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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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ゆっくりと流れる時間 *奏嘉

紅い夕日が沈み切り、静かな夏虫の声すら聞こえ始めた頃、礼装姿の青年将校は頭を抱えていた。
想像通り、というよりは想像以上だった。自身が此処まで少しでも彼女の傍を離れる事に不安を感じることになるとは。


百合を思わせるような白いドレスを身に纏う美しい紅髪の少女は、将臣の部下や同僚である若い青年将校の群れに文字通り囲まれていた。


興味深々と言った様子で瞳を輝かせ質問攻めにする青年将校たちに、将臣は今までに見た事が無い程の笑顔を浮かべながら冷たい空気を漂わせている。


「貴女が、あの紫の上ですか」


「あの」、と言うのは、きっと山縣から流された噂なのだろう。
将臣に鋭い視線で睨まれながら、後の事を考え山縣は表情を引き攣らせていた。


「人気者だなぁあの夫婦」


飄々と呟く山縣に桐子は「早く兄さまも紫子さまのような義姉さまを見つけなさいませ」と叱りつけているのが見える。
山縣の表情が僅かに曇るのを将臣はぼんやりと見た後、再び囲まれたままの紫子へと視線を戻した。




(お前のせいじゃないだろうに)


何度も告げようとも少しも納得する事はなかった友人の笑顔に憤りを感じたのを思い出すも、振り払うように青年は一瞬目を閉じ息を吐く。


(自分だってそうだ。今だって、全てだと言うわけではない)


――――それでも、彼女に会うまでは、不動だったのだ。
きっと、この命が尽きるまで揺らぐ事は無かった筈だった。
十何年も、それが当り前だと生きてきたのだから。



今でこそ、「幸せ」であると思えるからこそ、想うのだ。


お節介でしかないかもしれないが、そんな存在に、お前も出会えたらと。




かの紫子は、一気に青年達に囲まれたことに驚きながらも、相変わらず凛とした佇まいで一人一人と言葉を交わし丁寧に挨拶をしている。
その様子を横目に見ながら、将臣は部下や同僚の親族などの相手をしていた。


正直、人の顔を覚える事が苦手な将臣にとっては苦痛でしかない時間が流れる。
仲間である同僚や部下などの名前は覚える事が出来るが、それ以外の人間は大体同じに見えてしまうのだ。
会話や軽い接触の中で決まって同じような反応を示す女性ならば、尚更のことだった。


自身の快気祝いと銘打って開かれた夜会なら、壁の花を決め込むことすらできないのだ。


(…だから嫌だったんだ)


内心舌打ちしながらも、笑みを貼りつけ言葉を交わしていく。

当たり障りのない会話を交わしながらも、ある時「自分を覚えているか」と問われれば、表情にこそ出さないが困惑してしまう。



――――そんな時、この状況に追い込んだ諸悪の根源であるとはいえ、山縣は本当の意味での『助け舟』である。

誰に対しても、色々な形で、あの男は『優しい』のだ。

一度言葉を交わせば相手の事は必ずと言っていい程覚えている。
その分、彼は誰に対しても深入りする事がなく無関心であると青年は思った。

一線を引き深入りされる事を暗に拒んでいる自分に興味を示した山縣は、「同族」であるかも知れないと感覚的に思った。どちらも居心地良いこの距離感で、数年飽きずにつるんできたのだから。





「浮名一つ流れなかった中将に突然許嫁が現れるなんて吃驚ですよ」


不意に聞こえた声にはっと我に返れば、いつの間にか目の前には部下である青年が佇んでいた。


「何処かの馬鹿に、衆道なんて噂流されたりもしたが」


横目で山縣を冷たく見ながら、将臣は苦笑してみせる。
紫子は少し疲れてしまったのか、先程よりも将臣の近くへと寄って来ていた。


「大丈夫ですか?」


小さく笑い青年が紫子の小さな頭を撫でると、優しい声音で声をかける。
遠くで、待ちきれないと言った様子でそわそわしている桐子を見ると、将臣は山縣に充てつけとばかりに対応を全て任せその輪から抜け出した。



「少し休みましょうか。桐子さんと居て下さい、私は飲み物を貰って来ます」



小さく頷いた紫子を見ると再び微笑み、桐子に紫子を任せると青年は軍靴を鳴らしながら西洋風のテーブルへと飲み物を取りに向かった。


落ちついたようにふう、と一息ついた紫子に、桐子は心配そうに眉を下げている。


「紫子さま、大丈夫ですか?」


不安げに落ちつかない様子でそわそわとする桐子に、紫子は微笑むと大丈夫であると告げる。

安堵した様に桐子は胸を撫で下ろすと、ふと思い出したように突然ぱっと表情を明るくし紫子に向き直り両手をぎゅうっと握った。


驚いたように目を丸くする紫子に、桐子はずいっと詰め寄る。



「そうだわ、紫子さま。女学校の夏季の休暇期間の中で、兄さまたちも少しの間御休みがあるみたいなんです!」


嬉しそうにわくわくとはしゃぎながら突然桐子が発した言葉に、「ええ、」とぎこちなく紫子は声を漏らした。



「山縣の別荘に避暑地とか温泉地の近くのものがあるんですけれど、兄さま達に何処か連れて行って貰いましょうよ」



突然の御誘いに、紫子はぽかんとしたあと、飲み物を器用に三人分運んできた将臣を困ったように見つめる。


「………ん?」


向けられた視線に、将臣は不思議そうに首を傾げた。
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