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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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声も出せず、絡み付く *奏嘉

「ぶぁっっくし!!!!」


食事処に居るというにも関わらず盛大なくしゃみをして見せた山縣に、将臣からの鋭い平手打ちが横っ面に決まる。

幸い客人が居ない時間であった為に安堵するが、あまりに行儀が悪いと将臣は盛大に眉を潜めた。

「ってぇ!」


片頬を抑えながら噛みつくように吠えた山縣の様子にも動じず、青年は少しは気を遣えと言わんばかりに深い溜め息を吐く。


友人を横目に見ながら何処か童子を思わせる表情で唇を尖らせると、山縣は頬を掻いて見せた。


「しょうがねえだろ、最近何かついてねぇんだわ」



その言葉に「馬鹿でも風邪を引くんだな」とぼそりと呟く将臣に、紫子はついついくすりと笑ってしまいはっと我に返れば慌てた様子で山縣に謝罪の言葉を述べる。





「あのな、言っとくが首席で卒業したお前の次に頭良かったのね、俺」


紫子の自分に対する印象がだんだんと可笑しなことになっていることを最近ひしひしと感じているのか、わざわざそう自分で口にすれば何だか情けなくなり男は机へと項垂れた。


それすら無視をし、おりんの運んできた甘味を興味深そうに青年は眺める。


青年が頼んだのは、苦味の効いた宇治抹茶のかき氷だった。


甘味が苦手というわけではないが、後味が甘いままであるのは苦手らしくこれを頼んだらしい。



紫子の前に出されたとろりとした白玉の浮く温かなぜんざいとは違い季節外れな気もしたが、気にしないといった様子で青年は氷を少しずつ崩し口に運んでいく。


「……美味しいです」


口内に広がる程よい苦味や甘味に微笑みながらそうおりんへと感想を言えば、当たり前だろ、と返され青年は笑う。



その様子を突っ伏したまま見上げていた山縣が、突然思い出したように「あ」と声を上げ身体を起こせば、青年はやっと山縣へと視線を移した。



「この間会った、薫って娘いたろ」




山縣から発せられたその言葉に青年の表情が僅かに引き攣るのを、紫子は見落とさなかった。




美しいブロンドの髪に、青灰色の瞳。



「…ああ」



―――――母によく似た、その相貌。



「あの娘が、どうかしたのか」


あくまでも平静を装って、青年は首を傾げて見せた。



(アロイスさま…?)


紫子は青年を見上げ不安げに瞳を揺らす。


山縣は先程の青年の表情には気付いていないのか、青年へとずいっと詰め寄り言葉を続けた。



「おう、見た目通りだが異国の血が半分通った華族の娘らしくてよ。今は此方で人を探しているらしい」



その言葉に、じくりと厭な疼きを感じ青年は僅かに奥歯を噛む。



じくり、じくりと身体を蝕んでいくようなそれに、気休めのように青年は右首筋へと爪を立てた。



(何故こんなことばかり思い出さなくてはいけないんだ)



ここ最近、厭と言うほど過去が蘇るきっかけにぶち当たり、正直青年は疲弊していた。



「それで?」



苛立ちを隠しながら問えば、山縣は不思議そうにしながらも再び口を開く。



「何でも、幼いときに此方に来たきり帰ってこなくなっちまった母親と兄貴を探してるんだと」



お人好しのこの男の事だ、きっと貿易や外交に詳しい実家を使い自分でも出来る限り探してやるとでも言ってきたのだろう。


細かい話を聞いてきたらしく語り続ければ、無表情のままの将臣とは相反して紫子の表情は不安で青くなっていった。



男の口から告げられたのは、少女の祖国の名と、実の母親の名、腹違いの兄の名。



――――――そして、姓。




そこまでを聞き確信したのか、紫子はいたたまれなくなり突然将臣の腕を掴むと、しみずやから飛び出していってしまった。


「あっおい?!紫子さん!?」


突然の行動に驚きがたんと音を立て山縣が立ち上がり少女の名を呼ぶも、その背は振り返ることなくどんどん小さくなっていく。



置いてかれた男は追いかけることも出来ず呆然と立ち竦んだ。


「なんだぁ…?」



漏れた声はあまりに情けなく、物音に顔を出したおりんから言われもない叱責を受けたのはまた別のはなしである。





********




少女に腕を引かれながらも、青年は無言だった。


走り疲れてしまったのか少女が不意に走るのを止めれば、青年はぼんやりとその小さな背を見つめ同じように足を止めた。



「…っ、…東郷、さま……」




人の目が何処あるか分からないために気を遣ってくれているのか、少女は路地裏へと入りながらも青年をそう呼べばゆっくりと振り返る。



息を切らしているために、小さな肩が震えているのが暗がりでありながらも見てとれた。



意を決したように、少女は小さなその唇を開く。




「人違い、でしょう?」




――――何がとまでは言わないが、その少女の必死な表情に青年は苦笑を浮かべる。


彼女にはきっともう分かっているのだろう。
だからこそ、情けなく笑うしかなかったのだ。






「…………彼女の母を食い潰した鬼が、どんな顔をして会えば良いのでしょうね」



それは、あまりに素っ気ない声音で響いたので、少女は自分の耳を疑った。



目を見開いたままの少女の表情に再び苦笑を浮かべると、青年は「冗談です」と明るく笑って見せその柔らかな頬へと唇を寄せたあと少女の小さな手を引く。



「………ありがとう。でも、大丈夫」



いつもの口調とは違う、素のようなその口ぶりに、少女は顔を上げる。




「戻らないよ。…………だって、この世界で表立って貴女の隣を歩くためには」



青年の輪郭が、表通りの明るさに少女の目にはぼやけて写った。




「死んだ人間に、その資格はない」




それは、どちらの事を指しているのか。




少女はその手を、恥ずかしがることも忘れ必死に握り返していた。
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