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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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片腕の涙 *奏嘉

餅つきも一通り終わり、子供達はお腹がいっぱいになった為か目を擦りながらちらほらと母親達に連れられ自宅へと入っていく。
一太郎も眠いのか、座る山縣に寄りかかりうとうととしている。
鈴は片付けの手伝いに行ってしまったらしく、近くに姿が見えなかった。



「なんだ、眠いか一太郎」



仕切りに目を擦り眠気に堪えようとするが、一太郎の動きが少しづつ鈍くなっていく。
その様子に小さく笑うと、山縣は大きな手で小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。
山縣からの問いかけに、一太郎はこくりと素直に頷いて見せる。



未だ一月であるため、外はやはり昼間でも肌寒い。
そんな中こんな小さな子供を寝かせでもしたら、風邪を引かせ兼ねない。



「よし」



山縣は立ち上がると軽々と一太郎を抱き上げる。
家を案内してくれるよう頼むと、一太郎は「うん」とだけ答え二人は鈴と一太郎の自宅へと向かった。




一太郎に案内されるがまましみずやへと入り、部屋の奥へと向かえば段違いのスペースが畳敷きになっており、四畳ほどの居間が見えた。

その先にはぼんやりと浮かぶ障子越しの縁側が見える。
仕事中に使用する休憩用の部屋か、一太郎の遊び部屋なのだろう。

一太郎はそこに慣れた様子で座布団を運んでくると、それを丸め枕にし、直ぐに寝息を立て始めてしまった。

辺りに掛けるものも見当たらず、山縣は上着を脱ぐとそれをそっと小さな体へとかけてやる。






「……2人にしちゃ、広い家だな」







ぽつりと呟いた言葉さえ、静寂にかき消されてしまった。

外界の雑音があまりに遠くて、少し寂しささえ感じてしまった程だ。







――――――しかしそのふと浮かんだ感想は、一瞬で吹き飛んでしまう。

遠くからあまりに不自然な女性の甲高い叫び声が聞こえ、山縣は立ち上がる。



それほど近くはないのか、一太郎を起こすことは幸いなかった。



一先ず安堵し山縣はしみずやの暖簾を潜り外に出ると、その声のした方角へと走り出す。








やがて人集りが見え始め走る速度を緩めると、屋根の上に掛けられた古い看板を見上げた。

騒ぎの中心は、どうやら有名な老舗の蕎麦屋らしい。

その人集りの中に見知った後ろ姿を見つければ、山縣は何があったのかと声を掛けた。

振り向いたのは、やはり以前鈴や一太郎と喋っているのを見かけた近所の「おたきさん」だった。


「…ああ、山縣さん!大変なんだ」


その顔は余りに青く、額には脂汗が滲んでいる。


「何があったんです」


そう山縣が問い終えるか、それよりも先か。
おたきは、まるで飛びつくかのように山縣へと詰め寄った。


「おりんちゃんが、刀を持った浪士に真正面から向かっていったんだ…!」



―――――――一瞬、視界が真っ暗になる。



しかし山縣は直ぐに人を乱雑に掻き分けると、鈴の元へと急いだ。



******


そもそもこの騒ぎの始まりは、半刻ほど前のことだった。

蕎麦屋の給仕がお盆をひっくり返してしまい、その滴が浪士の袖に少しかかってしまったらしい。

泣き出しそうな程に何度も何度も謝罪をする給仕の女性を他所に、その浪士は怒りに拳を震わせ真剣の柄へと手を掛けたのだ。


「…あんた、幾ら何でもそれはないんじゃないかい?何時の時代の侍気取りだい」


あからさまに怒気が含まれた声に、男は勢い良く振り返る。


「こんなご時世に、刃傷沙汰なんて」


勿論のこと、その声の主かつ割って入ったのが鈴だったが、―――――浪士と給仕の女性との間に入り、男の顔を見上げた瞬間に顔色が一気に変わり、取り乱して激昂しだしたのだという。


「あんたがッ、何でまだここにいるんだ!!!」


その鬼気迫る表情に男もやがて思い出したのか、唇を歪めて見せた。


「…もしかしてお前、あの茶屋の子供か?」


嘲笑と呼ぶのが正しいであろう、その表情。


「何故非のある者を守るのだ。やはり親に似て、愚かだな」



ひゅっと掠れた音を漏らした喉元、鈴の見開かれたあまりに恐ろしい双眸。

鈴は近くにあった箒を掴むと勢いよく踏み込んだ。






「おりんちゃん」




しかし鈴の箒を捕らえたのは、見覚えのある栗色の髪の後ろ姿だった。


「…ッ、あんた…ッ!!」


状況を理解した鈴の表情が怒りに歪む。
山縣は後ろ手に鈴の箒を捕らえると、そのまま左手で抜き身の浪士の刀を軍刀の鞘で弾き返した。


「どういうつもりだい、あんたも…っ、あんたもやっぱりこんな最低な奴と、同じってことかい」



山縣はゆっくりと首を振ると、箒からその手を離す。
浪士に向き直ると、小さく首を鳴らした。


「……政府の反逆者と称して町人を殺した癖に、…反政府に付いたクソ野郎はアンタだな」


普段の快活な山縣からは想像もできない冷たくまるで地を這うような低音に、鈴は肩を跳ねさせた。


「ああ?」


男は山縣を覚えていないらしく、何故外野が入ってくるのかと言わんばかりの表情を浮かべ眉根を潜める。


「よーく覚えてる。俺が殺り損ねたんだ」


それはどういう意味なのかと鈴が山縣の腕を掴みかけたその時、男はおかしいと言ったように笑い出した。


「邪魔な雑草を刈ったことを怒っているのか?」


―――――笑い声混じりに吐き出されたその言葉。
男は更に捲し立てるように言葉を連ねた。

鈴の表情が、憎悪に凍りついていく。


「出世の足掛けに正義を騙り人を殺すのは、貴様らも一緒だろう!何が悪いんだ?!たかだか町人一人だけの命で、俺の出世への一歩に繋がったんだ」



鈴が声を上げるよりも、箒を再び振り上げるよりも早く。



―――――驚くほどに静かな声が、凛と店内に響いた。



「―――――そうだな。なら、アンタのクソみてぇな命一つで俺のこの苛立ちを抑えられるのも、最高に価値のあることだよなぁ」


山縣は軍刀を居合いで抜くと、浪士の喉笛をするりと撫でる。



「可愛い子の、気も晴れるってんなら尚更」



 あまりに純粋な青年の殺意に、男の額から脂汗が流れた。



「アンタがここで死んでくれりゃあ、軍部の信頼回復にも十分貢献してくれるだろうよ」



 男の喉から、ぷつりと赤い粒が浮かぶ。


 野次馬として集まった周囲の人間から、悲鳴を飲み込む声が聞こえた。


「……おりんちゃん」


ふと穏やかさを取り戻した青年の声に、鈴はその背を見詰める。



「ごめんな」



切ないほどにかなしい声が、その背から漏れた。
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