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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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月明かりの君と、見慣れた筈のその色 *奏嘉

「あいつ、見事に色ボケやがったなぁ」


何時ものように無用心に踏み込まなくて良かったと、山縣は苦笑するとその部屋の扉をそっと閉めその場を後にする。


悪友の理性やら思考がまともに働いてそうだったことにも安堵して、後頭部に手を添え疲れを追い払うように首を鳴らした。


何故ああもおかしな状況になったのかは、紫子の口どもった様子を見て問い詰めることを止めた。


彼女が気遣いが出来る人間であることは分かっていたので、それ以上は野暮であると何故だか簡単に理解できるのだ。


自室に戻り適当に外套を仕舞えば、一般の軍人と同じ身形になり普段持ち帰るだけの荷物を纏めた。

珍しく、家の者に迎えには来させないよう言い付けていた。


帽子を目深に被れば、ひとつ息を吐く。


「身体も鈍るしなぁ…」


背を伸ばしながら呟けば、男は軍部を出た。


帰りがてら、たまにはと街の様子を見て帰るつもりだった。




*****



陽も完全に落ちきってしまい、街並みに浮かぶのはぼんやりとした橙色を帯びた提灯や、最近整備され整然と並ぶガス灯の灯りだった。


花街が近いせいか、最近となっては帝都にも夜呑みのできる居酒屋が増え、夜が更けるまで賑やかなことが多い。


よくも悪くも、軍人はその点忙しくなった。


酔っ払いが幾らか問題を起こしてくれるせいで、夜間暇だったはずの軍部も昼間並みに忙しいのだ。



「火事と喧嘩も江戸の華ってか…」


軍人らしい振る舞いをと気を掛けながらも、どこか楽しげにそんなことを呟くあたりが実にこの男らしい。


辺りでは、もう既に飲み始めた輩が居るのか、時折豪快な笑い声や怒号が響き渡る。


ふと一際男が怒鳴り散らしているのが聞こえ、次いで硝子の割れるような音が聞こえれば、山縣はそちらへと足を向けた。


やれやれと思いながらもその怒号の聞こえる方へと歩を進めれば、一軒の店へと辿り着く。


注意のひとつでもしてやろうと扉に手を掛けたのと同時だった。



――――勢いよく飛び出してきたそれに、山縣は成す術もなく一緒に吹っ飛ばされ尻餅をついた。



いてて、と呟きながら腹部を押さえれば、自分の横に転がるのは中々に大柄な男。


まさかこんな男が吹き飛ばされてきたのかとぎょっとし入り口へと目を向ければ、間髪入れずに男と共に冷水を掛けられた。


尻餅をついていたせいで一気に頭の先から足の辺りまでびしょ濡れになってしまい、驚きすぎて固まっていると、店の光の中から出てきたのは小さな一つの影。



それは、女学生らしい服装にブーツを履いた、如何にも異人を思わせるブロンドの髪を持つ幼さを残した少女だった。

暫く固まった後彼女の手へと視線を移せば、打ち水用にと店に用意してあったのであろう手桶が握られている。



「貴方のような不躾な人に、呑ませる酒なんて出していません!」



突然響いた刺さるような凛とした声に、吹っ飛ばされ水を被った男は酔いが覚めたようであったが、誇りを踏みにじられたとばかりに憤慨し完全に頭に血が上っているのが見てとれた。



掴みかかろうとするのを、咄嗟に山縣は足を掛けるとその場に転ばせ腕を捻り上げる。



「良い加減にしな、これ以上はみっともねぇぞ」


ドスの利いた声で凄むが、足元の男と同じように濡れ鼠となった自分の姿は同じように情けなくはないかと内心自嘲する。



暫く山縣が関節技を決めていれば、ゴツゴツとした地面もあり痛みに堪えられなかったのか男は降参だと声を上げた。
男は青年が退いたと同時に見えたその軍服姿に飛び上がり、ふらつきながらも逃げるように走り去っていく。



その背を見届けた後、青年は溜め息を吐くと、重くなってしまった上着を脱ぎ排水溝へ向けて絞り肩に掛けた。


犬のように頭を振り水滴を飛ばせば、先程の少女が慌てた様子で西洋布巾を手に青年へと駆け寄る。


背伸びをし必死に青年の髪や顔を拭いてくれる様子を愛らしいと思いながら青年が小さく笑えば、少女は拭き終えたと同時にばっと深々と頭を下げた。


「ご、御免なさい!あ…頭に血が上ってて、その」


見るからにしゅんとするその小さな頭をわしゃわしゃと撫でれば、青年はカラカラと笑って見せた。


「はは、大丈夫大丈夫。嬢ちゃん強ぇえなぁ」



自分で吐いた筈のその言葉に、桐子に「デリカシィがない」と怒鳴られそうだと思えばしまったと困ったように頬を掻くが、少女は気にしていないようだった。


それよりも、呆然とした様子で自分が撫でた箇所をを両手で不思議そうに触れたまま固まっている。


「嗚呼、悪い。女の子に、不躾だったよな」


先程の少女の言葉を借り、悪戯っぽく笑えば、少女は必死に首を振った。


その頬は、灯りのせいか紅潮したようにも見える。



男は不思議に思いながらも相変わらずの明るい笑みを浮かべて見せると「俺もこんな綺麗な色だと良いんだけどな」と呟く。



少女がきょとんとした顔で見上げるのを、自覚がないのかとばかりに青年は首を傾げた。



「月みたいな色だよな。…優しい色だよ」


月明かりに翳すように髪を手袋越しの手で掬う。



少女は理解したように一気に顔を真っ赤にすると、消え入りそうな声で「ありがとうございます」と小さくお礼を言った。



何故かむず痒いような気がして、青年ははっとし手を引っ込める。


暫くの居たたまれない沈黙のあと、先ず口を開いたのは青年だった。



「…………なぁ君、名前は?俺は、山縣征光と言うんだが。良ければ、教えてくれないか」



その言葉に、少女は躊躇いながらも唇を開く。



「此方では、神無宮(かなみや) (かおる)と」



青灰色の瞳が、一層印象的な少女だった。
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