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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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アッシュ・ブルー *矢玉

◆「六鳴館」は「鹿鳴館」をもじってます。パロっぽさを出すためにわざと感じを変えました。学生諸君は漢字間違えないでね!
息をつめるように言われると同時に万力のような力が腰に加わり、紫子は思わず呻いた。だが仕立屋の女助手は容赦なくコルセットの紐をぐいぐいと締めていく。
 掴んでいるように指示されたベッド支柱に爪を立てるが、あまりの苦しさに頭がくらくらした。西洋のご婦人方は毎日このような拷問に耐えているのだろうか。体がおかしくなったりしないのだろうか。いっそ心配してしまう。
「はい、もういいですわ。こちらをむいてくださいまし」
 助手は紫子の正面にまわると胸元を整え、それから細い帯を出して体のいたるところの寸法を測りだす。襟から腰までの長さ、肘から指先、胴周りどころか、首や手首の周りまで測られ、紫子は目を丸くする。洋装は、とにかく細かな採寸が必要らしい。
 立っているだけでも中々苦しい現状に加え、あまりにも長く続く採寸にとうとう紫子は口を開いた。
「あの・・・・・・洋装は、こんなにも苦しいものなのでしょうか?」
「ああ、皆様慣れないうちはそうおっしゃいますね。ウエストなどいつもより一インチは締めますから。もう少しすれば楽になりますわ。もし、あまり苦しければ大きく二、三ど深く息を吐いてみてください」
 うえすとやらいんちやら、何を指すかわからぬ単語があったがそれすらどうでもいい。言われたように呼吸を繰り返せば確かに少し、身体に馴染んだような気がする。
 しかし、正装用の丸帯ですらこんなに苦しくないというのに、西洋人は本当に人間だろうか。
「・・・・・・異国の方々は、皆様大変ですわね」
 その感想に助手は、思わずと言ったようにふきだした。慌てて謝罪するも、しかし、紫子にとっては素直に笑われたことのほうが嬉しかった。まわりにいるのはいつも、仮面のような女中と、こちらが仮面をかぶって接しなければならない相手ばかり。このような素直な愚痴などもらせない。
 助手も令嬢の機嫌を損ねていないのがわかったのか、手を動かしながら軽快に話していく。
「お嬢様はプロポォションも背もありますから、きっとドレスは映えますわ。きっと夜会では皆様の羨望の眼差しを受けられると思います」
 だといいのだが。
 とにかく恥ずかしくない格好をしなければ、父親からの叱責があるだろう。
 少し沈んだ気分で、回らぬ頭で紫子はぼうっと考えた。
 それから採寸の間外に出ていた男の仕立屋も同席し、ドレスの色やら装飾やら決めていく。
 見本にもってきたいくつもの図画には、ドレスの後ろがリボンやフリルなの布地で大きく膨らませて、鳥の尾のように流れているドレスを着た婦人の姿が描かれていた。バッスルスタイル、というらしい。
 見本として持ってこられた布地は、西洋の物と日本の物が半々といった具合だ。
「こちらのように、西陣とシルクを組み合わせたものなども、最近は皆様よく仕立てられますね」
 黒と金で折られた西陣に、紫の光沢のある絹をあわせた品は確かに美しく、素敵だった。だが紫子は首を振る。父は、とにかく純西洋にこだわる。そんな品を選んでも、あとで違う品に変えられるだけだ。
「もっと西洋風のものはありませんか?」
「そうですね、こちらのライラック色や・・・・・・ああ、そうこのアッシュ・ブルーなど、お嬢様にお似合いでしょう」
 唐草のような地模様のある灰青色の布地を見て、紫子は息をのむ。
――――――あの人の瞳と、同じ色だと想った自分に、驚いた。



 仕立屋の帰った部屋で、紫子は一人、西洋長椅子ソファに腰かけて物思う。
 彼の人の痛みは、紫子と同種のものだ。
 肩から落ちた一房の髪を紫子は見つめる。
 外見故に“ 世間 ”からはじかれた者。
「アッシュ・ブルーの瞳」
 彼の青灰色の瞳に映る世界はきっと優しくなかったのだろう。

――――――同じ痛みを知る者として、紫子は想う。

 彼の人はさかんに、紫子に幸せになってほしい。そう、口にする。

 けれど紫子は
 己の幸せ、など望んで逢崎の家に入ったわけではない。
 そもそも、己の“ 幸せ ”が、何なのか――――――何なのか、自分はわからないのだ。

 ここ数年、必死に働き、どんな言葉にも暴力にも耐えてきた。
 いつしか、自分の受ける仕打ちに、つらいとか、痛いとかすら思わなくなってしまった。
 言われた瞬間にこそ、熱のような痛みがあってものの、すべてはいつのまにか紫子の中に重く沈んでいって、そんな出来事があったのすら忘れてしまう。

 自分自身の幸せを望むことを、遠の昔にやめてしまった少女は、途方にくれたように座り込んでいた。



***



 テラスで倒れた紫子を横抱きにし、将臣はあたりを見渡す。テラスの暗がりの所為か夜会の参加者には気付かれていない。それにほっとする。
 どこでなにが醜聞になるかわからないのだ。
 きっとこの美しい少女はどんな陰口も、その顔色を少し白くするだけで耐えてしまうのだろう。そんな姿は見たくなかった。
 そのままテラスつたいに夜会の大広間から移動し、使用人用の通路に入ってしまえば、もう人目を気にする必要は無かった。
 こういった西洋式の建物には、主人達が使う廊下と別に使用人達が使う廊下が別に設けられている。使用人は、なるべく主人の目に付かないように移動しろという理由らしい。馬鹿馬鹿しいかぎりだが、今回は助かった。行き会ったメイド一人を呼び止めれば、ぎょっとしたように彼女は動きを止めた。それもそうだろう。このような場に明らかに着飾った招待客がいることのほうが不自然で、しかも人一人を抱えているのだから。
「い、いかがされましたか?!」
「すまない、君。このご令嬢が気分を悪くされてね。どこか横なれる場所はあるだろうか」
 得心が行ったように彼女はうなずき、こちらへ。と足早に進んでいく。
「きっとコルセットのせいですわ」
「コルセット?」
「はい、あの、ご令嬢やご夫人の方々でたまに見えるのです。西洋式の衣裳に慣れなくて、倒れられる方々が。コルセットを緩めれば、たいてい皆様、気がつかれます」
 なるほど、と将臣は思う。確かに、西洋の女性の服をみれば、やたら腰の辺りが細くなっているのだ。あれは無理やり締め付けて細く仕立ててあるのだろう。
(・・・・・・身体に悪くないのだろうか)
 そう思えば、美しいく似合うと思ったこの灰青色の衣裳にも、眉をひそめてしまう。
 お医者様をお呼びいたしましょうかと尋ねられ、将臣は首を振った。
「いや、大事にしたくない。そういうことなら様子を見よう」
「では、僭越ながらわたしが・・・・・・・・こちらの部屋をお使いください」
 通されたのは貴賓室の一つだろう。豪華な調度品に溢れた客間を通り、寝室へと足を向ける。
 メイドが掛布をめくったベッドに、そっと、紫子を横たえた。
 そして後をたのむとメイドに告げ、足早に寝室から出る。いくら心配でも婦女子の寝ている間に長居などそんな非常識なまねは出来るはずも無かった。
 それより、紫子のことを逢崎子爵夫妻に告げなければと、将臣は足を急がせた。



 人々に囲まれていた子爵を見つけるのは容易かった。
 お話がありますと小声で告げれば、怪訝そうな顔をしながらも人の輪をはずれる。将臣が少々内々のお話がありまして、と告げれば集まった人々も納得したようにただ、好奇の眼差しだけを向けて立ち去っていく。何度もこの夜会に出席している東郷伯爵がいうことであれば、と。
 人々の視線は無視し、ただ聞き耳をたてる輩にだけは気をつけて紫子が倒れたことを告げれば、逢崎夫妻は露骨に眉をしかめた。その様子に将臣の心が静かに冷える。
 夫人がみっともない、などと口走るのを見てしまえばなおさらだ。

 この人たちは、自分の娘が大切ではないのだろうか。

 夫人と血のつながりが無いことは、本人の口から聞いている。しかし、仮初にも母と子になったのだ。自分の継母を知っているからこそ、将臣には理解できない。
 子爵は、娘の所為でこの場を離れることを露骨に嫌がった。あまつさえ、メイドが見ているならばそのままでも大丈夫だろう。そんなことを平気な顔で告げてきた。

 ああ、本当に。

 紫子があそこまで、頑なだった理由が垣間見えた気がした。
 あの人は、このような扱いにも顔色一つ変えずに耐えていたのだ。
 何があの人をそこまでさせるのかは知らない。どういう事情で逢崎家へと入ったのかも。だが、これ以上あの人を――――――

「逢崎子爵に、お願いがあるのですが。どうでしょう。紫子さまを、東郷の家へ預けてもらえませんか?」

 こんな家に、置いておきたく無かった。
 口髭のせいでかくれているが面食らったように口を薄く開ける子爵に、畳み掛けるように言葉を紡ぐ。よくみればその眼が笑っていないことに、夫妻は気付いていない。
「東郷では昔から、花嫁となってもらう方に先に家に入って頂きしきたりを学んでいただく風習があるのです。それに私の家は武家、逢崎子爵家は公家の家柄。何かと戸惑われることも多いと思われます。それならばと、以前から考えていたのです」
 嘘八百を並べばながら絶対零度の微笑で事を進める将臣は気がついていなかった。
 夫妻と一緒にいた、彼らの息子がいつのまにかいなくなっていることに。

***

 総一郎はてくてくと廊下を歩いていた。
 始めて訪れた六鳴館のその宮殿のようなたたずまいには感心したものの、さほど気後れはしなかった。彼の両親とは雲泥の差である。
 ただ時折、飾ってある絵画に足を止め、しばし魅入る。
 それも長くて数十秒。
 ふと飽きたように視線を外し、また気まぐれに歩を進める。
「おい」
 ふと足早に進むメイドを呼びとめ、無邪気な笑みを浮かべた。
「逢崎の娘が倒れたと聞いたのだが。お前、知らないか?」



 数人のメイドに同様のことを尋ね、案内されたのは客間の一つ。
 馬鹿馬鹿しいほどきらびやかな部屋に通され、総一郎は片方の眉を跳ね上げた。こんな部屋を自由に使える東郷伯爵、その力を目の当たりにされたようで腹立たしい。
 不機嫌な客人に怯えながら、メイドは寝室の前へ案内する。
「こちらで休まれておいでです。あの・・・・・・」
「ああ、ご苦労。下がっていい」
 横柄な口調で命じる。頭を下げて出て行くのを見送り、無造作に扉を開けた。
 中にいたメイドが飛び上がるほど驚いている。
 それはそうだろう。例え兄弟といえども、成人間近の男が未婚の女の寝室に押し入るなど聴いたことも無い。
 だが、己がそんな世間の常識に従ったことなどありはしないのだ。
「ご苦労だったな。そいつの兄だ。あとはついているから、お前は下がっていい」
「え、あの、ですが・・・・・・」
「下がっていいと言ってるんだ。早く行けよ」
 子どもっぽい怒りを露にすれば、それ以上使用人風情が何もいえるはずが無く、すごすごと立ち去っていく。
 音も無く閉められた扉を見届け、総一郎は天蓋付のベッドへと向かう。
 枕元のランプ一つだけ灯されたそこへ佇み、見下ろした。

 同い年の妹は、長い睫を伏せ瞼を閉じていた。

 覗き込んだ顔は、元から白い顔に血の気は無く、薄く開いた唇も青ざめている。
 ドレスの形状から横向きに寝かされているため、見えるのは横顔のみ。
 コルセットとやらはそれほど苦しいものなのだろうか。純粋な疑問から、無造作に掛布を剥いだ。
 背中の包み釦がすべて開けられ、編み上げになった紐が除いていた。白い項から、浮き出た肩甲骨の美しい稜線が露になる。
 しげしげと魅入るそれは、興味をもった猫そのものだ。とても異性の肌を見ているとは思えない
 つい、と指先で背骨をなぞる。こつこつとした頚骨の突起が、手に心地いい。
 首筋の青い血管が浮きそうなほど白いそこへと更に指を伸ばす。とくとくとした鼓動が指へと伝わり、愉しい。
 ふと思いつき、結い上げられた髪へと手を伸ばす。きっちりと夜会巻きに結い上げられている髪から次々とピンを抜いていくと、少しずつその形が崩れ、乱れていく。
 すべてピンを抜いてしまうと、黒々とうねる髪と白い肌のコントラストが眼に痛いほど鮮やかだ。
 自分の作業に満足し、しげしげと眺めているとふいに鋭い声が飛んだ。
「何をしている」
 険しい顔立ちでドアに佇む中将を不思議そうに総一郎は眺めた。



 将臣は困惑した。
 紫子を寝かせた部屋へ向かう途中、彼女に付けたはずのメイドが息を切らせて告げた。
 兄だと名乗る男が現われ、自分に立ち去るように命じた、と。
 その剣幕が、恐ろしくて・・・・・・と告げるのを最後まで聞かず、胸騒ぎがして部屋へと急いだ。先日の紫子への振る舞いといい、先ほど己へと向けられた目つきといいあの男が今の彼女にかにかしでかすのではないかと気が気ではなかった。
 向かった先ではやはり紫子の寝室にいる男がいて、しかもなぜか彼女の掛布がはがれている。
 思わず声を上げたのだが、それに向けられた視線が将臣を困惑させた。
 あれだけ敵愾心をむき出しに己を見てきたはずの総一郎の眼には、何の感情も浮かんではいなかった。どこかぼんやりと、考え込むように、物思うように。目の前の現実とは別のものを見ているような、そんな不可思議な目つき。

 見てた、だけですよ。

 そう告げる言葉にも、覇気が無い。というか、心ここにあらずといた風情だ。
 そして言葉も意味がわからない。
 見てたとは何なのか。そして何を見ていたというのか。
 不審におもうことばかりだが、肌を露にしている紫子をいつまでもほうっておくわけにもいかず、自分の上着をきせかけ、彼女を抱き起こす。その際視界に入る彼女の白い背中にはなるべく視線をやらないように気を配った。
「彼女には、東郷の家に来てもらうことにした」
 そう告げると、やっとその眼に光が戻ってくる。
「は?」
「うちで、花嫁修業を兼ねて過ごしてもらうことになったといっているんだ。一応君にも言っておこうと思ってね」
「非常識でしょう。まだ正式な婚約も済んでいないのに」
 皮肉気に告げられるその口調には、いつかの小生意気な風情が戻っている。これならば遠慮はいらないと解釈する。
「逢崎のような家に、彼女をいさせられないと言っているんだ」
 それだけ言い捨てると、足早にその部屋を出て行く。
 そのまま馬車へと向かうつもりだった。

***

「坊ちゃん?」
 夫妻が自分の息子の不在に気付くと前にと、従者の少年は主を探しその部屋にたどりついた。ランプ一つ灯る部屋に佇む主に、再び声をかける前に総一郎がぼそりと言った。

 あの男、そこまであの女に溺れたのか。

 釣り上がった眼に口の端。ああ、これはまたろくでも無い事を企んでいると従者の少年は頭を抱えた。
 総一郎は上機嫌だった。今夜は色々収穫があった。あのいけすかない将校の事もいいがそれよりも今は――――――
「宮彦、お前なにか紙と、かくものもってないか」
「はい?」
「早く」
「帳面と鉛筆なら持っておりますが」
「貸せ。早く」
 懐から出したそれをひったくるように受け取り、総一郎はその場に座り込む。絨毯の上に、直に胡坐をかくと、そのまま小さな帳面に熱心に何やらかき込みはじめた。
 あ、入ったんだな、とこの時点で宮彦はすべてを諦めた。このような主の行動は、覚えがある。こうなってしまえば、もう、何をしても無駄だった。
「・・・・・・馬車を用意してまいります」
 返事すらないとわかっていながら声をかけ、宮彦は足早にその場を立ち去った。子爵とその夫人への言い訳を何か考えなければならないと頭痛をこらえながら。
 子爵は別に、気にはしないだろう。あの人は息子に関心がない。しかし夫人は息子のこととなると感情的になる。何か上手い言い訳を考えなければ、紫子さまに結びつけ感情的になって荒れるだろう。
 ため息をつきながら宮彦は狭い廊下を進んだ。





◆そして奏嘉さんと同一時間軸の話になりました・・・あれ、続き書くはずだったのに・・・むしろちょっとタイムスリップだよ・・・ ◆しかも目覚めた紫子の所まで行き着かなかったよどうするよ。 ◆(唐突な話題転向)というわけで紫子は中将の瞳の色のドレスを着ていました。◆スイッチ入った総一郎を書きながら、おい誰かこの馬鹿を止めろと思っていました。今回の総一郎は別に紫子をいじめるつもりも、どうこうする気もまったくありません。
本当に、ただ見たかっただけ。

馬鹿です。  
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