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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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揺れる花へと掛ける言の葉 *奏嘉

しんと静まった古い木造の剣術道場の中、青年は息を潜め佇んでいた。


早朝であるが故にまだ軍部にて活動する人間も少なく、辺りは驚くほどに静かだ。



着慣れた道着の重みに、持ち慣れた真剣の柄の感触は、心を落ち着かせるための道具としては充分だった。


決して打ち合いや試合には使用しないそれは、青い光を帯び冴えて、恐ろしい程に美しい。


微かな古い傷口の痛みや疼きも、気を引き締めるのには調度良かった。


ひとつ息を吐けば一閃、その真剣を振り抜く。


風を切る音と共に床を一度踏み鳴らせば、真剣が形のないものを真っ直ぐに断ち切る。


一太刀、一瞬のそれが、空気をぴりつかせ肌を刺激したあと深い平静へと感情を誘わせてくれる。



暫くそれを堪能した後、 青年は深い息を吐くと真剣を鞘に収め汗を手拭いで拭った。


静かに腰を下ろせば、静かだった外から人の声や小鳥の囀りが聞こえ始め、軍服の中から懐中時計を探り時間を確かめる。



「よし」



青年はひとつ呟くと、荷物を片腕に掛け道場を道着のまま後にし、自らの執務室へと向かった。




軍部にはあまり使われてこそいないが、幾らか施設が充実している。


しかし早朝にもなれば、人気は途絶えているに等しい。


自主的に鍛錬に勤しむものなど限られているのだ。

それに関して失望したのはいつの事だったか、そんな事すらどうでもよくなり、いつの間にか独り占めに出来るこの空間が青年にとってはひどく好ましかった。




革靴とは違う草履で絨毯を踏みしめるおかしな感覚にも慣れ、長い廊下を進めば僅かに重みのある自身の執務室の扉を開く。


軍刀よりも握り慣れたそれを執務室の衣類掛けの奥へと忍ばせると戸を閉じ、青年は湯浴みの為にと部屋を出た。




ーーーー半年後、彼女を妻としてやっと迎えられる。


それでも、それまでに解消しなければならないであろう問題はまだ山積みだった。



所謂、ツケが回って来たのだ。


自らを蔑ろにした覚えはなかったが、彼女が言うのならばそうなのだろう。


それによる弊害という表現が、あまりにもしっくりときた。




苦笑を浮かべれば、青年は深いため息を吐く。



ーーーーこれからは今まで目を背けてきた全てに、向きなおらなければならない。




それでも、気持ちは驚くほどに晴れやかだった。





まずは深く傷付けてしまった妹に謝らなくてはと、その拳を握る。


今までの自分と過去のーーーー座敷牢の鬼とを、どうしても擦り合わせなければいけなかった。


認めたくなかったものを、今度は自ら進んで認め、望まなくてはいけない。



前を見据えれば、何かに強く背を押されたような気がした。


********

仕事を終え、将臣は行者の引いてきた馬車を悪いとは思いながらも空のまま帰した。


直ぐにでも、この罪悪感に満ちた感情を振り払ってしまいたいと


あの夜の記憶を辿り帝都を進めば、想像していたよりも早くその店の前に到着してしまい今更ながらに逡巡した。


幾ら考えようと、これが彼女の為になるのかはわからない。
それでも嘘を吐き傷付けてしまったことに対しては何としても謝罪しなければならないのだ。それは童でも判るような、当たり前のことに違いない。


思い直せば、白い手袋を填めたままの手でその戸を引く。


どんな断罪でも受ける覚悟だった。




本当なら、再開を喜び抱き締めるべきであっただろう異国の妹。


あまりに母に似た、あの面影。



母にも、謝らなくてはと思った。
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