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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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喰らう熱の滴り *奏嘉

青年はその夜、肌寒い自室の布団の中倒れ込むように眠りについた。

年末年始は仕事量が多く、体の疲労感は普段と比べものにならない程に大きく感じる。
紫子の体調が一向に良くならないことも心労となり、将臣はまるで気を失うかのようにすぐに意識を手放し寝息を立て始めた。


揺蕩う意識の中、浮遊感にも似た感覚に全身が包まれ、次第に思考が真っ白になっていく。


********



気が付けば、青年はそこに佇んでいた。




白んだ視界が少しづつ開けていき、暫くすると白黒の世界が眼前に広がる。

自らの身体や手を見、軍服姿であることを理解した。


不思議に思いながらもとりあえず歩を進めようとすれば足が上手く上がらず、足元を見下ろせば膝下くらいまで降り積もった雪がその目に映る。

顔を上げれば吹雪いているのか、辺りは遠くまでは見通せないほど白く翳っている。

傾斜やぼんやりと見える木の影に、恐らくだがここが山の中であることを理解した。




普通なら遭難しかねないため下山するべきであるのだが、寒さや雪の冷たさを感じないためか青年はゆっくりとした速度で歩き出す。

明晰夢とでもいうのだろうか、夢である自覚さえ青年にはあったのだ。



「………?」



不意に視界の端にちらついた光に視線を移せば、山頂に近い場所が仄かに灯りが燈っているのが見える。



ぼんやりと、吹雪の中儚げにも映る不自然なその灯りに息を飲んだ。

そのあまりに温かな光に惹かれ、暫く見惚れていれば自然と身体は引き寄せられるようにそちらへと向かった。

次第に早まる足取りに、まるで光に集う蛾のようだと他人事のように思う。



「………っ、くそ…っ」



深い雪が足をもたつかせ、青年を苛立たせる。



(何故私は、こんなにも焦っているのか)



あまりに自分らしくない、その短気さに俯瞰的な疑問を持った。




やっとのこと深い林を抜け、視界いっぱいに大きくなった光に目を細める。
無駄だとは判りながらも、光を避けるように反射的に腕で顔を覆った。







次第に光にも慣れ目を凝らせば、現れたのは小さな小さな御堂だった。



どうやら地蔵を奉っているわけでも、道祖神を奉っているわけでもないらしい。
御堂というよりは、小さな家のようなそれは、光を失った後もただ青年の前に存在した。


物々しい無数の札は、何かを封じるかのようにびっしりとその御堂を覆っており、確実に「良い物」ではない。



誰が見ても、明らかに異様なそれ。



―――――しかし青年は、何を思ったのかその御堂の小さな取っ手へと手を掛けた。



びりびりと札を破きながら開かれていくその扉の中を、罪悪感も無しに凝視する。



古い木製の扉は吹雪の中でありながらも埃の匂いと檜の匂いを青年の鼻先に香り立たせながら開いていく。








その中現れたのは、背を丸め御堂の中で眠る赤い髪の童子だった。


「…?……だれ…?」



寒さや音にやはり気がついたのか、幼子は目を擦ると静かに体を起こす。
ぼんやりと自らを見上げ直ぐに嬉しそうに微笑むのを、青年は何故か何処か懐かしいと思った。



「やっと、きてくれた」




無邪気に微笑み、両手を広げた幼い少女。
青年は、狼狽し立ち竦む。




「鬼さん。どうか、わたしのおねがいをきいてください」


―――――それはあまりに、懐かしい呼び名であり馴染んだ「忌み名」だった。
しかしこの少女がこんなにも嬉しそうに笑うのは、何故なのだろうか。



「たいせつなひとを不幸にする、わるいわたしを」



神に祈る聖女のように、青年の前で小さな両手を重ね膝をつく。
伏せられた長い睫が、微笑む口元に相反して微かに震え、切なかった。



「たべてください、鬼さん」




―――――古い書物で読んだ『人柱』や『生贄』のような少女の言葉は、まるで青年の心をも貫くようで、青年は息を詰める。
どうしてこんなにも――――良くも悪くも、この少女は心の美しいまま育ってしまったのか。





「……私のような、鬼は」



不意に青年の唇から漏れたのは、鬼であることすら肯定するような、そんな言葉だった。
青年は無意識のまま、潜在的なものであるのか、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。



「私のような鬼は、孤独なんだ。不幸や自らの死よりも、今はそれが恐ろしい」



少女は、その飴色の目を瞬かせる。
人間味すら感じるその言葉は、『鬼』にしてはあまりに意外だったらしい。


少女は不思議そうに鬼を見上げ、小さな手を鬼の頬へと伸ばした。
応えるようにその手に触れた鬼は、優しく微笑み問うように囁いた。




「鬼である私を、貴女と同じように捨ててくれるんですか?紫子さん」



少女は大きな飴色の瞳を零れてしまいそうなほどに見開く。
違う、そう言うかのようにその首を振るのに。





「貴女が、居ない世界など」


「貴女が、居なければ私は」



―――――――そこで途絶えた青年の言葉に、少女は勢いよく目を覚ました。
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