過言ではない存在だ。
『…………』
今、最大の力を発揮した本体が最後になるかもしれない戦いを行なっている。
その勝敗は四本角には分からない。
だが、本体が勝てばいつか本体が死ぬ時が来るまで眠り、敗れればここから再生する。それだけのことだ。
ただし再生される【グローリア】は、ほんの少しだけ地上で戦う【グローリア】よりは弱くなるだろう。
なぜなら、再生される【グローリア】の戦闘経験は、地上で尾を切断されたときで止まっているのだから。
そう、この再生ループのシステムならば、完全な再生を果たした時点で尾……四本角を自切して隠しておけば良い。
そうしないのは、本体の戦闘経験を四本角にも蓄えておくためだ。
簡単に言えば、ゲームのセーブデータを収めたメモリーのようなもの。
今から再生する【グローリア】は、【雷竜王】や王国のティアンを屠った戦闘経験は保持している。
しかし、切断されてからの……<マスター>との戦いは消えているのだ。
レベル的にも、戦闘技術的にも、今地上で戦っている【グローリア】に僅かに劣った個体として再生する。
だが、問題はない。経験などまた積めば良い。
いずれにしろ、本体が滅んだ後は第二の【グローリア】として再生して王国を……。
『――ああ、やはりいましたね』
そのとき、水滴が滴り落ちるような音と……男の声が地下空洞に木霊した。
無明の闇の中だが、既に二本角の頭部を再生して《絶死結界》を得ている四本角は結界によってそれを察知している。
地下空洞の天上の亀裂から流れ落ちる液体、それが喋り始めたのだ、と。
液体は一箇所に集まり……すぐに人の形を形成する。
どこにでもいそうな、黒縁のメガネくらいしか特徴のない男の顔。
だが、四本角は既に理解している。
眼前の相手が、本体の首を落とした者達に決して劣らないほどに恐ろしい存在である、と。
「既に一本角と二本角が蘇りかけていますね。やはり再生能力持ちでしたか」
男――【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルは、己の肉体から作ったメガネを押し上げながら、納得したように言葉を吐く。
【天竜王】から依頼を受けた時点で、ゼクスには【グローリア】のカラクリが理解できていた。
それは主に三つの理由がある。
第一に、戦闘記録と戦闘結果の不一致。あの戦いで【剣王】フォルテスラが【グローリア】の翼と尾を切り落としたというのに、戦場跡には翼しか落ちていなかったこと。
第二に、自身の性質との比較。ゼクスはスライムであり、ある程度大きな塊であれば千切れた部分から全身を再構成することも可能だ。スライムに出来ることなのだから、同じことを<SUBM>が……戦場跡から失われた【グローリア】の尾が出来ないとは限らないこと。
第三に、【天竜王】の示唆。【天竜王】はこの大陸の上空のいたるところに己の分身であるアンデッド……霊体のドラゴンを飛ばし、その視界を共有している。それほどの情報収集能力を持つ【天竜王】が、【グローリア】が複数存在する旨をほのめかしていた。それは間違いなく存在するということだ。
以上の理由から尾から再生する二体目の【グローリア】の存在を確信し、【天竜王】のアンデッドの目が届かない空間――地下や水中をクレーミルの近くから順に探して回っていた。
そうして今、ゼクスは再生する【グローリア】を発見した。
「見つけましたよ」
『ククク……読み通りか』
ゼクスが独り言を呟くと、【天竜王】の声が応答する。
無論そこには【天竜王】の姿はないが、代わりにゼクスの手の中に鱗が一枚入っている。
それは【天竜王】の鱗であり、これも【天竜王】が己の固有スキルで魂を分けて作ったアンデッドでもある。
普段はゼクスを<天蓋山>に招待する際に使っているものだ。
そして、【天竜王】の分身とも言えるアンデッドであるために、《絶死結界》の中でも損なわれることはない。
「案の上の地下です。こんな場所では【フレア】は戦えませんね」
『ああ。最悪、王国の地盤そのものが溶けてしまうからな。しかも、此奴はそれで死ぬかも怪しいのだから笑えぬなぁ。ククククク』
「笑っているじゃないですか」
数万度の超高熱を駆使し、“恒星竜”とも渾名される【輝竜王 ドラグフレア】。彼がこの場で戦闘すれば、王国に地殻変動を起こしかねない。
だからこそ、恐らくは最も戦力の調整が自在なゼクスが討伐を依頼されたのだが。
「しかし、生えているのは一本角と二本角だけですか。倒された首だけということですね」
『そのようだな』
既に【グローリア】の一本角と二本角が討伐されたことは、【天竜王】の伝言でゼクスも把握している。
「シュウが決着をつける前に倒さなければ些かまずいことになりますね」
そしてゼクスはにっこりと笑い、
「ですので早速始めましょう。この闇の底で……この私とあなたの殺し合いを」
――超音速で四本角へと踏み込んだ。
「《シェイプシフト》――剣」
ゼクスは自らの右手首から先を、神話級金属相当の硬度を有する刃へと変じさせる。
同時に、右腕の二の腕から手首までをスライムに戻し、あたかも刃を持つ鞭のように振るう。
その踏み込みにも攻撃にも迷いは皆無。まるで無明の空間であってもしっかりと見えているかのように、ゼクスは動く。
ゼクスの攻撃は、四本角も有していた鱗の防御力を――三万ほどに達するENDを易々と切り裂いてダメージを与えてくる。
『…………!』
ダメージを与えられることについて、四本角はごく自然に「まずい」と考えた。
未だ三本角が本体にある以上、《起死回生》を用いたHP低下によるステータス増強は、四本角にはない。
それどころか、残る二つの頭部もコアをまだ有していないために傷口の変化や《真・絶死結界》も使用できない。
可能なのは、
『《OOOVVERRRDDRRIVE》!!』
再生一本角から放たれる、本体と寸分違わぬ威力の《終極》。
咄嗟に回避したゼクスが寸前いた空間を光のブレスが貫通し、無明の地下空洞を真昼の如く照らしながら、岩盤を蒸発させていく。
「これは肝が冷えますね」
涼しい顔でそう言いながら、ゼクスは攻撃を重ねる。
四本角はその間も一本角にブレスを吐かせているが、命中しない。
再生した一本角の首が放つ光は、本体のそれと比べて細い。威力こそ変わらないが、範囲が狭く、相手を捉え切れていない。
加えて、ゼクスには知る由もないが《絶死結界》も弱まっている。今は半径一〇〇メテル以内のレベル二五〇以下を抹殺する程度の結界だ。
<UBM>としてのコアがまだ再生できていないために、一本角も二本角も能力が両親から引き継いだ値にまで弱体化しているのだ。
それでも、相手は古代伝説級の特化能力を二つ保有する神話級の怪物である。
だが、ゼクスは負けるつもりが欠片もない。
むしろ、こう思っている。
――きっと、この私が一番楽をしているのでしょうね
完全な戦力を有した【グローリア】と戦ったフィガロより、
絶対死の力が極まった【グローリア】と戦った月夜より、
今、純粋な最強と化した【グローリア】と戦っているシュウより、
自分の戦いはきっと楽なのだろう、と。
だからこそ、負けるわけにはいかない、と。
「《シェイプシフト》――機関砲」
ゼクスが左手首から先を、ガトリング砲へと変形させる。
複雑な機構を有する機械であろうと、ゼクスは己の体を変形させられる。
放たれた弾丸は、剣ほどの威力を持っていないのか鱗によって弾かれる。
ガトリング砲の火力では、その防御を破るには至らなかった。
だが、それで構わない。
『……!?』
四本角が己の体表の違和感に気づく。
弾いたはずの弾丸が体表に付着し、少しずつ鱗を傷つけているのだ。
その弾丸はいつの間にか黒い液体――スライムへと変じていた。
ガトリング砲が変形したゼクス自身であるように、放たれた弾丸もまたゼクスである。
着弾の直後に弾丸からスライムへと戻り、密着して傷つけていく。
『…………!!』
口を持たない四本角がのたうち、再生した二本の首も苦鳴を上げる。
その隙にゼクスは再び【グローリア】に急接近する。
今度は前よりも近く、鞭の剣よりも近い間合い。
「《シェイプシフト》――【破壊王】の右腕」
三度目のシェイプシフトで、ゼクスの右腕が彼のものではない右腕へと変じる。
彼よりも遥かに筋骨隆々としたその右腕で、【グローリア】の体表を殴打する。
直後に【グローリア】はこれまでで最大のダメージを受けたかのように体を曲げ、……同時にゼクスの右腕も反動で千切れた。
「やはりシュウはSTRが高すぎて、劣化版でも反動で腕が取れてしまいますね」
千切れた右腕をスライムに戻して自分に回収しながら、ゼクスは冷静にそう言った。
剣、機関銃、そして【破壊王】シュウ・スターリングの右腕。
これらへの変形は、いずれも一つのスキルで行なわれている。
《シェイプシフト》。
ゼクスの<超級エンブリオ>であるヌンのアクティブスキルである。
ヌンは《シェイプシフト》とパッシブスキルである《液状生命体》や必殺スキルを含め、四つしかスキルを保有していない。
変形の名のままに、ゼクスの肉体を変形させるこのスキル。
普段は人型になっているように形状だけの変形をしているが、本来はその一段上。
変形した対象の能力までも獲得するスキルである。
現在、ゼクスは左腕をシュウ・スターリングの<エンブリオ>の第二形態に変形させている。
《シェイプシフト》は本来、装備品の見た目や強度は別として装備スキルは獲得できない。
だが、アイテムではなく<エンブリオ>であればそれも可能だ。
『…………!』
【グローリア】が己の巨体で薙ぎ払うようにゼクスを攻撃する。
ゼクスはソレに対し再び【破壊王】の右腕でカウンターを当てながら……攻撃を受けて砕け散る。
だが、砕けたはずのその体は、すぐに再生して元通りになる。
再生に優れ、物理攻撃をほぼ無力化する《液状生命体》の効果である。
自在に変形して能力までも獲得する《シェイプシフト》、再生に優れて物理攻撃をほぼ無力化する《液状生命体》、【犯罪王】の唯一のスキルにして奥義である強化系のパッシブスキル《犯罪史》。
この三種のスキルの併用により、攻防共に隙がない。
それが【犯罪王】の基本戦闘スタイルだ。
「あの一本角の首への変形は《シェイプシフト》では無理そうですね。レパートリーは増やせません」
口からブレスを吐く【グローリア】を見ながら、ゼクスは諦めたようにそう呟く。
それはヌンの欠点に由来する。
破格の万能性を有するヌンにも、欠点が三つ存在する。
一つ目は《シェイプシフト》では対象とのレベル差が変形の精度に関わること。レベルが同等でも能力は五割程度に収まり、完全に同一の能力を獲得するならば相手の倍のレベルが必要となる。それは<エンブリオ>の形態でも同様で、第三形態までしか完全な能力獲得は出来ない。
二つ目は能力の詳細を把握していないスキルは変形しても使用できないこと。使い方が分からない、ではなくそもそも変形時の機能として含まれない。
そして三つ目は……リソースの不足。
万能の変形能力である《シェイプシフト》、強力な防御能力である《液状生命体》。このどちらか一つだけでも強力な、それこそ<エンブリオ>一体に相当してもおかしくない能力である。
ゆえに、その両方を獲得しているヌンは他の部分で他の<エンブリオ>に大きく劣っている。
それは<マスター>へのステータス補正。
ヌンは世にも珍しい――全ステータスマイナス補正の<エンブリオ>である。
全ステータスがおよそ半減し、そのマイナス補正は変形を維持するためのSPにも及んでいる。《シェイプシフト》にはSPを消耗するため、変形時間への制限さえ生じている形だ。
何者にでもなれる代わりに、素の性能においては他の<マスター>に大きなハンデを負う。
それがゼクス・ヴュルフェルという<マスター>だ。
もっとも……それら三つの欠点全てを既に解決しているからこそ、【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェルは恐れられているのだが。
『ククク』
「おや、また楽しげな声が聞こえますが、どうなさいました?」
『なに。お前の友人は実に小気味良い戦いをしている。このような戦いは【覇王】や先々代の【龍帝】がいた時代以来だ』
「その戦い、この私も少し見たくなります。……?」
再生途中の【グローリア】との戦いにおいて、ゼクスにはまだ【天竜王】と言葉を交わす余裕があった。
だが、その表情が僅かに変わる。
ゼクスは咄嗟に――自らの体を八つ裂きにして周囲にばら撒いた。
――直後、無数の光の糸が地下空洞を駆け巡った。
【グローリア】の口から放たれていた本体よりも範囲の狭い《終極》。
それが今、さらに細い光へと変化し――数百の光の糸となって地下空洞を乱舞する。
【グローリア】の放つ光は威力だけ変わらぬまま、その数だけを遥かに増して、地下空洞そのものを溶断していく。
【グローリア】は、己で新たなスキルを作ることが出来るモンスターだ。
それはこの再生された【グローリア】……四本角であっても変わらない。
四本角は眼前のゼクスという窮地に対し……オリジナルより弱まった一本角の力を更に分割する新たなスキルを編み出し、面制圧力を格段に跳ね上げていた。
《拡散終極》とでも言うべきその新たなスキルは地下空洞の全てを嘗め尽くし、事前に分割して回避していたゼクスの体を二割ほど蒸発させた。
だが、大幅に体積を削られながらも、《拡散終極》が収まった直後にゼクスの破片は集合して再生する。
再び腕をガトリング砲へと変えて、【グローリア】へと自分自身を連射する。
だが、その弾丸は【グローリア】に届かない。
【グローリア】に触れる寸前までいったところで――光の塵になる。
今、【グローリア】の周囲には……可視できるほどに濃密な結界が展開されている。
それは、《絶死結界》。
展開半径五〇センチの、圧縮された《絶死結界》である。
それは従来のように広範囲を殲滅する力ではない。
ただ、己の周囲に入ってきた生物全てを抹殺して身を守るための力。
今の《絶死結界》――《圧縮絶死結界》であれば、一〇〇〇レベルを超す人間であろうと容易く抹殺できるだろう。ゼクスの分身である銃弾が消滅したことがその証左だ。
加えて、結界が収縮したことで防御能力としても隙がない。
従来どおりの《絶死結界》なら圧縮できなかっただろうが、力が弱まったことで逆に圧縮が容易となっていた。
《拡散終極》と《圧縮絶死結界》。
この短時間で、再生体の【グローリア】は一本角と二本角の切り札に勝るとも劣らない力を獲得したと言える。
本来ならばありえないことだが……そうなった要因はある。
状況が、【グローリア】にとって悪すぎたのだ。
未だ三つ首のコアは復元しておらず、最盛期に程遠い状態。
相対するのは得体も底も知れない【犯罪王】。
バックアップである己が滅ぼされれば後がないという状況。
そうした体験することのなかった逆境、生命の危機に、【グローリア】の生存本能が今ある力を再構成して二つのスキルを編み出したのだ。
出力では最も劣るが、技巧に優れた【グローリア】として……ここに四本角は新たな戦闘スタイルを獲得していた。
「細い光線をより細くして拡散させた。加えて、結界の範囲を更に狭めることで、致死対象を引き上げた、ということですか」
メガネを押し上げながら、ゼクスは冷静に【グローリア】の手の内を看破した。
これはゼクスにとって非常にまずい状況だ。
ゼクスには己の体を武器として戦う以外の術がないため、《圧縮絶死結界》は天敵だ。
それに《拡散終極》の攻撃範囲では、いずれゼクスの全身が消し潰される。
「なるほど。考えましたね。創意工夫、素晴らしいと思います。特に結界の変化が素晴らしい。難攻不落で、破れる者は数少ないでしょうね」
そんな形勢を逆転された状況で、ゼクスは感心するようにそう言った。
そしてニコリと笑って、
「ですからそれは――『結界ごと破壊しろ』、ということでよろしいですね?」
確認を取るように、そう問いかけた。
「それならこの私も心得ています。友人がそういった戦法を得意としているものですから」
『…………!?』
四本角が、言いしれぬ威圧感にたじろぐ。
ゼクスの態度にはたしかに感心も、驚きもあった。
だが、四本角が獲得した二つの力を……欠片も脅威とは見ていない。
まるで、既に対処法を持っているかのように
『聞こえるか、ゼクス』
「おや、どうしましたか?」
鱗から聞こえてきた【天竜王】の言葉に、ゼクスは何かあったのかと応じる。
『そろそろ上も決着が近い』
「なるほど、それは問題ですね」
ゼクスは決着が近いという言葉を「シュウの勝利が近い」と受け取った。
そのくらいに、ゼクスはシュウの力量を信頼している。
しかし本体が滅べば、この再生【グローリア】にも三本角の首が生えてくる。
HPが低下するほどステータスを上昇させる首も含めて、ここに【グローリア】が揃ってしまう。
ゆえに、もう長期戦は選べない。
「では、結界への対処もありますし、あの私ですぐに決着をつけましょう。色々と、お借りしますよ、シュウ」
その言葉の直後に、ゼクスの気配が更に変容する。
眼前の人の形をした人でないモノの得体の知れなさが、その畏怖を維持したまま全く別のものに置き換わっていくのを四本角は感じていた。
それはまるで夜の海が大海嘯へと変じるような……圧倒的な力の気配。
『ふふふ――』
ゼクスは人の形を失くし、液体へと還っている。
同時に、その体積を膨張させていく。
天井まで一〇〇メテル以上の高さがあった広大な地下空洞が、狭く感じるほどにゼクスは膨張する。
【グローリア】が《拡散終極》で攻撃していくが、膨張速度が消滅を格段に上回っている。
まるで、膨大なHPを持つ何かになろうとしているかのように。
そして膨れ上がる最中に己の外見を、内面までも変容させながら……ゼクスはただ一言を口にする。
『《我は万姿に値する》――■■■■』
直後、闇色の液体が一つの形を成して――。
To be continued
《シェイプシフト》:
変形能力。
外見はほぼ自由に変更でき、相手のジョブスキルまでも(詳細を知っていれば)獲得できる。
装備品は強度や外見は再現できるが装備スキルは再現できない。
しかし<エンブリオ>のスキルは(詳細を知っていれば)獲得できる。
ただし、ジョブやステータスの完全再現に倍のレベルが必要であるのと同様に、<エンブリオ>の再現にも倍の到達形態が必要になる。
そのため、ゼクスが《シェイプシフト》で再現できるのは下級の<エンブリオ>までである。
なお、顔も変形できるが別人に成りすますことはできない。
なぜなら変形能力であって偽装能力ではないからである。
合計レベル一の使ったスキルレベル一の《看破》でも余裕で「【犯罪王】ゼクス・ヴュルフェル」と表示される。そういう偽装はアマノジャクな人の領分である。
余談だが、変形時に述べているのはゼクス・ヴュルフェルの名前と同様にドイツ語である。
なお、実はスキル宣言の必要がないスキルである。
《液状生命体》:
スライムボディ。
分裂したり、体積が増えたり、物理攻撃をほぼ無効にしたり、酸素などが不要になったりする。
便利な体に思えるが、恐らくゼクスくらい頭のネジが外れていなければ発狂する。
なお、HPの意味合いが変化し、体積がどれだけ減ったかがダメージの度合いになる。
ちなみに弱点として炎に弱いと言われることがよくあるが、そもそも人体だって炎で炙られれば重傷である。
正確には熱量による蒸発で体積が減少してしまうので分かりやすく効きやすいというだけで、人間に比べてより弱くなるというものでもない。
余談だが、ルークもリズ(【ミスリル・アームズ・スライム】)と《ユニオン・ジャック》するとこのスキルが付く。ただし、彼はそこまで頭のネジが外れているわけでもないので人型を維持しながらの運用となる。
《我は万姿に値する》:
詳細不明。
余談だが、万死と万姿のダブルミーニング。
しかしその万死が万の死に値するほどの罪という意味か、はたまた万の死を齎すものという意味かは判断が分かれる。
(=ↀωↀ=)<【グローリア】の初見殺し(じゃないけど厄介な)ギミックその三、《既死改生》
(=ↀωↀ=)<『既に死んだものが改めて生まれる』の名の通り
(=ↀωↀ=)<切り放した尻尾から本体を再生するスキル
(=ↀωↀ=)<それに気づかない限り、延々と短いスパンで再生する【グローリア】との戦いを強いられる
(=ↀωↀ=)<…………ただ、まぁ
(=ↀωↀ=)<一回目の再生も済まない内にネタがバレて潰しにこられると意味はない
(=ↀωↀ=)<【グローリア】の初見殺しギミックその四、《拡散終極》
(=ↀωↀ=)<数百の極細の《終極》で周囲一体を溶断する技
(=ↀωↀ=)<回避は困難であり、人間であれば致命傷は免れない
(=ↀωↀ=)<なお、バラバラになったり何割か蒸発しても生命活動に支障がないスライムには効果が薄い
(=ↀωↀ=)<【グローリア】の初見殺しギミックその五、《圧縮絶死結界》
(=ↀωↀ=)<展開半径を五〇センチにまで圧縮した《絶死結界》
(=ↀωↀ=)<外からの攻撃は効かないし、触れればレベル一〇〇〇オーバーでも死ぬほど
(=ↀωↀ=)<接近戦してたら気づくと死んでるくらいのひどい技
(=ↀωↀ=)<ただし、結界の外から自分の分身飛ばしてギミック把握してくるようなスライムには初見殺しできない
(=ↀωↀ=)<あと、多分接近してても結界内の部位が死ぬだけで
(=ↀωↀ=)<外側にいる部位は死んだ部位切り放して普通に生き残る模様
( ꒪|勅|꒪)<……スライムと相性悪かったんだな、最強竜