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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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空色の日傘 *矢玉


「あの・・・・・・」
 教会を出た桐子は背後の高い尖塔を振り返る。脳裏によみがえるのは、先ほどの少年だ。
「先程の、方は。お知り合いですか?」
「ええ、少しね」
 憧れの青年将校は、薄い微笑をうかべていて桐子は何となくそれ以上を聞くのをやめてしまった。
「何だか、不思議な方でしたね。ちょっと浮世離れしているというか」
「まぁ、変った人物であることは確かでしょうね。ああ、そうだ」
 自分の唇に軽く人差し指を当て、将臣は言った。
「私が彼に会ったことは、秘密にしていただけますか?征光と、紫子さんには特に」
 折を見て、私から話しますか。そう告げられ、桐子は驚いたように大きな瞳を見開いた。
「兄と紫子お姉さまともお知り合いなのですか?先程の方は」
「はい、そうですね。浅からぬ縁といいますか、何といいますか」
 困ったように笑う将臣にそれ以上疑問をぶつけることは出来ず、桐子は再び背後の白い教会を振り返る。
 気のせいだろうか。虚無なぼんやりとした光をうかべていた少年は、こちらを振り返り、徐々にその瞳に力を取り戻すと、とても澄んだ瞳をしていた。
 とても繊細な、子どものような瞳だと桐子はそっと考えた。

***

 母への手紙を書き終え、紫子は手を止めた。
 ふぅとため息をつき、集中していたせいで疲れた眼をこする。
 立ち上がり、しばしインクが乾くまで待とうと、便箋のうえに文鎮を置き椅子から立ち上がった。窓から薫風が、白いレェスのカーテンを揺らす。
 それが、薄くかいた汗を冷やして心地いい。
 絽の白い着物の袂を揺らして、カーテンを押さえ窓を閉じる。
 紫子には、会いたい人がいた。



 廊下を進むとすれ違った使用人を呼びとめ、居場所を尋ねる。すると、丁寧に答えが返ってきて礼を言う。
 玄関に回りこみ、草履を履く。
 庭に出ると、凌霄花のうぜんかずらの橙の花がいくつも垂れ下がって花をつけていた。暖かな花の色が、濃い緑との対比で眩しい。
 白樺荘と名付けられた山縣家の別荘は、文字通り白樺の林に覆われていた。帝都とは比べ物にならぬほど涼しいとはいえやはり夏だ。ただむっとするような風が、白樺の林を抜けるうちに心地よい涼しさをまとってくる。
 日差しを避けて木陰に入れば、驚くほど涼しかった。
 紫子の目的の人は、ベランダの丁度木の陰にいる位置のカウチで寝転がっていた。近づくと、どうやら午睡をしているようだとわかった。
「山縣さま・・・・・・」
 起すのは、不躾な気がして出直そうと思いきびすをかえした所で声がかかる。
「紫子さん?」
 むくりと起き上がり、大きな口を開けてあくびと伸びをする青年に申し訳なくなり、紫子は眉を下げた。
「すみません、起してしまいましたか」
「いやいや、ちょっとうつらうつらしてただけで」
 ぐっと筋を伸ばし、立ち上がる。
「将臣をお探しですが?あいつなら書斎だと思いますけど」
「いえ、山縣さまを探していたのです」
 それに山縣は首を傾げる。自分はこの令嬢とそこまで親しくない。将臣も桐子もいない場で会うのすら、今が初めてだ。
 用があると言いながら、逡巡し言葉を探すように視線を迷わせる紫子を微笑ましく山縣は見つめる。
 ふいに軽口をたたきたくなった。
「昨日の天神さまは狭量でしたね」
 山縣の言葉に不思議な顔をする少女に、笑いかける。
「ほら、参拝前に菓子ひとつ買っただけで、大雨を降らせたでしょう」
「ああ、そういうことですか」
 得心がいったように微笑む少女はどこまでも美しい。凛とした、清廉な空気とでも言えばいいのだろうか。顔かたちも整っているが、それ以上にまとう空気が独特だ。
 もうすでに失われかけている、武家の娘のような。
「でもあの雨のおかげで、私はひとつのきっかけを与えられました」
 首を傾げる山縣に、ふと飴色の瞳が真剣なそれを帯び、その色を濃くする。
「桐子さんの傷痕について。うかがってもよろしいでしょうか?」
 山縣は息を呑んだ。
 真剣な面持ちで返答をまつ少女の顔は、あくまで真摯なものだ。
 ふと息を吐く。
「妹が、話しましたか」
「はい。きっかけは偶然でしたが」
 その時、この少女が返した反応はきっと妹を傷つけるものではなかったのだろう。
 昨日の妹の様子を見れば、よくわかる。
 夏祭の後、こちらがぎょっとするほど、紫子にべったりだった桐子の様子を思い返し、山縣は立ち上がった。
「少し、歩きませんか? 貴女が将臣に誤解を受けると思わないなら」
 ここでは、使用人の耳がある。この話は、気軽に誰かに話したい事ではない。
「東郷さまは、そんなに心の狭い方ではないでしょう。お供いたします」
 むくりと立ち上がると、下駄を靴に履き替えようと玄関に向かう。
 ついでに思い立ち、ごそごそと靴箱をさぐると目的のものが出てきた。
「使ってください、妹のものですが」
 差し出されたのは、淡い空色の日傘。とまどう紫子に、重ねて言う。
「桐子が去年忘れていったものです。あいつはあいつで新しいのを持ってるから、おこりゃしないでしょ」
「でも、無断でお借りするわけには」
「あんだけ貴女を好きな桐子なら、何も文句は言いませんよ。紫子さん、日焼けしやすいでしょう?昨日もけっこう赤くなってましたよ」
 驚いたように、恥ずかしそうに片手で顔を覆う少女に、不躾だったかなと少々反省する。こういうところが妹に『デリカシィがない』と文句を言われるところだろう。
「ま、そんな紫子さんに日焼けをさせたら、俺が桐子にどしかられます。俺を助けると思って、使ってやってください」
 おずおずと手を伸ばし、紫子は日傘を受け取る。
 開いた空色の日傘は、レェスやフリルで飾られ、鳥の刺繍が可愛らしかった。それを肩にかけた紫子と山縣は玄関を出る。
 ふと思い立ち山縣は振り返る。
 玄関には、桐子の新しい日傘と草履。それに将臣の靴もなかった。
 出かけているのかと不思議に思う。自分が言うのもなんだが、珍しい組み合わせだなぁなどと頭をかけば、不思議そうな紫子の視線を貰ってしまった。
 それに苦笑し、山縣は紫子の横に並んで白樺の林を歩き始めた。
◆話の筋は決まってたのですが、それだけだと短すぎるので、風景描写がんばってみた。 着物に日傘いいよね日傘! というわけで日傘ささせてみた。桐子さんもさしてたんだよと、後付設定
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