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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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溢れる程の、 *奏嘉

「本当、綺麗な御色だわぁ」


間延びするような柔らかな声音で微笑むと、弥生は白い指を器用に使い紫子の髪を結っていく。
最初こそ「伯爵夫人」に髪を結ってもらうなど恐れ多く抵抗があったが、今となっては日課のように紫子は髪を結ってもらっていた。
髪が鮮やかな紅に変わっても、弥生は何の躊躇いも無く寧ろ、どこか嬉しそうに新しい髪飾りを用意し紫子の髪を飾っていく。


「そんなこと、」


「言われたことは殆ど無い」、そう言っていた頃が懐かしい程、将臣と出会ってからはこの色を好んでくれる人間が多くて、逆に紫子は戸惑ってしまう程だった。
昔は否定される事が当り前だった為に、どこかむず痒くすら感じてしまう。

「あのね、紫子さん」

「はい?」

美しい紅の髪を櫛で丁寧に梳きながら弥生が声を漏らせば、鏡越しに視線を合わせる様に紫子が僅かに上目遣いになりながら弥生を見つめる。



「…あんな風に、無鉄砲な行動する将臣さん……母親の癖に恥ずかしいけれど、私初めて見たの」



――――何処か嬉しそうな、それでいて、何処か悲しそうな。

憂いを帯びた微笑みは、「母親らしい表情」のような気がして、紫子は僅かに息を詰めた。
自分のせいで、仮にも息子である青年を命の危険に遭わせたのだ。自責の念に駆られ紫子は向き直れば、目を丸くする弥生に深く頭を下げる。


「ごめんなさい、私のせいでっ…」


突然の事に驚いたような弥生は慌てて紫子に顔を上げさせると、「違うの」と苦笑し何もその事に関して紫子を責める気がない事を告げ、紫子の両手をそっと握った。


「感謝、してるの。紫子さん」


予想外に発せられた弥生の言葉に、紫子は困惑した様にその深い漆黒の瞳を見つめる。
弥生は相変わらず微笑んだまま、ゆっくりとした口調で言葉を続けた。




「将臣は、貴女に出会えて、本当に幸せだと思うの」



「私がそうだったように」と泣き出しそうに微笑む弥生に紫子は目を見開く。
弥生が、紫子の前で彼を指して「将臣」と呼び捨てで呼ぶのは、初めてだった。


不意に嗚咽の様な息を詰めた声が弥生から漏れると、少し間を置いた後、弥生が再び唇を開いた。



「…昨日病室で初めて、「母上」って呼んでもらったの。私、……貴方を責めているのは貴方だけだって、あの子に今までずっと、教えて上げられなかった」




紫子の手を握る手が僅かに震え、ぽたぽたと落ちる雫に、弥生が泣いているのだと理解すると、紫子は躊躇いながらも弥生の頬を伝う涙を、そっと桜色のハンカチで拭った。
驚いたように弥生は顔を上げると、ふっと花のように微笑んで見せる。


「私は、何も…寧ろ、私はあの方に…」

紫子は困ったようにしどろもどろに声を漏した。
無自覚であると言う事を明確に表す様なその様子に、弥生は破顔する。



「…ありがとう、紫子さん。でもちょっと、嫉妬だわ」




悪戯っぽく笑って見せる弥生に吊られて紫子が笑うと、「さ、仕上げちゃいましょう」と弥生は涙を拭い紫子の肩をぽんと叩き鏡に向き直させると再び髪を結い始めた。
いつものようにぽつぽつと、二人は様々な事柄を上げ言葉を交わしていく。


「最近、修雅(ながまさ)さまの御身体の調子が良いの。今度お話しに付き合って上げて下さいな」



――――修雅とは、将臣と伊織の父であり、今は病床に臥す前当主の事である。
今までは殆ど眠りについたままで紫子は会話をろくに交わした事が無かった。



(…アロイスさまに、将臣として生きろと告げた方)



理解できる部分もあったが、紫子は何処か納得できなかった。



(私が、同じ立場だったら、どうしただろう)

そんな事を考えていると、暫くして弥生の手が静かに止まった。


「はい、出来た。今日も可愛いわ、紫子さん」


いつものようにくすぐったい様な言葉が掛けられ紫子は困ったように笑うが、紫子が否定の言葉を発する前に、それをねじ伏せる様に弥生はいっそう笑って見せる。

ぐっと口を噤むと、恥ずかしさだけが残ってしまい紫子が後味の悪そうな顔をするのを、弥生はくすくすと笑い慈しむように優しくその頭を撫でた。


「私ね、もっと早く、紫子さんや明代さんに出会えてたらって、本当に思ったの」


僅かに弥生の袖が揺れる度に香る白梅香の匂いに、紫子は少し安堵した様に目を細める。



「ありがとう、紫子さん」


優しい声音で告げられた感謝の言葉にどこか恥ずかしさを感じ、紫子は誤魔化す様に「こちらこそ」と髪を結ってもらったことへの感謝を口にした。

******


数日後、仕事がしたいが為に早く退院したいと言うこともあり将臣は退院の予定日通りに病院を後にした。
騒がしい事が好きな山縣らしい計らいで、その次の日の夜には快気祝いの夜会を開こうと、山縣家の屋敷では着々と用意が進んでいた。


その事実を訊き「まだ行くとは言っていない」と愚痴る将臣に、山縣はカラカラと笑って見せると「紫子ちゃん認めさせる良い機会だろ」と言い切り将臣を黙り込ませる。



喰えない男だと内心舌打ちする将臣の心を読むように、山縣はにまりと笑って見せた。



「桐子が乗り気なんでね。愚兄なりに楽しませてやんねーと」


不意に呟かれた言葉に、青年は顔を上げると山縣の背を眺める。


「紫子ちゃんの事、お気に入りらしいわ。お前の仕事代わりにやった分、利用させて貰うからなー、東郷」


相変わらずにやにやと笑う山縣に、冗談と理解しながらも将臣は苦笑を浮かべた。


「――――それは、困ったな」


(この男は、本当に)



――――――――もっと上手く、立ち回れるだろうに。
愚かしい位に優しい男だと、青年は思う。
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