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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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嫉妬を首に絡めたその瞬間だけは *奏嘉

数日後、紫子に合わせ将臣が休みを取ると、昨日まで数日間曇っていたことがまるで嘘かのようにその日はよく晴れた。
未だ冬の空はまだ空は高く、青く澄んでいる。


洋式な建築物が多い帝都の中心を、人目を引く出で立ちの四人組みはゆっくりと歩いていた。


車道側から、なるべく目立たないようにと着物を身に纏う将臣、隣には真新しい洋服で着飾った紫子(恐らく皆に着せられたのであろう)、その隣には同じように洋服を着、はしゃぐ薫と桐子の姿。


道を尋ねられているのだろう、時折洋服を着た異人に話しかけられる将臣と薫を、桐子はきらきらと瞳を輝かせ見詰めていた。


交わされる流暢な異国語が珍しいらしいが、その見た目と言語から普段なら顔をしかめられることが多いために二人は苦笑する。


そんなことが数度あり、想像以上の時間をかけながらも暫くすると正面の視界が開け、真新しい洋館風の『オペラ座』が現れた。

一見、どこか六鳴館にもにたその建物や幾つも立てられたのぼりに、薫と桐子はいっそう飛び跳ねてはしゃぐ。


将臣は四人分のチケットを購入すると三人に続いて館内へと歩を進めた。


開演前であるためにざわざわと未だざわめく人の姿をきょろきょろと見回せば、桐子は薫の手を握る。

「薫さんははじめてじゃないんですか?」

「こちらでは初めてです!楽しみですね桐子さん」


嬉しそうにはしゃぐ二人の姿を眺めれば、紫子は安堵したように微笑む。


「…席はこちらのようですよ紫子さん」

そのまるで母親のような様にくすくすと笑いながら将臣が声を掛ければ、それに気付いた紫子は顔を赤らめ少し眉を潜めた。


「Älterer Bruder(兄さん)!途中わからない言葉があるかもしれないから私の隣に座ってください」

促されるままに将臣は紫子と薫の間に座ると、桐子は薫の隣へと腰掛ける。

背の高い将臣は自分の後ろに座る人に悪いとなるべく後ろの方の席を選んだらしい。

意外にも見晴らしがいいその席に薫も満足げだった。


深く座席に座り一つ息を吐いた将臣をどこか心配そうに横目に見れば、ふっとあたりが暗くなったために紫子も椅子へと背を預ける。



重々しい幕がゆっくりと上がり、ひっそりとそのオペラは開演した。





******



あれから、もう二十数年が経った。



その事実が嘘であるかのように、そのただ一瞬の記憶は今でも、脳裏に鮮やかすぎるほどに焼き付いている。


やがて老いた男は、父から受け継ぎたくもなかった病魔に遺伝的に案の定蝕まれた。


恐らく他所よりも若く病床につき恥じでしかない私に精一杯尽くしてくれる最愛の妻に、罪悪という感情が微塵も無いわけではない。



しかし若き日に突如として燃え上がった恋心は、深く脳裏に焼き付いて離れなかった。




薄い雲に陰る赤い満月がひどく印象的な夜だった。


流行り始めということもあり、毎晩というように催される六鳴館の中、夜会嫌いの男はダンスの誘いから逃れるようにバルコニーへと出た。



強く吹いた風に、高価であろう異国の薔薇の香りがあまりに鼻につく。




「………御気分が優れない?」



その女性ひとは、ブロンドの髪を弾ませるように揺らしながら不意に私へと振り返った。


青灰色の瞳が男の目を捉え、花開くように世界を鮮やかに染める。


突然、どくんとひとつ大きく胸を鳴らす鼓動にひどく男は困惑した。


一般的なこの国の人間らしい感性であればきっと、その姿を見ておぞましさを感じるに違いない。

もっと悪ければ、狐狸妖怪の類だと罵っていたかもしれないのだ。



しかし、その男は違った。



月明かりに浮かぶ白いかんばせはあまりに朧げで儚く。




(美しい)



彼女のあまりにこの国の人間らしさを欠いた姿にむしろ神々しさすら感じて、男は見惚れた。


こんなにも、自らの気持ちの高鳴りを生々しいほどに感じることは今までに無かった。





(なんだ、これは)




男は、その感情を知らなかった。





「Guter Abend…、…こんばんは」



彼が彼女の名を、訊ねるよりも早く。



彼女はにこりと微笑むと、ドレスを少し摘まんでお辞儀をしてみせた。




かの大天使と同じ名をもつ女性。



ミシェル=カシュヴァーンにであったのは、その夜会が初めてだった。
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