第一話 狂竜
(=ↀωↀ=)<本当は今日更新する予定ではなかったけれど
(=ↀωↀ=)<折角の発売日なので【グローリア】編開始
(=ↀωↀ=)<なお、時系列はデンドロ時間で本編開始の一年少々前なので
(=ↀωↀ=)<まだ戦争の気配もありませぬ
追記(11/27):
質問を受けたので<天蓋山>と<境界山脈>について追記修正。
<境界山脈>の中央に<天蓋山>があるので、入るためには他の山も通らなければならない。
■???
【四号保管庫より対象を選出】
【時間停止保存処理解凍開始】
【完了】
【起動における問題なし】
【アルター王国内国境地帯十一エリアから投下地域を選定】
【決定――アルター王国北西部<雷竜山>】
【投下実行】
【第三次超級進化誘発干渉――開始】
◇◆◇
□■王国・皇国国境地帯付近 <雷竜山>
アルター王国とドライフ皇国。
交流が盛んなこの二国だが、人間が通行可能な国境は二つしかなかった。
一つは王国北東のカルチェラタン領と、皇国南東のバルバロス領の間に広がる平野。
もう一つが王国北西のルニングス領と、皇国南西のエルドーナ領の間にある山道である。
この二つの国境地帯の間には<境界山脈>と呼ばれる険しい山脈が広がっており、人の足で行き来するには……少なくとも交易をするにはまるで向かない。
だが、真の問題は道の険しさではない。
山々を根城とする竜こそが、その地を通れない真の理由であった。
<境界山脈>の中心にして最大の山である<天蓋山>には、天竜種最強の【天竜王 ドラグへイヴン】が住まうとされており、それ以外の山々にも長となる天竜種の竜王が生息している。
<厳冬山脈>の内部に住まうとされる【地竜王 マザードラグランド】、東西南北の海域を回遊し続ける【海竜王 ドラグストリーム】と並ぶ三大竜王の生息地とあって、ティアンはまずその山には立ち入らない。
稀にいる腕自慢の武芸者や近年増加した<マスター>が<天蓋山>を目指して<境界山脈>に入ることもあるが、純竜が跳梁跋扈する環境ゆえにほとんどは【天竜王】に出会うことすらなく死に絶える。
そして、稀に出会えた者も一瞬で塵となる。
<境界山脈>とは、招かれざる客となれば生きては出られない世界なのだ。
しかし、<境界山脈>に住まう天竜達は侵入者に対しては厳しいが、それ以外には寛容である。
野に降りて他の生物を狩ることは滅多になく、東西の国境を人が行き来してもそれに手を出すこともない。境界を越えない限りは、王国と皇国にとって危険性の低い隣人達である。それが<厳冬山脈>の地竜達との違いであろう。地竜は環境の厳しさと食料の少なさゆえに、山から出て他の生物を捕食する。かつてロックバード種との生存競争が発生したのも環境の厳しさが一因である。
ともあれ、秩序ある天竜達のお陰で二つの国境での往来は今日も問題なくなされている。
『ふむ。人の動きがいつになく多い。これはまた、人界で大きな動きでもあるものか。北か南か、どちらかの国で王でも代わるかな』
そんな人々の往来を、山脈の西端に位置する<雷竜山>の山頂から眺める巨大な竜の姿があった。
その竜は全体的にスラリと細く、比して翼膜と頭部の角は巨大であった。
また、翼膜も角も、内部に青白いスパークが走り続け、その身が膨大な電力を蓄えていることを窺わせる。
彼の名は、【雷竜王 ドラグヴォルト】。
【天竜王】の第三子であり、国境に近い<雷竜山>を治める竜王である。
『近く収穫祭もある。《人化》し、街の様子を見に行くのもよいか』
彼は人の世界を見るのが好きだった。
同時に一部の純竜が備える《人化》のスキルを使い、祭りの時期などに市井を散策することも時折行っている。
特に南のルニングス領の領主はそれを知っており、彼の正体を知りながらも周囲には隠し、共に祭りを楽しむ友であった。
彼は人の世界が好きだった。
『そのときは弟者のいずれかに代わってもらわねば、…………む?』
それは竜の気配。
未だ十キロメテル以上先であるが、【雷竜王】は既にその気配を掴んでいた。
『……穏当な気配ではない。人界に害をなすつもりか』
国境付近、そして人界に害意をもって向かおうとする竜の統制も彼の役割である。
悪意を持って人界を攻める竜が増えれば、いずれこの山脈の竜と人間の大戦争へと発展する。
それを避けるため、【天竜王】とその系譜の竜王達はこの山の竜を抑えている。
何より【雷竜王】については、彼自身が人の世界に害をなす同胞を放置しておける性分ではない。
『さて、いずれの山のはねっかえりか。…………?』
最初は、「どこかの山で力をつけ人界に向かおうとする竜であろう」とあたりをつけた。
だが、彼はすぐに気づく。
距離が近づくにつれて伝わってくる気配。
そして、彼よりも巨大なその体を見たときに判る。
それが自分達とは違うものだ、と。
『貴様……天竜種ではないな?』
姿を見せたその竜は異常だった。
本来は一つである筈の首を三つ持ち、それぞれの首で角の数すら違う。海竜種や地竜種ならばともかく、天竜種では奇形として間引かれるような存在だ。
なぜなら、そうした天竜種の奇形の大半は正常に育たず、悪意を増大させる個体が多いからだ。
そして【雷竜王】は生まれて以来、この三つ首竜ほどに育ちきった奇形を見たことがない。
この山脈の竜でないのは明らかだった。
『答えよ! 貴様、どこから現れた!』
竜の言語で吼えながら、【雷竜王】は誰何する。
だが、それに対する謎の竜の返答は、
『SHUEWOOOOWWWWWW』
ただの、咆哮。
その返答は竜の言葉ではない。
ただ、己の狂騒を言葉にもならぬままに吼えただけの……原始の叫び。
『狂竜め! 言葉も通じぬか!!』
その瞬間、【雷竜王】は三つ首竜を排除すべき敵と認識した。
同時に、彼の固有能力にして最大の攻撃スキルを発動する。
背中と角の発光が強まり、紫電が彼の口腔の中で増幅され――
『――《ライトニング・ヴォーテックス》!!』
――渦を巻く巨大な雷光となって、数キロの距離を一瞬で駆け抜ける。
それこそは<神話級UBM>、【雷竜王 ドラグヴォルト】の最速にして最大の一撃。
電速で宙を奔り、戦術核爆発に数倍するエネルギーの轟雷であらゆるものを焼き尽くす。
三つ首竜への着弾の余波で山肌すらも融解する。
その威力は生物であれば全身の体液が沸騰、蒸発して死に絶えるのは疑いようがない。
『愚かな狂竜め。何ゆえ東西の国境に我と小兄者が控えておると思ったか。多少力をつけた竜如きに遅れは取らぬ』
<天蓋山>に座す【天竜王】と、その最大の腹心である第一子を除く天竜種最強戦力が国境付近の山に置かれている。それは、このような不埒な竜を確実に撃滅するためだ。
この山の守護の任を受けて五百年、【雷竜王】はこうした竜を倒し続けてきた。
ゆえに、彼は自身の勝利を疑わなかった。
それは――相手の竜も同じだったが。
『――SHUOOOWWW』
蒸発した山肌の蒸気の影から、その竜は再び姿を現した。
その身に傷一つ……つけることなく。
『……馬鹿な』
ありえない。【雷竜王】の思考はその一つで埋まった。
《ライトニング・ヴォーテックス》を生き抜く、耐える、ダメージが軽い、ならばまだ理解できる。
だが、無傷はありえない。
それは……【雷竜王】の父である【天竜王】ですら不可能であるからだ。
ならば、眼前の竜は【天竜王】以上の竜ということになる。
『……違う』
だが、【雷竜王】はその比較を否定する。
それは息子としての感情ゆえではない。
歴戦の竜としての、経験則ゆえだ。
『攻撃を防ぐ、仕組みがあるはずだ……』
何らかの未知のスキルで、《ライトニング・ヴォーテックス》を防いだ。
それを破らない限り、幾度攻撃を放とうと無力化される。【雷竜王】はそう考えた。
そして、決心する。
『……父上! 大兄者! 見ておられますか!!』
【雷竜王】は天を仰ぎ、吼える。
無論、【天竜王】や第一子の住む<天蓋山>はここから見えぬほど遠い。
しかし、彼はその声が届き、父と兄がこの戦いを見ていると確信していた。
『我はこれより、此奴のカラクリを暴くため死力を尽くします!』
【雷竜王】は吼えながら、その四肢に力を込める。
『奴の討伐は我の屍の後に果たしてくだされ!』
既に、【雷竜王】は死を覚悟していた。
眼前の竜が【天竜王】に勝っているとは考えない。
だが、自分よりは勝っているだろうとこの時点で確信していた。
『往くぞ、狂竜! 貴様の防御のカラクリ、我がこの手で……暴く!』
そうして、【雷竜王】はその竜に飛び掛り、
『――SHUHAHAHAHA』
狂竜の嘲笑うような声が聞こえた直後に――絶命した。
◇◆
□■アルター王国・ルニングス領
王国北西部にあるルニングス領は穏やか且つ温暖な気候の土地柄である。
王国にいくらかある穀倉地帯の一つであり、今は収穫の真っ最中であった。
遥か遠くの山の麓まで続く小麦畑を見とおしながら、視察に来ていたルニングス領の領主であるルニングス公爵は満足そうに頷いた。
「うむうむ。今年は特に豊作であったようだ」
公爵の言葉に、穀倉地帯の村の長がニコニコとした笑顔で答える。
「ええ。今年は<マスター>の方々も手伝ってくれまして。収穫量も栄養価も昨年より高く、土地の栄養もまだまだ尽きませぬ」
「そうかそうか。いや、三年ほど前に<マスター>が急激に増えた際はどうなるかと思い、実際国土を騒がせる【犯罪王】なる<マスター>もいるが……。我が領地においては良い方向に動いたようだ。うむ、重畳重畳。ハッハッハ」
村長からの報告を聞いて、公爵は快活に笑う。
「これなら今年の収穫祭は盛大なものになるのぅ」
そう言いながら、公爵は「【雷竜王】様にもきっとお楽しみいただけるだろう」と考えていた。それは村長にも家族にも言えない、彼だけの秘密であったが。
「うむうむ。これなら贈り物をしてもあまり懐は痛まなくて済むな」
「贈り物とは?」
「うむ。知っての通りこのルニングス領はドライフと国土を接しておるし、あちらのエルドーナ領とも深い交友がある。ゆえに、ドライフの吉事には国が送るのとは別に贈り物をせねばならぬのだ」
「ドライフで吉事ですか?」
「うむ。先月亡くなった皇王の喪が明け、新たな皇王が即位するという話だ。まだ皇位継承者の誰に決まったのかは知らぬが……。まぁ、前皇王の第一子であったグスタフ皇子か、あるいはその息子であるハロン様であろう。グスタフ皇子の生母である皇后はエルドーナ侯爵家の出であるし、エルドーナ領がこれからさらに盛り立てられる可能性は高いな」
それも見越してエルドーナ侯爵家との交友はさらに密にしたい、というのがルニングス公爵の考えであった。
公爵家の貯蓄を崩して贈り物をしようと考えていたのだが、この大豊作のお陰でそれも最低限で済みそうだと、公爵は胸を撫で下ろす。
近年、王国は北の皇国とも南のレジェンダリアとも関係は良好。
この実りは今後の西方諸国の平穏と豊かさを表わしているようだと公爵は思った。
ならばそれは――喩えるべきではなかったかもしれない。
「……む?」
公爵の視線の先。
麦畑の先にある山――ドライフに繋がる道を敷いた山の色が、先刻までと変わっていた。
山頂まで緑が生い茂っていたはずなのに、なぜか山頂が茶色に枯死している。
その色の変化はそこで留まらず、少しずつ、少しずつ――山頂から山のすそ野を下るように、小麦畑へと近づいていた。
「あれは、何だ? 毒か? 毒を垂れ流すモンスターでもいるのか?」
毒を撒くモンスターは、王国にも何種類か存在する。
しかし山を塗り替えるように枯死させるほどの毒となると、その存在は限られてくる。
「まさか、【キング・バジリスク】か!? 純竜クラスの中でも厄介な種族ではないか!」
王国でも特級の危険生物に指定され、<UBM>でないにも関わらず常に懸賞金がかかっているモンスターをルニングス公爵は連想した。
あんなモンスターがこの小麦畑に、そして街に入り込めば被害は甚大なものとなる。
ルニングス公爵は重大な危機感を抱いた。
しかし、村長は逆に落ち着いた様子だった。
「【キング・バジリスク】ですか。それならば大丈夫でしょう」
「何が大丈夫だというのだ!?」
「この村を拠点とした<マスター>の方々がおられます。実りが豊かになってから何度か純竜クラスにも襲われましたが、その都度彼らが討伐してくれました。ご覧ください」
村長が指示したのは、枯死していく山へと向かう五人組のパーティの姿。
ルニングス公爵の《看破》では彼らのいずれもレベルが三〇〇を超え、中には地竜種の純竜に騎乗している者もいる。
「おお! あの者達ならば!」
「ええ、【キング・バジリスク】であろうとたちどころに討伐できるはずです」
ルニングス領の騎士団よりも遥かに強いであろう<マスター>の勇姿に村長は絶大な信頼を置き、ルニングス公爵も大きな期待を抱く。
そんな<マスター>のパーティは、
――枯死に近づいた瞬間に光の塵になった
「…………なんだと?」
レベル三〇〇オーバーの<マスター>が、まして地属性の純竜までもが、即死する。
(そんな猛毒は、【キング・バジリスク】であろうとありえない……!!)
もっと何か恐ろしいものが、あの枯死した木々の中にいる、ルニングス公爵はそう確信した。
「ま、まさか……あの【エデルバルサ】のような、神話級の<UBM>か!?」
公爵の脳裏をよぎったのは、二十数年前に王国北東にあるカルチェラタン領の国境地帯に現れた神話級<UBM>。【無命軍団 エデルバルサ】のことだった。
あのとき、公爵はその事件を対岸の火事のように考えていた。神話級などそうそう表れるものではないし、この近辺でその力を持ちえる<境界山脈>の天竜は統制が取れており、山外の人間に害をなさないからだ。
「あの山から出てきた悪意ある天竜だろうか……、いやそうであれば【雷竜王】様が抑えてくれるはずだが……。ああ、何が起こっているのだ」
公爵はきつく瞼を閉じて、想定外の事態に対するやりきれない感情を押し込めた。
「兎に角、すぐさま対策を講じねば! まずは住民の避難を! そして急ぎ街に戻り、いや村にある通信魔法の設備で王都に連絡を……!」
公爵は今後の対策を素早く考え始める。
王都や冒険者ギルドに連絡を取り、至急ランカー上位の<マスター>を多数派遣してもらい、事態の収拾を図ろうとする。
それまでの間に穀倉地帯が壊滅的な打撃を受けるかもしれないが、それでも人さえ残っていれば再起は可能である、と公爵は考えた。
彼が考えている対処法に間違いはなかった。
彼に間違いがあったとすれば――そのモンスターの脅威度の認識である。
王国に出現したモンスターの中での最上位である神話級の<UBM>。
――それを最大と見積もっていては、その存在を推し量ることはできない。
「こ、公爵様……公爵様ぁ!?」
それまで、全幅の信頼を置く<マスター>のパーティが一瞬で壊滅したことに衝撃を受け、放心していた村長が……目を剥いて何かを凝視している。
「何だ! ……………………なんだ?」
対応の検討を中断させられたルニングス公爵はそれに苛立たしげに答え……同じように目を剥いた。
その視線が向かう先は枯死した木々の合間……ではない。
枯死の原因であり、<マスター>を壊滅させたモンスターは、最初からそんなところにはいない。
それはまだ、山の向こうにいた。
ゆっくりと、歩くような速さで、それは山向こうから少しずつ見えてくる。
まず見えたのは、頭部だった。
三本角を生やした金色の頭部が、ゆっくりと尾根を越えて見えてきた。
次いで、公爵から見てその頭の左から一本角の首が、右から二本角の首が見える。
三つの頭には頭と同色の鱗が隙間なく敷き詰められた金色の長い首が繋がっている。
やがて、山頂に手をかける前脚が見えたとき、公爵はそのモンスターがなんであるかに気付いた。
「黄金の、三つ首竜……」
それは、山の半分ほど……二百メートルはあろうかという巨大な三つ首竜だった。
長い首と尾を除けば百メートルだろうが、それでも、公爵がこれまでに見たどんなモンスターよりも巨大だった。
何よりも、生物の本能が理解してしまう。
あれの前にいてはいけない、命以外の全てを捨ててでも逃げなければ命は確実に喪われる、と。
「あ、あれは……!?」
そして、その威容に目を取られていたが、公爵もようやく気づいた。
その首の一つ……二本角の首が何かを咥えていることを。
「ら、【雷竜王】様……!?」
それは【雷竜王 ドラグヴォルト】の亡骸だった。
いや、あるいはまだ亡骸ではないのかもしれない。
絶命した体が傷一つなく、遺体が綺麗過ぎて蘇生可能時間が残っているためにまだ消えていないものだ。
しかしそれも……。
『SYEWOWAWOWAWOO』
もしも人であれば笑みを浮かべたであろう獰猛な叫びと共に、二本角の頭部が喉笛を噛み切ったことで【雷竜王】は光の塵になった。
「そ、そんな……そんな、馬鹿なことが……」
知己である竜の死に公爵が動揺している間に、三つ首竜は山頂を乗り越え、その巨体の全貌を見せる。
『SHEEEWOOOOOO――』
同時に、二本角の首が……笛の音のような鳴き声を上げた。
二本角の首は縦長の巨大な眼が顔の中央に埋まっている。
しかしその単眼は青紫色の茫洋とした光を放ち続けていた。
その儚げな輝きに――公爵は最大の恐怖を覚えた。
理屈は分からない。
なぜその答えに至れたのか、至ってしまったのか公爵には分からない。
しかしそれでも理解できた。
――あの二本角の首の単眼こそが枯死と、<マスター>パーティ全滅の原因なのだ、と。
――あれが、【雷竜王】を殺したのだ、と。
「……避難だ!! 全員、すぐにあの竜から離れよ! 死んでしまうぞ!!」
公爵は本日の視察で領民への声掛けのために持ってきていた拡声アイテムを使って、畑にいる全ての者に避難を呼び掛けた。
そうして、あまりの光景に放心していた者達も我に返り、喉が張り裂けるような悲鳴をあげながら一心不乱に逃げ出した。
公爵もまた馬に乗って逃げ出す。
訓練された馬は、この状況でも主を乗せて逃げ出すことを可能とした。
その場に置き去りとなった村長も、自分の足で必死に逃げ出す。
「ふぅ……ふぅ……!」
恐怖と緊迫感に激しく波打つ心臓に息を荒くしながら、公爵は馬を走らせる。
一分も走らせたところで、後ろを振り向けば、まだあの三つ首竜は山の上にいた。
その歩みはやはり遅く、枯死の範囲がジリジリと小麦畑に及んでいるが、逃げ出す住民の足よりはその進行も遅い。
「巨体ゆえに緩慢にしか動けないのか……!」と公爵は三つ首竜の有り様に安堵する。
その安堵はきっと、三つ首竜から逃げる全ての人々に共通の思いだっただろう。
だからだろうか、彼らの中でそれに気づいた者は少なかった。
彼らからは見えない竜の背中で――ゆっくりと大きな翼膜が開いていくのを。
――ああ、そもそも彼らは知っていたはずだ
――竜とは、飛ぶものだと
三つ首竜はその胴体と同じほどの大きさの翼膜を二枚広げ、その巨体を飛翔る。
そして悠々と飛びながら――自身が近づいた全ての生命体を絶命させた。
公爵も、村長も、千人以上の民草も、あるいは非人間範疇生物さえも。
末期の言葉を遺すことなく……糸が切れたように死に絶えた。
そうして、王国の北西……【雷竜王】の支配する<雷竜山>と、ルニングス公爵領は壊滅した。
◆◇◆
□■???
『<SUBM>、【三極竜 グローリア】。王国北西部への投下を完了した。しかし、【雷竜王】が死んだか。それなりに期待のもてる個体だったのだがな』
『しかたありぃますまい。さてぇ、事ぃ前の設定のとぅおりならぁ、こぅのまま南東ぅへ低速で侵攻ぉ。イィッ週間後にィ王都を《絶死結界》の効果ァ圏に収めェますナァ』
『あとは見ているだけだ。<超級>をはじめとした王国の<マスター>、……特にこの危難に際して新たに<超級>となる者が現れて倒すことを期待しよう』
『…………』
『何か言いたげだな、チェシャ。王国がお前のホームグラウンドだからか?』
『いや。尋常な手段では倒せない強敵……<SUBM>を投入して、燻っている<マスター>の進化を促す。それは理解してるよ。実際、前回は上手くいった。……でも言いたいことはある』
『何だ?』
『【グローリア】は強すぎる。【グレイテスト・ワン】や【モビーディック・ツイン】とは違う。僕らが回収した<SUBM>の中でも極めて完成度が高い怪物だ。ハッキリ言って、もっと後発でも良かったはずだよ』
『だからこそ、だ』
『……なんだって?』
『ハンプティが期待する【破壊王】、マッドハッターが目を掛けている【超闘士】、アリスが好む【女教皇】、そしてお前が注意を払い続ける【犯罪王】。これだけの逸材が揃っている国に平均的な<SUBM>を投入しても……きっと何も起きない』
『…………』
『期待をしよう。王国の<マスター>が自らの限界を超え、最も完成されたモンスターに勝利することを』
To be continued
(=ↀωↀ=)<次回は最長一週間後の更新を予定しております
(=ↀωↀ=)<なお、【グローリア】にはあまりコメディ分がありませぬ
(=ↀωↀ=)<足りなくなったコメディ分は
(=ↀωↀ=)<近々HJ文庫の「読めるHJ」に
(=ↀωↀ=)<ページ数の問題で入らなかった一巻の書下ろしが掲載されるらしいので
(=ↀωↀ=)<そちらで補充ください