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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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残った記憶と傷痕 *奏嘉

◆今回、若干の色事描写があります。少女漫画程度ですが・・・
◆問題ありましたらR指定しますので、ご意見お聞かせください
「紫子さん」


青年の微笑みに僅かに怯えていると、不意に名前を呼ばれびくりと肩が跳ねた。

「はい」、と冷静を装い応えながら背筋を伸ばすと、青年もゆっくりとした動作で僅かに姿勢を正す。相変わらず穏やかな微笑みを湛えたままの表情であるのが、逆に少女の恐怖感を煽った。
少女の腕を掴んだままの手は、力こそ入っていないものの何故だか離してはいけないような、そんな雰囲気を醸し出している。




「先程、貴女は俺の事を将臣では無くアロイスと呼んで下さいましたね」


一人称が「私」から「俺」に変わりながらも、いつにもまして丁寧にも聞こえる上品な声音。
少女は本能的に「怒っている」と察し、ぎゅっと空いたままの片手で袖を握り身構えた。



「将臣では無く…「俺」の、いくつか我が儘を訊いて頂けますか?」



突拍子も無く発せられた青年の言葉に、少女は目を丸くしながら「は?」と拍子抜けしたような声を漏らすも、もぎこちなく頷く。

それを確認すれば、青年はいっそう笑みを深くし「ありがとうございます」と言ったかと思うと、掴んだままの腕を引き少女を自身の膝へと横抱きに座らせた。



驚きぽかんとしたままの少女の小さな頭を首元で抱くように撫でると、再び手首の痕をしなやかな指でなぞるように握り直す。

漸く状況を理解し顔を紅くしながら身動ぐ少女の額に唇を寄せると、囁くような声音で「聞いてください」と少女の鼓膜を擽り動きを制止する。



首筋が耳に近く普段とは違った様に聞こえる声に、少女は耳を傾けた。


「情けないので言わないつもりでしたが、俺は彼に嫉妬していたんです」


不意に聞こえた言葉に、少女は一瞬誰を指しているのかが分からなかった。

しかし直ぐにその相手を理解すると「何を言っているのか」、と困惑し青年を見上げる。
青年は何処か寂しげな目をしながらも、微笑んだまま言葉を続けた。


「いつかの舞踏会の夜、貴女が倒れ客室で眠っていた時……何も無かったとはいえ、彼は貴女の肢体を眺め、その肌に触れていた。貴女が彼を嫌っているのは重々判っていた筈だったんです。それでも、貴女を取られてしまうのではと、怖かった」


あの部屋にあったキャンバスの自分を思い出し、少女は微かに身震いするも納得した様に目を伏せる。
青年は掴んだままの腕をそっと自身の唇に寄せると、労わる様に痛々しい痕に接吻をした。
少女は少し驚いたようにそれを眺めながら、再び顔を紅くする。



「ここで目を覚ましてから、貴女を彼の部屋で見つけた時の事を思い出しては…嫉妬してしまうんです。貴女は初めて出会った時と同じ…本当の貴女の姿で、彼の寝台に横たわっていた……しかも傷とは言え、彼の名残の様な痕を残して」



初めて嫉妬心を在りのままに表現する青年の言葉に顔を上げると、その表情はぼんやりとしたような表情へと変わっており少女は困惑する。
決して不貞を疑っているような口振りでは無い為に、なんと返して良いのか判らず再び少女は唇を噤み俯いた。


「貴女が嫌だと言うのなら、これ以上この傷の理由は問いません……ですが…そうですね、俺にも貴女に何か痕を残させて下さい」


突然提示された条件に、少女は目を丸くする。


ふと顔を上げると、青年は再び穏やかな微笑みを浮かべていた。
その異様な空気に少女は嫌な予感しかしないといった様子で表情を強張らせえると、逃げようと僅かに身動ぐが、青年は予想通りといった様子で軽々と少女を隣に寝かせると髪を撫でた後静かに唇を重ねる。


「……彼の記憶を凌ぐ様な記憶と、その痕跡を。どうか貴女に刻ませて下さい」


切なげに囁かれた言葉と青年の一瞬垣間見せた表情に、少女の動きが止まる。
耳まで赤くなるのが自分でもわかる程、身体が熱を持っていく。
耳障りな程に鼓動が早まっていくのが分かり、少女は隠す様に手で顔を覆った。



「……っ、ご無理をされたら、御怪我が…」

次第に状況理解すれば羞恥感じ、逃げる為の口実として、少女は発した筈だった。

青年はきょとんとしたあと再び微笑むと片手で何処か乱雑に髪を掻き上げる。


「そうですね、貴女が暴れたら傷に障りますから……どうかご容赦を」


あっさりと少女の言葉を拾い釘を刺した青年に、開いた口が塞がらない。
ぱくぱくと鯉の様に口を動かしている紫子に、青年は「ね、紫子さん」と小首を傾げて見せた。


もう一度そっと唇を重ねると、白い首筋に残った痣にも真新しい痕を残していく。






「本当に嫌だったら、横腹か背中でも殴って逃げてください」



――――――最後の最後で逃げ道を残している辺りが憎らしく感じて、少女は咎める様に青年の頬を思い切り引っ張る。

驚いたように顔を上げるが、深い溜め息を吐きながら「嫌だったら、接吻の時点で頬を張っています」ときっぱりと言い切った少女に目を丸めた後、青年は破顔するように笑うと、「流石です」と呟きながら誓うように少女の額へと再び唇を寄せた。



「愛しています。心から。貴女を、誰にも譲る気は有りません」



その言葉に少女もおかしいと言った様子で笑った後、穏やかな微笑みを浮かべ力を抜くと静かに身体を委ねた。
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